鮮血が舞う。頭を失った胴体は一瞬痙攣を起こしてそのまま倒れ伏す。
 吹き飛んだ頭を構成していた頭蓋骨、脳漿、眼球、その他諸々は血液の朱に染まり、周囲の接触物へと色濃くこびり付く。
 一目で吹き飛ばされた人物の生命が途絶えた事は明白ではあるが、余りにも唐突かつ刹那の出来事にそれを目撃をした者は一瞬硬直する。
 理解不能な事象を瞳に捉えるあらゆる情報を全て取り込み、認識をしようとする本能的な行動であるが時と場合によってそれは死活問題となり得る。

 現に頭無き死者が出来上がった前後に居た者達が驚愕をしている間に新たな死者が量産されていく。
 首が吹き飛び、心の臓を貫かれ、全身より血飛沫を舞わせる者達が大多数を占めていた。
 そしてその場に残されたのは血肉と化した数秒前まで生を謳歌していた人間、屍より流血する液体が小さな水溜りを形成し、惨状を彩る。
 屍の上に舞い降りる一枚の花弁。血の色と同色のそれは薔薇の花弁であり、この風景の中ではどこまでも相応しい色合いであった。





「さて、まずは任務の完遂御苦労であった諸君。今回のターゲットの死亡により特別区域一帯の支配権が著しく低迷し、治安維持当局が介入する口実が出来た。
 これにより闇市場の解明と例のコードネーム『ウィッチ』の捜査が大きく進展するだろう。現在は調査部隊を大規模展開するには時期尚早であるからして詳しい調査は明後日からとなる。
 諸君にはそれまで特別休暇が与えられている。既に個々の口座に任務成功報酬は振り込まれているので、好きにしたまえ。以上だ」

 初老の男がそう締め括るとスクリーンモニターの映像が途絶え、一瞬の闇に覆われるも直ぐに照明が点灯して部屋を明るくなる。
 清潔感のある純白な十人程度が雑魚寝出来る程度の広さのテーブルと椅子のみの質素な空間に男女が計六人。

「今回の任務はホントに楽だったな。俺の出番は雑魚の警備兵ばかりで退屈だったぜ」

「その割には随分と楽しんでいた声が施設のアチラこちらから音を拾えていたのだがな、ガルム?」

 大柄で引き締まった男の如何にもつまらないという雰囲気を醸していたのをスリムな眼鏡の男が嘆息交じりに反応する。

「そうだったか? 俺としては今回のは囮の役回りだったからあえて分かり易く暴れていただけだったんだがなぁ…」

「…あれはいつものお前で、素のまま楽しみ勇んで手当たり次第警備員を薙ぎ倒していたぞ。今回の警備状況はかなりの高セキュリティであった事は事前に承知済みだっただろう。
 難易度は『A-』。配備されていた者達の大半は内戦・紛争を幾度もかい潜ってきた猛者たちであった事には変わりはない。
 中には25mm口径の徹甲榴弾を持つ者を幾つか存在していた。それらを近づけさせないための根回しなどをどれ程余計な手間をかけた事か…」

 縁無しの眼鏡を軽く押し上げて不機嫌な感情を隠す事無く目の前の男――ガルムに文句を垂れる。こちらも方も少しは心得ている様で少しばかり後ずさる。

「わ、悪かったってファントムよぉ。だがそれでもかなーりこっちの引き付けられたのは事実だろう?
 相手はこちらが真正面から小細工無しで突破して来る化け物と思い込んだが最後。後ろに潜んでた血の薔薇コンビで一丁上がり、任務に一文の隙がないだろう?」

「大有りよ。ガルムがあんまりにも傭兵の猛者たちを薙ぎ倒すものだからターゲットの逃走時間が大幅に短縮していたのよ?
 お陰でこっちの予定を全てキャンセルしてターゲットごと護衛も消す羽目になったんだからね」

「そうそう。本当は目標のいい男をあたしがおいしく頂いちゃう手筈だったのよ?
 それをガルムの馬鹿の所為でリンクスちゃんに取られちゃったんだから……責任、取ってくれるかしらん?」

「いいじゃねぇかそんくらいの作戦変更ぐらいはよぉ、ブラッド。お前の場合は逆に血肉に飢えてたんだから息抜きになっただろ?」

「それは否定出来ないわね。肉が乗っていて少しばかり渇きを紛らわすことは出来たわ」

 ブラッドと呼ばれる女性は少し愉快気に、そして唇に添えた指を舐める仕草は少し赤められた顔色と相まって妖し気な艶やかさを醸し出していた。

「…ブラッドの奴は相変わらず血に飢えてやがんな。その辺はおんなじ女としてはどうよ、ラプター?」

「彼女と同列に扱われるのは同じ女としても好ましくはないぞ、ガルム。
 ブラッドは先天的とも言える女ヴァンパイアの様なものだから彼女の前世は中世西欧の吸血鬼辺りだろうな」

 ブラッドの黒髪とは対照的な明るい蒼の色合いをした髪の女性――ラプターは諦めの境地とばかりの嘆息で答えを返す。
 それを少なからずよく思わなかったブラッドはむっとした表情でラプターを睨む。

「貴方こそ今回はガルムのサポートとして陽動に参加しながらも結構な人数をすぱすぱ切り倒してたじゃないの。
 本当は私が陽動に回りたかったのに配置換えしてくれなかったし…ラプター、貴方が血を見たかったからじゃなくて?」

「本より提示された作戦そのものに文句を言ってくれないか。わたしは始めからガルムのサポートだったからこそ、その任を全うしただけだ。
 それに上からの指示をはごに出来る筈もないだろう。与えられた任務・配役を完璧にこなす、違うか?」

 毎度の事ながら同じ事を言わせるなとは流石に言葉にせずにラプターは心の中だけで思う事にする。
 言葉にすればその分だけ余計な口論は続く事を経験上、幾度もなく繰り返してきたのだから過ちはこれ以上繰り返させない。

「はぁー…。いつもいつも隠密行動かそれに準ずる任務ばかりで血を見る暇もそれ程多くないのは私にとって目の前にぶら下がれた好物をお預けをくらっているのと同じですわ」

「それは貴方のスキルと任務の相性が悪かっただけの話。貴方好みの任務はそろそろ来る頃合いだから、そう気を落とさずに、な?」

「そうだとも。逆にガルムではその有り余る筋肉を如何無く発揮させるだけの筋肉馬鹿は暴れるだけしか能がないとしか言いようがない役回りだ」

「……ほぉう、それはどういう意味だいファントムよぉ」

 軽く青筋を立ててガルムはファントムにゆっくり詰め寄る。
 対するファントムは何一つ慌てる様子を見せずに「どうもこうもないが――」と続けている。

「そのままの意味だ。お前は力を見た目に何一つ違わずに力を振り回しているだけだからね。敵の事も味方の事もお構いなしに暴れてばかりじゃないか。
 今回の様に任務の遂行の為に大幅な作戦変更しての奇襲は一体幾度目だい? もうそろそろ学習という機能を働かせてくれないと切実に願っているのだかね、後方支援としては」

「言わせておけば随分と馬鹿にしてくれてるじゃないか、ファントムよぉ?」

「馬鹿にしているんじゃない。ガルムは馬鹿だと断言しているんだ。――ただ、そんな事よりもだ。いいのかね、彼を無視したままで」

 視線を眼前にまで迫ったガルムの顔面横の肩越しを見据える。するとまるで生えるかの如く細い腕がガルムの後ろ肩より伸びてそのまま逞しい胸板を撫で回す。

「そうよぉん。ブラッドの言葉にはしっかり反応してあたしの言葉どころか愛しのアイコンタクトすらシカトこくなんて―――どういった了見かしら?」

「………お前のその同性愛者の性を俺にまで伝染させてほしくなかっただけだ。てーかその手を放せ! 気色悪くて寒気がしてきてるぞ!」

「あーら、つれないわね~」

 這っている手を巨木と見紛う腕で振り払い、ようやく離れた細身の男は心底残念そうに肩を落とす。

「あたしって自分の名前の通り薔薇の様に繊細でしょう? だからさっきみたいに吸血女とコンビみたいな名称でひと括りにされるととっても傷つくわけよ。
 だからそのあたしの硝子の様に繊細な心を癒すためにガルムの野性的で男性ホルモンをむんむんと放出している体に触れるくらい安い等価交換よ」

「俺が命名したわけじゃないぞ。それに『血の薔薇』なんてブラッドとローズの名前を単純にくっ付けただけじゃねぇか」

「私としてはこの男に私をさらりと拒否している所がとっても癇に障りますけどね」

 ジト目で睨むも露知らずとばかりにローズはおほほと笑う。

「決して他意はないのよ、ブラッド?」

「貴方のそれはデフォルトですから今更気にはしてませんが癇には障るので控えてください」

 この男共々、このメンバー自体が長い付き合いであるためにお互いに悪ふざけ程度にじゃれるのはいつもの事。
 決して相手を過度に怒らせるなどそれこそ滅多に無いのでこの後の酒の賄となるであろう事に辟易とはする。

