―――刃が閃き、銃弾が飛び交い、拳が繰り出され、光が舞う。
ここは戦場。
紅き月が照らしだすこの世ならざる戦地。
蠢くのもまたこの世ならざるモノである。
戦地にひしめく黒い異形。
それを例えるのならば、犬と言った方が良いだろう。
だが、それは例えればの話である。
万人が見れば万人がこう答えるだろう……間違ってもコレは犬ではないと。
虎の様に大きな体躯に裂けんばかりに開かれた顎。
鋭く光る眼は赤色。その体は夜よりなお深い闇。
立ち並ぶのは鋭利な牙。
おおよそ普通の獣が持ちえるとは思えぬ大きな牙だ。
人など、アレの前には紙きれの様に容易く引き千切られるだろう。
その爪はまるで斧だ。
剛腕から繰り出される大きな爪は過たずして敵を砕くだろう。
それは、常識の域を超えた存在だ。
そしてその体にあらゆる攻撃は意味を成さない。
常識を逸脱した存在である彼らにそんなモノは無意味だ。
剣、刀、槍、斧、拳、銃器―――この世に存在するありとあらゆる兵器は彼らの前に無意味と化す。
コレは、そういう物だ。
生きとし生ける物全ての敵。
彼らは狩人、喰らう者。
我らは餌、狩られる者。
人の身ではアレには敵わない。元々その様に人の体は出来てはいない。
―――彼らの名はエミュレイター。
この世界の裏側、裏界より現れたる侵魔。
即ち、世界の仇成す者たち―――世界の敵。
そして、世界の敵が蠢くその戦場の只中で―――戦う者たちがいた。
数は6。
幾十、幾百とも知れぬ侵魔の大群の前に、それは余りにも少ない数だ。
だが―――彼らは未だ、この波に呑まれる事を是とはしていない。
剣を振るう、一人の青年がいた。
「いいかげん―――数が多いってのッ！」
振るわれる腕。
共に繰り出されるのは手に握りしめた一つの剣。
だが、その刀身は何故か鞘に収められている。
しかしそれがどうした、とばかりに獣が跳ぶ。
遥か頭上からの奇襲。狙いは剣を振るう青年の頭だ。
この牙で噛み砕けば終わるのだ。そのような些末、気に留める必要はない、と。
「っ、上―――！」
青年が頭上より迫る脅威に反応する。
視線が交錯する。
獣が喰らう者としての咆哮を上げる。
「■■■―――ッ！！！」
おおよそ、獣だろうが人だろうが発する事の出来ない声が響く。
地の底より轟く咆哮。
確かな殺意を込めた殺戮の鬨。
それを―――青年は変わらぬ視線で受け止める。
剣の切っ先がこちらに向いた。
関係無い。
こちらは奴らの天敵なのだ、臆する事は無い。
刃も、拳も、銃器も、いかなる物もこの身には通用しないのだから。
それは殺戮に対する絶対的な自信と、獣の本能。
自身より弱き物を喰らう弱肉強食の精神。
この牙で、奴の頭を―――
「はあっ―――！」
そして、獣の頭が飛んだ。
何故？
獣の頭を疑問が過る。
簡単だ。男の振るった剣に斬り飛ばされたのだ。
だが、ならば何故？
今までどのような武器も通用しなかった肉体が、何故―――
初めての疑問。初めての困惑。
獣の思考はそのノイズに答えを見つける事無く、そこで途切れた。
獣の一体を屠った青年は構わずに剣を振るい続ける。
「ああもう、キリがねえ……どんだけいるんだよこいつらはッ！！」
「若い奴が弱音吐いてどーすんの、ほれ」
新たな声。
黒い外套に身を包んだ男が腕を振るう。
その右手に、血色の槍が顕現する。
「さあ、貫け―――！」
近場の獣めがけて放たれる槍。
それは獣の筋肉質な肉の鎧を物ともせずに貫通する。
その肉体より飛び出る鮮血―――
それに応えるかのように、血色の槍が鳴動した。
「これって俺がいなくてもいいんじゃねーの、何か圧倒的だし……めんどくせ」
ぼやきつつも迫る獣にカウンター気味に拳を叩きこむ少年。
迫る爪を、牙を、弾丸と化した肉体を、荒削りにも確実にその力を受け流し追い打ちをかける。
が、不意に獣の一体が彼の腕を捉えた。
既に接敵距離。
即座に右腕を振るう。
「っ―――！」
