それは偶然だった。
最近は面倒事が続いていたので気分転換に表界の方に顔を出したのだ。
裏界には無い豊富な娯楽がこの世界には満ち溢れている。
なんとも弱く脆い生物が作り出す儚い楽園―――
人は常に満たされない何かを満たすために生きている。
それは欲であり、不満であり、希望であり……
そうして生まれた文化は、永遠の時を生きる彼女にとって楽しみの一つでもある。
そういった意味では、彼女はこの世界を好いているとも言える。
いつか壊す箱庭ならば、その間に目一杯愛でたとしても構わないだろうと。
だからこそ彼女はこの世界を満喫できる。
そうして今日も自分の城から出てきて街を歩いていた。
宇宙開発の拠点となっているアメリカ……その街の一つだ。
今日は趣向を変えて日本以外の場所を探索に来たのだが成果はいまいちと言える。
確かに毎日毎日日本を見ているから物珍しくはあるのだが……何かが足りないのだ。
自分を満足させてくれる―――そう、刺激が欲しい。
ここにもウィザードの大きな拠点はあるのだから反応があっても良いのだがそういった事も見受けられない。
何の収穫も無いままに自分の世界へ帰ろうか……そう思った時だ。
目の前に見慣れない宝石が落ちていたのは。
興味が湧いたので拾ってみる。
「……へえ」
]\と赤く刻印された青い宝石。
大きさはさほど大きくなく、小さな子供でも容易に手に納まる程度の菱形。
一見すれば妙な宝石だが……彼女にとってはそれ以外に気を惹くものがあった。
「最後の最後で面白い拾い物をしたわね」
呟き、消えた。
先ほどまでその場にいた彼女は影も形も見当たらない。
後にはただ鬱葱とした人混みだけが残されていた。
ナイトウィザード2nd Existence of fabrication
scene/3「追跡者 〜a gold〜」
「……いい加減に飽きてきた」
「……私もー」
赤黒い空の下に広がる不毛の荒野にうんざりとした二つの声。
一つはクレイル=ウィンチェスター、もう一つはメイオ・テスタロッサのものである。
二人は肉体的疲労こそ見て取れないものの、精神的疲労の方は顔に滲み出ていた。
特にメイオに至っては目付きが非常に悪くなっている。
そのまま辺りに八つ当たりを仕出かしそうな勢いだ。
「ねえ、ウィザードの仕事っていつもこんなのなの?」
「今回は例外だ……でなければやってられん」
一方のクレイルも普段以上に目付きが悪くなっている。
メイオ程でないにしろ不機嫌なのは誰の目から見ても明らかだった。
「絶滅社の連中め……エミュレイター退治が専門だというのにこんな仕事を寄越すのは何かの嫌がらせか」
クレイルはここにはいない依頼してきた組織に対して悪態を吐く。
彼は言った通りにエミュレイター退治を専門とするフリーのウィザードだ。
というのも本人が戦闘しか能が無いと自称しているためである。事実そうではあるのだが。
絶滅社というのもウィザードの中では一大組織の一つで、クレイルのお得意様の一つでもある。
クレイルに比較的多数のエミュレイター退治の仕事を依頼してくる絶滅社だったが、今回の依頼ばかりは毛色がいつもと違った。
依頼された内容は世界結界に進入したと見られる異物、その一つの捜索だ。
世界結界に侵入した際の反応があまりにも小さすぎて正確な位置の特定が出来ないらしい。
そこで現在異世界へと赴いているアンゼロットから人海戦術による捜索令が下されたのだ。
何が起こるか分からない以上、各組織は人員は出来るだけ導入しにかかり……
その結果が現在の惨状である。
絶滅社から依頼された他のウィザードチームも加えての人海戦術による捜索任務。
数多くのウィザードが例の進入物を捜索する中、二人は不機嫌の頂点を迎えようとしていた。
「こんな広大な範囲から石ころ一つ見つけ出せって……何かの拷問かこれは」
「面倒くさーい。全部吹き飛ばしちゃえば手っ取り早いのにー」
クレイルの隣でメイオが不平不満を憚る事無く実に物騒な事を漏らし続ける。
