全てはゆっくりと、しかし確実に動き出していた。

 往人や和樹たちが訪れた海辺の町とは違う町。

 翼を持つものを駆る旅のその過去が、少しずつ明らかにされてゆく。

Past 第一幕 夜景

 

 ビルの合間を風がすり抜けていく。数十、数百と立ち並ぶ高層ビルの群れの中を、一筋の風が隙間を縫うように駆け抜けていく。コンクリートとガラスに四方を阻まれた風は、まるで空に囚われているようで、出口を求め悲鳴のような泣き声をあげ吹き荒れていた。

どこかの廃ビルの屋上。壊れた機械や、腐臭を放つごみが捨てられた場所。そこに、一人の男が立っていた。額から右目にかけて走る大きな切り傷が印象的。傷は鋭利な刃物、包丁やナイフよりもっと鋭い刃物で切られたような、そんな感じだった。

 男が地上を見下ろす。ネオンから放たれる灯りが眩しい。真夜中だというのにまるで昼間のような明るさ…。いや、ネオンのせいだけではないだろう。

今宵は満月。月の光の下、暗闇に紛れる全ては浮きぼりにされる。

 男が闇夜に手をかざすと、月光を浴びたそれは鈍く輝きを反射して、赤というより、むしろ青白いと言ったほうがその色を正確に表現しているような、そんな細い血管を浮きのぼらせる。

あいつが見た最後の空も、こんな夜だったのだろうか……。

「あの子のことまた考えてるの? 蓮鹿」

 透き通った声。金網にもたれ掛かるようにして、一人の少女が姿を現す。

「だったら悪いか、紗衣」

 蓮鹿と呼ばれた男が少女の名前を呼ぶ。

「別に。まあ、その気持ちも分かるし」

 紗衣は金網から体を離すと、すっと蓮鹿に体を寄せる。

「ところで、人形を今だれが持っているか分かったよ」

 あまりに抽象的過ぎる言葉。けれど、

「…名前は?」

 この二人にはそれだけで十分らしい。わずかの単語で互いの意思を読みとれる。二人の仲は、それほどまでに親密なものだった。

「へへへ、名前はー」

 もったいぶったように紗衣は言葉をじらす。蓮鹿はそんな姿をじっと見つめながら、続きをしゃべるのをじっと待っていた。

こうやって、無駄にじらして他人の反応を楽しむのは紗衣の悪い癖。こうゆう所は本当に外見どおり子供なのだ。

「……!」

 とたん、空気が震えた。穏やかだった風の波が、荒々しく乱れはじめる。航空機の通過による風の乱れではない。あれはもっと上空を飛行する。だから、こんな低い位置まで風の影響が出てくるはずがない。それにあれは風を切り裂いて進むのであり、こんなふうに、風をかき乱すようなことはしない。

はっとして、慌てて上空を向いた。満月に黒い影が風穴を作りだしている。…いや、違う。

「紗衣!」

 影の真下にいた少女につかみ掛かると、コンクリートの地面に押し飛ばす。直後、紗衣が立っていた部分に轟音が響く。

石のブロックが激突し、近辺がクレーターのように大きくへこむ。

 蓮鹿は紗衣を抱きかかえたまま、屋上を一気に駆け抜ける。状況はよく分からないが、とにかくここに居ると危険なことは間違いない。

唯一の出入り口である鉄扉に手を伸ばそうとすると、瞬間、空気を切り裂く鋭い音。

 異変を感じて腕を引っこめると、ドアノブに金属の何かが勢いよく突き刺さった。よく観察してみるとそれは太い釘。工事現場でよく見かけるようなそれが、ドアノブの鍵穴にぴったりと突き刺さり、ドアを開かないよう完全に固定している。

