我が子よ、よくお聞きなさい。

これからあなたに話すことはとても大切なこと。

親から子へ、子から孫へ。

絶え間なく続いていく、長い長い、旅のお話なのですよ。

平成12年(2000)初夏

プシュー、ガタッ

バスの扉が閉まる音がなり響き、まもなく赤い色をしたその巨体が走り出していく。しばらくして、その姿が見えなくなったころ、排気の臭いが漂うバス停に立っていた青年をセミの大群の声が襲う。息を吸うと、潮の匂いが鼻をつく。

目の前に広がるのは、見知らぬ田舎の風景。

青年の名は。大道芸人であった。

金がなくなり、海岸沿いの道路でバスから下ろされたのである。

それは青年自身分かっていたことではあるが、改めて考えてみるとなんとも情けない話だ。

視線を前に向けると、地平線の彼方まで灰色の地面が延々と続いている。

今日中にどこかの街にたどりつけるかさえ怪しい。思わずため息が出る。    

だが、結局この道を進むしかない。覚悟を決めて一歩を踏み出す。

「よし、行くか」

空を見上げる。

視界をさえぎるものは何もない。

目の前に広がるのは、一面の青。

まるで、バスの中で見ていた夢の続きを見ているようだ。

『長い長い、旅のお話なのですよ』

ふと、夢の中で聞いた言葉を思い出しさらに顎を上に上げる。

どこまでも高みを見ようと、どこまでも高みを目指そうと。

陽光が揺らいだ。あまりのまぶしさに思わず目を閉じる。

そのとき、風が吹いた。とても強い風。

驚いて、あわてて瞳を開く。

真っ青な空を、鳥たちが羽ばたいていく。

翼を大きく広げ、一心に大空を。

「この空の果てには、何があるんだろうな」

青年は歩き出す。その少女が待つ、その大気の下を…。

 Dream 第一幕 海辺の町

「…ここは?」

周りに手を触れると、熱されたコンクリートの火傷しそうな感触が返ってきた。

体を起こすと、目の前には小さな公園が広がっている。

「眠っていたのか」

暑さでもうろうとしていたのか、どうやってここまで来たのかほとんど覚えていない。ただ、どこかで腰を落ち着かせた記憶だけが、おぼろげながら残っていた。

意識がはっきりしてくると、自分の座っていた場所が堤防だったことに気づく。海から吹き込んでくる風が強く、とても涼しい。

「さて、これからどうするか」

腹は減っているが、いま俺がいるこの見知らぬ街はどんな場所なのだろう。そういえば、今晩宿泊する場所もまだ決めていない。

問題は山積みだった。だがいずれにしろ。

「金がないのは致命的か……」

結局その問題にたどり着く。追いはぎでもするか…?

「うーん」

ちょうど手ごろな獲物の声がした。それも真横で。

「………」

その姿に、思わず息を呑む。

大空に広げた左右の腕は鳥の翼のようで、まるで空を飛んでいるような。少女のその姿に、さっきまでの悪意は一瞬に吹き飛ばされた。

「うんっ」

こちらに向きなおると、にっこりと笑う。

何がなんだか分からなくて、つい釣られて顔を緩ませる。

「こんにちはっ。どうしたんです?こんな場所で」

「………」

かかわると面倒そうなので黙っておくことにした。

グーッ。

代わりに腹が返事をした。体は正直だ。

「おなか減ってるんですか? ちょっと待っててください」

堤防から飛び降りると、目の前を通り過ぎていく。

学生…そこの学校の子か。制服も着ていたし、まず間違いないだろう。

しばらくすると、緑のちいさな袋と紙パックを持って戻ってきた。

「これ、よかったらどうぞ」

緑色の袋を手渡される。開いてみると、中身は弁当箱だった。

「くれるなら遠慮なくもらうぞ」

「どうぞどうぞ」

少女が笑顔で言う。何を考えているのかよく分からないが、とりあえずもらえるものはもらっておくことにする。

がつがつがつがつがつがつ。

むさぼるように弁当を平らげていく。

「ジュースもいります?」

持っていた紙パックの一つを手渡される。頷いて受け取ると、容器についていたストローを上から差し込む。

ずずずずっ。

得体の知れない何かが喉を流れていく音。

「ぶっ!」

思わず吐き出す。

「なんだこれはっ!」

ラベルを確認する。

『ドロリ濃厚 ピーチ味』

紙パックをさかさまにひっくり返すと、桃色の塊がストローからゆっくりと音を立てて地面に飲み込まれていく。ジュースとさっき彼女が言っていたのは、俺の聞き間違いだろうか?

