Next Summer 終幕 子守唄

 

 境内を世話しなく走り回る一つの影。

「んー、やっぱりどこにもいない」

「ん? なにか探しているのか紗衣」

「あ、蓮鹿帰ってきてたんだ。ちょうどいいや、白穂を見なかった? 二十歳くらいの女の人なんだけど」

「女? そういえば昨日の夜晩遅く、社から外に出ていく人影なら見たな。両腕に何かを抱えているような様子だったが」

「それだよ、それそれ。間違いない。もう、見てたんならどうして引き止めてくれなかったのさ」

「お前の事情なんて知るか。第一、引き止めておいて欲しかったんならもう少し俺に事情を説明しておけ」

 むむむっ、と紗衣は口ごもり再び駆け出していく。自分が八雲を利用しようしていることを蓮鹿に知られれば、彼が反論を返してくるのは容易に想像できることで、(当時、蓮鹿はまだ神奈備命を救うために他人を利用するというやり方に反感を感じていた)そんなことに付き合っていられるほど紗衣の心に余裕はなかった。

 社に入ると、座禅を組んでいた庄治に向け、白穂が消えたっと、紗衣は息もきれぎれに言い放つ。

「白穂が……ふむ、夕べのうちに消えたのなら、まだそう遠くへは行けないはずじゃが、東西南北のどこへ行ったかもわからぬうち、闇雲に捜索しても見つからぬじゃろうて。ひとまず村の者たちに、どちらへ向かったか聞きこむのが得策じゃな」

 白穂の気持ちは庄治にも理解できた。たとえ自分が羽根……つまり幻影であろうと、記憶はある。それが八雲の想いにより生まれた偽りであろうと、白穂を八雲がどれほど大切に思っているかという想いは伝わってきた。そして、白穂が八雲をどれだけ大切に思っているのかも……。

 神奈の魂を滅し翼人の歴史を閉じる。広い目でみれば、おそらくそれは正しいことなのだろう。けれどそのために、神奈を助けたいという蓮鹿の想いが利用されようとしている。生まれたばかりの赤子、何も知らぬ八雲さえ、紗衣は利用しようとしている。庄治には、それが許せなかった。

 白穂や八雲のことを、村の者たちは疫神として蔑んでいた。村から二人が消えたことは、彼らにとって好都合なはずだ。ひょっとしたら、紗衣が白穂たちを連れ戻そうとしていると、そう誤解してくれるかもしれない。とすれば、仮に村の者たちが白穂の姿を見ていたとしても、行き先など教えるはずもない。これで、ある程度の時間は稼げると思うが……。

 はたして鳶に狙われた兎が逃げきることなど、できるのだろうか……。

 庄治にはただ、逃げきれることを祈ることしかできなかった。

 もう走り続けて何時間になるだろう。雑草に混じった輪のような丸い蔓が足に絡まってきて、注意しないと足をとられて転げてしまう。おまけに下にばかり注意を向けていると、柔らかい葉っぱにときおり混じる剃刀のような鋭い葉が、腕や頬を刃で裂いていく。

 真夏の林には入らぬほうがよい。入るならせめて獣道を。それはわかっていたが、上から見つからぬようにするには深緑に混じるのが一番よかった。

 八雲を抱える腕に、じんわりとした痺れが生まれてくる。内側から沸いてくるような、毒素が樹木に吸われていくような、そんなゆったりとした速度で、ちくちくとした針の痛みが痺れとなって生まれていく。腕を、足を、赤い血のりが染めていく。

 どこまで走れば終わることができるのか、そもそも終わりがあるのかすら定かではない。それでも走り続けた。

 鳥の声が聞こえる。だ。わたしの背丈よりもっとずっと高い枝から、こちらを見下ろしている。黒い真珠のような小さな瞳、灰色の胴体にはところどころ縞の模様が混じっている。風が吹き、枝が揺れる。四十雀が驚いたように空に飛びたつ。白黒に見えていた縞模様は、陽光に照らされ薄い緑色の、本来の色を取り戻す。青い空へと、一つの新緑が飛んでいく。

