天に輝く紅き月。
それは裏界より来るもの、エミュレイターがこの世界に顕現する証。
紅き月が昇る時、世界の理は否定され、この世ならざる世界が生れ落ちる。
その世界の名を月匣。
異形が理を支配する紅き世界。
その中において常識という枠に囚われた者たち―――イノセントと呼ばれる一般存在は存在することが出来ない。
存在が消えるわけではない、その場に存在できないのだ。
だがその場に囚われた者たちは存在出来ぬが故にありとあらゆる事象に抵抗する事が許されない。
ただただ異形に呑まれるその時を無為に待つばかりとなる。
だが―――仮にその常識の枠から外れた者たちがいたとすれば……?
「ガンナーズブルーム」
世界に、何の感情も篭らない無機質な声が響いた。
声の主は一人の少女だ。
腰にまで届く程の紅い髪をたなびかせ、両手で巨大な銃身を支えている。
否、それはもはや銃ではなく大砲。
巨大な弾丸を撃ち出し敵を撃ち砕く破壊の力。
だが、正確にいえばそれは銃でも大砲でもない。
これは”箒”だ。
射撃能力と飛翔能力を併せ持った”箒”なのである。
現代においては魔法技術と科学技術、その二つの技術の融合が実に目覚ましい。
その結果、今や昔では想像もつかないほど”箒”はその形を変容させた。
少女の持つ箒の名は”ガンナーズブルーム”
その名の通り、射撃による攻撃を得意とした箒である。
箒に装填される20cmはあろうかという巨大な銃弾。
チャンバーへと銃弾が込めらたソレを、少女は眼前へと構える。
目の前に迫るのは一体の異形。
大きな翼を羽ばたかせ、側頭部には節くれ立った一対の角が生えている。
開かれた顎から覗く獰猛な牙、爛々と輝く紅い目。
毛に覆われた筋肉質の体に、その手には三叉の槍を構えている。
ソレはまるで―――神話に出てくるような、悪魔だった。
それこそがこの世界を脅かす異形。
世界の敵たる者、エミュレイター。
迫り来る様はまるで突進するトラックだ。
まともに当たってしまえば人の体など容易く砕け散ってしまうだろう。
人類は古来よりエミュレイターと様々な戦いを繰り広げてきた。
その顛末は数々の神話、童話の類として現代に語り継がれている。
例えば、日本で知らぬものはいないであろう桃太郎。
例えば、世界に降り立った救世主イエス・キリスト。
世界を脅かす数々の闘争の中には必ずと言っていいほど人類とエミュレイターの戦いは繰り広げられている。
そして、今なおエミュレイターと戦い続ける者たちは存在する。
それこそが―――
「―――目標補足」
人々が遠き過去に忘れ去った魔法の力を駆使し戦う者たち。
ウィザードと呼ばれる常識の枠より外れた超常の者たち―――現代における魔法使いである。
「発射」
零れた言葉は小さく、だが明確な必殺の意を乗せて少女は引き金を引く。
狙いはこちらに突進してくる一体のエミュレイター。
奴の気がこちらにしか向いていないその一瞬の意識の隙間を衝き、必中のタイミングで放たれた銃弾。
高速で突進する巨体。
高速で飛来する銃弾。
気づいた瞬間にはもう遅く、放たれた銃弾は戻らない。
高速で迫る二つの物体は―――次の瞬間には正面衝突を起こした。
それだけで、そのエミュレイターは活動を停止した。
思考も無く、感覚も無く、自身が終焉したという自覚すらなく……頭を撃ち抜かれた異形は地に墜ちた。
少女は自身が仕留めた敵には目もくれず次の標的へとその砲身を構える。
「まだまだぁ!!」
世界にまた声が響いた。
声の主は一人の少年だ。
手には闇色の剣を携え、次々と迫り来る異形と戦っている。
右へ薙ぎ、左から袈裟に、真下から斬り上げ、次々とエミュレイターを両断していく。
負けない、勝つ。
その絶対の意思を持ち、少年はエミュレイターへと斬りかかる。
その意思に応え、剣が鳴動する。
「ヒルコーーー!!」
