「さて、どうするか」
「どうしたんだ」

 頬杖をつきながら、恭平が呟くと、それに士郎が反応した。なお、志貴は現在一人でトレーニング中だ。士郎も訓練の虫だが、そんな士郎から見ても志貴のトレーニングは異常らしい。そりゃ、まあ人外すら凌駕する動きを見せる七夜なのだから、そのくらいはするのが当然なのだろう。

「いや、大したことではないのだがな」

 尋ねてきた士郎に恭平は向き合って、小さく溜息をついた。

 そんな態度をするなんて珍しいな、と想いながら、士郎は恭平の言葉に耳を傾けた。

「もう“魔王”という存在が露呈してしまった今、いっそ管理局と手を組むのも悪くは無い、とも思うのだ」
「……え?」

 意外だった。

 士郎にとって、その言葉は非常に嬉しいものだ。敵対より、中立より、味方のほうがいい。それは、士郎でなくとも思うことだろう。

 ただし、恭平を除き。

 恭平にとって味方を作るというのは多くの場合、腹の内にいつ爆発するかも分からない危険物を招き入れるという事に他ならないのだ。

 その恭平が、管理局と手を組むといったのだ。それは意外だし、驚く。

「ただ、問題は私達の正体がばれる事だ。別の階層次元から来た私達だ、もしそれが局の上層部にばれれば、どうなることか」

 階層次元。

 それは、並列世界や、次元世界などの概念とはまた違う概念だ。

 管理局の捉えている世界と言うのは、いってしまえば箪笥の一番下の引き出しの中に広がる次元に存在する世界のことだ。それはあるいは並列世界、次元世界と呼ばれるものだ。

 だが、それとはべつに、存在する世界、次元と言うものが存在する。

 それが、階層次元。そこに存在する世界だ。

 下から二番目の引き出しの中の次元。恭平達は、そこから来訪した、まさに異邦人なのだ。

 この次元で階層次元を捉えている者はいないし、いてはならない。それは、様々な問題の種にしかならないからだ。

 なら、何故恭平達がこの次元にいるか。

 恭平達が住んでいた次元には、万華鏡と呼ばれる老人が居た。その老人はその次元で唯一といってもいい世界間の移動を行える、有り体で言うならば、凄い人、だったのだ。

 そしてその凄い人はそれだけではなく、とんでもない発見もしていた。並列世界とは違う、階層世界の存在を確認していたのだ。

 そして翁はその階層世界へと人を送った。

 それが、この三人なのだ。

 それには様々な複雑なようで単純な事情があったのだが、他にも何故か身体を性能の良い人工の人形に移し変えていたりもするのだが、それは今は置いておく。

 ともかく、そんな三人だからこそ管理局と下手に関わる事ができない。

「とりあえず今は静観でいいんじゃないか?」

 提案したのは、士郎。

「どうして、そう言える?」

 何か試すような光が、恭平の瞳に宿った。

「別段、今手を組んで特になるような要素がない。むしろ足手まといにしかなら無いだろう?」
「至極当たり前の事だな」

 頷いて、しかし恭平はどこか納得していない様子だった。

「確かに手を組んだところで、管理局が出せる戦力など高が知れている。だが、囮や壁程度にはなると思わないか?」
「……囮や壁が、俺たちに必要か?」
「在るに越した事はない」