ああ、いいな。わたしは四十雀が自由に飛んでいく様を、心底うらやましく感じた。

 翼とは、幾千の羽根が合わさることで生まれるものだ。だからわたしは羽ばたくことはできない。幾千の羽根のうちの一つでしかないわたしには、空を飛ぶことなど、羽ばたくことなどできはしない。だから、わたしは走る。この子、八雲を守るために……。

 ぬかるんだ地面にをとられて、重心が右に大きく傾く。右半身が嫌に重く、身体がゆうことを聞いてくれない。「あっ」と思ったときには、すでに手遅れだった。重力に引かれるようにして、わたしの身体は地面に横たわっていた。びちゃびちゃな水溜りのようになっていた泥のなかへと、頬が崩れ落ちる。

 八雲は大丈夫だろうか? 慌てて、自分の胸のあたりに視線を下ろす。両手でしっかりと抱えていたおかげで、怪我どころか泥も八雲にはかかっていなかった。安心した。この子は、無事だったのだ。何がおきたのかよくわからず、目をぱちくりとさせている。泣き出そうとしないことが、白穂には嬉しかった。

泣かれてしまえば、最悪その声で、紗衣に居場所を知られてしまうかもしれない。

「いい子ね」

 両腕に力をこめなおすと、八雲をしっかりと抱きかかえたまま身体を起こす。

着物が泥をすったせいか、さっきまでの倍以上の重さを感じる。まるで、下から誰かに引っ張られているみたいだった。歩く速度は遅くなったが、あの村からはもう相当量離れている。このまま何事も起きなければ大丈夫だろう。どこか別の村、逃げこむなら都のほうがいいだろうか? 紗衣に見つからないような場所を見つけ、そこに身を隠す。そうやって、八雲と二人暮らしていこう。

 八雲と二人平和に暮らす。それが、わたしの求める幸せなのだから。

「どこに行くの?」

 幼い少女の声。それなのに、それはどんな獰猛な獣の唸り声より深く、白穂の心に響き渡る。

「駄目だよ。八雲がいないと誰も救われない。裏葉の想いだって、果たせなくなる」

「…紗衣」

 銀色。光に透けて、銀色に染まる二つの翼。それはまるで天使のようで……。その美しさが、白穂にはとても奇異なものに思えた。

「なにも取って食おうってわけじゃないんだからさ、ちょっと八雲に協力してもらうだけだって」

「…この子はまだ赤ん坊。何も知らないの。それなのに紗衣、あなたは自分の都合で、この子を道具にしようというの?」

「道具って言うのはひどいなぁ。協力してもらうだけだよ。その子は法術の力を受け継ぐ、国崎の一族のものなんだよ。いずれその子は翼人と出会う。国崎という一族の血が、翼人と引き合うから。だけど、救う術を知らぬままそのときが訪れれば、その先にあるのは絶望でしかない。白穂は、それを望んでいるの?」

「わたしはこの子に自由に生きて欲しいだけ。誰にも何にも縛られず、どこにでもありふれた平凡な人生を歩んでほしい。それだけよっ!」

「そのためなら、神奈備命を犠牲にしてもいいと」

「違う! 神奈様の心を滅して翼人の歴史を閉じるという、あなたのその方法が間違っているから……だから別の方法を、誰も傷つかないですむ方法を……」

 白穂の声はすでに枯れかけていた。一晩中走りつづけていたのだから、無理もないだろう。

 紗衣の顔から、笑みが消える。

「否定するだけ。そうしてわたしを悪人呼ばわり」

 少女の身体がぶるぶると震えている。泣いているようにも思えた。

「別の方法を考える。考えるだけで、結局何も思いつかない。それなのに、わたしの考えは否定する。わたしを悪人と決め付け、自分は正義なのだと、都合のいい解釈をしようとする。人も翼人も、みんな同じ。昔、わたしは天使と呼ばれていた。部屋の窓にぼんやりと浮かぶ月を、眺め続けていた。部屋から外に出ることはできなかった。人々はわたしのことを敬ってくれていたけれど、わたしのいたその場所は、牢獄も同然だった。もう一度空を飛びたくて……だからわたしは、翼を血で染めた」

