残酷な現実を少女達が目の当たりにした、その次の日。

「なのは、ひさしぶり」
「フェイトちゃんも、おはよう」
「……」
「……」

 なのはと、フェイトは自分の席について、ぼんやりと天井を見上げていた。二人の親友であるアリサ・バニングスと月村すずかが三日ぶりに会った二人に挨拶をするが、しかし二人はなんの反応も示さない。

 それはどこか、今にも壊れそうな雰囲気。

 察して、アリサとすずかは一度顔を見合わせた。

「どうかしたの、なのは、フェイト?」

 再度、アリサが声をかけてみるが、しかしやはり反応は無い。

 アリサという少女の性格からして、こうも無視されると、どうにも癪に障るものがあるのだろう。

「なのは! フェイト!」
「あ、はい!」
「な、なに?」

 思わず、その反応にアリサがこけた。

 どうやら、アリサの声すら二人には届いていなかった様子。

「あんた達ねえ」

 呆れたように、アリサが深い溜息をつく。

「ほら、アリサちゃん、落ち着いて」
「いや、でもすずか。この二人ってば、」

 そんなアリサを、おとなし性格のすずかが宥める。

「……」
「……」

 そして、そんな短い間に、二人は再びぼんやりとし始めてしまった。

 それに気付いて、アリサが、流石にすずかも少し呆れたように肩を落とす。

「と、とりあえずそっとしておいてあげよう、ね?」

 が、なおもアリサを宥めるあたり、すずかは二人の気持ちを多少なりとも理解しているのだろう。

「あ、すずかってば!」

 アリサを引き摺って、すずかが廊下へと出て行った。朝の会まであと十分。それまでどこかで時間でも潰すつもりなのだろう。

 出て行った二人に、しかしなのはとフェイトは目もくれない。

 やはり、昨日のことがまだ尾を引き摺っているのだろう。

 リイディからは今日は学校に行くように言われたから、学校には来たものの、しかし、到底二人は勉強などする気にはなれない。

 それでも、周囲に日常を感じれるだけ、多少なりとも落ち着いているのだろう。学校に来る前までは、二人とも自室で凍えるように身を小さくして震えていたのだ。そのあたりは、リンディの配慮の甲斐か。

 と、アリサとすずかと入れ替えのように、教室に二人の少年の姿が現れた。

 士郎と志貴だった。

 二人はなのはとフェイトの姿を確認すると、多少驚いたような表情をしてから、ゆっくりと近づいていった。

「おはよう」
「元気か?」

 が、長い付き合いのアリサとすずかにも反応しなかったのだ。たかが会って一ヶ月も経っていない二人に、早々反応するわけが無いだろう。

 士郎と志貴も、その理由は分かっていた。なのはとフェイトは、彼らが自分達が一体どんなものを目の当たりにしたか知っているなどとは、夢にも思っていないだろう。

 無言の二人に、ふと思い立ったように士郎が鞄の中を探る。

 ように見せかけて、鞄の中につっこんだ手の中に目覚まし時計を二つ投影した。

 その二つの目覚まし時計のタイマーをセットして、士郎はそれぞれなのはとフェイトの机にそれを置いた。

 そして、その三十秒後。


 ジリリリリリリリリリリ!


