轟音と震動が遥か彼方から響いている。

  流星のような閃光と爆発が連続して瞬き、それらが光を放つ度に膨大な衝撃を伴って周囲を震撼させていた。

  視界の彼方で繰り広げられる光景は戦場のそれ。圧倒的な力を持つ冥魔王に対して脆弱な人間二人が立ち向かっている。

  結果など火を見るより明らかであり、そう遠くない未来に残酷な結末が訪れるだろう。

  人は王には敵わない。

  二つの存在の間にはあまりに単純かつ絶対的な力の差という隔絶が存在する。

  蟻が人に踏み潰されるように、人が恐竜に引き千切られるように、恐竜が隕石により滅び去ったように、それはごく当たり前の事なのだ。

  故に訪れるべき結末は破滅。避けようのない、確定した不可避の決定。

  だが、そこに異議を挟む者がいた。




 「―――ほんと、馬鹿だよ」




  氷の大地に一人取り残された少女が、小さく呟く。

  彼方の光景を見ていられなくて、それでも決して目を逸らす事はなく、彼女は戦場を見つめ続けている。

  呟いた言葉と共に溢れてくる感情には纏まりがなく、まるで濁流の中に放り込まれたような気分だった。

  置いて行かれたのが悲しい、無茶をするのに腹が立つ、何もできないのが悔しい。

  ―――手を伸ばされたのが嬉しい。

  堰を切ったように今までの記憶が再生される。今の自分になってから過ごしてきた日々がさながら走馬灯のように流れていく。

  今までの価値観が通じず、人としての価値観に直接触れていった日々。新鮮さだけが先立って目にする全てが真新しく見えた。

  人の身体は酷く不便で、融通が利かずとても脆い。抱擁どころか柔肌を撫でただけで容易く砕ける華奢な存在。

  だが―――それのなんと眩い事か。

  儚いからこそ、閃光のように苛烈に、森羅万象に満たされている。狭い世界と小さな存在で、餓えながらも満たされる。

  それを知った。だけど失くすのが怖くてそれから目を背けて、甘い誘惑に誘われても結局は戸惑いが躊躇わせた。

  なんという惰弱。なんという半端者。

  あっちに着かずこっちに着かず、ゆらゆらと漂う様は蝙蝠のようだった。

  しかし今、鮮烈に願う。

  恥を知らず矜持も何もかもを投げ捨てて、痛烈に願う事がある。




 「馬鹿……だけど……」




  手を差し伸べてくれたのだ。

  元々は敵だった。出会いはお世辞にも良いものとは言えないし、こんな関係になったのもなし崩しだ。

  最初は元に戻る手段が見つかるまでの繋ぎだと考えていたし、実際さっきまでもそうだった。

  所詮、『私』からすればこの私も単なる分裂した一部分にすぎない。壊せば戻る、ただの端末。

  だけど、彼は手を差し伸べてくれたのだ。

  何も知らないのだろう。事情など何一つ理解せず、自分が何を思っていたのか何を考えていたのか知りもせず、それでも手を伸ばしてくれた。

  彼からすれば邪魔以外の何者でもなかったはずなのに、見捨てるような素振りは一瞬だって見せなかった。

  それが無性に嬉しくて、訳が分からなくなるほど嬉しくて―――




 「やだ……」




  だから願う。

  ただひたすらに、願うのだ。

  視界がぼやける。目頭が熱い。もうあんな光景は見ていられない―――だけど目を逸らせない。

  碌に力も残っておらずこの場を動けない自分にできるのは、ただ祈る事だけだから。




