東方幻想郷〜刀夜録〜
此処は博霊神社の裏手の森の中、其処には人影が五人、毛玉の様なものが数十匹存在していた。にも関わらずその数は今や残り十数匹にまで減らされている。たった一人の人間、刀夜の手によって……
「よいしょっと、後何匹や? ひぃふぅ……15匹か」
刀夜は動きを留めることなく冷静沈着に毛玉を手にしている極短刀と小太刀で捌いていく。その見事な立ち回りに紫や神様はともかく霊夢と魔理沙に衝撃を受けていた。
「あ、あんなにいた毛玉が……」
「す、凄い……」
刀夜は今まで外の世界で過ごしていた人間、故に妖怪を相手になど出来ない、そう思っていたのだろうが目の前で舞うように毛玉を切り裂いていく刀夜を見て彼が自分達より遥かに上手く戦っていることを理解させられた。
「9、8、7、6、5、4、3、2、1……0っと」
刀夜は十数分程度ではあったが絶えず動いていた。にも関わらず額に若干汗をかき、呼吸も多少荒くなっているだけでまだまだ余裕を感じさせている。紫はそれを見やり満足気な表情を浮かべると更にとんでもないことを口にした。
「中々やるわね。じゃあ次、レベル2を始めましょう」
「レベル2? ……ちなみにレベルはなんぼまであるんや?」
「ざっと100、今のはその中でも最も軽い、いわば準備運動ね」
「マジか!?」
今のが準備運動ということ以上に先程以上の修行が99個も存在するということの方が刀夜を驚かせた。先程の毛玉群に関しては刀夜も余裕を見せていたがそれ以上が99個もあると言われれば流石に無理だと思うからである。紫は刀夜だけでなく霊夢や魔理沙、はたまた神様からすらも『ないわ〜』と言わんばかり(神様は完全に口にしていたが。)の視線に話は最後まで聞きなさいと窘めると話の続きを言い始めた。
「今日の所は4位にしておくわよ。一度に全部やるはずないでしょう」
そんなの私にも出来やしないわとボソッと漏らしていたのだがあまりに小さな呟きであったため誰にも聞かれることはなかった……
「まぁそれやったら大丈夫……かな。それくらいの余裕はまだあるさかい」
一気にやるわけではないと聞き、とりあえずは安心したのか刀夜はホッとした表情を浮かべている。しかし刀夜は気づいていないのだろうか? 自分の身に起きていることの異常性に……
(確かに刀夜は8歳児まで若返らせた筈……にもかかわらずここまで動き回ってまだ余裕があるなんて“ありえない”)
刀夜は幼少時から父親に剣を叩きこまれていた身で自身もかなり腕に覚えがある。だがそうだとしても今の刀夜の体は8歳児。しかし先ほど見せた動き、体力は明らかに8歳児の限界を遥かに上回っており、もしかすると元の体並みに動けているかもしれないのだ。若返らせた神様にしてみればこの異常性は無視できないことだが先のこともあるためここは口を閉ざしている。
「――次を始めるわよ」
紫が再び虚空へ向かい口笛吹く、辺りがざわめくと同時に一斉に飛び出してきたものは……
「ってまた毛玉かい!!」
そう、再び毛玉群である。数もさっきと同じ位であろうか? 唯一違いがあるとすれば顔つきが(゜Д゜)から(`皿´)に変わっている位である。なんとなしではあるが怒っているようにも見えるが別段怖くとも何ともないのがいっそ哀れに思える。
「これのどこがレベル2なん? さっきと変わってへんやん」
「ふふ、それはどうかしら」
あきれ半分の刀夜が毛玉から目を逸らさずに紫に問いかけるが彼女は意味深な言葉だけを残すばかりである。刀夜はそれにひどくいぶかしみ、彼女を問い詰めようと毛玉から目を離した瞬間、毛玉群が一斉に刀夜向かって襲いかかって来た。しかも先ほどまでは単体で行動していた毛玉であったが今回は集団行動をとり、常に複数が行動を共にしている節が見られる。油断していた刀夜はその猛攻に対応が遅れ、かわし損ねた一匹の攻撃で頬に少しばかり傷を負ってしまった。
「ふふふ、ほら、油断しているからよ?」
「……なるほど、確かにさっきとは違うようやな。でもこの程度なら」