「わわわっ」

さかさまにした紙パックを少女が慌てて掴み、俺のやろうとしていた行動を止めに入る。

「どうしてそんなことするかなぁ……」

涙目で訴える。

「からかってないか、俺のこと」

「そんなことありませんよ」

彼女のジュースのラベルを見ると同じ名前が表記されている。

「おいしいんですよ、これ」

彼女の手には、俺から奪い取ったのを含めて二つの紙パック。

「いらないならわたしが二つとも飲みますね。あとから欲しいって言ってもあげないですよ」

「ああ、そうしてくれ」

再び弁当に食らいつく。

「ふぅ」

ようやく弁当を食べ終わる。少しだけ飲み物がほしい、そんな風に考えていると、少女がにこっと笑って片手に持っていた紙パックを差し出してきた。受け取ってさかさまにすると、再び少女にやめさせられる。

「じゃ、行こ」

ようやくジュースを飲み終えた少女が言う。

「どこに」

「浜辺にいこっ」

「どうして」

「遊びたいから」

「はぁ…?」

「子供たちが遊んでたんですよ。そこで。そしたら、あなたがやってきて浜辺を見てて、それからすぐに、堤防で眠り始めたでしょ。暇みたいだったから、一緒に遊びたいなぁと思って」

「悪いけど、忙しいんだ」

腹は満たされたが、金がないことに変わりはなかった。

「でも、お弁当食べましたよね」

「………」

「わたしもお腹すいてたのになー、みーんな誰かが食べちゃったなー」

そうゆう魂胆だったらしい。うまい話には裏がある。一つ利口になった。

「分かった。おまえの弁当をほいほい食べた俺が馬鹿だった。で、遊ぶって何をするんだ?」

「砂浜で遊ぶの。かけっこしたり、水の掛け合いしたり」

「まんまガキの遊びだな」

何を考えているのかよく分からない。

「そして最後に、また明日ってお別れするの」

「それって、友達じゃないか」

「そう。友達。私たち、友達」

「違う、あったばかりだ」

「でも、友達」

…どうしろってんだ。このままこいつのペースに巻き込まれていると、さらに無茶なことを言われるかもしれないが……ん、そうだ。

慌ててズボンのポケットに手を突っ込むと、中から人形を取り出す。

「いいか。特別に見せてやるから、浜辺で遊ぶのは諦めておとなしく帰れよ」

人形を地面に置く。

「どうするんです?」

突然の展開に、少女は人形に目を奪われているようだった。

「とっておきだ」

にやりと笑い人形に手をかざす。

「………」

念じる。

ひょこ、人形が立ち上がり、まるで意思を持ったかのように歩き始める。

「すごい、これどうやって動かしてるんですか」

「種も仕掛けもない。『法術』で動かしている」

「ほうじゅつ? なんです、それ」

「魔法みたいなもんだ。手をかざしたものをこうやって自由に動かせる」

人形に飛べっ、と命じる。それに応えるように人形が大きくジャンプする。空中を大きく跳ね、弧を画くように地面におりたつ。

パチパチパチパチ

少女は思わず拍手する。

「すごいすごい、本当に魔法みたい」

「じゃあな」

人形をズボンにしまうとその場を後にしようとする。これ以上わけのわからないのに関わるのはごめんだ。

「待って」

呼び止められる。

「なんだ、まだなにかあるのか」

「あの、何か手伝えることってないですか? すごいもの見せてもらったお礼がしたいんです」

「これは弁当の礼だ。だからお礼をしてもらう必要はない。じゃあな」

「待って」

また呼び止められる。

「なんだ、まだ何かあるのか」

「今日泊まるところとか決まってるんですか」

「いや、決めていないけど、それがどうかしたのか?」

「なら、うちに来ませんか」

「はぁ…?」

「うちにこればまたご飯食べれますし、寝るところも困らないですよ」

