残された時間はどれ程だろうか。時計などで測っていたわけではないが、少ないことには変わりがない。



そして、敵はどれだけ送り込まれているのか。こちらは大体の見当すらついていない。



だから、駆ける。ただただ速く、この身を奴等を葬る剣と化して。



血にまみれその輝きを失い、刃こぼれしようとも剣は鞘に納まることはない。



限界がくるその時まで。



それこそがこの身の存在理由なのだから――――――











SorrowBrade第四話「Sudden Escape」―後編―












はやての言った通り、フェイトもラダムと交戦していた。


光の刃でできた鎌で敵を切り裂き、時折隙を突いて無数の金色の槍を生み出し、飛ばす。


―――速い。はやても決して遅くはなかったが、回避と攻撃を両立できる程ではなかった。


戦い方を見た限りでは彼女は広域殲滅型という印象を受けた。


そのため、威力や範囲は広いがその分発動までに時間がかかる上にその間は動きがとれない。


はやては前衛を他の者に任せ、後衛で魔法を完成させるというのが本来のスタイルだろう。


もしくは長距離砲撃といったところだろう。先程の戦い方は明らかにそれとは真逆にあるものだった。


対してフェイトのそれは明らかに高速戦闘に特化している。


テッカマンが本気を出した時のスピードには届かないが、それでも相当なものだ。


そういう意味では、あの少女と自分は似ているのかもしれない。


自分の戦い方は彼女のように綺麗なものではないが。


はやての時と違い、ここにはそれほどラダム獣の姿はなかった。


そして、その全てがフェイトに群がるようにして集まっているためこちらに気づいているものはいない。


彼女を囮にするような形になるが、今ならば同時に二匹仕留める事ができる。


光の槍の直撃を喰らい動きの鈍った内の二体に狙いをつけ、ランサーを投げる。


獲物を刃が貫くと同時に移動しつつランサーを回収する。ラダムとフェイト、両者の注意がこちらへ向く。


が、少女の方は自分が敵の注意から逸れたこの機会を逃さずに攻める。


彼女の持つ杖の一部がシリンダーの様に回転し、数回弾丸を撃ち出すように動いた。


それと同時にその形状が変化し、刃のない剣といった姿になる。


間髪おかずにそこから先程の光の槍と同じ金色の刀身が形成されていく。その大きさは、彼女のような子供が持つには


あまりに不釣合いなほど巨大なものだ。


が、彼女はそれを軽々と振り回して敵を屠っていく。あの刀身も魔法によってできているのなら、重さはあまり


関係がないのかもしれない。


(……本当に非常識な力だな、あれは)


人という範疇を超えたテッカマンでさえある程度は物理的法則に縛られているというのに、魔法という存在はその比ではない。


自分の知る常識や法則の遥か外にある。だが、だからこそ核すら防ぐテッカマンの外殻にも傷をつけることが出来るのだろう。


敵となれば厄介だろうが、味方でいる間は頼もしいものであるかもしれない。


それでも、テッカマン同士の全力での戦いに割って入れるほどではないだろうが。


呆れ半分頼もしさ半分といったところだが、当然呆けていたわけではない。


光の刃が届かない位置にいるラダム獣を片っ端から切り伏せていく。


ふと、フェイトの背後から襲い掛かろうと牙をむくラダムが目に入った。


彼女も気づいていないわけはないだろうが、眼前にまとわりついてくる敵をはらうので精一杯で後ろにまで


手が回らないようだった。


軽く舌打ちしつつ、全速力で彼女に向かって疾駆する。間に合うかどうかは賭けだ。


牙がフェイトを捕えるのが先か、自分がラダムに追いつくのが先か……。一秒にも満たない筈なのに、やけに時間が長い。


(とどけ……!!)