「ひゃぁ!?」
「うぁっ!?」

 甲高い目覚ましの音と共に、なのはとフェイトの頓狂な声が上がった。

「おはよう。目は覚めたかな?」

 そこにすかさず、志貴が笑みを浮かべながら挨拶をした。

 いきなりそんなことをされて、なのはとフェイトは数瞬呆然としたあと、こくりと一つ頷き、口を開いた。

「お、おはよう?」
「な、なんで目覚まし?」

 不思議そうに、二人は机の上に置かれた目覚まし時計を手にとって、まじまじとそれを眺めた。

「ああ、二人へのプレゼントだ」
「全く意図がつかめないんだけどなあ?」

 困ったように、なのはが苦笑する。

「それで、どうしたの。ぼうっとしちゃって」

 尋ねて、志貴は内心で自嘲した。

 まったく酷い人間だ、自分は。どうして、など。理由などとうに知っているくせに。

 なのに、こんな事を聞いて、昨日の事をわざわざ彼女達に思い出させようというのだから。

 だが、ここで二人が逃げ続ければ取り返しのつかない事態になりかねない、と無理矢理に自分を納得させて、志貴は顔に笑顔を貼り付けた。

「あ……うん」
「ちょっと……ね」

 案の定、二人は暗い表情を浮かべ、言葉を濁した。

「なんか悩みか?」

 士郎も、やはり尋ねる。

 二人の表情が暗くなるのを分かっていても、しかし士郎と志貴は退かない。

 今、心の傷で済むだけならばいい。しかし、この先でその心の傷のせいで命を失う可能性があるのだから、退きようがなかった。

 どこか冷徹な恭平とは違い、士郎と志貴はそのくらい他人を思うことはする。

 まあ、恭平も恭平で冷徹になりきれないようで、校門ではやてを捕まえると、そこでなにやら話し込み始めてしまった。

 恭平のことだ、はやてを遠まわしにでも元気付けようとでもしているのだろう。不器用なことだ。

 果たしてそれが、利害からか感情からかは士郎と志貴にも判断はつかないが。

 ともあれ、今は目の前の二人である。

「悩み事は、他人に話すのが一番だ」

 そういって、しかし士郎は考えを改めた。こんな場所で、一般人と思っている自分達になのは達が事情を話せるわけが無い。

 だったら、

「そうだな。例え話でもしないか?」

 自分でも下手だな、と思う。

 だがそれでも、不器用な士郎なりのせい一杯がこれなのだ。志貴とて、同じようなものだろう。

「例え話?」
「そうだ。なんだっていいぞ?」

 その言葉に、なのはとフェイトが、小さく頷きあった。

「じゃあ……」

 どうやらフェイトが話をするらしい。

 まあ、なのははこういう例え話が出来る性格ではないのだろう。

「もし自分の乗った飛行機が落ちてきて、それに乗っていた人達が自分達以外皆死んじゃったとしたら?」

 フェイトもフェイトだった。

 かなりギリギリじゃないか、と思いながら、しかしそれを表情に出すことなく、真剣な眼差しで士郎と志貴はなのはとフェイトを見つめた。

 すでに答えはある。

「弔う」

 志貴が、即座に答えた。

「死者を偲び、そして記憶に刻み込み、その死者の存在を受け止める」

 士郎がそれに続くように言う。

「……」

 なのはとフェイトが、そんな二人を驚いたように見た。

「死者は語らない。そんな事故ならば自らの想いを誰かに託す事も出来なかったろう」
「なら、自分がその死者の為に出来ることを、したいことをすればいい。誰が咎めようとも、それはきっと正しい事だ」

 平然と二人は言うが、しかしその言葉には、異様な重みがある。

 それはきっと、二人がこれまで、様々な戦いを乗り越え、様々な人を傷つけ、傷つけられ、挫け、嘆き、そして歩いてきたからだろう。

「……難しいよ」

 ぽつり、と。

 なのはの口から弱い声が零れた。今にも泣き出しそうな、そんな声だった。

「難しいから、だから諦めるか?」

 志貴の問いに、なのはは小さく、しかし何度も首を振るう。

「どうやれば、いいのかな?」

 次に、フェイトが訊いた。

「それは、フェイト達が決める事だ」

 だが、そればかりは答えようが無い。

 その答えは、なのはとフェイトが、自分自身で見つけるしかないのだ。

 どんなに素晴らしい返答を用意したところで、それはなのは達にとっての正解ではないのだ。

「一体その人達は何をしたかった?」

 出来るだけ優しく、志貴が尋ねる。

「……」

 なのはは、考える。

 一体、昨日殺されてしまった人たちは、何のために管理局に入ったのだろう。

 そして、何を悔いに死んでいったのだろう。

 自分が局員になったのは、空を飛ぶのが、楽しかった。

 そして、フェイトやはやてを助ける事が出来たのが、嬉しかった。

「……」

 フェイトは、考える。

 一体、昨日殺されてしまった人たちは、何のために管理局に入ったのだろう。

 そして、何を想い死んでいったのだろう。

 自分が局員になったのは、なのはと出会った、あの時の事件の償いの為に。

 そして、なのはやはやてと一緒にいられるのが、嬉しかったから。

 ああ、そうか。

 二人は、答えを得る。

 本当に彼らがそれを思っていたかは分からない。だが、二人にとって、答えはそれ。

 きっと皆、誰かを守りたいから管理局に入ったんだ。

 だったら、自分達がすべきことは一つじゃないか。

「そっか」
「うん」

 小さな、まだ弱々しいが、それでもなのはとフェイトは、笑みを浮かべた。

 自分達のすべきこと。

 それは、きっと誰かを守ることだ。

 守れなかった人を偲び、そしてこれから守れる人を、何としてでも守ることだ。

「どうだ、すっきりしたか?」
「うん」
「うん」

 士郎の問いに、二人は、今度こそ大きく頷いた。





「士郎君、志貴君、あと恭平君も、一緒に帰らない?」
「ん、いいぞ?」
「ああ」

 帰り。なのはに声をかけられて、ほぼ条件反射的に士郎と志貴はそれを承諾していた。女性の誘いを断ってはいけないという固定概念が、なんらかの恐怖と共に二人の根底に刻み込まれているのだろう。