 どうする……扉を破壊するか……、いや。

一瞬躊躇したのち、即座にしゃがみこむ。頭上のコンクリートの壁に釘が突き刺さったのは、その次の一瞬だった。

偶然ではない。やはり、狙われている。

 …屋上から出ようと鉄扉の前に立てば後ろからぐさり、か。さてどうするか。

蓮鹿が考えをめぐらせていると、その腕に抱きかかえられるようになっていた紗衣が、彼の服の裾をぐいぐいと引っ張る。

「なんだっ」

「ちょっとその辺を走り回ってくれる?」

「そんなことしたらさっきの釘の的になるだけだろうが」

「んー、でもわたしたち今攻撃されてないでしょ」

「………」

 たしかに紗衣の言うとおり、どこからか飛んできていた釘の群れは、いつの間にかぴたりと止んでいた。どういうことか分からないが、とにかくここにいると襲われないのかもしれない。しかし、一つだけ疑問が残る。

「でも、これが相手の罠だったりしたら困るでしょ。じっとしてる所に、上空から釘にぶすっと刺されるのも嬉しくないし」

 その通りだった。わざと抜け道を残しておき、相手がそこに逃げ込んだ所で叩く。相手がそんな風に考えているとすれば、ここにいるのは危険でしかない。

「だから、適当に走りまわって時間を稼いでほしいの。その間にわたしが謎解きするから」

「解けなかったら?」

「その時は蓮鹿が痛い思いするだけでしょ。それとも、わたしの頼みが聞けないっていうの?」

 にやにやと不敵な笑みを浮かべる。

「…覚えとけよ、このガキ」

 言って、蓮鹿は立ちあがる。瞬間、飛び出してきた釘が頬をかする。思っていた以上に狙いは正確のようだ。気を抜けばその瞬間に、頭部の風通しがかなりよくなるだろう。

足を走らせる。通り過ぎた瞬間、その場に釘が突き刺さっているのが音で感じ取れた。少しでも速度を落とせば即、釘の餌食。だが逆を言えば、全速力で走り続ければ当たらない、ともとれる。

 ちらりと紗衣のほうに目をやる。彼女は釘が飛んできている方向をじっと見つめていた。おそらく、相手の位置を把握しようとしているのだろう。分析・観察は紗衣のもっとも得意とする分野だ。

紗衣の言ったとおり、さき程からの攻撃は全て蓮鹿のみに向けられており、金網ごしに遠くを見つめる紗衣には、向こうから何のアクションもない。

 つまり今のところ紗衣の心配をする必要は全くないということ。それよりも問題は……、目の前に壁が迫る。方向転換しようすれば、一瞬動きが停止することになる。おそらくその一瞬を、この相手は見逃さないだろう……。

 覚悟を決め軸足を壁にめりこませ、その足をバネに右に飛ぶ。

 予想通り目の前に釘の群れ。どうやってもかわせそうにない。全身に力をこめ、歯を強くかみ締める。次の一瞬、硬い金属が右肩にめりこむ。半端じゃなく痛い。…今度紗衣に何かおごらせよう。

赤い液体が釘を伝い、地面にぽたぽたと染みを広げていく。

「蓮鹿、左! そのあと右端によって」

 紗衣の叫ぶ声。左から飛んできた二つ目の釘を避けると、そこから一気に右側に走りぬける。だが屋上は狭い。走ったところで、すぐに金網のフェンスに阻まれる。

「おい、紗衣。で、そのあとどうすりゃいい」

「どうもしなくていいよ。そこならもう飛んでこないから」

「なにっ?」

 紗衣の言うとおり、釘は先ほどと同じく飛んでくる気配が完全に止んでいた。

「…どうゆうことだ?」

 不思議そうに首を傾げる蓮鹿に、紗衣が走りよっていく。

「釘は屋上の入口から見て、正面の方向からのみ飛んできていた。って、ことはつまり」

 紗衣は向かい側のビルを指さす。電気が全く点灯していないところを見ると、あそこもこのビル同様、誰も使用していない廃ビルなのだろう。

「あのビルからこの場所は完全な死角になっているの。釘は全て直線的に飛んできていたから、釘そのものに誘導性能はない。だからどう釘を飛ばしても当たらない位置に移動すれば問題ないわけ」