 「やだ、よ。生きて……死なないで……」




  あんな別れは辛すぎるから。

  だけど相対する敵の力は圧倒的で、別離の結末は覆しようがない。

  それでも願う事しかできないから。

  だから、だからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだから―――

  ひたすらに、ただ一途に願い、そして……










 『じゃあ、ちょっと良い事を教えてあげましょうか?』










  場違いな小蠅が一匹、彼女の元に飛んできた。

























  ナイトウィザード2nd Existence of fabrication
                  Scane / 10「願い 〜alive〜」

























 「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」」




  咆哮と共にいくつもの攻撃が同時にメイオルティスへと襲い掛かる。

  一息に振るわれる二つの刃が四方八方ありとあらゆる死角から斬撃となって振り抜かれ、クレイルは左腕で構えたライフルを連射する。

  並みのエミュレイターならば瞬時に粉微塵になる程の破壊力がそこにはある。圧倒的な破壊をもたらすそれはメイオルティスへと向かい……




 「無駄だよ」




  武具の一振りでその総てを薙ぎ払われた。

  弾丸は弾き飛ばされ、斬撃は尽くを止められ、陣耶はその衝撃で大きく後退を余儀なくされた。

  見た目からは想像できない圧倒的なパワーは離れた場所にいるクレイルにまで届き、物理的な衝撃波として身体を苛む。

  身体の到る所に刻まれた裂傷から、一斉に血が噴き出した。




 「っ……!」




  痛みに声を上げる事はなく、再び利き腕ではない左腕で標的を狙い撃つ。

  轟く号砲は八発。腕へと掛かる負担を一切合財無視して放たれた弾丸は―――やはりメイオルティスへと届く事はなく、叩き落される。




 「ったく、分かっちゃいたが彼我の戦力差は圧倒的だな」

 「魔王連中の中でも特に秀でた力を持つ……確か古代神だったか。奴もそれに該当する、もしくはそれに準ずる力の持ち主なのだろうさ」




  悲壮感こそ滲んでいないものの、どうしようもない状況だという事を無理やりに叩きこまれる。

  攻撃は通じず、何とかしのげてはいるものの出来レースの結末は目に見えている。

  ただ純粋に、圧倒的な性能差。

  筋力、硬度、魔力、体力、直感、技術、反射、視力、思考、武威、どれをとっても彼の魔王には及びつかない。

  単純に格が違うのだ。

  桁が違う。存在としての総量が及びもつかない領域に存在する。その圧倒さ故に天秤がこちらに傾く事も無く―――




 「っ、まだ来んのかよ!」

 「ちっ……!」




  続けざまに放たれる攻撃に反撃の機を見出せずにいる。

  このままでは単なる消耗戦になってしまう。

  リソースをどちらが早く食い潰してしまうかで決まる単純な勝負。これは戦う以前から結果は分かっており、単純に総量の大きい方が勝つ。

  そして何をどうしたところで、こちらの総量が変わる事はない。覆す事のできない無慈悲な決定が下されようとしている。

  それを、ただ黙って待ち続けるのか?