 即座に切り返されて、思わず士郎は言葉に詰った。

「手元において、ゆっくりと懐柔し、こちらを信用させ、必要とならなったらそれなりの方法で切り捨てる。理想的な手段とは思わないか?」

 無言のままでいるところに、恭平の言葉が突き刺さる。

 だが、突き刺さったのは、辛辣なものではなかった。

 それに、士郎は疑問を覚えた。

 今の発言の中に、不思議な点を見つけてしまったのだ。

 囮や壁程度にはなる、といっておきながら、しかし今、恭平は“必要となったら”それなりの方法で切り捨てる、という言い回しをした。

 それは、囮にも壁にもする必要が無いのならそうせずに、ただ手元に置いておくだけ、ということだろうか。

 そして、手元に置くと言うことは、つまりそれなりに守ることはする。ということではなかろうか。

 すとん、と。不思議なほどにあっさりと士郎はそれを解した。

「そんなに目の届く場所に置いておきたいのか?」
「……随分と頭の回りが早くなったものだ」
「どこかの誰かさんのおかげで、な」

 ふっ、と。恭平が似合いもしない苦笑いを浮かべた。

 つまり、そういうことだ。

 どこかで勝手に動かれて危険にさらされるより、むしろ手元にいてくれたほうが、目も届くしいざというときにこちらも動きやすい。

 彼女達の為、だろうか。

 士郎には流石にそこまでは分からなかった。恭平の考えなど、考えたところで全くの無駄だということが分かっているのでそれに思考を裂くこともない。

「じゃあ、連絡を取るか?」
「まあ待て」

 早速行動に出ようとした士郎を、恭平は呼び止める。

「今はまだ駄目だ」
「どうしてさ」
「期は来ていない。時期尚早に動けば、最後に必ず躓く事になる」

 冷静な、恭平の言葉。

「そうだな。今はまだ、中立、あるいは敵で構わない」

 それが酷く、士郎にとっては頼もしい。

「むしろその方がやりやすい事もある」

 にやり、と。

 士郎にはとうてい浮かべられそうに無い笑みが、恭平の口元に浮んだ。





「それで、“魔王”というのは、つまり以前フィグノス一等空尉にコンタクトを取ってきた人物と言うことですね」
「ああ」

 クロノの質問に、フィグノスはゆっくりと頷いた。

「そのコンタクトの内容は?」
「悪いが答えかねる。あくまでプライベートとしか言いようが無い。少なくとも、今回の件には関わりがないといっておこう」

 大した感情も篭めていない声で言って、フィグノスはクロノを見る。

 その眼には、はっきりとこれ以上は何も言えない、という意思があった。クロノもそれを覆せる自信は無かった。

「貴方の言葉を全面的に信用しろ、と?」
「出来ないかね?」

 それでも、あっさりと納得するわけにはいかない。せめて少しくらいは、そう、情報の欠片の欠片くらいは手に入れておきたい。

 あればあるだけ、情報というものは持つ者を優位にしてくれるものなのだ。多くの場合においては。

「あんな強力な兵装をつんだ戦艦に乗った“魔王”などといういかにもな呼称の人物との関わりがある人間を、そう簡単に信用できると思いますか?」
「だが、君は信用してくれているのではないかね」

 早々に、クロノは駄目だ、と思ってしまった。

 こちらの思考が、まるで手に取るようにバレでいる。

 確かにクロノは、このフィグノスという人間を信頼とはいわずとも信用はしていた。

 その理由は明白。

 先の戦闘の最後で、自分の手で下せなかった決断を、彼が悠然と下したからだ。それを倣おう、とはしないが、しかしその忠実なまでの理論的行動は尊敬するものがあった。

「確かに。しかし僕はそれと並行して貴方を拒絶してもいる」

 と、同時に、それも真実。

 あっさりと人を、例え思考や感覚がないとしても、人間を魔導の力で殺してしまうような人間を、例えそこにどんな理由があったとしても、クロノはどうしてだか受け容れ切れなかった。

