―――――在ってはならない再会…それが齎すのは、神の悲劇か、悪魔の喜劇か……――――――






8年前――――第97管理外世界―――――



「げほっ、げほっ、ごぼ…ッ!」


吐き出された咳に、大量の血が混じる。


慣れ親しんだその味に、男は顔を顰める事無く、相対する“敵”を睨む。


そこに居るのは、傷だらけの少女達。


かつて、男が家族として接していた、少しだけ成長した少女が三人…。


その三人を守るように存在する、4人の男女。


男は詳しくは知らないが、家族だった少女の守護騎士らしい。


男に睨みつけられた少女達は、悲しみに満ちた顔でこちらを見つめていた。


少女達は傷だらけだったが、それでも男に向かって立っていた。


「おにーちゃん…もう、もう止めようよ…こんなの、おかしいよ…っ」


白い防護服を着た少女が、その相棒の杖を下げて懇願する。


その瞳には涙が溢れ、声は震えている。


しかし、少女の言葉は男には届かない。


「リョウスケ…お願い…もう止めて…お願い…っ」


その隣の、金髪の少女も涙を流し願うが、男には届かない。


「なぁ、良介ぇ…なんでや、なんで…なんでなんや…なんでそこまで…っ」


守護騎士に守られている少女もまた、涙を流す。だが、男には届いてくれない。


「主はやて、無駄です」


「っ、シグナム…そないな、そないなこと―――っ!」


「無駄なのですッ!!」


シグナムと呼ばれた、剣を持つ女性の声に、全員が顔を向ける。


「あの男は…貴方の家族だった男は……既に、ヒトではない―――」


シグナムは、傷ついた体で、己の相棒たる剣を構える。


対する男は、歯を剥き出し、獰猛な唸りを上げる。


その瞳に理性は無く、ただ、深い怒りと憎悪の色が存在するだけ……


「アレは…………もはや、ただの鬼です…」


「■■■■■ーーーーーーッ!!!」


シグナムの言葉に応えるかのように、咆哮する男…否、一匹の、鬼。


孤独を謳った剣士は、憎悪と怒り、そして絶望に身も心も捧げ続けた末に……ヒトを、捨てていた……


そこに居たのは、少女達が心を許し、好意を抱いていた男ではなく…復讐という道を進み、
果ては……ヒトでなくなってしまった、一匹の鬼。







事が起きたのは、2年前…後にPT事件と呼ばれる事件が終結した、その後であった。


海鳴市の郊外にある公園で、男女6人の撲殺死体が発見された。


被害者は全員、両手両足全てを破壊され、頭部を砕かれて絶命。


検死の結果、全員がじわじわと嬲り殺された事が発覚。


地元の警察が猟奇殺人事件として捜査するも、目撃者は一人として現れず、証拠も残って居なかった。


被害者は全員、とある学園の卒業生であり、殺された日は同窓会の帰りだった。


その事に、一人の警察協力者が嫌な予感を感じ、心当たりがある人物を訪ねるが…男は、既に足取りを消していた。


その後、連続して発生する猟奇殺人事件。


被害者は全員が、例の学園の卒業生。


殺し方は無残で、まともな感覚の人間では直視できないほどに…


殺されていく被害者達の共通点が、明確に浮彫りとなった時には、既に20人もの被害者が出てしまっていた…


関連は唯一つ、被害者達が学生だった頃に発生した少女誘拐殺人事件……その時の、クラスメイトだった。


対策本部がその事実を確信して、残りのクラスメイト達に捜査員を貼り付けるが…次々に殺されていく。


犯人の姿も、動機も不明なまま続く事件。


その事件に、魔法の力が使われているという情報がその世界付近に駐留していた時空管理局・巡航L級8番艦アースラへと届いた。


事態を重く見た艦長は、執務官クロノ・ハラオウンに犯人の逮捕を命じた。


クロノが犯人を発見した時、犯人は27人目の被害者を出した瞬間だった。


投降を呼びかけるクロノ、しかし犯人は…血塗れの男は従わない。


ならば実力行使で、そう思い戦闘開始するクロノ。


結果は……相手に深手を負わせたものの、アースラの切り札、AAA+クラスの魔導師である彼もまた、腹部を貫かれ重症を負っていた。


その事実に、本局は武装隊の導入と、アースラ駐留の魔導師達の導入を決定。


集められたアースラの魔導師達は、伝えられた犯人の情報に愕然とする事になる。