メイオ・テスタロッサ―――元冥魔王メイオルティスはやはり人の一般常識と比べれば異常な思考の持ち主と言える。
そもそも生物としての価値観からして違うのだからそれは当たり前なのだが、今となってはそれは非常に厄介な問題になっていた。
今でこそウィザードとはいえ彼女も元は全て生命の敵、冥魔を束ねる王の一人だった。
当然その思考は破壊。
いかに破壊衝動の塊とも言える冥魔を束ねる王といえどもその本質は変わらない。
そしてそれは種族が変わったからといってそう簡単に変わることも無いのだ。
「あ、またあの眼……また私の事を好からぬ眼で見ている奴がいるんだけど」
「放っておけ、小物だ」
そうは言ってもメイオに対する視線が無くなる様子は一向に無い。
先ほどから他のウィザードに散々好奇の眼で見られているメイオの不機嫌度は凄まじい上昇率を見せていた。
「ムカツクなあ……憂さ晴らしにやっちゃおうかな」
「放っておけって言ってんだろ。あと騒ぎを起こそうとすんじゃねえ」
実に厄介な拾い者をしたとクレイルは溜息を吐く。
メイオは如何にウィザードに転身したとはいえ、やはり元は冥魔王なのだ。
即座に人としての領分に馴染む筈も無く、こうしてクレイルがストッパーの役割をしていなければどれだけの問題が出ていたことか……
いや、下手をすれば普通にそこいらの組織から追い回されていたかもしれない。
自分の考えがあながち否定できないだけにクレイルはもっとこいつの挙動には注意せねばと思うのであった。
「むう、いっそ魔法で鬱憤晴らしを……」
「やめいと言ってる」
「いったぁ!?」
物騒な発言を止めないメイオに拳骨を一つくれてやる。
前途多難だと、クレイルは溜息を吐くのだった。
◇ ◇ ◇
クレイル達が宝石を捜索している頃、アンゼロット宮殿ではブリーティングが行われていた。
説明役は赤羽くれは、緋室灯、真行寺命の三人。
説明を受けているのは皇陣耶、高町なのはの二人だ。
二人の前には巨大な空間モニターが展開されており、そこには世界地図の一部が赤く塗りつぶされたものが表示されている。
それを見つめる二人に補足するように、くれはが口を開いた。
「これが今現在で絞り込めている異物が落ちたエリア……今のところ観測できているのは、回収できたエリアも含めて7つだけなの」
くれはの言う通り、表示された世界地図が赤く塗りつぶされている箇所は全部で7箇所。
それぞれがバラバラの場所へ落ちていて捜索規模の大きさを伺わせる。
だが、陣耶の聞いた話によれば世界結界に侵入した異物は全部で9つの筈だ。
「後二つは観測できていないわけか……単純に引っかからないだけか、あるいは」
「既にエミュレイターに回収されたか、だね」
言いながら、なのはの表情は少々硬くなる。
どういった物かも分かってはいないのにそれをエミュレイターという人類の天敵に回収されている可能性があるのだ。
これがもしも危険な代物だったのなら……そんな懸念がなのはの胸中には渦巻いている。
しかしそれと対照的に陣耶はいたって平静に見えた。
元々の性根の違いから来るのかもしれないが、相変わらずの仏頂面で関心無さげの顔をしている。
「今のところ、回収できたのは二つ……ローマ聖王庁が回収した物と、私と命が回収した物」
「エミュレイター側も捜索には出ているみたいで、僕たちもローマの人もエミュレイターと交戦しました」
「なるほどねえ……」
事態は思っていたよりも大事らしい、と溜息を吐く陣耶。
まあ、それはあの疫病神二人が同時に話を持ってきた時点で既に確定事項なのだが……
隣のなのはも真剣な面持ちで三人の話を聞き入っている。
相変わらず何事にもまじめな奴だと思う。
「はわ、そんな怖い顔しなくって良いよー。今のところは大きな動きだって見られてないし、きっと今回も小さな異変として……」
「赤羽守護者代行、例の異物の調査結果が出ました」
くれはのそんな言葉を否定するかの様にやって来るロンギヌス。
どうやら調査班に渡していた物の解析が終わったらしい。