「ふむ。で、何でこいつは俺たちを殺そうとしてると思う?」

「そこが分かんないんだよね。わたしも蓮鹿も人に恨まれるようなことはたぶんしてないし、第一わたしたちを知っている人なんて誰かいたっけ?」

「単なる愉快犯の仕業かもな」

 蓮鹿は肩に突き刺さった釘を引っこ抜くと、それを地上に向かって投げ捨てる。傷口からは心臓の鼓動に合わせ、びゅっびゅっとリズミカルに血が吹きでていた。

「その傷、やっぱ痛む?」

「ああ、死ねないとは言っても痛みはする」

 吹きでるが生みだした生暖かい血溜りを眺めながら、紗衣は苦々しく唇を噛みしめる。

「…ごめん。こんなことに巻き込んじゃって」

「いいさ、元々俺が望んだことだ」

 釘は引き抜いたものの、骨盤を貫通したそれは身体に激痛をもたらす。

 正直、とても我慢できるような痛みではない。それでも、蓮鹿は笑っていた。辛くはない。身体の痛みなど、時がたてば消えていくのだから。心の痛みに比べれば……身体の痛みなど、傷の内にも入らない。

 夜風が二人の背中をすっと吹き抜けていく。地上二十メートルの高さ。夏の夜とはいえ、ここまでの高さになるとかなり冷えこむ。

 冷たい夜。儚い、夜。

空に囚われた翼人のことを思えば、守ることも助けることもできなかったあいつらの事を思えば、こんな痛みも苦しみも何でもなかった。

「…そうか」

「ん、蓮鹿どうしたの?」

「俺たちのことを知っていて、なおかつ殺そうとするような奴がいる。思い出した。あいつだ。間違いない」

「んっと、誰?」

「漸治。だ」

 

 

 向かいのビルで走り回っていた影が見えなくなると、漸治は握っていた釘を全て地面に投げ捨てた。そのうちばれると思ってはいたが、予想以上に敵の頭の回転は速いようだ。

「…追いついた……蓮鹿」

 それは十七年前、全てを奪ったもの。

やつは二つのものを求めていた。古ぼけた人形と『翼人伝』と呼ばれる書物。ともに先祖が残したものだ。

 だが、結局あのときは両方とも奪われることはなかった。やつが来たときにはすでに人形は持ち出されていたのだし、書物のほうは常に漸次自身が持ち歩いていたのだから、当然の話ではあるが。

 …翼人伝。そこに画かれているのは絵空事のような内容である。

 翼を持つもの。翼人と書いて、『よくじん』と読む。

 遠い昔、そんな人たちがこの国にはいたらしい。背中に真っ白な翼を持ち、空を自由に駆け回ることができた。まあ、昔話の絵本にでもありそうな話だ。ただ問題なのは、この翼人ということについて書かれている本が、あらゆる歴史に関するものを含めてもこれ一冊しかないということ。

それがなぜなのかは分からないが、少なくとも翼人の伝承が一般に広まることなく、国崎という家系のみに伝わっていたのは、そのような経緯があったからであろう。

和樹の教わった、翼持つものの伝承。それもまたこの本に画かれていたことだった。

なぜ蓮鹿が翼人の存在を知っているのかはわからない。そして、なぜこの本を欲しているのかも……。けれど、今更そんなことはどうでもよかった。

蓮鹿たちをおびき寄せる餌になる。漸治にとって、翼人伝とはそれだけの存在に過ぎないのだから。

そして、近寄ってきたところで……。

 銃弾をアタッシュケースから取りだす。銃弾のみだ。拳銃は必要ない。

法術によって浮かせた鉛球を空中で固定。指で弾の背面を少しずつ叩いていき、エネルギーを蓄積。先ほど釘を飛ばしたときと同じ原理だ。あとは相手の姿が見えた瞬間に固定を解除すれば、銃声のならない便利な殺傷弾のできあがり。これを三十ほど用意する。

 こちらの死角に立ったとしても関係ない。どのみち、屋上から出るには鉄扉を開いて階段に降りるしかないのだ。だから、いずれ必ず姿を現す。問題はこちらの集中力が持続するかどうかのみ。