 赤い悪魔とか。

 白い姫君とか。

「手篭めにするのか?」
「するかっ!」
「馬鹿かっ!」

 小さく呟いた恭平の馬鹿な言葉に、大声で二人が叫ぶ。

「……どうしたの?」

 その行動に、なのはと、その後ろのフェイトとはやてが首を傾げた。どうやら彼女らも一緒に帰るらしい。

 ちなみにフェイトはどこか嬉しそうに、はやては不機嫌そうにしている。

「いや、なんでもないよ。恭平も喜んでついていくってさ」
「こいつ、恥ずかしがりやなんだよ」

 誰もそんな事は言っていない。が、しかし、恭平はそれを訂正する事はなかった。

「根が暗いものでな。まあ、お供させてもらおう」

 それどころか、平然と笑みながら感謝の言葉などを口にする。

「そうなんだ? でも、特に気にしないよ?」
「ありがたい」

 にこりと笑いながら、なのはは恭平に言う。

「ソイツが恥ずかしがりやなんてタマか」

 その後ろで、はやてがぽつりと呟いたが、どうやらなのはとフェイトはそれを聞き逃したらしい。

 士郎と志貴は小さく苦笑を零しながら、肩をすくめる。その態度はどこか恭平に似通っていて、もしかしたらはやてに便乗して恭平に皮肉でも向けているのかもしれない。

「それで、わざわざ誘ってくるという事は、寄り道でもするのかい?」

 内心で士郎は、もう少しくらい子供っぽい喋り方しろよ、と思うが、言えば逆に怪しまれるだけなので黙っている。

「うん。私の家が喫茶店やっててね、そこでお菓子食べようよ」
「喜んで」

 あまりにも礼儀正しく、恭平が腰を軽く折る。

「あ、べつにそんなお礼なんていいよ!」

 だから、もう少し子供らしい――いや、もう何も言うまい。

 士郎も、また志貴も、恭平の態度を見咎めるのを諦めた。そもそも他人の言葉を聞くような人間じゃない。

「礼とは人間としての理性を現す行為だ。それをこなすにこしたことはないが、そちらがそう言うのであれば、無礼ながら相応の態度を取っておくとしよう。ああ、だが目上の者に相対するときはちゃんと礼を欠かしてはならないぞ?」
「う、うん」

 一気に言われて、なのはが一歩あとずさる。

「なのは、気にせんでええ。こんなヤツの言葉は聞くだけ無駄ってもんや」
「おや。でははやては目上の者にそんな不遜な言葉使いで対応するのか」

 ぴきり、と。何かにヒビが入ったような音を、はやての一番近くにいたフェイトは聴いた気がした。

「減らず口の屁理屈が」
「何が付こうと理屈は理屈、そういう解釈できないかね?」

 今度は、ヒビの入る音がなのはにも聞こえた。

「はりたおすぞ」
「おや、男気に溢れたなんとも婦女暴行に向いていそうな発言だ」

 きわめつけとして、士郎と志貴も、その音をしっかりと聞いた。

「ええ度胸や。少し待ちい、今すぐその首根っこ掴んでそこの窓から放り投げたる」
「は、はやてちゃん」
「落ち着いて!」

 そう息巻いて大きく踏み出したはやての身体を、なのはとフェイトが必死に押さえつける。これが本当にちょっと前まで車椅子生活をしていた人間の力なのか、と思わずにはいられなかったとか、なんとか。

「恭平も挑発するなよ」
「少し、からかっただけなのだがな」
「お前のからかったは十分すぎる挑発だ」

 士郎の言葉にあっけらかんと答える恭平に、志貴が言いながら眉間を押さえる。

 駄目だ、この二人。相性悪すぎる。いや、良すぎると言うべきか。

「と、ともかく早く行こう!」

 とりあえずその場は、なのはのその叫び声で一時の落ち着きを見せた。

 いや、帰りの道でも一色即発なのだが。





『すまないね、フェイト。こんな時に側にいられなくて』
『こっちもごめん。アルフと違って、こっちはすぐにでも駆けつけられるのに』

 目の前に浮ぶモニターに、一人の女性と一人の少年が映っていた。

 アースラ艦内。

 なのはの部屋で、なのはとフェイトは本部に居るその二人に連絡を取っていた。はやてははやてでヴォルケンリッタと連絡を取っているらしい。

 オレンジの髪をした女性は、狼を素体にフェイトが作り出した使い魔のアルフ。

 もう片方の少年は、なのはに魔導の存在を教えることになった、現無限書庫主任司書ユーノ・スクライア。

「ううん。アルフは、このまえの任務で怪我しちゃったから仕方ないよ」
「ユーノ君も書庫の仕事があるもん」

 だが、二人のそんな謝罪に二人は笑顔でそう返した。

 確かに、モニターには映っていないが、アルフの右足は現在包帯でぐるぐるに巻かれているし、ユーノの周囲には正に無限の本がずらりと並び、ユーノはそこで情報の収集などをさせられている。