 淡々と語っていくなかに、ナイフのような鋭さを持った言葉が混じる。

「人が生きるということは、多かれ少なかれ誰かを犠牲にしているということ。詭弁を並べるだけなら誰でもできる。白穂の言い分もわかるよ。でもね……」

 二つの銀色が、陽光を反射して鈍く光る。

「血を流さずして、その道を通ることはできないっ!」

 ぴっ、と白穂の頬をかまいたちが駆ける。周囲の緑が巻き起こる突風に呑みこまれ、葉を散らしていく。枝が落ちる。何百という鳥が逃げるように空へと飛び上がる。着物の袖が裂かれ、新雪のように真っ白な肌が陽のもとにさらされていく。雪の所々から、赤い液体が流れていく。

 どうしようもない状況ということはわかっていた。翼人の力、たった一人で何千何万の騎馬隊を蹴散らすような力。そんな存在を相手に、羽根でしかないわたしに、それに対抗できるような力はない。それでも、死ぬわけにはいかない。八雲を守るためにも、ここで死ぬわけにはいかない。大丈夫、方法はあるから……。

『時空流離?』

 雪解けのころだったろうか。庄治さんがそれをわたしに伝えてきたのは。

『そう。ある意味では、不老の力を得ようとするあの術より危険な、真に禁忌と呼べる代物かもしれん』

『どうゆう術なの』

『簡単に言えば、人を未来に飛ばす術じゃ。いつの時代のどこに飛ばされるかは全くの不明じゃがな。ただ、本当に恐ろしいのはその副作用』

『副作用? 手や足が動かなくなって、最悪命を落とすとか?』

『いや、死ぬことはない。逆じゃよ』

『逆?』

『神経が死に、手も足も、眼すら自分の意思で動かすことはできなくなる。年をとり死ぬことすらなくなる。自らの意思で命を経つこともできなくなる』

『死ねなくなる、と?』

『まあ、そうゆうことじゃな』

『…そんな危険な術を、なぜわたしに?』

『いずれこの術が必要なときがくるかもしれん。おぬしにはな』

 ひょっとしたら、庄治さんはあのころから紗衣の目的とするものを知っていたのかもしれない。そして、わたしがその考えに反発することも……。

 八雲が泣いている。いままで感じたことのない、おぞましいまでの恐怖のなかにいるのだ。無理もないだろう。わたし自身、いつ恐怖で足が動かなくなるかわからないくらいだ。

 風に裂かれ、大木が八雲の前で大きな音を立てて崩れ落ちていく。

 怖いだろう……恐ろしいだろう。恐怖を取り払ってあげたかった。いや、違う。笑って欲しかった。これでさよならかもしれないのに、八雲の泣き顔ばかりを見ているのは辛かった。あの子守唄を聞かせれば、この子は笑ってくれるだろうか?

 抱きしめる腕に、力がこもる。むせかえるくらいに八雲は泣き続けている。

わたしは詠う。母から聞かされた子守唄。

「この子の可愛さ限りなや」

「天にたとえば星の数。山では木の数、かやの数」

「おばな かるかや はぎ ききょう 七草ちぐさの数よりも、大事なこの子がねんねする」

「ねんねんころりよ おころりよ ねんねんころりよ おころりよ……」

 八雲が笑う。わたしも笑う。後悔はなかった。八雲が平穏に暮らせるなら、自分がどうなろうと構わなかった。

 腕を交差して、心に強く想いを描く。何かが光る。抱きかかえた八雲と自分。そのあいだで、何かが淡い光を放っていく。

「白穂、まさか……駄目だよ。取り返しのつかないことになる!」

 紗衣の叫び声は、沸き起こる風にかき消され白穂の耳には届かない。空間が割れる。藍色が目の前に広がる。うねりを上げるそれは、水面に生まれた巨大な渦のようで……次第に激しさを増していく。

 ………。

 ……。

 …。

 それから後のことは、正直あまり覚えていない。

 いくつもの星が前から後ろへとすごい速さで駆け抜けていって、目が痛いくらいだった。気がつくと、見知らぬ場所に立っていた。

 女の子がわたしのほうに駆け寄ってきた。そう……名前はたしか結希。

いまが西暦何年なのかはわからないけれど、紗衣から身を隠すには八雲の名は伏せておくべきだと思った。それに、元服すれば名前は変わる。

だからわたしは、八雲とは言わなかった。そう、わたしが結希に伝えたこの子の名は……。

 

 

 気がつくと森のなか。右手に羽根を握り締めたまま、往人は周囲を注意深く見回してみる。

 俺に羽根を手渡した佳乃と和樹が真横に立っていて、その少し後ろに小百合とかいう名の女性がたたずんでいる。

 佳乃の手渡してきた羽根、白穂の記憶。全てを見て、そして全てを理解した。

「往人君……」

 佳乃は白穂の依代とされていた。おそらく、往人が見たものと同じものを佳乃も見ていたはずだ。

 死ねない呪い。魂だけの存在となって、現世に縛りつけられる。それは、空に囚われた神奈備命と同じものではないのだろうか? 