少年が呼んだ。
剣は主に応えその力を解放する。
噴きあがる闇の力―――破壊の悪意が顕現する。
眼前にはこの場に残る最後の敵。
諦めという言葉を知らぬ獣の様に、敵は迫る。
少年は目を逸らさずに最後の一撃を放たんと剣を構えた。
「これで、最後だッ!!」
気合と共に振り抜かれる剣。
破壊の意思を宿した剣は現前に迫った敵をまるで紙を斬るかの様な容易さで斬り裂いていく。
過たずして両断されるエミュレイター。
異形はそのまま絶命の声を上げながら―――音も無く消滅した。
それを確認したあと、少年はその場に座り込み息を吐いた。
「命、大丈夫」
命、と呼ばれた少年の傍に少女がやってくる。
本来無感動な彼女の瞳には、確かに心配の色が見て取れた。
そんな彼女を見て、命は笑う。
「大丈夫だよあかりん。ちょっと疲れただけだしさ」
「なら、いいけど」
少女もこれ以上の追及はしまいと、そこで言葉を切った。
そして再び命は息を吐く。
思い出したかの様に懐をまさぐり、目的の物を取り出した。
「それ……」
少女から声が掛けられる。
それは二人の今回のミッション、その達成条件の品なのだ。
今は一時的に世界を守護する立場にある友人から頼まれた仕事。
それはこの世界に入り込んだ小さな異物の回収任務。
「何なんだろうね、これ。綺麗な宝石だけど……これは数字でいいのかな。5?」
「分からない。ただ、それがエミュレイターも狙っていることは事実」
手に持ったそれを掲げた。
青い菱形の小さな宝石にXと赤く刻まれているその宝石こそが回収対象。
二人は世界中に散らばったその場所の一つを特定し、回収した直後にエミュレイターとの戦闘に陥ったのだ。
相手側も異物に強い関心を示している。
もうこれ以上ここに留まる理由は無いと、少女は懐から携帯を取り出した。
一つの番号を呼び出し、コールする。
「対象物の回収に成功。真行寺命、緋室灯の両名はこれより、宮殿へと帰搭する」
ナイトウィザード Existence of fabrication
Scene/2「宝石 〜seed〜」
「はわー、二人ともお疲れー」
命と灯が宮殿に到着した時に出迎えられたのはそんな言葉だった。
白一色に統一された広いミーティングルーム、その両脇には大勢の仮面を付けたウィザードが待機している。
彼らの名をロンギヌス。
超時空多次元機甲特務武装黄金天翼神聖魔法騎士団、ロンギヌスである。
彼らはこの宮殿―――アンゼロット宮殿の主である世界の守護者、『真昼の月』アンゼロット直属のウィザード部隊である。
アンゼロットはこの世界を守護する者だ。
遥か昔から世界を見守り続け、生きてきた者。
かつて死の淵に瀕していた魂をこの世界の神『大いなる観察者』ゲイザーに拾われて以来、それこそが彼女の使命となったのだ。
その守護者たる彼女の力も絶大で、文字通り無限の力を有している。
だがその強すぎる力故に彼女は力を振るえない。
強すぎる力の干渉は世界を崩壊させてしまうからだ。
そして自ら動けぬアンゼロットが自らの手足として組織した部隊、それがロンギヌスである。
彼らは世界が滅亡の危機に陥った際、自らの命をとして事態の収拾に当たる。
世界の剣にして盾、そのメンバーは顔に仮面を着けていて素顔は窺い知れない。
「エミュレイターも出てきたみたいだけど、大丈夫だった? 怪我してない?」
「うん……私も命も、無事」
その中でも異色を放つ人物が一人。
その人物こそ整列したロンギヌスが警護する対象。
巫女服を身に纏い、腰まで届く黒髪を先で纏めた女性―――文字通りの巫女。
彼女こそが今現在、この世界の守護をアンゼロットより任された世界の守護者代行―――赤羽くれはその人である。
現在アンゼロットは冥魔と呼ばれる新たな脅威に対抗すべく第三世界エル=ネイシアへと赴いている。
