Air 第十四幕 それから(前編)
入道雲の一つも見えないほど、空は快晴な色を保っていた。
朝日のまぶしい早朝。表札に神尾と書かれた木造の家の前に、白いワゴン車が止まる。車のナンバープレートにはこの町の県とは違う、どこか遠い県の名前が書かれていて、その車が遠くからわざわざこの町にきていることを物語っていた。
排気ガスを漏らすワゴン車から男が顔をだし、陽光のまぶしい車の外へと足を下ろす。晩夏を過ぎたとはいえ夏の名残のような暑さがまだ残っていて、男の首筋をつぅーと冷たい汗の粒が流れていき、ぽたり、灰色のアスファルトの上に落ちる。汗は一瞬で蒸発して、礒の香りのする空気の中へと溶けていく。
ポケットからハンカチを取り出して首筋についた汗を拭うと、男は神尾家のドアをノックする。
とんとんとん。
それからまもなくして、がらっと戸の開く音が周囲に響いて、長い髪の女性が姿を表す。
「久しぶりだな、晴子。夏休み以来だから、一ヶ月ぶりくらいか?」
「なんやあんたか。来るんやったら連絡の一本でもよこしてくれやよかったのに。まったく、まだ茶も用意してないで」
「はは、悪いね。僕も本当なら来るつもりはなかったんだけど、こっちの方にくる仕事がたまたまあって、そのついでにね」
「こっちに来る仕事か。な、あんた今なにやっとんのや? まさか、まだやばい仕事に手だしてたりせえへんやろな」
自分が抱えた三千万もの借金を返すため、敬介は色々とやばい仕事、それこそ警察にでもかぎつけられれば、懲役の一年や二年では済まされないような仕事にも手を出していたらしい。
「安心していいよ。今は単なるサラリーマンだ。警察に職務質問されるようなことがあっても、堂々と答えられる仕事さ」
「そっか。それならもう観鈴に教えたっても、安心やな」
もし敬介が警察にやっかいになるようなことがあれば、観鈴は犯罪者の娘、という汚名を背負ったまま生きていかなければならないだろう。いくら晴子が観鈴の世話をしていたといっても、実質的な親権は敬介のほうにあるのだから、これは当然のことだ。だから敬介は、十年ものあいだ一切観鈴と関わらないようにして生きてきた。仮に問題が起きたとしても、観鈴には何の関係もないように、問題が起きる前と何一つ変わらないように、敬介と観鈴は、他人同然の関係を続けてきた。もっとも敬介と観鈴が親子であることは周知の事実なのだから、仮に問題が起きたとすれば、警察から何か言ってくることに代わりはないだろう。それでも、自分が観鈴の父親であることを隠しておけば、少なくとも観鈴の周辺、学校での暮らしなどにはそれほど影響はでない。敬介はそう思い、十年間ものあいだ、観鈴と会うことを意図的に避けてきた。
「そうそう、観鈴の顔を見にきたんだった。あの子は家の中かい?」
だが十年もの月日が流れ、警察に言えないような仕事もようやくに終わりを告げて、敬介は父親と、堂々と観鈴の前で名乗れるようになって、だから観鈴を引き取りにきた。それが、晴子と敬介のあいだで起きた親権問題。
あの事件からすでに一ヶ月近い月日が流れ、観鈴は今までどおり、神尾の家で暮らしていくということに決まり、敬介は観鈴に会うために、たびたび海辺の町に来るようになっていた。
「あー、観鈴か。あの子はなぁ……」
問いただされると、晴子は罰が悪そうにぽりぽりと頭をかく。
「居候……やなかった、往人が世話になっとった老人の墓参りやそうで、今は京都のほうに出かけてまっとる。せっかくきてもらったのに、悪いな」
「そうか、残念だな……。だがまあ、いいよ。元気だとわかればそれで」
「………」
「………」
風が吹きぬけ、ふたりの間をすり抜けていく。
「病気は……急に倒れたり、身体の痺れを訴えるようなことは、もうないのかい?」
