「では、とるに足らぬはずの人間どもが我らラダムに歯向かうだけの力を持つというのか?」


広間とも生物の体内ともとれる空間。その中で一箇所だけ周りと隔離されどれ程の奥行きがあるのかも


わからない闇に、不気味に紅い目のみを光らせてそれは自身に跪く者に言葉を投げかけた。


「はっ……我らに敵うとは到底思えませぬが、少なくとも私の身体に僅かばかりとはいえ


傷をつけたのは事実でございます」


跪く者、それはブレードと戦い、傷を負ったダガーであった。彼は通常兵器は核ですら通用しないテッカマンに


多少なりとも傷を負わせたあの人間達のことを報告する必要があると判断し、憎きブレードから


おめおめと逃げるような形で帰還するという屈辱に耐えながら彼らの指導者に事の顛末を話していたのだ。


「ふむ……我らラダムに敵うものがいるとは到底思えんが、ブレードと手を組まれれば厄介な相手となろう。


この世界の地球を我らラダムのものとすることは容易いことだが、その前に早急に奴を葬り去らねばならん」


「そのことでしたら、私に策がございます。先程の汚名を晴らすためにも、ここは今一度私に


機会をお与え頂きたく存じます」


言葉こそ表面上落ち着いているようにも聞こえるが、その実彼はブレードへの憎悪に滾っていた。


自身が出来損ないのブレードなどよりも優れているということを証明するには奴をこの手で殺すしかないのだ。


(何より、奴に受けた屈辱を晴らさねば私の気が済まん……!)


だが、このお方が他の者に任せるというのならそれに従わなくてはならない。


「いいだろう。まだ他の者達は傷が癒えていない。その策とやらで今度こそブレードを殺すのだ!」


皮肉にも、仲間がまだ傷のため動けないという状況がダガーに復讐の機会を与えることになった。


「はっ! 必ずやブレードの首を持ち帰って見せましょう!」


頭を下げていたために気づかれなかったが、ダガーの顔には狂喜の表情が浮かんでいた。


この手でブレードを殺すことができる。これほどうれしい事はない。


「ではゆけい、ダガーよ!」


「はっ!!」


あれを使えば、奴はただ逃げ回るしか脳のないただの鼠も同じ。


準備に多少の時間がかかってしまうが、確実に奴を葬ることが出来る。一刺しで殺すもなぶり殺しにするもこちらの自由。


待っていろ、ブレード! この私の手によって貴様は死ぬのだ!!











Sorrow Brade 第四話「Sudden Escape」―前編―












ダガーの襲撃から約二日、アースラ――それがこの艦の名前らしい――が時空管理局の本局とやらに着いた。


あれ以降ラダムの襲撃もなく、おかげで充分に身体を休めることが出来た。


どういうわけか、あの三人の少女が自分の部屋に押しかけてきた時は対応に困ったが。


―――に似ている少女達を無碍に追い払うわけにもいかず、どうしたものかと悩んだが杞憂に終わった。


たわいのない話(大半は彼女達が一方的に)をしただけで満足したらしく、とりあえず気分を害させずに済んだ。


(……どうにも調子が狂うな。今の俺には人のつながりなど不要なものだというのに……)