頬をぬぐい、薄い血の膜を止血代わりとした刀夜が反撃を開始しようと態勢整えようとする前に毛玉群が幾重にも張り巡らされた“弾幕”を放ってきた。
「ただ集団行動できるだけでレベルが上がるなんて思わない方がいいわよ? 」
いつもの2割り増し(当社比)で含み笑いを零す紫に悪態をつく暇なく駆り出している刀夜は毛玉に刀を振ろうとするも再び放たれた弾幕によって中断し、回避行動に専念し始めた。
「これでレベル2? 母様の修行よりずっと厳しいじゃない……」
「こんなに強い毛玉がいたなんて……ちなみに霊夢の母さんの修行ってどんな感じなんだ?」
「え? えっと……一番きつかったので毛玉20匹を一人で倒すってやつ」
「お、私の方が上だぜ、23匹だ」
最初は刀夜の方に意識を向けていた霊夢と魔理沙であったが、やはりまだ子供であるからかどちらが凄いかという言い合いへと移り変わってしまった。
(俺も霊華さんに鍛えてもらったほうがよかったかも知れんなぁ……まぁ、もう見切ったけどな)
霊夢と魔理沙の話は刀夜の耳にも届いており、改めて紫の修行が厳しいものであると実感していた。しかしその間にも冷静に立ち回り、攻撃をかわし、そして確実に毛玉を倒していき、先ほどよりもスムーズにその数を減らしていった。
「これで、ラスト!」
最後の一匹を切り裂き終えた刀夜であったがその様子からは疲労の色が見え始めていた。それもその筈、刀夜は100を越える数の毛玉、それも攻撃をかわすために常に動き続いていたのだから流石の刀夜とて体力の消費は無視できないほどになっている。しかし、紫はその様子を見向きもせず、非情ともとれる言葉を口にしだした。
「次のレベルの修行を始めるわよ」
「ちょ、少し休憩にした方がいいんじゃない!?」
「そうだぜ、ちょっと飛ばしすぎだぜ!」
端から見ていれば最早これは修行ではなく苦行、刀夜の体を苛めぬいているようにしか映らない。少女らは紫に強く反対を訴えかける。しかしその少女らを制したのは紫ではなかった。
「いや……まだ平気や。続けるで」
「――刀夜もこう言ってるし続けるわ」
「でも!」
『はいはい、離れるわよ? 邪魔になるから』
遂に神様が未だに引き下がろうとしない霊夢と魔理沙をひっつかむとズルズルと刀夜達から離れていく。当然霊夢と魔理沙は神様の手を外そうとするが結局その手が離されたのは刀夜達から20m程離れた場所であった。しかもしっかりと後ろから監視されているので刀夜の下へ駆け寄ることは出来ない。
「まぁでも心配してくれてあんがとうなぁ!」
「――無理しないでね!」
「やばくなったら加勢するからな!」
最早少女らに刀夜を止める術はなく、出来ることと言えば彼を応援し、無事を祈るのみである。
霊夢達の応援を胸に刀夜は今一度深く深呼吸を行い、目の前の紫へと体を向けた。その体からは先程まで感じさせていた疲労の色は消えており、いつでも戦えるよう臨戦態勢をとっていた。
「ふふふ、本当、この短期間で随分仲良くなったわね。――レベル3を始める前に言っておくけど、ここからの相手は厄介さしかない毛玉なんかとは比べものにならないわよ」
「……わかっとる。そのために入念に準備運動したんやないんか?」
そう、先程までのレベルはあくまで準備運動。ここから先のレベルの相手に最初から全力でかかるための……
紫は刀夜の言葉に満足気に頷くと今度は口笛ではなくスキマを作って相手をこの場に連れてきた。そのスキマから出てきたのは……
「わはー、此処はどこなのだー?」
緊張感の欠片も感じさせない口調に刀夜は思わず呆然としてしまった。正気に戻った彼が改めて目の前の“少女”を見やる。金色の髪に赤いリボンを付けた黒い服を着た見た目は霊夢達と同じ位に見える女の子、ただ一つ普通じゃない点を挙げるならば目の前の少女は宙にふわふわと浮いている、ということだろうか。
「……紫? この子、誰?」
「さぁ? レベルに合わせて力をもった“妖怪”を引っ張って来ただけだもの」
