*注意事項、この話はセカンドステージの後半ぐらい(ガスコさんがいなくなったちょっと後ぐらい)を想定して書いています。が、もしかしたら時間軸に逆っているかもしれませんがゆるしてやってください(笑)

 読むにいたっては一通りファースト、セカンドの両方を視聴していることをお勧めします。ネタバレの臭いがしますので(笑)

 加えて話しの中では勝手な想像と間違った単語の使い方が多々あると思いますのでその辺もご了承願います。

 今回の話は私、アマきむちが以前書きましたヴァンドレッドオリジナルストーリー 〜girl of blade 〜 と微妙に関連した形をとっていますが、基本的に読まなくてもまったく大丈夫です。しかしながら作り手としては〜girl of blade〜 も読んでいただけるとありがたいです。

●なお、ヴァンドレッドオリジナルストーリー 〜girl of blade〜 及び、 〜the other girls〜 を読んでくださるという方はメールにてご連絡いただければ喜んでお送りさせていただきます。詳しくは最後に。

 

 

 

 

  ヴァンドレッドオリジナルストーリー 〜ghost of white girl

                  <前編>

 

 

 

 

 天井に等間隔に取りつけられた非常灯のぼやけた明かりが、通路の隅々にできた霜(しも)を浮かび上がらせる。それは寒さを視覚的に強調しているようだ。

 寒々としたせまい通路を小柄な少女がゆっくりと歩いて行く。歳は十かそこらのようだが、その歩みは歳を重ねた貴婦人のようでもある。彼女は腰まである真っ白な髪と同色の肌を持ち、純白のドレスを揺らしていた。

 彼女は歩いて行く。ただ、自分の歩む先をその灰色の瞳で見つめながら。

 彼女は歩いて行く。

 通路は歩みと共に移りゆき、いつしか右手側には窓があった。そこから非常灯以外の明かりが漏れている。雪のように真っ白で美しく、しかしすぐにでも消えてしまうように虚ろ(うつろ)な淡い白色の光。

 彼女がピタリと足を止め、ゆっくりと首を回して窓へ、その整った顔を向ける。

 光がゆっくりと強まる。

 彼女はそっと、そのうっすらと白くなっている窓へ手を伸ばした。シルバーのチェーンブレスレットがキラリと揺れる。

「・・・そう。・・・うん、わかるわ。近いのね、あなたの同種が。いえ、あなた自身なのかしら?それとも・・・・・・いいえ、どちらでも、そしてなんであろうとも、構わないわ」

 彼女は微笑んだ。

「・・・・それにしても珍しいわねこんな辺境の宙域へ訪れるなんて。ここに寄っていただけるかしらね?そうしたら久しぶりにお話ができるのに・・・」

 光が強まる。

「・・・そうね。リョウにはまだ言わない方がいいわね。期待させて、失望させるのはかわいそうだものね。・・・でも、もし来てくれたら、その時彼は怒るんでしょうね。何故教えなかったんだって」

 彼女はクスクスと小さく笑った。

「・・・大丈夫よ。その時謝るのは私だから」

 彼女がそう言って見つめる窓の向こうの先では巨大なペークシスプラグマが白い光をはかなげに放っていた。

 

 

 

          ●

 

 

 

 辺りは暗闇と静寂で包まれていた。唯一の光源はユラリユラリと揺れるロウソクのみ。唯一の音源はボソボソと語る声だけ。

「そこで彼女は気づいたのよ。横の老婆には足がないことに・・・それでね。叫び声を上げて彼女は走ったの。狭くて、長い廊下を全力で走ったの。でもね、後ろから大きな笑い声とないはずの足音が迫ってきたのよ。たったったったったったった・・・」

 ゴクリと誰かのノドが鳴った。

「走り疲れ、息が切れ始めたころ、彼女は気づいたの。後ろからの追跡がないことに。それでね、おそるおそるゆっくりと振り返るとそこに老婆の姿はない。鼓動がゆっくりと落ち着いてきた時ふと満月を映す窓を見るとそこに半透明に自分の姿が写った。彼女の顔は恐怖におののいていた。なぜならね。・・・自分の顔の横には背中に抱きついている老婆の顔があったからなのよ。そしてその老婆は言ったの・・・・お」

「何をしている?」

「きゃあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」

 甲高い絶叫がほとばしり、ロウソクは倒れ、唯一の光源が失せるが、すぐパチリと音を立てて照明が付けられた。

「何をしているんだ?」

 ブザム・A・カレッサは再び訊いた。彼女が明かりを付けたミーティングルームを見渡すとそこは悲惨な状況だった。

 辺りに散らばるのは、砕けたスナック菓子やその袋。こぼれたジュースと紙コップ。何故かクッションや毛布を抱いて部屋の隅で怯えるように集まっている十数人のクルー達。部屋の中央には倒れたロウソクと苦笑しているパルフェがいた。

「何をしていたんだ?」

 ブザムは三度尋ねた。そうするとパジャマ姿のパルフェが倒れたロウソクを立て直しながら答えた。

「いや〜、なんか怪談話でもりあがっちゃいまして。それでみんなを集めてこうして百物語を・・・」

 ちらり、と隅のクルー達を見やると皆パジャマ姿で、コクコクとうなずいていた。

 ふぅ、とブザムはため息を吐いた。

「今回は見逃すが、今度からは自室でやるようにな」

 はぁーい、すみません、と少女達は声をそろえて言った。

「適当に切り上げて早く寝るように。明日も仕事だぞ」

 時はすでに深夜一時を回っていた。

 ミーティングルームの掃除やら歯磨きやらで、ディータが自室へ戻ったのは結局二時近くになっていた。

「はぁ・・・次はディータの順番だったのに。せっかく先輩からこわーい話教えてもらってたのになぁ・・・」

 彼女はボヤキながらベットにもぐり込んだ。開いた瞳に映る自室の天井には多く宇宙人(というかただ不気味な物がほとんどだが)の人形やUFOのオモチャが糸で吊るされている。それらはわずかに揺れていた。

 静寂。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ディータは寝返りを打った。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ディータはうつぶせになり、枕を抱いた。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 静寂。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 瞳を閉じると、今日のパルフェの言っていた怪談話の老婆がぼやけた靄(もや)の向こうで笑っているような気がする。

「・・・・うぅ」

 ディータはまぶたを開いた。

 自室に流れるのはただの静寂。単なる静寂。静寂だけ。だけのはず。

「・・・眠れないよぅ・・・」

 彼女は呟くとベットの上で上半身を起こした。

 時は午前七時。

 ベットと薄手の布団の間で、人のシルエットがもぞもぞと動く。

 ジリリリリッと枕元に置いた目覚し時計が鳴っている。そのベットの持ち主は手を伸ばしてそれを停止させる。

 ふわぁぁあ、とアクビをしつつ伸びをした。

 そうして寝ながら、まだ開ききらないまぶたをこすっていると、ある事に気づく。

「ん?」

 普段は寝起きに感じることのないもの。だが、いつも感じている、その香り。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ベットの主は、ベットの中でモゾリモゾリとうごめくその感覚に嫌な予感が走り、急激に眼が覚める。

 一度深呼吸するとイッキに布団をめくる。

「何やってやがんだてめぇはあぁあ!!」

 予想通りの結果にベットの主、ヒビキは、自分の胴に抱きついているディータに向かって叫んだ。

 時は午前八時を少し過ぎていた。

 彼女らは朝食の人ごみが除々に減り始めたカフェテリアで雑談をしながら食事を楽しんでいた。

 ミスティは笑顔で訊く。

「おネエ様はどう思います?」

「いや、私はあまりそういうのにこだわりというのは持っていない」

 楽しげに口を動かす彼女の横のメイアは対照的にどこか困ったような顔をして答えた。食後のブラックコーヒーを口へ運ぶ。

 結構他の席も空いているのだから、何も私の所へこなくとも・・・いや、別に同じテーブルを囲むのはいいが、わざわざ隣に座ることもなかろうに・・・。

 普通友人と語らいながら食事やお茶をする時は正面に座るものだ。

「えぇ〜、おネエ様も女の子なんだからそういうのにも・・・ん?ディータじゃない。どうしたの?」

 ガシャリと朝食入ったトレイを机の上に置き、メイアの正面の席に座ったディータは彼女らしくもなくどこか浮かない顔だ。だが、ミスティがどうしたの?と訊いたのはそんな事ではなく、なぜいつものようにヒビキと食事を取らないのかということだった。

 メイアはちらりと彼女の後ろの席に座り、ピラフかチャーハンのどちらかを、苛立ちながらガツガツと口に入れるヒビキの姿を確認する。

「ケンカでもしたのか?」

 瞳を閉じ、ゆっくりとコーヒーをすするメイアが尋ねるとディータはため息をつく。

「ディータね。昨日・・・」

 ディータは少し聞き取りずらい程の声量で事の経緯を話した。昨日怪談話をしたこと、それで夜、急に恐くなって眠れなくなった事、それでヒビキの部屋へ行ってベットにもぐり込んだこと。

「・・・宇宙人さんいくらディータが揺らしても起きないんだもん。それで・・・」

「それで勝手にベットにもぐり込んだのか」

 ディータが言わんとしたことをメイアは先読みすると、ディータはコクリとうなずく。

 メイアは表情を曇らせた。

「それはさすがに、ヒビキでなくとも怒るだろう。・・・まぁ、頃合をみて適当に謝っておくんだな。今日の午後にはドレッドのトレーニングがあるんだ。公私混合したら許さないからな」

 メイアはそう優しげに念を押すと空になったトレイを持って席を立つ。

「リーダー・・・」

 ディータはすがるように立ち去るメイアを眼で追うが、メイアは気づいているのかいないのか、そのまま姿を消してしまう。

「・・・はぁ・・・」

 メイアが居なくなったことで、他に相談相手を求めたディータはちらりとミスティを見ると、彼女はホットミルクをすすりながらほおを赤らめていた。

「ミスティ・・・?」

 ディータには何故彼女が顔を赤くしているのか理解できなかった。

 時は午前九時。

「・・・でね。ディータどうやって宇宙人さんに謝ろうかと思って」

「で、それを相談するためにわざわざここに来たわけね」

 コクリとディータはうなずく。

「・・・それはまぁいいんだけどね。別に頼りにされるのは構わないんだけどさぁ・・・」

「うん?」

 ディータは首を傾げた。

「人が気持ち良く寝てるところ起こさないでくれる!!?」

 ジュラは乱れた髪をさらに振り乱しながら言った。

 その部屋はジュラの部屋だ。基本的にディータの部屋と同じような間取りだが、趣味の差だろうか。かなり雰囲気が違って見える。家具の多くは豪華ではあるが、どこかミステリアスな雰囲気をかもし出すものばかりだ。天井や壁には不思議な模様の入った布が何枚も張られていた。その中の一つ、大きなクローゼットからは派手なドレスが溢れている。その横の化粧台には多くの種類の化粧品やあらゆる色の光を生み出す宝石のたぐいがいくつも並べられ、その中にクリスマスにバーネットからもらった指輪が小さなケースに入れられ大事そうに置かれていた。