即座にくれはがスクリーンに出すように指示をし、やってきたロンギヌスが映し出された資料を基に解説を始めた。
「まず最初に、この宝石は非常に高密度なエネルギーの結晶体だと思われます」
「エネルギー? 魔力とか、プラーナとかじゃなくって?」
「はい。我々の知るエネルギーの中では定義し難いものなので」
報告の初っ端からただ事ではない雰囲気が漂い始める。
この宮殿、アンゼロット宮殿は世界の守護者であるアンゼロットの居城であると同時に世界魔術協会の本部でもあるのだ。
その機材や人材などはこの世界最大規模といっても過言ではない。
だが、その本部にある一級品の解析機材や人員を以ってしても定義できないもの。
それは、一同の不安を煽るには十分なものだった。
「ただ、このエネルギー自体は次元干渉エネルギーの一種だと思われるのです」
「次元干渉……」
一般的に世界と呼ばれるもの……それこそ、宇宙の果ての果てまでの世界は、決して一つではない。
さらに広い定義の世界で言えば、一般的な定義の世界は無数に存在する。
それらは全て次元と言う空間の壁に阻まれていて、隣り合ってはいても互いに干渉することはないのだ。
そして次元干渉とは、文字通り次元に干渉することである。
「次元干渉エネルギー……次元回廊とか、そういうのにあるエネルギー?」
「厳密には違いますが、イメージとしてはそれで構いません」
「はわ」
しかし……と、くれはは思う。
これが次元に干渉が可能な類の代物なら、用途次第によっては精霊界へと穴を開けて精霊獣を呼んだりすることも可能かもしれない。
他の異世界への移動も容易になる可能性だってあるだろう。
使用用途の規模が大きいだけに、敵の手に渡った際のリスクが大きすぎる。
「また結構な大事になってきたな……」
「エミュレイターの手に渡るのも危険だけど、冥魔の手に渡るのはもっと危険」
可能ならば、これは即座に全て封印して倉庫に放り込んだほうが良いだろう。
だがこちらが今のところ確保できているのは全部で2つ。世界には、少なく見積もってもあと5つは同じ物があるのだ。
……やはり、今回の事件でも世界は滅亡の危機に瀕しているらしい。
だが、ここで説明役のロンギヌスが再び口を開いた
「ただ、これは単体ならば次元には余り影響を及ぼせないものと思います」
「へ?」
「これは確かに強力なエネルギーの結晶体ですが、次元回廊を開くなどといった事が出来るほど強力な物ではありません」
ここでロンギヌスは一端言葉を切り、ですが―――と続ける。
依然ロンギヌスの表情から緊張は消えておらず、それはここにいる一同も感じ取っていた。
「それはあくまで単体での話です。これがもしも9つ同時に力を開放することがあれば―――」
画面が再び切り替わり、あるグラフが表示された。
それは同時発動個数によるエネルギーの規模の予想図だ。1つ増えるたびにエネルギーの上昇率は凄まじい事になっている。
「世界は、確実に崩壊します」
ロンギヌスの厳しい言葉だけが、その場に響いた。
◇ ◇ ◇
場所は変わってとある宿。
木製の温泉旅館、今に残る歴史の文化。
客室は畳敷きで出来ており、ここがいかにも日本だと感じさせる。
その一室で、四人ほどの男女が懐石料理を味わっていた。
「くはー、このお刺身おいしー!」
「鯛だ、鮪だ、トロがあるぜー! やっほう!!」
「あーケイ、あたしにも寄越せ!」
「……ご飯くらい、静かに食べられないのかしら」
「ああ、久しぶりのまともな飯……しかも豪華」
「こっちは聞こえてすらいないし」
訂正、四人の男女と妖精みたいに小さいのが一人。
大きな皿に並べられた様々な種類の魚の刺身、貝の蒸し焼きなどが所狭しと並べられている。
それを凄まじい勢いで平らげていく青い髪の少女と黒い髪の少年。
少女をスバル・ナカジマ、少年を武ノ内ケイと言った。
「んー、このお味噌汁も美味しいー。私幸せー」
「普段じゃ、んぐっ、こんなの、むぐっ、食えねえしな、むしゃ」
「口の中に食べ物入れたまま喋らない!」