「ああ、いまはもうすっかりな。みんな、あの紗衣って子のおかげや。名前しか分からへんかったから満足に葬式をしてやることもできへんかったけど、うち、たぶんこれからも一生、あの子に感謝して生きていくんやろな。観鈴を助けてくれて、ありがとうって」
「ああ。あのとき、僕にはなにが起きていたのかわからなかったけれど、少なくとも、あの子が観鈴の命を救ってくれた。それだけはわかってるつもりだよ。だから紗衣って女の子に対する気持ちは、きみと同じ。きみと同じで、いくら感謝してもし足りないって、そうゆう気持ちさ」
ふと空を見上げると、真っ青な大草原のすみに、ほんのわずか白い雲のかたまり。ゆっくりと揺れ動き、やがて光を放つ太陽に重なり、陽光が入道雲に遮られる。
『お母さんを探している』
紗衣という名の少女はそんなことを口にして、空に還っていった。
どんな願いも、どんな想いも、この空に還ることができれば、きっと見つけることができる。きっと、叶えることができる。不思議とそんな感情が心の奥底から沸きあがってきて、晴子は空を漂う真っ白な入道雲を目で追っていく。
空に還る。そうすることで、あの子は会うことができたのだろうか? ずっと探していたという暖かい存在、母親に……。
空を見上げる晴子の姿が慈愛に包まれているように感じて、敬介は、言葉を口にしていた。
「あの子も言っていたけど、やっぱりきみは観鈴の母親だよ。僕や郁子みたいな無責任な大人とは違う、本当の、観鈴の母親」
「なんやいきなり。よせやぃ、照れるやないか」
右手を顔の前に持ってくるとぱたぱたと手のひらを振って、晴子は恥ずかしげに頬を赤らませる。
「せやけど、母親ってのはすごいなぁ。母親だけやない。家族や。うち短い間やったけど、ごっつ凝縮した時間を過ごしたんや」
「短い間って、今でもきみと観鈴は家族だろ?」
「そうなんやけどな、往人が帰ってきてから、あの子あいつにべったりで、全然うちの相手してくれへんねん。せやから、うちいま、ほんというとちょっと寂しいんやで」
「はは、僕でよかったら、胸を貸そうか? きみが泣きたいときに泣けるように」
「あほぅ、死んでもあんたなんかの胸で泣くかいや。逆だったらええで。あんたが泣きたくなったら、うちに来ぃいつでも胸、貸したるからなー」
「遠慮しとくよ。もう、昔のような子供じゃないんだから」
「そか。強なったんやな、あんた。うちなんか追い越して」
「はは……郁子が笑ってるよ。まさか、あの妹の口からそんな言葉がでるのか、って。僕は永遠に晴子には勝てないって言ってたからね。いや、僕らは、か」
「どういう意味やねん」
「いや……深い意味はないよ」
「ふぅん、まあいいわ。とにかく、うちはごっつ凝縮した時間を過ごしたんや。せやから、ようわかる。すごかったんやなぁ、家族て。この上ない幸せと、このうえない辛さ……すべてがそこにある。それはまさしく人が生きる、いうことや。せやから、うちは生きとった。この二十八年間で一番、生きとった。がむしゃらで、ボロボロで、強くて弱かった……。はは、なに言うてるかわからんようになってきたな、うち……」
「いや、わかるよ。家族の凄さ、家族の起こす奇跡。それらをみんな、僕はきみのすぐそばで見てきたんだからね」
「そか。そやな、あんたやったらわかるわな。うちら大人やもんな」
「そうだね」
「せやから……せやからな、うち自信あるねん。今はもう自信あるねん。うちはあの子の母親なんやって。立派と違うかもしれへんけど、あの子の母親なんや。せやからうちの子も、いつまでも観鈴ひとりだけなんや。あの子だけなんや」
「それは、再婚する気はないってことかな?」