  ―――否。




 「そら行くぜッ! 合わせろよクレイル!!」

 「俺に何を求めてるんだお前は……」




  再び放たれる二人の攻撃。

  散弾のように放たれる銃弾と斬撃による衝撃波が一体となって標的へと牙を剥く。

  空を裂き、音速を超える速度を叩き出した二人の攻撃。だがしかし、それを以てしても届かない。




 「……その程度、なのかな?」




  つまらない。そう一言の元に切って捨てた冥魔王は再び手に持つ武具を無造作に振るった。

  たったそれだけ。だがその子供のような動作一つで、今まで数々の危機や困難を乗り越えてきた歴戦の戦士は為す術も無く吹き飛ばされる。




 「がっ……!」

 「ぐぅ……!」




  叩き付けられる衝撃は暴風に暴風を重ねたところに10tトラックでも突っ込んできたかのような猛威だった。

  か細い身体など紙のように吹き飛び、防御の上からでも彼らの力を根こそぎ奪って行こうとしている。




 「正直、ちょっと期待はずれかな」




  明らかな失望の混じった声。

  冷酷かつ鋭利な気配を隠す事なく地で這い上がろうともがく虫けらを見ている。




 「もう少しは粘ってくれると思っていたんだけどな。ただ逃げるだけの道化ならまだしも、無駄な攻撃を繰り返す愚行はどうかとおもうよ。

  特に、右腕が使い物にならなくなってるクレイルくんなんてね」




  メイオルティスは侮蔑の感情を隠そうともしない。

  碌に物も握れないような体たらくでいったい何をしにここに現れたのだ。ただ不快にさせるだけのつもりならば疾く失せろ。

  傲慢さの伺えるその意思はしかし真実その通りであり、今のクレイルは足手纏い以外の何者でもない。

  まともに戦えない以上、戦場に赴く事は自殺と何ら変わる事無く―――ましてそれをフォローしながら格上と戦うなど愚の骨頂である。

  弱い者同士の傷の舐め合い。そんな茶番を見せられて、少しばかり期待していた彼女の機嫌は失望の色に染め上げられていた。




 「つれねえなあ……こっからが本番だってのに、よ」

 「つれるつれないの部分はともかく……ここからが本番、という部分には同意しておく」




  身体を押し潰すような魔力のプレッシャーに晒されながらも二人は傷ついた身体で立ち上がる。

  瞳に宿る闘志に揺らぎは無く、むしろ先程よりも強く―――より激しく、より苛烈に戦意を燃やしていた。




 「……利き腕じゃないとか、言ってる場合でもないな」




  クレイルは左手で持っていたライフルを月衣へと収納し、代わりに自らの愛剣をその手に呼び寄せる。

  片手―――それも利き腕でない方での戦闘は平時に比べるとその性能を数段落とす事になるだろう。

  だが、それでも闘る。

  退けないだけの理由を彼はその背に背負っているから。その重みが、彼を敵に立ち向かわせるだけの力を与えている。




 「はっ……まだまだここから、ってね」




  そして陣耶も、二つの刃を構えながら獰猛な笑みを浮かべていた。

  目前にはメイオルティス。そして見据えるのは先にある結末ではなく―――別の、存在すらしないはずの逆転の一手。

  度重なるプラーナの大量消費である意味クレイル異常に消耗している彼はしかし、微塵も諦めてはいない。

  描くのは勝利の二文字。この冥魔王を前にしてなお、矮小な存在である彼は勝ちをもぎ取ろうとしていた。




 「……ほんと、懲りないよね」




  しぶとい。そしてなおかつ、諦めと往生際が悪い。不快さに顔を歪ませながら、彼女は思う。

  この手の人間ならば彼女は腐るほどに見てきた。長い長い生の時間の中で飽く程に繰り返し繰り返し挑まれては例外無く微塵と滅ぼした。

  人と神、二者の存在に横たわる力の差は歴然であり必定。変わる事も無ければ覆される事など更に輪をかけてありえない。

  無知と無謀と無力と卑小と愚昧と愚鈍と、愚かしさ故に諦めず足掻きもがき余す事無く死の結末へと帰結する行動。

  何ら、変わりない。

  今まで彼女が屠ってきた人間の中には目の前の二人よりも遥かに強い者などいくらでもいた。

  賢しい者もいればしぶとい者もいたし、卑劣な者もいれば矮小な者もいた。

  皆等しく人の世の強者であり彼女が喰らい尽くしてきた有象無象である。そして、その有象無象にすら届かぬ二人がまだだと吠える。

  身の程を知らぬにも程がある。

  戦う事すら出来ないのならば、せめて自分を楽しませる玩具として愉快に滑稽に舞台で踊れというのに、それすらも出来ないというのか。

  ―――ならば、良し。もはやお前達の存在に意味も無ければ興味も無い。

  塵一つ、細胞一つ残す事無くこの世界の藻屑と消えよ。




 「私もそろそろ飽きてきちゃった……」




  だけど―――それでもまだ足掻くっていうなら、




 「まだ予定もいろいろあるからさ―――面倒だし、一思いに消えちゃって」




  まだやるっていうなら、ちゃんと私を愉しませてよね―――っ!