その願いが天に通じたのか、刹那の差で牙が少女の身体を噛み砕くよりも前に刃が標的を真っ二つにする。


どうにか間に合った。いもしない神に少しは感謝してもいいとそんなどうでもいいことが頭に浮かぶ。


「大丈夫か?」


一応確認の意味も兼ねてフェイトに尋ねる。見た限りでは大きな傷はない。


「あ、はい。……ありがとうございます」


「気にするな。まずはこいつらを片付ける。いけるか?」


よく見ると細かい傷が身体のいたる所にある。やはり、無傷でとはいかなかったようだ。


それでも、一人であれだけやれれば大したものだが。


「はい。魔力はあまり残ってませんけど、この位ならなんとかなります」


ここに残っているラダムは僅かだ。二人で分ければ負担も軽い。


そして―これが最も重要なことだが―時間短縮にもなる。単純計算で半分ということになる。


現実はそう上手くはいかないだろうが、それでも一分一秒でも短いほうがこちらとしては都合がよい。


「なら……いくぞ!」


その言葉を合図として、背後に迫ってきていたラダム獣を横一文字に切り裂きながら共に後ろへ向き直る。


次の瞬間――――金とエメラルドのような輝きを放つ二つの閃光が紅蓮の炎で紅く染まった戦場を駆け巡った。


その閃光が駆け抜けた道筋にいたもの達は尽くその命を己が身体ごと刈り取られ、痕跡を残すことなく


世界から消滅してゆく。仇などという高尚な考えなどないだろうが、残されたものたちがお返しといわんばかりに


その牙を、鎌の如き爪を突きたてようと群がる。


だが、それはこちらに届くことはなかった。


二人とも何かしたわけではない。新たにこの場に介入してきた者達によってだ。


(!? 味方……か?)


あるものは分割され蛇のように連なった剣に貫かれ、またあるものは巨大な鉄槌によって押しつぶされる。


そうして、残っていたラダム獣はさしたる抵抗も敵わずその者達の手で打ち倒された。


「援護のつもりだったが……お前には不要だったか」


こちら―自分とフェイト―の方を向いて、というより自分を見ながらそんなことを言ってくる。


薄茜色の髪をリボンで束ね、その身に気高さを纏わせたこの女性。見張り役としてここに着くまで傍につかれていたので


名前も知っている。


そしてもう一方、人形が着るような真紅の衣装に身をつつんだ三つ編みの少女。こちらは一度顔を合わせただけだが


その時の印象が強かったので名前も覚えている。出会い方は互いに最悪のものだったが。


「いや……助かった。一応礼を言っておく」


女性は意外そうな表情を浮かべ、少女は不機嫌そうに顔をそむけている。


「敵がまだ残っているかどうかわかるか?」


「どうやら我々が今倒した連中で最後のようだ。他の場所は既に鎮圧し事後処理に移っている」


その言葉に安堵すると同時に思わず口からため息がでた。どうやら間に合ったらしい。


「ふん……フェイトはともかく、こんな奴放っときゃよかったんだ」


「いい加減にしろ、ヴィータ。こんな時にまで言うことではないだろう……すまないな」


大分嫌われたものだ。仕方ないといえば仕方ないが。


「いや、あの時は俺も少し言い過ぎた。ヴィータ、だったか。すまなかったな」


途端、その言葉が予想外のものだったのか名前を呼ばれた少女だけでなく他の二人も呆けたような表情になる。


……自分が素直に謝罪を述べただけなのがそんなに意外なことなのか。


「……何だ。俺は別におかしなことを言ったつもりはないんだが」


「いや…謝罪の言葉が出るとは思っていなかったのでな。気に障ったのならすまない。……ヴィータ」


飽くまでもこちらは悪くないという態度ではあるが、女性に言われて不承不承という様子で


「……悪かった」


とだけ返してきた。心がこもっていない形だけの謝罪ということが誰から見ても明らかである。


今の自分には言えた義理ではないが、多少ひねくれているように思える。


それでも、とりあえず一応の和解は済んだ。この者達とも共同戦線を組むこともありえない話ではない。


ならばわだかまりを残したままというのはあまり良いとはいえない。


懸念というほどのことでもないが、共に戦う者と意思疎通ができない状況では無駄に犠牲が増えるだけだ。


「とりあえず、一旦戻りましょう。これから……」


「キャシャアアアアアアアアアアアアアアア!!」



少女の言葉は、その背後から現れたものの叫びによってかき消された。


どこに隠れていたというのか、気配すら感じさせずにこの距離まで接近されるなど本来ならば考えられないことだ。


(くっ、疲労と油断で注意力が散漫になったか……!)