「だいたいね、普段はこういう時にジュラの所には来ないのにどうして今日に限ってくるのよ!?」

 ジュラもまた昨日の怪談話で盛り上がった一人で、睡眠不足もいいところだ。もともと低血圧の彼女の予定では午後の訓練まで寝ているつもりだったのだがいつのまにか部屋にもぐり込まれたディータに無理やり起こされてこのざまだ。

 さすがに穏便に対応はできない。

「だって、パルフェは仕事忙しそうだったし、エズラはさっきから健康診断とかで医務室に行ったままだし、リーダーは話も聞いてくれないし、ミスティはお熱があるみたいだし・・・」

「それで・・・残ったジュラの所に来たわけね・・・」

「うん」

 一瞬の沈黙の間。

 ジュラはピクピクと痙攣する口元を無理やりに歪ませる。

「・・・出てゆきなさい・・・」

 笑顔で言うジュラだが、彼女の眉間には深いシワができていた。

「うぅ〜、なんかジュラ恐いよ〜」

 ギロリとジュラににらまれるとさすがのディータも立ち上がり、後ろに歩を進め始める。

 手を扉にかけ、少し開けると彼女はおやすみなさい、と言った。が、

「これだけ叫んだあとで寝れるわけないでしょ!?」

 とジュラに言われてしまう。

「ゴ、ゴメンナサイ・・・」

「・・・ったくもう。・・・はぁ・・・シャワーでも浴びて食事にするわ。それからディータ。アンタもシャワー浴びなさいよ」

「え?・・・な、なんで?」

「アンタさぁ、なんていうか臭いのよ。男臭いっていうか。一晩一緒にいてアイツの臭いが移ったんじゃない?」

 え?そうかなぁ、と言ってディータはクンクンと自分の腕などを嗅いでみるが良くわからない。

 臭いというものは基本的に当の本人には意外とわからないものだ。

「前々から言おうと思ってたんだけどアンタもいい加減、香水ぐらい使いなさいよ。いつまでも子供やってるわけにはいかないでしょ?」

 そう言うジュラも、十分に子供だと思うんだけどなぁ、とディータの頭に思い浮かんだがさすがにそれを口にすることはできなかった。

 時は午前十時。

「ごめーん、寝坊しちゃった〜!」

 そう言ってブリッジに駆け込んできたのは少々寝癖が目立つベルヴェデールだ。いつもの彼女ならキッチリと肩まである金髪を整えてから仕事につくのだが、さすがに一時間以上も遅刻していたらそういう手入れもできなかったようだ。

 彼女は手ぐしで髪を整えながらいつもの席へと座った。

「なんだいアンタも昨日の怪談話に花咲かせていたのかい」

 マグノはヤレヤレといった様子で言った。

「も?」

 ベルヴェデールは首を傾げて、同僚の二人を見ると、二人は苦笑して後ろ髪を掻いていた。

 どうやら、オペレーションクルー三人娘、全員が寝坊してしまったようだ。しかし、他の二人はちゃんと手入れはしてあるようでいつもと同じように髪も整っている。

 アマローネが言う。

「それでもベルは少し遅刻しすぎだよ〜」

「あはははは・・・実は昨日みんなと別れたあと、パルフェの部屋で延長戦しちゃってて」

 ため息交じりにマグノは言った。

「まぁったくしょうがない子だねぇ〜。ベル、どうせその髪じゃロクに朝食も取ってないんだろ?ここはいいからさっさと食べといで」

「いいんですか?」

 ベルヴェデールは訊くとマグノと同僚達を見渡す。皆、しょうがないな、という表情で答えてくれた。

「すみません、すぐに戻りますので。・・・あとお願いね」

 同僚達にウィンク一つ残して、ブリッジを去ろうとするベルヴェデールにマグノは投げかけた。

「ついでにその髪も直しとくようにね」

 はぁーいと返事をしたベルヴェデールとブリッジの扉の所ですれ違いで入って来たブザムは、その背を見送るといつものようにマグノの横に立った。

「お頭。あまり甘やかし過ぎるのはいかがなものかと・・・」

「いいさいいさ。夜更かしなんてできるのは若いうちだけなんだから、今のうちにやらせといてやろうじゃないか。なにせ、若さという名の特権は人の人生でたった一度しか得られないものなんだからね」

 はぁ、とぼやくような返事をするとブザムはいつものように腰に手を当てたポーズを取る。彼女はそういう事を言いたかったのではなく、規律の問題を問いたかったのだが。しかし、彼女はこういう時にふと思う。マグノはひょっとしてそれを分かっていながらにして話を違う方向に持っていってるのではないか、と。

 それを確かめる術はないし、わかったとしても自分にはどうすることもできないので、ブザムはただ、ため息を吐くだけだった。

「・・・アレ?これなんでしょう?」

 そう言って首を傾げたのはセルティックだ。

「どうした?」

 ブザムが訊くとセルティックは大画面にこの辺りの星図を映す。中央にニル・ヴァーナを示す機影が現れ、その進行方向の先に点滅している一点があった。

「これなんですけど・・・」

 マグノは身を乗り出し、少々老眼の入った瞳を凝らしてそのモニターを眺めた。

「うん?・・・こりゃ〜ミッションと移民船の信号だね」

 確かにその点は大昔の移民船とミッションを示す信号が交互に点滅を繰り返していた。

 ニル・ヴァーナの元になった「イカヅチ」でさえ、多少の改造を受けてから再び脚光を浴びた。つまり、そのさいに信号も新しいものに代えられているわけだ。しかし、モニターに映し出されている信号はまさに植民時代の移民船そのものの信号であった。

 ノーメンテナンスで再び移民船が宇宙に出るとは考えられない。ということはどこの星にも着かずにずっと宇宙を漂っていたということなのだろうか。

「何で移民船がこんな所に浮いているんだい?」

 マグノに訊かれても移民船の事についてはマグノより詳しい者はいないので皆、さぁ?とあいまいな返事しかできない。

 そんな中で唯一アマローネだけが明確な口調で言った。

「それよりも何でミッションと移民船の信号が同じ地点から発せられているんでしょう?」

 ミッションに着艦した後でも、信号は多少のズレができ、まともなレーダーならちゃんとそれを確認できるのだが、今回のはまったく同一地点から信号が発せられているのだ。確かにおかしな事ではある。ではあるが・・・。

 ブザムはアゴに手を当て、そしてマグノへと首を回した。

「・・・しかし、別段気にする代物ではないでしょう」

 マグノ海賊団は一日も早く故郷へと戻らなければならない。興味を引かれ、疑問を持ったとしてもそんなことで大切な時を無駄にするわけにはいかないのだ。

「・・・あの場所までどのくらいだい?」

 アマローネが答える。

「現在の速度で進行すれば明後日の朝にはそのすぐ横を通ります」

「・・・そうかい。それなら・・・ちょいとばかり寄り道してみようかね」

 マグノは少し悪戯っぽく笑って言った。

「お頭それでは・・・」

「こうも気になったら夜も寝れやしないよ。そうしたら士気に影響が出るってもんさ。それに、最近パルフェもドレッドの部品が足りてないと報告を受けたばかりじゃないか、ちょうどいいだろう?」

 ブザムはさらに言う。

「しかし・・・」

「大丈夫さ、BC。・・・それにね」

 マグノはニヤリと笑って見せる。

「アタシは好奇心旺盛の若娘だからね。思い立ったらすぐ行動さね」

 彼女はギャグのつもりだったのかもしれないがブリッジはし〜んっと水を打ったように静かになった。

 対応に困った。

「・・・了解しました・・・」

 ブザムはもはやあきれたように承諾の声を出した。

 

 

 医務室には三つの人影があった。一人は部屋の主といえるドゥエロ。その彼の前に座り、不安げなエズラ。二人の間に立っているのはパイウェイだ。

「取り合えず一通りの検査を終えたが、特にこれといった異常は認められなかった。血液検査からいっても単なる過労だろう」

「・・・そうですか」

 エズラは不安げにうつむき、そっと自分のほおに手を当てた。

 そんなエズラを励まそうとするかのようにパイウェイはしゃがんでその顔を見上げた。

「大丈夫だよ。すぐに出るようになるって」

「でも・・・」

 ドゥエロは優しげに微笑んだ。

「彼女の言う通りだ。栄養剤を渡してもいいが、それよりも今は十分な睡眠とちゃんとした食事を取ることの方が体に良いだろう。明日にはまた母乳の出も良くなるはずだ」

「・・・でも、それじゃ今日はカルーアちゃんお腹すかしたままじゃ・・・」

「今日のところは人工のミルクで我慢してもらうとしよう。パイウェイ、ピョロを呼んで来てくれ。勝手にやるとあとでまた怒られそうだからな」

 ドゥエロはそうパイウェイに言うと口元をそっと緩めて見せた。

 そうだね、と彼女もまた笑顔で返すとベットルームへと向かう。そこにはすやすやと寝息を立てるカルーアと彼女の横でさっきまで子守唄を歌っていたピョロがいるはずだ。

 パイウェイが光を遮る垂れ幕を開き、少し薄暗いベットルームへ入るとそこには予想通り、ベビーベットで安らかに転寝を打つカルーアと・・・。

「ねぇピョロ」

 彼女は小さな声で呼びかけるがこちらに背を向けて浮遊しているピョロはまったくの無反応だ。

「ねぇピョロったら!」

 カルーアを起こさないように小さく、しかし少々強めに言うと彼女はピョロの体に手を伸ばす。

「?」

 つかんだピョロのボディをぐるりと半回転させると、一瞬ドキッとした。彼の顔、いつもは大きな瞳が映し出されているモニターに今日に限ってはそれがなかった。ただぼやけたような青白いノイズが走っている。つい数十分前までは何ともなかったはずだが。

「ちょっとどうしたのよ?」

 彼女は彼の体を上下左右に振り回してみるが、モニターには依然として変わらぬ青白い光があり、ただ、カチャリカチャリと両手足がボディに当たって音を立てただけだった。

「?」

 困り果てたパイウェイがどうしたものかと手を考えていると、医務室の方から幸運の女神の声が聞こえた。

「あら、エズラ。・・・どうしたのそんな顔して?」

 声の持ち主は聴き間違えるはずもない。パルフェだ。

 パイウェイがピョロをわきに抱えてそちらの部屋へ行くとそこでは、予想通りのパルフェがエズラの顔をのぞきこんでいた。

「それがね。どうも最近お乳の出が悪くって・・・。今日にいたってはほとんど出なくて何か悪い病気じゃないかと思ったんだけど・・・」

 彼女の言葉を続けたのはドゥエロだ。

「ハードワークが続いたため、疲労が蓄積されていたのだろう。ちゃんと療養すればすぐに良くなる・・・おや?君もあまり好ましい顔色をしていないようだ」

 パルフェは、てへへ、と頭を掻いた。

「実は寝不足でね。かと言って仕事を休むわけにもいかないから、あんたに眼の覚めるような薬でももらおうかと思って来たんだけど」

「そういう薬もないわけではないが、あまりお勧めはできない。無理はせずにそういう時は素直に眠った方がいい。なんだったら二人共ここで仮眠でも取ってゆくか?ベットは空いているし、カルーアが近くにいる方があなたも落ち着くでしょう」