「うふふ、了ー解。それじゃあ、いつもの飲み場にいきましょうね、ガ・ル・ム・♪」

「うお!? やめろ、ひっつくんじゃねぇ!」

「今日の奢りはガルムに決定だな。異論はあるかなブラッド、ラプター?」

 強弱のはっきり分かれている容姿の男二人のじゃれあいを尻目に判断を仰ぐファントム。

「ありませんね」

「ない、な」

 そして簡抜入れずの即答に当の本人がくっ付く男を引き剝がしながら目を剥く。

「まてまてまてい!? 何故俺に聞かずに女どもに是非を問わせる?!」

「作戦を大幅に乱した張本人だろうが、君は」

「こっちの手を煩わした責任を取ってもらうのよ。これくらい当然ですよ、ね?」

「全くだ。余計な手間をかけさせた重責は高級ボトル10本は軽いな」

 ファントム・ブラッド・ラプターの今回の任務における反功労者への処断が下される。

「か、勘弁してくれ~!?」

「あたしとは今晩ベッドの上で一緒に夜を過ごしましょうね~?」

 再び縋り付くローズより逃れるべくして奮闘し始めたガルムを無視して酒飲みの算段を整える一向(背後で暴れる連中は除く+1)。

「やはり今回の最功労者であるリンクスは何かガルムに奢らせたいものはあるかい?」

 ファントムの視線が傍の席にずっと座りっぱなしの少年と見紛う男、リンクスが声に反応して顔を上げる。
 その手にはナイフにしては少々大型のブレードの刃を布で汚れを拭き取っている作業の最中であった。

「…ラプチャーパフェ」

「それだけはマジで勘弁してくれーー!!!?」

 ガルムの悲鳴が切実なのはリンクスの言っているパフェの大きさはエベレスト。質はまさしく横綱級。
 それ一つだけでボトルを一夜飲み明かしてもお釣りが出てもおかしくはない金額が要求されるのである。

「いいじゃないかガルム。パフェの一つや二つなど。今回の報酬が全て空になる程度だ」

「……ファントム、分かっててとぼけた言い方をしてやがるな」

「でもあれってタイムレコードを更新すれば無料に賞金も出るんじゃなかったかしら?」

「確かにあったな。まぁ、それでも挑戦費も取られるらしいから勝てば官軍、負ければ貧民だったかな」

「この地獄の胃袋を持ち合わせる俺でさえ挑戦する奴のパフェを見ただけで逃げ腰になっただけのあのヘブンサイズ。
 俺は絶対に奢らねぇぞ。奢らせたければ今のパフェの話は無しにしやがあ?!!」

 必死に逃げ道を提示する負け犬が唐突に地に伏す。倒れる巨漢の背後からはローズが薔薇を片手に満面の笑み。

「無粋なお遊びは飲みながらでも出来るでしょ。さぁ、行きましょうね。今日は派手に飲みまくるわよっ」

 巨大な屍をずるずると引きずって部屋を出ているローズの後を追って出ていく面々。

「リンクスも行きましょう? 大丈夫、ちゃんとパフェは奢らせるから。皆で絶対に」

「(こくり)」

 いろんな意味で素敵な笑顔と共に退出を促すブラッドにリンクスはしっかり頷いて席を立ち、そして皆と同じく部屋を後にする。





 閑散とした平野にぽつりと並び立つ施設の数々。遠目から眺めたとしてもその巨大さは目を見張るものがある。
 どんなに小さな施設一つを見ても何か巨大な兵器格納庫の風貌を思わせる無骨な機能美がそこにはあった。
 エネルギー問題が世界的な焦点を浴びる中で試験的に稼働されているのがこの仮設発電施設。だがその規模たるやどこか最前線の巨大軍事施設と間違えてしまいそうである。

 それを裏付ける様に外回りの警備をする者達の兵装も非常に重装備。防弾スーツにアサルトライフル、者によってはスナイパーライフルさえ手にしている者もいる。
 見渡す限りに平野の中であるから逆に開けた視界の中では遠距離狙撃が有効であると地理状況に考慮されていた。
 だがそれを踏まえても監視カメラだけでも十分な機能を果たす状況下で人の手を煩わせる巡回が行われているという厳重さ。
 これはエネルギー対策に対する反対派や過激なテロに備えていると見方をすれば、現状の世界の状態が垣間見られる。

 そしてそんな発電所に接近する一台の乗用車。アポイントがあったとしても監視カメラは車を捉え、近くの警備兵は銃のトリガーに指をかけて車に近寄る。
 しかし車は巨大な炎と衝撃波と伴って爆発した。幸いにも接近していた数人の者達は怪我を負うほどに近づいていなかったので全員その場に伏せて無事でいた。
 良くある脅迫紛いの自爆行為は当然施設に何ら被害は出ていない。しかも今回のはあまりにも距離があり過ぎての自爆は捕まるのを恐れた小心者による犯行であるとみて間違いはないだろう。
 通信で消火班を呼び、万が一のために数人を残して他の者達は警備に戻っていく。

 消化班による消火活動はものの10分も経たずに鎮火し、中の死骸を確認に入る。だが中には何も無かった。
 爆破と業火の炎によって跡形もなく消え去ったと考えるのは邪推である。現実には腕一本、生々しくは人の焼けた臭いすらまるでしない。
 無人で車を操作するには人の手としか思えない動きで舗装が行き届いていない道を通っていたのだからあり得ない。
 しかし現に車の中には人が死んだであろう痕跡が何一つないのだ。出来過ぎている。故に仲間の叫び声で完結する。

 裸にされた仲間の死骸が平原の窪みに巧妙に隠されていた。そして彼らはこの車に近寄っていたメンバーの者達であったのだ。
 即座に通信機を手に施設の仲間へと連絡を入れる。しかし通信機からの返答は砂嵐の音声しかなかった。
 やられた。通信を入れていたリーダー格の男が近くの仲間を集結させ、消火特別車両と同伴して発電所へと急行していく。



 発電施設前では数多の屍が転がり伏している。彼らは数分前までは与えられた任務に従い巡回をしていた。
 そしてその数分のうちに頸動脈を一刀された者や腿肉を切り裂かれて絶叫し、意識が痛みで途切れる前に血肉と化していっていたのだ。
 仲間を殺害した者を駆け付けた応援がライフルを狙い定めて撃つも的を射ず、逆に的にされて上半身を吹き飛ばされていた。

 僅か数分で外部警備は壊滅。更地に紅色の斑模様が新たに描かれた地に立ち残っているのは男女のひと組のみ。
 男はカジュアルな紳士服を細身の体に合わせて見事に着こなし、手にしている薔薇の仄かな香りを嗅いでいる姿は一つの絵画と言えよう。
 対する女は艶やかな腰まで届く黒髪と同じく黒の紳士服。女性でありながら男性物を着込んでいる姿は凛々しくも整った美しい顔立ちに女性の柔らかさと力強さを印象付けてくる。
 腰に纏っている真紅の一張羅がそよ風に揺らめき、スカートの様にも見えるために女らしさを損なわせない絶妙なセンスがあった。

「――まだなのかしら、ファントムは」

 滑らかな横髪をすくい上げ、ブラッドは八面体に加工されている琥珀色のイヤリングを弄る。

「慌てちゃ駄目よ。下手に暴れ回り過ぎると今度は奴さんはお家からお外に出たがらなくなるもの」

「応援は既に済んでいるでしょうから時間との勝負なのよ。早い事には越した事はないわ」

 正面横に中央棟施設の職員専用入り口の扉を前にし、今か今かと待ち侘びる相方にローズは苦笑する。

「もう、貴女の悪い癖は直ぐに終わらせればいいって考える速攻嗜好も今は心の奥に閉まっておくのがベターよ」

「内部で迎撃態勢を完了される前に叩けるのならば叩いておく。血を見るための手間暇は楽しいけれど、面倒事は嫌よ」

 彼女は決して面倒くさがりではないが、自身の趣味に合わない行動は単にしたくはないだけである。
 無論、戦いになれば率先して最前線で突破を試みるのでガルムとはある意味同じスタンスを持ち合わせている。
 故にローズは笑うだけで軽く暇な空き時間の中での雑談として話しているだけ。