「そうやなぁ……うちが心奪われるようなごっつかっこええ男が現れれば話は別やけど、今はそんなつもりはさらさらないわ。観鈴と往人、あの二人を、影からそっと見守とってやるつもりや。よっぽどのことがない限り、な」
「そうか……よかったらうちに、と思ったんだけど、そうゆうつもりなら仕方ないな」
「は、なんや? ひょっとしてプロポーズでもするつもりやったんか?」
「誤解しないでくれ。見合いでもしてみたらどうかって思っただけだ」
「見合いって、ヘンな気ぃ使わんでもええ。うちは一人身でも大丈夫や。それに、近所の保育所に通いはじめたんや」
「え?」
「子供が仰山おる。片っ端からしかってる最中や」
「仕事はどうした?」
「あんな仕事続けても、意味あらへん。うち、子供と接して生きていきたい思うてるねん。うちの家族はあの子ひとりやけども……いろんな家族に囲まれて生きていきたい。いろんなこと教えてやりたいんや。うちが短い間で培ったこと。それは全部大切なことやから、やりがいがある。今は、そんなふうにして生きてるねん」
「そうか……」
「それにな、その保育所に、あほな子がおるねん。男の子と女の子の二人組でな、しばらく面倒みたらんと、あれは落ちこぼれるわ。別におちこぼれてもええけどなー。かわいいから。あははっ」
「安心したよ」
「心配かけたな。おーきにや。そのうち、そっちにも遊びにいくわ。来てもろてばっかりで悪いからな」
「そうだね。待ってるよ。じゃ、そろそろ戻るよ、僕は」
「うん、遠いところからおーきに」
「元気で」
母親は、前を向いて生き始めた。観鈴や往人とともに、本当の幸せを掴むために。そのために、あの日から前を向いて生き始めた。
あれは、いつの頃だったろう。父からの手紙が届いて、父の住む町に向かったときのことだから、もう一ヶ月以上も前の話になるのだろうか。
あの子との出会い、今でも覚えている。
夏の陽射しに彩られた場所で、あの子は、ベンチの上でシャボン玉の練習をしていた。それが、私たちの始まり、出会いのきっかけ。
………。
……。
…。
ぱちんっ。
「わぷっ」
少女はシャボン玉をうまくふくらますことができない。でも、頑張って練習している。
「こんにちは」
私は、こう声をかける。それが約束。
「んに?」
少女は戸惑った顔をする。それがはじまり。
「シャボン玉、好き?」
私は少女に訊ねる。
「うんっ! 大好きっ!」
少女は笑顔でこたえる。
「でもねでもね、うまくふくらまないの」
少女が悲しそうな顔をする。
「そう……」
私は、優しく少女の頭を撫でる。
「じゃあねぇ、お姉ちゃんが、おしえてあげようか」
私は、自分のシャボン玉セットを取り出す。
「ほんとっ!?」
少女の大きな瞳が輝く。
「うん」
そして、私たちは一緒にシャボン玉遊びをはじめる。
「にょわ〜…すごい……」
少女は、私が飛ばしたシャボン玉を羨ましそうに見つめる。
「大丈夫。すぐに飛ばせるようになるからね」
そう言って、私は少女にふくらまし方のコツを教える。
…ぱちんっ。
「わぷぷっ」
うまくいかない。
「んにゅぅ〜〜」
少女は目に涙を浮かべながら、顔についた水滴を拭う。
「んに! もういっかい!」
負けることなく、ふくらましはじめる。あきらめることなく、何度も何度もふくらまし続ける。
…そうだ。諦める必要なんてない。失敗したなら、やり直せばいい。手が届かないのなら、届く場所まで歩いていけばいい。だって私たちは……そうすることで、ようやくここに辿り着くことができたのだから。そうすることで、思い出すことができたのだから。誰もが持っているはずの、ありふれた優しさを。
温もりとともに生きていけることの喜びを……。
「やったー! せいこー!」
少女が飛ばしたひとつめのシャボン玉が空を目指す。
どこまでも……どこまでも高みを目指して。
「じゃあ、これは頑張ったで賞」