寸での処で腕を噛み千切られるのは避けられた。
だが、代償として手甲を装備した拳が獣の牙により拘束されている。
力で言えば獣の方が随分と上だ。その気になれば手甲ごと腕を引き千切られる。
その前に―――
「ッ―――！」
獣の頭が耳をつんざく様な轟音と共に吹き飛んだ。
それもまた不可解な現象だ。
彼の腕力ではとてもじゃないが頭を拳で吹き飛ばすなどという芸当はできない。
ならば何故？
その答えは、彼の左手に握られる物だ。
黒光りするその物体。
掌で握れるほどのグリップと、そこから伸びる筒。
そう、それは一丁の銃だ。
「くそったれが、バイトあんだからとっととくたばれっての！！」
「バイトより俺を助けろおおおおおおおおおッ！？」
戦場に一際大きな声―――悲鳴が聞こえた。
数匹の獣に追われ、逃げ惑う少年。
その肩には30cmほどの人型がいた。
「なーに逃げてんだよ！ 逃げてたら話になんねえだろ、戦えっての！？」
「怖くてできるか！？ というかそもそも俺はこんな所に来たくなかったわー！！」
少年は逃げ惑う。
ただひたすら全力で、走り続けるその先に―――
「そのまま突っ走れ、こっちで始末してやる」
「うおおおお、お願いしますっ！？」
「なっさけねえ……」
長身の青年が立っていた。
右手に握られているのは銃とも剣とも呼びがたい物。
長大かつ分厚い刃が、銃と思わしき物体になっていた。
弾を込める弾倉もある、引き金もある。
ただ銃身と成りえる個所が長大な刃になっている―――そんな物体だ。
そして左手にも無骨な、正真正銘の銃が携えられている。
それを正面より迫りくる獣の群れに構える青年。
「―――全て撃ち抜く」
言葉と共に引き金を引いた。
戦闘の獣に向けて放たれる一発の銃弾。
それは寸分の狂いなく獣の額へと吸い込まれていき―――瞬間、獣の体が跳ね飛ばされる。
それを確認する事無く次々と引き金を引く青年。
一発、二発、三発、四発、五発―――次々と放たれる銃弾は一発目と変わらぬ結果を全ての獣にもたらしていく。
「―――みんな下がって！ おっきいの行きまーす！！」
そして、遥か後方より戦場に凛と響く女性の声。
その手に掲げるのは白亜の中央に紅い宝玉が輝く―――箒。
その体から放たれる魔力は臨界を超え、天空より数多の星を降らせんとする。
「いくよ、レイジングハート！」
『All right, my master』
主の声に応えるのは機械的な音声。
箒に搭載されたAI―――彼女の大切な仲間、その一人。
言霊を力に変え、彼女は叫ぶ。
この悲しみを、撃ち抜く力を―――
「スターフォール―――ダウーンッ！！」
天空に紅い月が昇る時、闇の眷族―――エミュレイターたちが、人の世界へと侵入してくる。
彼らには、化学という常識に満たされた力は一切通用しない。
闇に対抗しうる唯一の力―――
人々が遠き過去に忘れ去った魔法を駆使して戦う者たちがいる。
彼らの名は、夕闇の魔法使い―――
ナイトウィザード
ナイトウィザード2nd Existence of fabrication
Scene/1「堕ちたる物 〜a fall〜」
うららかな朝。
窓に掛かったカーテンの隙間から柔らかい日差しが部屋を照らす。
今―――ケイスケ・マツダは熟睡していた。
「んあー……」
今日は日曜日だ。
通っている中学―――私立輝明学園秋葉原分校中等部も、今日は休日なので授業は無い。
平和な休日。
普段通り休日は平日忙しい分だけ廃人生活を送ろうと努めて―――今日も今日とて熟睡していた。
そんな時―――枕元に置いてある携帯が急に振動し始めた。
アラームのそれとは違う、それは確実に着信音。
他者からの電話のコールがケイスケの穏やかな睡眠を妨げる。
ケイスケは起きない。
それでもまだ携帯は振動し続ける。
それが一分か二分ほど続いた時……ケイスケに動きが出た。
眼を閉じたままもそもそと緩慢に手を動かして今も振動し続ける携帯を探り当てる。