犯人は、一年前に姿を消した、一人の剣士………宮本 良介。


その事実を否定する三人の魔導師が居たが、艦長のリンディ・ハラオウンは無情にも事実だと伝えた。


三人の魔導師…高町 なのはにとって、彼は大切な兄であり、ずっと好きだった男…


なのはの親友であるフェイトにとっては、恩人であり、心許した大切な人…


守護騎士達を率いる八神 はやてにとっては、大切な家族だった…


何か事情がある筈だ、訳を聞こう、説得しよう、そう心に決め出動する少女達。


だが、先行して探索を行っていた武装隊の緊急通信が、彼女達の願いを打ち砕いた。


全滅した武装隊。


屍の山に立つのは、鮮血が染み込み、赤黒く変色した木刀を持つ、空色の髪の男。


周囲に散らばる仲間の死体を、まだ10歳を過ぎたばかりの少女達は直視できなかった。


戦闘不能となった少女三人の代わりに、男と対峙する守護騎士達。


「何故、このような無残な行いをする」


烈火の将、シグナムの問いは、あまりにもあっさり返された。


「邪魔したから」


ただ、それだけだった。


その言動と、その瞳を見て、シグナム達は確信した。


既にこの男は、狂い、壊れていると……


説得は不可能と判断したシグナム達は、止めてと叫ぶなのは達の声を無視して、切りかかった。


男は、確かに修羅道を往く剣士としては強かった。


だが、魔法というアドバンテージを持つ守護騎士、しかも4人相手では分が悪すぎる。


シグナム達は、アースラから伝えられた男の魔導師ランクと魔力総量から、油断をしていた。


油断を、してしまった。


シグナム達は気付けなかった。


男が、クロノを、そしてAランクを含む武装隊を、倒したという事実を―――


そして、男が空色の髪をしている理由を……




―――魔剣製法―――そう呼ばれる、古代ベルカ式に属する魔法があった。




魔法と言うよりは、儀式と言った方が良いこの魔法は、ただの剣を、強力な魔剣に変えるという物。


だが、その内容はあまりにも惨い物で、現在では誰一人として使用するものは存在しない禁忌の魔法。


その内容は……剣に術式を掘り込み、己の血でそれを何度もなぞり、そして、血肉を捧げる。


血に含まれる魔力を喰らい、剣は魔剣へと変貌を遂げる。


その力は、喰わせた血の量に比例する。


そう、男の木刀は、男の血と、殺した人間の血肉を喰らい……魔剣へと変貌していたのだ。


その事実に気付いたのは、ヴィータとザフィーラが重症を負い、自らも傷を負わされたシグナムだった。


ただの血濡れの木刀が、なんの魔法も無しに障壁を貫通し、魔法を切り裂く。


武装隊がやられたのは、男の事前情報と武器からの、油断。


クロノの場合は、相打ち同然だったが、木刀が切れるなんて、普通は思わない事だ。


結果、男は逃走し、任務は失敗に終わった。


その後、何度も対峙しては戦う事になる男と少女達。


これ以上、見ているだけなんて出来ないと、戦う少女達。


戦う間も、男を説得する。だが、男は聞かない、聞き入れない。


何度説得しても、何度願っても、男は止まらない。


男の目的は既に判明している。


一人の少女を孤独な死へと追い遣った、非情な周囲の人間への報復と、少女を殺した犯人への復讐。


既に、少女のクラスメイトは全員が殺され、担任だった教師も死体で発見された。


行方不明となっている人間も数名居たが、恐らく既に殺されているのだろう。


そして男は、復讐の相手を探し続け、少女達と戦い続けている。


その犯人達が、既に無残な死でこの世に居ないことを知らぬまま、信じぬままに…


何度少女達がそのことを伝えても、男は信じず、ただ優しいんだなと壊れた笑みを浮かべるだけ…


だが、徐々に男は狂い、壊れていった。


復讐を渇望する心が、それを果たせない怒りが、そして何人も殺してきた事実が……男を狂わせ、壊していった。


憎悪の心に生まれた、モノが男を壊していく。


男の理性や感情はモノに喰われ、やがて心まで侵食されていく。


目に映る全てが敵に見え、自分の事を願う少女達すら、敵として認識してしまう。


アイツラガ、アイツラガ獲物ヲ隠シテルインジャ―――――?