しかし世界の守護者が留守にするというのは流石に問題があった。
そこでアンゼロットはくれはを守護者代行として推薦。
自分が不在の間の穴をくれはに任せることにしたのだ。
それを引き受けたくれはは、こうして守護者としての責務を果たすためにこのアンゼロット宮殿で日々仕事に努めている。
「それで、これが件の世界結界の外から入り込んできた物です」
「はわ、これがー」
命の差し出された手に収まっている青い宝石を物珍しそうにくれはが覗き込む。
Xと赤く刻印されたその宝石はなにやら並々ならぬものを感じる。
魔力と良く似てはいるが―――どこか、根本的な部分で何かが違うのだ。
自分でははっきりとしない漠然とした差異にくれはは頭を捻る。
が、自分にそこまで深い知識などある筈もなくその考えは即座に放棄した。
そうして傍のロンギヌスの一人に声を掛ける。
「これ、一体どういった物なのか解析と調査お願いできるかな。何があるかは分からないから取り扱いには注意して」
「は、了解しました」
命から宝石を手渡されたロンギヌスは恭しく一礼するとその場から立ち去っていく。
くれはの指示通りアレが何なのかを調査しに行ったのだろう。
ガタン、という音と共に大きな扉が閉じられる。
「はわ、これでようやく1個確保、か……」
「確か、世界各地に合計で9つほど落ちたんですよね?」
「そうなんだよねー」
くれはが重々しく溜息を吐く。
世界各地に謎の侵入物が飛来し、その調査が始まってから既に数日が経過している。
だが、いかんせん対象の反応が小さすぎて大まかな位置はともかく確実な場所が特定できないのである。
そうこうしている内に既に反応の内二つはロスとした。
おそらくはエミュレイターの手に渡ってしまったのだろうが……アレが何なのか分からない以上、何が起こるかも分からない。
今できる事といえば、とにかく一つでも多くあの宝石を回収する事だ。
「私も出来れば一緒に回収に赴きたいんだけど―――」
「赤羽守護者代行、まだ処理する書類は残っておりますが」
「……ですよねー」
また一つ、くれはは重く溜息を吐いた。
聞きしに勝る重労働なのだろう。くれはの疲労具合を見て命はただ笑う事しかできなかった。
その時、このミーティングルームの扉が再び重い音と共に開かれた。
開かれた扉の中央に一人のロンギヌスが佇んでいる。
「赤羽守護者代行―――先日アンゼロット様より連絡のあったウィザードが到着いたしました」
「はわ、はいはーい。通して通して」
くれはの言葉を聞いたロンギヌスは身を退くように姿を消し―――入れ替わるように二つの人影が姿を現した。
一人は青年だ。
少々バサバサとした黒い髪、気だるげに細められた黒い眼―――いかにも日本人らしい色彩をしている。
紺のコートを羽織っており、その仏頂面は無感情にも取れる。
一人は女性だ。
栗色の腰まで届くサイドポニーに青い眼―――優しげな瞳や柔らかい物腰が目立つ。
同じく紺のコートを翻して青年の隣にいる。
その二人を見てくれはは頬を緩ませて声を掛ける。
「久しぶりだねー二人とも。元気してた?」
「うん、元気一杯だよ」
「まーぼちぼちと」
二人は軽く会釈すると部屋の中に進んでくる。
やがて二人は命や灯と同じ位置にまで来ると足を止め、口を開いた。
「皇陣耶、高町なのは。アンゼロットの依頼により回収任務に参加させてもらう」
「うん、よろしく」
◇ ◇ ◇
「さて、これが回収対象物か……」
紅い世界の中、漆黒のマントを纏いヴィンセントはそう呟いた。
月匣の森林の中心部……そこにヴィンセントの目的の物はあった。
無造作に放り捨てられたようにその場に転がっている小さな青い宝石。
宝石には\と赤く刻印されている。
それを拾い上げ、本当に回収物と同じかどうか軽く調べる。