「家族はどうするんだ」

「お母さん帰ってくるの遅いから、帰ってくる前にご飯食べて私の部屋でこっそり寝れば大丈夫ですよ。鍵もあるし」

「…おまえ、名前は」

「うん? ですけど」

「観鈴、お前制服なんて着ているってことは、高校生ぐらいだろ。それで、お前から見て俺はいくつくらいに見える」

「んーよく分からないですけど、たぶん二十歳くらいだと思います」

「だろ、そんな男女が二人きりで一つ屋根の下で寝るわけだ。何がいいたいかわかるな」

「遅くまでトランプして遊べますね。にはは」

…この観鈴という名前の少女、本当に何を考えているのだろう。あまりに的外れすぎる返事に、言い返す気分も失せる。まぁどんな考えがあるにせよ、泊まる場所を提供してくれるというのだから、行為に甘えるのも悪くないかもしれない。

「それじゃ行きましょう。ええっと」

「往人だ。国崎往人」

 自分の名前を声に出して言うのも、ずいぶん久しぶりな気がした。

「」

表札に書かれていた名前を読む。

「神尾っていうのか」

「うん、神尾観鈴。観鈴って呼んでほしい」

「神尾じゃいやか?」

「いやってわけじゃないけど、観鈴がいい」

そう言って玄関をくぐる。

中に入ると、ふわっと古木の匂いが香ってきた。

柱に手をなぞらせると、木目にひび割れがいくつも入っていることに気づく。ずいぶん年季の入った家のようだ。「その辺でくつろいでいて」そう言われるがまま居間に座ると、いつの間にか観鈴の姿は台所に消えていた。

部屋の中を見回すとテレビを見つける。いまどきダイヤル式のテレビ……。

改めてここは田舎なのだと認識させられる。

「ところで、往人さんはご飯何が好き?」

 台所から観鈴が顔を覗かせる。

「ラーメンセット、ついでに今は水もほしい」

喉もからからだった。

「にはは、水とラーメンねー」

嬉しそうに台所に消えていく。

特にやることもなく、退屈に時間が過ぎていくのを待つ。

軽く部屋を見回してみると、今時珍しい形の黒電話が置いてあることに気づいた。が、特にかけるような知り合いもいないのでじっとしておくことにした。

ちゅん。

突然何かの鳴き声が耳に届く。

「何だ?」

声の持ち主を求めて縁側に目をやる。

ちゅん。ちゅちゅん。

見ると、縁側には二羽のすずめが地面に寄り添うように羽根を休ませていた。家宅にまで鳥が入ってくるあたり、さすが田舎町という感じ。

「ほら、こいこい」

立ち上がり縁側の前まで近づいていくと、そっと手を差し出す。すずめが不思議そうな顔をしてこちらを向いた。やはり用心しているようでなかなか近づいてこない。痺れを切らして強引にすずめに向けて右手を近づけてみる。

ちゅん!

その瞬間、怯えたような声で二羽のすずめは空に飛び立ってしまう。

「なんだよ、逃げることないだろ」

「往人さんの人相が悪いからだよ」

いつの間に来ていたのだろう、横から観鈴が顔をのぞかせる。

「俺は善人面のコンテストで優勝したこともあるんだぞ」

「わっ、すごい。でも善人面ってことは善人じゃないんだよね」

「…で、今度はどうしたんだ」

痛いところを突かれたので話題を切り替えてみる。

「ん、まだ早いかもしれないけど、ご飯の準備ができたから往人さんを呼びにきたの。だけど、まだお腹すいてないかなぁ」

時計は五時を過ぎたあたりをさしている。確かに食事にはまだ少し早い時間ではあるが、

「お前が腹減ってるなら、俺は多少早めでもかまわないけど」

「にはは、じゃ支度するねー」

観鈴はパタパタと台所にかけていく。俺もそれに続く。

机の上には湯気をあげる美味そうなラーメンが二つ。観鈴が食器をあわただしく準備している。それにならって適当に戸棚を開く。もちろんどこに何があるかなんてまったくわからない。ほとんどカンだ。