そう疑い始めた思考は、男を一匹に鬼へと変え、少女達へと牙を突き立てようとする。


そして………今に至ってしまった。







奴らを殺せるなら、心なんて要らねぇ――――


アリサの為なら、こんな身体、鬼に喜んで捧げてやる――――


魂だって売ってやる…アリサが、還れるのなら、なんだってやってやる――――

      
さぁ――――アリサを否定した世界よ、殺してやる――――俺の全てを使ってな――――







それが、男が最後に発した理性ある言葉だった。


男は、本当に全てを鬼へと捧げてしまった。


瞳に理性はなく、口から出る言葉は咆哮と慟哭。


歯を剥き出し、眼前の敵を噛砕く事しか残っていなかった。


死を恐れずに襲い掛かる鬼に、痛みを感じる事が出来なくなった鬼に、少女達は深く傷ついた。


だが、それは鬼も同じ――――いや、もっと酷かった。


「おにーちゃん、やめて、もう動かないで…っ、死んじゃうよ、止めてよ…っ」


妹であった少女の願いも、鬼には届かない。


鬼は、膝立ちの状態で血濡れの魔剣と化した木刀を片手で握っていた。


鬼は、もう立てなかった。


体力の話ではない、物理的に、立てないのだ。


右足が、膝から先が凍り、砕けている。


左腕が、肩口から無くなっている。


左眼は縦に切り裂かれ血を流し、内臓は数箇所が破壊され口から赤黒い血を吐いている。


普通なら死んでいてもおかしくない状態でありながら、鬼は生きて、木刀を構える。


痛みを、感触でしか理解出来なくなった鬼にとって、切られても殴られても、痛いという感覚を理解できない。


痛みではなく、モノが手に触れた感触程度でしか認識できないのだ。


故に、左腕を切り飛ばされても、左腕が無くなった、困った。


血が流れる、止血しなければ。その程度の認識にしかならない。


狂った心は、感覚まで狂わせる。


流れる血を止める為に、鬼は、烈火の将の攻撃の余波で熱せられた岩に、傷口を、押し当てた―――


ジュウジュウと肉を焦がす音と臭いに、鬼はニヤリと顔を歪める。


これで血は止まったと、再び木刀を構える。


守護騎士の主が、捕まえようと、バインドの効力も発揮する氷結魔法で鬼を攻撃する。


普通のバインドは、鬼が融合した少女を介して、強引に“本体”から“読み込んだ”魔法で引き千切られるから。


氷結魔法は鬼の右足を捕らえた。


一瞬で凍りつき、地面に縫いつけられる鬼。


脱出しようともがく鬼を捕まえようと、接近する楯の守護獣。


鬼は、迫る敵を睨み、己の行動を邪魔する氷と足を睨んだ。


次の瞬間、鬼は凍った己の足を、自ら砕いた。


驚愕する楯の守護獣に飛び掛り、相手の首筋に喰らいつく。


肉と血管を噛み千切り、木刀で弾き飛ばす。


片足が無いため膝立ちになるが、それでも鬼は木刀を構える。


もはや、鬼に理性は無かった。


当たり前だろう、アレは、鬼、なのだから……


ザフィーラはシャマルの魔法で治療されているが、重体だ。


シグナム・ヴィータの二人も、それぞれカウンターの一撃を喰らって大丈夫とは言い難い。


シグナムは左眼を潰したが、反撃を左の太股に喰らい、立つのが難しい。


ヴィータは内臓を破壊したものの、反撃の魔法で吹き飛ばされ、全身を強打している。


フェイトは、鬼の反撃のダメージ以上に、自分が、鬼の左腕を切り飛ばした事実から身体が震えている。


はやては、鬼が使用した魔法のダメージが大きい。


鬼が使う魔法は、かつてはやてが主であった魔導書の魔法。


しかし、魔力が少ない鬼に、そうそう使えるモノではなかった。無かった、ハズだった。


鬼は、読み込んだ魔法を、改変していた。


己が使い易いように。危険で、狂気に満ちたモノへと…






「殺さねば、なりません……もはや、あの鬼は、ヒトへと戻れません。ああなった者を、私は数多く見てきました…」


闇の書の守護騎士だった頃の、断片的な記憶。


その中に、復讐の炎に身を焼かれ、鬼へと堕ちた者達も居た。


なのは達は否定し、何とかできると希望に縋る。


だが、シグナムはキッパリと否定した。


「もはや、駄目なのだ。あの鬼に、男に、既に心はない……喰われたのだ、鬼に」


シグナムが見つめる、孤独の剣士の成れの果て…


剣士が目指した孤高の剣は、血濡れの邪剣となり、多くの命を貪り喰った。


剣士の心は、肥大化した憎悪に呑まれ、狂気に犯され、鬼に喰われた。


もう、二度と、戻らない。


ヒトの心は、壊れたら、二度と同じには直せない…癒せないのだ。


「奴も剣士だった男。ならば、死する瞬間は、剣士として死なせたい。このままでは何れ、獣となる」


鬼となっても木刀を離さないのは、鬼の中に残る孤独の剣士の、たった一つの矜持。


剣で強くなると、誓った過去の残照が、未だ剣を握らせている。