渡されたデータを頼りに調査し、その魔力パターンは確かに例の世界結界に侵入した物と酷似していのを確認する。
「どうやらエミュレイターもこれを狙っているらしいと専らの噂だったが……運が良かったか?」
正直、彼は存外呆気なくここまで辿り着いた。
月匣の森の中にこそ落ちていたものの、それ以外は全くと言って良いほど邪魔者もいなかった。
もっと妨害くらいあるものだと意気込んでいたのが酷く馬鹿らしい。
とりあえず宝石に危険が無いかを確認すると、ヴィンセントはそれを懐に仕舞い込んだ。
「さて、長居は無用だな」
踵を返してきた道を戻ろうと一歩を踏み出す。
―――その時、視界の隅に何かが掠めた。
「―――ッ!」
行動したのは長年培った直感にすぎない。
だが確実に危険を感じたヴィンセントは後方に向けて手をかざす。
「アイアスズシールド!」
展開される防御魔法。
それと同時に闇色の猛威がヴィンセントに向けて放たれていた。
「ぐ―――」
間一髪のところで防御魔法に守られたヴィンセント。
闇と盾は拮抗し―――やがて、闇が力負けして弾き飛ばされた。
それは空中で体を捻り、音も無く地に着地する。
そしてヴィンセントは、初めて相手の姿を捉えた。
腰まで伸びたストレートの金髪と赤い眼を持つ女性。
年齢でいえば人間にして10代後半といったところか。
女のたなびかせる衣は闇よりも深く、手には黒い剣が握られている。
「どうやら、本命がお出ましか」
「―――」
女は答えない。
ただ切っ先だけをこちらに向けて―――
そして、戦いが始まった。
女が爆ぜる。
ヴィンセントが腕を振るう。
先手を取ったのはヴィンセントだ。
振るった右腕より闇色の槍が顕現する。
「ヴォーテックスランス!」
投擲。
放たれた槍は敵を貫かんと一直線に迫る敵へと飛来する。
だが相手はそんなものは意にも介さない。
無造作に剣を振るうと、それだけで槍は弾かれた。
しかしそれも時間稼ぎ。
ヴィンセントは更なる攻めに打って出る。
「水よ、刃となりて敵を斬り裂け!」
ヴィンセントの周囲に形成される無数の水の刃―――その一つ一つが必殺の威力を込められた物だ。
水属性魔法でも最大級を誇るアクアレイブ。
無数の水の刃で敵を切り刻む魔法。
その驚異の刃が幾重にも展開され―――その光景にすら、敵は怯む事無く突き進む。
「アクアレイブ!!」
刃が放たれる。
それと同時に女の体から何か、靄の様なものが溢れだした。
闇に立ち込める腐敗の気―――ヴィンセントはそれに覚えがある。
悪意を持ったあの靄は……瘴気。
つまり、それが意味するところは―――
「魔王の落し子か―――!」
「―――」
何の感情も見せずに放たれ迫る刃に対して剣を振るった。
瞬間、剣から発せられた衝撃波がヴィンセントの打ちだした水の刃を悉く吹き飛ばす。
何のダメージも与えられずに蹴散らされる水の刃を見てヴィンセントは歯噛みした。
魔法の反動でまだ体が鈍い……
女はその間にも容赦なく距離を詰める。
疾風と化したその身は何の妨害も無くなったヴィンセントへの直線上を一気に駆ける。
避ける術は無い。自身はここから動けない。
もとより近接戦闘は余り得手とはしていないのだ。
アレをまともに受けてしまえば致命傷、下手をすれば即死だろう。
その驚異をヴィンセントは見据える。
その次の瞬間、ヴィンセントへ剣が振るわれた―――
「―――」
腰から両断され、千切れ飛ぶ上半身。
それを何の感慨も無く女は見つめる。
赤い眼は何の感情も、意思すら見えないままに……ヴィンセントの千切れ飛んだ上半身へと向かう。
女の目的もやはりあの青い宝石なのだろう。
ヴィンセントがそれを仕舞った懐へと手を伸ばす。
だが、ここでヴィンセントの体がまるで解けるの様に霧散化した―――
「―――」
その光景に思わず手を止める女性。