彼女が振り向いて防御するには間に合わないし、他の二人は位置が離れすぎている。


咄嗟に張られる程度の障壁では簡単に破られる。迎撃できるものは自分以外にいない。


反射的にランサーをラダム獣に向けた瞬間、額にある結晶が明滅し始めた。


(こんな……時に、時間切れか……!)


途端、身体が思うように動かなくなる。結晶の明滅は時間が殆ど残っていないことの証だ。


最悪のタイミングとはこういうことをいうのだろう。間近にいながら、自分は目の前で少女が吹き飛ばされる瞬間を


見ているだけしか出来ない。


(く、そ……!)


次の餌食になるのは、距離と位置から考えて当然自分のはずだ。


テックセットを解除しなければ現状以上の惨事を招くことになるが、解除すればその場で殺されることは明白だ。


僅かにでも距離を稼ごうと試みるが、いかんせんこちらの動きが鈍い分簡単に追いつかれてしまう。


だが、目の前まで迫ってきたところで敵は鞭のような無数の刃に体を絡めとられその動きを強制的に停止させられた。


そして頭上から振り下ろされた巨大な鉄槌によって完膚なきまでに叩き潰される。


その間にその場から全速力で離脱する。確実に安全だといえるだけの距離を稼がなくてはいけない。


フェイトの安否も気になるが、まずはテックセットを解除することが最優先だ。


「はぁ……は……くっ…」


解除すると同時に一気に全身から力が抜ける。立っていることすらままならず、思わず膝をつく。


呼吸も荒く、鎮めようにも思い通りに体が動かない。かろうじて倒れずに済んでいる程度でしかない。


顔を上げることさえ困難な状態の今、まだ近くに敵が潜んでいるのであれば為す術はない。


今までの戦闘による疲労も重なってか、頭が朦朧とし世界が揺らぐ。


意識だけは失うまいと必死に抗うが、耐え難い睡魔に少しずつ飲まれていくことを防ぐことはできなかった。


元々怪我が完治していない状態だった。そんな身体で長時間の戦闘を行って無理が出ないほうがおかしい。


望むと望まざるとに関わらず、意識は闇の中へと沈んでいった。













(…………俺、は……)


気づくと、ベッドに身体を寝かせられていた。腕には点滴用のチューブも付けられている。


薄っすらと眼を開く。眩しいというほどではないが、暗くもない程の光が視界に飛び込んでくる。


半分頭が目覚めきっていないせいか自分がいる場所が何処なのかも判別がつかなかったが、意識が覚醒するにつれて


自らの置かれている状況がおぼろげながら理解できてきた。


おそらくここはあの艦の中の一室だろう。本局とやらに着くまでに宛がわれた部屋とよく似ている。


ということは、あの後局員の誰かに回収されてここで治療を受けたということになるのだろう。


となれば、また次元の狭間にいるのだろうか。


どれほどの時間が経過しているのかは流石に判別がつかない。


この部屋の四方に窓がない為、今が昼か夜かも定かではない。


そもそも、艦が次元の狭間を航行中であればそのような概念は意味を持たないが。


自分の状態をある程度把握できた後に気にかかったのは、金の髪の少女のことだった。


彼女は無事なのだろうか。かなり激しく打ち付けられていたようだったが。


もう少し早く彼女と合流していれば、あの少女は余計な怪我を負うこともなかっただろうに。


どれ程強大な力を得たとしても、これでは意味がない。


(……何を考えているんだ俺は。たとえ誰がどうなろうと奴等を葬ることができればそれでいいはずだ……)


あの艦に乗ってからどうも調子が狂う。あのなのはという少女たちが近くにいる時は特にだ。


(いや、それとも……)