 それに今すぐ来い、などというのは明らかに無理で無茶な話だ。

「アルフは、とにかく安静にして」
『ああ、分かってるよ。すぐに直して、応援にいくからね』
「うん」
『じゃ、とりあえず検査の時間だから、また後で』
「分かった」

 とりあえず、アルフの映っていたモニターが閉じる。残ったのは、ユーノのモニター。

「それで、少し調べて欲しい事があるんだ」

 なのはがそう言うと、百も承知と言わんばかりにユーノが頷く。

『分かってる、既にリンディ艦長から依頼があったよ。人形使い、光使いっていうレアスキル、もしくはそれに準ずるものについてだよね?』
「うん」

 流石に仕事が早い、と感心しながら、なのはとフェイトは頷く。

 人形使い。光使い。そのどちらもが、昨日の戦闘の際に“魔王”という人物が残した言葉だ。

『なのは達は、あれは何らかの魔法、すくなくとも魔力を消費するレアスキルだとおもう?』

 ついてっきりすぐにユーノが答えてくれるものかと思っていたが、しかし聞こえたのは、突然の質問。

 それに、なのはとフェイトは首を傾げた。

「違うの?」
『魔力は感知できなかったんでしょ?』
「あ……」

 今の今まで、そんなことは忘れていた。フェイトが小さく声をもらした。

『あれは、もしかしたら……量子演算回路が関係しているんじゃないかと思う』
「量子、演算回路?」
『うん、一冊の本にのってたんだ』

 反芻するなのはに、ユーノがさらに続ける。

『世界を一つの情報の海ととらえ、特殊な理論を用いて構成されたコンピュターでその世界の情報に干渉、改竄することによって実際の物質空間すら変位させる。そういう、今は滅びた辺境の世界で唱えられた理論に出てくる単語だよ。そして、その量子演算回路こそ、情報の海に接続するための媒体なんだ』

 聞いて、少し考えて、二人は気付いた。

「……それってつまり、」

 信じられない、という様にフェイトが呆然とした瞳をユーノに向ける。

『そう。純粋な、魔力なんて欠片も関係ない、機械技術の結晶。一種の、物質兵器とも捉えられる』

 否定は、なかった。

 ユーノはその二人の想像を否定することなく、むしろ補足する勢いで肯定した。機械技術。魔導ではない。

 魔導師であり、一般人よりも自分は力を持っている、奢るわけでもなく、それを性格に認識している二人だからこそ、それは驚きだった。

 ただの機械が、魔導を越える事が出来るのか。

『もちろん、これが確実とは限らない。むしろ偶然の確率が高い。その世界はこの理論をどうこうするまえに次元震で崩壊してしまったから、技術だってどこにも残っていないはずなんだ』

 だが、可能性は無いわけではないのだ。どこかで誰かが、もしかしたらその理論を完成させたのかもしれない。もしかしたら、どこかの世界で一からその理論が構築されたのかもしれない。

 だが、一番の問題はそれではない。

『それに、例えこれが事実だとしても、これは、これじゃあ、』

 一番の問題は、


『対処の方法すら、ない』

 魔導を主眼に行動する管理局では、そんな技術に対抗する力を持たないということ。

 事実、昨日はそれが現実に証明された。

 人の死を思い出し、しかしなのはとフェイトはそれから逃げることも無く、むしろ意思を堅くした。

『その前に回収した、謎の死体だけど、そっちもどうやら昨日のなのは達と戦闘した敵と同じみたい。脳の一部に不自然な組織を確認したんだ』

 それで、思い出す。この事件の最初。

 なのは達に一番最初に死を知覚させた、少年少女の死体。

『だけど、解析は出来てないみたい』

 だが、どうやらそこからは何の手掛かりも得られないらしい。

「……あの、男の子の動き」

 なのははふと思い出す。

 昨日の、正体不明の艦の攻撃で跡形もなくなってしまった、あの少年の動きを。

 空中で人を切り裂き、その人を土台に更に次の人に移る。あんな常人離れした

『そうだね。報告どおりにその男の子が動くのなら、“魔王”とかいうやつの乗った艦が使ったロストロギアか、それとも広範囲魔法、フィグノス一等空尉のディストーションディスロケーションシークエンスエクスプロージョンみたいな攻撃が必要になってくる。しかも、非殺傷設定はなしで』