ようかんを見つける。ラーメンには合わないので戸棚を閉める。

せんべいを見つける。ラーメンには合わないので……(以下略

「ご飯の準備できたよー」

結局何もできなくて、がっくりとしながら食卓に腰を落ち着ける。

ラーメンをすする。意外とうまい。こういうのもなんだが、この娘の作る料理がまともだとは思ってなかったので正直驚いた。

「二人でご飯、二人でご飯♪」

嬉しそうに笑っている。

「いつもは一人なのか?」

「うん。うちお父さんいないし、お母さんもいつも帰り遅いから」

「そうか、親父さんいないのか。悪いな、嫌なこと聞いちまって」

「にはは、大丈夫気にしてないよ。ところで、往人さんは旅人さんだからやっぱりご飯とか一人で食べるのかなぁ」

「小さいときに母親が蒸発したからな。それからは一人だ」

「蒸発?」

「どっかに消えたんだよ。それはもう煙のように。そのせいで、俺は一夜にして捨て子ってわけだ。ま、それでも人形繰りの芸のおかげで食いつないでこれたけどな」

「大変だねー」

「いいさ、もうこの生活にも慣れた」

「………」

「………」

ラーメンに箸を伸ばす。

「なんか暗い話になったな。そういえばお前の母親ってどんな人なんだ」

嫌な空気が流れ始めたので、話題を変える。

「酒癖は悪いけどいい人だよ」

「他に何か特徴はないか? それだけだといまいちよく分からないな」

「あとね、声が大きくてすっごい豪快。照れ屋さんなところもあるけど、根はすっごくいい人なんだよ」

「いい人ねぇ……」

味噌汁をすする。

「それから、往人さんもいい人」

「そりゃどうも」

満足げな笑みを浮かべる観鈴を見ながら、適当に相槌を打ってやった。

 日が沈む。セミの鳴き声はいつの間にか聞こえなくなり、暗闇の空間を静寂が包み込んでいく。いつの間にか夜になっていた。

そろそろこの家から抜け出す時間かもしれない。観鈴は泊まっていってと言っていたが、もし母親と偶然出会うなんてことになれば、面倒なことになるのは目に見えていた。

年頃の娘と俺みたいな男の組み合わせ。どうなるかはおおよそ予想がつく。

だから、俺は荷物をまとめると玄関まで歩いていった。

「ん、どこかに出かけるんですか」

運悪く観鈴に出くわす。

「ああ、ちょっとな」

「いつごろ戻ってきます?」

「いや、もう戻ってこない」

とたん彼女の表情が弱々しくなり泊まっていくように呼び止められる。

「別に野宿でも俺はかまわないんだよ。それよりもお前の母親に見つかってお前との関係を説明することのほうが、俺にとってはよっぽど嫌なんだ。面倒だしな。それじゃありが――」

ガシャァァン!!