不作法な行いをするケイに注意を入れるのはオレンジのツインテールをした少女、ティアナ・ランスターだ。
生真面目な性格である彼女はこの四人の中でもリーダーの役割を持っており、他の三人の行いに毎度の如く頭を悩ませている。
その隣で目の前の一品一品を噛み締めながら味わっている黒髪の目付きの悪い少年―――ケイスケ・マツダだ。
「ああ、やっぱ脂の乗りからして違う……冷凍食品なんかやっぱり及ばねえ。世界のブルジョワ死すべし」
「微妙に私怨を食事に織り交ぜてんじゃないわよ、全く……」
呆れながらも味噌汁を喉に通す。
味噌と海鮮がマッチしていて―――うん、しつこくもなくて美味しい。
質の良い旅館に泊まれたが料理もやはり一級品だ。
しかし、あれだけの金額で往復金と宿泊代……両方が本当に賄えるのだろうか。
諭吉さんは確かにたくさん居たのだけれど。
「ねえケイスケ、これで本当に金額が足りるわけ?」
「んー? 問題ない問題ない」
ティアナは未だに拭い切れない不安を抱きながらケイスケに問いかける。
元々、この宿に泊まろうと言い出したのはケイスケなのだ。
どう見ても割高の宿だったし、実際見た値段も高かった。
流石に最初は三人とも足踏みしたのだが、ケイスケの考えがあるという言葉に押し切られて今の状態に至っている。
金額が高いだけにサービス各種も実に充実していたのだが……充実しているが故に不安も比例して膨れ上がるのだった。
「まあ良いわ。それより明日の事について話したいんだけど……」
「後でいーじゃーん。今は目の前の豪華料理様をありがたく頂かなければ罰が当たるって」
確かにこの料理を前にしてそんな無粋な話もなんだろうとはティアナも自分でも思う。
だがしかし、話せる時に話しておかなければ絶対に話す機会を失う。
ティアナにはそんな確信めいた―――半ば経験則によって身に付けた予感があった。
この四人の組み合わせ自体は好きなのだが、基本的に後先考えない人間が集まっているせいか時々妙な化学反応を起こす。
何やら勢いに乗り始めるとそれに後先考えない思考が加速して収拾がつかなくなるのだ。
そうなれば最後、自分もいずれは巻き込まれてしまう。
なので今の内に話しておきたかったのだが―――
「あ、このエビもらったー!」
「げ、スバルてめー!?」
「ならば俺はタンパク源を確保と……」
とてもじゃないが話を聞いてくれそうな雰囲気ではなかった。
こんな調子で大丈夫なのだろうか―――ティアナは明日の任務を思い、もう一度味噌汁に口を付けた。
◇ ◇ ◇
「はあ……もーダメー、我慢の限界ー!」
「めげるな……もうあと100m四方だ」
クレイルが諫めてもメイオは今にも暴れだしそうだ。
度重なる地道な作業や労働の積み重ねにより、メイオの我慢の限界はとっくに超えていた。
それでも装備品や住居を用意してくれた―――半ば脅しで用意させたとも言うが、それに関してメイオはクレイルに借りを感じている。
なので、一応は顔を立てるつもりで我慢していたのだ。
しかしそれももはや限界。忍耐力が無いというのは自分でも自覚はある……が、それでも良く持った方だと思う。
「ねえクレイルくん」
「……何だよ」
先程までのドスの利いた声とは打って変わって明るい声を出したメイオ。
若干の不気味さを覚えつつクレイルはメイオの一言に応えて振り向くのだが―――それが失敗だった。
見てしまったのだ。何というか……致命的な顔を。
メイオの顔自体は笑っている、笑ってはいるのだが―――目がこれでもかというくらいに笑っていない。
怒りやら不満やらの負の感情を溢れ出さんばかりに湛えた目は酷く濁って見える。
そんな顔でまるで天使のようにニッコリと笑っているのだ。ヤンデレもかくやという怖さである。
どこの昼ドラかと思った。
その壮絶な笑みに普段は動じないクレイルも流石に頬が引きつった。
「い、いや待てメイオ……ちょっと待て、落ち着け、考え直せ」
「何をかなクレイルくん―――私は、ちょーーーっとだけ探しやすくしようと思っているだけなんだけどなー」
