まばゆい閃光が疾り、鋭い刃が空を斬る。
 焼かれ、切り裂かれた哀れな者が、次々に力尽き倒れていく。
 「化け物」はそこにいた。

 かたや、魔女のような黒い三角帽子をかぶった金髪の少女。
 かたや、紅と白の巫女装束を身にまとう黒髪の少女。

 突如として現れたその「化け物」二人の足を止めようと、必死の抵抗を見せる魔界の住人達。
 しかしそれは、却って犠牲者を増やすだけの結果にしかならなかった。
 立ち向かっていった者のほとんどがほぼ一撃のもとに打ち破られ、周囲に倒れ伏していた。

 「まったく…。 敵わないってのが解ってるのに、なんだってわざわざやられに来るんだ? 向かってこなけりゃ、こっちだって手ェ出すつもりなんて無いんだけどな。」

 捨て身の突撃を仕掛ける妖怪に、魔法の弾丸を撃ち込む魔法使い。
 炸裂した魔法弾は小さな爆発を起こし、巻き起こされた風が長い髪と帽子に飾り付けられた白いリボンを揺らす。
 目深にかぶった帽子から覗かせたいかにも勝ち気そうなその顔に、不敵な笑みを浮かべさせた。

 モノトーンで揃えた服装、左手に握る古びた竹箒。
 彼女を一言で言い表せば、「黒白の魔法使い」といったところになるだろうか。
 その言葉遣いと、乱発される派手な魔法が、そのまま彼女の性格をよく表しているようだ。

 すなわち、大雑把。

 「魔理沙。 気後れしてるんだったら、帰ってもいいけど?」
 「馬鹿言うな。 せっかく魔界まで来たってのに、このまま手ブラで帰るだなんてもったいない話があるかよ。 土産に珍しい魔道書の一つでも持って帰らないとな。」
 「あんたも物好きねぇ。」
 「お褒めにあずかり、光栄だぜ。」

 そんな魔法使い―魔理沙と、憎まれ口を叩きあう紅白の巫女。
 彼女もまた無雑作に、そして凄まじい勢いで妖怪達を蹴散らしていた。

 優雅な身のこなしに、少女の巫女装束が翻り、頭の赤い大きなリボンが揺れる。
 それら全ての動きを含め、彼女の戦う様はまるで舞いを舞っているかのようだ。

 相手の攻撃をしなやかにかわし、そのまま流れるような動きでもって投げつけられる御札。
 その紙片は、少女の霊力によって鋭い刃となり、襲い来る妖怪の体を切り裂いていく。
 
 まさに「化け物」であった。。
 彼女達の強さは、「デタラメ」とまで言ってしまっても過言ではないものであった。 
  

 「だいたいねぇ。 勝手に付いて来てるくせに、文句が多いんじゃないの??」
 「こんだけワラワラ出てこられて、ぼやかずにいられますかってんだ。 こいつら、仲間がやられても全然怯みゃしないじゃないか。 こんだけ一方的にやってちゃ、良心だって多少は痛んでくるぜ。」
 「あっちがその気なら、こっちだってエンリョする必要なんて無いと思うんだけど。」
 「さすが霊夢。 容赦ってもんが無い。」
 「お褒めに与り、光栄だわ。」

 交わされる言葉とは裏腹に、絶妙な呼吸でもって邪魔するもの達を次々に叩き伏せていく二人。
 とどまることを知らないその勢いの前に、妖怪達の布陣はもはや完全に崩れきっている。
 
 魔界の者達の間に広がる、絶望的な空気。
 捨て身の特攻か、逃亡か… 各々が、それぞれの覚悟を心に決める。
 
 そんな時だった。

 「そこまでよ。」

 少女の凛とした声が、この場を覆っていた重い空気を払拭するかのように朗々と響きわたった。


 「ん…?」
 「…?」

 不意に飛び込んできた声に振り返る。
 そして少女達は、その声の主の姿に驚き、目を見張らせた。

 (女の子…?)