「……さいか」
一気に気持ちが持って行かれた刀夜はどうしたものかと考え始めている。いきなり斬りかかるわけにもいかないのでどうにかして戦う状況を作ろうとしているらしい。
「この感じ、あの子、もしかして……」
「? どうしたんだ霊夢?」
「……」
刀夜がうんうん考え込んでいる中、離れた処で見守っている霊夢の表情はいたく硬い、そのことに気付いた魔理沙であるが霊夢から返事はなく、ただ表情を強張らせているだけである。その後も2、3回声をかけた魔理沙だが諦めたらしく刀夜の方へと向いてしまった。
「――俺は鉄 刀夜。いきなりで悪いけどちょいと手合せ願うで」
いろいろ考えた結果、どこぞの時代劇の果たし合いのようなことを言い始めた。よく見ると耳が少しばかり赤くなっているので恥ずかしいとは思っているらしい。
「そーなのかー、私はルーミア。――ところで……」
「ルーミア、ね……なんか言いたいことあるみたいやけど文句はこのスキマ妖怪に言って「貴方は食べてもいい人類?」!!!」
突如今まで感じたことのないタイプの殺気が吹き出したルーミアに一瞬で反応刀夜は即座にルーミアから距離をとり、極短刀を向けていた。その表情からは緊張と得体の知れないものへの警戒の色で染まっている。
「やっぱり! 刀夜! そいつ人食い妖怪よ!」
霊夢の言葉に思わずゾッとする。先程までなら笑い飛ばしていただろうが今現在のルーミアの放つ異質の殺気が人を食べる為のそれであると体が理解した為かすんなり納得出来た。
「――あ〜ルーミア言うたっけ?」
「何? 最近中々人里の人間がつかまらないからお腹空いてるんだけど」
先程までの気の抜ける雰囲気はどこに行ったのか、今のルーミアから感じられるのは“捕食者”としての存在のみである。
「いや〜俺を食べるのは勘弁してほしぃなぁって思てなぁ」
この時、刀夜は内心かつてない恐怖を懸命に押し殺していた。わざと軽い口調で、わざと苦笑し、そして“わざと警戒を解く”。こうすることで恐怖と緊張を拭い去ると同時に相手の出方を窺う算段なのである。
「んー? ――やだ、食べる」
刀夜のいきなりの謎の提案に半ば即答に近い早さでの拒否。しかし刀夜にとってこの返答はとある方法を思いつかせることとなった。
「じゃあ俺がルーミアに勝ったら食べるの止めてくれへん?」
「んー? ……いいよ、勝てたらね〜(変な人間なのだー)」
再び謎の提案を持ち掛けられたルーミアは妖怪である自分が目の前の少年に負ける筈がないという先入観もあったのかもしれないが特に深く考えることなくその申し出を受けた。
「OK、じゃあ始めよか」
両者が沈黙すると同時にその場の空気が徐々に張り詰めたものとなり、相対する刀夜とルーミアの表情は真剣そのものとなってる。妖怪と人間、喰う者と喰われる者、相対する二人を表す言葉はいくらでもある。その殆どが強者がルーミアで弱者が刀夜を示すことだろう。
「お腹も空いてるしさっさと終わらせて食べるのだー」
「あいにくとまだ死ぬつもりはさらさらないんよ」
その会話を最後に相対していた刀夜とルーミアが同時に動き出した。レベル3の修行が遂に始まったのだ。
「ちょっと!? あの妖怪刀夜にはきつすぎじゃない!?」
「ルーミアっていったら人里でも有名な人喰い妖怪だぜ!?」
刀夜とルーミアの勝負が始まるやいなや離れた所で見守る筈であった霊夢と魔理沙は刀夜を助けようとした所を神様といつの間にか移動している紫に阻まれていた。
「刀夜があの程度に負けるようならそれで終わり、だから助けることはしないし許さないわ」
『……そうね、もしそうなったらそれが刀夜の限界』
「そ、そんな!?」
紫と神様の非情な言葉に霊夢は悲痛の声をあげている。魔理沙は紫の言葉に大いに憤慨し、手にした箒を力一杯握りしめて刀夜の下へ駆けだした。
「もういい、私は刀夜の加勢をするぜ」
そう言い放ち紫の横を通り抜けようとする魔理沙であったがそうは問屋がおろさないらしい。
「えい」
「あぶっ!?」ベタン!