突然、巨大な轟音が鳴り響く。

のどかな田舎の夜をぶち壊すには十分すぎるくらいの音。

「わ、お母さんバイクで納屋に突っ込んだみたい」

「…それは、交通事故っていうんじゃないか」

「でもよくあることだから気にしない」

日常的に事故が起こるらしい。すごい町だな。

「ただいまや♪」

陽気そうな声とともに玄関のドアが開くと女が入ってくる。顔が赤い。どうやらそうとう酔っているようだ。目が合う。少し驚いたような顔をしたが、すぐに元に戻る。

「観鈴、これ何や」

玩具でも拾ってきたような言い草だ。

「国崎往人さん。旅人さんなの」

「ふぅん。それで、その国崎さんが何でうちの家の玄関におるんや」

「あ、そうそう。それでお母さんに頼みがあるの。往人さん今日泊まるところないからうちに泊めてあげてもいいでしょ」

…母親には内緒で泊めるという話はどこにいったんだろう。

「却下」

「わっ、ひどい」

「却下や、却下。こんなわけわからん奴、泊められるわけあらへん。第一あんた、観鈴とどうゆう関係や」

女の目つきが鷹のように鋭く変わる。

「関係なんて対したものじゃない。こいつに今日一日付き合わされただけだ。あんたが来る前に帰るつもりだった」

「ふん、そうか。ま、肝は座っとるようやな。そのへんは嫌いやないわ」

「そりゃどうも。じゃあな」

「あ、ちょっとまち。あんた、まさか野宿する気か」

「ああ、仕方ないだろ。金もないしこの町に知り合いがいるわけでもない」

「知り合い? いるやないか」

「どこに?」

「目の前」

「………」

「ほれっ」

 女が投げてきたのは銀色の小さな鍵だった。

「納屋の鍵や。よかったら使いや」

納屋の中は狭かった。あの女が乗ってきたバイク、工具、キャンプ用具一式、大量のダンボールが散らばっている。

月明かりのおかげで納屋の中はそれほど暗くはない。沼地のような湿気を除けばわりと快適かもしれない。

泊めないと言っていたのに、どうして納屋を貸してくれたのかは明日聞くとして、今日はさっさと寝てしまうことにしよう。

「わたし、観鈴―」

戸が開く。いつの間にか彼女はパジャマに着替えていた。

部屋の中は、二人はいれば窮屈な狭さ。

「寝られる?」

「囚人にでもなった気分だな」

「お母さん、酒癖悪いんだよ。飲まなかったらいい人なんだけど、ごめんね」

「それはそうと……。な、どうしてそこまで俺につくそうとするんだ?」

それは、昼間のうちからずっと疑問に感じていたことだった。俺は本当にこいつを知らない。もちろん、こいつも俺のことなど知るはずがない。単なる気まぐれなら母親に反抗してまで俺を泊まらせようとはしないと思う。

「友達だから、にはは」

「あったばかりだ」

「でも友達。あたしと、往人さんは友達」

たぶんこれ以上聞いてみても同じことしか言わないだろう。だから、そのことについてもう何も聞かないことにした。

「にしても、豪快なやつだな。あんな母親なかなかいないぞ」

「うん、わたしもそう思う」

「ところで、なんで納屋とはいえ、俺なんかを泊めようって気になったんだ?お前何か聞いてないか」

「気まぐれだと思うよ。お母さんいつも適当なだけ」

「嫌いか?」

「そんなことないよ、しゃべりかたとか大好き」

「まあ、確かにあのしゃべりかたには気圧されものがあるな」

「そう。だから、考え方もしゃべりかたと一緒ですごく強引。軟弱な人とか大嫌い。その点、往人さんなら大丈夫。体大きいし、腕太いし、目つき怖いし」

「目つきは余計だ」

「でも、目つきの悪い人は優しい人だって」

毛布をかぶると観鈴から顔を背ける。

「誰から聞いたんだ、そんなこと」

「わたし思う」

「だろーな。目つきの悪い奴は目が悪い奴か本当に悪いやつのどっちかだ。これは俺の持論だ」

「そうかなー、そんなことないと思うんだけど」

「そろそろ寝る」

俺が目をつむってもよほど話を終わらせたくないのか、しばらくぶつぶつと観鈴の小声が聞こえていた。けれど、その声もやがて聞こえなくなり、静かな闇が訪れる。

それにしても……長い一日だった。

堤防で目覚めたらいつの間にか変な奴に絡まれて、飯をもらって、気づいたらそいつの家の納屋でこうして寝ようとしてるわけだ。

右手を天井に向かって突き出す。薄く目を開けると、そこに描かれた螺旋状の真っ黒な痣が視界に入る。

「この空の果て、どこなんだろうな、そこは」

電気は消してあるのに、月明かりのおかげで納屋の中はまだまだ明るい。

『そう友達。私たち、友達』

「っち、なんだっていうんだ。あいつは」

はき捨てるようにつぶやく。

 友達…考えてみれば、俺にそんな人間はいただろうか。

旅を終えれば、そんな人を作るような時間も出来るかもしれないが……。

「俺の旅に、終わりは来るのか?」

 夏の夜。始まりを告げる開幕ベルは、静かにその鐘を鳴らし始める








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