 人形に触れる。念を注ぎ込む。指先が燃えるように熱い……。

やはり同じだ。神奈備命にかけられていたそれと同じ。力の規模こそ違うが、根源は同じものだろう。だとすれば、神奈備命のときと同じ、法術をかけることによって、彼女にかけられた呪いを解くことができる。

 頭のなかで何かが暴れている。どろりとうごめく微かな気配。

 羽根に触れると幻のような空間が、視界いっぱいを埋め尽くしていく。視線の先にあるのは、ほんのりと色づいた銀。その周囲は、なにか不思議な力によって守られているように思えた。

 守られている……いや、内側に閉じこめているだけか。

 銀色のそれはハンドボールほどの大きさの珠。結界に守られているとばかり思っていたが、近づいてみると、驚くほどあっさり珠に触れることができた。

 現世に囚われた、輪廻の輪から外れた魂。死ねない呪い。

 白穂、あの人は俺の母親だ。俺を守るためにあの人は自ら命を絶った。俺のせいであの人は死んだ。俺のせいで、あの人は死ねなくなった。

 白穂を救う術……彼女を空へと返す。それはつまり、自らの手で母親の命を絶てと、そうゆうことなんだろう。呪いを解くためとはいえ、救うためとはいえ……。

(抵抗を感じる?)

 いつの間にか、耳元でささやく声があった。

「当たり前だろ、どこの世界に喜んで母親を殺すようなやつがいる」

(あら、あなたの母親は湖葉一人ではなかったのかしら)

「………」

 不可思議な声の主が誰かはわかっていた。だからこそ往人は、答えを言いあぐねていた。

「本当に……いいのか?」

 下からすくい上げるようにして、銀珠を右手で包みこむ。まだ少し指先が震えている。

(ええ、お願い)

「…わかった」

 震えが止まる。右手に強く力をこめると、珠は音もなく四散する。

 耳元でささやいていたような白穂の、母の声はいつの間にか聞こえなくなっていた。

 佳乃が力なく、ひざをぐらっと揺らして地面に崩れ落ちていく。呼吸さえしていない。気を失っているようだった。隣にいた和樹は、慌てて佳乃の背中に手を回して身体を支える。

「大丈夫だ。白穂の意識が抜け落ちて意識が朦朧としているせいで、身体に力が入らないだけだろう。少し経てば、また、目を覚ます」

「白穂の意識が抜け落ちた?」

 状況がよくわかっていないようで、和樹は困惑気味に、そうたずねた。

「ああ。白穂は空に帰れた。終わったよ」

 踵をかえし、往人は気持ちを切り替える。

 紗衣は乾いた土の上に、両足を広げて座りこんでいた。それはまるで壊れた玩具のようで、焦点の定まらない二つの瞳は、ここではないどこか……虚空の中を彷徨っているように思えた。

 神奈備命の封印は解かれた。行き場を失った彼女の魂は、そのまままっすぐに観鈴の元へと飛んでいってしまったのだろう。封印が解かれた瞬間から紗衣はずっとこんな調子、まるで死んでしまったように、一言の言葉すら放つことはなかった。

「なあ紗衣。おまえは以前、幸せを探しているといっていたな。おまえは、幸せだったのか? 翼人としての使命を全うする。そうすればおまえは、幸せになれたのか? 八尾比丘尼や神奈備命、彼らは人間を愛した。たとえそれがつかの間の愛だったとしても、彼らはそのとき幸福を、幸せをかみしめていた。おまえがずっと探してきたものを、彼らは確かにつかんでいたんだ。おまえは知りたかったんだろ。神奈備命の呪いを解いて彼女に聞きたかった。幸せとは、何なのかを……人間とともに生きていくこと、それこそが、本当の幸せなのかを。それを聞きたかった。違うか?」