紫による足元に開かれたスキマに足をとられて魔理沙は顔面から倒れてしまったのである。
「うわぁ、痛そ〜」
その光景に思わずそうこぼしてしまった霊夢を一体誰が攻められようか……速さが最大である魔理沙は走りもかなりのものを持ち合わせていた。その彼女が全力で駆けだし、最高速に至ったところで足をとられたのである。その破壊力ときたら並大抵のものではない。
「なにするんだ!? 思いっきりぶつけたじゃないか!!」
「これは刀夜の修行よ。介入することは許さないわ」
意外と丈夫なのか、はたまた痛みに慣れているのか魔理沙は直ぐに起き上がった。紫に詰め寄れるほどの元気があるのならば特に重傷というわけではないらしい。“ある一点”を除いて、であるが……
「魔理沙、俺のことなら心配いらんよ。てか“それ”、なんとかしときぃ」
「――“それ”?」
「ま、魔理沙? その……鼻血出てるわよ」
「へ? ……あ、ほんとだ」
霊夢に教えられたように現在魔理沙の顔の下半分は大量の鼻血によって赤く染め上げられていた。今まで気づかなかったのは顔面強打による一時的な麻痺によって違和感を感じなかった為であろう。
「あら、御免なさいねぇ」
茫然自失している魔理沙に紫は悪びれなく謝るも魔理沙の耳には全く届いていない。
「ほれ、早よう顔洗ってきぃな」
仮にも真剣勝負だというのにも関わらず刀夜は自分よりも魔理沙のことを心配している、それはそれで刀夜なりの思いやりなのだろうが……今の状況でそれは逆効果であった。
「(え? 見られた? 刀夜に鼻血流してる顔見られた!?)あ、あ、あ、あ……」
羞恥、気になる男子に自分のみっともない姿見せてしまったという羞恥……これがもし8歳という子供ではなく、刀夜のように18歳だったならばまだ笑って流せたのかもしれない、しかしそれはあくまでIFの話……精神的にもまだ幼い彼女にそんな余裕などある筈もなく……
「刀夜に……刀夜にみっともないとこ……見られちゃった……う……うわぁあああああん」
崩壊する。そのあまりの泣き声に刀夜もルーミアもしばし動きを止め、魔理沙の方を見やるも彼女は既に箒を放り出して神社の中に逃げ込んでしまっているところであった。
しばしこの場に重い空気が漂い、紫に対する非難の眼差しが集中している。
「紫……やっちまったな」
『可哀想に……』
「しかも全く悪びれてない……最低な大人ね」
「極悪非道なのかー」
四者様々の非難を受けている紫であったが全く堪えていないらしく常に澄ました表情を保っている。
「私はきちんと言ったもの、助けることは許さないと、これは刀夜が為さなければならないこと……あの娘には悪いけど邪魔するというのなら容赦はしないわ」
なにやらもっともらしいことを言って正当化しようとしているが……そんなものが理由だとしても流石にやり過ぎであった。紫に向けられている視線は更に冷たいものとなり、最終的に刀夜達四人がとった行動は紫の完全無視に行き着くこととなったのは仕様がない。ないったらない。
「……後で慰めに行くか」
「私のこと忘れてない?」
「あ、済まん。すっかり忘れてた」
実際には忘れてなどいない、だがこれでこの場の空気は完全に刀夜によって支配され最早ルーミアからは捕食者特有の殺気が感じられず、ただの妖怪としてその場に在るだけであった。
「う〜人間の癖に〜絶対食べてやる〜」
「そりゃ困る。じゃあこっちも本気でやるで」
ただの妖怪というのならば既に大妖怪である紫に慣れ始めてきている刀夜にはなんら恐怖など感じられない。可愛らしくぷりぷり怒っている女の子に恐怖なんぞある筈も無く、刀夜は刀を構え、ルーミアに向かって真っ正面から駆けて行く。
「わは〜、真っ正面なんて良い的なのだ〜」