 エズラも少しだけ余裕が戻ったようで、顔を上げた。

「そうね」

「そうさせてもらおっかな」

 彼女らは視線を交差させてうなずいた。エズラが席を立とうとした時、垂れ幕を押しのけ、パイウェイが小走りに寄ってくる。

「パルフェ、あのさ。その前にコレ見てくれない?」

 パイウェイはパルフェの前に無反応なピョロを差し出すと、

「ん?コレって?なんかあったの?」

 と言って彼女はピョロを指差しながらパイウェイに訊き返した。

「へ?だって、モニターが・・・」

「モニターね・・・あ〜これはたぶん最適化してるんだよ。蓄積されたデータを効率良く整理するっていえばわかるかな?ほら、そこのコンピューターとかでも週に一度はしてるでしょ?」

 そう言ってパルフェは大きなモニターを指差すと、その前に座っているドゥエロはさりげなく彼女の指から視線をそらす。

 以前は最適化などしていなかったが、パルフェに週に一度はするように言われたのだ。しかし、実際には前とあまり変わらずに最適化をしていないのが現状で、何となくドゥエロは気まずかった。

「そうなの?」

 パイウェイはピョロの体をひるがえして、再びモニターをのぞく。するとそこにはやはり瞳は映っていなかったが、青白い光は消えてただの黒い画面へと変化していた。

「・・・?」

「さて、話がまとまったな。・・・お頭達にはこちらから連絡を入れておくから安心してくれていい」

 ドゥエロは立ちあがりベットルームまで二人を誘導してゆく。エズラはカルーアのすぐ横のベットに、パルフェはその隣に、それぞれ横になった。

「ごめんなさいね」

 エズラはカルーアを自分のベットに移して寝かせるとそう呟く。それはドゥエロに言ったのかそれともカルーアに言ったのか、それはエズラ本人にしかわからなかった。

 ドゥエロがベットルームから出てくると、そこではパイウェイがいまだにピョロを持ち上げて何やら唸っている。

「どうした?」

「さっきは青白いっていうか、何か変だったんだけどなぁ」

 パイゥエイは眉根を寄せて、う〜ん、とうなる。

「それほど気になるのだったら目覚めた時にでも彼女に聞いてみるといいだろう。それよりもミルクの準備をはじめよう」

 さすがにそう言われるとパイウェイもしぶしぶながら了解するしかなかった。

 

 

 

          ●

 

 

 

 同刻。

そこは、部屋というより広場といった方が正確だろうか。その大きな部屋の四方は真っ白な壁で囲まれていた。壁から壁へは百数十メートル、アーチを描く天井へは数十メートルほどあり、どこか開放感を与えているが、それは何もその場所の広さにばかり依存するわけではない。この部屋には辺りを埋め尽くすほどの植物が根を広げていた。床には数メートルの柔らかい土が敷かれ、そこからは森林を形成する多くの木々が天井からの明かりに手を伸ばすように真っ直ぐにその幹は伸びている。

 等間隔に生えている木々の枝の下を白い影が宙に浮かぶ丸い物体を引き連れてゆっくりと歩いてくる。

 その少女はふと足を止めると近くにあった一番大きい木にそっと手を当てて、まぶしく光る天井を見て微笑んだ。

「どうしたの?・・・今日はとても楽しそう」

 木に語りかけるようにその白い少女は言うと、再び歩みはじめた。

 背の高い木々を抜けるとそこには一面の花畑。白、や紅の花々がその美しさを競い合うように花を咲かせている。

 彼女らの名は『ネリネ』。その輝く容姿から『ダイアモンドリリー』とも呼ばれる。水の精霊の名を持つ美しい花。

 妖精の吐息のように、どこからともなく、そっと風が吹く。

 彼女らは緑のドレスを揺らして踊る。

 彼女らは語らうようにその口を寄せる。

 身につけた宝石が輝くように彼女らはきらめきを放つ。

 そんな彼女らの様子を白い少女は優しげな瞳で眺めていた。

 彼女はゆっくりと振り返り、後ろを付いてきていた浮遊する丸い物体にその灰色の瞳を向けた。

 それはナビゲーションロボ(以下ナビロボ)だった。ピョロよりもいくらか前の型のナビロボのためか一回り大きく、彼のように卵のような形ではなく、バスケットボールのような球体に近い。

 そのナビロボはモニター部分にこの辺り一帯の星図を映し出す。

 モニターの中心部には何やら白い三角形の点がゆっくりとした速度で移動していた。

「あら?あの方、来てくださるみたいね。・・・それで」

 少女はフフッと小さく笑って辺りの木々草々、そして花々を見つめた。

「・・・でも、期待しすぎるのもダメよ?まだ本当に来てくださるのかわからないんですもの」

 少女はナビロボのモニターに右手を伸ばす。手首のチェーンブレスレットがチャリ、と小さな音をたてた。

「ねぇ、アナタ。少し急いだ方がいいかもしれないわね。・・・アナタを求めるのは私達だけではないということを忘れてはいけないわ」

 ピンと少女はモニターの一点の機影を指でつついた。

「理由はどうあれ、ね?」

 少女が小さく笑うと、辺りに緩やかな暖かい風が吹いた。

 

 

 

          ●

 

 

 

 数時間が経過し、時は午後八時を少し回ったころ。

 この時間帯は必ずと言っていいほど浴場は込み合いを見せる。その中で、ディータは一人サウナに入っていた。

「はぁ〜、宇宙人さんとケンカするし、リーダーには怒られるし、今日はついてなかったなぁ〜」

 今日のドレッドのシュミレーションのさい、当然のようにヴァンドレッド・ディータになる状況があったのだが、それがまったくうまくいかなかったのだ。

 ヒビキは今やそれほど朝の事は気にしていなかったようだが、大声を出してしまった手前、いつものように喋ることも、息を合わせることもできないでいた。そしてディータも素直に謝りたいと思っていたのだが、その気持ちはちゃんとした言葉にはならずに、ただの呟きのようになってしまう。

 そんなはっきりとしない態度のディータにヒビキは朝の事とは別に腹を立て、合体を解いてしまった。

 無論そうなればメイアの逆鱗に触れることは火を見るより明らかであることは今更ながら語ることもあるまい。

 あの時から二人は一回も言葉を交わしていない。このままでは明日も、そして明後日もと、それが続いてしまいそうで、ディータにはあまりに重い不安となってのしかかっていた。

「はぁ・・・」

 サウナにはディータのため息だけが流れた。

 そんな時、白い蒸気の向こうでガチャリと音を立ててサウナの扉は開かれる。蒸気が外の世界へと吸い出され、視界がはっきりとしてくるなか、一瞬だけディータの所まで涼しい風が届いた。

「あら、ディータ、一人?」

 そう言ってディータの横に腰を落としたのはその巻かれたタオルから溢れんばかりのスタイルの良いボディとグリーンに瞳を輝かせ、頭に白いタオルを巻いたジュラだ。頭に巻いたタオルからは少しばかり純金色のシルクの髪が溢れている。

 二人の間に沈黙が流れた。

 その沈黙はディータにとっていささか苦しい重みとなって肩から左胸にかけてのしかかってくる。ヒザの上で指先が踊った。

「・・・・・・」

 ちらりとディータはジュラを見る。彼女は足を組み、両眼を閉じて非常にリラックスしているようだ。まさに雲泥の差。

 さすがにいたたまれなくなって、ディータが立ち上がろうとした時、やっとその沈黙は破られた。

「今日のアンタ達って、腹が立ってしょうがなかったわ」

 平然と、そうまるで明日の朝食の話でもするかのように平然とジュラは言い放った。一瞬その口調からディータは何を言われているのかわからずにいたが、ゆっくりとその意味を理解し、途中まで上げた腰の重心を再び座席へと戻す。

「・・・・・」

 彼女はうつむいてジュラの次の言葉を待った。

「ヒビキは朝のこと、まだ怒ってると思う?」

「たぶん・・・でも・・・」

「あんまり怒ってない?」

「・・・ディータにはわからないけど・・・たぶん」

 そんな曖昧な回答にジュラは、ふーんと鼻を鳴らした。その彼女の表情はどこか満足したような、やっぱりねと言っているようなどこか自尊を持っている顔だった。

「やっぱアレよね。今までいろんな事があって、いろんな時に一緒にいて、ずっと戦ってきたからなんとなくでも相手の気持ちがわかるようになってるのね。だから、お互いにさ、相手の気持ちがわかってるから余計に喋りづらいのかもしれない。けど、メイアは別として、周りのジュラ達にとってはそれがものすごくもどかしいわけよ。手出しできないぶん余計にね。向こうもきっと今のディータと同じ気持ちなんだから思いきって謝っちゃいなさいよ。・・・いい?ちゃんと明日のシュミレーションまでにはなんとかしておきなさいよ。そうじゃなかったらしょうちしないからね」

 そう言ってジュラはニヤリと笑って見せた。彼女は怒っているのではなく、助言をしに来てくれたのだとこの時はじめてディータはわかった。

「・・・うん」

 ディータはうつむいたまま返事をした。

「それから・・・」

 再びジュラが口を開いた時、強い横殴りの衝撃がニル・ヴァーナを襲う。浴場にもかすかに悲鳴が上がる。

「きゃっ!!」

 サウナ室も例外ではなく、衝撃の餌食となる。二人はからまるように床へ転がり落ち、双方ともにタオルがパサリと落ちた。

「・・・な、なに?」

 ジュラの体の上に倒れたディータは顔を上げて言った。

「・・・・ちょっとディータ・・・」

 下になったジュラがディータの右手首を握る。

「ぇ?」

 視線をそちらに送ると自分の右手がジュラの豊満な左胸を思いっきりワシづかみにしていた。細い指の間からジュラのものが納まりきらずにはみ出している。

「あ、ご、ごめん・・・」

「アンタにもませる胸はないの」

 そう言ってジュラはピンッとディータのおでこを指で弾いた。

 艦内に放送が流れる。

『敵襲です。ドレッドチームは至急、全機出撃してください。繰り返します・・・』

 ブリッジはすでにいつものメンバーがそろっていた。

 マグノはため息交じりに言う。

「やれやれ。敵さんもまた、ナンだってこんなに仕事熱心なんだか」

 メインモニターに映ったこの辺りの宙域のレーダーには無数の敵影が確認できた。ニル・ヴァーナの近くに数機のキューブ、後方にはピロシキ型が数機とそこから吐き出されるキューブの群れ。そしてそれらの後方宙域には未確認の信号を持つ機体がいた。

