「ああ、愉快ね」

 暗闇を、ゆらりと、黒い法衣のような服を着た女性が歩く。

「あの憎たらしい管理局の狗どもを駆逐する瞬間は、まだかしら」

 その女性の言葉に、闇が蠢いた。

 いや、闇の中にいるものが蠢いた。

 女性が――“アッシュ”が、すぐ側の燭台に指先で触れる。

 と、燭台に炎が灯る。

 その明かりに照らし出されたのは、人形。

 いや、人形に見間違えるほどに無表情で規則的に並んだ、何十、何百人もの人間だった。

 そのどれもが、未だ子供。

「ねえ、今はどういう状態なの、Kの二番?」
「はっ」

 その中から、一人の少年が前に出た。

 白い髪に、青い瞳、浅黒い肌の少年だった。

「管理局の二隻は現在、一箇所に停滞し、周囲を警戒しています」
「それで?」

 その少年、Kの二番の報告に、“アッシュ”は薄ら笑いを浮かべながら、首を傾けた。

「それで、まさか何もしていないわけではないでしょうね?」

 その問いに、Kの二番は無言。

 それが答えになった、

「なにをしているの?」

 まるで道端に転がる生ゴミでも見るかのような視線が、Kの二番を貫いた。

「粗製の魔法士程度、いくらでも投入しなさい。連中の戦艦など、粗製騎士が五十体もあれば切断出来るでしょう? 粗製人形使いが五十体もあれば解体出来るでしょう? 粗製光使いが五十体もあれば蜂の巣に出来るでしょう? 粗製炎使いが五十体もいれば溶解させることが出来るでしょう?」