そう言うやいなやルーミアは刀夜に向って手をかざし、青、緑、赤の色鮮やかな弾幕を放った。守る術を持たない刀夜にとってこれは紛れもないピンチなのにも関わらず、刀夜は避けるどころか更に速度をあげているではないか
「刀夜!!」
霊力や魔力を用いた防御を知らない刀夜に命中すればただでは済まない。霊夢は起こりうるであろう最悪の事態を思い浮かべてしまい、両手で自らの目を塞ぎそれを見まいとする。
だが、それも徒労に終わる
「――はぁ!!」
ズバン!! そんな音と共にルーミアの放った弾幕を刀夜は何のためらいもなく一刀の下に両断していった。
「『はい?』」
「――え?」
有り得ないもの物を見たと言わんばかりに神様とルーミアの口から唖然の言葉が漏れる。茫然としているルーミアの下へ次々と弾を切り裂き近づいていく刀夜はあっという間にルーミアの目の前にまで間合いを詰め、極短刀を突き付けた。
「悪いなぁ、まだ死ぬわけにはいかんのや」
「う……」
「俺の勝ち、やな」
勝負あった。もしルーミアがヤケを起こし、刀夜に襲いかかることがあったのならばここでルーミアの命はなくなるだろう。
「う〜、悔しいのだ〜ご飯食べそこなったのだ〜」
力なくその場にへたり込んだルーミアの姿はどうしても害があるように思えず、刀夜は自身が喰われるかもしれなかったにも関わらず大きな罪悪感に苛まれた。
「飯なら後で食わせたるわ(俺が作るわけやないけど)」
「それって人間なのか〜?」
ルーミアはキランと目を輝かせて刀夜を見上げる。しかし刀夜から返ってきた返事は否定。
「ちゃうちゃう、普通の飯や。もしかして人間やないとあかんのか?」
もしそうだと言われるとどうすることも出来ない。人間である刀夜にとって見ず知らずの他人であっても自身の同じ人間を用意することは倫理的反することになるのだ。
「ん〜そういうわけじゃないけど……人間の方が美味しいから」
「そこは我慢してくれ。それとすまんけどちょっと待ってなぁ、まだ修行が途中やから」
人間に限らない、そういうことならなんとかなるかもしれない。なんせすぐ近くに神懸かった、否、実際に神の手によって手掛けられる料理を馳走出来るのだから。
「わかった。ご飯をくれるなら言うこと聴く」
「よ〜しええ子や」
刀夜はルーミアが素直に従ってくれたことに感謝と感心を込めて丁寧に撫でた。
「わは〜☆」
ルーミア自身もまんざらではないようで避けたり嫌がる仕草は一切見当たらない。
(むぅ〜何かムカムカするわ、何でかしら?)
それを見ていた霊夢が謎の苛立ちを覚えていた。かつてない苛立ちにとりあえずそこらにいた野良毛玉に符を投げつけることで憂さをはらしているが……一体どうしたんだろうね?(棒読み)
「さて、と――次始める前に魔理沙のとこ行ってこよかな」
そう言うやいなや家屋へと歩を進めようとする刀夜にまたしても紫はその行く手を阻んだ。
「やめときなさい。そんな事したらあの娘泣く所じゃあ済まなくなるわよ」
「根本の原因の意見は聞いとらん……しっかし、どうしたもんやら」
聞いていないと言いつつも紫の意見ももっともであると思い、歯がゆく思いながらもその場に足を止めざる負えなかった。
「そうね……霊夢、貴女が行きなさい」
「――うん、わかった」
野良毛玉数匹を滅したところで少しは気が済んだらしい霊夢は特に文句を言うことなく承諾した。彼女にとっても魔理沙は友達、表情に出してないつもりなのだろうが周りから見れば一目瞭然だった。
「霊夢、魔理沙をお願いな」
「うん、わかってる、任せて」
霊夢は意気揚々と魔理沙がいる神社の中へと行った。刀夜は霊夢が家屋の中に入ったことを見届けるとキュッと顔を引き締めた。
「ほな始めよか」
刀夜の力強い言葉に紫は何も言わず笑みだけを浮かべ次なる相手を連れてくる為のスキマを開こうとしたその時!