 力尽き倒れ伏す妖怪たちの中、雄然とした様子で立つ幼い少女。
 見た目だけなら、霊夢たちよりも2つ3つは歳下ではないだろうか。
 そんな女の子が何故、こんな所にいるのだろう。

 その、あまりにも場違いな者の姿に、彼女達は戸惑いを感じずにはいられなかったのである。

 「あなた達、ちょっとやりすぎよ。 もう少し大人しくできないの?」

 可愛らしい、二つの西洋人形を胸に抱く可憐な少女。
 そんな少女が挑戦的な言葉をこちらへと投げつけてくる。

 「…ふ〜ん…」

 どのくらいの間、視線をぶつけ合っていただろう。
 やがて魔理沙は、感心したような感嘆したような、どちらともいえないような呟きをもらした。

 少女から放たれる「気」から、ただものでは無い何かを感じ取ったのである。

 「生意気なお嬢ちゃんかと思ったら、どうやらそれだけじゃなさそうじゃないか。」

 呟きつつ、箒を宙へと浮かべ横向きに腰掛ける。

 「当たり前よ。 私をなんだと思ったの?」
 「そうだな。 さしずめ、お人形遊びの卒業できない世間知らずのお嬢さんってとこか。」
 「人形遊び…。 そうね、あながち間違ってはいないんじゃないかしら。」

 視線とともに、言葉がぶつかり合う。
 互いに含み笑いを浮かべて対峙する少女達。
 だが、それとは裏腹に周囲の空気は徐々に緊張の度合いを高めていく。
 居合わせた妖怪達は皆、少女達から放たれる強烈な圧迫感に気圧されて、ただただ遠巻きに見守ることしかできなくなっていた。

 「さ…始めましょう? 人間のあなた達がわざわざこんな所まで来てるってことは、『覚悟』が出来てるってことなんでしょ?」
 「覚悟ねぇ…。 できてるようなできてないような?」
 「あー? 霊夢、お前にしちゃ返事が曖昧じゃないか。」
 「何の覚悟のことなのか解らないんだもの。 少なくとも『負ける覚悟』はしてないんだけど。」
 「成程な。 そりゃ同感だぜ。」
 「…その余裕、いつまで続くかしらね。」

 人間二人の軽口を鼻で笑い飛ばし、少女―アリスは抱いていた人形達を静かに解き放つ。
 フワリと宙へと浮かび上がる二つの人形。
 主を守るかのように左右へと展開するそれらは、まるで自ら意思を持っているかのようにも見えた。

 「…これは…意外と楽しい人形劇が拝めそうだな。」
 「できることなら、見物役でいたかったところだわ。」

 油断なく身を構えさせる霊夢と魔理沙。

 この少女は、思った以上に面倒な相手なのかもしれない。

 忠実なしもべを従えた魔界の幼い少女の笑みは、いつしか冷たく歪つなものへと変わっていた。






 幾つもの中から選び抜いてきた二つの人形。
 見立て通り、素直な挙動と反応を見せてくれる「相棒」達に、アリスは確かな手応えと胸の高鳴りを感じていた。

 目の前で、さも自信有りげに立つ人間二人。
 「化け物」と言われるだけあって、その力は相当なものであるようだ。
 まさか、これだけの数の妖怪たちをもってしても殆ど歯の立たない程の強さだったとは…。
 正直、予想外であったことは否定できない。

 けれど、それはそれで面白い…と少女は考えていた。

 仮に、この「化け物」達が簡単に打ち倒せてしまう程度でしかなかったとしたら…?
 そうであったとしたら、自分の力を存分に見せ付けてやることができないではないか。
 それでは意味がない。

 とんでもない強さを誇る「化け物」を見事討ち果たす。
 それによって初めて、自身の力を周囲に認めさせることができる。

 だからこの人間達の強さは、むしろ好都合なのであった。

 「手加減なんてしないわよ。 …さあ、行きなさい!!」

 両の腕を左右へと広げ、気を放つ。
 意を受け、空を疾る人形たち。
 その動きは意外なほどに速く、鋭い。
 霊夢は、無機質であるはずの人形が、こちらへと視線を向けたような錯覚を覚えた。

 「…っ!」

 感じる殺気。
 その瞬間、霊夢はその霊力で、魔理沙は箒の力でもって宙へと舞い上がり、その身を逃れさせていた。
 
 単身、軽やかに舞う霊夢。
 箒を、鋭く疾らせる魔理沙。

 二人の飛翔速度は、どうやら魔理沙の方が上であるらしい。
 …となると、狙われるのは動きの「鈍い」方である。

 「まずは…っ!」

 追従するしもべ達と共に自身も空へと駆け上がり、アリスは必殺の思念を飛ばす。
 それと同時に人形たちが掌を掲げ、赤く輝く光の矢を撃ち放った。

 「あぶなっ…!」

 放たれた二条の光。
 霊夢は僅かに身を反らし、間一髪それをやり過ごす。

 眼前で交錯した魔法の矢が肩口と耳元をかすめ、そしてそのまま彼方へと消えていった。
 繊維の焦げる匂いが漂い、耳には熱が感じられる。
 威力は、かなりのものであるようだ。

