Air 第九幕 運命の日

 

 陽の沈みかけた堤防。観鈴は車椅子に座ったまま、ぼんやりとどこか遠くのほうを見ているようだった。敬介は腰をかがませてしゃがみこむと、ゆっくりとした口調で言った。

「観鈴」

「うん?」

「お父さんと晴子おばさん、どっちと一緒にいたい?」

「んー、両方」

 観鈴が答えると、敬介は困ったような顔をして続けた。

「ごめんな。どちらか一方を選ばなきゃいけないんだ。両方は、ダメなんだよ」

「んー、それなら……お・と・う・さ……」

「観鈴!」

 がばっと飛び起きると、足元に布団が散らばっていた。

「夢? 夢やったんか。よかったぁ……」

 肩の力が抜けて、全身をどっと疲労感が襲う。

「ん……おばさん、どうしたの?」

 うるさくしていたせいで目が覚めてしまったのだろう。観鈴が眠たそうにまぶたをこすっている。時計を見てみると、驚くことにまだ深夜を指し示しているではないか。

「な、なんでもない。うちもすぐ寝なおすから、観鈴も早く寝りいや」

「…うん、わかった。おやすみ」

 冷静さを取り戻し言い聞かすと、ベッドの上で上体をおこしていた観鈴は身体を横に寝かせて、再びくーっと寝息をもらし始める。

 自分も寝ようと眼をつぶってみたが、どうしても眠ることができない。その理由はわかっていた。敬介との約束の日は、今日なのだから……。

 こんな日に、呑気に寝ていられるわけがない。

 さっきまで見ていた夢が、脳裏をゆらりとかする。

 今日の夕方、あのアホはあんたにもう一度訪ねよるわ……そうしたら、あんた……うちとはもういたくない……そう答えるやろ……ひとりで勝手に母親づらしてた、怖いおばさんとは一緒にいたくないて……。せやからな……夏休みはまだまだ続いてゆくけど……二人の夏休みは、今日で終いや……。

 うちな、今日は精一杯笑ってるわ……それで、一番の思い出にするわ……。

 あんたと過ごす、最後の一日や。悲しい顔とかしとったら、辛気くさて嫌やもんな……な、それでええやろ? 

 あんたは、そうしたいやろ?

 あんたは、それを選ぶやろ?

 な……観鈴。

 朝ごはんを食べてトランプ遊びをして、二人は一日中、ずっと一緒にいた。

ささいなことを話し合って、お互いに笑いあって、ずっと二人でいた。

 胸の中にあったしがらみがとれたように、晴子はとても幸せそうに、心から笑っているみたいだった。もう悩んだり苦しんだりすることはない。今日で終わりにすると決めたから、今日を観鈴と一緒に過ごす最後の日にすると、そう決めたから……後悔しないように、今日という最後の一日を幸せな日にしようと精一杯に頑張っていたから、だから、とても幸せそうだった。

 その想いは、観鈴にも伝わっていたのだろう。その日の観鈴は積極的に晴子に話しかけていた。晴子がすぐ近くにいてくれる。それが、観鈴に安心感を与えているようだった。

 ………。

 ……。

 …。

「そろそろ時間や。出かけよか、観鈴。もう、なんも心配せんでええ。夕べの占いにもいい日やて出てたやろ? せやから、悪いことなんか起こらへん。大丈夫やから。な、出かけよ」