それを探り当てると同時に折りたたみ式の携帯を開く。
未だに振動し続ける携帯。相手は今か今かとケイスケが出るのを待っている。
そしてケイスケは画面を見る事も無く慣れた手つきで―――
着信を切った。
「ふう……お休み」
これで安眠を妨げる物は無くなった。
心おきなく二度寝をするために布団に潜りこむ。
春もそろそろ終わりに近づいてきているとはいえ、まだ布団が暖かい時期だ。
すぐに抗い難い睡魔が襲ってくる。
意識が朦朧としてきて、頭の中もまどろんできて……
それに身を委ねる様に再び眠りに落ちようと―――
「くぉらケイスケー！！ いい加減に起きろー！！」
「ぐわっ！？」
第三者によってそれは阻止された。
突如耳元で聞こえた大音量。
声の発生源は見ずとも分かる。
「人が電話しているのにそれを切るってどーいう事ー、あと今何時だと思ってるのー。体に悪いよ？」
「あー……」
怒ってるんだか心配しているのか……おそらくは9：1程だろう。
活発そうなショートカットの蒼い髪に緑の眼。
これまで幼少の頃から幾度となく交流を持った少女。
―――スバル・ナカジマ。
それがこの少女―――ケイスケの幼馴染の名前だ。
「ほーらー、その調子じゃ朝ごはんもまだなんでしょー？ 私が作ってあげるからおーきーろー！」
「あーもー、うっさい」
ガバッと布団から腕が伸びる。
急な事に反応できなかったスバルはそのまま肩を掴まれて―――
「えい」
「わっ」
そのまま布団に引き込まれた。
ただし、顔だけ抱えられるなんていう間抜けな格好で。
しかしそれでも人の温もり。布団とはまた違った安心感がある。
ああ、また意識が……
「こらー！ だから起きろー！」
「……なんだよー、お前も一緒に寝れば同罪だろー」
「人を巻き込まないでよ！？」
これ以上やっても埒が明かないと見てケイスケも渋々布団から体を起こす。
それによりスバルの頭も解放されて、安堵感からか軽くため息を吐いた。
ふといつもの癖から時計に目が行く。
そろそろ時刻は午前9時になろうとしていた。
「まだ朝はえーじゃん」
「全くもう……今日はコスモガード連盟から仕事が来たから、手伝ってほしいって頼みに来たの」
―――コスモガード連盟。
とある裏稼業に関している一大組織の一つだ。
コスモガード連盟はその規模も世界規模で大きく、様々な分野に関っている。
そしてそのコスモガード連盟から来る仕事……それは十中八九アレに関る事だと否応なしにケイスケは理解した。
何故なら、自分もコスモガード連盟に関った事があるからだ。そして仕事を請け負った事も。
そしてそれを理解している以上、ケイスケが下す判断は一つだけだった。
「えー、ヤダ」
「うん、ありが―――ってヤダじゃなーい！」
「えー」
だって、厄介事は嫌いなのだ。
トラブルがあればそこからさらにトラブルが起きる。
まるで飛び火する火の子の様に、それは際限なく広がっていく。
つまるところ、ケイスケが嫌がる理由はとても単純な物だ。
めんどくせー。
この一言に尽きた。
「むー、なんだっていつもいつもそうなのかなケイスケは」
「だって割に合わねーし。何だって命がけで仕事やってあんな金なんだよ」
そう、仕事はいつも命の危険と隣り合わせだ。
内容、というか仕事の都合上それはどうしても付きまとって来るだろう。
自分はただ人生を謳歌したいだけなのである。
なのにそんな命の危機にわざわざ飛び込むなんてのは実に馬鹿らしかった。
「とにかくパスだパス。頼むなら他にもランスターとかケイとかいるだろ」
「ティアにはとっくに声を掛けたよ。ケイもつれて来るって」
抜かりが無い、と今度はケイスケが溜息を吐く。
だがまだ手は尽きたわけではない。
もう一つの手札を切ってみる。
「実はもうすぐバイトがあってだな……」
「バイトは今日は無いでしょー。翠屋の手伝いも今日はなしだし、友達から誘いがかかってるならケイスケはもういないし」
完全に逃げ道を塞がれた……