「その辺は問題無く信用してもいいんじゃないかしら。噂をすれば何とやら――ほら、いいタイミング」

 耳朶に微かな振動。耳に付けている装飾品より骨振動による通信が一方的に入り出す。

『――サブ管制設備の制圧が完了した。これより順次ゲートを開放していく。準備はいいね?』

 呼応するように目の前の入口が開放され、二人は一陣の風の如く侵入を開始する。
 開放と同時に内部より弾幕が展開するという状況にはならず、むしろ静まり返って警報すら発令されていなかった。

『まずは現状報告からする。警報は発令されてはおらず、これからも発令されようと施設に伝達する事はない。
 外の残りが中とコンタクトを取ろうにもシステムを掌握したこちらを介さなければ不可能だからまず外の心配をする必要もない。
 予定に変更はなし。各自、予定通りに動いてくれ。何か質問は?』

『何一つ外の様子が知られていないというのはどういう意味だ?』

 簡抜入れずにラプターの声が耳に入る。彼女の疑問は最もである。幾ら速攻で警備の者達を殲滅しようとも、時間が掛かるのは当然である。
 ほんの少しでも異状を感じたり、持ち場を離れる時はその旨を管制する者に通信が届けられる。そして通信をしてより何分も返信がなければ非常事態であるのは明白。
 ファントムが管制設備を掌握し、管制員も拿捕するまでに何かしら対応を起こしているのが自然な流れ。ならば疾走する通路が静かなはずは決してない。

『聞かれると思っていたよ。それについては今回の任務と合わせて最重要な話だから良く聞いといて。
 質問に答える前に、お浚いを兼ねてまずはこの施設の説明から入らなければならない』

 前方に人の気配を感じ、天井の格子を伝って這っているパイプの裏に隠れる。
 白衣を纏った如何にも理系研究員の男二人組が雑談を交えて去っていく。ラプターの言う通り、内外との事態の差に開きがあり過ぎていた。

『此処の発電所は原子力の発展形である、常温における原子反応による電子運動から直接電力を供給するシステムの試作運転が目的として建造されている。
 原子力は原子を人為的に破壊して得られるエネルギーから発電していたからね、その発展型となれば反対する偽善組織も当然出てくる。そこで先ほど僕達が排除した外の警備部隊。
 彼らはそれなりに高額で雇用されてそれに見合う働きが出来る者達だったからこれまでのテロ紛いの脅迫は全て被害無し。まぁ、その記録も既に壊滅という形で僕達の手で終わらせたけどね』

 硝子張りの通路を通過する。誰も彼も目の前の計器に目がいっており、侵入者の存在が見えていない。
 例え目の前で動いていたとして、彼らには速過ぎて視認し切れないだろうが。

『さて、本当の話はここからだ。僕達の任務――『施設の本当の役割を偵察及びその物的証拠の確保』とある通りに此処はただの発電所ではない。
 でも実際に此処で新式の発電方法が研究されているは本当だ』

『どういう意味だ、そりゃ?』

『つまり、此処は発電所であって発電所ではない、という事だよガルム』

 困惑の唸り声が通信機越しに聞こえる。ファントムの謎掛けみたいな答えにガルムの思考が窮しているのが丸わかりだ。

『施設のほぼ全てが発電関連設備であるのは既に分かっている。でも此処中央棟の施設の一部だけにはマップには巧妙に隠された構造上、有り得ない区画が存在している。
 僕達が目指すのはその区画だ。とは言ってもその場所は精々移動エレベーター設備と考えるのが妥当なくらい小さな区画だから―――本星は地下にあるだろうね』

 手近に隠れられる場所に二人は隠れ、今からファントムの言う話を一語一句聞き逃さずに耳を澄ます。
 全員がリンクしているために全員が全員、話を聞くために移動を止めているのが静かな受信音が証明していた。

『さっき僕がメインの管制設備の場所じゃなくてサブの方に回っていたのはね、此処のメインは発電所の操作室そのものだからだ。
 つまりこの発電所自体には管制施設なんてないし、サブの管制設備はあくまでも周辺監視のための非常用機材だったのさ。
 僕が此処に来た時は無人で、その後も誰一人来やしない。その上暫く此処を使っていた形跡が皆無と来たものだ』

「つまりそれは――」

『そう――』

 ブラッドは口の端を吊り上げる禍々しい笑みを浮かべ、ファントムの方も愉快そうな声色で言葉を繋ぐ。

『この発電所には何一つ不可解な所はない。だけど発電所の『地下』にならそれはあるのさ。
 このサブ管制設備は警備する者達すらも欺くためのダミー。そして彼らが今まで通信していた相手も『地下』に存在する。
 外部で発砲騒ぎがあっても原子を扱う発電である以上、分厚い壁を前にして中の人間が聞こえるはずもない。
 そして外に何かあった事すらも表の関係者には何一つ知らせないあっぱれさ。これから自ずと導かれる結果は……』

『――誘ってる…』

 静かで通る声色のリンクスが背後より首に添える大鎌ともども死神の姿を表に引きずり出した。
 本命には既に此方の動きは察知されている。それでも地上の者達の命など気にも留めていない。
 逆に獲物が罠に掛かるのを静かに待っている。地下という密室の中に袋小路にするために。

『そう。だが僕達は任務を遂行する。それ以外の選択肢は本よりない。何か異論のある人はいるかい?』

 沈黙の肯定に数秒過ぎる。彼らは答えるのも億劫だと通信機越しにファントムに訴えかけている。
 ちょっとしたジョークのつもりだったが、これ以上時間を無駄にしない為に話を進める。

『予定に変更はない。これより僕も地下に向かうため設備を介する通信はこれで終わり。以降の通信は距離に依存することになるからあしからず。では地下でまた』

 通信が完全に途絶え、それを確認して再び疾走が開始される。手元の子機端末に地下へのマップ情報が既にアップロードされいるために迷う事はない。
 向かう先に一体何が待ち構えているのかは何一つとて不明。それでも彼らの顔には不安は一切なかった。

「今度の任務はとっても面白そう♪」

「私は面倒な事はしたくはないんですけどね…任務ですし、仕方ありません」

「あたしの薔薇が唸る場面があって欲しいわね~」

 むしろ逆に戦意が高揚しているのは、戦人の性なのかもしれない。





 地図に載っていない区画は意外にも別段隠すような隔壁などは一切なく、単に従業員通路の最奥にあるといった感じで幾つかの扉の向こうに毅然とエレベーターは存在していた。
 だがこの様な場所に来たがる者など居るはずもなく、愛引きなどの人には言えない密会などには便利であろう。
 しかしこの場所はそれだけではないのは空気――如いては雰囲気が適度の利用されているのが彼らには分かった。
 たとえ最先端の技術施設であろうとも、行き届かない所には確実に生き物の居る気配が無い。それは生き物が居れば必ず空気が淀むから。そしてそこは人による淀みも多々含まれていた。

 地下行きのみのエレベーターは何のセキュリティの無い。これならば地下にある機器点検用の作業エレベーターと認知され易い。
 何も知らない上の技術者たちが迷い込んでも手前で門前払いが出来る。行方不明者を出すなど、表の顔を潰す危険を冒す必要は何一つ、ない。
 下降するエレベーターは終始静かに稼働し、終着点のB1で止まる。それまでの体感では地上より20mを優に超す深さであった。

 目的地到着のランプ音を軽やかに奏で、未知で構成されるこの場所で空しく内外に響いて昇降口が解放される。
 だが中には誰一人も居ない。そして無人の口を開いた先の広場でも閑散として人の気配すらない。

「…お出迎えに誰も居ないなんて――なんてシャイなのかしら」

「これもある意味では想定された迎撃のプロセスよ。こういったお出迎えなら、直ぐに遅れた分だけ手厚い持て成しをしてくれるでしょうね」

 そして待機状態で一度扉を閉めようとした直前に口よりローズとブラッドは飛び出る。
 エレベーターで袋小路に遭わない為に天井裏に潜んでいたが無駄骨であった。

「でも無粋よねぇ。可愛い子猫ちゃんならいざ知らず、懐いてくれそうにないワンちゃんを出迎えに寄越すなんて」

 広間に数歩とて歩かぬ内に四方に広がる全ての通路より唸り声が反響する。
 必要最低限の装飾が施された無駄に広いこの場では反響を重ねて実際の音より多く聞こえてしまう。
 それでも二人は残念がる様な表情で現れる者達を見据える。