リンディの話では、これから公式の場でラダムの存在について正式な発表を行うとのことだった。


時間になったら誰かを呼びに行かせるので、それまではあてがわれた部屋で大人しくしていろとのことだ。


そこで改めて自分に先日話したことを説明してくれということだが、あまり期待は出来ない。


どのような組織であれ、大概上層部というものは一個人の意見など耳にも貸さないものだ。その最たるものが


軍隊だろう。実際自分の世界では、連中は自分達こそが絶対だなどと驕り高ぶってこちらの言うことなど


まるで聞き入れなかった。


挙句ラダムに攻め込まれた時、自らの命が惜しいがために勝利のための尊い犠牲と称して民間人を巻き込んで奴らに


核を撃ち込んだ。ほんの些細な、そんなことでは何も変わらなかったかもしれないことかもしれない。


しかし、もし連中が自分の言うことに少しでもまともに耳を傾けてくれたのなら、未来は変わっていたのかもしれない。


今更悔やむようなことではないことは充分にわかっているつもりだが、感情は理屈では抑えられないものらしい。


やり場のない怒りが込み上げて、同時にどうしようもないほどのやるせなさに満たされる。


どれほどそうしていただろうか。備え付けのベッドに腰掛けて項垂れていると、扉が開く音がした。


顔を上げると、クロノがここの局員だろう制服を着た二人の男を連れ立って部屋の入り口に立っていた。


「そろそろ時間だ。僕について来てくれ」


声には出さず、立ち上がることで返事を返す。どうでもいいことだが、先日から気になっていたことがある。


最初に顔を合わせた時には疑問に(というかそこまで判断材料がなかったが)感じることはなかったが、クロノの


着ている服は他の局員とは異なっていた。リンディが着ていたものも他の者と違うといえば違ったが、それでも全体的な


意匠は同じものだった。だが、彼のそれはどう贔屓目に見ても似ている部分は見出せなかった。


目的地に着くまで多少の時間があるので、一応聞いておくことにする。


「そういえば、あんたの服は他の連中のものと違うな。あんたもここの局員とやらなんだろう?」


「この服か? これは防護服だよ。執務官はその役柄上、通常の局員に比べて単独での戦闘も多いからな。


といっても、執務官全員がこの格好をしているわけじゃないが」


執務官、知らない言葉のオンパレードだと思いながらも聞き返したりはしない。馬鹿の一つ覚えみたいに何度も


繰り返すというのが癪に障るということもあるが、別にそれ以上追及する気が起きなかっただけだ。


それに、何となく想像もつく。大方警察で言うところのキャリア組のようなものだろう。


少し違うかもしれないが、勝手にそう思っておくことにする。自分から深入りしたところで意味がない。


用件が済めば、今の関係がどう変化するかなどわかってはいない。


艦の連中は違うようだが、組織の全員が全員こちらの言い分を信用することなど常識から考えてありえないことだ。


それどころか、以前は研究対象にされかかった嫌な記憶もある。


それにしても、随分と広い場所だ。


艦を出てから優に十分は経つかとも思われたが、クロノ達はまだ歩みを止める様子はない。


脳裏に軽く不安がよぎる。


これだけ広ければ、奴らが忍び込むのは簡単だ。そして、それに反比例して見つけ出すには困難を要するだろう。


そうなれば、意味もなく多くの犠牲が出ることになる。


ここの連中が信用できるかどうかだけでなく、無駄な被害を増やさないためにもここを離れたほうがいいのかもしれない。


もし奴らが魔法という力に危険を感じ、それを潰す為に動きだしているのならばもう手遅れなのかもしれないが。
















長い間物思いに耽っていたらしく、気づけば巨大な扉の前にまで来ていた。


「ここか?」


「ああ。この先で管理局のトップ、それに匹敵する方々が君が来るのを待っているんだ。


敬語を使えとまでは言わないが、あまり失礼のないようにしてもらいたい」


当然そのつもりだ。こちらは意味のない喧嘩を売りに来たわけではないのだ。


「心配しなくても最初から暴れたりはしない。そっちのお偉方の出方次第ではわからないけどな」


強制的に拘束しようとすれば、全力で抵抗させてもらうつもりだ。


幸い、クリスタルはこちらの手元にある。


故意になのか、それとも忘れただけなのかはわからないがこれは押収されなかったのだ。


後者ならばひどく間抜けな話だが、あの艦の雰囲気から考えて恐らく前者だろう。


良くも悪くも人が良いという印象だった。でなければ艦内にいたとはいえ少女だけで自分の部屋に


行かせたりはしない筈だ。


単に暴れられるのが面倒だと思っているとも考えられるが。


何にせよテックセットするのは最悪のケースの時だけだ。徒にテッカマンになって体力を消耗するのは得策とは言えない。


「じゃあ扉を開けるぞ」


その大きさとは裏腹に、静かにその扉は開いた。そして、その先には上の階級に配給されるのだろう制服に身を包んだ


者達が一斉にこちらを向いていた。


「クロノ・ハラウオン執務官であります。情報提供者の方をお連れしました」


「ご苦労だった。では、始めようか」


クロノの敬礼に、自分達から見て真正面の位置に座っている老人が労いの言葉をかけ、開始の音頭をとる。


温厚そうな男ではあるが、それを額面通りに受け取ってよいものかどうかはわかりかねた。


「私はアレス・ホーキンス。時空管理局提督を務めている。まあ、この場での司会か進行役と思ってもらえればよい。


後、敬語は無理に使わんでも結構だ」


なんというか、かなり砕けた印象を受ける。このような人物に進行をまかせていいのか疑問に思う。


クロノに目で大丈夫なのかと訴えると


(こういう人なんだ)