「重々承知しているよ」

 穏やかな声で、そして尚且つ満足そうにフィグノスは頷いた。

「むしろそうでなくては困る。人殺しを好くような人間に、正しき行いなどできるわけもないのだからね」

 あっさりと自分が人殺しであると認めた上で、フィグノスは、だが表情一つゆがめない。だが、それがむしろクロノに薄ら寒いものを覚えさせる。

「それでは貴方は正しい行いが出来ないということになってしまいますが?」

 そこに生まれるのは、一つの矛盾。

 正義であるべき管理局員が、人殺しと言う悪を犯し、正しき行いから外れたということ。

「君の悪い癖は、一面でしかものをとらえられないことかな」

 そんな風に考えるクロノを、やんわりとフィグノスは忠告じみた言葉を口にする。

「私は確かに人殺しだ。だが、決して人殺しが好きなわけではない」

 クロノは、自分が感じた薄ら寒いものに、気付き始めた。

「望む望まざるにせよ、殺すしかなかったのだ。それが最善だった。だから私は、こう思うのだよ」

 それは、どれほど鋭く尖った意思だろうか。

「こんな私になど、下等な死が早く訪れないだろうか、とね」

 それは、病的なまでに自分を犠牲にした、正義だった。

 身を悪に染めて、心で正義を行う者の姿だった。

 そして、と。クロノはふと考えた。

 これこそが最もあるべき、管理局員の理想の姿なのではないだろうか、と。

 しかしすぐにそんな考えは馬鹿馬鹿しいと頭からそんな思考を追い出す。

 そんな筈が無い。

 何故なら、それではまるで、管理局員は皆、いつかそれまでの行動に断罪を求め、罪を重ね続ける許されることの無い贖罪者ではないか。

 そんな救いの無いものが、理想でいいはずが無い。

「……」

 そうは思っても、しかしクロノは目の前のフィグノスにそれを言う事ができなかった。

 言えるはずが無かった。

 ここまで一途に管理局に尽くす人のこれまでの全てを否定することなど、クロノには出来なかった。

「さて、話はここら辺で構わないだろうか」

 ふっ、と。フィグノスが立ち上がり、それにあわせて反射的にクロノも立ち上がる。

「……また後日、お話をうかがわせて貰います」
「構わんよ。そのときはコーヒーの一杯でも用意して、ゆっくりと話そうか」

 精一杯のクロノの搾り出すようなその言葉をあっさりと受け取って、そんな冗談じみたことすら口にする余裕を見せて、フィグノスはその場を立ち去った。

 残されたクロノは、自分の手を見つめた。

 いつか、自分も贖罪者となるべき時が来るのだろうか、と。





 カキン、という小気味いい音を立てて、白球が空高く打ち上げられた。といっても、途中でネットに阻まれて落ちてきてしまったが。

「たーまやー」
「夜でもなければ花火でもないのだが?」

 その自分の名打撃に一言贈るはやてに、その後ろ、フェンス越しにたつ恭平が突っ込みを入れた。

「はん、御堅いボケナスやな」
「最近、はやての口調が一層に汚らしくなってきたと感じるのは私の気のせいだろうか」
「言っとくけどな、こんな風に喋んのはオマエだけや」
「それは、ふむ。特別扱いとはなんとも嬉しい」
「勝手に嬉しんどきい。単なるマゾ野郎と思われるだけやから」

 カキン、と。再度打ち上がる白球。

 場所は、はやて達の通う小学校の近くにある、小さなバッティングセンター。

 その華奢な見かけと車椅子生活という経歴からは想像もできないようなナイスバッティングを、はやては連続して打ち出していた。

 これなら将来、プロで通用するのではないか、とふと恭平は思った。

「それならばはやてはサド、ということか」
「ちょっと黙っとき」
「やれやれ、女心と言うものは常に神秘だな」

 すると、ギロリと睨まれ、恭平は肩をすくめ、薄く笑みを貼り付けてはやてのバッチィングを見つめた。

 そんな風にして、百円二十球のバッティングが終る。

 カン、と。少女の細い腕が平然と振るっていた金属バットの先が地面を打った。

「で、どういう風の吹き回しや?」
「どう、とは?」
「ふざけんな。わざわざ私をこんなバッティングセンターなんかに呼び出しおって、何の用件や?」

 剣呑な表情で、はやては恭平を睨む。

 この約束は、数日前に取り付けられたものだった。

 そう。あの大量の死人を出した戦闘の翌日、はやて達三人が落ち込んでいた、あの日。正確に言えば、はやてはその時には既にリィンンフォースのおかげで大分平静を取り戻していたのだが。

「まさか愛の告白なんて洒落たもんやないやろ?」
「駄目かね?」
「はっ!」

 恭平の言葉を、はやてが唾吐くようにかなぐり捨てる。

「なのは達から聞いたんやけど、まあ随分と志貴たちは偉い大人なこと言ってたみたいやな」
「あの二人は老成しているからな」
「老成、か」

 バットを本来あるべき場所に戻して、はやてはフェンスの扉を開けて、恭平の横を通り過ぎてその後ろにあるベンチに腰掛ける。

「それで小学五年生が死を語れるなら大したもんや」
「全くだな」
「ほざけ」

 ついに、はやての平静が破れる。

「私がそんなアホに見えるか?」

 鋭い瞳で恭平を睨みつけ、口の端をつり上げたはやてがいつのまにか手にしているのは、一つの本と、一つの十字架。

 入力用と出力用の、はやてのデバイス。

「夜天の主の前でそこまで魔力を隠蔽したのは褒めたる」

 周囲に、人の姿は無い。

 もしかしたら、そういう魔導をはやてか、あるいは恭平が張ったのかもしれない。

「けどな、この前の戦闘ではお粗末やった」

 はやてが言っているのは、恭平達がアヴァロンではやて達を助けた時のこと。

「いくらスピーカー越しいってもなあ」
「声紋か」
「そうや」

 はやてはその声を咄嗟に自分のデバイスに記録し、そしてその後、リィンフォースに手伝ってもらい、声紋を照合したのだ。

 聞き覚えのある、自分の憎たらしい知り合いの声と。

「おおよそ一致したで」
「だろうな」

 恭平は振り返って、ベンチに座るはやてに怪しい笑みを浮かべる。

 それはまるで、こう言っているよう。

 よくやった、と。

「わざと自分でバラすつもりだったんか?」

 その眼に吐き気を覚えながら、はやては嫌悪感を隠す事も無く恭平に尋ねる。

「そうではない」

 ふと、恭平の声色が変わる。

「やはり見所があるな、はやて。君は無能な管理局でも、その年齢でありながらとしても優秀な人間だ。局にはもったいないな、あんな偽善と欺瞞の組織になどには」

 中性的で、透き通った、そして人の心に無理矢理に浸透してくる、そんな声。

「褒めてもろうても礼なぞせんで」
「ふふふ。そうか、それは残念で堪らないな」

 はやては、その恭平に、いや――“魔王”を目の前に、何故か折れそうになる決意に堅い鋼鉄の芯を通す。

「先の質問だが、私はわざと情報をそちらに与えるつもりは無かった。が、そちらがこちらの正体を知っても構わないとも思っていたのは事実だ」
「何でや」
「分からないか?」