狂っていたものが戻りつつあるのか。―――に似たあの娘と接することで。


まだ皆で笑いあうことができた、幸せだったあの頃の様に――――


かぶりを振る。今すべきは過去を振り返ることではない。それよりも彼女がどうなったのかを確かめなければ。


そう思いベッドから足を下ろした時、扉が開いた。中に入ってきたのは先の戦闘の最後で顔をあわせたシグナムである。


だが、その表情は厳しいものであった。


「目が覚めたようだな」


「ああ……それよりもあの娘―フェイトはどうなんだ? 無事なのか?」


その問いに対して返ってきたのは言葉ではなく彼女の拳であった。


「ぐっ……!」


突然のことに体が反応せず、まともに喰らってしまう。その衝撃は見た目よりも遥かに重く、壁に強く叩きつけられる。


「この一発で勘弁してやる。ありがたく思え」


「っ……どういう、ことだ……」


激しい怒りを秘めた瞳で睨みつけられる。声の調子にそれが出ていない分余計に強くそれが感じられる。


「彼女は……テスタロッサは未だ意識が戻っていない」


「………!」


「あの時に受けた負傷が予想以上に酷く、一時は生死の境をさまよった程だ」


あれで軽い怪我で済むとは思っていなかったが、予想以上だった。いや、失念していたというべきか。


魔法などという不可思議な力があったからこそ生きていられたのだろう。本来なら、何も抵抗できずに


即死していたはずだ。


「お前が動けばこうはならなかったはずだ。だが、お前はそうしなかったばかりかテスタロッサを見捨てるような形で


戦場から逃げ出した」


こちらを睨んだまま、彼女は言葉を続ける。お前の責任だといわんばかりに。


反論などしようもない。事実なのだから。


「どのような理由があったのかは知らんが、私はお前を許すことは出来ん。おそらく、他の者も同じ考えだろう」


「俺は………」


自分があの場から逃げた、そうせざるを得なかった理由を話すべきか……等と一瞬でも考えた自分が


嫌になった。どうあれ、あの少女が自分のせいで苦しんでいることに変わりはない。


「私が言いたいことはそれだけだ。邪魔をしたな」


その一言で会話を打ち切り、背中を見せる。それきり二度と振り返ることもなく、彼女は部屋から出て行った。














どれ程の時間そうしていただろうか、シグナムに殴られて壁に叩きつけられたまま、動くことが出来なかった。


あの後この部屋を訪れるものがいなかったのは幸いだった。誰かが今の自分を見たなら、さぞかし滑稽に思えただろう。


考えがまとまらない。あの時、あのまま戦っていればタイムリミットは確実に過ぎていた。


そして、場合によっては今以上に酷い状況になっていたかもしれない。ならば、自分はどうすればよかったのか。


いくら考えてたところで、答えが出てくる筈などない。それに、もう過ぎたことをどうこういっても意味がないことだ。


とにかく、フェイトの様子を見に行くことにしよう。それさえ許してもらえるかどうかわからないが。


予想はしていたが、部屋を出て治療室に着くまでにすれ違った者全ての自分を見る目には冷たいものが含まれていた。


自分も治療は受けたが、あの時は勢いに任せて飛び出ていったため場所がどこかなど覚えていなかった。


最初に顔をあわせた者に道を尋ねたが、その返答も実にそっけないものであった。


だが、それでも一応道順は教えてもらうことはできた。


扉の前に来たところで中に入るかどうか一瞬躊躇したが、そのまま歩みを進める。


意外なことに、部屋の中には誰もいなかった。ただ静かに眠り続ける一人の少女を除いて。


その身体に巻かれている包帯が痛々しかった。


共通の敵がいたから共闘しただけ。戦いが済めば後はどうなろうが構わないなどとは思えなかった。


「……すまない。俺のせいで……」


ただただ謝罪するだけ。それが無意味だとしても、自分には他にこの少女に出来ることはなかった。


「すまない……」


他に言葉が見つからず、もう一度だけ謝罪の言葉を告げて部屋を出る。


許してくれなどというつもりも資格も、自分にないことくらいわかっていた。


悔やみ、喚いたところで彼女が元に戻るわけではない。ならば自分がしなけれればならないこと、すべきことは一つ。


彼女の分まで自分が戦うこと。そうする以外、自分が彼女に出来ることはない。














その後は何処をどう歩いてきたのか、あまり記憶になかった。


とにかく足の向くままに歩を進め、気づけば椅子と長机が多数並んでいる食堂のようなところに来ていた。


ここからなら艦の外の風景を見ることが出来たが、広がるのはねじれた奇妙な模様だけだ。


月を見上げることが出来るのははこれが最後かもしれないと、夜になるといつも心のどこかで感じていた。


もしも今が夜であったならとも思ったが、昼も夜もここにはない。そもそも、時間の概念すら怪しいのだから。


時折夜空を見上げては思いに耽ることもあった。しかし、ここからでは星どころか空すら見えない。


(最後にみることになる景色がこんな馬鹿げたものかもしれないなんてな……)