『ちょっと待った!!』
神様の大声が響き渡った。
「「「?」」」
いきなりのことに刀夜やルーミアは勿論紫もまた困惑している。三者六眼からのいきなりどうしたという視線など眼中にないかのように神様はとあることを聞き出すために“刀夜に”詰め寄った。
『刀夜――貴方、さっきのは一体何?』
「さっきの?」何のことだかわからないという表情の刀夜に神様は苛立ちを隠さずに声を荒げた。……余談だが後にあれは神なんかやない、般若の類やと刀夜は漏らしていた。
閑話休題
『さっき! 弾幕を斬ったでしょう!!』
「あっ!! あ、あれはなんなの!? あんなの初めて見たんだけど!」
神様の言葉にルーミアが強く反応した。彼女にしてみてもあれによって敗北となる原因の致命的な隙を与えてしまったことなのだから詳しく聞きたいことであろう。
「いや、普通に斬っただけやねんけど」
詰め寄られ、どう言ったら良いものか考えた結果からの発言であったが当然神様達を納得させることは出来ずにいた。
『斬れるわけないでしょう!? あの弾幕はその子の妖力で出来てるのよ!?』
妖力もまた霊力や魔力と同じく形なんて持っていない……言わば水や風を斬ることに等しいことである説明を受けた刀夜は神様が興奮していることを理由を理解した。
「う〜ん、多分やけどこの短刀が俺の霊力と魔力で出来てるからやないか?」
『! そう言えばそうだったわね。それならまだ納得できるわ……でも何か引っ掛かるわね』
「そんなこと言われてもなぁ。俺にはわからんわ」
未だに頭を捻らせている神様に肩をすくめて後に刀夜自身は考えることを放棄した。
「とーやはやっぱり変人なのか〜?」
「誰が変人や誰が〜ってやっぱりって何やねん!?」
ルーミアが真顔でそう訊ねてき、刀夜も最初こそ笑って撫でくり回していたものの徐々にその力を強くしていき最終的にはルーミアの頭をわしゃわしゃとかき混ぜるがごとく弄り倒していた。
「わは〜あ〜。止めるのだ〜」
その度にルーミアは頭ごとぐわんぐわんと振り回され解放された時には既に平行感覚が失われ酔っ払いのようになってしまっていた。それがまた面白可愛く刀夜だけでなく神様からも目をつけられたルーミアであった……あくまでも余談ではある、が……
「そろそろ始めてもいいかしら?」
「あ、了解や」
しばし空気と化していた紫の催促で脱線しまくりであったこのやりとりも終了した。
「わは〜目の前がぐるぐるするのだ〜」
『ほら、しっかりしなさい(紫、さっきの件もきちんと教えてもらうわよ?)』
「(勿論よ)レベル4――始め!」
刀夜とルーミアに聞こえないように会話しつつ紫はようやくといった顔でスキマを作り出した。その中から出て来たのは……
「あれ? 此処は何処? 大ちゃんは?」
やっぱりというか……また女の子であった。水色の髪に青のリボン、青い服を着ているこれまたぱっと見た感じは普通の女の子である……背中に氷で出来た羽がなければであるが……
「またですか? またなんですか? またなんですね? 紫さん?」
最早脱力しきって完全に態勢を崩した刀夜は某そげぶで有名なあの人のように三段活用を用いて紫に白い視線と共に投げかけるも
「だから私に言わないでよ、スキマで適当なの引っ張ってるって言ったじゃない」
と逆ギレに近い答えとは言えないものしか返ってこなかった。
実はこの時詳しくは言わなかったものの紫自身二回連続でこのような少女を引っ張ってくるとは思っていなかったらしく、手の平状のスキマを二、三回開いては閉じを繰り返して今後の調整を行っていた。
(何でもっと強面のが来ないのかしら、これじゃあつまらないわ……これなら自分で適当なの連れてきた方が良かったわね)
「ちょっとそこの人間!! 此処は何処なのよ?」
状況を把握出来ていないらしい(本人からしてみればいきなり知らない所にいるのだから当然だが)様子の少女に刀夜はルーミアの時同様に説明を開始する為に少女の近くまで歩を進めている。
「此処は博麗神社ってとこの裏にある森や、それと俺の名前は鉄 刀夜。やから人間って呼ばんといて」
「はくれーじんじゃ? まいっか、とーやとか言ったわね? あたいはチルノ。あたいはさいきょーの存在なのよ」
少女、チルノは何故か胸を張って自己紹介(?)をし始めた。何故(?)かというと名前とさいきょーとやら以外紹介になっていないためである。そんなチルノに刀夜は一瞬怪訝な顔になるとチルノの顔、腕、体つき、体運びをくまなく観察する。本当に腕に覚えがあるものが全て謙虚に振る舞う訳ではないことをかつて