 まるで全てを見透かされたような言葉に、はやてはデバイスを強く握り締めた。

「だから仲間も呼ばず、わざわざ私の誘いに乗ったのだ」

“魔王”の真意は、底知れない。

 油断無く、はやては目の前に立つ少年にすぐにでも攻撃できるように身構える。

「敵では、ないんやろ?」

 それは、どんな意味合いの言葉なのだろう。

 どこか希望的なものが交えられたはやての言葉に、“魔王”は肩をわざとらしく震わせた。

「味方でもない、と言ったな?」
「つまり中立や」

 そうだ。

 “魔王”は内心でほくそ笑む。

 はやてのその冷静で鋭い思考には、“魔王”も出会った当初から気付いていた。なのはやフェイトも子供にしては鋭いどころがあるが、しかしはやてはそれとは桁が違う。

 まさに人を率いるべき器、というやつだろうか。

 そしてその真価は、まさに先日の戦闘で発揮されていた。戦闘中での、それも始めの人死にの絡んできた戦闘で、あそこまで行動できるのならば、十分冷静といえる。それも、この年齢で、だ。

 どれほど恐怖したからといって、それが戦闘後ならばまるで問題も無い。

 “魔王”はそんなはやてに、ひどく興味を惹かれていた。

「仲間になるつもりは、あるんか?」
「さて」

 腹の探りあい。それほどこの二人の間で似つかわしい行動があるだろうか。

「あのロストロギアを土産にすれば、十分迎えられるで」
「かもしれないな」

 曖昧な答え。

 はやてはそんな“魔王”の返事に、次第に苛立ちを募らせていく。

「管理局に従うんや、鮫島恭平」
「私の仲間になれ、八神はやて」

 言葉が、重なる。

「まだロストロギアの違法所持も成果で挽回できる」
「私の元に来れば、その才能を芽生えさせてやろう」

 互いの発言など関係なく、二人はそれぞれの言葉を口にする。

「悪い条件や無い。それどころか、いい事尽くめとは思わんか」
「管理局では君の才は潰されるだけだ。ならば、私の為に使え」

 二人の意見は、並行するだけ。決して交わらない。

「人を守れるんやぞ」
「世界を守れるのだ」

 ピシリ、と。

 はやての何かに、ひびが入った。

「どういう意味や?」
「簡単には教えられんな」

 はやては、人。

 “魔王”は、世界。

 その重みの違いくらい、はやてにも分かる。感情論ではなく、一般論として。

 だが、世界を守るというのなら、尚の事管理局に入るべきではないだろうか。

 はやての疑問に、しかし“魔王”は笑みをたたえるだけ。

「政治家は、金の為に国民を売る」

 その口から、言葉が紡がれる。

「警察官も、些細な憎しみで人を殺める」

 その言葉の一つ一つが、どうしようもなくはやてを不安にさせた。

「親は子を捨てる。友人は互いを裏切る。強者は弱者を犠牲にする」

 どれもが、その通りだ。

 吐き気がするくらいに、事実ばかりだ。

「分かるだろう?」
「……あぁ」

 嫌と言うくらいに、はやては理解した。

 そうだ。この世界で完璧に綺麗なものなんて、無い。

 それは当然のことなのだ。

 ならば、管理局は?