と苦笑しながら頷いていた。問題はないようだが、それでも不安は拭えない。


「色々と聞きたいことはあるが、まずは君の名前を教えてはもらえないだろうか」


またかと思う。リンディ達から話が通っていないのだろうか。


「そこにいる艦長から聞いたかどうか知らないが、俺のことは名無しなりなんなり好きに呼べばいい。


俺の名前など今はどうでもいいだろう」


「貴様ァ!! 提督に向かって何という口の利き方を……!」


アレスという老人よりも若い中年の男が激昂してこちらに怒鳴りつけてくるが、別に知ったことではない。


「よい。ならば、報告にあった通りDボゥイ君と呼ばせてもらうが……構わんかな?」


「好きにしろ。それで、もう報告は届いているんだろう? 俺が知っていることはあの艦の中で全て話した。


これ以上何が聞きたいんだ?」


このような組織ならば、当然既に上層部にも報告が伝わっているはずだ。何を聞かれたとしても既に話したことを


もう一度繰り返すことになるだけではないか。


突然老人の目つきが鋭くなった。それだけで好々爺然とした印象が提督のそれへと変わる。


やはり、ただの温厚な老人ではないらしい、相応の修羅場を潜り抜けてきた者から発せられる威圧感が


意識しなくとも感じられる。


「回りくどいのはあまり好かんのでな、単刀直入に聞こう。君がそのラダムという者達の回し者でないという


証拠はあるかな?」


「……何が言いたい?」


「君が提供してくれた情報に確かに矛盾はない。だが、君もテッカマンという存在なのだろう? ならば、その可能性も


我々は考慮しなければならんのでな」


アレスの言っていることに間違いはない。むしろ正しい。突如現れた素性の知れない者のいうことをはいそうですかと


鵜呑みにするような者が上に立っているのなら、そんな組織はじき崩壊する。


信用しろというほうが無理な話ではある。


「もしそうなら、既にここは壊滅している。あんた達の魔法とやらがどれ程のものかは知らないが、仮に俺がそうだとしたら


今頃この辺りは火の海になっている。どちらにしろ、奴らが本気で攻めてくればひとたまりもないぞ」


「しかし、現状では我々はラダムという生命体の組織としての規模がどれ程のものか把握しかねている。


安易に結論を出すわけにはいかん」


……このままでは確実に話は平行線だ。やはり、管理局というのも軍と同じということだろうか。


落胆し、ため息をつきかけたその時、轟音と共に世界が揺れた。


(これは…………!!)


「どうした!? 状況を報告しろ!!」


『と、突如出現した未確認生命体が本局に向けて攻撃を……!』


一体何がと考えるまでもない。奴らが攻めてきたのだ。やはり魔法という存在を脅威に感じたか。


後ろに振り返ると同時に扉に向かって全速力で走り出す。


「どうしたんだ!?」


返事をする手間も惜しいが、振り返らず駆けたまま後ろに答えを返す。


「奴らだ! ラダムがここに攻撃を仕掛けてきたんだ!」


途端、背後で元々大きかったどよめきが更に大きくなったのが聞こえるががそんなものに構ってはいられない。


懐からクリスタルを取り出す。周囲に人がいるが、自分がテッカマンだとすでに知られているのだから


気にする必要もない。そうでなくても、ラダムが現れた以上自分が取る行動はただ一つ。



「テックセッタァァアアアアアアア!!」




テックセットし終わると同時に跳ぶ。壁を突き破るが、どの道ここは戦場となる。


この程度の破損ならば後からいくらでも修理が利くが、失われた人の命は取り戻せない。


この程度の物的損害は目を瞑ってもらう。そのかわり――――――


(誰も殺させはしない……!)