 その言葉は、まるで被害を気にしていない言葉だった。

「了解いたしました」

 だが、それにKの二番は恭しく頭を垂れた。

「それと、もう一つ」
「なに?」
「あの三人も、どうやら包囲内にいるようです」

 途端、“アッシュ”の笑みが深くなる。

「そう。それは僥倖ね」

 まるで、目の前に宝物が転がってきたかのよう。

“アッシュ”はそう思い、愉悦に身を震わせた。

「それで、あの三人のことだから、管理局などとは手を組んでいないのでしょう?」
「はい」

 むしろ組んでいたのならば、それこそ失望だ。

 Kの二番の返事に、“アッシュ”は安堵した。

 管理局など、殲滅すべき対象でしかない。

 だが、あの三人は違う。

 あの三人は敵だ。

 敵に値する強さを持っている。

 その敵が、管理局と手を組むなどという下劣な存在に堕ちるなど、考えたくも無かった。

 だから、安堵。

「なら殺しましょう」

 淘汰でも屠殺でもない。

 その肉の一片、骨の髄までをも砕き、生命活動を停止させる。

 その瞬間を思うと、“アッシュ”は今にも声を上げて笑ってしまいそうだった。

「その三人は私が相手をするわ。管理局の方は、分かっているわね?」
「はっ」

 Kの二番の背後に構える子供達が、一斉に“アッシュ”に地面に膝をつく。

 自らに頭を垂れるKの二番と、膝を付くその背後の子供達を見下ろして、“アッシュ”は何度でも笑む。

「私が主様より頂きし五百の騎士軍。その全てを持って、殲滅を行います」

 ふと、そこで“アッシュ”は思い出したように口を開く。

「ああ……待ちなさい。次元震の包囲が外れるのは、いつだったかしら?」
「今から四十三時間二十八分四十秒後です」
「そうだったわね」

 にぃ、と。

 “アッシュ”の口元が、歪に吊り上がる。

「どうせ私達もそれまでここを出ることは出来ないのだし、」

 Kの二番に背中を向けて、“アッシュ”は闇を嗤う。

「じっくり、四十三時間かけて一人ずつ削るように殺しなさい。いいわね?」
「はっ」
「それでいいわ」

 “アッシュ”の足が、闇を踏み鳴らす。

 歩き出したその背中に一礼し、Kの二番は、その軍勢は闇に溶ける。

「さあ、Oの一番達……行きましょう。あの三人に会うのは、一年ぶりだわ」

 そして“アッシュ”は両手を大きく広げる。

 闇の中、まるでその闇よりも更に暗く、黒く、“アッシュ”は沈んでいった。





「調子はいかがかな、夜天の主」

 不意に差し出されたサンドイッチの載った皿に、ガラス管に寄りかかるように膝を抱えていたはやては、顔を上げた。

「なんや?」

 はやてが顔を上げると、そこには恭平の顔があった。

「見て分からないか?」

 もちろん分かる。

 サンドイッチはサンドイッチだ。

 パンで様々な具を挟んだ軽食だ。

 はやてが訊いたのはそんなことではない。

 はやては、一体なんのつもりで自分にサンドイッチなど差し出しているのだ、と訊いているのだ。

「空腹で倒れられては困るからな。我等が同胞に食事を用意させてもらったまでだ。最も、作ったのは士郎だがな」

 そして恭平は、それを分かった上で尋ねてきている。

 それが、はやての気分を害した。

「同胞なんぞになったつもりはない」

 皿を受け取ることもなく、はやてはゆっくりと立ち上がり、ガラス管の中のリィンフォースに視線を送る。

 そのタイミングを見計らって、恭平は口を開く。

「現在の完成率は五十三パーセント。ここまで本体への損傷はない。形成も順調そのものだ」

 その言葉に一転、はやての表情が僅かに明るくなった。

「ほんまか?」
「嘘を言って何になる?」

 そうだ。

 はやても知っている。

 こんな場面で、恭平は嘘をつかない。

 意味の無い嘘をつく馬鹿ではない。

「そうか……」

 安堵の息をついて、はやてはガラス管を指先でなぞる。

「頑張ってるんやな、リィン」
「そういうわけで、だ」

 そのはやてに、恭平は再度、サンドイッチの皿を差し出して言う。

「彼女が目覚めて見るのが痩せ細った主でなくする為にも、食べるといい」
「……そやな」

 何だか反論するのも馬鹿馬鹿らしくなって、はやては素直にその皿を受け取る。

「味は保障しておこう」

 それだけ告げて、恭平は部屋を出て行った。

 はやては、サンドイッチを口に運び、

「……美味いやないか」

 静かに、呟いた。





 なのはとフェイトは、アースラの上部に立って、硝子の世界を見つめていた。

 一応は警戒という名目でリンディに許可を貰ったが、単に二人になりたかっただけである。

「何も、起きないね」
「うん」

 静寂を保つ地平に、二人の声が響く。

「何か起きたら、はやてちゃんは帰ってくるかな?」
「どうだろう」

 ぎこちない会話。

「なんか、一人いなくなっちゃっただけなのに、寂しいね」
「そうだね」

 なのはが呟くように言って、フェイトがそれに相槌をうつ。

 そんなやりとりばかりが続く。

「フェイトちゃん、大丈夫?」
「なのはは?」
「私は大丈夫だよ」

 強がって、なのはは言ってみせる。

 しかしその実、決して大丈夫などではなかった。

 どこか弱々しい笑みが、それをなによりも雄弁に物語っていた。

「なのは、嘘が下手だね」
「にゃはは……」

 二人で小さく笑んで、だがその笑みはすぐに沈む。

「どうしたらいいんだろうね?」

 フェイトの問いに、なのはが答えられるはずが無い。

 なのはもまた、その問いを自分に何度も向けて、だが答えを出せずにいるのだから。

「とにかく、今は待つしか出来ないよ」

 どうしたらいい、ではない。

 そうするしか、なのは達には出来ない。

 ここで下手に飛び出してしまえば、その結果がどうなるかなど容易に想像がついた。

 今はかろうじて戦艦という抑止力があるからこそ、相手も攻め込んでこれないのだ。

 なら、こちらからその抑止力の範囲外に出てしまえば?

 言うまでも無い。

 例えなのはとフェイトというAAA+の魔導師が二人で動いたところで、あっさりとその命を散らしてしまうだろう。

「もどかしいね」
「うん」

 フェイトに頷いて、なのはは小さく拳を握り締める。

「なんか、おかしいことになっちゃったよね」

 何もかも、分からない事だらけだ。

「変な事件に遭ったと思ったら、人の死に触れて、それではやてちゃんの様子が変で、次元震がいっぱい起こって動けなくなっちゃって、何でか士郎君達が現れて、はやてちゃん連れて行っちゃって」