 「来るぞ―――ッ!」

 「りょーかいッ!」




  メイオルティスの武具から特大の魔力弾が放たれた。。

  その猛威、二人を一〇度は絶殺して余りある威力はとてもではないが彼らが束になったとしても受けきれるものではない。

  陣耶が衝撃波で軌道を逸らそうとするが、効果は無い。高速で飛来する凶器は妨害の一切を無視して着弾する。

  直後、巨大な爆発が氷の大地を大きく抉った。

  圧倒的な暴力と共に二人のいた場所を中心に半径一〇メートルほどの氷が纏めて跡形も無く砕け散る。

  その壮絶な破壊の中から、二つの影が勢いよく飛び出した。




 「じゃー打ち合わせ通りに頼む。うっかりさんを発揮して狙いを外すなよ?」

 「誰に物を言ってる。お前こそあっさり墜とされるなよ」




  真っ先に跳び出したのはクレイルと比べると比較的傷の浅い陣耶だ。砕け散った氷の瓦礫を足場に一気にメイオルティスへ肉薄する。

  斬気を纏った刃が十重二重に乱れ飛ぶ。一撃よりも手数を重視した攻撃は相手に攻撃の隙を与えないためのものだ。

  左右に前後、時には上下の方向から襲いくる切断の嵐。だが、その総てをメイオルティスは捌き切って見せる。




 「ほらほら、もう終わりかな?」

 「さてねっ!」

 「じゃあ消えて」




  ボンッ! と魔力が至近距離で爆ぜた。

  特に魔法を行使した訳ではなく、ただ直接的に噴出した魔力のみで陣耶の身体が散り散りに吹き飛ばされる。

  文字通りの木端微塵。中に爆弾でも放り込まれた風船のように弾け飛ぶ。

  それでも、




 「まだまだァッ!!」

 「っ、しつこい……!」




  その直後、『五人』の陣耶が一斉に反撃を繰り出した。

  分身の術―――忍者の持つ代表的な技能と言えば、真っ先にこれが挙がるだろう。

  それによって生み出された数多の分身体……先程弾けたのもその一体であり、この中のどれかに本物がいるかどうかは分からない。

  変幻自在、千変万化、化かし妖かし惑わし嵌める。これぞ忍びの真骨頂。

  雲のように、蜘蛛のように、掴みどころの無いままに獲物をその糸で絡め獲っていく。




  だが、それすらも圧倒的な暴力の前では無意味だ。




 「ああもうっ、鬱陶しい!」




  全身から放たれる魔力の波動。それが一瞬だけ陣耶の身体を硬直させ、無力化される。

  晒したのは致命的な隙であり、メイオルティスならばその時間で百は体勢を立て直す事が可能だろう。

  つまり、相手に与えられたのは絶対的な反撃の機会。

  纏めて総てを薙ぎ払わんと矛先に魔力が収束する。魔力に縛られて行動できない陣耶に避ける術は無く、このまま呑み込まれるのを待つだけだ。

  だからこそ、




 「隙ありだ」




  壮絶に笑った陣耶の意図が理解できず、




 「ぉぉおおおおおおおおおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」




  突如として陣耶の胸から飛び出してきた魔剣に、反応する事ができなかった。




 「なっ!?」

 「魔器、解放―――ッ!!」




  陣耶の身体の向こう側から、まるで透明人間のように突き抜けて来たクレイルが魔剣を振るう。

  物質透過―――己の身体を透過させ、あらゆる物理現象から干渉を受け付けなくする転生者の技法。

  その特性を陣耶は利用し、クレイルを己の背後から透過させる事でメイオルティスへの奇襲を仕掛けたのだ。

  時を操る力は間に合わず、力を解放する瞬間を狙われて即座の対応ができずにいる。

  そこへ容赦なく、暴力的な魔力を帯びた刃の切っ先が彼女の右肩へと突き刺さった。




 「あ、ぐっ……!」

 「まだだ……!!」




  突き刺さったその瞬間にクレイルは更に魔力を叩き込む。

  魔剣が不吉な唸りを上げて空間が軋みだす。魔剣の周囲だけが陽炎のように揺らいでいる。

  切っ先の更に先、身体の内部への攻性魔力の放射。

  絶対的な鎧、その防御力を無視した攻撃を―――