「新型か・・・」

 ブザムがポツリと呟くのとほぼ同じにバートがブリッジに駆け込んで来る。彼はパジャマにナイトキャップを身につけ、明らかに就寝用装備だった。

「おそいよ、にいちゃん」

「すみませ〜ん!」

 マグノの言葉を背に受けながらバートはナビゲーション席へ飛び込むとブリッジに閃光が走る。

「シールドを展開しつつドレッドチームの出撃準備が整うまで敵を引き離せ」

『了解ッス』

 ちらりとブザムはモニターに眼をやり、今回の作戦を思案する。

 敵の総数は今までの戦いから見てそれ程多いわけではない。新型一機にだけ気を使えば何とでもなる状況だ。雑魚(ザコ)はドレッドチームにまかせて新型にはヴァンドレッド・ディータあたりにでも受け持ってもらおうか。 

「おや?」

 見つめていたモニターの一点、新型を示す点が一瞬ブレたように見えた。だが、眼を細めて再確認してみるとなんらおかしな所はない。

 眼の錯覚だろうか。

「エズラ、今モニターの・・・」

「はい?」

 エズラは首をかしげたので、おそらくは気付かなかったのだろう。首を回して見るとマグノも含め、誰もそのことには気付いていないようだ。

 彼女は口元に手を当ててしばし沈黙する。

「・・・・・・・」

 眼の錯覚?いや、そんなはずはない。たしかに・・・。

 アマローネが言った。

「通信、メイアからです」

 最も早く戦場に踊り出たのはドレッドチームのリーダー、メイアだ。

「こちらメイア。敵の情報を」

 通信回線を開きながらも彼女のドレッドは軽々と近くを浮遊していたキューブ一機を撃墜する。

 モニターの向こうでブザムはいつものように腰に手を当てたポーズをとっていた。

『さすがに早いなメイア。キューブが三十機だが、三機のピロシキ型からまだ出てくると考えられる。それと、未確認の新型機が・・・約一機だ』

「約一機?」

 ずいぶんとあやふやな言い方をしたのでさすがのメイアも思わず訊き返してしまう。数機、または複数という言い方ならまだしも、約一機というのはどういう意味なのだろう。

『・・・そうだ。約一機だ』

 そう言うブザム自身どこかその言葉に疑心を持っているようで、口調にいつもの覇気が感じられない。

「・・・ラジャー」

 それでもメイアは受諾(じゅだく)し、前方にせまってきたキューブの一機を落とす。

『取り合えず、先行して攻撃している数機のキューブを迎撃してくれ。ドレッドチームがある程度そろったら敵を一掃するんだ。あとの指揮は頼んだぞ』

「ラジャー」

 さらにメイア機は一機のキューブを撃破すると次の目標を定めるが、それは攻撃を仕掛ける前に爆発してしまう。

「!?」

 通信機から元気な声が入る。

『遅れました〜!』

 ディータのドレッドだ。

『まったくなんてタイミングで来るのよ。ジュラはお風呂の最中だったんだからね!』

 モニターを見ると二人は乾ききらないでいる髪にタオルを巻いてドレッドに乗り込んでいた。所々から彼女らの美しい髪が溢れている。

 フッとメイアは小さく笑う。

「二人とも、湯冷めには気をつけるんだぞ」

『はぁーい』

『言われなくともそうするわよ。さっさとやっちゃいましょ』

 ジュラのその言葉を皮切りに、三機のドレッドが一斉にキューブを落とし始める。彼女らの手にかかってはニル・ヴァーナを囲んでいた数機のキューブなど何の抵抗になろうか。三機がそろってからわずか数十秒でニル・ヴァーナへの攻撃は皆無となった。

 そしてちょうどその頃にはドレッドチームがある程度の数がそろい始める。

 ちなみに、なぜ通常のドレッドチームのクルーより早く浴場にいたディータ達が出撃できたのかは、彼女らの機体の保管場所を考えていただければわかると思う。つまり、レジでオーダーを通す通常のドレッドより、格納庫から直接出撃できる彼女らの方が段取りが少なくてすむのだ。

「よし、フォーメーションを組んで敵を一掃するぞ。遅れるな!」

『ラジャー!!』

 少女達の勇姿は広大な宇宙でも、鮮明な光を持って輝いていた。

 ブリッジには違和感、いやぎこちなさといった方が正確だろうか。少しばかり普段とは違う雰囲気を持った空気が流れていた。

「どうにかやれそうだね」

 マグノがそう呟くとブザムはそれに答えるように小さく、はいと口を動かす。

 おかしな空気の原因は彼女、ブザムにあった。おそらくはブリッジにいた全員があのレーダーに現れた[ブレ]を見ていないので、先ほどの[約一機]とメイアに告げた一言が気になっているのだろう。彼女らは戦闘中ということもあり気軽に尋ねることはできないし、尋ねても明確にあのブザムが説明してくれるとも思わないので黙々と指先を動かし続けるしかなかった。

 そんな中マグノだけはブザムの言動を、理解こそしていないようだが、何かしらの意図を読み取ったようであまり喋らずにいつもの席に腰掛けている。その瞳は新型機の信号を映すレーダーと毅然(きぜん)とした顔をするブザムの後ろ姿をニヤつきながら、交互に見やっていた。

 ブザムがレーダーにちらりと眼をやるとカメラの有効範囲に新型機が進入する。

「エズラ、新型の映像出せるか?」

 はい可能です、とエズラが受けるとすぐさまメインモニターに始めて見る敵の姿を浮かび上げらせた。サイズはキューブの十数倍。細長い体を持ち、うねうねと身をくねらせながらキューブの間を縫うように高速で移動していた。その様はまるで蛇。ヤツはスキマなく付けられたウロコの上に毒々しい青を身にまとい、傷口から溢れたような深紅の斑点(はんてん)を取りつけている。正直食事がまずくなるような敵だった。

「あれ・・・か・・・」

 ブリッジにブザムの呟きが不思議と皆の耳にまで届いた。

 

 

 

          ●

 

 

 

 新型機、ヘビ型とでもこの場合呼ぼうか。奴は大量のキューブの間をくぐり抜けようやく、敵の本体を見つけた。大きなスクラップのような戦艦の周りをハエのようにちょこまかと動き回る小型戦闘機ども。

 大した相手ではないように見えるのだが、そんなアイツらに次々と撃破されてゆく部下、キューブ達を見ているとそう甘い連中でもないようだ。

 現状の戦力は、この辺りの偵察部隊でしかないのだからそれ程のものはない。このまま戦闘が長引けば確実にこちらが不利になる。

 ここは一つ己の力で戦局を変えてやるとしよう。

 ヘビ型はキューブ達に援護命令を出して、さらに速度を上げた。

 

 

 

           ●

 

 

 

「ったく人がやっと寝ついたところだってのに、何考えてやがんだよ!コイイツらは!!」

 ドレッドチームから遅れること数分、ヒビキの駆る蛮型がようやく戦場に飛び出していった時にはすでに敵の半数は爆炎に包まれていた。

「俺様の見せ場は残ってんだろうな!」

 そうヒビキが呟いた時通信回線が開かれた。

『ずいぶんと悠長な出撃だな』

 そう言って鼻を鳴らしたのはメイアだ。

「うるせ〜な。遅れた分は今からきっちり取り返してやるぜ!」

 そう言って一方的に回線を切断するとヒビキは次々とキューブを落としてゆく。いつもならすぐさまディータと合体している所だが、昼間の事もあり蛮型のままだ。それを知っているメイアもまた合体を強要はしなかった。

 

 

 戦闘宙域の隅(すみ)、二機のドレッドが次々とキューブを撃破していく。

 二人はメイアの命令でニル・ヴァーナの後ろへ回ろうとするキューブの撃墜命令を受けていた。

 訓練通り、いつも通りに二人はキューブを撃破してゆくと、ふとある事に気がついた。

「ねぇ、なんか敵の攻撃が緩くなった気がしない・・・?」

『・・・そう言われればなんとなく・・・』

 二人が戦闘の手を緩めることなく相談していると、目前にキューブが突っ込んでくる。

「やっぱそうでもないか!!」

 素早い判断でそのキューブにレーザーガンを二発打ち込み撃破すると小さな爆炎が上がり彼女達のドレッドを照らす。

『油断大敵、だね』

 小さな笑い声と共にそう言われると彼女はチェっと小さくつぶやき、次の獲物を求めてレーダーに眼をやった。そこには無数のキューブに囲まれて驚異的な速度でせまる謎の大きな影。

「え!?・・・ねぇちょっと!」

 彼女が相方にそれを伝える前に、キューブの間からついにその影が顔を出す。青い地に赤い斑点(はんてん)の巨大ヘビは迷うことなく二機のドレッドめがけて突っ込んでくる。

 二人は一瞬慌てこそしたもの、すぐさま訓練通りにフォーメーションを取り、攻撃に移る。

 無数の光線がヘビ型を狙う。

 辺りから降りそそがれる弾丸にヘビ型は一切の怯み(ひるみ)を見せず悠々とその全てを受けとめてみせた。

「そんな!!」

 止まらないヘビ型の突進は二機のドレッドをその牙に捕らえようとさらに速度を上げる。

「くそぉぉぉ!!」

『うぅぅぅっ!!』

 二機のドレッドは二手に別れ、小刻みなカーブを描きながらもドレッドの可能限界速度で回避運動をとる。かなり無茶な操縦に機体から悲鳴が上がり、それと同時に続けざまに襲う、慣性と加速によるGにパイロットの体が締め付けられ口からうめきが漏れた。

「体制を立て直してからもう一度攻撃するよ!」

 彼女が指示を出すも、いつもの声、ラジャーという声が聞こえてこない。

「ちょっと聴いてるの!?」

『・・・・いやああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!』

 彼女の問いに答えたのは断末魔の叫びだった。

「なに!?どうしたの!!?」

 彼女はドレッドの向きを変えて相方のドレッドを探す。

 目指したものはヘビ型の体当たりを受け、ドレッドの破片を振りまきながらかなりの速度で宙を舞っていた。

「そんな・・・!!」

 カメラを最大ズームにして、そのドレッドをさらに詳しく見ると、どうやらコックピット自体には損傷は見られない。ヤられたのはエンジン部だけだ。飛んでいる方向もみんなのが戦っている方だから手の空いている者が誰か助けてくれるだろう。

 それよりも・・・。

「そうだ、ヤツは!?」

 つい仲間の身を案じることに意識をとられ、戦闘中であるということを一時忘れてしまった。

 彼女は急いでレーダーを見る。

「・・・上!?」

 モニターで確認するよりも早く彼女はドレッドのブースターを最大レベルで吹かす。

「うっ!!」

 加速の衝撃で彼女の細い体がシートに沈む。

 彼女の後方を落雷のごとく、上から下への眼にも止まらぬ墜撃が放たれる。

「・・・くそぉ!!カタキとってやりたいのに逃げるのが精一杯の自分に腹が立つわ!!」

 そう言って再び彼女は回避運動を取りつつ、仲間のいる方向へと逃げに走った。

 ・・・・・・しかし。

 彼女は見た。後方に迫り来るヘビ型の、背筋を刺激する不気味な姿を。ドレッドが左へ曲がればヘビ型はドレッド以上の速度で、そしてさらに小回りで左へと喰らいつく。

「・・・な、なんであんなデカイ図体してついてこれんのよ!!?」

 ドレッドの運動機能を最大限に活用すれば小回りの効くキューブですら追いつくことはできないというのに、後方に迫る一機のバケモノはその数倍以上のサイズ、質量を保有していながらそれを上回る、小さなカーブを描き、そして驚異的な速度で食らいついてくる。