駄目だった、もう色々と致命的だった。
既に自前の箒を構えて魔法を構築し始めている。
それも結構な魔力量―――具体的に言うなら、規模的にはレベル6くらいの。
ここまで来ると下手に止める方が危険性が高い。
流石に他の探索者たちも不穏な気配に気づいたのか一目散に退避し始めた。
「いっくよおーっ!!」
「ああもう、クソがッ!」
メイオの魔力が最高潮に達すると同時に辺りのウィザードたちも避難を完了する。
目標は目の前に広がる100m四方の捜索範囲―――その全て。
虚空に幾重にも光が灯り、それは折り重なって巨大な輝きとなる。
「スターライトォ―――ッ!!」
叫びと共に魔法が解き放たれる。
星の光の名を冠する魔法が矢となり奔流となり瞬く間に100m四方のエリアに降り注ぐ。
その様はまさに流星群、星の海が落ちてくるかの様に大地を吹き飛ばしていく。
「まだまだいっくよー!!」
一撃、また一撃と魔法が放たれる頻度が増していく。
何度も何度も放たれるそれはメイオのフラストレーションを物語っていた。
我慢を超えて我慢していたものが弾けると、恐ろしい。
何事も程々が宜しいものだとクレイルは痛感した。
特にメイオのそれは注意しよう、とも。
「ふー……すっきりした」
「本気で何やってんだよお前は……」
鬱憤晴らしという名の大破壊を終えたメイオの顔は非常に晴々としたものだった。
ストレスを発散したからか先程までのイライラとした危険な表情は窺えない。
だがその代償として目の前の砂煙が舞い上がる捜索範囲だ。
ここからは砂煙が邪魔をして見えないがきっとメイオの魔法のせいで地面は穴ぼこだらけになっているだろう。
いきなりのトラブル発生に流石のクレイルも仕事を投げ出したくなる。
と、ご機嫌なメイオの手元に一つの石が降ってきた。
それはポトンと可愛らしい音を立ててメイオの手に収まる。
「ん?」
何かと思い降ってきた物を見てみれば―――それは青い宝石に紅くVと刻印された物だった。
間違いなく、今回の捜索対象の物である。
「クレイルくーん、探し物見つかったよー」
「…………頭が痛い」
周囲からは次々に嘘だの信じられんだの様々な歓声が飛び交い、メイオはそれを受けて手など振っている。
が、クレイルとしては頭の痛い事に変わりはない。
メイオが見つけてしまった事で捜索班としての役割が続行されるかもしれないのだ。
それ以上の問題として今はあまり大きな組織とメイオを接触させたくないというのもある。
冥魔という別種とはいえ、こちら側からしてみればエミュレイターである事に変わりはない。
いかに元とはいえやはり冥魔を束ねたる冥魔王だった者だ。
大きな組織にぶち当たってしまえば何と言われるか分かったものではないし、そんな面倒事は金輪際御免こうむりたい。
ただでさえ財布事情が極寒の地にあるというのにこれ以上ややこしい事を増やされるとこちらも我慢の限界を迎えそうだ。
「ほらー、やっぱり吹っ飛ばした方が早かったじゃない」
「たまたまだろう、たまたま」
「むー、またそうやって相手にしないー」
本当に吹っ飛ばして見つかってしまった辺り非常に性質が悪い。
普段から気苦労が絶えないクレイルだが今回のは飛び抜けて気苦労を背負いそうな気がする。
「まあ、いい……目的の物は手に入ったんだし、こんな所からはとっととおさらばするぞ」
「はーい」
メイオから捜索物を預かり踵を返す。
少しでも場を好転させるためにもこんな億劫とした場所からは一刻も早く立ち去りたい。
周りのウィザードもようやく終わったかと気だるそうにこの場から離れるために動き出す。
ようやくこれで一段落だと、クレイルは赤黒い空を見上げた―――
だが、こんな時に限って厄介事は降ってくるものである。
「……ん?」
空を見上げたクレイルはある一点を見つめて眉を顰めた。
赤黒い空の中、丁度自分たちの上空―――煤に汚れた金のような光がこちらに向かってくる。
速い、とクレイルはその光に集中する。