 「こ、の……!! いい加減にしてよねっ!!」




  メイオルティスは攻撃用の魔力を無造作に暴発させる事で自分諸共に吹き飛ばした。

  時間にして秒にも満たない刹那。だが、その間に与えた負傷は反撃の分を顧みてもお釣りがくる。

  暴発に晒されながらも気にした様子も無くクレイルは氷の大地に降り立つ。




 「さて、手品の一発目は効果覿面だな」

 「あんな子供騙しの手、二度も通じはしないだろうがな」

 「そらそーだ」




  肩を竦めながら陣耶は空を見上げる。

  右肩から血を流しながら、明確に殺意の籠った眼でこちらを見下ろしていた。

  どうにもさっきの一撃で完全にやる気にさせてしまったらしい。




 「おー怖、必要以上に殺気を撒き散らしやがって。何時でもどこでも誰でも怒った女子ってのはおっかねえな」

 「だったら引っ込んでろ。元々あいつは俺の獲物だ」

 「手札を切りに切りまくっても有効打一つ与えられないから大人しく尻尾撒いて帰りますってか? っは、冗談。

  やりだした事を途中で引っ込めるのは阿保のする事だろ」

 「なら―――」

 「ああ―――」




  斃す。

  ただその一念のみで二人は己が剣を執る。




 「……流石に、意表を突かれたかな。認めるよ、貴方達はよくやった。

  うん、本当に、私がここまでの手傷を負わせられるなんて少しも考えてなかったからさ、びっくりしたよ」




  そして、上空の冥魔王もまた絶対の殺意を漲らせていた。

  圧倒的な魔力が迸る。森羅万象、世界の自称総て尽くを塗り潰さんと破壊の猛りが天を穿つ。

  彼女はゆっくりと手に持つ武具を高く掲げた。










 「だから、今できるだけの全力で潰してあげる」










  同時に、天を塞ぐ圧倒的な暴力が顕現した。




 「なっ……!」

 「おいおい、こりゃちょっと洒落になってねえぞ……!」




  驚愕は全くの同時。

  視界に移る曇天の空―――それらが一切見えない。それを遮る魔力の塊が目に映る全てだった。

  おそらくは直径にして一〇キロ程の規模を持った攻性魔力。

  その力はこの氷の大地を纏めて砕き散らしかねない程にまで高まりを見せており、一度解き放たれればどうなるかなど想像するまでもない。

  絶対的な答えは目の前に突き付けられているのだから。




 「……クレイルさーん? ちょっとアレ、どうにかできやしませんかね」

 「―――斬る」

 「まあ、それくらいしか手が浮かばないのは同意なんだけどね……」




  気力こそ折れはしないものの、しかし防ぐだけの手立てがない。

  努力も、友情も、奇策も、能力も、その総てが圧倒的な力を前にして意味を成さない。

  力。ただ力。

  絶対的な質量が全てを押し潰す。小細工を弄したところで桁の違う力に対抗する事などできはしない。




 「じゃあいくよ。できるのなら、この状況も乗り越えて見せてよ」




  先も乗り越えただろう。なら倒れるな、この程度で壊れてくれるな。

  斃すと吠えるのならば見せてみろ。その小さき身でどこまでやれるのか、是非とも今ここで魅せて欲しい。

  享楽。

  そう、所詮はこれも暇潰し。計画の合間に行われるレクリエーション。

  だから、さあ。魅せて欲しい。やれると言うのなら私を斃して見せてよ。

  これはね、ゲームなんだからさ。




 「天よ―――奈落へ堕ちよ」




  そして、告げられたその一言と共に―――










  氷の大地は、地の底にまで響く星すら揺るがしかねない轟音と共に粉々に、グシャグシャに砕け散った。

























                    ◇ ◇ ◇

























 「はははははっ! その程度か人間よ!」

 「くっ……あかりん、このままじゃっ」

 「……っ」




  海上で三つの影が流星の如き速度で飛び交っている。

  片や冥刻王メイオルティスが配下、冥刻四天王が一人セオキルス。