だが何れ、その剣すら捨てて、鬼は戦い、そして息絶えるだろう。


剣士として、それはあまりにも惨い死に方。


例え狂った剣士であっても、剣士として死なせてやるのが、剣を持つ者の思い。


シグナムは、足を引きづりながらも剣を構える。


主や、その友に手を汚させる訳にはいかないから…。


だが、そんなシグナムの前に出る少女が居た。


「高町……お前………」


「…私が、やります……」


なのはの声は、震えていた。


大切な兄を、血の繋がりが無くても家族と呼べた男を、大好きな想い人を、その手にかけると。


たった、11歳の少女が、涙をボロボロと流して、決意を固めた。


「私が、私が止められなかったから…おにーちゃんを、止められ、なかったから…守れ、なかったから、こう、なった、ひっくっ、から…っ!」


「ち、違うよ、なのは、私が、私達がっ、リョウスケとアリ、サ、を…っ」


「わたし、かて、同じや…っ、ひぐっ、りょう、すけを…家族って言いながら…守れんかった…助けられへんかった…っ」


泣きじゃくる少女達。


そんな少女達の言葉も、涙も、鬼には、届かない。


「だから、だからっ、私が、わた…し…が…っ、おにーちゃんを、解放、しなく…ちゃ……っ!」


杖を構えるなのは。


「エクセリオン……モード…っ」


『 Exelion Mode 』


主の声に答え、姿を変えるレイジングハート。


カートリッジが排出され、その姿は杖から槍へと変化する。


集束する桜色の魔力―――


「おにーちゃん…私は…わたし…は…っ、うぐっ、貴方が…貴方が、大好きでした……っ!!」


輝く、星の光―――


「スターライト………っ」


涙を振り撒きながら、少女が槍を振り下ろす―――


「ブレイカーーーーーーっ!!!」


全ての悲しみに、終止符を打つために……



「………………………」


迫り来る桜色の光の奔流に、鬼はただ膝立ちで睨むだけだった。


だが、突然鬼の表情が変わった。


そして、少しだけ口を動かし……光に、消えた。


轟音を立てて地面を抉る星の光。


光が消え、残されたのは破壊の爪痕のみ。


「おにー……ちゃん……?」


呆然と、涙を流しながら呟く少女。


「リョウ…スケ……?」


「りょう…す…け……?」


それは、傍らにいる二人の少女も同じだった。


三人は、鬼の最後を、見てしまった。


鬼が浮かべた表情は、少女達が最も大好きだった、不器用そうな笑顔―――


そして、短い言葉。


声にならなかった言葉は、少女達にだけ、聞こえていた―――




『お前等……少し、大きくなったな……』




それが、孤独の剣士、血濡れの復讐者、堕ちた剣鬼の……本当に、最後の、言葉…だった…






「あ…あぁ……あぁぁぁぁ……っ」


その言葉と、笑顔を理解した時、少女達は、泣き崩れた…


「おにーちゃ、おにーちゃんっ、おにーちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!」


「リョウスケ…リョウス…ケ…う、うぅ、うあぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!!」


「良介ぇ…良介ぇぇぇぇっ!、うそや、こんなんうそやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


その場に居る、全ての者に、深い傷跡を残し、宮本 良介は逝ってしまった。


周りの者は、これで良かったんだと言った。


だが、少女達の心に刻まれた傷は、決して癒える事など無く……


降り出した雨が、悲しみを彩った――――――――








これが、8年前の、悲しい結末――――











〜〜〜〜〜〜〜To a you side 外伝―――狂鬼のリベンジャー〜〜〜〜〜〜〜〜〜


―――――――――――――――― 中編 ――――――――――――――――――


              「復讐者の、骸」












風が、男の髪を微かに揺らす。


一部だけが空色の髪を、肩に乗るアギトが忌々しげに睨んでいる。


叫び、睨むヴィータを、見つめる男の―――宮本 良介の瞳には、特に何の感情も浮かんでいなかった。


「死んだ筈のてめぇが、なのはのSLBで消滅したハズのてめぇが、なんでここに居るんだよっ!?」


「なんでっつわれてもなぁ、居るから居るとしか答えられねぇし」


「ふざけんなっ、あの時確かにてめぇは死んだっ!、転移魔法も感知されなかった、現場も何度も調べた、てめぇが生きてるハズねぇんだっ!!」


あの時戦況を見守っていたアースラでは、良介達を包んでいた結界から転移した存在は感知されなかった。