「私も彼らは好みじゃないですわ。だって私の好みの血の色は赤であって『青』じゃないですもの」

「あたしも青の薔薇なんて大っ嫌いなのよ。
 キレイキレイなんて言う、分らず屋も多いけどあの色ってどう見ても死に顔なのよ。百合と同じみたいでやんなっちゃう」

「血の赤は赤血球の基礎構成に鉄分であり、青は銅成分で構成されているので味わいも異っていますわね。そして青の血はゲロマズですわ」

 手品の如く指の間より刃の長いメスを出現させる。その数は指の谷間の分だけの八つ。

「薔薇は白もあって山吹色も在り、でも青はどうしても遺伝子改造でしか出せない色合い。青は赤とは決して相容れない関係でもあるのよ」

 いつもの如く深紅の薔薇を口元に当てて香りを堪能する。

「だから私は青をどうしても好きになれないわ」

「青い薔薇はあたしの赤い薔薇をどうしようもなく色褪せてしまうから存在が許せないわ」

 ゆるりと現れた者達は獰猛な犬。長い牙を剥き出しにして彼らを盛大に威嚇する。
 腹の底より発される唸り声は一つの体から二つ。双頭の犬、それがこの場の全ての犬に当て嵌っていた。
 薄い体毛は深い藍。白を基調としている空間に真の闇夜の色合いが相手をより深く認識させ、剥き出しの牙を強調させる。

「「だから消えなさい、ごみ屑」」

 力強い宣誓に双頭の闘犬が一斉に襲い掛かる。その脚力はチーターを優に上回り、二・三歩の足踏みで既に喉元を食い千切れる間合いにまで迫っていた。
 結果は二つの首を別たれ内臓をぶちまけ、挙句の果てには肢体全てを別たれた犬もいた。そしてそれらは例外なく即死の道を辿り、鮮血が辺りを染め上げる。
 青、蒼、藍。双頭の犬の血は青であった。生物学的には昆虫の中に青の血液は確認されているが、犬などの動物に適応するはずもない現実が目の前に紛れも無く存在し、証明していた。

「あらあら、今度は今度は血の通っていない騎士様ね。生前はさぞかしほれぼれする肉体美の持ち主だったでしょうねん」

「血の通っていない粗大ゴミには興味ありませんので、ローズに譲ります」

「あたしも生前の彼らとは乳繰り合いたかったわよ。こ・こ・は、痛み分けで♪」

 手持ちの獲物が趣味に合わない青の血に触れた事で嫌悪していた中での新たな来訪者に完全に興味を失っている。
 それはローズとて同じ事で、生前ならばさぞかし勇み喜んで突撃をしていたであろう――甲冑の騎士が突撃をして来ていた。
 だがその兜より覗く中身は空洞。完全に無人の甲冑が独りでに、それも大多数で彼らに迫って来ている。

「――この場面では確実にガルムの仕事の様に思えてなりませんね」

 振り下ろされる西洋刀の幾つかをかわし、滑る動作で鉤爪の様に切り裂いていく。
 甲冑のパーツが幾つも脱落をするが中身の無い彼らには何の痛手にもなっていない。

「そうね~。面倒な事は全部まとめて吹き飛ばしちゃう豪快さが今は欲しく感じるわ」

 体を軽くつつく様にして薔薇を押し当てると相手の体が丸ごと吹き飛び、仲間を巻き込んで盛大に転がる。
 中身が無くとも甲冑の重さからかその動きは鈍足。軽くあしらって通路の先を二人は進んで行く。
 背後より追撃の金属音が聞こえるが彼らの方が断然早く、意図も容易く目的のモノを見つけてしまう。

「ひっ?!」

 黒衣の外套を纏った優男が彼らの姿を目にした途端に声にならない悲鳴を上げて顔を盛大に青くする。
 彼の足元には幾学模様が刻まれた円陣が地面に刻まれており、何故か淡い青の灯火が灯っていた。

「ビンゴ♪」

 男は二本の薔薇で両肩を突かれ、壁に縫いつけられる。痛みの余り、絶叫の代わりに空気が喉より洩れる。

「青い血の代償は貴方の赤い血で償ってもらいますね」

 刃物が縦に男の喉に突き立てられ、もう一つの物によって壁に縫い付けられた。
 出血はそれほどない。だが喉を潰されて痛みはあるが声は出せない。
 目の前に翳された七つの残りの刃物を見せつけてブラッドは魅惑の笑みを浮かべる。

 両肺・肝臓・両腎臓・胃。そして最後に心臓に突き刺して男をようやく絶命させた。
 それに合わせて間近に迫って刃を振り下ろしかけた騎士たちが崩れ落ちて砂塵と化して消えていった。
 突き刺した刃をゆっくりと丁寧に引き抜き、一つの一つの刃に付着した赤い紅い血を咀嚼してうっとり悦に浸る。

「…口にするならやっぱり血は赤が一番ね」

「でも、死者への手向けの時には青い薔薇が似合っているのは皮肉なものね」

 待望の赤の血に喚起し、死者を縫い付ける赤い薔薇を見て少しばかり落ち込むという対照的な状況となっていた。





「おりゃぁああ!!」

 絡み合う巨漢の拳と拳。両者の違いは肉か土かの違いだけ。ガルムは目の前の粘土で構成されたような木偶の坊と真正面から力比べを敢行している。
 人や熊ならばそれこそ負ける事のない腕力と背筋を有しているが、相手は土。筋肉の概念など在りはしない人間崩れの真似事ををしているだけなのだからどれ程の力量を発揮しているのかは未知のまま。
 それを胴体ほどに腕を隆起させて拮抗させている。だけれども土人形は周囲に数多ある。足が止まっているのだから良い的である。

「一つも何を手間取っている。さっさとそいつを片付けて奏者を消すぞ」

 それをさせない様にラプターがブレードで足を切り離し、ライフルで胴体の上下を別たれる。
 鮮やかに動くたびに肩口までのセミロングの蒼い髪が流れるようにさざめく。
 土の性質を有効に利用し、千切れた粘土は直ぐに元の体に吸収されて再び元の形へと返ろうとする。
 数が多い上に決定打がないので再生途中の奴は放置、ガルムに決して近づかせずに一定ラインを越えさせない。

「あい、よっ!!!」

 相手の拳が砕けて地に散らばる。自由になった右拳を大きく振り被り、腰の入った右ストレートを胸元に叩き込んだ。
 衝撃が瞬時に体中に伝達して土の体は盛大に飛び散った。残された下半身は痙攣したかの様に体を再生させようと蠢いているが、細かく飛散したためにかなりの時間を要するだろう。

「歯応えのねぇ野郎だったな」

「そもそもこいつ等には歯などない。ましてや雌雄の分別すらあるかどうかも怪しいぞ」

「物の例えだよ――で? ファントムはまぁだ施設の掌握が出来てないのかよ?」

 ラリアットで何体もの土人形を吹き飛ばす。倒し切る術がない以上、時間稼ぎが関の山である。

「この程度の事でファントムの手を借りずともどうとでも出来る。こっちだ」

 縦一文字に切り裂いて開拓した通路を進む。ガルムも一体を投げ飛ばし、その後に続く。
 追撃に入る土人形たちだが、ラプターが縦に伸びる壁面のパイプをライフルの下部に存在する口径の大きい銃口から収束率の高い散弾を着弾させた。
 パイプは空いた穴より高熱の蒸気を大量に放出。まともに浴びた人形は瞬時に凝固し、硝子状に硬化して急激な状態変化に砕け散る。
 再生しようにも圧倒的に内包する水分が枯渇してままならない。たとえ出来ようとも触れた瞬間にあっさり崩壊するであろう。

「なるほどね、ナイスなアイディアだ」

「所詮時間稼ぎでしかない。向こうが圧倒的に地形を熟知してる。手詰まりになる前に根源を叩く」

「よっしゃ。任せろ!」

「…貴様に任せられるのは足止めか囮ぐらいなのだがな」

 大いに胸を張っている巨漢に向いていない事を見た目からして十二分に分かるので、ラプターは半眼となる。



 おかしい。ファントムは辺りを見回して改めてそう思った。
 通信室である事を覗わせるモニター端末が目の前にあるが、どれもこれも無人であった。
 流石に上とは違い、人の使っている気配は残されているが警報などの類が一切ない。まるで敵襲など絶対に来ないと謂わんばかりに。

「………」

 端末に手を掛けてマップ情報を黙々と表示させていく。監視カメラの類は一切なく、熱源証文による探知方式の様でマップ上に光点が幾つも表示された。
 名称などなく、敵味方の分別はこの画面上では不可能。だが光点の動きを観察すれば即座に味方の識別を理解した。
 長年つるんできた仲間の動きなど、ましてや次々と他の光点を潰したり光点が対象の動きに追い付けない光点の計四つあれば分らない方がおかしい。

「―――これは…」

 マップ情報の収集と並行して施設内の情報収集も行っていた中で奇妙な単語を発見する。

「『甲殻光素兵装プラン』? 格納庫とされている場所は――此処か?!」

 背後の扉が爆せて何かが飛来する。振り向き様に裾より引き抜いたワイヤーを鞭のように振ってそれの軌道を逸らした。
 姿は見えない。だが羽ばたく音だけが木霊し、それを頼りにワイヤーを振るう。命中したワイヤーは飛翔体を絡め捕り、目に見える形で正体が曝け出された。
 蝙蝠の様な翼を持ったピラニア。拘束されて尚、自由になろうともがくが拘束が深くなるだけで無駄に元気なのを見せつける。