この幼馴染はどうも自分の逃げ道、というか逃げる方向を熟知しているらしい。
やはり無駄に付き合いが長いからだろうか。
これだから過去を知る人間って……苦手だ。
こうなればもはや意地を張り通すしかなくなる。
「やーだー、俺は行きたくなーい」
「もー、そこどーにかできない？」
ケイスケはつーんとそっぽを向く。
これはかなり意地になっているとスバルも良く知っていた。
なので……余り使いたくなかった手札を切った。
「じゃあさ、私の報酬の半分をケイスケにあげるからー」
「……」
ピクリ、と眉が動いた。
はあ……、と重い溜息を吐きながらスバルは言葉を重ねる。
「加えて、一週間の間は私のお弁当から好きなおかずを一品」
「む、むむ……」
眼の前でケイスケが葛藤している。
今ケイスケの頭の中ではコンピュータも真っ青な速度で損得勘定が動いている。
金、飯、命、金、飯、命……
唸る事じっくり一分。
ケイスケは再び、厳かに口を開いた。
「その仕事、お幾らで？」
「500,000v」
「喜んで引き受けさせて頂きます」
日本の伝統土下座。
金額を言ってからの反応は実に0コンマ1秒。
はあ……、とスバルはまた溜息を吐いた。
◇ ◇ ◇
ケイスケがスバルに頭を下げていたその頃―――
武ノ内ケイは逃げていた。
「嫌だああああ！ 何で俺が行かなきゃなんないんだああああ！」
「それはあんたがそういうのを選んだからでしょーが！？ 逃げるなー！」
秋葉原を疾走する二つの影。
片方は武ノ内ケイだ。
追いかけて来るもう一つの影から必死で逃げている。
もう片方はティアナ・ランスター。
こちらは追っている側で、必死に逃げるケイを追跡している。
「何で俺までそんな依頼を受けなきゃなんないんだよ！？」
「アンゼロットさんが頼んできたからでしょうが！ 自分の立場忘れたの！？」
「ちくしょー！！」
ケイは心の中で慟哭する。
ああ、あんな厄病神な世界の守護者に関るんじゃなかったと。
とある事情からアンゼロットの保護下に入っているケイはアンゼロット絡みになると強く言えない立場にある。
そして今回もその例に漏れず、アンゼロットに厄介そうな案件をコスモガード連盟経由で押しつけられそうなのだ。
そうと分かればケイは必至で逃げた。
アンゼロットはおおよそ常識では考えられないような方法で仕事を押し付けるなんて聞いているのでなおさらだ。
その例として有名なのが彼の魔剣使い、柊蓮司。
覚醒して間もないウィザードながら幾度となく世界滅亡の危機に直面し、その全てを救ってきたベテランだ。
だがしかし、彼の任務の数多く……というよりほぼ全てがアンゼロットの押し付けから始まっているという。
柊キャッチャーによる捕獲、リムジンで出向いての拉致、トラクタービームによる捕獲など……悪い噂は絶えない。
だからこそ余計にケイは不安になって逃げるのである。
「なーなー、結局諦める事になんだからさ、無駄な体力使わずにとっとと出向いた方がいいんじゃねーか？」
と、急にケイの懐から声がした。
良く見れば、ケイの着ている服の胸ポケットから小さな顔がケイを覗きこんでいる。
それは本当に小さく、小人や妖精といった形容詞が当てはまりそうな紅い髪の女の子。
―――名をアギト。
ケイのパートナーにして力の象徴である。
アギトは小悪魔的な笑みを浮かべてケイが必死に逃げる様を面白そうに眺めている。
どうやら味方はいないらしいと、最初から分かり切っていた現実に絶望する。
「うっせー！ 俺は……俺は今日こそ逃げ切ってやるー！！」
秋葉原に響く絶叫。
二人の鬼ごっこは、まだもう少しだけ続きそうだった。
◇ ◇ ◇
秋葉原のとあるマンションのとある一室。
皇陣耶は食器を片づけていた。
カチャカチャと食器が音を立てながら積まれていき、流水が汚れを洗剤ごと洗い流していく。
普段は二人分の食器を洗うのだが―――今日は一人分だけ。
つい先日から同居人は仕事で出ているからだ。