  片や歴戦のウィザードである紅の巫女、緋室灯とヒルコの担い手、真行寺命。

  己が魔力で、もしくは箒を駆り飛翔しながら繰り広げられる二対一の戦闘は―――終始セオキルスの有利に動いていた。




 「ガンナーズブルームッ!」




  セオキルスの動き、その静動の一瞬の隙を狙い灯の駆るガンナーズブルームから重い衝撃と共に砲弾が放たれる。

  身体の一瞬の硬直に放たれた砲弾による一撃は相手の反応速度を一瞬だけとはいえ凌駕し、絶対命中の速度で突貫する。

  そして、空を裂き超速で突き進む一撃と共に、命もまた箒を一気に加速させて突っ込んだ。

  その手に持つのはヒルコの剣。かつてある魔王が生み出した空間を切り裂く力を持つ魔剣であり、それは同時に結界殺しの意味合いも持っている。

  回避不可の一撃と防御不可の一撃。二段構えの攻撃に逃げ場は無く、文字通りの必殺となるコンビネーション。

  しかし、その必殺である連携をセオキルスは凌駕する。




 「よく飽きもしないな―――その攻撃もその行動も、全て予測通りだ」




  まず回避不可のはずの一撃が事もなげに回避された。

  身体の一捻り。小さな一挙動だけで射撃の軸から己の身体を外し攻撃を回避する。




 「だけど―――!」




  この攻撃は二段構え。

  射撃が回避されたとしても軌道を変えられる命の攻撃まで回避する事はできない。それはセオキルスとて理解している。

  理解しているからこそ、そこから動こうとする素振りを見せはしない。

  だからこそ、命を待ち受けていた物は一つ。




 「言ったはずだ、全て僕の予測通りだと」




  その言葉と同時、命の周囲に無数の魔力球が現れた。




 「な……っ!」

 「何、簡単なトラップだ。予め反応型の魔力球を設置しておき隠蔽しておく―――要は地雷だ。古典的な戦術に過ぎない」




  瞬間、全てが起爆し音と視界が白に染まった。

  三六〇度全方位に設置された魔力球全てが一斉にその猛威を振るう。爆発し、連鎖し、干渉し合い、その威力を底上げていく。

  顕現するのは巨大な光球。地獄の釜とも言える魔の灼熱だった。

  一兆度いう太陽すら凌駕する恒星に包まれて無事に生還できる存在などありはしない。

  そうでありながら周囲に熱的被害を一切齎さないのは、これが現実ではなく非現実の産物だという事を如実に物語っていた。

  だからセオキルスは口を釣り上げる。何もかもが自分の予測通りに動いている事に。

  炎の中からの生還はこうなっては絶望的だ。もはや確かめるまでも無く、原子の一つすら残さず塵となって消え果ているだろう。

  だというのに灯の表情は揺らがない。

  それは大切な人の死を受け止めきれずに思考が停止しているから―――ではない。




 「ふう……危なかった」




  この程度でやられるはずがない、という絶対の信頼から来るものだ。

  事実、命は何事も無かったかのように灯の隣から空間を裂いて現れた。単純に、ヒルコで空間を切り裂いてそこへ逃げたのだ。

  別の空間へと逃げてしまえばどのような攻撃も意味を成さない。たとえ一兆度の業かであろうが彼を焼く事はおろか、火傷すら負わせられなかった。

  しかし、それすらも予測通りだとセオキルスは低く笑う。




 「やっぱり、これも予測通りって事か……」

 「違うな、間違っているぞ真行寺命。君達は様々な要因が重なったとはいえメイオルティス様を退けた者達だ。

  そんな君達がこの程度でやられるはずはないだろう。これは予測でも何でもなく、ただの確定事項に過ぎない。論ずるまでもないだろう」




  そう、セオキルスは決して二人を過小評価してはいなかった。

  全ての物事における状況や状態、心情や感情の起伏から不確定要素に至るまで、彼は瞬時に的確かつ正確に解析できる。

  そこから導かれる絶対の予測―――もはや未来予知じみたそれを彼は操り確率すら弄ぶ。

  冥刻四天王における彼の立ち位置は力ではない。何よりもその秀でた知略を買われているのだ。




 「とはいえ、このままこの場を長引かせるのも好ましくはないな。ふむ……」