「やれやれ…どうやら『ウィッチ』関係の施設であるのは紛れもない事実のようだ。気を引きしねばな」

 新たに飛来するピラニア蝙蝠。数は複数、それも何十匹単位。
 眼鏡を掛け位置を調整し、噛付きに掛かる怪鳥を新たなワイヤーで迎撃していく。



「聞いたか、襲撃の相手はあの『カロン・ウンディーネ』だそうだ」

「ああ、聞いた聞いた。よりにもよってと言うべきか当然と言うべきか……こいつの実戦の相手が奴等なのは逆に好都合」

 周囲が慌ただしく動き回る中で二人の男が傍に聳え立つ巨体を見上げる。
 線の集合体によって無骨な人型を模した外骨格な骨組み。いうなれば肉のついていないアルマジロの様に前傾姿勢で上からのフックによって固定されている。

「――ようやく出番が来たぞ」

 傍の端末より入電した指令。それを確認した若い方の男が笑いながら応対する。
 やり取りそのものはものの十数秒で終わり、巨体の中へと潜り込んでいった。それに倣う形で中年の男の方も隣のもう一つへと潜り込む。
 骨格になぞる様に背中を合わせ、内側のもう一つの骨格着座に座る姿は外骨格の二重構造の様である。

「体の調子は大丈夫なんだろうな。本番でしくじってもらっちゃ困るぞ」

「ふんっ。これしき如きに私が手間取る訳ないのは演習で知っているだろう」

 若い男の見下した物言いに不機嫌に答える。その言葉は事実の様で、それっきり互いに口を閉ざす。
 やがて骨格の内側のラインが点滅し、頭頂部と思わしき箇所より琥珀色の点灯を発する。
 首を捕まえているフックが外され、大きな骨格を纏った男達は地面に軟着地。重量感のある着地音を鳴らして自身の動きを確かめる様に体を起こしていく。

「さーて、奴等の天下を落としに行きますか…」

「こちら側の猛者の実力を確かめさせてもらうぞ」



 骨格を纏った男二人が去った部屋を残された者達も順に退出していく。
 どうやら正規の格納庫の役割を果たしているのでは無く、臨時の先ほどの骨格を安置する詰め所の様で、自身はデータ収集のために専用のモニター室へと移動していく。
 全ての人間が部屋を立ち去るのに五分とかからず、無機質な部屋は物音一つしない痛いほどの静寂に包まれる。

 それを破られる音は天井から響き、即座に地上で乾いた甲高い衝突音が轟く。
 次点で柔らかな着地音。着地で蹲っている青年の背には身の丈を超える大きなライフル、その砲身の長さからはスナイパーともカノンとも言えるほどに大きく長いものであった。
 真黒なライダースーツを纏った青年――リンクスは周囲を観察し、唯一目立つ物に視点を止める。先ほど出撃した外骨格を格納していた格納キャリアー。二つの格納箇所は当然空きがあるが、もう一つのには残されていた。

「甲殻機動兵装…のニューバージョン?」

 この世には地上戦に特化させたパワードスーツの需要は少なくない。だが未だに高価な代物であるために資金の豊富な国、組織にしか利用がなされていない。
 しかし単機で戦車をダース単位で殲滅し、アパッチ(対地上脅威制圧ヘリ)すらも撃墜出来るともなれば喉から手が出るほどに誰もが欲しがる破壊力を秘めている。
 装着という概念の採用により、機械の体があらゆる戦闘の手綱を握るためにロケット砲の片手射撃や高さ5mを超す跳躍を可能にするポテンシャルを持つ兵装が『甲殻機動兵装』であった。
 それが此処に、それも今までの甲殻機動兵装とはあらゆる点で異なる異質な形状が成されていた。

 一般的な甲殻機動兵装は体に密着する状態で装着されるが、これは着ると言うよりも体を預けるのであった。
 先ほどの男たちも兵装に腰を掛けてそのまま手足を操縦桿らしき個所を掴んではいた。そしてそれだけであった。
 兵装から何かしらの衝撃で吹き飛ばされる危険を大いに帯びている当然あるべき構造が度外視されている。

 全高も通常の兵装よりも頭一つ分小さく、装甲の装着も認められない。
 そして何よりも駆動系の類が全くの異質であった。駆動系などではなく、肉を有した形の四肢をしている。
 あたかも人の筋肉繊維を真似た形の線の集合体が全てを骨格を包んでいた。

「『光素の融合による金属繊維の多大な可能性の優良性』…?」

 傍の起動したままの端末から理解不能な検索結果が回答された。
 仕事柄である程度の機械知識を有しているが新素材の考察の様でもあり、一先ず手持ちのチップにデータをコピーする。
 ファントムに渡せば具体的な回答が得られるだろうし、理解出来ない事をこの場で模索するのは得策ではない。

 例えば、この様に。

 作業員と思われる男がリンクスの存在を感知出来ぬまま部屋に入り、扉が自動的に閉じて視線を自然と人が居る、リンクスに目が行ったと同時に頭が粉砕された。
 リンクスは男の頭があったであろう個所を静かに見据え、長々と部屋を反響する射撃音を轟かせたライフルの構えを解く。
 大きさに比例する大重量のライフルを瞬時に対象に向けて発砲。目標を違えずに命中し、コピーをし終えたチップを懐に仕舞う。

「………」

 黒い機種不明の甲殻機動兵装を見上げ、少し思案する。視線を端末に戻し、新たな作業を開始。
 先ほどの発砲によって警備部隊が駆け付ける可能性もある。作業員のような男は単身の様で、戻らない事を不審がる仲間からの増援の可能性も否めない。
 モニター上で目の前の兵装を模した姿が部位ごとに次々とイエローからグリーンへと変更され、全てが緑色の染まった瞬間に『All Clear』が中央に表示された。
 端末より兵装へと足を進める。天井に蔓延っている通気ダクトより男達の乗り方を見ていたので搭乗の仕方には何ら支障はない。

 フックが外され、先ほどの二つの兵装と同じ動作で起き上がる。
 手元に備わっている小型端末でこの兵装――『甲殻光素兵装』のマニュアルを解読していく。
 立てかけていたライフルに手を取らせ、片膝をつかせて射撃の姿勢を取らせた。
 リンクスの体格では大きくともこの光素兵装に持たせると、非常に様になるのは単にライフルの大きさそのものが異常であったのだ。

「…行こう」

 軽快な足取りで光素兵装を、同じ兵装で出撃した男たちと同じ扉をくぐって外へと出て行った。





「あ、ぁあああ……」

 己が最後の盾であった獣が目の前へと無残な姿で転がっていた。周囲にも多くの血肉となり、赤色以外の血痕という名の壁画が描かれている。
 絶対的に自信を持っていた自身の術が何一つ歯が立たず、ましてや獣を操る術すら知らぬ輩に圧倒されるなど、この男には到底信じられない出来事でしかなかった。

「な、何なんだお前らは……僕の召喚獣をそんな玩具で全部殺し切るなんてあり得ないだろう!?」

「さぁ、それは貴方の指揮不足ではなくて? どんなに優秀な動物でもそれを操る優秀な調教師でなくてはあたし達を出し抜くなんて出来やしないわ」

 追い詰められた男は腰を抜かして後ずさる。それをローズはゆっくりした足取りで追い詰め、上から顔を覗き込む。

「今とっても面白い事を言ってたわね。…召喚獣? 随分と魅力的な言葉ね。お姉さんたちにそこら辺を教えてくれないかしら~?」

「私を貴方と同じ括りに一纏めにしないで下さる? まるで私が女で無いように誤解されてしまいますから」

「もう、話の腰を折らないでよん~…?」

 顔を上げて不満の声を掛けるとすぐ側面に突風を感じる。目の前の男から動きの気配も殺意もなかったので不意打ちであった。
 振り向けば、そこには鉱物の鎧らしき物が砂になって蒸発していっていた。そしてその下敷きになった様に男はすり潰されていた。