陣耶自体、その事に関しては何ら心配は抱いていない。
あいつなら何があっても無事だろう、と妙に確信めいたものがあるからだ。
そして食器を洗うのが一人分だけで水道代なども随分と浮くなどと考えてもいる。
「っし、終わり」
食器を洗い終わると、次は拭きにかかる。
頭上に掛けてある適当なナプキンを手にとって、一つ一つを丁重に拭いていく。
暫くの間はキュ、キュ、と単調な音が部屋に響き続けた。
―――と、突然に陣耶の持つ携帯が振動した。
それと共に流れるトッカ○タとフー○。
間違いなく、陣耶が設定した電話の着信音である。
「誰だ……？」
こんな時間に携帯にかけてくる人物など珍しいと思って着信者を確認する。
画面には―――アンゼロット、と表示されていた。
それを見た瞬間に陣耶の顔は途端に渋くなる。
皇陣耶はフリーのウィザードだ。
その関係上、様々な組織や人物から依頼を請け負ったりはしているし、アンゼロットともそうして知り合った。
だが、世界の守護者であるアンゼロットから廻される仕事は決まって厄介事ばかり。
しかも―――
「あいつ、今は別の世界に行ってるんじゃなかったのか？」
そう、アンゼロットは今、エル＝ネイシアと呼ばれるこの地球とは別の世界に行っている筈なのである。
そんな異世界からの通信が可能なのかと頭を捻り……一瞬で止めた。
この携帯はただの携帯ではない。
ウィザード御用達の超絶携帯、0-Phoneなのである。
どんなに電波状況が悪かろうが対話ができ、あらゆる言語でのコミュニケーションが可能になるトンデモツール。
しかも過去にいようが通話してしまうという離れ業までやってのける携帯だ。
深く考えたところで意味はないだろうと思考を打ち切って―――通話ボタンを押した。
『出るのが遅いではありませんか。相手を待たせるとはマナーがなっていませんよ、陣耶さん』
「開口一番がそれか。あんたが直接かけてくるなんて珍しいな、アンゼロット」
いつもは部下であるロンギヌスなどを経由して陣耶に仕事の依頼がやってくる。
だが今回は珍しくアンゼロットから直接電話がかかってきた。
本来、それほど暇でもないだろうに……
『ええ、今回は少し特殊な仕事を依頼したいので』
「特殊、ねえ」
とりあえず手に持っていた食器とナプキンをキッチンに置いて話に集中する。
電話の向こう側にいるアンゼロットは何やら苦労してそうだが、まあその分こちらに仕事が廻っては来るのだろう。
『つい先日、世界結界に妙な揺らぎを感じたのです』
「―――世界結界に？」
世界結界とは、この地球全体を覆う大規模な結界の事だ。
常識という概念を世界とし、その常識にそぐわないモノの干渉を遮断する―――そんなものだ。
それ故に人々は常識ならざるモノ―――エミュレイターの脅威から守られているのである。
しかし、今回はそれが揺らいだとアンゼロットは言った。
それが及ぼす影響は何なのか……世界結界に縛られる身でもある陣耶は緊張を感じた。
「……で、どうなってんだ」
『分かりません。ただ確実なのは、何かが結界内に侵入したという事……それも世界全体規模で、複数です』
途方もない話の大きさに眩暈がしそうになった。
いや、世界滅亡の危機もいつもの事だから大した事はないのか、などといささか検討違いな事も考える。
しかも侵入した何かが分からない状態ときた。
これでは、探せと言われても手の打ちようがほとんど無い。
……だがまあ、大きな組織に接触すれば問題はないだろう。
と、そこで小気味良い音が部屋に響いた。
この部屋のインターホンだ。
「ん、誰か来たな……ちょっとまってくれ」
『はい』
今日は朝から色々ある日だと思いながら、相手を確かめるべくインターホンに付いているカメラから送られる映像を見る。
そこに映っていたのは―――
「……」
少し考え込んで、陣耶は携帯を机の上に置いた。
そのまま速足で玄関へと向かい、来訪者がいるであろう扉を開け放つ。