 次に思い出されたのは、ユーノの言葉に出てきたフィグノスの魔法だった。

「そういえば、凄い魔法だったね」
『そりゃそうだよ』

 フェイトも思い出したのだろう。今更ながらに、感嘆の声をあげる。

 それにユーノがすかさず説明する。

『フィグノス一等空尉のあの魔法は、噂じゃアルカンシェルの原型ともなった連鎖式魔法って言われてるからね』
「ええっ!?」

 なのはが驚きの声を挙げる。

 アルカンシェル。その威力は、なのはもフェイトも闇の書事件と呼ばれる事件で嫌と言うほどに目の当たりにしている。

「す、凄い人なんだね」
『そうだよ。少し前までは空で中将もやってらくらいだからね』
「あれ、ていうことは、階位が下がっちゃったの?」
『まあ、それは色々あったんだよ』

 本当に凄い人なんだな、となのはは先日の堂々たるフィグノスの姿を思い出す。螺子の槍に貫かれた局員を助けようとしたなのはを押しとどめてくれた姿を。

 恐らくあそこでフィグノスが留めてくれなかったら、今ここになのははいなかったろう。

 後でお礼を言っておこうと決めて、なのははユーノに再び視線を戻す。

「それで、これからどうなるのかな?」
『本局から、AAAランク以上で構成される大部隊の派遣が決定した』
「AAAって、凄いね」

 なのは達は既にそれに+がついているのだが、ユーノもあえてそこにつっこみはしなかった。

『とりあえず、気をつけて。今回は、僕は現場に出ても足手まといにしかならないから、こういう形で援助するよ』
「うん、ありがとう、ユーノ君」

 そして、通信が切れる。

「……量子演算回路」

 と、なのはの隣でフェイトがその言葉を口にする。

「機械だけで、あんなに力が出せるのかな?」
「情報を変えて現実に影響させるんだよね? どのくらい影響を出せるのかは分からないけど、あの岩の手は地面の形状の情報なんかを変化させて、レーザーやステルスなんかは光の収束や屈折を変化させられれば、不可能じゃないと思う。肉体の強さやなんかも、それで強化できると思うし」

 なのはの疑問に、フェイトがさらりと答える。

 ことこういう思考に関して言えば、フェイトはなのはよりも上である。

「でも、それを全部一度には使ってこなかったよね?」
「それは……なのははベルカの魔法を使えないし、バスターを何発も同時に撃てないでしょ? それと同じだと思う」
「あ、そっか」

 フェイトの説明はなのはにとっては非常にありがたいものだった。

 正直、ユーノの説明だけでは理解しきれていなかったのだ。

「なのは」

 ふと思い立って、フェイトはなのはに声をかける。

「訓練、しよう」
「……だね」

 それに、なのはは頷き、そして立ち上がった。

 彼女らには、今はただ自らの力を鍛える事しかできない。
 



 
『管理局メインサーバーに侵入完了。情報の読み込み終了』

 デバイスの声に、椅子に腰掛けている恭平が手元のパネルを操作する。

「ほう、AAA以上の魔導師を百人に、最新の艦を六隻。なかなか、大盤振る舞いじゃないか」

 恭平の目の前にモニターが現れ、そこに文字の羅列が現れる。

 それを読み下して、恭平は口の端を歪ませた。

「……だけど、やっぱり相手にはならない。特に、騎士にはな」

 その後ろでコーヒーを飲んでいた志貴が、無感情に告げる。

「そうだな。魔導師の攻撃など、騎士に対しては、広範囲攻撃でもなければ当たるまい」

 あるいは、全方位三百六十度から一斉砲火でもすれば攻撃も命中するだろうが、それは余りにも非効率的で、間抜けな策だ。

「もしかしたら、本局を襲撃させるのを少しでも遅らせるためかも知れんな」
「でも、こんなに魔導師を派遣して、逆に本局は手薄なんじゃ?」

 志貴の言葉に、恭平が頷く。

「そうだな」

 そして、その口元にはいつもの笑み。

「だが、知っているか? 管理局の評議会には、オーバーSSSランクで構成させる超精鋭部隊がいる、という噂を」
「え?」

 流石に、志貴もその言葉を聞き逃す事はできなかった。

「オーバーSSSって、それ、化物じゃ……」
「そうだな」

 オーバーSSS。つまり、ランク規定外。

 現存することの無い、ほぼ伝説レベルの存在。

 過去、ベルカの聖王、あるいは伝説の彼の地に住まう人々がそうであったと囁かれてもいる。

「そんなのを評議会は独占して、しかも隠してるって言うのか?」
「可能性は、ゼロではあるまい」

 志貴は良く分かっていた、

 恭平が可能性を否定しないという事は、つまり、ほとんど確実にそれが存在するであろうことに。

「そんな噂があるからこそ、今まで管理局本局は襲われたことが無いのさ。こういう噂に、犯罪者というのは耳聡いからな」

 それはそうだ。

 そんな噂、眉唾ものだが、しかしもし本当ならば、どんな犯罪集団でも勝てるわけが無い。

「誰も化物に挑もうなんて思わないってことか」
「お前が何を言うかと思えば」

 そこで、恭平が志貴のことを見た。正しくは、その眼を。

「お前の眼なら、例えアルカンシェルを撃たれたところで問題なかろう?」
「それは言いすぎだ」

 その言葉を志貴が苦笑しながら言う。

 確かに、志貴の直死の魔眼は物質、あるいは現象にすら死を見出すことが出来る。ただし、魔力なんていう水のような存在で作られ場合は別だ。どんなに殺しても、ころした場所に魔力が流れ込んでたちどころに修復してしまう。