三つめの壁を突き破ったところで外に出る。周囲を見渡さずともラダム獣がそこかしこで暴れまわっているのが


目に入る。魔法という力のおかげか死人は出ていないようだが、それがいつまでも続くとは限らない。


物質変換装置からランサーを作り出し、連結させずに近い位置にいた二匹のラダム獣に投擲する。


自らに向かって突き進む槍に気づき一方は避け他方は足で払おうとするが、それをさせるほど槍の跳ぶ速度は


遅くはない。槍が両者ともラダム獣の身体を貫く。


ワイヤーでそれを回収した直後、その二体は爆散する。


そのまま二刀流に構え、今にも局員と思われる壮年の男に襲い掛かろうとしていた一体に肉薄する。


「はあああああああああああ!!」


振り向かせる間すら与えず一刀両断する。


ラダム獣の背後から斬ったためか、そのまま男と目が合った。


その顔には彼が見慣れたただ蹂躙されることへの恐怖と絶望はなく、戦士としての覚悟が窺えた。


だが、その身体は既に満身創痍だ。次に襲われればこの男は確実に死ぬ。


「動けるか?」


「ああ、何とかな。助かったと礼を言いたいところだが……あんた一体何者だ?」


「……俺はブレード、テッカマンブレードだ。早くこの場から離れろ、奴らは俺が叩き潰す」


それで納得したかどうかはわからないが、自身の状態を正確把握しているのだろう。男は素直に頷くと本局の


建物に向かって歩き出した。


あの男にはすまないが、そうそう長い間彼一人に構ってはいられない。まだ敵は大勢残っているのだから。
















「テッカマンブレード、か……。偶に本局にきてみりゃあえらいもんに出くわしちまったもんだ」


皮肉気に呟くが、男の顔には笑みが浮かんでいた。


「やれやれ、奴さんにゃ命っつうでっけえ借りが出来ちまったな。にしてもあいつの目は……」


彼の勘が告げていた。目を合わせたときに理屈ではなく身体が反応した。


二三言葉を交わしただけだが、あれは戦士だ。しかも相当な修羅場を潜り抜けてきた者の目だった。


「この礼はいつか必ずさせてもらうぜ、ブレードさんよ」


また会えることを楽しみにしつつ、彼は戦場となっている場所とは正反対の位置にある建物へと向かった。
















「てぇや!!」


切り裂く。もう数えることすら億劫になるほどのラダム獣を切り伏せたが、その数はまだまだ多い。


「くそっ! キリがない!」


思わず毒づく。ボルテッカを使えば簡単にけりがつくが、敵がここにいるだけで全てとは限らない。


「キシャアアアアアアアアアアアア!」


「!? しまった!」


一瞬の隙を突かれた。ランサーで応戦しようとするが、このタイミングではあの鎌のような脚を振り下ろす方が


速い……!