 彼女が錯乱する頭でモニターの迫るヘビ型を見やると、カーブをするさいに青いウロコが微妙に逆立ちそこから小型のジェット噴射のようなものが無数に行われ、それを本体の方向転換能力としている様が見てとれた。ということはあのウネウネと曲がるボディ、そして仮に青いウロコの全てにそのジェット噴射の機能があると過程するなら、敵は上下左右驚異的な方向転換機能及び加速能力を持つということになる。

「ダ、ダメ・・・追いつかれる!!」

 彼女は恐怖に震える手で、なおも逃げ続けた。小回りはもちろん、あえてキューブ同士の狭いスキマに身を通してみたりするが、ヘビ型はそんなものはお構いなしに仲間を粉々に吹き飛ばしてもなお一機のドレッドを追いかけ回す。

 その様はまるで猫が足を痛めているネズミを遊びながら追いかけているようにも見えた。

「うっ!!」

 コックピットに強い衝撃が走る。無理を強いてきたドレッドの機体についに限界が来たのだ。いつもは同じリズムを刻むエンジン部からノイズが走り、テンポが狂い始め、そして耳障りな甲高い音が聞こえる。手もとのメーターのほとんどはレッドゾーンに行ったまま帰らず、そのスキマからは火花が散る。

 さらに強い衝撃。

 エンジン部から炎が上がる。

「リ、リーダー援護を!!お願いします援護を!!リ・・・」

 狭いコックピットに絶叫がこだました。

 

 

『どうしたの〜?いつものように、宇宙人さ〜んって合体しないの?』

 からかうようにジュラがモニターの向こうで笑うとディータはうつむいて沈黙することで自分の意思を彼女に伝えた。

『はぁ・・・ダメね。そんなんじゃいつまでたってもそのまんまよ?』

「でも・・・でもぉ・・・きゃっ!!」

 ディータのドレッドにどこからか飛んできた流れ弾が偶然に直撃する。

 モニターがジュラのものから突如としてメイアへと変わった。

『ディータ何をしている!?戦場で公私混合など・・・死ぬつもりか!?戦闘に集中できないのならニル・ヴァーナに帰艦してしまえ!邪魔だ!!』

 そう厳しく言い放って回線は途切れ、再度現れたのはジュラだ。

『・・・メイアもああ言ってるけど、アンタ達が心配なのよ。関係も身も、ね。だからジュラ達の話を盗み聞きしていたんじゃない』

 一瞬ディータはえ?と思ったが、少し考えて見ると、なるほど確かにそうなのかもしれないと思えた。二人の会話を聞いていたからこそあの時「戦場で公私混合・・・」という言葉を言ったのだろう。

 不器用な彼女なりに考え、自分の様子を見守っていてくれていたのかもしれない。そして、自分の気持ちが整えばヒビキと合体を命令していたのかもしれない。

 言葉や直接的な行動で表さない、そんな彼女の気持ちが逆に強くディータの胸に染み込むように伝わった。

「・・・ジュラ。ディータ、宇宙人さんと合体する・・・」

 ジュラはニヤリと笑った。

OK!どこにいるかはわかるわね?』

 ディータはうなずくとドレッドのブースターを吹かした。

 

「おっしゃ〜!次はどいつだ!?」

 そう言ってヒビキの蛮型は辺りを見渡す。すると数機のキューブが迫ってくるがそのどれもが遠方から放たれた攻撃によって撃破される。

 蛮型のレーダーを見ると後方よりディータのドレッドが迫ってきているのがわかり、ヒビキは小さく舌打ちした。

 どうせこのまま合体したって気まずい戦闘をすることになるのだろう。だったら最初っからそんなことをせずに、多少戦力的に苦しくとも単体で戦っていた方がまだ気が楽だというものだ。

 そう思い、ヒビキが逃げるように蛮型のブースターを吹かそうとすると、そのディータから通信回線が開かれ、妙に元気な声が聞こえた。

『宇宙人さ〜〜ん!!』

 その声にヒビキは一瞬、言葉を失いキョトンしていたが、その後ゆっくりとニヤリと笑う。どうやら向こうはふっ切れたようだ。元々、ヒビキは朝のことより、その事でモジモジとしていたディータの態度に腹を立てていたので、これならば何の問題もない。あるわけがない。

 ヒビキはブースターを吹かすのを止め、ディータがやってくるのを待った。

 その間にヒビキはふと思う。

 いつからだろう。相手の声を聞くだけでその心境がわかるようになったのは。・・・いつの間に自分達はこんなに近い存在になれたのだろう。

 いつのまに自分は・・・・。

 

 ヒビキの蛮型、ディータのドレッド、二機がまさに今、合体せんとするその瞬間。

『リ、リーダ援護を!!お願いします援護を!!リ・・・いやああぁぁぁぁぁあぁぁ!!』

 絶叫が皆の通信回線から爆発するように溢れ出し、そして戦場の一角で一機のドレッドが爆炎を吹き上げた。そしてその爆炎を突き破り、ヘビ型がその頭角を表す。高速で迫る奴に誰もが反応しきれなかったように、ヒビキもディータもまた何一つとして動くことができなかった。

 ヘビ型の頭は確実にヒビキの蛮型を捕らえる。

「っがはぁっ!!」

 耳を貫く金属音が鳴り響き、蛮型は高速で移動してきたヘビ型の勢いそのままにニル・ヴァーナに向かって吹き飛ばされる。

「うちゅ・・・!!」

 ディータがヒビキの名(?)を呼び終る前に彼女のドレッドはヘビ型の即面に弾かれて、グルグルと機体が回りながら吹き飛んでいく。

 

『バカ!コッチくんなぁ!!』

 ブリッジにバートの声が響いたのとほぼ同時にブリッジの前方からものすごい速度で蛮型がニル・ヴァーナに突っ込んでくるのがブリッジにいるクルーの多くが視認した。

 皆がギョっとしている中、ブザムだけが素早く指示を出した。

「シールドを解け!!ヴァンガードが破壊されるぞ!!」

 シールドといえどもペークシスプラズマから放出されるエネルギーを源に発生するある種のレーザー兵器、つまり、並の機体が接触するだけで相当なダメージを受けることは必至なのである。それが激突となればタダで済むはずはない。

 誰よりも早く反応したベルヴェデ―ルが意識するより早く指を動かしシールドを解除する。そしてブリッジのやや下方に激突した蛮型がニル・ヴァ―ナ全体に小さな振動をもたらした。

「ヴァンガードはどうなった!?」

 ブザムの声に答えるようにメインモニターにニル・ヴァーナの外壁に取りつけられたカメラの映像が映し出された。そこには蛮型が四つんばいになってニル・ヴァ―ナに張り付き、何とか勢いを止めていた。

 そして通信回線がその蛮型から開かれた。

「ヒビキ無事か!?」

 ブザムが訊くがその返答より先に回線からは耳を塞ぎたくなるような甲高い(かんだかい)音のノイズが溢れる。それからややしてモニターにノイズ混じりのコックピットの映像が映し出された。

『・・・な、なんとか無事だ。まだ、やれる・・・クソッ』

 モニターに映されたヒビキは額から血を流し、一言喋るたびに口から赤い泡が吹き出た。彼の後方のコックピットからも血潮の変わりに火花が散っている。どうやらヘビ型の突撃を蛮型の腹部、つまりコックピット部分のすぐ近くに受けてしまったらしい。 

「無茶をするな。今すぐ帰艦しろ」

『・・・まだいけるって言ってんだろ!・・・ウッ!!』

 モニターの向こうのヒビキは自分の口に手を当ててそこから溢るものを押さえようとするがそんなもので塞ぎきれるわけもなく、指の間から血と嘔吐物(おうとぶつ)の混じりあったものが勢いよく吐き出され、コックピット内にぶちまけられた。そしてそれを最後にヒビキはうつむいたまま一切の動きが消えてしまう。

「ヒビキ!大丈夫なのか!?ヒビキ!!」

 ブザムの呼びかけにも彼は動こく気配はない。そこにセルティックからの報告が入る。

「副長!!ヴァンガードのエアー漏れを確認しました!」

「なんだと!?ヒビキ!!急いで艦内に戻れ!!」

 再度のブザムの呼びかけにもまったく反応を示さないヒビキにさすがにブリッジにも緊張感がただよいはじめた。

 アマローネの報告。

「ヴァンガード、機能の数十パーセントが動作不良です!これでは帰艦できません!」

 マグノの舌打ちが鳴った。

「コックピットをやられたのが痛かったね。誰かあの坊やを回収しに行けるかい?」

 セルティックがブリッジに少しばかり嬉しさの混じった声を上げた。

「バーネットがデリ機にて回収に向かうそうです!」

 ブザムがふぅ、っと小さくため息を放つ。

「急ぐように伝えておけ。・・・例の新型機はどうなっている?」

 メインモニターが切り替わり、戦場に舞うドレッド達の姿を映し出す。そこにはヘビ型が縦横無尽に暴れ回っており、それに対応するためにドレッドチームの半数近くが手を焼いているようだ。

 時折、ドレッドチームのクルーから苦境の声がブリッジに伝えられた。

「エズラ、例の新型、あのヘビ型の攻撃パターンはどのようなものだ?」

 ブザムに尋ねられるとエズラは素早くコンソールを叩く。

「ええっと、主に体当たりばかりです。ですが、相当な速度で、あの質量です。ヒビキちゃんのヴァンガードですらあの状況なので、ドレッドが直撃を受ければひとたまりも・・・」

 ふむ、とブザムはアゴに手を当てて少しばかり思案を巡らせた。

 攻撃方法があまりに古典的すぎるな。新型機、というよりも旧型機といった方が正しいのかもしれないが、そのわりには驚異的な加速に、ドレッドの攻撃をもろともしないあの装甲。ただの旧型機とは思えない。あの時の[ブレ]も気になる・・・いったいあの機体には何があるというのだ・・・?