 次元を統治する組織はどうだろう。

 巨大ならば、それに見合う穢れがあるのは、道理だ。

 “魔王”は、きっと知っているのだ。

 管理局の、その汚れを。

 はやては自然と、それを理解した。

 だが、それでも、

「で、それがどうした?」

 はやては管理局を捨てようとは思わなかった。

「だったら、中から変えればええやろ」

 “魔王”の眼が、細められる。

「果実が腐ってるならその腐った果肉を捨てて、種を取り出して、埋めて、また新しく育てればええんやないのか?」
「理想論だな」
「そうやな。で、それがどうした?」

 “魔王”の言葉を認め、その上ではやては毅然と言う。

「理想くらい叶えられんで、何が夜天の主やっちゅう話や」
「だが、それほどの力が君にあるだろうか?」

 問いに、はやてはすぐには答えられなかった。

 その隙を、“魔王”は見逃さない。

「力なら、私が与えてやろう。どんな敵も叩き伏せる力を、あらゆる人間を従わせる力を与えてやろう」

 悠然とした言葉。

「なのはやフェイト、守護騎士達とて傷つけることなく守れる力だ」

 今度こそはっきりと、はやては揺さぶられた。

「どういうつもりや?」

 “魔王”は、笑む。

 ただ薄く、遠く。

「“坊や”が育つ姿を見るのは、何とも嬉しいものなのさ」

 はやては、心がどこかで揺さぶられるのを感じた。

 “魔王”は、何がしたいのだ。

「……さて、ではそろそろ私は帰らせてもらおう」
「っ、ま、待ち!」

 背を向けた“魔王”に、はやてが手を伸ばす。

「選択は君にまかせよう」

 その手が届くより早く、いつの間にかグローブを手にはめた“魔王”の足元に魔法陣が浮かび上がり、そして、その姿が消えた。

「……一体、どうしろって言うんや」

 残されたはやては、ただ呟くしかなかった。

 管理局に、このことを報告など出来るわけが無い。

 報告すれば、きっと彼らは敵になるから。

 そなれば、きっとなのはやフェイトが悲しむから。

 そして、“魔王”の口にした、

「選択、やと?」

 その拳が、硬く握り締められる。

「そんなもん、あるわけあるか……!」

 守る力が、はやては欲しかった。

 いつか失ってしまった、彼女の姿が脳裏に浮ぶ。

 いつか失うかもしれない、友人の姿が脳裏に浮ぶ。彼女の妹の姿が浮ぶ。

「そんなもん、」

 皆の姿が、浮ぶ。

 もしそれを全て守れるというのなら、

「このことを誰かに話せるわけ、あるか……っ!」

 悪魔に魂を撃っても構わないのではないだろうか。





「っ、付近の世界に異常確認! モニターに移します!」

 その時、アースラのブリッジに緊張が走った。

 エイミィの声に、巨大なモニターに一つの光景が浮かび上がる。その映像はブリッジだけではなく、アースラ艦内、他の六隻の各所にも映し出された。

「なんだ、これは……」

 呟いたのは、クロノ。

 モニターの中では、鉛色の甲冑が蠢いていた。

 まさに蠢いているという表現しかできないような動き。

 何体、何十体、何百体――いや、何千体。そんな数の西洋甲冑のような外殻を持ったものが進行していたのだ。

 その両腕には、身の丈ほどもある巨大な盾と、そしてやはりこちらも身の丈ほどはある両刃の剣。

 鎧の隙間から覗くのは、鈍く回る歯車や歪む発条。

 まるでそれは、絡まりあった蟲のよう。

「魔力反応は各個では微弱ですが、全体で見ると……ちょっととんでもないことに」
「魔力反応があるのか?」

 エイミィの報告に、クロノが思わず首を傾げた。

 ということは、先日の正体不明の攻撃を仕掛けてきた彼らとはまた違う敵なのだろうか。

 いや、そう考えるのは早計か。

 少しでも何か情報を得ようとモニターに食い入るクロノの視界の端に、新しく開くモニターがあった。

『ハラオウン艦長』
「アーレンベルト中将、出動を進言します」

 そこに映し出されたアーレンベルとに、リンディが素早く口を開いた。

『理由を聞いても?』
「今回の件で、フィグノス一等空尉の部隊が増援されることが決定された、本艦が遭遇した最初の現場のことはご存知でしょうか?」
『ああ、正体不明の子供達の死体があったという……』
「はい」