その周囲はいつの間にか一面の霧で覆われている。
視界がはっきりとしない……この中に、まだ敵は潜んでいると確信する。
再び剣を構え、周囲の様子を探る。
何が起きても、どこから敵が襲ってきても対処できるように。
だが―――
「チェックメイトだ」
気付いた時には決着が付いていた。
背後に手を添えられる感覚。
感じられる魔力。
ヴィンセントはあの瞬間、自身の体を霧散化する事により相手の攻撃を無効化していたのだ。
それは吸血鬼の特殊能力。
夜と月と血に生きる者の力。
そしてこの距離、この瞬間に避ける術などありはしない。
女の眼が初めて揺らいだ。
それを確認する事も無く―――
「ヴォーテックススクエア」
混沌が解き放たれる。
一瞬にして目の前を覆う闇の球体が敵を一瞬で呑みこんだ。
即座に収縮を開始し、呑み込んだ敵を圧殺しようとする混沌。
混沌が消えた後に残るのは、抉れた大地のみ……
「の、筈だったんだが……驚いたな」
「―――っ」
ギシリ、と音を立てて混沌が砕け散る。
砕け散ったその場所にはボロボロになりながらも立っている女性。
腕は力なく下げられ、身に纏う衣もボロボロだったが……剣だけは離さずに握りしめている。
そして―――やはり眼には何の感情も浮かばない。
「―――さて」
このままいたぶるのは趣味ではないが……あの女性が退いてくれない事にはどうしようもない。
まだ向かってくるようならもう少しお灸を据えてやらねばならぬが……
どうにも、先程の一撃で倒せなかったのは痛い。
相手は疲弊してはいるもののあの身体能力だ。
油断すればやはりやられるのはこちらだろう……
女が動きを見せる。
ヴィンセントが構える。
「―――っ」
次の瞬間、女は月匣の奥へと身を退いていった―――
「……何?」
いきなりの事態に目を白黒させる。
何があった? 逃げた。
うむ、相手が逃げ出した。それ以外に見えない。
「……なーんだかなあ」
軽く溜息を吐く。
注意して辺りの気配を探っても既に退いた後なのかもう女性の気配は感じられない。
もう襲われる事も無いだろうととりあえずは力を抜く。
「ここにいても仕方が無い……とっとと届けようか」
踵を返して、ヴィンセントはもと来た道を戻り始めた―――
その最中に思い描くのは先程の女性。
おそらくは回収した物を狙ってきた魔王の落とし子。
彼女は―――
「……良い胸と尻だった」
―――どこかでカラスが鳴いていた。
◇ ◇ ◇
「よーし、みんな集合したね」
日本、東京都秋葉原―――
その一画にある公園の一つに四つの人影があった。
二人の少年と二人の少女。
四人が余人とも、それぞれ思い思いの格好でその場に立っている。
その格好は長時間の外出が考えられているのか着込んでいる割には軽装である。
その四人の名はそれぞれスバル、ケイスケ、ティアナ、ケイと言った。
「で、任務地までの交通費は出してくれるって話聞いたけど、ちゃんと持ってんの?」
「俺、今月の小遣いほとんど無いんだけど……」
「もっちろん。ほらコレー」
ケイスケの問いにスバルは懐から一つの小さな封筒を取り出す。
慣れた手つきで袋の中身を取り出すと―――そこには諭吉さんが結構な枚数入っていた。
思わず食い入る様にそれを見てしまう男子二人。
「こら、んな欲望剥き出しにしてどうすんのよ。これで人数分の交通費と宿泊費なんだからちゃんとしてよね。余ったら返すんだし」
「えー、貰ったらダメ?」
「ダメに決まってんでしょ!」
「えー」
「あんたも不満そうな声出すな!」
ケイスケ・マツダ、武ノ内ケイ。
懐事情に寂しい年頃であった。
そーじゃなくて、とスバルが手を叩いて逸れかかった話を元に戻す。
「じゃあ確認。私たちが今回引き受けた依頼は世界結界に侵入した何かの捜索」
「追って入った情報によると青い菱形の宝石らしいわ。赤く数字も刻まれているみたい」