落下してくる速度はかなりのもので、既に1ミリ程度の大きさだった光が直径にして60センチ程に肥大化している。
周囲のウィザードも異変に気付き、空に注意を向けていた。
そして、徐々に大きさを増していくそれの中には、間違いなく人型が―――
「マズイ、伏せろ―――ッ!!」
「きゃっ!?」
そう感じたのは直感だ。
今まで戦いの中を生き抜いてきたクレイルの第六感が自身の危機を告げている。
それに従ってメイオを右腕で抱え込むようにして地面に伏せる。
―――直後、巨大な轟音と衝撃が辺りを襲った。
「ぐ……!」
巻き起こった突風に乗せられた砂利や小さな石がクレイルの体に襲いかかる。
それ自体はあまり大した事はないのだが、抱えているメイオは一応生物学上的には女性だ。
流石に肌に傷を付けようなど気は起らない。
なので覆い被さるような形でメイオを飛んでくる諸々の物から庇う。
やがて、巻き起こった突風が収まり辺りに静けさが戻った。
「何だってんだよ、クソが……おい、無事か?」
「君が庇ってくれたからね……意外に熱血な人なのかな?」
メイオが何かを言っているが意図的にシャットアウトする。
今この場で注意を向けるべきはメイオではなく、この惨状を引き起こした元凶だ。
おそらく元凶が落下したと思われる地点には未だに砂煙が立ち込めており、その姿は確認できない。
だが―――身を刺すような鮮烈な魔力だけは、確かに感じ取れていた。
(相手は何だ……少なくとも、上級のエミュレイターと見た方が良いが)
ほんの一瞬だが、視認した限りでは元凶は人型をしていた。
普通、エミュレイターというのは異形の形をとっている。いや、そもそも全てのエミュレイターはいずれも人とは掛け離れた姿をしている。
しかし力を持った―――主に魔王級にもなると、人の姿を取り様々な知恵を働かせるのだ。
その姿で、言葉で、知恵で、力で、人を惑わし貶める。
世界を滅ぼせるほどの絶大な力を持つ人の天敵―――それを侮蔑と畏怖の念を込めて"魔王"と呼ぶのだ。
つまり、力を持つエミュレイターほど人の形を取る事も多い。
だからこそ、そこまで上位のエミュレイターとなると魔王級も考慮に入れなければならなくなってくる。
そして全く別の場所から悲鳴が聞こえた。
「どこだ―――ッ!」
見渡しても周囲に敵の姿は見えない。
それでも断続的に聞こえてくる悲鳴と何かを切り裂く音、そして何かが地面に落ちる音だけははっきりと聞こえてくる。
手に汗が滲む。
未だ姿の見えぬ敵に意識を集中させる。
「うわー、駄目だーーッ!?」
その絶叫と共に断続的に聞こえてきた諸々の音が途絶えた。
視界は未だに砂塵にまみれて最悪。
ままならない視界の中で頼りになるのは自身の耳と勘のみ。
微かな音も聞き洩らさんと集中するも、音は一向にして聞こえはしない。
だが死神の鎌が迫る感覚は感じる。
何度も感じた死の気配―――それが戦場を思い起こさせる。
常に自身が身を置いていた剣や銃弾、拳や魔法が飛び交うあの戦場。
そう、あの戦場も、こんな風に、死が―――
「クレイルくん、右前方20°から袈裟切りッ!」
「―――っ!」
聞こえた言葉を理解するより早く体が勝手に動いた。
右手に握るガンブレードをその方向へと力の限りに振るう。
同時にヒュン、という風切り音と共に甲高い金属音が響いた。
鉄と鉄が撃ち合う音―――確実に敵の攻撃だ。
そのまま鍔競り合いに持って行かれる事はなく、敵は音もなく後退する。
「メイオ、お前分かるのか」
「元とはいえ冥魔王を舐めないでほしいかな。この程度―――感知するなんて訳もないよッ!」
メイオの魔法が見えない敵に向かって放たれる。
次々と砂塵の中に消える輝きが辺りを照らす。
照らし出される砂塵の中には、確かに―――
「クレイルくん!」
「分かってるッ!」
メイオの魔法によって照らし出された襲撃者の影を確認した瞬間、クレイルは飛び出ていた。
相手の動きは影で追える上にメイオが魔法で牽制している。
そして自分にできる事は―――ただ近づいて相手を切り伏せる事のみ!