「おー、わりぃわりぃ。少しばかり殴り飛ばし過ぎた」

「全くよ。お陰で情報が何一つ引き出せなかったじゃいのよ~!」

 通路の先よりガルムが反省の色ゼロの爽やかなスマイルで謝罪しているが、折角の情報源が潰されたローズは少々ご機嫌斜め。

「ラプター。そっちは何か見つかった?」

「別段めぼしいものは無かった。軽い寄り道で見つけた端末から怪しいものを少しだけ手に入れただけだ」

 情報チップを軽く見せ、ブラッドと双方の戦果を話し合い、男二人は今の責任の追及でヒートアップ中。

「最後に。こちらではファントムの情報でこの奥の施設が怪しいらしい」

 いかにも厳重そうな分厚い扉が少し先の他とも完全に隔離されて配置されている扉へと視線が行く。

「リンクスはどうしているの?」

「彼はファントムと合流して情報収集に当たってから此方に向かうそうだ。何でもリンクスが目ぼしいモノを見つけたらしい」

「あらら。それじゃあ今回の最功労者もリンクスできまりなのかしら?」

 耳は傾けていた様で、ラプターの報告にローズが突っ込む。

「…そうなる可能性は否めないな。もっとも。この先の施設に在るモノ如何で私たちの誰かになるかもしれんがな」

 不敵な笑みを浮かべるラプター。それに呼応してガルムの方も深い笑みを浮かべた。

「へっ。そんじゃあ気合い入れて行きますかっ!!」

 肩を鳴らして頑丈な扉の前へと近づく。ガルムは自慢の拳を振り上げ、破砕すべくそのまま振り下ろそうとする。

『流石にそれは勘弁願いたいな』

 外れるような複数の金属音が鳴り、扉が左右に割れて開く。二重構造の扉となっていた様で、奥の扉は上下に割れて開いていた。
 これでは幾らガルムでも突破にはそれなりの時間を要していたであろう。だがそれを何処からともなく聞こえてきた声に反応して開いた。
 防衛ラインを自ら放棄するなど、正気の沙汰ではない。

『どうぞ入りたまえ。君たちが望むものは確かにこの先にあるよ』

「はんっ! 調子いい野郎のようだな」

 最後の最後まで抵抗しなかったのを気に食わなかったガルムは一人先に扉を潜って入って行ってしまう。
 いつも通りの罠と分かっていながらの迷わず進む仲間に諦めを含んだ溜息を吐いて皆も後に続いた。

 中は巨大な広間であった。特に奥行など競走が楽に可能とし、天井も非常に高い。
 場所が地下でなければ戦闘機の格納、発進の短距離滑走路として機能させられるスペースがある。
 だが現実には不可能とする要素で埋められており、その決定的な要因が足下の土壌。そう、土の地面でこの部屋全体が埋め尽くされていた。

「…きな臭いな」

 吶喊として踏み込んだガルムもたたらを踏む。機能性を重視した無機質な部屋などではない、絶対的な異質な雰囲気に警戒心を顕著に表わす。
 他の面々も緩やかな足取りで歩きつつ周囲を観察する。地面が土壌である以外に壁・天井・照明に何ら他と異なる要素は見当たらない。
 あるとすれば入口より真正面に広がる遠い先の淡い光の壁、そしてその先の巨大な『扉』だ。

「ようこそアスガルド・ドールズの諸君。幾人か数は揃っていない様だが、歓迎するよ」

 壁面のスピーカーより響く声とタイムラグのある肉声が同時に聞こえてくる。
 淡い光の壁の向こうに存在する男の口の動きを読口して同一人物であるのは明らか。
 男は何の捻りもないスーツに白衣を着ている科学者然としている。唯一の特徴とすれば髪が腰まで届くほどに長い程度である。

「いや…今はカロン・ウンディーネと呼ぶべきかな。どちらにせよ、ここまで来るのに随分と待ち惚けを食らわされたよ。
 まぁ、それでも暇潰しで他の研究も、契約も数多に成されたのだから有意義であったがね」

「何を言いたいのかはっきりを喋ってはどうだ、ハイラム・ラングル」

「おやおや、ご機嫌斜めとは私の歓迎セレモニーはお気に召さなかったかな? 君たちの為に幾ばくかの捨て駒を用意してあげたのだがな…」

 ラプターにハイラムと呼ばれる男はわざとらしく大業に肩を竦める。

「貴様が何をしようが別段文句を言うつもりなど毛頭ない。貴様には廃人になるかここで死ぬかだけだ」

「それは非常に魅力的で格別な条件だね。しかし残念な事に今のままでは君たちは僕に触れることすらままならない」

「そう」

 ラプターはライフルのトリガーを引いて発砲。弾は真っ直ぐハイラムの眉間へと突き進むが光の壁に阻まれた。
 着弾と同時に着弾点が激しく発光し、大きな水面となって光が拡散していった。そして数秒も経たずに光の壁は元通り。
 両者ともに予想していたために驚く事はなかった。ハイラムはその結果に大きく笑う。

「ハハハハッ!! 流石だね、初披露となるこの光障壁の効力を前にして眉一つすら動かさないとは…披露した甲斐があったというものだ。
 しかし君のライフルの威力は大したものだね。私の計算上ではバンカーバスターですら防ぐ効力を有するこの障壁をあれ程までに機能させるとは、恐るべき貫通性能だよ」

 地下深くの要塞の破壊を目的とした地中貫通性能に特化したミサイルを防ぐという事は核兵器の次の破壊威力を封じていると暗に示すハイラム。
 事実上の無敵の防壁の機能が機能する程に防御性能を上げているという事は、威力に応じて展開する事で長期可動効率の高効率化を目的としているのだろう。

「褒め言葉としては受け取っておこうか」

「うむうむっ。人の行為は素直に受け止める。長生きをしているとそういった行為を邪険に扱う輩が多いからね、その辺の常識は持っているとは私も嬉しいよ」

 ラプターの素直な応対に好意を示すが、ラプターの方は少しばかり嫌悪感を露にして目を細める。
 仲間内にではその辺りを勘付くが距離のある向こう側には分かっていない。彼の末路が死以外にない事が今の段階で決定付けられたとも知らずに。

「実はまだ君たちの見せたいものがあったのだよ。彼女の素直さのご褒美に特別に見せてあげよう」

 指を鳴らすと障壁の光が徐々に薄れていく。最後には幾つかの縦横に張り巡らす光センサーの様な網目状の枠となり、そして消えた。

「死ね」

 迷いなくクイックショットで三連発。ラプターは命中率を犠牲にした一秒の無く三発放った。
 それでも100m以上離れたハイラムに全弾が命中弾であるのは流石である。

「せっかちなのはいけないよ。お披露目したいのはこれではないのだかな、ね」

 だが全てがハイラムの横を通り過ぎた。ハイラムの体に触れるのを弾丸が拒絶するかの如く触れる刹那に軌道が歪曲していった。
 舌打ちをするラプターであるが、今のは『あれで死んでいれば楽に死ねたものを…』の意である。

「さあ、楽しんでくれ。魔道と科学の融合機、世界を統べる尖兵の申し子の実力をっ!!」

 ハイラムの左右の何かが走り出す。しかし土煙が急速に接近してくるだけで姿は見えない。

「らぁああ!!!」

 ガルムが一回転の回転力を備えた右の拳を左から来る土煙の先端に突き刺す。逆の右から来る何かにラプターが散弾を放って迎撃。
 激突音と連散弾が着弾しての高周波の甲高い音波が鳴り響く。そして現れたそれは黒い巨体。その胎児として内側に人間を添えていた。
 ガルムの拳は相手の掌で受け止められ、ラプターの散弾は手の甲から発する体の中央周辺をカバーする光の壁に阻まれていた。

「ステルス機能だけでどうにか出来る相手ではない様だが、それでやられてもらっては困るしね」

 見えない=倒せないではあの甲殻光素兵装の機能テストの実動データ収集の意味を成さない。
 ハイラムは彼らがどこまで耐えられるのか、そしてあの兵装がどこまで通用するのか、楽しくて仕方がなくて笑みが深まる。

「あらぁ……ガルムの拳を止められるなんて結構な力持ちな甲殻兵装だこと」

「先ほどの障壁の小型版も備えてもいるのですね。そして先ほど走破性も従来のどの兵装を凌駕している新兵装――少し骨が折れるのは必至というわけですね」

「暢気に話してないでお前らも手伝えよぉ?!」

 拮抗して踏ん張っていたガルムの訴えの間に空いていたもう片手で体を鷲掴みされて遠投される。

「しかもあの巨漢なガルムを軽々と放り投げられるなんて、あの滑らかな動作も従来の比ではないわね~」

「機械兵装というよりも人工筋肉で機械化に成功させたとすればあれ程滑らかな動きは可能でしょうね」

「でもそれが出来る企業や組織なんて存在したかしら?」

「私達の情報にはありませんでしたね。ですがだからこそ『ウィッチ』なのでしょう」

「それもそうね」

 ガルムが一時的に戦線を放棄させられた事により、謎の甲殻兵装はローズとブラッドを襲撃している。
 しかしその巨体から繰り出す攻撃は大振りとなって軽快な動きでかわす二人を捉え切れない。
 それは彼らが常人ではない身体能力故であるが、決して油断の出来ない速度での攻撃の連続に反撃の糸口が見つからない。