「うん」

「よっしゃ、素直でええ子や。椅子に乗り」

「よいしょっと」

「ほな、いくで」

「うん」

 きっこきっこ……。

「どこいくの?」

「ええところや」

「たのしいところ?」

「どやろな……でも、観鈴が安心できるところや」

 そう……少なくとも、うちのようなおばさんと一緒にいるよりもずっと安心できる、そんな場所。

 車椅子を押していくうち、静かな吐息が聞こえてくる。見ると、観鈴は首を傾けたまま眼をつぶっていた。

「寝てしもとる……呑気なもんやなぁ……可愛い笑顔しよってからに……。ははは、ほんま、可愛らしい子や。さ、いこかー」

 いつも敬介と待ち合わせている場所、武田商店と書かれた店の前にたどり着くと、そこには当然のように敬介が立っていた。その隣には、遠野さんと霧島の先生。

よそのうちの事情に首突っ込んできて、おせっかいな連中や。晴子は瞬間的にそう感じた。大方観鈴がどちらと過ごすことを選ぶのか、それを見届けるつもりなのだろう。まあ遠野さんにも霧島先生にも世話になっていたのだから、彼らにもこの場に立ち会う権利はあるように思えて、だから、あえて何か言うようなことはしなかった。

「…晴子」

「久しぶりやなぁ。って、三日しか経ってへんか」

「どうだい、観鈴の容態は」

「容態は……悪なってへんと思う」

「そうか……」

「病院とか……もう手配したんか」

「ああ」

「そか……」

 観鈴を引き取る準備は万端、ということらしい。

「じゃあ、あの時の質問をもう一度この子にするよ。あなたとこれからも一緒に暮らしていきたいかを……」

「待ってや」

 体を揺らし起こそうとするのを、晴子が優しげな声で止める。

「な、敬介。この子、このまま寝かせたってくれへんか。穏やかな寝顔やし、久しぶりにええ夢みとるんかもしれん。頼むわ」

「えっ」

 二人の会話をじっと聞き続けていた美凪が、驚きの声をあげる。

「しかし、この子の意思を聞かないと、話が進まないだろ」

「…ええやん。もう、どうでもええやん、そないなこと」

「いいのかい? この三日間、観鈴と本当の家族になろうとして、頑張ってきたんだろ」

「そうですよ、神尾さんと一緒に暮らすために今まで頑張ってきたはずなのに、それなのに……こんな自分から努力を無駄にするような真――」

 口を挟みかけた美凪の肩に、聖がそっと手をかける。何も言うな。自分たちは、結局は部外者でしかない。だから、あるがままの現実を受け止めろ。肩に乗せた指が、暗にそう語っていた。

「もう、どうでもええんや。この三日間観鈴と一緒に過ごせて、うちはもうそれだけで十分や。もう十分満足した。だから、もうええんや」

「そうか……あなたがそう言うなら」

 観鈴の髪を撫で続けながら、晴子は言った。

「な、敬介。最後に、この子と行きたい場所あるねん。時間ええか」

「どこへだい?」

「すぐ近くや」

 晴子は、風の吹く方向を見やる。潮の香りが、ほんのりとただよってくる。

「海や」

 

 

 晴子と敬介が堤防のほうへと向かっていく少し後ろを、美凪と聖は二人を追うようにして歩いていた。

「わかりません。なんで神尾さんのお母さんは、今までの頑張りを無駄にするような、あんな言葉を……」

「さあな……観鈴ちゃんの母親がわりをつとめることに限界を感じたのか、それとも、本当の父親と一緒にいたほうが、観鈴ちゃんのためになると思ったのか……まあ、本当のところは神尾さん自身にしかわからないよ。私たちにできることは結局、なりゆきを見守ることだけだ」

「…辛いですね。何も出来ないのって」

 

 

 堤防の横にあったスロープをくだり、砂浜の直前で晴子は車椅子を止めた。車輪が砂をかんでしまって、これ以上車椅子で進むのは無理なようだったので、晴子は観鈴を背中に背負い、砂の道をさくっ、さくっと踏みしめていく。