 リンディが頷き、そして一瞬、その視線が大モニターに移されている甲冑、その隙間に蠢く機械に向けられる。

「それに、粉々にはなっていましたが、私はあの甲冑の中で回っている歯車をその最初の現場で見た覚えがあります」

 そのことをリンディが口にすると、誰もが驚いた表情を彼女に向けた。

 クロノ達だってその歯車の残骸を見なかったわけではない。むしろ、注視したといってもいい。だが、それでもそんな小さなパーツをあの甲冑の隙間から見出せはしなかった。

 だというのに、リンディはそれをあっさりと見出したというのだから、驚きは当然だろう。

「確実とは言いませんが、今回の事件と無関係とは考えにくくはないでしょうか?」
『ふむ』

 アーレンベルトが、顎に手をやる。

『前回のような犠牲が、また出るとも限らないと分かっているのかね?』

 意地の悪い質問だ。

 リンディはそんな嫌らしい、だが賢い上官に、うなずいた。

「油断さえなければ被害は最小限に抑えられます」

 堂々とした態度で、リンディは断言する。

 それは仲間を信じる、強い一言。

『……そうか』

 アーレンベルトが深く頷いた。

『――……』

 そして、小さな溜息。

 すっ、と。

 アーレンベルトの蒼い瞳が細められた。

『我が艦体はこれより戦闘を開始する!』

 怒涛が、次元を振るわせた。

『各員、戦闘準備につけ!』

 その声は、嫌と言うほどに戦闘局員の心を奮い立たせる。
 

「行こうか」
「うん」
「そやね」


 そしてまた、三人の心もそれに例外なく奮い起こされる。





「鋼の海だな」
「悪趣味な事だ」

 小高い丘の上から、三人はそれを見下ろしていた。

 規則的に進行する、機械兵の群れ。

「倒すのか?」

 士郎の質問に、ゆっくりと恭平が首を振るう。

「放っておけ」

 その言葉に、士郎と志貴が首をかしげる。

「なら、なんでわざわざ来たんだよ?」
「もうすぐ分かる」

 志貴の言葉に恭平が静かに答えた、その瞬間。

 機械兵の頭上に、次々に総勢にして百人もの人の姿が現れた。魔法陣から現れ、宙に浮んでいるだけで、それらが全員魔導師でありことが覗える。

「ああ、なるほど」

 士郎が納得したように頷いた。

「俺たちは見学ってわけか」
「そういうことだ」

 そんな風に三人が言葉を交わす、その間に。

 戦闘は始まった。

 最初に見えたのは、金色の刃と桜色の光。

「フェイトとなのはか」

 巨大な金色の刃は大地を一直線に切り裂き、そこにいる機械兵を屠る。そこから、機械兵の動きが変わり、フェイトの射程から外れようと行動を始める。

 そこに降り注いだのがなのはの収束魔法。動きの変わった機械兵の群れに穴をあけ、その行動を制限していく。

 それに続くように放たれる、無数の魔法。

 次々に屠られていく機械兵は、魔法の雨に身動きが取れない。

「……夜天の主の力、か」

 恭平が、ぽつりと呟く。

 それに重なって、よく響く声が空気を震わせた。

 ミストルティン。

 石化の槍が魔導師の軍勢の丁度真ん中のあたりから四方に放たれ、地面を、機械兵を石化させていく。

「検体か」

 ここでもっと破壊力がありそうな魔法を放たなかったのは、恭平が言うように、石化した状態であっても敵の戦力分析の為の検体を手に入れる為だろう。

「だが甘い」

 すると、まるで恭平のその言葉を肯定するかのように、全ての機械兵の動きが止まった。

 魔導士達が何かをやったのではない。機械兵が自らその行動を取ったのだ。

 そして、機械兵はそのままそれぞれの大剣を空中の魔導師に向ける。

 その剣尖が、割れた。

 いや、割れたのではない。開いたのだ。

 まるでパズルが組みあがるかのように剣はその形を変え、そして、本来の姿を展開する。

 それは、砲。

 どう組み合わせればそうなるのか、機械兵の剣は瞬時に、その形態へと変形していた、

 いくら魔法で数を減らしたからといって、元の数が多すぎた。

 機械兵の残存は、まだ七百はあるだろう。

「まず数を一体でも多く削るべきだったな」

 魔導師達が、一斉に散開した。

 そこに、機械兵の砲から放たれた荷電粒子の槍が突き刺さる。

 が、そこは流石というところか。

 それぞれの魔導師はプロテクションなどの防御魔法をもって、その光を防ぎ、そしてその合間に各々の攻撃を加え始める。

「まあ、こんなものじゃないか?」

 志貴が予想通りと言わんばかりの声をあげる。

 このままいけば、多少の苦戦はするだろうが、無事魔導師部隊が機械兵の軍団を殲滅するだろう。

 恭平もその結果を疑いはしなかった。

「このままいくのであれば、な」

 そう。このままいくのであれば。





 レイジングハートから空のカートリッジがはき出され、なのははマガジンを新しいものに取り替える。