 対するラプターは一人でもう一機を相手にしているが、ライフルで牽制をして間合いを詰められない様にするのが精一杯であった。
 始めの接近でブレードで兵装を斬りつけたが歯応えのない弾かれる結果で、中身の人間を狙おうにも当然させてくれずに一撃必殺の拳を避けるしかない。
 放つライフル弾は展開する障壁に阻まれ、接近戦では反撃の糸口が掴めない。

 ブラッドもローズも兵装そのものへの攻撃は無意味なのを悟り、本体の人間を狙ったナイフと薔薇の投擲をするが全身を包む障壁展開に防がれる。
 ラプターのライフルより絶対的の劣る貫通力の前に微弱な障壁で防がれるため、多重干渉・長時間の過負荷となる斬撃以外の手段が封じられた。

「どうしたどうした!? 手も足も出ないのかよ、カロン・ウンディーネなんて本当は大した事ないのか!!?」

 装着した兵装の力の酔いしれるパイロット。兵装そのものを着用すれば単身で施設制圧を可能とする力を秘めた兵装である。
 そんな強力な兵器のさらに強化された兵装を相手に回避し続ける生身の彼らの凄さを、彼は自身の手にした力の前に冷静な判断を放棄していた。

「嘗めてかかって痛い目をあうなよ」

「わかってるって」

 一方の兵装のパイロットは冷静にラプターの射撃を防いで相方を諌める。
 興奮している男は唯一この兵装と力で拮抗できるガルムを腕に仕込まれている機関砲で牽制。
 起き上がっているガルムは近づこうにも近づけない。数では倍以上のガルムたちだが、決定打に欠けているために劣勢に立たされている。
 幾ら個々に優れた技能を持っていたとしても、高いレベルで動ける目の前の二機の兵装を打開できる要素が決定的に欠けていた。

「くそっ、ファントムとリンクスはまだなのかよ!?」

 戦略立案・情報収集のファントムに遠距離支援・攪乱を専門のリンクス。
 状況を打開できる絶対的な要素の人物らがこの場に居ない。そしてこちらの誰か一人でも欠ければ形成は完全に傾く。

「無い物ねだりをするな馬鹿者。貴様はまずは接近してからモノを言えっ」

 ガルムの泣き事にラプターが叱咤。かなりの距離を投げられたためにスピードが今一のガルムは弾を避けての接近は中々に許してもらえていない。

「ばーか。誰が近寄らせるかっての」

 ブラッドたちの隙を見て両腕の機関砲をガルムの一斉射撃。二倍の弾幕にガルムは後退を余儀なくされ、再び距離が離れてしまった。

「くそったれが!」

「はははっ! ざまぁみろ!!」

「やれやれ…」

 仲間の戦闘技能は認めているが、性格は破綻気味で反りが合わない。任務を遂行しているので注意する要素も無い為に目の前の女性を殺すべく、腕を振るう。
 美しく凛とした魅力的な女性を殺すのは勿体ないが、喉笛を噛み裂かれたくはないので、集中力をさら高める。


「双方ともなかなかに動くじゃないか。これならばいい戦果を期待できるね。新たな力も、彼らの力も……クククッ」

 動かずに遠くでの戦闘を眺めてハイラムはとても満足気に笑う。
 そして背後の巨大な人を模写した絵柄の扉を見上げる。鉱物によるものではない土気色の柔らかな印象の質感が視界を埋め尽くす。
 彼の求める力が此処に、この先にある。それを笑わずして何を笑えという。役者も力も揃ったのだから、計画の実行に躊躇う理由は、無い。

「――!! ほう…想定外の事態というのも、悪くはないかもしれないな」

 部屋を揺るがす振動と音に上を見上げてハイラムは心の底から高揚する。



 地下施設ともなれば空調設備は必要不可欠である。外気を直接換気出来ないとなればそれ即ち酸素供給に臭気の脱臭すら行え得ない事を意味する。
 特に現在彼らが居る広大な空間ともなれば空調設備――壁面下部と天井部との空調の循環は全体に行き渡るべくして巨大かつ精密な設備となる。
 侵入口として最適にして最も警戒すべき区画となるために設置されるトラップや空調ダクトの迷宮構造に力が入れられている。最重要区画となれば尚更である。

 だが、天井のダクトを突き破って降下してくる彼らはそれらを全て突破して来た。
 ただ落ちてくるならばどんな人間でも生身ではそのまま土の地面とはいえ、激突して良くて骨折で済むが戦闘には致命傷としか言えない。
 無論、この区画の高さを知っているが故に降下してきているのだろうが。

 ラプターが放つライフルの射撃音の比ではない轟音とともに閃光が撃ち下ろされる。
 ローズたちと戦闘していた機動兵装は上空の激音に気がついていながらも二人の猛攻に反応が数瞬遅れた。
 彼らの動きは最初の音とともに示し合わせたかの如く加速していたのだ。閃光は兵装の障壁を突き破り、頭部を掠って左腕を肩口から抉り取った。

「っぬぁああ!!?」

 装着している男が左目を閉じて大きく後退。兵装と精神的にリンクをしての装備の様で、かなりに痛みを伴っている様だ。
 男はお返しとばかりに上空から真っ直ぐ降りてくる奴に右腕の機関砲を撃ち上げる。

「貴様の兵装に備わっているのだから、こいつにも備わっているのは当然だというのに…」

 弾丸は直撃の前に軌道が歪曲して逸れていく。遂には全弾外れて着地を許してしまう。
 だからといって地面を微細に揺らす着地をして少しの時間膠着している間を逃すはずもなく、右の拳を繰り出す。

「おおっと。お前ぇの相手はこの俺だぞ?」

 振りぬく前に拳は存在を忘れて再接近を許したガルムによって掴まれてしまう。
 先ほどとは異なり片腕を失った兵装では払う事が叶わず、蹴りを繰り出そうにもローズの薔薇とブラッドのナイフが膝関節に突き刺さって動かない。
 故にすべての動きを封じられた兵装の男はただ周囲を眺めるしか術は残されてはいなかった。

「まず、一つ」

 目の前に突き出された大きな銃口。親指よりも大きな口が眼前に在り、弾丸が装填され、薬莢が排出されて地面に落ちていく。

「まっ――」

 恐怖に顔が青ざめる間も、懇願する口が言葉を発する間も、自身が死ぬと自覚する間も無く引き金が引かれて弾丸が男の頭を粉砕した。
 そして頭部を貫いた弾丸は背後の兵装に突き刺さり、貫通。位置的に中央より少し上を貫かれた為に制御機構が崩壊、搭乗していた人間の関節機動の限界を超えた痙攣ともいえる動きをして機能を停止する。
 頭を失った人であったものは無残な四肢の骸となって兵装が死に装束であり、棺桶となった。

 そんな無意味な死を前に再び発砲。残された兵装の男は冷静に障壁を限定展開して、弾丸を受け止める。
 真白な光を放って弾そのものが昇華して消え去った。出力が今ので大きく減衰し、ラプターによる追撃の射撃に距離を離しつつどうにか防ぐ事が出来た。
 結果として形成は一瞬にして逆転。何一つ損害を与えずに完全に有利な条件を向こう側が得てしまった。

「随分と美味しい所を持っていくじゃない。今まで何をしていたのかしら?」

「いやなに。リンクスが非常の面白いものを見つけてきてくれたものだからね、任務の合間ではあるが我事ながら調べるのに夢中になって時間を忘れてしまったよ」

 ブラッドの不満声をとても愉快気に返すファントム。
 そして彼が乗り掴まっている黒い巨体――現在戦闘を繰り広げている同じ甲殻光素兵装がそこにあった。

「で? 時間を掛けたのだから成果をあるのだろうな」

「勿論だとも。この兵装さえ持ち帰れば任務は達成したも同意義。ついでにリンクスに見合ったセットアップを施したから殿は彼一人で十分でもあるよ」

 兵装の操者として搭乗しているリンクスは相手の兵装を見据え続けている。自身の纏っている兵装に持たせているライフルも視線の先を捉え続けていた。

「この兵装は『ウィッチ』が持ち得る技術が盛り込まれた謂わば人工の機械で構成された筋肉の構造をしている。伸縮性を持ったカーボン繊維を主軸としているためにこうして線の集合体の姿だね。
 ダイヤモンドを超える強度繊維を持っているから破壊そのものにはかなり手間が掛かる優れもの。だけれども筋肉と同じような伸縮性は科学的に不可能なのは金属としての性質だ。
 ならばどうして人を超える機動性と怪力を発揮するのか? それこそが『ウィッチ』の魔女たり得る理由がある、それは――」

「『魔法』だよ」

 ファントムの解説にハイラムが突然引き継いだ。兵装の男はその間も徐々にではあるがハイラムの傍へと後退していく。
 リンクスのライフルですら防ぐ障壁を展開して後退しているのだから追撃の糸口は少ない。