「くっ……!」


一撃喰らうのはやむをえないと覚悟したが、振り下ろされる直前にその敵は爆発と共に横へと吹き飛んだ。


「大丈夫ですか!?」


心配そうな表情を浮かべて―――に似た少女がこちらに飛んでくる。確かなのはといったか。


だが返事をしている暇はない。体勢を直してこちらに襲い掛かろうとするラダム獣にむざむざその時間を与えるような


馬鹿な真似は出来ない。


即座に追撃をかけ、ランサーの一突きで止めを刺す。


息絶えたことを確認してから少女の方に向き直る。


「助かった、礼を言う」


「あ……いえ」


まさか礼を言われるとは思っていなかったのだろう、少し虚を突かれたように返事を返してくる。


「お前達の魔法は効果はあるみたいだが、奴らを倒すまでの力はないのか?」


「牽制にはなるが、正直な所我々では決定打に欠けるな。Aランク程度の魔導師では数人かかってようやく


一体倒すのが関の山といったところだ」


背後から声が掛かる。男の声だが、聞き覚えがない。


「あんたは?」


見たことのない顔だ。あのアースラにはこのような人物はいなかったように思う。


「我は主はやての守護騎士。今はそれで充分だろう」


はやて、あの六枚の羽を生やした服を着ていた少女か。守護騎士とは何なのかいまいちわからないが、とりあえず


この男はそれなりの使い手なのだということはわかる。……ややこしくなるので犬の耳が付いていることは触れないでおく。


「Aランクというのがどれ程のものかはわからないが、その口ぶりからするとお前達はそれ以上と考えてもいいんだな」


「はい。……あ、あの」


躊躇いがちにこちらを見つめてくる。


正直な所、この少女の相手は苦手だ。どうしてもあいつを重ねて見てしまう。


「なんだ? 時間がない、早くしろ」


「わ、私達と一緒に……その」


そこで押し黙ってしまう。が、彼女が言わんとしていることはそれだけでも充分に理解できた。


つまり、協力しないかとそういうことだ。互いに敵が同じ相手ならばその方が効率がいいのは確かである。


もっとも、あのシグナムとかいう女ならともかく、この少女がそんなことを考えているかどうかはわからないが。


別に互いに邪魔さえしなければいいと断ろうかと思ったが、こちらの返事を待っている彼女の目には期待と不安に満ちている。


別に無視したところで問題はないだろう。しかし、少女を通して見える面影に邪魔されてそれが出来ない。


(ちっ、どうにもやりにくい……)