  セオキルスは少し考え込むように首肯する。

  次は何をする気なのか―――片時もその動きを見逃さないと、二人はいつでも動けるように体制を整える。

  だが、その心理の動きすらも彼にとっては予測通りであり……




 「ここで先に向けた手駒の一つでも作っておくのは、一興か?」




  不敵に顔を歪め、彼は前髪に隠され眼帯で覆われていた右目を―――解き放った。




 「「っ―――!」」




  その右目に宿った魔力の桁違いさを二人は瞬時に悟る。

  あれは不味い。解放させてしまえば取り返しのつかない事態になると第六感が最大の警鐘を鳴らしている。




 「あかりんっ!」

 「くっ……!!」




  させまいと、灯が先駆けてガンナーズブルームでの一撃を放とうとする。

  だが遅い。

  それよりも早く、




 「冥刻四天王、セオキルスが命じる―――!」




  彼の口から紡がれる、呪いの祝詞―――




 「貴様達は―――」

 「無空絶翔閃ぇぇえええええええええええええええええええええんんんんッッ!!!!」




  それは比類無き神速の一撃に、断ち切られる事となった。




 「何っ!?」

 「だぁぁらっっっしゃぁぁぁああああああああああああああいっ!!!」




  侍の極み、人間の域を超えた神速の剣技が繰り出される。

  セオキルスの真下から強襲を仕掛けた少年―――武ノ内ケイは炎の揺らめく刀を握り、この一瞬のみ彼と真正面から対峙する。

  慮外の一手。知覚外からの知覚不可の攻撃は、あらゆる事象を予測し処理する彼の知略を以てしても読み切れず、




 「天剣絶刀―――!」

 『喰らいやがれぇぇえええええええええええええええっっっ!!!』




  続けざまに放たれる高速の一撃。構えた刀そのものである少女と共に解き放たれた瞬撃の剣が―――セオキルスの身体を幾重にも切り裂いた。




 「がっ……ぐ……!?」

 「はっはっはー! どーだ見たかこんちくしょう!? 俺だってやる時はやるんだぞこらー!!」

 『落下しながら言っても締まらねえよなあ……』




  ただ速度に任せて跳び上がって来ただけの少年はそのまま重力に引かれて落下していく。

  だが、切り裂かれた硬直。晒した致命的な隙を彼らが見逃すはずも無く、戦局は一気に別の方向へと傾き落ちる。




 「幻想舞踏―――!」

 「空間を切り裂け、ヒルコッ!!」




  空間が裂かれ、そこに灯の全力の一撃が叩き込まれる。

  空間を超越したその一撃は距離を無視した絶対命中。敵のゼロ距離から無慈悲な一撃を叩き込む―――!




 「がっは、ぁ……!!」




  大きく腹を抉られる苦痛に大量の血が彼の口から吐き出される。

  だが、今の一撃で逆に思考力が戻ってきた。瞬時に自分の置かれた状況を分析し―――




 「爆功―――!!」

 「スターライトッ!!」




  極限にまで高められたプラーナと星の煌きが同時にセオキルスを襲う。二人の少女、スバル・ナカジマと高町なのはによる挟み撃ち。

  だがセオキルスとて魔に身を置く者。如何に深手を負っていようが関係なく、彼は攻撃を迎撃するために魔力を放つ。

  しかし、その直前。




 「その攻撃、『お前は一切の行動ができない』!!」

 「なっ……!?」




  その言葉で、一切の動きが封じられた。

  まるで元々そのようにできているかのように、目前に迫る攻撃に対して一切の動きが取れなくなる。




 (くっ、万象そのものを力で縛ったのか……!!)




  言霊。

  力ある言葉で『そうである』と断言し、現実とする夢使いの業。

  なのはの箒に同乗するティアナ・ランスターがそれを振るいセオキルスに一切の対応を許さない。

  彼がそうしようとしたように、彼女もまた『操る者』だ。




 (っ、舐めるなよ……ッ!!)




  この程度で終わるものか。

  一瞬の隙に叩き込まれる連撃。よかろう、甘んじて受けてやる。

  だがこの程度で、この私を獲れると思うな―――!!