 その時、次々と報告が入る。

「ロゼ機、ミーシャ機、ディータ機、大破!!戦闘続行・・・いえ、飛行不能で帰艦できません!!誰か回収に向かってください!!」

「キューブ、ピロシキ型よりなおも増幅!!」

「ドレッドチームの損害拡大!!これ以上戦闘が長引くのは不利です!!」

 ブザムの眼はモニターに映るヘビ型に鋭く刺さっていた。

「旧型であろうと攻撃が古典的だろうとその力はたしかのようだな・・・」

 メインモニターのわきに新たにモニターが開かれ、そこにはドレッド内のメイアが映っていた。

『こちらメイア。一旦ドレッドチームを収容して装備の変更をすることを提案します。今のままではあのヘビ型の装甲をやぶれません!』

「そうだな。・・・良し。バート、眼くらまし代わりに一撃を放て。そのスキをついて大破したドレッドを収容、及び戦闘に耐えうるドレッドはレジにて装備の変更。メイア機とジュラ機は各々のバックアップにつけ!」

『ラジャー!!』

 

 ブザムからの命令を受けてからのメイアの行動は実に迅速だった。

「ジュラ、お前は回収チームのバックアップにつけ。私は収容するメンバーの方につく」

『わかったわ』

「大丈夫だ。すぐに回収に向かう」

『す、すみません・・・』

「アマヌ機はまだ動けるな。戻れるか?」

『はい!大丈夫です』

D-13宙域の者はC-16宙域を通って帰艦するんだ」

『わかりました』

Aチームが先行して換装。それからBチームだ。再出撃した者はニル・ヴァーナを中心に防衛網を張れ。くれぐれもあのヘビ型を近づけるなよ」

『ラジャー!!』

 次々と健全なドレッドクルーに指示を出し、そして大破し、自らではもはや動くこともできないドレッドクルー達に励ましの声をかけていく。そんな勇ましい彼女の姿を見ていると誰もが勇気づけられ、そして敗北という言葉が頭の中から薄れてく。

 昔はこうではなかった。昔はただ優秀だということで仲間達は彼女の指示に従っていた。彼女の言う事に誤りはなかったから。だが、今ではどうだろう。ただ優秀だからというそんな機械的な感覚で彼女の命令を受けて、そして従っているのだろうか。

 そんな者は誰もいない。昔のように従事するのではなく、信頼し、自らの意思でついていっているのだ。だからこそ彼女からの言葉には重みを感じ、素直に信じれる。

 この事は、特に大破しているドレッドチームの面々にはとても大きい役割を果たしていた。あまりに広大で、天地無用の宇宙で自らの命を預ける機体が飛行不能になるということはとてつもない恐怖だ。ヘタをすればパニックにすらなりかねない。だが、メイアからの一声がそれらを優しげに包み込む。

 たった一言。

 されど一言。

 全てとまではいかなくとも不安を減らし、希望を与え、そして勇気が沸く。その一言は彼女らにとってとても大きく、重い。

「ニル・ヴァーナからの一斉射撃が開始の合図だ。全員遅れるな!」

『ラジャー!!』

 メイアの声にドレッドチーム全員の声が呼応した。

 

 

 

          ●

 

 

 

 ヘビ型は気付いた。彼(?)の正面に能無しのようにたたずんでいるスクラップの塊、ニル・ヴァーナが急速にエネルギーチャージを始めたのをすぐさま読み取ったのだ。

 辺りを見渡すと攻撃の手を緩めこそしないが、徐々にハエどもが後退していくのがわかる。

 彼は再度ニル・ヴァーナへ視線を向けると同時に機体の表面をスキャンする。レーザー砲門は全部で数十個。

 もし、彼が人間であるのならば、この時、ニヤリと不適な笑みを浮かべた、というのが適切な表現であろう。

 彼はゆっくりとその動きを止め、次の行動に移った。

 

 

 

          ●

 

 

 

 バートの雄叫び(おたけび)と、数十の音のない咆哮(ほうこう)が上がり青色の線がキューブ達を狙い定めて吐き出される。そして、その瞬間を待ち構えていたドレッド達が次々に豪速で行動を開始する。ある者は一目散にニル・ヴァーナに、ある者は大破した仲間達の機体に緊急時用のワイヤーロープを打ち込み、その機体を引っ張る。そしてそんな彼女らを守るように深紅と白銀の二機のドレッドがその身を舞わせる。

 完璧なまでに息の合ったコンビネーション。

 確かにそうだった。

 一日やそこら、肩を並べていればできるというような技ではない。

 確かにそうなのだ。

 ただ、どんなにスゴイ技であろうと、どんなにミスのないコンビネーションだろうと、必ずしも決まるということはない。

 それは誰もが知っていることだ。だが、いざそうなってしまうと、もはや驚きしか現れないというのが人間ではある。

 ニル・ヴァーナからの咆哮が上がったのとほぼ同時にヘビ型の赤い色をしたウロコの全てが逆立つ。そしてそこから飛び出したのは数百にも及ぶ細いレーザーという名の鮮血の雨。毒々しい赤色のレーザーはその半数をニル・ヴァーナから発射されたレーザーに向けられ、残り半数はドレッドへと牙をむいた。

「なんだと!?」

 メイア機のコックピットを十数本の赤いレーザーがかすめていく。考えるよりもはやく彼女の操縦桿を握る手は機体を回し、敵の攻撃から身をそらす。

『きゃああぁぁあぁぁあぁ!!』

『しまったぁ!!』

『ウソでしょう!!??』

『いやぁぁぁあああああ!!』

 通信回線から誰のものとも判断できない叫び声が次々と流れ込むように入ってきて、その一つ一つがメイアの責任感を締め付けた。

「クソォ!!」

 メイアのドレッドは急激に方向転換し、攻撃の源、ヘビ型へと頭を向けミサイルのトリガーを引く。

 その瞬間、メイアにはヘビ型が嘲笑った(あざわらった)ような気がした。

 発射された二本のミサイルは、ヘビ型からさらに発射されたレーザーによって無意味の爆炎を吹き上げる。

 

 ニル・ヴァーナとヘビ型のレーザーはぶつかり合い、あるものは相殺し、あるものは力負けしどちらかの方向へ進行するが、力なく敵の機体に受け止められる。

 そしてドレッドへ向かったレーザーはほぼ確実にその機体を貫いた。

 

 ブリッジ内にいくつもの絶叫がほとばしる。その全てはドレッドチームからの通信回線からだった。

「な、なんだと・・・・!?」

 マグノの眼は見開かれ、ブザムの口からは驚嘆(きょうたん)のつぶやきが漏れる。

 そして、それを最後にブリッジに一瞬の沈黙が降りた。

 誰よりも早く、はっ、と我に返ったのはベルヴェデールだ。彼女は手元のコンソールに送られてくるデータの処理にとりかかった。そしてそれを見ていたアマローネ、セルティックもまた手を動かし始める。

「被害を報告しろ!」

 ブザムの怒気のこもった声が響く。

「ニル・ヴァーナ周辺に待機していた機体とメイア機を除いて、全ドレッドの八割に直撃しました!!」

「パイロットの生存及び、機体の安全は確認できました!ですが、ほとんどの機体がこれ以上の戦闘、及び飛行は不可能です!!」

「ヘビ型の動きは停止しましたが、再チャージを始めています!」

「キューブの攻撃が再開されました!!」

 さすがのブザムも策が切れた。どんなに最高の策士であろうと、どんなに経験をつんでいようと、手ごまのなくなったチェスなんて勝負になるはずがない。

「・・・お頭!」

 ブザムはフードに包まれたマグノの瞳を見た。それは研ぎ澄まされたナイフよりも鋭く、ダイアよりも硬い、そんな瞳だった。

「生き残ったドレッドは何機だい?」

「ニル・ヴァーナ内には三機、戦闘宙域にはメイア機を含む四機です!」

「よし。七機のドレッドで敵サンの攻撃を防げるだけ防ぐんだ。その間に娘達を回収するよ!」

 ブザムがそこに口をはさむ。

「しかし・・・どのようにして・・・?」

「バーネットとパルフェに連絡は取れるかい?」

 はい、と短い返事をしてエズラはコンソールを叩くと、すぐさまメインモニターを二分割して機関室のパルフェと、未だレジ機の中のバーネットの姿が映し出される。

「パルフェや。今の現状は理解しているね」

 彼女はうなづいた。

「よぉし。・・・たしかお前サン達のところに工作用の機体があったろう?」

 マグノのその声を聞いた瞬間、ブリッジクルーとパルフェはギョっとした。

『アレで回収に向かうんですかぁ!?あんなのだと一撃でやれちゃいますよぉ!』

 マグノの言った工作用マシンとは、本当に工作だけが目的に造られているので、装甲も薄く(というか、そんなものはない)、もちろん武器だってない。当然そんなもので戦闘宙域に入ろうものなら、キューブの一撃だけで新しい宇宙ゴミの仲間入りになってしまう。

 そんな娘達の表情を少しばかり楽しむようにマグノはブリッジを軽く見渡して、それからヤレヤレといった様子で再び口を開いた。

「わかってるよ。まぁったく早とちりする子だねぇ。・・・バーネット」

『はい』

「お前さんのデリ機のシールドを最大限に広げてそこに工作機を入れて運んでやんな。それなら行けるだろう?」

 そう言ってマグノはニヤリと笑って見せた。彼女がこういうふうに笑っている間はまだゲームはチェックメイトではないということだ。

 パルフェがパチンと指を鳴らす。

『あ、なるほど!』

「できるね?」

『ラジャー!!』

 二人の娘は気焔(きえん)な返事をした。

「・・・それからにいちゃん」

 メインのモニターがバートへと切り替わる。

『はい?』

「娘達がああなった今、アンタにゃ攻撃に回ってもらうよ」

『ぇ?・・・でも、僕の攻撃じゃ・・・』

 先ほどバートからの、つまりニル・ヴァーナからの一斉射撃は敵のレーザーによってほとんどが玉砕(ぎょくさい)されてしまっている。再度行って効果があるのかどうか、はっきりいって疑問だった。

「なぁに大丈夫さ・・・」

 マグノはそう言うと不敵な笑みを浮かべ、レーダーに映るヘビ型の機影をじっと見つめていた。

 

「これでどうだ!!」

 メイアは機体に張り付こうとするキューブを避けながら、遠くにいるキューブを次々と撃破してゆく。

「次!!」

 彼女は正直なところ、焦っていた。

 ヘビ型に攻撃が通じないため、攻撃の矛先をキューブ達に向け仲間を守るための戦いを始めていた。

 例のレーザーによる攻撃が終った後はいたる所に仲間を乗せたままの破損したドレッドが宙を浮遊しており、それを狙い的確な攻撃をしかけてくる刈り取り機をメイアは次々と撃破してゆく。自らに降る弾薬など気にも止めずに、機体が悲鳴を上げるのもどこ吹く風のように、ただ仲間を守り続けた。

 しかし、どうあがいてもたった一機のドレッドで仲間達全部を守りきることは物理的に不可能だった。

 ならば、どうする?