消滅した瞬間も、障壁魔法すら感知されなかったのだから。


「じゃぁ、今ここに居る俺はなんだ? 幻術ってやつか?」


「そうとしか考えられねぇんだよ、あの時てめぇの左腕と右足は無くなった上に、左眼だってシグナムが潰した。
傷跡があっても、切られた眼球が無事なわけがねぇっ」


「あぁ、確かに」


思わず納得する良介。


今の良介には、確りと左腕も右足もある。


傷跡は在っても、傷の深さから切られたであろう眼球も、無事だ。


性質の悪い幻術で、自分達を混乱させるつもりかと怒りに震えるヴィータ。


彼女たち守護騎士は、彼と接した時間が短かった為、特別な感情は持っていなかった。


ただ、主とその友が強く想っていたが、傷つけた許せない相手としか。


だから、分からなかった。


今目の前に居る良介の言動が、復讐者へとなる前の彼のモノである事に。


ヴィータが知る良介は、既に狂った復讐者の姿だけだったから。


「どっちにしたって、てめぇは敵だ。偽者ならぶちのめす、本物なら……捕まえてはやての前に突き出してやるっ!」


「おーおー、怖いねぇ。怖いから……セイン、嬢達連れて帰ってろ」


「えー、リョウスケはどうするのさ?」


小脇に抱えていたルーテシアをセインに渡しつつ、右手に持った斬馬刀を肩に担ぐ。


「ちょっとだけ、遊んでくる。クアットロ達もあの紅いチビどもが加勢したら面倒だろうしな」


「りょーかい。それではお嬢様、帰りますよー」


「リョウスケ…待ってるから」


ルーテシアを抱き抱えたまま地面に消えていくセイン。


その二人に対して右手を軽く上げて返事するが…己の肩に仁王立ちし、相手の小さな妖精を睨んでいる赤い妖精に、顔を顰める。


「お前、なんで一緒に帰らないんだよ…」


「なんだよ、リョー一人だと心配だから態々アタシが残ってやったんだろー?」


「大きなお世話だっつーの」


頬をウリウリしてくる赤い妖精を軽く叩いて、こちらを睨んでいるヴィータ達を見つめる。


セイン達を逃がしてしまい焦っているように見える新人達とは対照的に、率いているヴィータは視線を良介から外さないでいる。


良介が、敵対している連中の中でも、重要な位置にいると踏んでの行動だろう。


「お前等は手を出すなよ、アイツは危ないからな…」


「そんな…」


「私たちも戦いますっ」


ヴィータの言葉に反論するスターズの二人だったが、本気の目をしたヴィータの睨みに後ずさる。


「あいつは、ガジェットやあのガキどもとは違うんだよ…
その気になれば、アイツは何の躊躇いも無くお前たちの首を切り落とすような奴だぞ」


「おいおい、人を辻斬りみたいに言うなっての」


ヴィータの言葉に肩を竦める良介。その態度が、ヴィータの怒りを更に増加させる。


「民間人を27人、武装隊の隊員を16人、それに現地の治安組織の人間を8人も惨殺した殺人鬼だろうがっ!!」


「惜しい、民間人は31人だ」


ヴィータの叫んだ言葉と、良介が返した言葉に絶句する新人たち。


合計で、良介の言葉を信じるなら、彼は、55人もの人間を殺した事になる。


そして、その事に、彼は、罪を感じていない―――。


「何の罪もない民間人を殺したっていうの……っ」


ティアナの、その呟きが聞こえた良介が、初めて瞳に感情を宿らせた。


それは、見ただけで背筋が凍る憎悪。


「罪も無い…だと? 冗談じゃねぇ、あの糞どもは、世界で一番の罪人どもだ。だから殺したんだよ、てめぇの罪を身体に刻みながらなッ」


「「「「「っ―――――」」」」」


その憎悪を感じた新人達とギンガは、背筋が凍る思いをした。


人は、これ程までに憎しみを増大させられるのかと感じながら……。


そして、その瞳を見て、ヴィータは確信した。確信、してしまった。


あれは、あの瞳は、紛れも無く…あの日、殺したはずの、鬼の瞳だったから―――。


「まだ、復讐なんて続けてるのか…てめぇのせいで、はやてやなのは達がどれだけ悲しんで、傷ついたと思ってんだっ!?」


「悪いとは思ってるさ。だがな、それでも俺は殺さなきゃならなかったんだよ…アイツが、還ってこれないからな…」


暗く、暗く笑う良介。


その笑みにヴィータは歯を食い縛り、アギトは悲しげに顔を伏せる。


「まぁ、復讐はもうやってないけどな…何せ、復讐する相手が居ないからな」


「何……っ?」


ヴィータは己の耳を疑った。


なのはやはやて、フェイトが喉を擦り切るほどに伝えた言葉を、まったく信じなかった男が。


復讐相手が、既に死んでいると、認めているのだ。


「全員がゴミみたいな死に方したんだろ? 思わず大笑いして転げ回っちまったぜ。
アイツらを嬲り殺せないのは心底残念だが…それは地獄に落ちてからの楽しみにしておく事にした」


どうせアイツらは地獄に落ちてるだろうから、俺も落ちればまた殺せるだろう?