嘆いたところで仕方ないことはわかっているが、それでもやりきれないものだ。


「………」


それでも、彼はその景色から目を離すことはしない。というより、その景色の向こうに別のものを見ていた。


おそらく近いうちに再びラダムは攻めてくるだろう。その時にダガーは出てくるのだろうか。


テッカマンダガーとなって襲い掛かってきているのは友人、いや元友人だ。


ラダムを全て滅ぼすためであっても、やはり親しかった者と殺しあうということに慣れることはない。


まして、ラダムの実質的な司令官はほかならぬ彼の――


「Dボゥイさん、どうかしたんですか?」


意識に割り込んできた声に、思考を中断させられる。振り向くと、その声の主は心配そうな目で彼を見ていた。


いつからいたのか、それとも最初からいたが自分が気づかなかっただけなのか。


だが、そんなことはどうでもいいことだった。この少女にまず言わなければならないことがある。


「……すまない。俺のせいで、お前の友人を傷つけてしまった」


他に少女に言うべき言葉が見つからなかった。


彼は本局に連れて行かれるまでの間、フェイトとはやて、そしてこの少女を見ていたが三人とも仲がよいだろうということは


すぐに窺い知れた。恐らく、フェイトのことで最も同様を受けたのはこの娘とはやてであったに違いない。


「えっと…私はその場にいたわけじゃないからよく知らないですけど、フェイトちゃんはきっと大丈夫です。


それに……」


「Dボゥイさんはフェイトちゃんを見捨てたっていうわけやないんやろ?」


「……はやてちゃん?」


なのはの台詞をさえぎるような形で、第三者の合いの手が入る。


部屋の入り口から車椅子に乗ってはやてが二人のそばまで来る。こちらを見る瞳には怒りや憎しみといったものは


感じられない。なのはもそうだが、この少女も彼を責めるという気はないらしい。


本来なら憎まれていてもおかしくはないはずなのに。特に、この二人には。


あの女騎士のような態度をとる方が普通なのだ。なのに、どうしてこうも普通に接することが出来るのだろうか。


「……お前たちは俺を責めないのか。あいつは許さないと言っていたが」


「あいつ? 誰のことや?」


「シグナムだ。ここにくるまでにすれ違った連中も全員そんな様子だったからな。


……だから、お前たちには恨み言を言われても仕方ないと思っていたんだが」


その言葉に二人ともしばらく目を丸くしていたが、顔に微笑を浮かべながら同時に


「「なんでそう思ったん(ですか)?」」


と質問を質問で返してきた。


理由など明白だ。親しい者が傷つけられれば、傷つけた者に対してなんかしらの感情を抱くものだ。


怒りや憎しみ、そういった負の感情を多かれ少なかれ誰しもが持つものではないのか。


だが、この二人は自分を非難するどころかそんなことを思いつきもしなかったというように見える。


「ここの連中に付き合うようになって日は浅いが、フェイトと一番仲がいいのはお前たちだろうということくらい


俺にもわかる。だから、お前たちが俺を恨んでいても不思議じゃない」


そう考えるのが普通のはずだ。しかし、この二人にはそれが当て嵌まらなかったらしい。


なのはからは少し困ったようにDボゥイさんのせいじゃないですからと慰めの言葉をかけられ、はやては


私たちのことそんな心の狭い人間やと思ってたんかと怒ったような表情をこちらに向けている。


「何か理由があったんですよね。じゃなきゃ、そんなことしたりするようなひどい人じゃないですから」


「そうやそうや。それとも、本当にフェイトちゃんを置いて逃げたいうんか?」


言葉ではそう聞いておきながら、そんなことは絶対にないと確信しているのがその表情から伺える。


出会って間もない、どこのものとも知れない自分になぜこれほど信頼を寄せられるのかDボゥイにはわからなかった。


「勿論、そんなつもりはなかった。しかし、結果的にそうなったことには変わりはないんだ。


彼女があれだけの怪我を負うことになった責任は俺にある」


「Dボゥイさん……」


例えフェイト本人から許しを得られたとしても、それで自分を許すようなことは出来ない。


充分だと思えるだけの償いをしなければ、自分の中で納得がいかない。


許しを得たからどうこうというのではなく、これは彼の心の問題である。


余人が口出ししたところでどうにもならないのだ。


「自分でそう決めたんやったら私たちは何も言えへんけど……シグナムのことは勘弁したってな。


他の皆もきっと許してくれるはずやから」


そう言って微笑むはやてとなのはを見て、自分に出来る償いとは何かがおぼろげではあるが見えたような気がした。


自分が出来ること。


それは唯一つ、彼女たちに脅威が及ばぬように戦うこと。


(俺の力が足りなかったばかりに、あいつを守ることが出来なかった……。けれど……)