スバルとティアナが改めて二人に依頼の内容を説明する。
今回の依頼自体はスバルたちに来たものであって、ケイスケとケイは本来手伝う必要も無いのである。
だがせっかくだからとスバルがケイスケを巻き込み、ティアナがケイを巻き込んだのだ。
ケイスケこそ金とおかずで釣られたものの、ケイは昔一悶着あった時にアンゼロットに大きな借金がある。
その借金返済のために頑張ってはいるものの、いかんせん上手くはいかない。
手っ取り早く稼ぐ方法がウィザードとして依頼をこなす事なのだが、ケイはそれを嫌がっている。
しかしそれではいつ借金を返済できるか分かったものではない。
そう思ってティアナも少々人道に反するもののケイをこうして依頼に引き込むのである。
ケイスケもケイスケで一人暮らしをしている懐事情は厳しい。
どちらかといえば趣味に全力を傾けているのでそちらが原因なのだが……
そのせいで食事に困り周囲にたかるのも珍しくないのだが、それはまた別の話。
「それで……みんな、準備は良いわね?」
ティアナが他の三人を見る。
返される視線こそ気だるげだったり嫌そうだったり今にも走り出しそうだったりしたが―――無言の肯定が返ってきた。
それを確認してティアナは一つ頷くと、一歩を踏み出す。
目的地はそれなりに離れた場所だ。
だからこそ準備もしたし、資金だって向こうが手配してくれた。
学生である自分たちにとって目的地が国内であった事は幸いだろう。
しかしそれでも今回の任務地は少々厄介だ。
アレは日本の中でも特殊な場所の一つ……気は抜けない。
「じゃあ行くわよ―――富士山の周りに広がる、青木ヶ原樹海に」
「あ、なーなー」
突如上がったケイスケの声に他の三人の視線が集中する。
何やら先程から腕を組んで黙っていたが、なんだろうか。
出鼻を挫かれたスバルが何事かとケイスケに問う。
「……どーしたのさ、ケイスケ」
「いや、バナナはおやつに入りますかっていうお約束をやるべきかどうかを迷ってだな」
「……いーんじゃない、別に」
全く答えになってなかった。
◇ ◇ ◇
どこまでも広がる蒼穹がそこにあった。
空は、この領域の主が最も好む場所だ。
空は自由を感じられる、どこまでも広がる領域を見渡せる。
自身が君臨する証、その支配の顕現を確かな形として見る事が出来る。
その空の中―――その領域の中央にそれは在る。
まるで要塞じみた巨大な物体。
山をそのまま宙に浮かしたかのような岩塊の上には巨大な城がそびえ立っている。
それこそが彼の者の住処にして本拠地―――
裏界第二位の大公―――”蝿の女王”ベール=ゼファーの居城である。
「さて、と……」
その居城の一室―――ベル自身の私室に彼女はいた。
右手で持っていた愛用のコンパクトを静かに閉じ、もう片方の手では何かを手慰み物にしている。
その手に収まっている物を見て、ベルは酷薄な笑みを浮かべる。
そうしてベルは少し離れた位置にある椅子に座っている者に声を掛けた。
「リオン、これが何かはそろそろ分かったかしら」
「はい。あらゆる秘密は、この書物に記されているのですから」
ベルがリオンと呼んだ女性が応える。
彼女の名はリオン=グンタ。
体の半分を隠すほどの量と長さを持つ漆黒の髪、そしてその手にある分厚く巨大な書物が特徴的な魔王の一人だ。
その二つ名は”秘密侯爵”
彼女の持つ書物にはありとあらゆる秘密が記されている。
どれだけ巧妙に隠されていようが、それがほんの僅かでも”秘密”ならばあらゆる事象がこの書物には記されているのだ。
そして彼女の持つその力でベルが知ろうとしている事。
それはつい先日世界結界を超えて表界へと落ちたあの宝石の事だ。
その内の一つは彼女の手に握られており、それにはやはり赤く]\と刻印されている。