そう笑う良介に、エリオもキャロも恐怖に震えた。


あんなに、あんなにも優しい絵を描く男の、秘めた狂気に、全身が震えている。


「今は、恩返しにこいつらと一緒に居る。それだけだ」


「それだけ…だと…? てめぇ、はやて達に何も思わないのかっ!?」


良介が死んだ、良介を殺した、その事実に一番傷ついているのは、他ならぬなのは達。


事件の後、全員が良介の事を忘れるかのように仕事に没頭し始めた。


そして――――なのはの、あの事故の要因にもなってしまった。


悲しみを紛らわせる為に仕事に没頭していたなのはは、疲れを感じてもそれは悲しみだと思い込み……あの事故を起こしてしまったのだ。


これは、本人も否定していることだが…ヴィータ達から見れば、丸分かりの事だった。


新人達には伝えていないが、なのはに加え、フェイトの執務官試験に落ちたのも、そうだったとヴィータ達は思っている。


はやてが自分の部隊を持ちたがった根底にあるのは、きっと、良介のような悲しい人間を増やさない為だと、守護騎士達は感じていた。


なのに、その原因となっている男は、生きて現れた。


飄々と、あの時と変わらず…否、あの頃よりも歪になって、現れた。


言動がどこか軽く、剣呑な雰囲気はどこかチグハグ。


まるで、鬼と、はやてから聞いた孤独の剣士が混ざったかのような男となって。


何故そんな歪な事になっているかは知らないが、やる事は分かっている。


ヴィータは、己の相棒であるアイゼンを握り締めて構えた。


とりあえずぶちのめす、それでから全てを聞き出せば良い。


本来ならはやて達にすぐさま報告せねばならない事。


だが、まだ戦闘中な彼女達に良介が生きていたなんて伝えれば、間違いなく動揺するだろう。


後で説教も受けるし報告書も出すから許してくれとはやて達に心の中で謝り、アイゼンを振り被る。


「リィン、半端な拘束は通じないから、弱らせてから捕まえるぞ」


「は、はいなのですっ!」


ヴィータの雰囲気と、断片的に知る良介という男の情報などから混乱していたリィンも、ヴィータの言葉で正気に戻る。


「アギト、あの“ニセモノ”、何とかしてくれ」


「分かってるって。そうさ、絶対に認めねぇ…あんな奴が…あんな奴なんかが…っ」


冷めた瞳でリィンを一瞥して、アギトに任せる良介。


アギトもアギトで、リィンに何か思うところでもあるのか、怒りを燃やしている。


「行くぞっ、ミヤモト・リョウスケェェッ!!!」


「一々フルネームを叫ぶなっつーのッ!!」


飛翔し、飛び掛るヴィータに対して、鞘に包まれたままの斬馬刀を振り被る良介。


「テートリヒ・シュラークッ!!」


「うらぁぁぁぁッ!!!」


斜め上から襲い掛かる鉄槌の一撃を、鞘で迎撃する。


アイゼンの魔力と、鞘の何かがスパークを生じさせ、ヴィータの一撃の威力を減反させる。


「ヴィータちゃんっ!」


「させるかぁっ!!」


ヴィータの援護をしようと、ブラッディダガーを形成したリィンに、アギトが火球魔法を放つ。


「お前の相手はアタシだ、このバッテンチビっ!」


「むっ、貴方だってチビじゃないですかーーっ」


「うるせぇーっ、アタシは絶対にお前を認めないっ、お前なんかが、リョーの…リョーの…っ」


「な、リィンが何だって言うんですかっ!」


「うるせぇうるせぇうるせぇっ、このニセモノが、リョーの視界に入るんじゃねぇっ!!」


激怒し、火球魔法を連発するアギトと、それを回避しつつ反撃を試みるリィン。


だがその内心で、ニセモノと呼ばれた事と、自分とあの良介という男との関係を疑問に思い、不安になっていた。


一方で、良介とヴィータの戦いも激しさを増していた。


数撃打ち合い、避けて避けられ、また打ち合う。


「はぁぁぁぁぁぁっ!!」


「ちぇりゃぁぁぁぁぁっ!!」


上から振り被るヴィータの一撃と、下から切り上げる良介の一撃。


それが再びスパークを発生させて、衝撃を減退させている。


一度距離を取るために上空へと逃れるヴィータと、後ろへ跳び下がる良介。


地面を擦りながら斬馬刀を振り回し、横向きに構えたまま制止する良介。


その手に握られた斬馬刀と鞘を睨み、思案するヴィータ。


「(アイツから魔法の発動は感じられねぇ…となると、あの剣か鞘に付加された能力か?でも、それにも魔法発動が感じられない…?)」