私は、少女にあれをプレゼントする。
「んに? なにこれ?」
少女は、不思議そうにプレゼントを受け取る。
「これはね、星の砂っていうの」
「んに? ほし?」
「そう。きらきらの星。形が似てて、星の赤ちゃんみたいでしょう」
「おぉ〜、そういえばそうだねぇ…」
「受け取ってくれる?」
私たちの想いを……。
私たちの生きた、夏の日の記憶を……。
「うんっ! ありがとっ!」
「ねえ、あなたのお名前、おしえてもらえないかな」
「んに? なまえ?」
「うん」
「にゃはは、いいよー。あのね、みちるはね、みちるっていうの」
「みちる? そう……とてもステキなお名前ね」
「でしょ? にゃはは、みちるもこのなまえ大好きなんだよっ。おとうさんがね、つけてくれたんだってっ」
「………」
「ねえねえ、おねえちゃんのおなまえは?」
「私?」
「うんっ」
「…私は……私は、美凪よ」
………。
そう。はじまりは、いつだって小さな勇気から。
たった一言の願いから、幸せははじまるものだから……だから……。
「さあ、みちる」
だから、私は最後にこう言う。
「お友達になりましょう」
そう、それが始まりだった。私とその子、みちるはそうして出会い、私がやりかたを教えてあげたかいがあったのか、みちるは上手にシャボン玉を吹くことができるようになって、それからも、様々なことを経験していって……。
そして、父の住む町での、母との再会。
母から翼人の話を聞かされたあのとき、私は母と一緒に行くかどうか迷っていた。みちるの願い。空にいるという少女を助け出して欲しいという、夢の中を生きていたみちるの言った、最後の願い。それを叶えてあげたいという想いと、みちるという名の、もう一人の少女と一緒にいることの楽しさ。その二つを天秤にかけて、どちらを選ぶべきかずっと悩んでいた。
でも私は結局、そのどちらも選ばなかった。
『夏休みの間だけでも、みちると一緒にいてくれないかな? そう約束してくれないかな』
みちるの言ったその言葉が、いつかの自分の言葉に重なる。そう、母の姉が町へとやってきて、そのとき、母の姉に向けて言った言葉。
『やくそくはまもらなきゃいけないんだよ。やくそくをまもるってことは、いちばんだいじなことなんだって』
約束は守らなきゃならない。そう、確かに私はそう言った。そして、みちるの『約束』という言葉を聞いたとき、私は思い出したのだ。高校の入学式、神尾さんとの始めての出会いの日を。あのとき、私は言った。
『いつまでも、ずっと友達でいようね』
それは、約束のはずだった。一人ぼっちで寂しさを持て余していた私が口にした、精一杯の言葉。一人になるのが怖かったから、その寂しさを振り払いたくて、神尾さんに言った言葉。その約束事を、彼女は喜んで承諾してくれた。嬉しかった。同年代の友達ができたことなんて初めてのことだったから、だから、とても嬉しかった。
………。
なのに私は、神尾さんの心を裏切った。癇癪のことを知って、みちるが、自分が傷つくのを恐れて、神尾さんの心を傷つけてしまった。友達になろうと持ちかけたのは私のほうからだったのに、傷つくのを恐れて……神尾さんの心を傷つけても、それは仕方のないことだと、自分自身を納得させてしまっていた。
そのことを後悔していなかったわけではない。でも、自身が傷つくことと神尾さんが傷つくこと、その二つを天秤にかけて、私は、自身が傷つかない道を選んだ……。
だけど、みちるの約束という言葉を聞いて、私は幼いとき自分が言った言葉を思い出していた。約束を守るということは、何よりも、一番大切なこと。
『ずっと友達でいようね』
その言葉を、その約束を果たすために、私は生まれ育ったあの町へ、海辺の町へと戻ることを決めた。今度こそ裏切らないように、神尾さんとの約束を、今度こそ守るために。