「じゃあまずはこれが一体どういった物なのか……それを教えてちょうだい」
「はい……それは高密度の次元干渉エネルギーの結晶体です」
「次元干渉エネルギー?」
聞き慣れない言葉にベルが首をかしげる。
言葉からして大体の意味を察する事は出来るが……それでもいまいちピンとこない。
そんなベルの心中を察してか、リオンは薄く微笑むと更に言葉を重ねる。
「それは単一ならばただの高魔力結晶体とさして変わりはありません」
「単一ならば……つまり、複数個集めればもっと別の事があるわけね?」
その通りです、とリオンはベルの質問に肯定を示す。
手元にある書物の頁をまた一つ捲り進める。
そこに記されている文字は持ち主―――つまりはリオン=グンタ本人以外に読み取ることはできない。
そういった意味合いに置いても、まさに秘密の書。
「その宝石が複数集まり、それらを共鳴させて力を解放した場合……次元に巨大な亀裂を発生させる事が可能です」
「何、これってそんなに凄い物なの?」
今自分が持つこの宝石にはとてもではないが次元に亀裂を入れるほど巨大な力があるとは思えない。
それ以前に高魔力結晶体とリオンは言ったが、そこまで高い魔力もまた自分には感じられないのだ。
彼女が嘘を言うとは思ってもいないが、流石にこれは疑念が出てくる。
「それは今現在、休眠状態にある様です」
「休眠?」
「はい。過去に何者かに手によって力を使われたのか封印されたのか……いずれにせよ、そのままではただの石と変わりありません」
ふーん、と興味なさげにベルが呟く。
そして思うのだ。
こんな小さな石にそれだけの力があるのなら……それはあの七徳の宝玉や七罪の宝玉に匹敵する代物なのではないかと。
彼の魔王、かつて裏界を支配していた”皇帝”シャイマールの力を封じた幻夢神の欠片。
ソレはただソレであるというだけでも絶大な力を誇る魔具だ。
その力は、かつては宝玉を巡って魔王とウィザードで大きな戦いを繰り広げた事もあるほど巨大な力だ。
そのシャイマールが裏界の第一位、”金色の魔王”ルー=サイファーとして転生した以上、拮抗するだけの力は欲しい。
だが、それ以上に―――
「ウィザードたちも本格的に動き出したようだし……今回もまた、楽しいゲームになってくれそうね」
享楽こそを、ベルは望む。
物事は楽しまなければ損だ。
ソレはその瞬間にしか存在しえない―――ならば、それを楽しまずにどうすると言うのか。
この長い生の中でベルはそう生きてきている。
強者である自身にリスクを課し、弱者であるウィザードたちとのゲームに戯れる。
そう、ゲームなのだ。
例え世界の存亡を掛けた戦いだろうが、ベルにとっては遊戯でしかない。
この世界は自分にとっての遊び場。
自身を楽しませてくれるおもちゃの箱庭だ。
それはある意味自身のおもちゃに対する子供の様な愛着と言っても良い。
気にいればとことん遊び倒すし、飽きれば即座に放り捨てる。
だからゲームなのだ。
一分でも、一秒でも、一瞬でも長く―――ベルはこの世界で遊び倒す。
いつか世界を壊し、自身が外へと出るその時まで。
「さてリオン―――最後にこの宝石の名前を教えてくれるかしら」
少女は妖艶に微笑む。
魔王の遊戯は気まぐれによりまた幕を開けるのだろう。
その事を想い、リオンもまた笑みを浮かべる。
そしてその口から、この事件の発端の名が告げられた。
「この宝石の名は―――”種子の宝石”ジュエルシード」
Next「追跡者 〜a gold〜」
後書き
やっちゃったシリーズ第二話。
今回はシエンさんのヴィンセントが謎の落し子相手に大活躍。
アンゼロット宮殿に到着した陣耶となのはに、青木ヶ原樹海へ赴くケイスケ、ケイ、スバル、ティアナの四人。
……クレイルとメイオは今回、お休みです。
じ、次回はちゃんと活躍の場がありますんで、ハイ!
それではまた次回―――