アイゼンに魔力を付加して攻撃する度にスパークが生じて威力が削がれる現象を、冷静に見極めようとするヴィータ。


どれだけ怒っていても、頭の中では冷静に状況を判断していた。


「(未だ鞘に包まれたままの剣…馬鹿にしてるのか、それともその方が戦えるからか?
後者だとしたら、あの現象は鞘の能力。鞘を潰せば、あの長い剣も叩き壊せるっ!)」


以前シグナムが言っていた、刀と呼ばれる剣の特徴。


芸術的なまでに切れ味を追求したその剣は、切れ味は凄まじいものの、酷く脆いという弱点があった。


下手に打ち合えば歯がボロボロになる上に、素人が人を切っただけでも駄目になるらしい。


長さと幅は普通の刀の二倍はあるが、それでも分類は刀のはず。


見たところ、デバイスの類ではなさそうだとヴィータは判断した。


「一気に決めるぞ、アイゼン!」


『 Raketenform 』


グラーフアイゼンがカートリッジを消費し、その姿を変える。


片方がスパイク、片方が推進剤噴射口となり、より攻撃的な姿への変形。


変形したアイゼンを構え、その場で回転を始めるヴィータ。


「ラケーテン、ハンマーっ!!」


噴射口から放たれるエネルギーの放出によって加速した回転、その勢いをそのままに良介へと襲い掛かるヴィータ。


対する良介は、斬馬刀を構えなおしながら焦っていた。


「不味い、あんな攻撃、防げるわけねぇだろーーっ!!」


「貰ったーーーーっ!!」


慌てふためく良介の姿に、直撃を確信したヴィータ。


今の状態から斬馬刀で迎撃は間に合わない。


「――――――――なんてな」


「な――――?」


慌てていた良介が、舌を出して、笑った。


その意味を理解する前に、良介が動いた。


両手で持っていた斬馬刀を、後ろに“放りだした”。


――――ガギィンッ!!!――――


そして、鈍い金属音を立てて……左手で、スパイクを掴む形で、受け止めた。


衝撃で左腕が軋み、両足が地面に陥没するものの、ヴィータの攻撃は完全に止められてしまった。


「捕まえたぜ、紅蓮の鉄騎さんよぉ」


「―――っ、しまっ!?」


左腕で受け止められたという事実に、一瞬だけ唖然としてしまったヴィータが、良介の言葉に気付くが遅かった。


突き出される右腕、その掌には、赤い赤い血。


ヴィータの脳裏を過ぎるのは、かつて、あの戦いの時に自分を吹き飛ばした、あの魔法―――


「咬み散らせ、『蛟竜』――――っ!!!」


良介がトリガーとなる言葉を叫んだ瞬間、掌に付着した鮮血が虹色に輝き、ベルカ式の模様が浮かび上がる。


次の瞬間、ヴィータの騎士甲冑は切り裂かれ、背後へと弾き飛ばされていた。


「副隊長っ!!?」


「マッハキャリバーっ!!」


叫ぶティアナと、デバイスを走らせるスバル。


弾き飛ばされたヴィータを、間一髪でスバルが抱き止める。


スバルが間に合わなければ、ヴィータはハイウェイ跡の瓦礫へと突っ込んでいただろう。


「副隊長、大丈夫ですかっ!?」


「だ、大丈夫だ、騎士甲冑が破壊されただけだ…っ」


スバルに支えられて立ち上がろうとするヴィータ。


ヴィータの騎士甲冑である紅いドレスは、無残にも切り裂かれていた。


「忘れてたぜ……鮮血魔法…てめぇにはそれがあったんだよな…っ」


「まぁな。俺が使える数少ない魔法なんでな」


アイゼンを杖に立ち上がるヴィータ、その言葉に応える良介。


良く見れば、良介の掌に切り傷があり、そこから血が滲んでいた。


あの時、慌てたフリをして斬馬刀の刃で掌を切り、血を流していたのだ。


鮮血魔法を、使用する為に。


人の、特に魔導師の血液には、リンカーコアから生み出される魔力が、多量に混ざっている。


その血含まれる、血中魔力を用いるのが、鮮血魔法と呼ばれる禁術。


かつて、まだデバイスが普及する前まで、儀式などで使われていたのがこの術法だった。


黒魔術などで生血をよく使用するのは、これが理由。


良介の魔力は少ない。故に、なのはたちのように魔力をどうこうするのは無理だった。


だが、この鮮血魔法ならば、血を用いることである程度の魔法が行使できる。


当然、強力な魔法になればなるほど、必要となる血は増えていくのだが。


その鮮血魔法と、バリアジャケットなどを破壊する魔法とを組み合わせたのが、先ほどの『蛟竜』だった。


その威力は、今のヴィータを見れば分かるだろう。