「……最強?(話し方からしても幼稚な上隙だらけにしか見えんけど)」
そう、この妙に溢れている自信を除いて腕の筋肉の付き方、重心の位置、全く警戒していない態勢、それらから推測するにチルノは……弱い、精々見た目通りの子供の身体能力しか持っていないように刀夜は推測する。
「そうよ、さいきょーのあたいに会えたことに感謝しなさい」
「とても最強には見えへんけどなぁ、そんでもって誰に感謝しろと?」
チルノの上から目線な物言いに少しばかりイラッとしてしまった刀夜は言葉に棘を含めてチルノを挑発した。
「なんですって!? ……いいわ、あたいなさいきょーな所見せてあげる!!」
やはりというかチルノは精神的に幼く、あっさりと刀夜の挑発に乗り、刀夜目掛けて“氷”の弾幕を
放った。
「うお、あぶなっ、まぁええ、勝負や、最強」
ルーミアの段幕と違いチルノの段幕は全て“氷” しかも先が尖っているもの多数みられているので当たればかなり危険であった。しかし刀夜はそれらを避ける、もしくは切り裂き凌いでおりまるで危険を感じさせていない。にもかかわらず刀夜からは余裕の表情は見られず常にブスッとしているように見える。
「刀夜、なんか恐い……」
『子供好きみたいだったから少し意外ね』
手合わせするにしても相手がその気にならねば意味をなさないにしても刀夜がチルノのような子供な存在に苛立ちを見せていることに離れて見ていた神様やルーミアには意外に思えて仕方がなかった。
(……はぁ、何してるんやか、この子に“あいつ”重ねてどないすんねんアホらし。この子はただ子供なだけやないか“あいつ”なんかとは全然ちゃう……)
いきなり刀夜がその場に立ち止まった。その事には神様やルーミアだけでなく流石の紫も驚き目を少しばかり見開いている。これを好機とみたチルノは刀夜目掛けて一直線に段幕を放った。逃げ場は……ない。
「ふっやっぱりあたいったらさいきょーね。いつの間にか相手が動けなくなる程疲れてるのにまだまだよゆーだもん」
既に自身の勝利を確信して疑わないチルノは自身に酔いしれるような仕草を見せている。――刀夜からは目を離して
「すぅ……はぁ……」
目の前まで氷の槍々が迫っているにも関わらず刀夜は目を瞑り呼吸を整えている。そして槍が刀夜を貫かんとしたその瞬間!
「鉄流――砕」
ゴッ!!
鈍く重い音が辺りに響いたかと思えば刀夜を襲いかかっていた槍が全て“粉々に砕け散った状態”で地面に撒き散らされていた。
「は、はぁ!?」
つい先程まで自身が放った氷があった筈、しかしそれらは全て砕かれている。そんな信じがたい事態はチルノの動きを完全に停止させていた。無論、それに黙っている刀夜ではない。
「――ふっ」
「……あ!」
ガッ!
一閃、峰打ちでチルノの腹部に打ち込もうとするも寸での所で正気に戻ったチルノの生成した氷の盾によって阻まれてしまった。
「あ、危ないわね! 怪我するじゃない!」
「痕残らんよう加減はするわな――それにあない槍撃ち込んどいて何言うてんねん」
弾かれたことで無理な追撃はかえって危険とみた刀夜は即座に後退しながらチルノをおちょくった。……先程までの刺々しさはなく、ニッとにこやかに笑いながら――
「むきー!! 馬鹿にして!! いいわ! あんたなんか凍らせてやる!」
瞬間、刀夜は危険を察知しその場から離れる。――およそ二十m程下がった所で“異常”は姿を表し始めた。
「うそや……ろ?」
信じがたいことに……凄まじい妖力を迸らせているチルノを中心とした半径数mが真冬になったみたく吹雪いていた。すぐさま地面には雪が降り積もり、そこからおびただしい量の氷弾が形成され周囲に漂っているのだ。
「ふ、ふふん……どう……よ? 恐れいった……でしょ? 凄い……でしょ? だってあたいは……さいきょー……なんだから……」
額に大粒の汗をかき、虚勢を張るチルノであったが無理をしているのがモロわかりであった。正に全身全霊を込めた段幕なのだろう。その堅い決意を感じた刀夜は敢えて止めることをせず、それに相対することを決めた。
「向こうが本気やのに……受けへんなんて男が廃るわ! こい、チルノ!」
「うわぁあああああ!!」
咆哮と同時に数え切れない数の氷弾が刀夜へ襲いかかる。しかし……速度が足りない。
「よっ、ほっ、は! ――らぁ!!」
迫り来る氷弾を次々と避ける、あるいは二刀を用いて切り裂き、砕いていく。
「くぅ……はぁあああああ!」
チルノはただ放つだけでは刀夜には勝てない、故に更なる妖力の開放、そしてそれは氷弾に恐ろしい変化をもたらした。
グググググ……
「な!? ちょ!!?」