「もっと早うにしとけばよかったわ……子供の頃の時間取り戻すんは、大変や。こんな大きなって……重過ぎるで。でも、これで取り戻せたやろか……」

 さくっ……さくっ……。

「はあっ……はっ……」

 晴子の吐息が荒い。人一人担いで歩いているのだからある意味当然なのだが、彼女は一度も立ちどまることなく、歩き続けた。目の前にあるのは……。

「海や。観鈴……海やで……」

 さざなみが大きな音を鳴らし、真っ白な波の線が、砂や貝殻をさらっていく。

「…きれいやな」

 観鈴からの返事はない。かわりに、くーっと言う寝息が聞こえた。

「やっとここまで来れたな。観鈴とふたり、やっとここまで来れたな……遠かったわ。ここまで来るんに、一体何年かかったんや、うちら……。いくらでも機会なんてあったはずやのに……いくらでも、こんなきれいな光景見れたはずやのに……いくらでも、砂浜で遊べたはずやのに……一体、何しとったんやろな……うちら。家族やったはずやのにな……もっと、ふたりでいればよかったな……ここにも、もっとしょっちゅう来れば良かったなぁ……。毎日の日課や。夕方になったら、二人で散歩して、ここまでやってくる。夏も冬も、春も秋もや。そうして波の音聞きながら、砂浜で遊ぶ。それって楽しいやんか。な、観鈴……でもな、もう、うち、ここには二度とこうへんやろな……一人で来ても、楽しないやろ……。なぁ、観鈴。長すぎた家族ごっこは、今日で終わりや……いろんなことあったけど、あんたの中ではもう全部なかったことや。一緒に暮らすようになって、十年……こんなに大きなって、辿り着いたところは、結局十年前と同じ場所やった。うちだけが、怒って、笑って、泣いてたんやな……でも、それでもうちにとってはかけがえのない思い出や。あんたは、もううちのこと忘れてしまうかもしれへんけど……ずっと覚えとるよ。うちにはひとりの……大切な娘がいたことを……」

「もういいか、晴子」

「…せやな」

 長い一人語りを終えて、晴子は観鈴に別れの言葉をつげる。

「この子が寝てるうちに、あんたに預けるわ……この子が起きだして悲しそうな顔したら……うち泣きそうやもん」

「そうか……なら、ここで別れよう。ここからは僕が連れていく」

 敬介が言って、晴子の背中におぶされていた観鈴を抱きかかえる。

「重いで。あんたが抱いとった頃から、ずいぶん時間経ったからな」

「すぐそこまでだ。車が停めてある」

 抱きかかえた瞬間、ぎゅっと重たい感覚。

「…僕がそばにいた頃は、もっと小さくて……もっと軽かった。これだけ大きくなれたのも、あなたのおかげだ。晴子、ありがとう」

「うちは、なんもしてへん。その子が一人で大きなったんや。うちは、なんもでけへんかったんや」

「寝巻きとかは後々受け取りにくるとして、いま何か渡しておくものとかあるかい? 観鈴が大事にしているものとか」

「ああ、せやな。これ持たせたってや。観鈴の大好きな恐竜さんや」

「ぬいぐるみかい?」

「このぬいぐるみ、大好きなんや。これ抱いてたら、落ち着いてると思うわ。それと、これもな」

 四角い容器を手渡す。

「それでもこの子が駄々こねたら、これ飲ませたってや。大好物のジュースや。これに目あらへんから、飛びついて飲みだしよるわ。向こういっても、このジュース探して買ったってや」

「わかった。じゃあな、色々世話になった。ありがとう」

「ああ……」

 振り返り、敬介は歩いてゆく。観鈴を抱きしめたまま。

「よかったんですか? これで」

「ああ。ええんやよ、これで。うちと一緒におっても、観鈴はきっと幸せになれへん。だから、これでええんや」

 美凪の問いかけに、晴子ははっきりとそう返事を返す。もう決めたことだから、後悔はない。晴子の言葉には、そんな思いが見え隠れ。

 男の背中は、もう遠くにあった。美凪と聖と晴子。三人は、静かにそれを見送った。これが永遠の別れでないことはわかっている。でも、気軽に会うようなことは、もう二度とできなくなるだろう。

