我が子よ……。

よくお聞きなさい。

 これからあなたに話すことは…とても大切なこと。

 わたしたちが、ここから始める、

 親から子へと、絶え間なく伝えてゆく、

 長い長い……旅のお話なのですよ。

Epilogue Farewell song

 

 この星はまだ、歩きはじめたばかり。

 だから、わたしたちはここに生まれた。

 わたしたちは無限に、記憶を継いでゆく。

 この星で起こる全ての事象を見聞き、親から子へと受け渡していく。

 つまり、それはこの星の記憶。

 わたしたちは、星の記憶を司るものなのです。

 星の記憶は、永遠に幸せでなければなりません。

 悲しみや争いで空が覆い尽くされた時。

 この星は嘆き悲しみ、あらゆるものを生み出した己を忌むことでしょう。

 全ては混沌に戻り、そして無に帰すでしょう。

 だから、わたしたちは幸せであり続けましょう。

 大地や空や海に暮らす者たちすべてに、無限の恵みをもたらすよう……。

 それこそが、わたしたちという種の役目。

 忘れることを許されない、わたしたちの誇り。

 多くの困難が、行く手には待っているでしょう。

 辛いことや悲しいこともあるでしょう。

 時の流れに立ち向かえるほど、わたしたちは強くもありません。

 わたしたちもいつの日か、滅びる時を迎えるでしょう。

 それは、避けようのない結末。

 けれど、最後は……。

 星の記憶を担う最後の子には……。

 どうか、幸せな記憶を。

 その時こそ……。

 わたしたちは役目を終え、眠りにつけるのでしょうから。

 別れの時が来ました。

 わたしは空に届けます。

 この星の最初の記憶を。

 あなたと暮らした、幸せな日々の記憶を。

 悲しむことはありません。

 わたしたちはいつまでも、あなたと共にあるのですから。

 雨粒が大河となり、そして海に集まるように…

 だから……。

 あなたには、あなたの幸せを。

 その翼に、宿しますように。

 

 

 春風が心地よい香りを漂わせてきてくれて、小さな女の子、まだ五歳にも満たないような幼い少女は、柔らかな風のなかで目を覚ます。女の子が目を覚ましたのは縁側、庭には大きな桜の木が咲いていて、風が吹くたび、桃色の花びらを散らしていく。花びらの一枚がそよ風に乗って、ふわりと少女の髪に降りかかる。

 まだ眠気が残っているのか、少女はまぶたをごしごしと擦りながら、きょろきょろとあたりを見回してみる。自分のすぐ近くで腰をおろし、編み物をしていた母親の姿を見つけ、そばへと駆け寄っていく。そして少女は、不思議な夢を見た、と、大げさな仕草で母親にさっきまで見ていた夢の内容を伝える。

 母親は熱心に語り続ける娘の言葉に、ときに相槌を打ちながら、ずっと耳を傾け続けていた。やがて娘の夢語りが終わりを告げると、母親は編み物を編んでいた手を止め、娘の方へと向きなおる。

「それはたぶん、記憶ね」

「きおく? でもわたし、こんなことみたりきいたりしたことなんて、ないよ」

 女の子がそう母親に問いただすと、母親は少し目を伏せて、小さく息を吐き出した後、言った。

「紗衣、あなたの名前の由来、覚えているかしら?」

「えーっと、おかあさんのいのちのおんじんさんの名まえなんだよね。たしか」

「うん、そう。わたしを助けてくれた人の名前。わたしには、その人が幸せな運命をまっとうしたのかはわからなかった。だから、自分の娘に恩人と同じ

名前をつけて、せめてその子には、幸せになって欲しいと、そう願った」

「うーん、でも……その紗衣っておねえちゃんのことと、わたしの見た夢のことと、どうゆうかんけいがあるの?」

 不思議そうに娘が言うと、母親は、優しく諭すように言った。

「あのね、紗衣。この空には、翼を持った女の子がいたの。ずっと悲しい思いを、辛い思いをし続けてきた。紗衣って人は、その人の中に篭められていた悲しみを残らず吸い込んで、空に帰っていったの。そのとき、悲しみを残らず吸い込んだそのとき、紗衣って人の記憶の一部が、わたしの身体の中に流れ込んできた。生まれ変わりとはいえ、わたしもまた、翼人という一族の末裔だったから。だから、記憶を受け継いだ。そしてあなたは、わたしの子ども。だからたぶん、わたしが持っていた紗衣の記憶の一部を、あなたも引き継いだの。幸せになりたいと願った女の子の、生きた記憶。忘れてはならない記憶」

「うーん……むずかしくてよくわかんない」

「ふふっ、そうね。あなたにはまだ少し、早かったかもしれないわね」

 紗衣の頭をくしゃりと撫でて、母親は幸せそうな笑みをこぼす。

「紗衣、わたしの子どもであるということは、あなたもまた、翼人の末裔なのよ。翼人の始祖はもういないから、わたしたちが、最後の翼人。だからわたしたちは、幸せになるの。わたしがいま幸福を感じているように、あなたには、あなたの幸せを。そうすることで、わたしたちは前へと踏み出すことができるのだから」

「観鈴、紗衣。行くぞ」

 外出用の服に着替えた背の高い長身の男が、縁側から母親と娘の名前を呼ぶ。

「はい、あなた……」

 母親はそれに答え、紗衣を抱き抱えると、男のそばへと駆け寄っていく。

 ………。

 彼らは、いまも生き続けている。幸せな記憶を胸に。

 これから訪れるであろう更なる幸福なときを、その翼に宿すために…。

むかしむかし。

ひとりぼっちの女の子がいました。

 女の子の背中には、まっしろな羽根がありました。

 それなのに、どこにも飛べません。

 閉じ込められた部屋の窓から、女の子は空を見つめました。

 まんまるの月が、ぽっかりと浮かんでいました。

 ぽろり。

 女の子の目から、涙がこぼれました。

 きれいな服もごちそうも、ほしくありません。

 女の子はただ、おかあさんに会いたかっただけなのです。

 長い旅を終えて、女の子はお母さんに会うことができました。

 もう、一人で泣くことはありません。

 女の子の背中にあった、まっしろな羽根。

それはなくなってしまいました。

けれど、女の子は羽根よりももっと大切で、素晴らしいものを手に入れることができました。

それは……。

幸せな未来。

 

 

 

 

Another Air fin

 

 

 

 

 

 

 

 作品を書き終えての感想

 

 

 これにてAirは完結です。今まで読んでくださった皆様、本当にありがとう

ございました。

この作品、実は五年ほど前に書き終えていたものなのですが、私自身がHP

持っていなかったため、ずっとお蔵入りしていた小説です。

 ですがこちら、『生まれたての風』の管理人リョウさんに私の作品をHPに載

せてくれないかと頼んだところ、快くお受けしてくださり、こうして日の目を

浴びることが出来ました。リョウさん、この場を借りて改めて御礼を言わせて

もらいます。本当にありがとうございました。

 Airを自分流にアレンジして、全編書きなおす。最初に考えたときは、絶対最

後まで書ききるなんて無理だと思っていましたが、何度も挫折をしながらも、

なんとか完結させることができました。

 努力し続ければ出来ないことはない。この作品を書ききり、私自身、その

ことを実感できたような気がします。継続は力なりとはよく言いますが、一つ

のことに取り組み、どんな形であれ最後までやりとおす。

 そうすることで、自分自身が大きく成長できるのではないでしょうか?

 と、最後に偉そうなことを言ってみます。それでは皆様、あらためて最後ま

で読んでくださり、本当にありがとうございました。




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