〈時空管理局本局  情報部特務課  統括提督執務室〉

  制服を纏った人々が忙しげに行き来する廊下を、「私、只今大変不機嫌で御座います。」
 と宣伝する様な態度と表情で闊歩する(にも拘わらず、足音は全くしない。)青年−−−宮本良介は、
  局員達が左右に避けていく中を悠然……というには優雅さの無さ過ぎる態度で抜け、あるドアの前で立ち止まり、
  ノックもせずに室内に入って−−−−表情を無くした。
  広々とした執務室には、マホガニー製のクローゼットや本棚、革張りのソファの他、幾つかの家具類が配置されており、
  その間に観葉植物や蘭の鉢が置かれ、床はワインレッドの絨毯が彩っていた。
  豪奢ではあるものの、決して成金趣味的な嫌らしさは存在しない空間の雰囲気は、部屋の持ち主の趣味の良さを認識させると同時に、
  執務室と言うよりはホテルの一室に入った様な錯覚に陥らせる。
  だが、そんな事は良介にとってみればどうでも良い事。
  最早幾度となく訪れた場所である。実物を見ずとも完璧に写生する自信さえあった。
  彼が注目しているのは室内の唯一点。
  部屋の奥には家具類と同じマホガニーの、子象位なら横たわれそうな巨大な執務机が鎮座しており、
  それに備え付けられた椅子に腰掛けた男が−−−−


「……………zzz」





寝ていた。



「…………」


寝ていた。容赦なく寝ていた。問答無用で寝ていた。それはもう清々しささえ感じる姿だった。
激務に追われて仕事の中でつい、という様子では無い。
椅子の背もたれに身を預けて眠っているが、頭の下にはきっちりと枕が置かれているし、ご丁寧にアイマスクまで掛けている。
因みに、枕は馬の縫いぐるみ型、アイマスクには目まで描かれている。
余りにベタベタな、もうバカにする為にやってるのではないかと思える所行であった。

  普段の良介なら、と言うより普通の感性の持ち主なら腹を立てて然るべき場面である。
にも拘わらず、彼は少なくとも表面上は落ち着いている………様に見える。
自他共に認める激情家の彼にしては、異常とも言える姿だった。



なのに、何なのだろうか?この湧き上がる物騒な雰囲気は。

「……………。」

表情を無くしたまま−−−心なしか、瞳もヤヴァイ感じに焦点が無い−−−良介はスーツの内側を弄り、ゆっくりと引き抜く。
引き抜いた手には、

スーツの何処に仕舞っていたのかと突っ込みたくなる程の、大型のナイフが握られていた。


  グルカナイフやククリナイフ−−と言う程のサイズは無いが、
  それ単体で十分に格闘戦が行えるレベルの……街中で出したらそれだけで武装した警察屋さんに囲まれそうな代物である。
  良介はそれを指の間に挟み、まるでダーツを軽く放るかの様に肘を軽く曲げ、



次の瞬間、肘から先が消失した。



視認すら許さない程の凄まじい腕のスピードと異常な手首のスナップから放たれたナイフは、
「きゅどぅっ」とでも言うような、ナイフから出たとは到底思えない音と共に、
ソニックブームと微かな虹色の燐光を撒き散らしながら目標−−−眠る男の眉間へ突き進む。
ナイフの大きさと異常な速度。
直撃すれば、男の首から上は454カスール弾を打ち込まれたスイカの様に粉微塵に吹き飛ぶだろう。

ナイフは一瞬にして男に迫り−−−



−−−男の30センチ手前で、唐突に停止した。



男の前に出現したミッド式魔法陣とナイフがぶつかり合い、金属にチェーンソーを当てた時の様な音と火花が立つ。

−−−数瞬の拮抗。

砕け散る魔法陣と、それを抜けるナイフ。
が、それまでの激突でその勢いの大半を失ったナイフも、顔を上げた男の翳した指にあっさりと止められる。


しかし、男の視界の中に良介の姿は無い。


−−−不意に感じる、風。


振り返った男の視界に広がったのは、


空中に身を踊らせながら右脚を反らす、良介の姿だった。


ナイフを放った直後、壁と天井を疾駆して男の背後に回り込んでいた良介は、先程の腕以上の速度で、反らした右脚を振るう。

先程を上回る速度と、先程とは比べ物にならない質量。
直撃すれば全身を吹き飛ばして余り有る一撃を−−−

男はやはり、首を反らすだけで回避した。

更に、目標を失って運動ベクトルに流される良介の右脚にそっと手を触れ、僅かに押し込む。


−−−唯それだけで、彼の体は操り人形のように、右脚から90度回転した。

頭から地に墜ちる寸前に良介は体制を立て直し、地に手を突いて逆立ちになりながら、腕の反動と腰のバネで再び脚を真上に蹴り上げる。
その見事な逆立ち蹴りを僅かに掠らせながらも、立ち上がりつつ回避した男は、今度はがっちりと通過していく足首を握り締め−−−−



そのまま、芋でも引き抜くかの様に、良介の体を放り投げた。



余りに規格外な−−並の人間の筋力限界値を無視した荒技に、彼は為す術無く放物線を描きながら、入口方向に放り投げられる。

「…………っ」

舌打ちしつつも、良介は空中でバランスを整え、入口の壁に足を付き−−−


壁が撓んだのではないかという程の勢いで、拳を引きつつ男に向かって突撃する。

何時の間にか机の前に出ていた男も、応える様に半身になる。



−−−互いの踏み込みによる震脚が轟音と凄まじい振動を生み、



両者は完全に同時に、神槌の如き拳を解き放った−−−−




音は、無い。



肉を裂く烈音も、骨を砕く轟音も、臓腑を散らす激音も無かった。

執務室の中は良介の動きで生じた風と、凄まじい「氣」の激突で出来た熱気が渦を成し、


その中心に、拳を放ち合う2人の男がいた。

拳は両者の反らした顔面の真横の空間を貫き、
瞬きもせず向かい合った2人の間を、逃げ切れなかったのであろう、摩擦で「焼き尽くされた」互いの髪の毛の焦げた臭いが通り過ぎる。

それが終幕の合図となったのか、どちらとも無く2人の表情が変わる。

片や微笑に、片や渋面に。


「……お早う、リョウスケ。」
「………今はもう今日はですよ、提督。」


それが、時空管理局本局  情報部特務課総括兼、多層世界境界面管理委員会−−−通称「円卓」委員長、ゲイル・レオニスレクス提督と、
 同委員会常任委員、宮本良介執務官の−−−−


何時も通りと言えば、何時も通りの邂逅だった。






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