「正確には魔導技術、もしくは錬金術と言っても間違いではないよ。
 過ぎた科学力を古人は魔法と呼び、古き西欧の時代に不可能とされた病を発見した新薬で治療した薬を万能薬とされ、それを成し得た者を魔法使いとされた。
 男は戦場や奴隷の様に外へと駆り出されるものだから薬の調合は専ら女性に偏り、魔女と呼ばれる。
 しかし薬は君たちも知る様に効果は一つの病に一つ。ある程度応用が効いたが故に万能とされるも王妃の病に効かずに死に絶え、魔女は国の頂点を極める者に嫌われ殺される。
 以来、魔女は聖女とも悪魔の囁きに耳を傾けた売女として相対する意味を持って時代を過ごしてきた」

 天を仰ぎ見て独説していたが、手の平を差し出すようにこちらに突き出す。

「しかし私が手にしたのは文字通り聖なる力であり、悪魔の力でもある。そこの彼が言った様に、あり得ない事を成し得る力。
 私はその存在を知り、研究を重ねる事であらゆる事象に応用出来る術を手に入れた――そう、世界すらも私の手の平の上に出来る程の、ね」

 深い笑みが醜く歪む。そして再び部屋を分断する障壁が展開。しかし今度の光のカーテンは幅が徐々に膨らんでくる。

「不味いね。あれは純粋なエネルギーの光だ。まともに触れてしまえば瞬時に昇華してどんな物質も消滅するだろうね」

「んな事を冷静に説明してないで逃げるぞ!?」

 障壁の前では追撃は不可能。任務に必要な物は手に入れたのだから離脱あるのみ。
 が、唯一の脱出口にも同じ光の障壁が展開。ガルムが危うく触れそうになったがこちらはただ障壁を展開しているのみで助かった。

「先ほど降りてきた天井のダクトはどうだ?」

「残念な事にこの兵装には推進機構の類は備わっていない。壁伝いに登るのも可能だが、その前に消滅するのが早いだろうね」

 既に穴の開いた天井付近にまで光は到達しようとしている。
 部屋全体に特殊なフィールドでも展開しているのか、ダクトの中に光が進入して昇華している様子は見られない。

「――抉じ開けるから、下がって」

 兵装を扉の前に立たせるリンクス。両の手の平に局所的な障壁を展開し、扉の障壁に触れる。
 対反応をして激しく紫電する。リンクスは目の周りにフィルター状の光学調整膜を展開して直視しているが他の面々は手で直視を防ぐ。
 光のスパークは障壁全体へと広がり、遂には自然と消滅した。障壁の発生装置が過負荷で壊れたか、セーフティで一時停止したのかは不明だが何せよ好機。
 開かない扉をラプターのライフルと合わせて一点掃射。扉の中心部分が抉れ、そこを兵装とガルムで二度強引に抉じ開けた。

「! 時間を掛け過ぎたかっ」

 扉に再び掛かる障壁。一時的に停止しただけであり、今は兵装の展開する障壁で歪曲させて穴を開けている。
 背後には目前に迫った光のカーテンを最後尾に居たローズが薔薇の花弁を投げ入れると投げて間もなく綺麗に消滅した。

「急げっ!」

 飛び込むように扉の先の通路に逃げ込む。最後にリンクスがゆっくりと扉を潜ろうとする。
 障壁に挟まれでもしたらリンクス自身が危険であり、尚且つ兵装そのものが壊れてしまうリクスがあった。
 しかし無情にも扉は三重構造であったために破壊した扉のすぐ先に隔壁封鎖用とのいうべきか、新たな扉によって封鎖されてしまった。

「…っ」

 唇を噛む。目の前の障壁のお陰か、光のカーテンはこれ以上進入して来ない。
 障壁に触れるか触れないかのぎりぎりで兵装が破壊した扉を跨ぐ位置で立っている。
 耳の通信機は光のカーテンの影響か、何一つ機能していない。壊れたのか影響下での不通なのかは判断材料が全くない。

 だが、兵装のデータはファントムが所持している。現物がなくとも任務達成には大小の差はあれども支障はない。
 ライフルの弾装に新たな弾を補充して再装填。目を伏せて深呼吸をし、時を待つ。
 動けないのはハイラムの方も同じであり、あれ程のエネルギーの放出となれば次撃にはそれなりの時間の要するはず。
 なればハイラムの捕縛ないし、施設の完全制圧も視野に入れてシュミレート。時間が許す限りに策を練る。



「いいんですか、奴等を逃がして?」

「現物がなければどうという事はない。あれはデータだけではどうにもならない代物だからね、兵装が取られなければ何の問題も無い」

 空中に施設から逃げ様と走るファントムらの映像が様々な角度から多重に映し出されている。
 だが流石に扉の中、それも光のカーテンの向こう側を映し出す術は無い様だ。

「それであの兵装はどうします? 無傷で取り戻すのは困難とし言い様が無いのですが…」

 兵装を纏っている男は光の向こう側に居る敵側の兵装の青年を見据える。
 先ほどの戦い方を見るだけで適応した操縦技術を有しているのが分かっている。
 貴重な試作機であるこの兵装同士の戦いとなれば、如何に経験の差があれど難しいの極みであるのは必至。

「いや、彼には先に『向こう側』に招待する事にするよ。丁度私も用事があったのでね、君もこのままついて来てくれ」

「了解」

 巨大な女性のレリーフの様な門が光を発する。滲み出る光が溝をなぞって激しく発光していった。



「――っ!!?」

 激しい衝撃がリンクスを襲う。地面が揺れた形跡もないが、確かに体が衝撃を受けた。
 光の先に新たな光が生まれ、引き寄せられていく。しかしそれも物理的に動いた痕跡はない。
 光のカーテンそのものは純白であり、光の最頂点の輝きであるのに新たな光が映えてくる。

 太陽の黒点の様に炎の光の中でも温度の差によって赤い輝きの強弱で黒く見えてしまう現象と同じである。
 白の中の黒い光の筋。それはリンクスと纏っている兵装の外枠をなぞり、引き寄せていく様でもあった。
 警告が頭の中で響く。兵装の腕をパイロットの体を庇う様に構えさせて障壁を展開させる。

 展開しているのかさえ全てを埋め尽くす光の中で確かめようがない。
 今自分が立っているのか座っているのかさえ、闇の中にいるのと同意義な『闇の光』の中で意識がホワイトアウトする。
 意識が飛んだのは一瞬。顎を強打されたボクシング選手の如く瞬時に視界が開いて体を動かす。
 だがそれを実行したのは纏っている兵装であり、リンクしていたために自然とそちらが勝手に動いたのが現実である。

「――っぁ…!」

 強烈な衝撃に堪えた呼吸が肺の圧迫から嗚咽してしまう。何故か気がついて見えた光景が大地へと落ちる周囲の風景。
 あの区画の高さですら耐え切れたはずがそれを圧倒的に上回る高度より落下したのと同じ衝撃がリンクスを襲っていた。
 周囲に広がるのは雑草に雑木林。天空は夜の為に星が瞬いている。どう眺めても外である。

「……何故、外に?」

 先ほどまでは室内どころか地底深くの密室に居たはずである。
 だのに光に包まれた次瞬に外、それも密林の中に遥か高さより落下した様な状態になったのは理解出来ない。
 周囲を見回して様々な憶測を思慮していると、視界の端のモニターにイエローの小さなウィンドウが展開。

『動力出力低下により活動限界まで残り600秒。即時休眠モード移行による自己修復機構の起動を進言』

 どうやら兵装そのものにも様々な負荷が掛かっていた模様。
 休眠モードの詳細を閲覧し、これ以上の稼働は不可能とみて周辺をスキャンさせてマッピングを行い、丁度良い窪地を見つけた。
 その場に移動させるとそこは丁度兵装の大きさの窪みで間近に寄らない限り見つかる事はない。

 ライフルを傍に置き、窪みにそのまま下ろさせる。兵装より体の固定を解除し、端末操作で休眠モードに移行させる。
 兵装の腕が背中に格納し、頭部も引っ込んだ姿は無駄に大きく歪な椅子の様であった。
 傍の落ち葉などで窪みの中の兵装をカモフラージュし、発見率を極端に下げさせた。

「………」

 再び周囲を見渡すが、どう見ても森林の真っただ中である。しかし先ほどの兵装のスキャニングによって多数の熱源と光源を一方向より確認が取れている。
 距離にしては数kmは離れているが、情報が皆無に近い状態では確かめに行くしか術はない。
 ライフルを携え、夜鳥が鳴いている雑木林の中で歩みを進める。耳の通信機からは何ら交信する気配すら無い。



Fiaba Crisis  quest episode : 01 - Etranger -



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