 「おぉ〜上手い上手い。 今の、かなり速かったぜ?? 曲芸師にでもなれるんじゃないか??」
 「うっさいわね。 命懸けてまで、曲芸なんてやりたかないわよ。」
 「あー? それでオヒネリ稼ぎしてたほうが、よっぽどもうかるんじゃないか? 口あけてお賽銭待ってるよりは、な。」
 「外野は黙ってなさいよ。 正直、アレは当たりたくないんだから。」
 「奇遇だな。 私も当たりたかないぜ。」

 何が奇遇なのやら解らないが、しかしどうやら彼女達には憎まれ口を叩き合うだけの余裕があるらしい。

 間髪入れずに襲い来る閃光を、最小限の動作だけでかわし続ける霊夢。
 時折飛来する牽制弾を、いたって無雑作にやりすごしていく魔理沙。

 依然として、二人の口元には含み笑いが浮かんでいる。
 その様子に、アリスは少しずつではあるが、しかし確実に苛立ちを覚え始めていた。
 
 当然である。
 彼女とて、遊び半分でやっている訳ではないし、ましてや曲芸の披露に付き合ってやっている訳でもない。
 本気で倒すつもりで撃っているのだ。
 それなのに、なぜこの人間達は、こうも涼しい顔をしていられるのだろう。
 
 前後から、左右から、死角から。
 同時に撃っても、時間差を置いても、陽動をかけても、それらのことごとくが空しくかわされていく。

 何故当たらないのだ。
 どうして当てられないのだ。

 苛立ちがつのる。
 先程までの自信が霧散し、代わりに焦燥感が顔を出し始める。

 「…ずいぶんと楽しそうね…」
 「そう見える??」
 「馬鹿にして…っ!!」

 アリスの奥歯がギリリと嫌な音をたてた。
 激昂のあまり、少女の髪がゾワリと浮き上がる。

 屈辱であった。
 たかが人間ごときに「奥の手」を使わされることになろうとは。

 認めたくない事実であったが、だからといって力の出し惜しみをしていられるような状況ではなかった。
 
 「…いいわ。 出来ることなら、これは使いたくなかった…。 けど、そっちがその気なら…!」

 今にも火花を発しそうな目で紅白の巫女を見据え、少女は破壊の思念を叩きつける。
 その瞬間。
 霊夢の周囲を飛び回っていた人形の一つがピタリと動きを止め、小刻みに震えながら光を放ち始めた。

 残る一体から放たれた光弾をヒラリとかわし、霊夢は操者へと視線を投げる。

 「お? どうした??」

 怪訝そうに首を傾げる魔理沙。
 彼女が見つめる中、人形の放つ光と振動が少しずつ強く大きくなっていく。

 そして、その震えがひときわ大きくなった時だった。

 目もくらむような眩い光が溢れ、少女の体を包み込んだ。 

 「え…?」

 それは、光り輝く霊力の結晶だった。
 凄まじい力の奔流が、彼女の小さな体を激しく打ちのめしていく。

 その身の内と外、双方を焼き尽くすような衝撃に少女―アリスの意識は真っ白な世界へと閉ざされ、そして深い闇の中へと沈んでいった。

 「ちぇっ。 霊夢一人で楽しんでくれちゃって。」
 「…なんなら、この先のザコ掃除、全部お願いしようかしら?」
 「人の楽しみを奪うほど、野暮にゃできちゃいないぜ。」

 力尽き、地へと落ちていく人形使い。
 慌てて落下地点へと駆け寄った妖怪達が、その体をしっかりと受け止める。
 どうやら、地面と激突するという事態は避けられたようだ。

 その様子に、二人は互いに安堵の表情を見せる。
 ともかく、これで邪魔をするものはなくなった。

 少女達は目線だけで頷きあい、遮るもののない広大な空を、魔界の中心部へと向かって颯爽と飛び去っていった。

 主を失った小さな人形達が力なく大地に転がり、そのぼんやりとした瞳に魔界の空の色を映しこんでいた…。




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