 虚空を見つめていた瞳に色がともる。言葉が生まれていく。

「そんなこと……」

「うん?」

「そんなことわからないよ。自分が本当は何を望んでいたかなんてわからない。使命とかそうゆうのも関係ない。わたしはただ……」

 始まりはいつだっただろう……。わたしはいつも空を見ていた。閉じ込められた部屋の中で、まん丸のお月さまをずっと見上げていた。

 そしてわたしは部屋を出た。お母さんに会いたかった。

 始まりは、母を探す旅。長い長いあいだ、ずっと旅を続けていった。そしていつの日か気づいた。わたしのお母さんは、もうどこにもいない。

 いや……違う。本当は見つけていたはずだ。お母さんはずっとそばにいた。何も言わずに、ずっと、わたしのことを見守ってくれていた。でもわたしはそれを認めなかった。認めたくなかった。目に見えるものばかりを追い続けた。そして、その先に訪れた未来は……。

 ………。

「往人、囚われていた翼人の魂は解放されたよ。これで、もう神尾観鈴ちゃんが空の夢を見て苦しむことはなくなる。夢は、夢じゃなくなる。本当は、そのはずだった。でもね、神奈備命の魂は、ただ解放されただけ。だから、彼女の魂は本来の拠り所、すなわち、神尾観鈴という少女の元へと帰っていった。これが何を意味するか、往人には理解できるかな?」

「……?」

「ふふ、やっぱりわからないよね。じゃあ、特別に教えてあげるよ。観鈴ちゃんは、これからも夢を見続けるよ。それが、神奈備命の魂と同化した意味。同化した代償。この先どうなるかは、わたしにもわからない。海の水は小さな器に注ぎ込まれた。その先に待ち受けるものは、往人が望んでいたような、幸せな未来なのか、それとも……破滅なのか」

 神奈備命の魂は開放された。けれど、彼女にかけられた呪いの全てが解かれたわけではない。彼女を縛りつけていた足枷が外れたとはいえ、八尾比丘尼から神奈備命に受け継がれた呪いは消えることなく、いまなお、神奈備命の魂を蝕もうとしている。

 観鈴は、そんな神奈の魂を受け入れた。

「観鈴ちゃんがこれを望んでいたかどうかはわからない。でも結末がどうあれ、これがあなたの望んだ道。もう後戻りはできない。正しき道と信じたならば、己の正義を貫きとおせばいい。さ、早くあの町に戻ったら? 観鈴ちゃんが待っているんでしょ」

「お前は、どうする……?」

「ふふんっ、心配でもしてくれてるの? 大丈夫、大丈夫。目的がなくなって、今はこうしてじっとしていたいだけ。しばらくしたらわたしもあの町に戻るよ」

「そうか……」

「さ、もう行ってよ。気持ちの整理がつかなくて、頭の中こんがらがってきちゃったからさ、今は一人になりたいの」

 

 

 京都から海辺の町まで、車でならいくら遅くとも一日二日もあれば着くだろう。封印は解けた。おそらく、あの直後に観鈴は目覚めたのだろう。

 小百合の車のサイドシートに乗せられ、ゆったりとした車の振動に身体を預ける。身体は疲れきっていて、睡眠を欲しているのだろう。けれど脳裏でぶつかり合う二つの考えが邪魔をして、意識が途切れることはない。

「俺がやったことは正しかったのか、ひょっとしたら紗衣の言っていたことのほうが……、とか考えてるんだろ」

 後座席から身を乗りだして和樹が言う。佳乃はまだ意識が回復していないらしく、座席に倒れこんだままだ。

「往人、あんたはやれること全部やったんだろ。それで自分が正しいと思ったことをやった。ならそれでいいじゃないかよ。これ以上ぐだぐだ悩んでてもどうしようもないぜ。信じた道を……って言うだろ」

「考えていても答えは出ない、か。なら俺は、観鈴を信じる。今は、それだけでいい」

 

 

 

 

 神奈備命にかけられた呪いは解かれた。

 それでも、『夏』は終わらない。『夏』はどこまでも続いていく。

 この限りない空のように。『大気』のように。

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あとがき

  次が終わりの章です。