大切な存在を守れなかった。その悔恨が胸の奥底にあるが故に、せめてこの少女たちと


未だ眠り続ける少女だけでもと心の中で決意を固める。


彼にとって守れなかったものへの贖罪でもあった。どれだけ償っても取り戻せないけれど、だからこそ


今を守るために自分にできることをする。


それは、彼にとって自分と少女達への誓いでもあった。


なぜこんなことを思ったのかは彼自身にもよくわからなかった。あるいは、似ていたからかもしれない。


ともかく、そう決心した以上話しておかなければならないことがある。


「お前達に伝えておきたいことがある。聞いてくれるか」


「はい?」


「なんや?」


次に話すべき言葉を口に出す前に一拍間を置く。


本来なら、このようなことをまだ幼い少女たちに話すべきではないだろう。


いくら聡明であるといってもまだ子供である二人に打ち明けるのは酷な事かもしれない。


しかし、自分から話さなくともいずれは他の者も知るところになるだろう。


そしてその時には自分ではもはやどうすることもできないのだ。


だから、話さなくてはならない。今まで自分が隠してきた事実の一つを。


そう決めたDボゥイの表情を見てその内容の重さを悟ったのか、なのはとはやても真剣な面持ちで次の言葉を待つ。


「俺が人の心を持ったテッカマンとして活動していられるのは三十分の間だけだ。それを一秒でも超えると


テックシステムは暴走し、俺は心を支配されてしまう」


「え……」


「なんやて……」


深刻な内容であるということはなんとなくわかっていたが、彼から告げられた思いもよらない事実に二人は言葉を失った。


「そうなったら、俺は破壊をもたらす悪魔となって二度と…元へは戻れなくなる」


そう淡々と話すDボゥイに、なのはとはやては何を言っていいかわからず黙ったままだ。


「もしそうなった場合、テックシステムに精神を支配される瞬間に俺は攻撃能力を失い無防備な状態になる。その時は……」


一瞬だけ間を置いて、告げる。


「俺を殺してくれ」


「そんな……!?」


「で、出来るわけないやんかそんなこと!!」


なんということだろう。


自分を失ってしまうかもしれない危険すらも覚悟の上で、今まで彼は戦ってきたというのか。


「そ、それじゃあ、フェイトちゃんの時も……!?」


「ああ、限界寸前だったからテックセットを解除しなければならなかったんだ。言い訳にもならないけどな」


自虐的な笑みを浮かべながら話す彼に、驚きと怒りがない交ぜになった表情ではやてがかみつく。


「せやったら、なんでもっとはように話してくれんかったんや!? そうすれば……」


「どうにもならなかっただろう。あの状況では、皆他に手が回る余裕はなかったはずだ」


正論で返されたことにはやては苛立ちを覚えたが、Dボゥイが言ったことは紛れもない事実だ。


むしろ彼が助けに来なければ、眼が覚めないまま眠り続けていたのはフェイトではなく自分だったかもしれない。


なのははと言えば、こちらも掛けるべき言葉が見つからず何も言えずにいた。


自分を殺してくれと言った彼の眼には悲壮なまでの覚悟があった。


戦う度に彼は文字通り自分の全てを賭けてその身を戦場へと投じている。


何故そうまでして彼は戦わなければいけないのか。


その理由を知りたかったが、聞いたところで答えてはもらえないだろう。


彼が自分達だけにでも打ち明けてくれたこと自体、不思議な事なのだ。


せめてもう少し早くに教えていてほしかったとも思うが、だからといって何か対策が打てたわけではないだろう。


最悪、彼が暴走することを恐れてあの結晶を封印していたかもしれない。そうなっていたら、今よりももっと深刻な事態に


なっていただろうということは子供である彼女達にも容易に想像できた。


「もし次の戦闘で三十分を超えるようなことがあれば、誰にでもいい……俺を殺せと伝えてくれ」


それで伝えたかったことは全てなのか、彼はそのまま部屋を出て行った。


「はやてちゃん……私達……」


「どうすればええんや……」


