むかしむかし。ひとりぼっちの女の子がいました。

女の子の背中には、まっしろな羽根がありました。

だから、どこへでも飛んでいけました。

Prologue 鳥の詩

女の子は、海の上を飛びました。

すると、魚たちが話しかけてきました。

「羽根があるって、いいなぁ」

 尾ひれをぱたぱたさせて、魚たちは跳ねまわります。

「誰にもらったの? どこに行けばもらえるの?」

「ええと…」

 困ってしまった女の子は、来た方を指さして言いました。

「あっちの方」

「あっちだって」

「あっちだ。行こう」

 魚たちはみんな、陸地にむかって泳いでいきました。

 女の子は飛びつづけました。海をわたり、山を飛び越えました。

 背のたかい木や草が、見わたすかぎり続いています。

 大きな恐竜がやってきて、女の子に言いました。

「ここでいちばん偉いのは俺だぞ。おまえなんかひと飲みにしてやる」

 恐竜はぱくりと食いつこうとしました。女の子は逃げまわります。

 恐竜は首をぶんぶん振りまわして、女の子をつかまえようとします。

 とうとう足がもつれ、どしんと倒れてしまいました。

 すごい地ひびきがして、土けむりがもうもうと立ちのぼりました。

 お日さまがかくれ、雨が降りだしました。

雨は降りつづきました。

びしょびしょになりながら、女の子は飛び続けました。

雨があがりました。

地面は水びたしで、生きものはどこにも見あたりません。

女の子は、お日さまにむかって飛びました。

日ざしはとても強く、黒こげになってしまいそうでした。

一羽のカラスがやってきました。

女の子はびっくりしました。

こんなにまっくろな鳥を見たのは、はじめてだったのです。

「あなたの羽根はまっくろね」

「きみの羽根はしろくてきれいだね」

「ありがとう」

「きみみたいな羽根、ぼくもほしいな」

 女の子は、自分の羽根をカラスにわけてあげました。

 カラスはよろこんで、女の子に聞きました。

「きみはひとりぼっちなの?」

「うん」

「おかあさんは?」

「おかあさんって、なに?」

「ぼくもあんまり覚えてないけど、やさしくて、ふわふわしてるものだよ」

「ふーん」

 カラスも女の子も、おかあさんのことを思い描いてみました。

 すると、とってもふわふわした気持ちになりました。

「わたし、おかあさんに会ってみたいな」

「きみのおかあさんを見つけたら、かならずおしえてあげるよ」

 白い羽根をくわえたカラスは、ゆっくりと降りていきました。

 やがて水がひき、陸地があらわれました。

 女の子は飛びつづけて、陸地にさしかかりました。日が暮れていきます。

 砂の中にだれかが倒れています。

 ぼろぼろの服をきたひげもじゃの男が、死んだように眠っていました。

 女の子は降りたって、つついてみました。

 男が目を覚ましました。

 口をあんぐりと開けたまま、女の子の羽根を見つめています。

「あなたは神の御使いですか?」

「カミってなんのこと?」

「天におわすお方のことです」

 男はそう答えました。

「わたしは故郷を追われ、安住の地を求めてさまよっておりました」

 男の言葉はむずかしすぎて、女の子にはよくわかりません。

「どうか、わたしにこの土地をお与えください。子や孫に祝福をお与えください」

 女の子は、だんだん恐ろしくなってきました。

「地面は、だれのものでもないから」

 それだけ言って、空に舞いあがりました。

 ひげもじゃの男はよろこんで、何度もお礼を言いました。

 こうして、砂漠に町ができました。

 砂漠をこえると、朝になりました。

 女の子は飛びつづけました。

 あたたかくておだやかな海の中に、たくさんの島がありました。

 女の子は、ふしぎなものを見つけました。

 羽根をひろげた女の人が、ちいさな家の庭に立っているのです。

「あれがわたしのおかあさんかしら」

 女の子は地面に降りました。

「こんにちわ」

 女の子が話しかけても、ぴくりとも動きません。

 羽根のある女の人は、石でできていたのです。

 女の子がこまっていると、知らない男の子が話しかけてきました。

「それはまだつくりかけだよ」

「あなたはだれ?」

「俺は大工だよ。島で一番の腕ききなんだ」

 女の子の羽根を見て、男の子は言いました。

「もしかしたら、きみは女神さまかい?」

「メガミさまって、なんのこと?」

「この像のことだよ」

「ふーん」

 女の子と男の子は、楽しくおしゃべりをしました。

 気づいた時には、日が暮れかけていました。

「わたし、おかあさんをさがしにいかなくちゃ」