 「「はぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」」




  全力を傾けた一撃が放たれる。

  共に必殺を狙った一撃。それを一身にセオキルスは受け、傷つきながら―――それでも、耐える。耐え抜く。

  折れぬ、屈せぬ、負けはせぬと眼光を揺らめかせ軋む体を繋ぎ止めている。

  その矜持、冥刻四天王としての維持がこの窮地においても彼を奮い立たせていた。




 「ぐ、が、ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!」




  咆哮と共に束縛を振り払う。

  全身から吹き出す魔力が事象尽くを打ち払い攻撃すらも弾き飛ばした。

  これで連撃は終幕。

  刹那に賭けた奇襲は終わりを告げ―――




 「チェックメイト」




  ガチャリ、と。後頭部に突き付けられた鈍く光る銃身が結末を物語っていた。

  ケイスケ・マツダ。何の変哲もない銃をセオキルスの後頭部に押し付け立つ少年。




 「貴様、いつの間に―――!」

 「教えるかよ、バーカ」




  無慈悲に、引き金は引き絞られた。

  ドンッ!! と解き放たれる銃弾と共にセオキルスの頭部が跡形も無く消し飛ぶ。

  それで終わりだった。致命打を受けた彼の身体は光となって崩れ去り、肉体を構成していたプラーナが世界へと還元されていく。

  その中に残った蒼い宝石―――アンゼロット宮殿から奪われたものと違わぬそれを確かに確保する。




 「じゃあな。あの世でジークハイルでも謳ってろ」




  写し身として消えたそれに皮肉を口にしながら、硝煙の立ち昇る銃を月衣へ仕舞う。

  そして、その視線が遥か彼方へと向けられた。

  視線の向こう、水平線の彼方で繰り広げられているであろう戦闘に辟易とした思いを抱く。




 「俺らが行くまでに片が付いてれば万々歳なんだけど……」




  そう簡単には行かないのが世の中だろうな、と半ば諦めた気持ちになりながら、彼はとりあえず追いかけていた仲間二人と合流するのだった。


























  Next「メイオ 〜hope〜」


























  後書き

  はい、という事で一〇話です。ツルギです。

  期末だの課題だのでごたごたしてましたがようやく投稿できました。

  今回のテーマは「中二病」。何か地の文が酷く痛々しいですね、ハイ。どうでしょうか?

  それにしても相手側の戦力インフレが酷い。直径一〇キロの攻性魔力の塊って何だ、軽く街が吹っ飛ぶって。核どころの話じゃないよメイオルティス様。

  次回辺りでメイオルティス戦も決着です。いい加減に終わらせてリリなののほうに集中したいなあ……自業自得ですが。

  とりあえず完走目指して頑張ります。



  とある友人に「作中使ったスキルの解説とかあると良いかも」とか言われたのでつけてみます。

  確かに原作のルールブック持ってないと分からないのってありますしね……では。



  分身の術:使用者「皇陣耶」
  一般的な忍者のイメージとして定着している技能。効果は読んで字の如く。

  物質透過:使用者「皇陣耶」
  一瞬だけ自身の身体を透過させて物理攻撃を回避する転生者の技能。一瞬だけなのでエロい事には使えない。

  魔器解放:使用者「クレイル=ウィンチェスター」
  魔器の力を限定的に解放する魔剣使いの技能。アニメ定番の必殺技。

  従属の魔眼:使用者「冥刻四天王セオキルス」
  異形の瞳に刻印された魔力を解放し、神すら抗えぬ絶対尊守の命令を下す大いなる者の技能。ぶっちゃけギ○ス。

  無空絶翔閃:使用者「武ノ内ケイ」
  人間の領域を超えた速度を叩き出し神速の剣技を放つ侍の技能。作中じゃその人外速度で一気に上空に跳ぶという荒業をやった。

  天剣絶刀:使用者「武ノ内ケイ」
  一瞬の高速移動ですれ違い様に敵を切り伏せる侍の技能。作中じゃセオキルス一人だが、実際はすれ違った全員を切り伏せる。

  幻想舞踏:使用者「緋室灯」
  強化された肉体をもって人間の限界を突破する強化人間の技能。あかりんといえばとりあえずガンナーズブルームとこれ、あとトンネルに料理。

  爆功:使用者「スバル・ナカジマ」
  プラーナを爆発的に増幅して原子の塵にまでその拳で打ち砕く竜使いの技能。あれ? 振動破砕より怖くない……?

  スターライト:使用者「高町なのは」
  星の煌きの如き光で攻撃する魔法。ステ的には強くないけど何でこのチョイスなのかは言わずもがな。

  言霊:使用者「ティアナ・ランスター」
  力ある言葉で「そうである」と断言し、事象を定義する夢使いの技能。ぶっちゃけると世界自体が夢なので夢使いはごく限られた範囲と時間でこんな事象改変ができる。



  それではまた次回に―――







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