後に残された二人は、自分達が何をすればいいのかわからず途方にくれたままその場に佇んでいた。








後書き


※今回は無駄に長いので、読んでやろうという心の広い方だけお付き合いください。

前回以上にお待たせして大変申し訳ございません。AREXです。

うう……相変わらず原作主役のなのはが目立たない。

今回は前回と違って三分の一が戦闘、残りは地味に進んでますが、テッカマンブレードという作品の性質上どうしても外せない

話であったもので。彼がテッカマンとしての弱点を教えるということは、信頼の現れであると僕は思っています。

でなければあんな秘密を打ち明けて自分を殺してくれなんて言えないでしょうから。で、その鍵を握る役は

原作ではアキ(ブレードにおけるヒロイン)が重傷を負っていましたが、本編ではフェイトにその役を担当していただきました。

そのため、彼女には次回は多分出てきません。出番はあっても多分ほんの少しです。ファンの方には申し訳ないです。

シグナムには少々嫌な役をやらせてしまいましたが、ちゃんと和解しますので。

一応他の守護騎士たちとも、というかザッフィーはともかくシャマルが全く出てきていないのでそろそろ彼女との絡みも

必要かなと思う次第です。

フェイト、シグナム、シャマルの三人が別に嫌いだとか苦手だとかそういうわけじゃないですよ?

むしろ好きなキャラなんですが、フェイトはともかくああいう場面に適しているのは彼女だけかと。

ザフィーラは微妙だし、クロノはそういうキャラじゃないし、ヴィータは明らかに違うなあと考えていった結果、消去法で

彼女に白羽の矢が立った次第です。三期でもティアナに対して一発きついの食らわせてますし。

シャマルは戦闘要員ではないので、絡ませようにも出番が回ってこなかったんですが、医療班であるはずの彼女は今回フェイト

ほったらかして何処にいたのか……全くもって謎です(ぇ

問題は前回に引き続き相変わらずはやての部分ですね。今回は性格どうこうではなくて、戦闘中と普段と髪の色が違うとか

車椅子なのにDボゥイはそこに疑問をもたないのかとか、突っ込みどころ満載です。

一応言い訳染みた説明をさせて頂くと、管理局につくまでに話に来ていた時に理由を説明していたということに

なっています。リィンフォースUに関してはごまかしていますが。

ご都合主義でほんと申し訳ないですが、飽きずに付き合ってやってください。

その辺りのフォローも、できるならいずれしたいと思いますので。

次回はいよいよブレードのベストパートナーペガス君の登場です。まあ顔見せ程度で戦闘シーンはまだ先なんですけどね。

彼に関しては色々と原作とは設定が異なっていますので、そのあたりもご了承いただけるとうれしいです。

多分、戦闘半分日常半分で話が進むと思います。

さて、それでは一応今回も次回予告を。



ラダムとの戦闘用に急遽改造された意思をもつ人型の作業用機械。

彼は来るべきその時まで目覚めの時を待つ。

「元作業用と侮るなかれ! 管理局の技術の粋を尽くして生まれ変わったこの子は必ず役に立つはずよ!」

一方、なのはとはやてが告げられた真実を皆に伝えられないまま、再び迫りくるラダム獣。

テッカマンとなって戦うDボゥイを止めることができず、止む無く自分達も迎撃に出る二人。

だが、無情にも三十分の限界が迫るブレードに彼女達は――

「このままだとDボゥイさんが……!」



次回、SorrowBrade第五話「Trust」



蛇足になりますが、掲示板の方にも書いたようにオーガンのソリッドアーマーのみを本編に登場させようかなと

考えています。

オーガン等デトネイタークラスのものを出してしまうとブレードが食われてしまうので、その最初期の試作型という

形で出そうかなと。今のところは、サイバーテッカマン(仮称)という名前でソルテッカマンの上位機種として

出したいと思ってます。

このことに関しても皆さんの意見を募集中なので、興味がある方は是非。

それでは、今回はこの辺で。感想や誤字脱字の報告などの報告お待ちしています。



作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。