 考えることではない。お頭達を信じるのだ。そしてお頭達が提案する作戦が開始されるまで、自分にできることを最大限にやるまでだ。

「・・・誰一人として死なせない!・・・死なせはしない!!」

 メイアは自分が束ねるドレッドチームを守るため、自分に下された使命を果たすため、自分が愛する仲間達の笑顔のため、一機で、たった一機で数十体に及ぶ敵とメイアは戦っていた。

 

 

 

 

 そして宇宙の一角で連続した光がほとばしる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ●

 

 

 

「・・・こりゃ大変だわぁ・・・」

 そう言ってパルフェはヴァンガードが並ぶ、格納庫(ディータ達のドレッドもここにある)を見まわしながらゆっくりと歩いて行く。

「ドレッドの方の修理もありますし、もしかしたら部品が足りなくなるかもしれませんね」

 パルフェの後ろに続く数人の機関クルーの一人が言った。

「・・・そうねぇ・・・」

 パルフェのつぶやきを最後にしばらく、彼女らが持つ工具がガチャリガチャリという金属音以外の音が皆無になった。

 最初にその沈黙に耐えられなかった少女が少し暗い口調で言う。

「・・・みなさんも元気ありませんし、これからどうなっちゃうんでしょうね」

 ニル・ヴァーナは今、逃げていた。マグノの作戦を実行し、工作機数機が犠牲にこそなったが全部のドレッドを回収し、取り合えずは死人を出さずに済んだ。しかし・・・。

 完全な敗北。

 だが、マグノはそれで十分だと言う。誰も失わず済んだことが重要なんだと言って優しげに笑った。

 本当にそうなのだろうか・・・?

 誰しもがそう思った。特に最前線に出ていたドレッドチームにはその思いが特に強かった。

 ニル・ヴァーナには重苦しい空気で満たされ、深い闇の中を疾走するように沈んでいたのだった。

「・・・・・・・・」

 少女の言葉の後、またもや沈黙が場を支配する。

 カチャリカチャリと工具は鳴り続けた。

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

 唐突に先頭をゆくパルフェの足が止まり、クルリと降り返る。

「だあぁぁもう!辛気臭いわね!例え[これから先]どうなろうとアタシ達の当面の仕事は傷ついたこの子達をきちんと治してあげること!そうでしょ!?」

 パルフェが、彼女にしては珍しく声を張り上げたことで、機関クルー達はメガネの奥の瞳を丸くして固まってしまった。

「もし[これから先]で悩むようなことがあったらその時悩めばいいの!今はできることを精一杯やって、ちゃんとした[これから先]がくるようにすればいいの!わかった!?」

 機関クルーの少女達はコクコクと安いオモチャのように首を上下に振る。

「わかったらさっさとやる!さっき言った通りちゃんと治してあげなさいよ!」

 少女達はラ、ラジャーと驚きを隠せない口調で言って散っていった。ある者はエンジン部から今もなお煙を上げているジュラの機体へ、ある者は左舷の装甲が完全にはがれ内部がむき出しになっているディータのドレッドへ、ある者は敵の弾薬を受け過ぎて表面がボコボコになり黒ずみ、そしていたるところから火花を上げているメイアのドレッドへ。

 パルフェは二人の機関クルーを引き連れてヒビキの蛮型の元へとやってきた。格納庫の一角(いっかく)に座るその蛮型は人間でいうところの胸から下腹部までの場所がまるで鉄球でもくらったかのようにヘコんでいる。

「ずいぶんとやられたんだね。・・・でも大丈夫だよ。すぐに元気にしてあげるからね」

 見上げるパルフェがそうつぶやくと三人は小走りに蛮型のタラップ(コックピットからパイロットの出入りを補助したり、メンテナンスの時に使用される階段のこと)を上り始めた。

 彼女らが足を乗せている鉄製の段の上には赤い血液が点々と垂れているのだが、三人はそれに気付くこともなくそれらを蹴り、昇ってゆく。

「ありゃ〜、これはまた本当に派手にやったんもんだわ」

 タラップを上りきったパルフェ達が眼にしたのは破壊されたといっても過言ではないコックピットの扉だった。

 おそらくヒビキを助け出すさい、変形した扉が開かなかったのだろう。それで無理やりにこじ開けたようだ。辺りには小さな破片はもちろん、コックピット付近の装甲まで散乱している。

 それらを踏まないように気をつけながらパルフェはコックピットへ顔を入れる。まずは損傷レベルを調べるつもりだった。

「さぁて、君はどれだけ怪我したのかなぁ〜・・・・・ぅげ!」

「どうしました?」

 パルフェが妙な声を上げて固まったのを気にした少女が声をかけると彼女はゆっくりとコックピットから顔を出して内部を指さした。

 これを見て、といっているようだ。

「?」 

 二人は首をかしげながら中をのぞくと、

「ぅげ!」

 と同じリアクションをとる。

 彼女らが見たもの。それはヒビキが吐き出した嘔吐物(おうとぶつ)と吐血の混合液。それがせまい蛮型のコックピット内で異様な臭気を発している。

 ゆっくりと二人は顔をコックピットから抜きパルフェを見る。

「あははははははははは・・・・・・」

「あははははははははは・・・・・・」

「あははははははははは・・・・・・」

 三人は無意味に笑い合った。まず修理うんぬんより先にまずアレをどうにかしなくてはならない。だが、せまいコックピット内での清掃は誰か一人が中に入って行わなければならないだろう。風の入らないせまいコックピット内で、一人・・・そう、一人だけ・・・三人いるうちの一人だけ・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 三人は笑顔のまま、笑い声だけが消え、妙な沈黙が流れる。

 三人の眼がねがキラリと光る。

「最初はグー!!」

 三人の熱い戦いが今始まった。

 

 医務室でドゥエロは出来あがったばかりのヒビキのレントゲン写真を天井のライトにかざして見た。

「どうなの、ドクター」

 パイウェイが心配そうにドゥエロの腕に手をかける。

「・・・極めて危険な状態だ。肋骨(ろっこつ)の一部が折れて右肺に突き刺さっている。あと十分遅ければヒビキは死んでいただろう。・・・内臓にも相当なダメージを負っているようだ。パイウェイ、急いでオペの準備だ。今回は難しいオペになる。覚悟がいるぞ」

「うん!」

 二人が会話をしているその後ろでは診療台に寝かされ、口から三本のチューブが伸びているヒビキとその彼を心配そうに診療台の横の椅子に腰掛け見守っているディータがいた。彼の口に入れられたチューブは肺に溜まった血液を抜くためのものと、酸素を強制的に肺に送り込む役割を担っている。そのため、彼の腹部は機械的なリズムで膨らみとヘコミを繰り返していた。

 その動きをディータはずっとうつむいたまま、時折(ときおり)雫(しずく)となって床に落ちる涙をそのままに眺めていた。

 彼女の背中から肩、そして首筋までにかけて寒気が酷い。自らを抱きしめるようにディータは自分の両肩に手をかけ力いっぱい絞めていた。指先が何かを求めて震えるようにうごめく。

 寒い。

 さむい。

 さむい。

 寒いよう。

 宇宙人さん、ディータ・・・寒い。

 ・・・・・・・お願い、宇宙人さん・・・・・。

 ・・・さむい・・・。

 またいつもみたいに笑って・・・。

 笑ってほしいの・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・寒いよぅ。

 いつもみたいに・・・。

 元気に・・・。

 ・・・・・さむいよ。

 ディータ、たくさんお料理するから・・・。

 ね?

 だから・・・。

「ぁはぁ・・・!」

 ヒビキの声帯(せいたい)をわずかに振るわせるだけのそのセキは口から血粒を辺りに飛び散らせる。それは羽毛の白い枕に吸い込まれ、またはヒビキ自身の顔を汚した。

「宇宙人さん!」

 ディータは自らを押さえていた腕を解き、消毒された清潔なガーゼで彼の顔を拭いてあげる。それからガーゼを取り替え、彼の口内に溜まっている血を染み込ませて取ってあげるころには彼女の腕は真っ赤に彩られていた。

 

 照明が落とされボンヤリとした薄暗闇のブリッジにはマグノとブザム、そしてモニターの中のバートの三人だけがいた。

 いつもの席に座るマグノは言う。

「勝負ってのはいつもいつもそう勝てるもんじゃないさ。勝てる時があれば当然負ける時だってある。それを理解せず、ずっと勝ち続けようとするのは中途半端な実力を持っているからさ。負けて、落ちた所から再度、這(は)い上がるだけの自信がないからなんだよ」

 彼女の横に立つブザムは彼女の閉じたまぶたの奥を見るように鋭い視線を向けて訊いた。

「我々はまだ・・・弱いと?」

「さぁてどうさねぇ?・・・きっとアタシらはそれを今、試されてるんじゃないのかい?」

 その言葉にブザムとバートは共に同じ疑問を持った。

 バートが訊いた。

『試されるって誰にです?』

 ふぅ、とマグノは小さなため息を吐くと口元に笑みを造った。

「運命に、さ」

 

 

 

          ●

 

 

 

 ヘビ型は超長距離特殊通信回線(地球のテクノロジー。主に刈り取り機同士の連絡、または地球人への報告などに使用するもの)をある刈り取り機へと繋げた。

 彼は告げる。

<<注・実際には単なる0と1のデジタル信号でのやりとりで、下のようなクセのある文章ではないのですが、雰囲気を出すために文章化されています。ご了承ください>>

〔敵が居る。小ざかしい連中だが、妙にしぶとい。我が偵察部隊の八割の戦力を失った。助力が要る。最低限の戦力を残して出来うる限りをこちらへ、我が部隊へと移動させよ。我らに敵対するものは生かしておくわけにはいかない〕

 回線を繋げた一体の刈り取り機が返答する。

〔貴様が稼動可能なら十分な戦力のはずだ。我々や、他の部隊まで使用することは我らが主の使命に[支障]をきたす恐れがある〕

 ヘビ型は答える。

〔奴らこそがその[支障]となりえる抵抗だ。はっきり言おう。奴らは強い。奴らはしぶとい。この我の攻撃を受けてなお、逃走に移れるのだから。それにスクラップの塊からさらに小型のハエが多数あらわれる。そいつらもゴミでしかないがそのうちのいくつかは微妙な抵抗を見せる。我は、我が主のために完璧なる殲滅(せんめつ)を捧げたい〕

 もう一体は少しばかり沈黙した上で言った。

〔・・・この殲滅戦で失われる分の働きは貴様らが行うという条件をつけるが、それでいいか〕

 ヘビ型が答える。

〔無論だ〕

 もう一体は少しばかり笑みを含んだ。

〔・・・いいだろう。我自身と我らが部隊のいくらかをそちらに移す。しかし、こちらからそこへ向かうにはいささかの時を要する。貴様の言う抵抗とやらは見失わないでおれるのか〕

 ヘビ型は多少間をおいてから言う。

〔抜かりはない。我らにそのような抜かりなどありはしない。こちらからポイントを指定する。我らと合流せずに直接そこへ迎え。我らもそこへ向かう〕

 もう一体が言った。

〔承った(うけたまわった)。そこでの戦闘指揮権は貴様にくれてやる。貴様らの担当宙域だ。見事我らごと指揮してみせろ〕

 ヘビ型は言った。

〔まかせてもらおう〕

 そして回線は途切れた。

 ヘビ型は、生き残ったキューブとピロシキ型を引き連れてゆっくりと移動を始める。

 ニル・ヴァーナが逃げた方向へ。彼らの獲物が待つ場所へ。

 先頭を走るヘビ型はあの時の戦闘を思い出していた。

〔ヤってくれる。この我らに傷をつけるとは。ヤってくれる。まったくもってヤってくれた。あの我が勝ちを確信し、再度のエネルギーチャージを始めたそのスキをついてのあの一点集中攻撃。我らの体の一点にあのレーザーすべてのロックオンを多重に行い、我らが装甲を、我らが身を貫く(つらぬく)とは。

 おのれ、おのれ、おのれ、おのれ、おのれ、おのれ、おのれ、おのれ。

 この屈辱(くつじょく)、この侮辱(ぶじょく)、この汚辱(おじょく)、この恥辱(ちじょく)、この陵辱(りょうじょく)、高くつくと思え!