 だが、その一方で、魔力を殺すことは出来なくても、魔導を殺すことは出来る。

 魔導というのは、つまり一定の式に魔力と言う力を付加して発動する術だ。ならば、その魔導の中の式を殺せば、確かに魔導を殺すことは不可能ではない。

 もちろん、アルカンシェルなどというものを相手にそれを試す気には志貴もなれないが、もしかしたら、あるいは完全に無力化できるのかもしれない。

「謙遜することはない」
「謙遜じゃないって」

 志貴自身、それを知っていないわけではないが、ここでそんな未知数なことを認める気に離れなかった。

「それに、士郎もそうだ」

 恭平はとりあえず志貴にどうこう言うのを止めて、今度はここにいない士郎の名前を口にした。

「士郎の、あの禁術の中は、普通の空間ではない。だったら、そこでどんなに魔導師が普通の空間で発動する式を構築したところで、起動するわけがない」

 なるほど、と志貴は頷く。

 確かに、そうなのかもしれない。事例など存在するはずもないが、恭平がそう推測するならばそのとおりなのだろう。

 なんといっても、恭平は“魔王”なのだ。

 どんなに見てくれがこんな子供であろうとも、その中身は底の知れない深淵なのだ。

 だからこそ誰よりも賢く、誰よりも冷酷。そんな恭平を、志貴も、そして士郎も仲間としては信頼していた。

「魔導師にとって、お前達は正に予想外の反則なんだよ」

 以前から自分達が異常だと気付いてはいたが、志貴としてはそこまで言われると自己認識を改めざるを得なかった。

 そうか。自分はそんなに反則だったんだな、と。

「そうだったんだな」

 そう言って、志貴は再びコーヒーを口に運ぶ。

『付近世界で情報の海の異質領域を確認。いたぞ、魔法士』

 と、そこで会議室内に響き渡るスピーカー越しの士郎の声。

 二人が、ゆっくりと立ちあがる。

「さて、だがそんなことより、今は目先のことだ」
「ああ。そうだな」

 そういって、二人は自分のデバイスを手にとって、部屋を出る。





 管理局員が大量に殺害された、あの事件から数日後。

『私が今回の作戦の全権を持つ、カーティス・アーレンバルト中将だ。よろしく頼む、リンディ・ハラオウン艦長』

 アースラ乗員はブリッジに集まり、そしてそこの大モニターに映し出される男性に向き合っていた。

 その男性、アーレンバルトは威厳のある顔でアースラ乗員を一瞥すると、すぐにその人に気付いた。

『貴方は、フィグノス殿……』
「お久しぶりです、アーレンベルト中将」

 驚いたように言うアーレンバルトに、恭しくフィグノスが腰を曲げた。不意に、なのはは先日の恭平の姿を思い出した。

 あれから、また学校にいっていない。

 訓練を重ねていたのだ。いつか来るであろう、次にむけて。

『そんな、中将などと。私などよりも――』
「中将。ここは部下の手前です」

 何か言おうとするアーレンベルトの言葉を、フィグノスがぴしゃりと遮った。

 それに感じるものがあったのだろう。

『……すまない。取り乱してしまったな。この話はまた後で』
「はい」

 つまり、部下に下手な姿を見せるな、ということ。

 ただえさえこれからは激しい戦いの只中に身を置く事になるというのに、そこで地位が下の相手に対してアーレンベルトが堂々とした姿勢をとれないのでは、威信と言うものが疑われかねない。