そしてそこには、映像で見たのと同じ人物が確かに立っていた。
「久しぶりね、元気にしてた？」
「まあそれは後な。とりあえず電話中なんで静かに入ってくれ、声も立てないよーに」
できるだけ注意をしながら部屋へ駆け戻り、再び携帯を手にする。
客はちゃんと扉も閉めて静かに部屋に入ってきた。
「待たせた、続きは？」
『はい、今回の依頼は世界結界内に侵入した何かの捜索です。場合によっては封印、もしくは撃退や破壊もお願いします』
またえらく難題だと半ば諦めて頭を垂れる。
放っておいても他のウィザードが解決するだろうが……
そこまで考えて、陣耶は今しがた訪ねてきた客人を見た。
「はあ……分かった、その依頼を受ける」
『ありがとうございます。くれはさんには既に連絡を廻していますので、くわしくはそちらで』
「了解」
その言葉を最後に、アンゼロットとの通信は途切れた。
残されたのは携帯から鳴る通話の切断音と、陣耶と客人。
訪れる静寂―――
その中で最初に口を開いたのは、客人だった。
「で、また最初からになるけど―――久しぶりね、元気にしてた？」
客人は小悪魔的な笑みを浮かべつつ、そう言った。
外見的には16歳ほどの少女。
ウェーブの掛かった銀髪に、金色の瞳。
身に纏っているのは輝明学園の制服―――そして、その上からはポンチョを羽織っている。
知る人が見れば誰もが口を揃えて言うだろう。
何故、ここにいると―――
そんな相手を前にして、陣耶はまるで態度は変わらない。
それは昔からの知人に挨拶をする様に―――
「さっきの電話とあんたが来なけりゃ元気だったろうさ……久しぶりだな、ベール＝ゼファー」
◇ ◇ ◇
つい最近、様々な仕事道具が消えてしまい閑散としてしまった部屋の中。
クレイル＝ウィンチェスターは愛剣の手入れをしていた。
手に握られるのは長大で分厚い刃が銃身となった一丁の銃……を模した剣。
クレイルの愛剣―――名はガンブレード。
銃弾を中で炸裂させる事で刃を微振動させ、その切断力を向上させる。
扱いこなせれば外見とは裏腹に鉄すら両断して見せる。
世界に二つと無いクレイルだけの特注品。
突飛な形をしているが故に扱いには慣れが必要だったが……今ではもうそんな事も無い。
戦場に置いてクレイルが命を預ける唯一無二の武器である。
その剣を丁寧に綺麗な布で磨いていく。
刃の部分は砥ぎ石を、内部の方もきっちりとゴミを取り除いたりとメンテをしておく。
そうやって愛剣をばらしてメンテをする事数時間……クレイルはようやく手を止めた。
メンテが終わったらしく、一通りの動作を確かめている。
調整が終わり、剣を仕舞う頃には時刻が正午を過ぎていた。
「あ、やっと終わったの？ 待ちくたびれたよ」
その時、クレイルの背後から声が掛けられた。
待ちくたびれた、と言っている割にはその眼は好奇心に満ちているその少女。
年齢としては十代後半といったところだろうか……
それを聞いてクレイルは大仰に溜息を吐いた。
「お前な……暇なら家にあるゲームでもやっていればいいだろ」
「んー、なんとなく？」
はあ……、とクレイルはまたもや溜息を吐く。
この少女にとっては見る物全てが真新しく物珍しいのだろうが……色々と厄介であることに変わりはないからだ。
クレイルは少し前……とある拾い者をした。
拾い物ではなく、拾い者である。
だがそれはただ一概に、気軽に拾うと言うには余りにも危険な存在であり―――
「どうしたの、人の顔を見て変な顔して」
―――少女のかつて名を、冥刻王メイオルティス。
冥界より来る全ての、世界の敵―――冥魔を統べる王、冥魔王のうち一人である。
だがそれが、今はメイオ・テスタロッサと名を変えている。
何の因果かメイオルティスは冥魔からウィザードへ通常ではありえない転身をしてしまい、現在ではクレイルの世話になっている。
それからは色々と苦労させられた。