ここで拒絶の意思を見せれば、少なからず少女は傷つく。それがブレーキになってしまっている。


時間がないといったのは自分だ。こんなところでおしゃべりにかまけている暇はない。


今回は相手に合わせてやることにする。


「わかった。協力すればいいんだろう?」


一瞬驚いたかと思えばすぐに満面の笑顔を浮かべる。さっきからまるで百面相を見ているようだ。


「いいんですか!?」


「いいも何も、その方が効率がいい。時間がない、俺は劣勢に追い込まれている部分に行く。案内してくれ」


「はい! こっちです!」


先程までの笑顔はなりをひそめ、真剣な顔つきになる。先導するために、先に少女が飛び立つ。


「あんたはこの辺りの負傷者の救助を頼む。無理はするなよ」


「了解した。………」


そう返事をしておきながら、男は動かずにこちらを見ている。なんだというのか。


「何だ?」


「いや……後でまた会おう」


飛び去っていく。結局何が言いたかったのか。


だがそんなことのかまけている余裕はない。まだ敵は残っている。


少女の後を追って自分も空へと飛ぶ。しばらくすると、前方に火の手が激しく上っているところが見えた。


「あれか?」


「はい。念話でたくさんの人が呼んでるのが聞こえましたから、きっとあそこです」


念話、おそらく魔導師同士での精神の感応による意思の疎通のようなものか。テッカマン同士の呼びかけに近いものだろう。


「俺はラダムを叩く。そっちは……」


そこまでしゃべったところでむこうが無理矢理割り込んで


「なのは、高町なのはです」


と名乗ってきた。どうやら名前で呼べということらしい。


有無を言わさぬ雰囲気が漂ってくる。意外と頑固なのかもしれない。


厄介なことだと軽くため息をつく。面倒だが、そうでなければ納得しないというのなら仕方あるまい。


「……なのはは周囲の負傷者の救助を頼む。それが済み次第そのまま戦闘に加わってくれ。


どうやらなのはは奴らと戦える数少ない戦力みたいだからな」


「はい!」


笑顔で頷いて、恐らく念話とやらが聞こえてきたのだろう迷うことなく飛び去っていく。


自分はラダム獣を倒すのが仕事だ。奴らは図体がでかい分探すのには苦労しない。


獲物を弄ぶようにラダム獣が振り下ろす鎌を、バリアのようなもので必死に防いでいる女性局員の姿があった。


あれではあの障壁が破られるのは時間の問題だ。両者ともこちらにはまだ気づいていない。


それを利用して、ラダムの背後に回り込みランサーを投げつける。弱者をいたぶることに夢中になっていた敵は


身体を貫かれたことに気づくこともなく爆散した。


「安全な場所まで早く後退しろ! これ以上ここにいれば死ぬぞ!」


目の前で起きていることに頭がついていかないのか、女性は未だ警戒の表情を浮かべていた。


しかし、構っている時間はないのでそれだけ告げて次の相手を探してその場から飛び去る。


飛び上がった瞬間、次の目標が視界に入る。一人の少女が多数の飛行型のラダムを相手に苦戦しているのが見えた。


その背中には六枚の黒い羽がある。あれははやてだ。あの特徴的な格好をしている者はここに来てからも彼女しか


見ていないので間違いはない。


「はああああああああああ!!」


その只中に突っ込みながら、はやてのいる場所に辿り着くまでにすれ違ったラダム獣達を切り伏せていく。


不意を突かれたためか、ろくな抵抗もないまま彼女のところまで行くことが出来た。


「邪魔だ!!」


自分が通り過ぎた直後、奴らの紫色の体液が文字通り血しぶきとなって空に舞う。


それを見て思い出したかのように絶叫を上げながら連鎖的に爆発が起こる。


後ろを確かめる暇もなく、はやてと背中合わせの状態で敵と向かい合う。


その顔には、自分が助けに来ることがわかっていたかのように笑みが浮かんでいる。


「やっぱり来てくれたんやね」


何がやっぱりなのかは皆目見当も付かないが、そんなことは今はどうでもいいことだ。


まだこの場だけでも十体以上は残っている。この後のことを考えれば、まだボルテッカは使えない。


どうすべきかと悩む前に、自分達の周囲に障壁をはりつつ少女の方から提案が来た。


「少しの間、時間稼いでくれる? そうすればなんとかできると思うから」


「どれくらいだ?」


「二分……ううん、一分もあれば充分や」


守りながら戦うなどということはもうないと思っていたが……。


一二分。恐らく魔法なのだろうが、その時間を使って何をするのかはわからない。


しかし、それだけあればこの状況を打破できるという確信が彼女の顔には伺える。ならば、それを信じるしかない。


「わかった……頼むぞ」


「大丈夫や。そのかわり……そっちも頼んだで?」


言葉にはせず首肯で返し、障壁の外に飛び出す。当然、自分に向かって敵が群がってくる。


この状況では、一体一体止めを刺すことは出来ない。そんなことをすれば他の敵に隙を狙われる。


それに、ラダムははやても狙ってくるのだ。自分が飛び出した後、障壁を解除すると同時に更に上空へ飛び


何か呪文の詠唱に集中している


彼女は隙だらけであり、自分はそちらへ群がるもの達も相手にしなくてはいけない。


自分への攻撃を避わしながら、無防備な少女に牙を向く二体のラダム獣の爪をランサーを分割して受け止める。


「くぅっ……まだか!?」


そろそろ時間だ。こちらとしても、これ以上ラダムの攻撃を耐え続けるのは厳しいものがある。



「アーテム・デス・アイゼス!!」




そう思い焦りを感じながら二体の攻撃を切り払った直後、はやての声と共に自分以外の全てが凍りついた。
















「仄白き雪の王……」


詠唱を開始する。完了するまでの間、彼女は動くことが出来ず無防備となる。


その間に敵の攻撃を受ければひとたまりもない。


「銀の翼以て……」


けれど不安はない。彼が自分を守ってくれると信じているから。


出会ってまだ少ししか話をしていないが、これでも人を見る目には自身がある。


「眼下の大地を白銀に染めよ」


無愛想ではあるが、どこか優しい感じがした。


敵がその脚で切り裂かんとするその瞬間も、彼女は微動だにせずにいた。このままでは殺されるというのに。


「来よ」


しかしその牙は、白き刃に阻まれ彼女に触れることはない。


(あの人には当てんように頼むよ、リィン)


“はいです! リィンにお任せです!”


彼は自分を信じて、必死になって守ってくれている。ならばその信頼に応えなければ。


詠唱は既に終わった。後は発動させるだけだ。


目を開き、彼の位置を確認してから力を解き放つ……!