 ………。

 敬介は観鈴を抱きかかえていたので、彼女の足は、ちょうど背中から飛び出た形になっていた。その足が、突然に動いた。

 男が戸惑う。観鈴が目覚めたのだろう。彼女は激しく動いて、そして、それに耐えかねた男は観鈴の身体を地面に落とした。

「あ……」

「あほ、なにやっとんのや……」

 這いだして、観鈴は男の手から逃れる。そこは波打ち際で、観鈴は身体で水を被った。緑の生き物、恐竜が手元から離れ、波にさらわれる。どんどん遠くに連れ去られていく。彼女は、それを追うこともしなかった。

「………」

 晴子を含む全員が、心配そうに観鈴の様子を見守っていた。

 ただ、立ち上がろうとする。しかし立ち上がるたび、足が動かず、砂の上に倒れる。

「あんた、ひとりでは歩かれへんのや……せやから・・・…パパに任せ」

 敬介が慌てて観鈴のもとに駆け寄っていき、手を貸そうとする。けれど、観鈴はそれを振り払い、なお立ち上がろうと足をふらつかせていた。

「ジュースだぞ、観鈴っ。観鈴の大好きなジュースだ」

 四角い容器を握らせる。それはどろり濃厚と書かれた、観鈴の大好きなジュースのはずだった。それなのに、観鈴は見向きもせずにそれもかなぐり捨てた。

「あの子、なに頑張っとんのや……大好きなぬいぐるみや、ジュース、放り出してまで……そこまでして、なんのために頑張っとんのや……」

 また倒れて、観鈴の短い髪にまで水がかかる。

「あんなずぶ濡れになって、なに頑張っとんのや……」

 何度も立ち上がろうとしては、倒れ、そのたび波をかぶり、濡れてゆく。

「な……あの子は、足も動かへんはずやのに……歩かれへんはずやのに……」

 一生懸命に、歩こうとする。

「なにを頑張っとんのや……」

 その足が、前に踏み出す。もう倒れなかった。次の足が前に出た。ゆっくりと歩いていく。晴子が立つ、その場所に向けて。

「マ……ママ……ママ、どこ……」

「………」

 観鈴の選びたい道、彼女自身が望んだ道。それは、これからもずっと歩いていきたい道。

「………」

 無言で立ち尽くしていた晴子の背中を、聖がぽんっと後押しする。

「み……観鈴っ……」

 一度は投げ出した道。諦めた道。だけど、本当はずっと、そうしたいと願っていた道。観鈴が歩こうとしている道に向けて、晴子も足を踏み出した。一度踏み出してしまえば、もう彼女の足は止まらなかった。駆けだして、二人は抱きしめあう。

「観鈴っ……うちは、あほや……やっぱりあほやった。あんたに聞けばよかったんや……うちと一緒にいたいかって……答えを聞けばよかったんやっ……うち、ちゃんと、あんたのお母さんになれてたんや……うち、どれだけあんたに迷惑かけたら気が済むんやろな……あんたがこないに頑張っとるのに……うちといたいって、こんなに頑張って見せてくれとんのに……せやのに、何ぼぅっと突っ立っとんねん……あほや、うち、あほや……許してや、観鈴……堪忍してや、観鈴……」

「ママ……」

「そうや、うちがあんたのお母さんや。もう誰にも渡したりせぇへん。もう二度と、あんたを手放したりせぇへん……せやから、うちと一緒に帰ろ。神尾の家に帰ろなっ。あんたはいつまでも神尾観鈴や。いつまでも、うちの子や。うちの子やっ……」

「ママぁ……」

「晴子……」

「うち、自信あるわ」

「…なにが」

「どれだけ苦しくても、この子はうちと一緒にいたい……そう思ってくれてるゆうことや……」

「…それで、この子を不幸にするとしてもか」

「この子は不幸になんかならへん……苦しくてもうちが逆転させて、幸せにしたる。うちが死んだってな、この子だけは幸せにしたる」

「そうか……あなたは強いよ。僕とは違って」

「…そんなことない。うちも同じや。うち、今やったら、わかるんや……この子置いて、どこぞへ逃げてしまったあんたの気持ち。あんた、愛してるひと失ったんやもんな……。大好きなひとや。たくさんの思い出と一緒に、ふたりで生きてきたひとや。それを失ったあんたのあの時の気持ち、わかるねん。うちは、それを失わんように、必死でいる途中やからや。うちかて、今、この子のうたら、どうなるかわからへん。あの時のあんたと同じように……」