町に戻ったとして、なにができるかはわからないままだった。神尾さんの癇癪がなくなったわけではない。そばにいれば、また泣いてしまうかもしれない。
でも、彼女との約束を果たすと決めたから、だから、できる限り神尾さんのそばにいてあげようと決めた。そう思い、そう誓い、町に戻った。
でも結局、神尾さんのお母さんがいつも神尾さんのそばにいてくれたから、私が町に帰っても、直接神尾さんの力になれるようなことはほとんどなかった。
それが悔しくて、歯がゆく感じて、そのことを神尾さんのお母さんに相談してみたことがある。すると、神尾さんのお母さんは言ってくれた。
私がそばにいてくれることが、なにかあったらすぐに駆けつけにいくと言ったことが、ずいぶん心の支えになって、そのおかげで心が折れずにすんだと、そうお礼を述べてくれた。
私は自分があまり役にたっていないと思っていたから、その言葉はとても意外なもので、とても嬉しいものだった。
そして時間が流れ、炎天下のなか、私や聖さん、神尾さんのお父さんやお母さんの目の前で神尾さんが倒れて……。
翼人の始祖、紗衣という名前の女の子が姿を表して……。
紗衣さんが亡くなってしまったことはとても悲しいことだけど、彼女の命と引き換えに、神尾さんの命は救われた。彼女の力によって、神尾さんにかけられた翼人の呪いを解くことができた。全てが終わって、神尾さんともう一度、友達としてやり直したいという想いを打ち明けて、彼女はそれに喜んで承諾してくれて……。
そうして、私はここに帰ってきた。みちるのいる場所。夢の中の存在ではない、本物のみちるがいるこの場所に。
「ねえ、美凪はいつまでこっちにいてくれるの?」
「学校のお休みは今度の日曜日までだから、それまでかな」
言ったとたん、みちるは寂しそうに俯いてみせる。
「んにゅ〜、そっか。じゃあ美凪と遊べるのも、あと少しの間なんだね。寂しいな……本当は、もっと一緒にいたいのに……」
「ん、そうね。私も同じ気持ち。できるなら、みちるともっと一緒にいたい。でも、私も学校があるから……」
「んに、大丈夫だよ」
私の気持ちを読み取ったのか、みちるはとたん笑顔になり、言う。
「お姉ちゃんに会いたくなったら、みちるの方から出かければいいもん。お父さんに頼んで、お姉ちゃんの住んでる町まで連れていってもらえばいいだけだもんね」
「…お姉ちゃん?」
みちるの言葉に違和感を感じた。いや、正確には違和感ではなく、戸惑い。お姉ちゃんなんて急に呼ばれて、私は戸惑いを隠しきれず、思わず口ごもってしまっていた。
「うん。だって、美凪はお父さんの子供なんでしょ? だったら、みちるのお姉ちゃんだよね。だから、みちるは美凪のことお姉ちゃんって呼んでみたい。みちるは美凪のこと大好きだから、美凪がお姉ちゃんになってくれたからすごく嬉しいから、だから、お姉ちゃんって呼びたい。駄目……かな?」
少し不安そうに、上目遣いでみちるが訪ねてくる。でも答えなんて、最初から決まっていた。
「そう呼びたかったなら、そうゆうふうに呼べばいい。だって、私はあなたのお姉さんなんだから。ね、みちる」
「うんっ! ありがとうっ! お姉ちゃんっ」
そう言ってみちるは喜びの声をあげ、私に抱きついてきた。
夏が終わりをつげ、秋の匂いがゆっくりと漂い始める中、私とみちるは、互いのぬくもりを感じあうようにして、互いに、身体を重ねていた。
幸せな記憶を胸に、これからも続く幸せな日々に、期待感をあらわにしながら。
あとがき
読んでもらっても分かるとおり、この話からは各キャラのエピローグを描いていくつもりです。
それにあわせ、各キャラに対する解説をしていこうと思います。
キャラクター解説