 厳格な表情を取り戻して、アーレンベルトはリンディに視線を向ける。

『先日は、ご苦労だったな』
「……いえ」

 その言葉に、アースラの誰もが苦渋の表情を浮かべる。

 いや、三人だけ、それとは違う表情を浮かべている者達がいた。

 なのはとフェイトとはやてだ。

 彼女達は表情を引き締めて、堅い決意を胸にしっかりとアーレンベルトを見上げていた。

 その姿に、自然とアーレンベルトは眼を奪われた。

『そちらの三人の子供が、先日生還したという?』
「はい。高町なのはさん、フェイト・T・ハラオウンさん、八神はやてさんです」

 リンディの紹介に、一つアーレンベルトが頷き、フィグノスに視線を向けた。

『フィグノス一等空尉はどう見ますか?』
「どう、とは?」

 フィグノスに意見を求めるアーレンベルトの声色は、先ほどのものとはまるで別物だ。部下を前に、厳然とした態度。

『彼女らのような子供が、此度の戦いに耐えられるか、ということです』

 そこではじめて、なのは達の瞳が揺らいだ。

 もしかして、この任務から外されるのでは。そんな不安がよぎり、思わず視線をフィグノスに向ける。

 その六つの瞳に見つめられて、フィグノスは小さく頷いた。

「確かに彼女らはまだまだ子供です」

 フィグノスの言葉に、なのは達は失望するしかなかった。このままでは、この任務を最後まで続ける事ができないと。

「ですが、」

 だが、フィグノスの言葉はそこで終らなかった。

「保障しましょう。彼女達は十分な戦力になる事を」

 なのは達の表情が途端に明るいものになる。

『本当かね?』
「ええ。先日の戦闘において、正確に逃亡の提案をした八神はやて、素早い行動で退路を切り開いたフェイト・T・ハラオウン、そして敵の攻撃を一番最初に補足した高町なのは。この三人は、次からの戦闘でも十分な役割を担ってくれるかと」

 フィグノスの言葉に、アーレンベルトは少し沈黙したかと思うと、小さく息を吐き、頷いた。

『そうか。では、敵との貴重な戦闘経験を持つということもあることだ、次の戦闘では重要な役割を果たしてもらうことにしよう。もちろん、クロノ・ハラオウン執務官、ジョシュア・フィグノス一等空尉にもだ』

 思わずなのは達は喝采を上げたくなった。もちろん、そんなことはしないが。

 彼女らにとって、この任務を続けられるという事には大きな意味があった。自分に出来なかった事を、次にするという、そういう意味が。先に歩き始めるという意味が。

『三人をには小隊を一つ率いてもらおう。隊長を八神はやて、そしてそれを高町なのは、フェイト・T・ハラオウンはその補助を頼もうか。クロノ・ハラオウン執務官、ジョシュア・フィグノス一等空尉にもそれぞれ小隊を頼む』
「「「はいっ!」」」
「「はっ!」」

 五人の声が重なる。

 そんな中、特になのは達三人を満足げに見て、アーレンベルトはリンディに口を開く。

『今回の作戦で、貴艦には敵情報の処理をお願いする。優秀なオペレーターがいる、という話だからな。演算機構は別の艦から好きに借りてもらって構わない』
「了解しました」