残った氷弾に更なる妖力を込めたことで全ての氷弾が規則のない乱雑な動きをしだした。先程までは正面からのみだったこともあった為凌ぐことが出来たが今は前後左右いたるところから氷弾が襲いかかっていた。――それら全てを完璧にやり過ごすなど……出来る筈もない。
「く……」
刀夜は徐々に、しかし見てとれるように氷弾をかすめるようになってきた。遂に体力が限界を迎え始めたらしく動きが鈍い。
「と、刀夜が危ないよ!」
あわあわとうろたえるルーミアに神様がそっと手を握りしめる。
『大丈夫よ、まだ、ね』
そう言うも神様も厳しい表情を浮かべている。このままでは近い内に間違いなく刀夜は直撃を受ける。そうなったが最後集中砲撃を受けて……終わる。
「こ、こうなりゃ一か八かや!――らぁ!」
刀夜はこのままではいいようになぶられる。ならば回避や迎撃は最低限にして突撃し、自身がやられる前にチルノを倒すことを選んだのである。
チルノまでの距離25m
「ぐ、が、痛」ゴン、ゴン、ゴン
氷弾の嵐を駆け抜けるのだからただでは済まない、しかし刀夜の体に多くの氷弾が命中するも足を止めるには至らない。
チルノまでの距離18m
「もう……ちょい……」ゴスゴスゴスゴスゴス……
当然近づくにつれて猛攻はさらに増す。もはや嵐と言えるその中をただただ駆ける。意識だけは失わないように頭付近の氷弾は砕くもそれも長くは保たないだろう。
チルノまでの距離10m
「――ここや!」
残りの体力を振り絞り踏み込む。その踏み込みによって加速された体は氷弾を弾き返す。
チルノまでの距離……1m
後は彼女を気絶させるだけね一撃をくらわせるだけ……刀夜は短刀の柄をチルノの鳩尾目掛けて打ち込む。
「むぎゃ!?」
「――は?」
悲鳴とともにチルノは気絶しうつ伏せに倒れ込んだ。しかし刀夜の一撃はまだ“命中していない”一撃が決まる寸前にチルノが倒れ伏した為刀夜の一撃は空を切っていたのだ。
「な、なんなんや……」
「「『……ええ〜〜〜〜』」」
説明しよう、刀夜は気づいていなかったが嵐のごとく荒れ狂っていたチルノの段幕は“刀夜を中心に2m程の範囲で展開”されていたのだ。刀夜が近づくとともに嵐もまたチルノに近づくこととなり最後の踏み込みによって弾き返された氷弾が再び刀夜を襲いかかろうとしたその直線上にチルノの後頭部がたまたまあった。その結果が
「きゅう〜」
「……な、なんやそれ……自爆したんかいな」
『自分に当てるってどんだけなのよ』
「自爆する妖精なんて初めて見たのだ」
「妖精は頭が悪いのが多いけれど……これはその最たるものね」
全てを見ていた神様、ルーミア、紫はそれぞれ言いたい放題であったがそれも致し方ない。あまりにも納得のいかない幕引きとなってしまったのだから……
「この子妖精なん!? 何かイメージぶち壊れなんやけど!?」
「ええ、そうよ。これが妖精。でも並の妖精よりかなり強い力を持ってるみたいね……コントロール技術は酷いものだけど」
「意味あらへんやん」
刀夜はその場に大の字になって寝そべった。頭付近を除いて全身くまなく打撲状態な上四連戦したため体力が限界に達しているのだ。
『こんな所で寝るんじゃないわよ』
「とーやーご飯は〜?」
そんな刀夜に追い討ちをかけるように神様からの叱咤やルーミアの催促を聞き入れる余裕なんぞ刀夜にある筈もない。
「無理言うなや……もう体動かんわ」
「H〜……」
奇しくも刀夜が寝そべった所は気絶していたチルノのすぐ横であった。そしてそのチルノを紫はいつになく真剣な面持ちで見下ろしていた……
第10話へ続く
あとがき
こんにちはブレイドです。第H話をお送り致しました。やはり戦闘シーンがメインなだけあって長くなりましたね、8話を越えました、文字数がwwそして最初のプロットではほぼ瞬殺扱いしていたチルノ戦もちゃんとしたものにしてみましたがいかがだったでしょうか? 個人的にはチルノよりルーミア派になりつつありますww
第10話は再び神社でのお話です。
それではこのあたりで、此処まで読んでいただき、ありがとうございますm(_ _)m
あ、ルーミアとチルノのプロフィールは下にあります。
ルーミア
通称宵闇の妖怪として人里で恐れられている人喰い妖怪。その見た目に騙された人も少なくない。口癖は「そーなのかー」や「わはー」といった子供っぽい言葉。
能力:闇を操る程度の能力
チルノ
妖精、主に霧の湖を縄張りとしている。妖精にしてはずば抜けた力を持っているが凄まじく頭が悪いのでほとんど使いこなせてない。口癖は「あたいったらさいきょーね」後のHである。
能力:冷気を操る程度の能力