01 橘敬介原作では晴子と観鈴のなかを引き裂こうとするお邪魔虫、という印象が強い人物でした。もちろん敬介側にも言い分はあったのでしょうが、原作では物語自体が晴子よりだったため、あのように描いたのだと思います。
この話では敬介側の主張、言い分を多く出し、敬介を一方的な悪にしないよう描いてみたつもりです。親にとって子は宝。一緒にいてあげることだけが、親の愛ではないと思います。子供に危害を加えないために離れていた。
敬介の場合、自業自得ではあったのですけどね。
キャラクター解説
02 神尾晴子原作
Air編の主役。そしてゲームAirそのものの主役だったのではないか、と思われる晴子さんです。この人に関しては、原作との設定の相違はありません。変更点は旅行に出ると言って家を出た際、追い出されたと本人が思い、精神的に追い詰められているところを深くやった、ぐらいでしょうか。
晴子はうざいキャラに見えて実はいい人だったではなく、本当に駄目でうざいキャラだった人が、母親になるために努力しようとしていた、というように考えています。
この作品だと綺麗な部分ばかりを見せていたので、もう少し悪い部分。読者が愛想を尽かしたくなるような、人間的な醜さを途中途中で前面に出してみてもよかったかもしれません。
キャラクター解説
03 遠野美凪Airのヒロインの一人美凪さんです。彼女は設定が大きく変わった人物の一人ですね。
国崎の血筋。往人との関係は従兄妹です。観鈴編との絡みが原作では非常に少なかったので、彼女を観鈴編に上手く絡めるにはどうしたらいいか、という考えから、そのような設定に行きつきました。往人が観鈴以外の人間に対し興味を失っているため、必然的に美凪と往人との関わりが薄くなり、最後までほとんど『他人同士』を貫いていました。もう少し二人の間を近づけてあげてもよかったかもしれません。
美凪本人の掘り下げとしては、観鈴との関係をより深く描き、みちるという幻にすがりつくまでに追い詰められていた彼女の心情を細かく描いてみたかったです。
ただ私のなかで彼女の弱い部分、問題になっている部分などの明確な軸が定まっておらず、結果として
feather編が終わった後は空気のようなキャラになってしまいました。もう少しうまく動かすことができたのでは、と後悔している子の一人です。
キャラクター解説
04 みちる死んでしまった美凪の妹、みちるさんです。原作でも非常にいいキャラをしていました。美凪の願望、甘えた心が生み出した幻であり、彼女を消すこと、別れを受け入れることが、美凪の心の成長に繋がったのではないでしょうか。
紗衣たちと繋がりを持たせることで、彼女たちを物語に登場させやすいよう、下準備をしてくれた子でもあります。
Feather終了後は物語の都合で登場させることができませんでしたが、原作での美凪編ラストをエピローグに持ってくることで、なんとか登場させることが
できました。よかったよかった。
キャラクター解説
05 紗衣この作品オリジナルのキャラですね。人間とは違う存在、翼人の象徴とも呼べる人物です。最後まで往人たちに立ちふさがる壁ではあるのですが、この作品ではこいつが敵だ、こいつを倒せばいいんだ、と明確に描いているキャラはいません。紗衣のやろうとしていた行為も、彼女はよかれと思ってやっていた行為ですし、人と翼人の両方を助けたい、という思いが根底にあったからでしょう。人を騙したり利用したりすることが多かったのは、幼いころの出来事のせいで本能的に他人を恐れているところがあり、他人より有利な立場になることで、精神的な安定を図ろうとしていた。不老不死と言っても精神的にはとても幼いので、そうゆうやり方でしか自分を形成できなかったのでしょう。
それでは、今回はこれまで。