「これなら、なんとか」

 汗を拭って、目の前に広がる甲冑の海を見つめる。

 その数は、最初から見れば確実に減っているが、しかしそれでもまだまだ大量に存在する。

 だが、その攻撃は十分防御できるし、その速度も大したことはない。

 先の少年の動きと比べれば、それはまさにウザギとカメだ。

「なのは、大丈夫?」
「うん」

 そのなのはに、フェイトが、こちらもまたカートリッジを交換しながら近づいてくる。

「それよりも疲れてるのは、あんな大きい魔法を連発してるはやてちゃんじゃないかな」
「そうだね」

 二人の視線が、今また大魔法を放ったはやてに向けられる。

 はやての指示は確実だった。

 なのはとフェイトの魔法を筆頭に、機械兵の行動を制限、誘導し、そこに特大の一撃を見舞う。

 この戦場で一番成果を上げているとすれば、それは間違いなくはやてだろう。

「でも、この調子なら、」
「うん、被害もあんまりない」

 周りを見渡せば、周囲にはかすり傷程度の負傷をしている者はいても、そう目立つ怪我をした局員は見当たらない。

 二人はそのことに、安堵を覚えた。

「こら! 二人とも、サボってんやないよ!」

 そこに、はやての檄が飛んでくる。

「は、はーい」
「ごめんっ」

 慌てて二人はその声にデバイスを構え、魔法を展開する。


 不意に吹いた、冷たい風。


 そこで、二人は動きを変えた。

 デバイスを、甲冑の海から、上方に。

「ディバインバスター!」
「プラズマスマッシャー!」

 そこから迫っていたのは、いつかと同じ炎の波。


 その波に二人の魔法が巨大な穴を開け、炎が散り散りに霧散する。

「おーっと」

 ふざけたような、軽い声が聞こえた。

 と、管理局員達の真ん中辺りで、空間が揺らめいた。

「何だよ、反応いいなあ、コンチクショウ」

 そこから現れたのは、空中に浮ぶ一人の少女と、その身体を抱くようにして浮んでいる少年の姿。

 なのはとフェイトは本能的に理解した。

 この人が、炎の波を生み出した張本人だ、と。

「動くな。動けば攻撃する」

 そんな少年の後頭部に、いつのまにそこに移動したのか、クロノがデバイスの先端を突きつけていた。

「おやあ、こっちも良い反応ぉじゃないですか」

 それでも余裕の態度を崩さずに、少年はけたけたと笑う。

「何者だ」
「Fの五番とでも呼んでくれ」

 クロノの質問に帰ってきた答えは、クロノの背後から聞こえた。

 気付けば、クロノのデバイスの先から、少女と少年の姿は消えていた。

 クロノは視線をそらしてはいない。

 本当に一瞬で姿が消えて、そして背後に現れたのだ。

「製造ナンバーだけどな」

 クロノの後頭部を小突きながら、少年は楽しげに言う。

 その少年に、周囲の局員がデバイスを向けようとして、

「おっと、やめときな。こいつの頭が爆発しちゃうぜ、俺のラブで」

 出来なかった。

 少年の言葉に、クロノもまた唇を噛み締める。

『ソニックムーブ』

 そこに、金色の剣が振り下ろされた。

「おおっ!」

 突然のことに、しかし少年はその刃を慌てて両手で挟むように受け止めた。

「秘儀、白刃取り! ってな――あぁっ!?」
『アクセルシューター』

 その腹に、桜色の魔力弾が連続して三発、撃ちこまれた。
 少年の体が吹き飛び、それを無表情に少女が空中で受け止める。

「う、ぉ、いって! え、遠慮なしかよ!?」
「投降してください」

 涙目で腹を押さえながら言う少年の背後から、瞬間的に移動したフェイトが刃を向けていった。

 それに遅れて周囲の局員もデバイスを少年に向ける。

「お話、聞かせてもらえるよね?」

 そこに、さらに正面からなのはがレイジングハートを突きつける。

「これが俗に言う多勢に無勢?」

 周囲をゆっくりと見回して、少年が苦笑して首をかしげる。

「逃げ場は無いぞ」
「だな」

 クロノの言葉に、うんうんと少年は頷いた。

「じゃ、切り開けばいいんじゃね?」

 そして、その瞳がここで初めて、冷酷を灯した。

 と、同時。

 少年と少女を包むように、氷の壁がどこからともなく現れた。

「炎使いは熱量の操作を行えるんだぜ」

 その壁の内から、少年の声。

「っ、スティンガーブレイド!」

 その氷の壁にクロノが放った剣の魔法がつきささり、そして、壁が砕けた。

「――なっ!」

 その内側から現れたのは、少年の姿ではなかった。

 いや、もしかしたら少年もいたのかもしれない。

 だがそれよりも早く溢れ出したのは、炎。

 炎が四方八方へと巻き散らかされた。それに、防御魔法で対応する局員。前回のことを省みて、それはどれも全方位のシールドだ。

 それが幸いしたのだろう。まるでこのタイミングを見計らったかのように、地面から一斉に機械兵が光を放つ。

 それが、局員達に防御魔法を解除させない。