 呼吸を落ち着かせ、ゆっくりと息を吐いていく。いい調子だ。これなら二、三日は力が尽きることはない。狙いは頭部、一撃で確実にしとめる。準備完了、いつでも来い。

 銃弾を触れる指先に、自然に力がこもる。

 よみがえるのは、あの日の記憶。

抱きかかえた腕の中。黒く生暖かい液体を垂れながし、床を赤に染めていく。濡れた腕は暖かくほてり、腕の中の女性はどんどん冷たくなっていく。

あいつの目的が何なのかは分からない。ひょっとしたら、奴のやっていることは正しいことなのかもしれない。それでも、俺には奴を殺すだけの正当な理由がある。だから、それで十分だった。

ドンッ。

 突如空に鳴り響く轟音。驚いて見上げると、大空に金色の花が咲いていた。火薬で詰めよった大きな花。花火だった。

 そういえば、毎年この季節になるとこの町は花火大会をやるんだったな。いまごろは、和樹もこの景色を見ているころだろう。

蓮鹿がこの町にいると知って、漸治はすぐに和樹を隣町に向かわせた。むろんその町に、小百合や美凪がいることなど知る由もない。ただ、自分が人を殺すところを見せたくなかっただけだ。

 パンッ。

 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。少しして鋭い痛みを肩に覚えて、ゆっくりとそこに触れる。指先に血糊がかえってくる。