家族への口裏合わせ、メイオルティスへの事情説明、衣服や武具の問題などなど―――
ここ最近でクレイルの精神疲労度はピークに達していると言っても良いだろう。
何か憂さ晴らしでもしたい……そんな気分である。
と、その時だ。
机の上に置いてあったクレイルの携帯―――0-Phoneが着信を告げた。
「はい、どうぞ」
「……おう」
いち早く反応したメイオルティス―――今はメイオ、が携帯を取ってクレイルに手渡す。
仏頂面のまま携帯を受け取り、その着信を確認した。
とたん、その顔が先程までの仏頂面から真剣なそれへと変化する。
その変りように何かを察したのか、メイオは笑う。
「どうしたの？」
「―――どうやら、仕事だ」
着信欄には、絶滅社と表示されていた―――
◇ ◇ ◇
ローマ。
日本より遠く離れた国。
ここには世界の誇る一大組織―――その本拠地が構えられている。
名を、ローマ聖王庁。
彼のグィード＝ボルジアも所属するその一大勢力の本拠地に……
「久しぶりだな、ヴィンセントよ」
「おお、本当に久しぶりだグィード」
一人の男性―――ヴィンセントはいた。
赤黒いマントで全身を覆ったその長躯。
それでいた飄々としたその態度は掴みどころが無いように思える。
このグィードと親しげに話す男、ヴィンセント。
彼はグィードと旧知の仲だ。
ときたま共に戦場を駆け抜けた事もある。
そして彼自身も、グィードに劣らぬ実力を有するウィザードだ。
つい先日、そんな自分の手を借りたいとグィードから連絡があった。
あのグィード＝ボルジアが連絡を寄越す以上、何かあると踏んだヴィンセントはそれなりに急いでローマ聖王庁へと顔を出した。
「それでどうしたんだ、急に呼びつけて」
「ああ、では早速本題に入ろうか」
ヴィンセントに促されグィードが語り始める。
世界結界を越えて侵入した異物。それを感知したアンゼロットと、多くのウィザードたちによる捜索。
こちらからも捜索に向かわせてはいるが、いかんせん反応が小さすぎてアンゼロット以外捉えられなかったとグィードは言う。
そうなればもはや物量に任せた捜索以外に手が無い。
それ故にこの捜索の手伝いを頼みたいと―――
「なるほどね……探し物なら楽だし、いいさ別に」
「では、頼んだぞ」
グィードの言葉を背に、ローマ聖王庁を後にする。
仕事は既に始まっているのだ。のんびりしている暇などない。
世界規模ともなればどこから手を付けていいのか途方に暮れるが……大まかな位置の座標はグィードから受け取った。
後はこれを頼りに目的の物を探し出せばいい。
だが―――果たしてこれは何なのだろうかと、ヴィンセントは考える。
世界結界の外から侵入した物……グィードはそう言った。
ならば異世界からの遺物か、魔王の計略か、最近出没する冥魔の仕業か……
だが、なんにせよヴィンセントの仕事は変わらなかった。
自分は目的の物を回収し、それを届けるだけだ。
その最中に立ちはだかる敵があるのなら―――
その顔に浮かぶのは薄い笑み。
これから起こるであろう騒動に心を沸き立たせている笑み。
「さあ……今夜はどんな月が見れるだろうか」
◇ ◇ ◇
日本、東京都秋葉原―――
私立輝明学園に通じる大通り、その一角に今日も繁盛している一件の店があった。
店の名を翠屋という。
高町桃子、高町士郎の高町夫妻が営む小さな喫茶店だ。
その店舗内で特に目を惹く―――主に男性の視線を集める一人の女性がいた。
「お待たせいたしました。ご注文のシュークリームになります」
栗色の長い髪をサイドポニーで纏めた頭。
優しげな雰囲気に誰もがほだされ、笑みを浮かべる―――そんな女性。
彼女の名は高町なのは。
この翠屋の看板娘にして高町家の次女だ。
そんな彼女は今日も元気に翠屋のウェイトレスをやっている。
「ご来店、ありがとうございましたー」
いつもスマイルは100%の笑顔。
営業スマイルではなく、素の笑顔だ。
その純粋な笑顔に惹かれてか、彼女目当てに来る客も少なくは無いという。