 そのせいで、

「んじゃま、じゃあなー!」

 その目の前で、空の果てへと逃げる少年と少女の姿を追えるものは、誰もいなかった。

 そして、その直後。

 まるで置き土産とでも言いたさげに、機械兵が全部爆発した。

 そのせいで石化させたものまでもが爆発に巻き込まれ粉々になってしまう。

「っ、やられた」

 はやてが、それを悔しそうに見る。

 被害は、なかった。それが唯一の救いだろうか。

 しかし、得たものもまた、何も無かった。





「おいおい、アイツら意外とつえーじゃん?」

 少年は、抱える少女に楽しげに話しかける。が、それに少女は答えない。

「……んだよ、つまんねーな」

 答えを期待しても無駄、と分かったのだろう。

 適正魔法士の少年は、粗製魔法士の少女から目を逸らし、ぼやく。

「あーあ。でも大した事ないな。もう少し派手に燃やしてたら十分全員殺せたんだぜ?」

 少年の言葉に、嘘はない。

 確かに先程の初撃、炎の規模をさらに大きくすることも少年には不可能ではなかった。そしてそうすれば、二人の少女の魔導師の攻撃で霧散することもなかったろう。

 そして、もしそうなっていたのなら、不意の攻撃に多数の魔導師は反応できずに燃やされていただろう。

「それに、お前も一回、あの黒いガキの後ろに回るときしか使わなかったしな」

 ぽん、と。少年が少女の頭に手を置く。

 少女は光使いの魔法士だった。

 クロノにデバイスをつきつけられたとき、少年の姿が突然に移動したのは、その少年の姿が少女が光の屈折を操り映し出した幻影だったからだ。本物の二人は、こちらもまた光の屈折を操作し、姿を消していたのだ。

 あの瞬間移動じみたものは、幻影を消し、姿を現しただけのことなのである。

 それだけではなく、少女はその気になればあの場で攻撃を行ない、少年を援護することも出来たのだ。

 重力操作で魔導師達の動きを鈍らせるなり、分子を加速した粒子砲で魔導師を撃つなり。

 それをしなかったのは、少年が命令しなかったからだ。

「ま、今回も女王サマは様子見だけって言ってたし、これくらいだろ」

 嘆息して、少年は空を見上げる。

「あーあ、なんで本気で戦わせてくれないんだよ」

 少年がそう呟いた、その時。

 一瞬、影が光を遮り、

「……あ?」

 その目の前を、一つの丸い物体が通り過ぎた。

 何だ、と考えるまでも無く、少年はそれを何だったのか理解した。

 腕に抱く少女の首が、なくなっている。

「……は」

 そして、少年は頭に衝撃を受ける。

 脳天に剣を突きたてられて、少年の視界は暗転した。





「適正とはいえ、炎使いではな」
「……」

 恭平の言葉に、沈黙したまま士郎は弓を下ろした。

 少女の首を落とした攻撃は志貴のもので、少年の頭に剣をつきたてたのは士郎。

 志貴は近距離でしか攻撃できないので、この場所には居ない。

「どうした、罪の意識か?」
「……」

 士郎は答えられない。

 意思ある者を殺した。それが例えどんな殺人者であろうとも、士郎にとって、その行為は苦痛にしかならない。

「諦める事だ。全てを救える人間などこの世にはいない」

 それをあっさりと見透かして、恭平は言う。

「分かっているさ」
「ならいい」

 士郎は、拳を握り締めた。
 




あとがき
緋塚です。
好きなものは夏以外の季節に食べるチョコレート、嫌いなものはレバーです。

あとがきの行稼ぎにとうとう自己紹介など始めてしまいました

まあ、冗談はさておき、

では早速補足を。

あ、もう補足は恒例になりそうな感がありますよね。
すみません、文章力なくて。

今回出てきた炎使いの少年は、適正魔法士という単語だけ今まで何回か出てきたやつです。

適正魔法士とは、敵側の魔法士は脳にIブレインという生体コンピューターを埋め込んで、量子演算回路を起動しているのですが、そのIブレインと相性の良かった人間です。
相性が悪かった場合、人格が崩壊し、能力もたいしたことのない粗製魔法士が生まれます。
一方で、相性が良かったら人格も維持し、能力も粗製よりずっと上のものになります。
ですが、適正魔法士はIブレインを千人に埋め込んで一人程度の割合なので、数はそう多くありません。
ここらへんは私のオリジナル設定ですね。

それと、魔法士のタイプですが、それも相性でランダムです。
基本、騎士が一番多いです。

あ、それと今回、炎使いの少年が光使いの少女に空中でしがみついてたのは、炎使いに重力操作などの能力が無く、浮かべないからです。

どうでもいいことなんですけど、自分で書いて思った。
炎使いの扱いが酷すぎる。

では、読んでくださって有難うございます。

終わり。




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