「この観鈴とここまでこれたあなただ。僕とは違うよ。もう、あなたは母親だから……」

「まだや。まだまだこれからや。まだ仰山、取り戻さなあかん時間があるんや。まだ弱いねん。まだまだ弱いねん」

「そうか……じゃあ、僕は戻るよ。あなたは早く帰って、観鈴を着替えさせてやってくれないか。こんなずぶ濡れの格好じゃ風邪を引いてしまう」

「ああ、わかった。わざわざ出てきてもろうて、茶も出さんで悪かったな……」

「いいよ。こっちに頻繁に来ることになりそうだし、機会は山ほどある」

「そか」

「観鈴のこと……頼んだ」

「任せてや」

 そして、男は去ってゆく。ひとりきりで。それをじっと見送っていた晴子は、風に背を向ける。

「霧島先生も、遠野さんも、なんやずいぶん世話になってまったみたいで、ありがとな。ほら、観鈴もちゃんとお礼言いや」

「くー……」

 返ってきたのは、小さな寝息。

「また寝てしもたわ、この子」

「…案外濡れてる服が涼しいのかもしれませんね」

「ははっ。だが風邪を引かれても困る。早く着替えさせてあげたほうがいいだろう」

 三人が話す真ん中で、観鈴は眠り続けていた。

「ええ夢見とるとええけどな……。起きたら、とりあえずちゅーの嵐やで。ええ夢からええ夢の連続や。そうして遊んでたら、すぐやってくるわ。夏祭りが。観鈴……あんたが待ちわびてた、夏祭りやで」

 

 

 海岸線から少し離れた高台。プラチナ色をした、美しく細い髪をした小さな少女は、そこから海辺の様子をじっと見下ろしていた。

「馬鹿みたい……せっかく記憶を失って、翼人の呪いが薄れたっていうのに……あんな、家族の絆を取り戻すような真似をしたら、何の意味もないのに……。結局、何も変わらないのかな……結希や往人のときと同じ、悲劇の繰り返し」

 人と翼人が交わるようになって、たくさんの人たちを見てきた。たくさんの人たちの思い出を見てきた。その誰もが翼人のことを、あるいは翼人の羽根を救おうとしてきたのに……それなのに、救えなくて……。

「空に囚われた封印は解けた。だから、何か変わると思ったのに……結局は、同じことの繰り返しなのかな」

 どうせ助けられるわけがない。結希のときと同じ、気づいたときにはもう手遅れで、あとに残された人にできることは、泣くことだけ。

 くるりと踵を返しその場を立ち去ろうとして、紗衣はふと、足を止める。

 神尾観鈴は、いくつもの夢を通してそれを見てきたはずなのに、この先に待つのが悲劇でしかないと、それを知っているはずなのに、それなのに、大好きな人と一緒に過ごすことを、母親と生きる道を選んだ。それがわからない。彼女は死ぬことが怖くないのだろうか? それともあるいは……この先に押し寄せてくる大きな障害を跳ね除けられる自信が、彼女に備わっているのか……。

「お母さん……か」

 無意味な生を続けるのならば、わずかの時間でも。いや、もしかしたら……。

「ふふ、馬鹿みたい。それこそありえないことか」

 往人は言っていた。海の水を器に注いでも、器が海の水に耐え切れるかもしれないと。そんなこと、ありえるはずがない。人と翼人の力量の差を見れば、そんなことはあきらかだ。だからこそ、紗衣は空を仰ぎ、言う。

「それでも、最後にはきっと、幸せな記憶を……」

 




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