「アーテム・デス・アイゼス!!」


















空中でその活動を停止させたものは法則に従い地面へと落下する。そのものが凍りついていたならばどうなるか。


地面に激突し、氷と共に全てのラダム獣が粉々に砕け散った。


―――――なんという力か。魔法がラダムへの対抗手段になるのではないかと確かに考えてはいた。


だが、これ程のものは想像もしていなかった。


「助けてくれておおきにな」


こちらがどんな表情を浮かべているかも知らずに、ほっとした顔で礼を述べてくる。


この少女のどこにあのような凄まじい力が秘められているのか考えもつかない


「当然のことをしたまでだ。それよりも……」


「どないしたん?」


口に出そうとして、止める。彼女のおかげでこの場はかたが着いたのだ。


自分の驚きや疑問など、この状況ではどうでもいいことだ。


「いや、なんでもない。それよりもラダムはこれで全てか?」


「大分少なくなったとは思うけど、まだまだやね。この先でフェイトちゃんが頑張ってるはずや」


表情を曇らせながらはやてが教えてくれた状況の中に聞き覚えのある名前が出る。


三人の内の最後の一人、金色の髪をした少女。彼女の名前が確かフェイトであったように思う。


  「なら、俺はこれからそいつの援護に回る。そっちはなのはと合流してから来てくれ」


「了解や……ところで、なのはちゃんのことは名前で呼ぶようになったんやな」


急ににやにやした笑いを浮かべながらそんなことを聞いてくる。だからどうだというのだろう。


「あいつがそう呼べといった感じだったんでな。それがどうした」


「なのはちゃんのこと名前で呼ぶんやったら、私のこともそうしてほしいなと思っただけや」


……本当に面倒な連中だ。笑ってこそいるが、この少女も名前で呼ばなければ納得しないと目が言っている。


「……なら、はやてはなのはと合流してから来てくれ。……これでいいか?」


それまでしていた試すような笑い方ではなく、満足そうな笑みを浮かべて頷く。


本当に、名前で呼ばれることの何がそんなに嬉しいのだろうか。自分には全くわからない。


「お兄さんも、フェイトちゃんのことを頼んだで」


何故か肉体的なものとは異なる疲労を感じつつ、こちらも頷く。やはりこの少女達の相手は苦手だ。


そこで話は終わり、互いに背を向け合い次の目的地を目指して別れる。


ラダムは、どれ程の戦力をここに送り込んできているのだろうか。かなりの数ではあるが、テッカマンの姿はない。


皮肉にも今回はそれが幸いしていた。


ここまでにかなりの時間が経過している。


タイムリミットが来るまでに奴らを撃退しなければならない。


時間はあまり残されてはいない――――――――








後書き


大変お待たせした上に急遽前後編に分けることになって未熟さを痛切に感じている作者のAREXです。

なんか書いていくうちにどんどん増えてしまってこんなことになってしまいました。

まず拍手で感想をしていただいた方、どうもありがとうございます。

自分の書いているものを読んで下さる方がいて感想までいただけることは大変嬉しいことですね。

今後も、少しでもそういった方々の期待に応えられるように努力していきたいです。

以下、説明という名の言い訳をば

今回は、最初尋問で途中から急遽戦闘シーンに入っていますがご了承の程を。

今回初登場したアレス提督は……どうなんでしょう。まだ役どころが決まってないのでなんとも(汗

なのははまだ出番があまりないですが、後で動いてもらう予定ですのでご勘弁を。

途中出てきた男性局員はオリキャラではありませんが、口調があっているかどうか。彼はこの先当分出番はないです。

問題ははやての部分ですね。果たしてこんなことが出来るのか甚だ疑問の残る魔法の使わせ方をさせてしまいました。

実際にはありえんだろと思うかもしれませんが、本作ではこういうものなんだと理解してくださると嬉しいです。

最後に、名前で呼ぶくらいの変化ですが主人公がこんなにも早く彼女達と打ち解け始めていいものか……。


必要なのかかどうか甚だ疑問ですですが、今回も一応後編の次回予告を。



フェイトの元へと急ぐブレード。彼女と協力し、ラダムを撃退するがその後の戦闘で

ブレードは突然戦線を離脱する。

(くそ……まだ奴らがいるというのに……!)

少女達に明かされる衝撃的な事実。心を閉ざしたはずの彼をそうさせたのは――を彼女達に見たからか……

「そんな…! じゃあ、Dボゥイさんは……!」



次回、SorrowBrade第四話「Sudden Escape」―後編―



まあ後ろ半分なんで殆ど前回のままです。

それでは、今回はこの辺で。感想や誤字脱字の報告などの報告お待ちしています。




作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。