 その言葉に、リンディをはじめ、オペレーター達が敬礼する。

『では敵の捜索を。今回の任務は管理局の威信をかけたものだ。失敗はゆるされないぞ』
「はっ!」

 そして、通信が途切れた。

 その途端。

「凄いじゃん、皆!」

 オペレーターの、エイミィが大声でなのは達に駆け寄った。

「いや、私らも結構おどろいてるんやけど」

 それに苦笑で、はやてが答えた。

 まさか小隊をまかされるとは、夢にも思っていなかったのだろう。

「で、でも私達が小隊を率いるなんて、いいのかな?」

 フェイトとしてはいきなりそんなことを言われても気が気ではなかった。

「大丈夫だよ! だって三人ともAAA+じゃん。増援の人たちにも引けを取らないよ!」

 フェイトが言っているのはそういう能力的な問題ではないのだが、エイミィはそういってフェイトの背中をばしばしと叩いた。

「まあ、今回はエイミィの言うとおりだ」

 そんなエイミィの言葉を支持したのは、意外なことにいつもは厳しいクロノだった。

「と言っても、気を抜くなよ。指揮経験のない君らの命令に小隊がそうそう従うわけも無いだろうし、多分形だけのものだ」
「それって、意味あるの?」

 むしろ危険ではないのだろうか、となのはは首をかしげる。

「アーレンベルト中将は、有能な人材を鍛えるのが上手いことで有名なんだ」
「つまり、君らにいい経験をつませよう、という事だね」

 クロノの言葉に、フィグノスが付け加えた。

「あ、さっきはどうも」

 そのフィグノスにはやてが敬礼し、それにおくれてなのはとフェイトも敬礼した。

「ああ、構わないよ」

 それを手で制して、フィグノスが優しげに三人に頷いた。

「さっきも言ったが、君らは戦闘で十分な役割を果たせると、そう思っただけなのだからね」
「「「ありがとうございます」」」

 三人の感謝の言葉に、フィグノスはちいさく笑みながら、ブリッジを出て行く。

 その背中を見送って、三人は嬉しそうにはにかんだ。どうも、こうも褒めらて気恥ずかしいのだろう。

「とはいっても、実質小隊一つが弱体化しただけなんだが」

 ふいに、クロノがそう口を開いた。

 その些細なひとことが、三人娘、とくに小隊長を任されたはやてが反応した。

「どういう意味や」
「そのままの意味なのだが?」

 クロノは、いい意味で言えば正直。悪く言えば、愚直だった。

 エイミィとリンディがやれやれといった様子の意味を浮かべる。

「君らがまともに小隊を機能させられるとは思えない」
「よう言った」

 ぞわっ、と。

 黒い瘴気が溢れ出した。流石にクロノも自分が何かまずいことを言ってしまったと感じたのだろう、今の発言のどこが悪かったのか思い当たらない辺りクロノは将来部下に背中を指されるのではないかと心配だが、慌てた様子で言い訳の言葉を口にしようとする。

 瘴気を纏う、はやてに。

 ちなみにその隣にいたなのはとフェイトは即座にリンディとエイミィの間に退避している。なにか、頑張ってね、みたいな苦笑を贈っているのがクロノとしては気になるところであった。

「安心せえ。ちゃんと夜天の主の力ってやつをその脳髄の端から端までしっかり刻みこんであげるから」

 クロノが何かを口にするよりもはやく、はやてはクロノに背を向けていた。

 その発言に、クロノはただ恐れるしかない。

 一体自分が何をやったのか、未だに彼は理解していないのだ。

 しかも相手は負けず嫌いのはやて。

「それと、後で訓練でもしよか。なあに、シュベルトクロイツのちょーっとした調整テストや。テスト。なにも非殺傷設定が具合悪くなることはあらへんやろ、なあクロノ君?」

 はやてが、廊下を歩き去った。

 ブリッジの扉がそんな後姿を見送り、ゆっくりと閉まる。

「あ、その後は私と訓練だね。クロノ執務官?」
「その後にも私とだよ。お兄さん」

 ぽん、と。

 肩を叩かれて、クロノが振り返る。

 いつもと呼称が違う。一体どうしたんだ、とは聞けなかった。

 もしここに士郎がいたなら、この二人をこう名づけるだろう。

 桃色悪魔と、金色夜叉と。

 どうやら、この二人も少しばかり癇に障ったらしい。

 その数時間後、訓練場で傷だらけになりながら倒れ臥すクロノを教護班が慌てて担いでいったのは、どうでもいいことなのだろう。

 ちなみに自室でミッド式戦術・兵法入門なる本を手にしていたり、収束魔法の効率アップ二十三の方法という本を手にしていたり、戦場把握・最適行動の心得などという本を手にしていた三人娘は、そのクロノが倒れていたという情報を聞くと、笑顔でこう答えたそうだ。

 クロノ執務官はきっとこれから言動には気をつけるんじゃないかな、と。





あとがき
なんか色々やっちまった、と反省してます。
多分、理論回路の説明が分からなかったと思うんで、ここらへんで補足をば。

理論回路というのは、情報の海という世界の情報に接続する演算能力を持ったもの、と考えてください。
そして情報の海に接続、改竄や追加をすることによって、現実をも変化させるものです。
ただし、万能というわけではありません。
情報に接続するには対象に触れる必要があったり、いろいろと制限もあります。

例えば、ここで人形使いの魔法士の”ゴーストハック”という能力を例にあげるとします。
人形使いは地面の情報を改竄、土の地面ならば、その地面に存在する物質だけを変化させられます。

ぶっちゃけ、錬金術とお考えください。

そして、地面の情報を改竄、ここでは岩の槍を作ったとします。
人形使いは、この岩の槍に簡単な指令を最初に与えておくことが出来ます。
例えば、敵を貫け。
この場合、岩の槍はもっとも最短の距離で敵を貫く行動をします。
その際にも、情報の改竄元である地面から切り離された場合、岩の槍は崩壊します。

これで、理解できたら読解力を自慢してくれていいと思います。

魔法士はそれぞれに突出したタイプに分かれていて、物質の変化を得意とする人形使い、空間の変化を得意とする光使い、自らの身体能力の変化を得意とする騎士、温度などの変化を説く意図する炎使いの四つが基本です。

あと、それぞれの能力を使う量や数にも制限があります。

例えば、人形使いAの最大キャパティシィが100として、岩の槍1本をコスト3とします。
するとAは岩の槍を33本使えるわけです。
光使いならば、それは荷電粒子砲みたいな光線の本数になりますし、騎士ならば身体強化の割合、炎使いなら加えたり奪ったりする熱量になります。

それと、さりげなく前の戦闘描写で出ていた光使いの八面体の結晶や、騎士の大剣は魔法士の補助武装とでも考えてください。
補助武装は魔法士のキャパを上げたり、特殊な能力の発動に必要だったりします。

では、とりあえずは今回はこのあたりで。

読んでくださり、ありがとうございます。






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