瞬間的に空を見上げると、風に乗って火薬の匂いが鼻をさす。花火の火薬ではない、人殺しの道具から出る火薬の匂いだ。

「へ〜た〜く〜そ〜。気づかれたじゃない」

「馬鹿いうな、ただでさえ的が小さいってのに、こうふらふらされて当たったほうがすごいんだよ」

 花火の音に紛れて男女の話し声。

 漸治はその光景に思わず目を疑った。彼の眼前には、背中から翼を生やした一人の幼い少女が、体格二メートルはあろう大男を抱え、空を浮遊する光景が広がっていた。

 あえて例えるなら、パラグライダーに近いかもしれない。翼を羽ばたかせることなく、左右にのらりくらり旋回しながら、ゆっくりとこちらに近づいてきている。

 漸治は慌てて銃弾を持ちだすと、それに狙いをつけようとする。

「…!」

 少女が抱えていた男の姿が、いつの間にか消滅していた。瞬間、上から何か落下音。慌て後ろに飛びのくと、次の瞬間先ほどの大男が目の前に落下。

 地に足が着くと同時に、拳が漸治の顔めがけて飛んでくる。避ける。

 すかさず男の二つ目の拳が接近。だが、遅い。

わき腹に一発殴りこんでやろうと拳を握りしめると、気配を察知したのか男はすばやく後ろに跳躍。

「やっぱりお前か、漸治。あんなまわりくどいことしなくても、お前とならいつでも遊んでやるよ」

「…そうか。なら遊んでくれ」

 腰に提げたバタフライナイフを引きぬくと、漸治は一気に接近。蓮鹿の足元にもぐりこみ、そこから一気に刃を持つ腕を振りあげる。

 ぱらっと蓮鹿の前髪が宙を舞う。…浅い、そう思った瞬間、腹に強い衝撃を覚え後方に吹き飛ばされる。カウンターに蹴りを入れられたらしい。

「げほっ……答えろ蓮鹿! 歴史から存在を抹消されたはずの翼人、それをなぜお前たちは知っている!?」

 胸元から喉にむけて一気に駆けあがってくるむせ返るような感覚に、なんどか咳をこぼしながら言う。

「さあ、どうしてだろうな。なら逆に聞くが、お前はなぜ翼人を知っているんだ? それだっておかしな話だろ」

「…聞くだけ無駄だったか」

跳躍。銀色の牙が、蓮鹿の腕を眼前に捕らえる。力を込め一気に押しこむ。

グィンと何かに衝突する音。腕の感触ではない、何か硬い金属に触れたような、そんな感じだった。慌てナイフを握りなおすと、もう一度切りかかる。

 グィンッ。

 先ほどと同じ感覚。金属と金属が触れ合う音。

「楽しいな。やっぱりお前はよく似ているよ」

 日本刀、蓮鹿の腕にはいつの間にかそれが握られていた。先ほどからの金属音の正体は、どうやらそれのようだった。

「…似ている?」

 腰につけた針を掴み、刀を携えるその手に飛ばす。まずはあの凶器を取りあげるのが最優先だ。

「そうだ。よく似ている。顔つき、性格、まるで生まれ変わりのようにな」

 蓮鹿は目の前まで迫っていた針を右に飛び跳ね手早くかわす。

「…誰に」

 再び数十の針を掴むと、漸治はそれを蓮鹿に向け飛ばす。飛び跳ねた後、地面に降り立った瞬間を狙う。今度はかわすのは不可能。

「親友にだ」

 刀を振り上げると、全ての針は刃になぎ払われる。刀を鞘に収め、蓮鹿は重心を前に倒す。抜刀術の構え。漫画やアニメでよくあるようなそれだ。

銃刀法がなされ、竹刀剣術が主流になった現代であるにも関わらず、蓮鹿の構えは完全な刀による結界を作りだしていた。

「ほんの一日二日の付き合い。会話も数えるほどしかない。だがいい奴だった。

馬鹿正直で、俺がやつの言ったことを自己満足だとけなしても、それでも自分の誓いを崩そうとしない。それを見て、俺はこいつだけは信じられると思っていた。そう思っていたのに……」

「苦戦してるね」

 ふわふわと羽音がして、少女が蓮鹿の横に降り立つ。異様な光景だ。七、八歳程度の子どもが、蓮鹿に対してずいぶんと親しげに話しかけている。

それもまるで、古くからの友人のように……。

そんなことを考えていた一瞬のうちに、いつの間にか少女の背から生えていた翼のようなものは、後も残さず綺麗になくなっていた。

「始めましてかな、漸治さん。紗衣といいます。以後、お見知りおきを」

 そう言って少女が会釈する。その妙な律儀さが、逆に少女の奇妙さを増幅させていた。

「さて、時間もないしそろそろ無駄話は終わりにするか」

 刀を構える。蓮鹿の視線の先には、肩からどくどくと赤い液体を垂れ流す男。

 ざくっ。

 刹那だった。蓮鹿が言葉を放ち、刀が漸治を切り裂き、その場に赤い染みを広げる物体が出来上がるまで。

「…?」

 切り裂いた本人、蓮鹿は不思議そうに自分の手に握る太刀と倒れた男とを見比べる。おかしい、あまりに手ごたえがなさすぎる。

 …振り向く。いつもどおり、紗衣の笑顔がそこにある。

「お前、何かしなかったか?」

「うん、何のこと?」

 とぼけた口調。こうなってしまえば、何を聞いても適当なことしか答えなくなる。紗衣との長い付きあいで、蓮鹿はそれを理解していた。

「…まあ、いいさ」

 太刀を鞘に仕舞いこむと、ごろりと地べたに転がっている男の懐をごそごそと探る。一冊の本。蓮鹿はそれを紗衣に手渡すと、服にべっとりとついた血糊をふきとっていく。

「そういえば、人形の持ち主が見つかったと言っていたな」

「あ、そうそう。忘れるところだった」

「名前は?」

「うんとね、国崎往人。今いる場所は隣町だからすぐいけるよ」

「そうか。なら、行くか」

「漸治さんは?」

「タフだから死にはしないだろ」

「いいの? 生きてればこの人、絶対私たちを追ってくるよ」

「それでいいんだよ。俺はまだまだ殺し合いを楽しみたいんだから、むしろ追ってきてくれないと困る」

「本当はためらってるんじゃないの。この漸治って人が、昔の親友によく似てるから」

「…関係ないな。それにあいつは守るべき君主、翼人を殺した男だ。どうしてそんな奴に似てるってだけで、ためらう必要がある? くだらないことを言ってないで、とっとと行くぞ」

「はいはい」

 二人は夜景の中へと消えていく。空に囚われし者の解放へ向け。

 

 

 

 

あとがき

 今までとはかなり異なった話になったpast編第一幕。時間軸で言えばprologueの第九幕あたり。この後蓮鹿と紗衣はfeatherの第七幕のとおり、神社で佳乃や聖に出会うことになっていくわけです。

 pastのテーマは文字通り過去なので、ストーリー的にはほとんど前に進みません。そのかわり今まで謎だった部分が明かされていく、という感じでしょうか。




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