 女の子は空に舞いあがりました。

 ひとりになった男の子は、また像を彫りはじめました。

 できあがった女神は、羽根のある女の子にそっくりでした。

 町の広場に据えつけると、気持ちのいい風が吹きました。

 女の子は、夜通し飛びつづけました。

 どこまでも草原が続いています。

 女の子はまた、ふしぎなものを見つけました。

 石を高く積みあげた壁が、丘をうねうねと走っています。

 ぱたぱたぱた。

 にぎやかな音がして、なにかがやってきました。

 やせっぽっちの男の子が、かわった形の羽根をいそがしく動かして、

 空を飛んでいました。

 女の子を見ると、男の子は言いました。

「きみの羽根は、ずいぶんとよくできているね」

「あなたの羽根は、とってもへんてこね」

「僕がつくった羽根ばたき機械だよ」

 男の子は自慢げに答えました。

「皇帝陛下にご覧に入れたら、きっとお喜びになる」

 ぱたぱたぱた。

 男の子の羽根ばたき機械は、お城のほうに降りていきました。

 お城の人たちはみな、大さわぎをしています。

 やがて、女の子のところまで煙がたなびいてきました」

「おまえはこの機械でみだりに空を飛び、わが長城に石をふらせるつもりであろう」

 ひげもじゃの皇帝はそう言って、羽ばたき機械を焼いてしまったのです。

 女の子は飛びつづけました。

 煙はますます濃くなって、息が苦しくなりました。

 草原のそこかしこに、火の手があがっています。

 たくさんの人が二手にわかれて、争っています。

 刀をふりまわし、うめき声をあげ、ぱたぱたと倒れていきます。

 恐ろしさにふるえながら、女の子は飛びつづけました。

日が落ちました。

やがて、町につきました。

どこか様子が変です。

町は壁にかこまれていて、通りにはだれも歩いてません。

「だれかいませんか。わたしのおかあさんを知りませんか」

女の子が呼びかけると、いくつかの窓が開きました。

「見ろ、羽根があるぞ!」

「悪魔だ。悪魔が現れたぞ」

 町の人たちは、女の子を見るなり言いました。

「アクマって、なんのこと?」

「悪魔には羽根があるんだ」

 女の子にはなんのことだかわかりません。

「悪魔は町から出ていけ!」

町の人たちはそう言って、女の子にものを投げつけました。

女の子がよけようとすると、つむじ風が巻きおこりました。

町の人たちはあわてふためき、窓をぴたりと閉ざしてしまいました。

しかたなく、女の子は町をはなれました。

 暗い海をわたり、女の子は飛びつづけました。

 女の子は疲れはてていました。

「わたしのおかあさんは、どこにもいないのかしら」

 女の子はかなしくなったけれど、飛ぶことはやめませんでした。

夜が明けました。  

ゆく手にまた、町がありました。

町の人たちはみんなやさしそうで、女の子を見ると言いました。

「天使さま、天使さま」

「テンシって、なんのこと?」

「天使さまには羽根があるのです」

 女の子には、やっぱりなんのことだかわかりません。

「どうか降りてきてください。わたしたちを導いてください」

 あんまり熱心に頼むので、女の子は答えました。

「ええと、一日ぐらいなら」

 女の子は地面に降りました。

 町の人たちは、それはそれはよろこびました。

 町でいちばん大きな家に、女の子を招きいれました。

 きれいな着物をたくさんくれました。

 たべきれないほどのごちそうで、もてなしてくれました。

 女の子はすぐに、お腹いっぱいになってしまいました。

 もらった着物も、きれいだけど重すぎます。

 これでは上手に飛べません。

「わたし、もういかないと」

 女の子がそう言っても、町の人たちは承知してくれません。

「天使さまがおられなければ、わたしたちは幸せになれません」

「シアワセって、なんのこと?」

 女の子が訊ねても、誰も教えてくれません。

 とうとう町の人たちは、女の子を部屋にとじこめてしまいました。

Another AIR

むかしむかし。

ひとりぼっちの女の子がいました。

 女の子の背中には、まっしろな羽根がありました。

 それなのに、どこにも飛べません。

 閉じ込められた部屋の窓から、女の子は空を見つめました。

 まんまるの月が、ぽっかりと浮かんでいました。

 ぽろり。

 女の子の目から、涙がこぼれました。

 きれいな服もごちそうも、ほしくありません。

 女の子はただ、おかあさんに会いたかっただけなのです。








作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。