「―――ッ!」
敵のもこちらの接近に気付いたのか声なき緊張が聞こえる。
未だに視界が悪いが眩く光で照らされたこの場においては関係ない。
構えたガンブレードの引き金を引く。
炸裂した弾丸により刀身が振動し、その威力をただの剣から鉄をバターのように両断する名剣へと底上げする。
クレイルにとって常套の一撃を、眼前に迫った敵目掛けて振り下した。
そこで、クレイルは敵の姿を初めて見た。
目の前にいるのは女性。その体躯に似合わない大きな剣を構え、女性とは思えないほどの腕力で押してくる。
そして―――
「―――は?」
随分と間抜けな声が出た、とクレイルは自分でも思った。
だが、それでも。思わず口を開けて呆けてしまう程度には―――
眼前の敵の姿は、クレイルにとって驚愕のものだった。
「ちょ、クレイルくん馬鹿ッ!?」
「―――」
メイオの声に我を取り戻すが、その時には既に敵は動いていた。
呆けていたのは時間にしてほんの一秒程度だろう。だが、戦場ではその一秒が生死を別つ。
事実、クレイルは小尾に強烈な左を叩き込まれていた。
「が、ぐっ―――!?」
叩き込まれた一撃にはおおよそ一般的な女性とは掛け離れた腕力―――普通に男性のボクサー並みの威力がある。
予想外の事態に予想外の一撃を受けたクレイルはその動きを止める。
圧迫された肺から強制的に酸素が吐き出され、息が詰まる。
はっ―――、と肺が酸素を求める前に―――右から側頭部を蹴り飛ばされた。
勢いのままにノーバウンドで10mほど飛ばされ、そこから5mほどゴロゴロと転がる羽目になる。
月衣のお陰で地面に叩きつけられたりした際のダメージはないが、それでも側頭部に強烈な一撃を貰った。
体を起こすが、頭と視界が揺れている。
「このっ―――!」
横合いからメイオの援護射撃が入るが、敵はそれを気にも留めない。
襲撃した時と同じく驚異的なスピードで―――その場を離脱した。
「あ、こら逃げるなー!?」
メイオが叫ぶがもはや相手の耳に届いているかどうかすら怪しい。
瞬く間に敵の姿は見えなくなった。
その頃になってようやく視界が晴れてきた。
「くそ……油断した」
「全くだよ。何、相手が女性だからって手を抜いてたとか? フェミスト?」
「違うわアホ」
周囲を見渡してみると、そこいらに共に捜索に出ていたウィザード達が倒れていた。
全員、傷を負ってはいたが幸いにも命に別状は無さそうだ。
こちらを全滅させる事よりも優先した目的―――おそらくはあの石の回収だろう。
懐に手を入れるが―――先程回収した石は無い。
さっきあの女性に吹っ飛ばされた際に掠め取られたのだ。
鬱陶しい任務にケリが着いたと思えばまさかの任務失敗だ。後の事を思うと目も当てられない。
だが、今のクレイルのはそれ以上に気に掛かる事があった。
「で、クレイルくん。どーするのこれから? お仕事は結局失敗しちゃったし」
「―――とりあえず、日本に戻る」
確かめる事が出てきた。
万に一つという可能性も薄いが―――それでも不安は拭っておくべきだ。
あの時の女性―――
腰まで伸びる金の長髪、あの紅い目。
それは、クレイルの知る人物に余りにも合致していた。
「―――フェイト、アリシア」
Next「進展 〜demon prince〜」
後書き
随分と久しぶりなナイトウィザード。
さて、敵の情報がちろっと出てきましたが……果たして何でしょうね(ぁ
ジュエルシードを巡って魔王とウィザードたちの戦いはこれからが本番。
そして期末という本番を終えた作者は死にそうです……
ではまた次回に―――