この高町なのはの他にも高町美由希、高町恭也、月村忍、などなど……
普段ではお目にかかれない様な美女美男子がこの喫茶店には多く出没するのだ。
ある意味、味よりも人狙いが多いかもしれない現実に高町桃子は少々複雑な心境である。
だが間違っても翠屋のメニューが人気が無いわけではない。むしろここ一帯では評判だ。
特にシュークリームは絶品でありこの秋葉原の中では一番の人気を誇るシュークリームと言える。
「なのはー、お客さんよー」
「あ、はーい」
丁度なのはが厨房に戻った頃、桃子から呼び出しが掛かった。
自分にお客さんだと聞いてなのはも手を止めて裏口へ向かう。
そこで、小さい頃から慣れ親しんだ幼馴染の一人が自分を出迎えた。
その顔を見てなのはの顔も綻ぶ。
「よ、なのは。邪魔して悪いな」
「陣耶くん。今日はどうしたの？ お手伝い？」
この幼馴染は手伝いをしに来たのならいつの間にかそこに居た、という展開が多い。
知らぬ間に来て、知らぬ間に手伝っているのだ。
そういう事をする人物をなのははもう一人くらい知っているのだが……この場は関係が無いので余所に置いておく。
つまりは、彼がこうして自分を呼んだ以上は何か用があるわけだ。
「んー、まあ手伝いかな。ただし俺の仕事の」
「仕事って言うと……ウィザードの？」
「おう」
高町なのはは喫茶翠屋の看板娘にして、ウィザードの一人だ。
彼女もまたエミュレイターと戦い、世界を守ってきたウィザードなのである。
幼馴染であるフェイト・テスタロッサ、八神はやて、その他の知り合いにも様々なウィザードが知り合いにいる。
そしてその内の一人が、わざわざ手伝ってほしいと頼みに来たのだ。
普段なら依頼も一人でこなすだろう幼馴染が自分を頼りに来ている。
つまりはまた厄介事に巻き込まれたなとなのはは苦笑を洩らした。
「んー、まあ良いよ。私がいなくてもお店は廻るから」
「ん、悪いな」
「いいっていいって。それで、内容は何なの？」
促されて、陣耶は事の顛末を話した。
アンゼロットからの依頼、世界結界の外から侵入した正体不明の異物。
世界各国に散らばったとされるそれの捜索は実に困難を極めそうだ。
その説明になのはは成程と得心がいった風に頷く。
「いいよ、そういう事ならお任せあれ。いつ出るの？」
「いつでも、そっちに合わせる」
「はーい。じゃあちょっと待っててね」
そう言ってなのはは厨房へと戻った。
家族に旨を伝えて、大学にも連絡を入れて……あ、そっちは宮殿の方で何とかなるかな？
仕事に向けての前準備に取り掛かりに、なのはは動き出した。
世界に落ちた異物。
惹かれる様に集うウィザードたち。
輝きは9、力は6。
ウィザードとエミュレイターと冥魔。
本来交わる事の無い異物を交えた物語は―――
今、幕を開けた。
Next「宝石 〜seed〜」
後書き
はい、何やってんでしょうね自分。
まだまだ〜A's to StrikerS〜が終わってないっていうのに……
しかもかなり間を開けてるっていうのに……
べ、別に仮想空間に没入して群がるシュミクラムを駆逐してた訳じゃアリマセヌヨ？
さて、何トチ狂って書いたのか、ついカッとなってやってしまいましたよナイトウィザード。
カッと書いた物だからついカッとなって色々と出演してもらいました。当然許可も取ってます。
ケイスケの機動六課の日々：ケイスケ・マツダ 作者：鬼丸さん
時空を駆けちまった少年 ：武ノ内ケイ 作者：ケイさん
Night Wizard！ ：クレイル・ウィンチェスター 作者：ユウさん
Night Wizard！ ：メイオ・テスタロッサ 作者：ユウさん
神に挑む者 ：ヴィンセント 作者：シエンさん
みなさま、キャラを出演させていただいてありがとうございます。
とりあえずこちらはのんびりと書いていきます。
大体中編くらいになる予定です、どうぞ宜しくお願いします。
それではまた次回―――