間合いが極端に短いことと、血が必要な事を除けば、かなり強力な魔法なのだ。


木刀を魔剣へと変貌させた魔剣製法も、この鮮血魔法に該当する。


かつて、良介の傍らに居た小さな妖精を介して読み込んだ、古代の魔法。


痛みを、痛みとして認識できない良介だからこそ使う、諸刃の魔法。


「リョー、無茶すんなよ〜…」


「おいおい、魔導師としては最低ランクの俺が、守護騎士なんて超格上に勝つなんざ、それこそ腕の1本2本は覚悟しないとなんだよ」


心配顔で降りてくるアギトに苦笑して、肩を竦める良介。


ギンガやティアナが良介に対して攻撃姿勢を取るが、ヴィータに押し止められる。


「あの野朗、前の時より格段に強くなってやがる…アタシのラケーテンを受け止めるなんて……」


鬼と化していた良介も強かったが、今の良介は別の意味で強くなっていた。


兎角、人の隙や間を狙うのが巧く、調子を崩される。


復讐者になる前の良介を知らないヴィータにとって、対応し難い相手だった。


それに、もう一つ気になるのは受け止めた左腕。


フェイトに切り飛ばされたハズの左腕は、受け止めた瞬間、確かに金属の感触をヴィータに伝えていた。


「(義手…なのか…?)」


どう見ても人の手に見えるソレ。


狂気がなりを潜めているが、得体の知れなさでは8年前を上回っている。


新人がどうのと言っていられなくなった状況に、ヴィータはここに居るメンバーでどうあの男を相手にするかを考え始めた。


その時だった。


ロングアーチから伝えられた情報。


それは、シャマルと保護した少女、そしてヴァイスが乗ったヘリ、ストームレイダーが砲撃されたという知らせ。


その知らせに愕然としつつ、良介達を睨むヴィータ。


油断していた。


良介だけでなく、先ほど地面に潜った女も含めて、仲間がいるのだ、相手には。


伏兵が居てもおかしくない状況なのに、メンバー全員が、ここに、釘付けにされた。


一人の、男によって。


「た〜まやー…って、おいおい、撃墜していいのかよ、アレ…」


「知らないよ。ナンバーズの考えてる事なんて、分かるわけないじゃん」


「だよなぁ、あのドクターナルシーの指示だもんな」


撃墜された方を眺めながら会話する二人。


良介の手には、映像が映っている端末があった。


だが、その映像を見ていた良介の眉が一瞬動き、すぐさま端末を通話モードに切り替える。


『は〜い、貴方の心の若奥様、クアットロですよ〜』


「寝言ほざいてないでとっとと逃げろこの腹黒っ!、攻撃、防がれてんぞ」


『え…えぇ〜っ!?ディエチちゃんっ!』


『確認した。砲撃、完全に防がれた…』


「分かったらとっとと離脱しろ、お前等二人じゃ相性が悪いしな」


『は〜い、直ぐに逃げま―――きゃっ!?』


返事の最中に聞こえた音から、雷系統の魔法と予測する良介。


「ちっ、フェイトも居るんじゃ、不味いかもな」


「どうするんだよ、リョー?」


「仕方がない、心底面倒だが、見捨てたらトーレとかから冷徹なお叱りが延々続くだろうし、ウーノの秘書的嫌味百連発も勘弁だ」


「だからナンバーズなんかと関わるなって言ってんのに……」


『リョウスケさ〜ん、出来たら早めに助けてくださいな〜っ』


「案外余裕あるな、お前。待ってろ、今から行く―――――――」


言葉が途切れる良介。


その様子に首を傾げるアギト。


「――――悪い、お前たちだけで逃げ切れ。こっちも――――客が入った」


『えぇっ!?』・「へっ?」


端末の向こうからの悲鳴を無視し、ゆっくりとヴィータ達に向き直る良介。


身構えるスバル達だったが、彼の視線はその後ろへと向けられていた。


「久しぶりだな、出て来いよ………シグナム」


「気付いていたか……復讐者」


そこに居たのは、炎の魔剣を手にする、烈火の将と、修道女。


「傷が疼いたんでな。この傷の借り、返さねぇとな……眼は無事だったけど」


「ならば、主を悲しませ続けるお前を、ここで再び倒そう。あの時の決着の為にも」


シグナムが剣を抜く。


良介もまた、斬馬刀を鞘から引き抜く。


今ここに、剣の騎士と、復讐者の骸との戦いが、始まろうとしていた――――――















To be continued〜









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