 一匹のハエも逃さぬ。一片の破片すら破壊してくれる。一瞬の生存に酔いしれていろ。これから永遠の屈辱を、永遠の侮辱を、永遠の汚辱を、永遠の恥辱を、永遠の陵辱を喰らわしてやる。そして永劫(えいごう)にこの漆黒(しっこく)の空を漂え!!〕

 バキンッ!!

 耳を貫くような合金の折れる音がほとばしると、ヘビ型から傷つき、使い物にならなくなった数枚の青色の装甲が爆発するようにはがれ、破棄された。そしてその下から新品同様の青い装甲が生えるように浮き出てきて、元からそこには傷などなかったかのように綺麗な表面を作り出す。

〔ハンティングだ!ウジ虫のように、マヌケに無様に見苦しく這いずり回りそして死ね!!〕

 

 

 

          ●

 

 

 

「あ〜もぅ、重いなぁ・・・ったく!」

 ガシャリガシャリと大きな音を立てて、機関クルーの少女は大きなダンボール箱を両手に抱えて運んでいた。中身は何やら怪しげな機械の数々。

 それは壊れに壊れたドレッドの機体修理に使われるパーツだ。機関クルーは、ほとんどのドレッドが破壊されてしまったためついに予備のパーツが底をつき、ニル・ヴァーナ中から取り合えず応急的に使用できるものを探しだして彼女のように運び出す作業を行っていた。ちなみに彼女が持ってきたパーツは機関室にあったそこの予備パーツだった。

 彼女はペークシスの上部にかかる橋の上を歩いていた。その足元はペークシスの放つ淡いブルーで少しばかり明るい。

 コツコツと橋を渡る足音が一定のリズムを刻む。

 その時彼女は橋の上に何かがあるのに気がついた。それはボーっとして浮かぶピョロだった。

「ん?あ、ピョロ君、ちょうど良かった!ねぇこれ持つのちょっと手伝ってよぉ」

 彼女が呼びかけるもピョロは何の反応も見せずにじっと下方のペークシスを見ていた。

「・・・ねぇピョロ君?」

 彼女が再度呼びかけるとピョロはゆっくりとその体を向けた。大きな瞳がいつも映っているモニターには、今はペークシスと同じ色を発している。

「・・・ちょ、どうしたの・・・?ピョ・・・きゃ!!」

 その瞬間、爆発的な光りがペークシス自体とピョロから溢れだし、その部屋はブルー一色に生め尽くされる。そしてペークシス自体から発せられる振動が艦を、ニル・ヴァーナを揺らした。

 

 振動は全ての部屋でも感じられた。

「にいちゃんなんだいこの振動は!?」

 マグノが問うとメインモニターにバートが現れる。

『ぼ、僕は知りませんよ!勝手に振動しているんですから!』

 エズラの席に座ったブザムがコンソールを操作するとウィーンと音が鳴り、ブリッジ内の照明がつく。それと同時にブリッジにアマローネ、セルティック、ベルヴェデールがボサボサの頭に乱れた着衣のまま駆け込んでくる。三人とも戦闘終了後の仮眠をとっていたらしい。

「遅れました!敵襲ですか!?」

 ベルヴェデールが急いで自分の席に座り、オペレーションシステムを起動させながら訊くとマグノは首を振った。

「まだわかんないよ。にいちゃんどうにかなりそうかい!?」

『どうにかって、いったいどうすれば・・・ウッ!!』

 マグノの言う[どうにか]を探してアレコレと試行錯誤していると突如としてバートの体を異変が襲った。一瞬の息苦しさ、体の重みが消えて、まるで宇宙空間に落ちたような感覚にとらわれる。

 そして。

「ぅうわわわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ナビゲーション席から閃光(せんこう)がほとばしり、そこから吐き出されるように飛び出たバートの体が宙を舞った。

 後日、セルティックが語るには、その飛距離はオリンピック選手に勝るとも劣らず、その飛行するさいの無様な格好は驚嘆に値するほど笑えたらしい。

「ぐげぇ!!」

 表現するのが難しい、とにかく耳に障るようなうめき声を出して床に叩きつけられたバートの姿を一通り眺めてからマグノはため息を吐いた。

「これは、つまり・・・ペークシスの意思、か・・・うっ!」

 一瞬揺れが強くなったかと思うとニル・ヴァーナは急激に速度を上げて前進を始める。真っ直ぐに、まるで飼い主の元へとかけよる犬のように、明確な目的を持っているかのように真っ直ぐに[どこか]へと向けて全速力で走り出した。ベルヴェデ―ル達がどうにかして現状を打破しようとひたすらにコンソールを叩く。しかし、ニル・ヴァーナの操作に関するシステムのほとんどがエラーを返し、何一つとして効果が現れない。しばしの間、カタカタという音以外が皆無となったブリッジに小さな声でマグノが訊いた。

「・・・このワガママ船がどこにいこうとしているかわかるかい?」 

 マグノが尋ねるとすぐさまベルヴェデールが答える。

「このまま真っ直ぐ行くと、あの移民船とミッションの信号が出ていたあのポイントです!現在の速度だと今日の夜にはあの宙域にたどりつきます!」

 その言葉にマグノはおやおや、とどこか楽しそうに、しかし苦笑混じりにつぶやきを漏らした。

「どうやらウチのペークシスさんはアタシ以上に好奇心旺盛のらしいね」

 笑えない冗談だと、その場の誰もが思った。

 

 

 

          ●

 

 

 

 その通路は真っ白な光りで全てを隠していた。あまりに強過ぎる明かりはオブジェクトの明暗すらそれで塗りつぶし、ただの白になる。

 少女は微笑んでいた。眼が痛くなるほどの白濁(はくだく)の光の中でもかろうじてそれが見て取れる。

 通路に取りつけられた凍り付いた窓にそっと手の影が映る。

「・・・そうね。わかっているわ。久しぶりのお客様だもの、もてなしのご用意をしなくてはね・・・・・・」

 そう言って背景色に解け込んでしまっている少女は眉根を寄せ、少しだけ首をかたむけた。わずかに不快の色を示したが、しかしすぐにそれは消え、再び優しげな笑みを浮かべる。

「・・・それでもやっぱりお客様というものには胸がはずむわね。・・・ねぇ、お客様がこちらに訪れられる時刻はわかるかしら?」

 少女が尋ねるとそれに呼応するようにペークシスがしばしの間、さらに光を強め、そしてまた少し弱まる。すると少女は何かを悟ったようにゆっくりとうなずいた。

「・・・そう。今日の夜に・・・。ならディナーの用意が必要かしら?それともお客様自身ですでにお取りになってからこちらへ?・・・フフっそうね。それがわからなくても、例え後者でもディナーの用意をするのがお客様に対する礼儀というものね。わかっているわ。そんなに怒らないで」

 少女は会釈(えしゃく)をするようにニコヤカに笑って軽くドレスのスソをつまんで持ち上げ頭を軽く下げる仕草をしてみせる。そしてゆっくりと体の向きを通路の奥へと向けるとそっと一歩、靴の音すらしない程静かに小さな一歩を踏み出た。

 

 

 

 

 

 

 

      <前編> 終了。

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 

 みなさん、ども、アマきむちです。どうだったでしょうか、今回の〜ghost of white girl 〜 は。

 前々作 〜girl of blade〜 以来の長編ヴァンドレッド小説ですが、どうも、力不足がいなめないですね〜(苦笑)。あの時のようにグイグイといく感じが薄い気がします。

 いいわけのようですが、これを作成中に部活(放送局)の大会がありまして地区大会を抜け全道(県大会みたいなものです)へいってそれが終ったら期末テスト・・・といった具合に小説を書いているヒマがなく、結局、少し作っては一週間ほど間があいたりして・・・・まぁ、そんな話はどうでもいいですね(爆死)。

 

 今回の〜ghost of wite girl〜は〜girl of blade〜とは違い、全部をまとめてみてもらって初めて成る作品です。え〜つまりですね、〜girl of blade〜はどちらかといえば前編を読んでもらってそれで面白かったら続編も読んでね、という気持ちで作ったんですけど、今回は全部見てもらわないと面白くないだろうなぁとちょっとナイーブに考えつつ作成しております。前編、中編はどちらかといえば前フリでしかなく、後編に全てを託した作品です。

 皆様方、できることなら最後までおつきあいください。

 

 前回の〜the other girls〜の時にとあるお方から、

「難しい漢字と言葉を結構知ってるんだね。オレなんか読みがわからないから辞書片手にがんばったよ(笑」

 というありがた〜いご感想メールをいただき、「確かに多くの言葉を使用するのもいいが、それよりも読者の方々不都合なく読んで楽しんでもらえるのが一番」という決心の元、思いきって難しい漢字にはカッコをして[読み]をを入れてみました。

 みなさん、どうだったでしょうか。

 今回の小説には「生まれたての風」(アドレスは下に記載してあります)というHPの管理人、「リョウ」さんのお名前を使用させていただきました、が、ご本人と作中の「リョウ」とは何の関係もございません。(今回はご本人にちゃんと許可を取りました・笑)

 リョウさん、まことにありがとうございました。

 

 また、完成にあたり句読点や文章のチェックをしてくださりました白ぱんださんに感謝です。

 

 今後、この小説は<中編><後編>と続きます。その時はさらにがんばりますのでお付き合い願えるとまことに嬉しいです。

 それではみなさん、また!!

 アマきむち  parabellum_001@mail.goo.ne.jp

 追伸。

 毎度毎度、恥を知らずに言っていますが、もしよろしければ、もしおヒマでしたらご感想のメールをいただけるとありがたいです。

 

 

 リョウさんのHP「生まれたての風」のアドレスです。ヴァンドレッドだけでなく数多くの高レベルな作品の小説があり、非常に素晴らしく、大人気のHPです。

 小説好きのあなたなら、きっと新しい何かを手にできることでしょう。

 

              『 生まれたての風 』

    http://www.kisweb.ne.jp/personal/umaretatenokaze/

 

 

 

 

 

●現在も継続して[ヴァンドレッドオリジナルストーリー 〜girl of blade〜]<前編><後編>、と、[〜the other girls〜]を配付させてもらっております。読んでみたいという奇特な方は上のメールアドレスまでご連絡ください。

 こちらもまた、基本はワードですが、ウィルスが恐い、また何かしらの理由から添付ファイルを開けない、という方は一言明記していただければメールに張り付けてお送りさせていただきます。なお、[〜the other girls〜]は「生まれたての風」でも見ることができます。