 それに、士郎君達は平然とあの子供達を殺しちゃって。

 などとは言えなかった。

 視界の端に、無残に砕けた硝子の地面が映る。

 子供達の大剣が突き刺さった際に生まれた地割れ。

 そして、その周囲には、赤くこびり付いたモノと、布に覆われた二十のふくらみ。

 そのふくらみが、何なのか。

 それを、なのはは考えたくなかった。

 地面にこびり付いた赤が、異様に鮮明に視界に映る。

 自分の頬についた血を、思い出した。

「怖い?」
「当たり前だよ」

 フェイトの問いに、なのはは即座に頷いた。

 強がりなどしようとしても出来ない。

「そうだね。怖くなかったら、それは嘘だ」

 フェイトもまた、この状況が恐ろしかった。

 いつかの惨状が、今でも瞼の裏に焼きついている。

 自分達を除き、全滅した局員達。

 その全ての顔を覚えているわけではない。

 だが、それでも中にはアースラ所属の戦闘局員もいたのだ。

 見知った顔がなかったわけがない。

 また知り合いが死んでしまう。

 そう思うと、フェイトは酷く心が冷えるのを感じた。

 そして、それと同時に思う。

 まだ、死にたくない、と。

 なのはと一緒に居たい。

 はやてと一緒に居たい。

 皆と、一緒に居たい。

 それは、この年齢の少女が抱くものにしては、あまりにも当たり前で、そして尊いものだった。

 だからこそ、逆に、

「どうしようもなく、怖いんだ」

 だからこそ逆に、フェイトは力は漲るのを感じた。

 守りたい。

 今までは、単なる流れだった。

 母が敷いたレールから始まり、そしてその延長線上としてフェイトは今この戦場にいる。

 もちろんそこにはなのは達との関係も絡まってくる。

 それらを全てひっくるめて、それは一つの流れだ。

 フェイトはその流れに、身を任せていたに過ぎないのかもしれない。

 もちろん、そこにはフェイトも充実らしいものを感じていた。

 その流れに満足していたし、幸福だった。

 その流れの中には、当然なのはやはやてを守りたい、という感情もあった。

 だが、次に死に触れて、志貴達の言葉に確かに感じた。

 フェイトの中でその感情ははっきりとした形を持っていた。

 意思。

 フェイトは自分の確固たる意思で、何かを守りたいと、そう感じていた。

 感情ではない。

 フェイトという一人の全てを賭けた、意思。

 その意思が、フェイトに力を与えていた。

「だから、その怖さを拭いたい」

 フェイトの瞳が、硝子の地平を見据える。

 それは、どこか、遥か彼方を見つめていた。

「それで、皆で帰って、笑いたいんだ」

 そんなフェイトを、どこかなのはは驚いたような目で見た。

「変かな?」
「ううん」

 変、などと、誰が言えようか。

「凄いな、フェイトちゃんは」

 誰にも、言えるはずが無い。

 これほどに強い少女の気高い意思を、誰が否定できるというのか。

「私は、まだよくわからないんだ」

 ぽつり、と。

 なのはは零す。

「最初は、巻き込まれた。それで魔法に出会って、空を飛ぶのが嬉しくて、誰かの役に立ったのが嬉しくて、それだけだったんだ」

 堅く、なのはは目を閉じる。

「守りたいとか、そういうものじゃないんだと思う」

 そして浮んだ光景は、なのはと、フェイトと、はやてで笑いながら歩く姿。

 ふと、そこにさらに三つの影が交わる。

 士郎、志貴、恭平が、なのは達を歩いている、そんな光景。

「今は、よくわからないよ」
「無理する必要はないよ」

 不安そうに呟くなのはを、フェイトは、優しく抱きとめた。

「ゆっくり、一緒に見つけていこう。ね?」
「うん」

 静かに、小さく。

 なのはは、頷いた。





「リィンフォースの完成率は六十九パーセント。この調子なら、大丈夫そうだな」

 モニターを流れる文字の羅列に目を通しながら、士郎が言う。

「それで、タイプは?」
「完成するまでは分からないさ」

 志貴の問いにそう答えて、士郎はモニターを閉じる。

「それで?」
「それで、って?」

 試すような視線を流して、士郎はコーヒーを飲む。

「子供を戦場に出す気分はどうだ?」
「……」

 また嫌なところを、という表情で士郎が眉間に皺をよせる。

「正直、抵抗はある」

 しかし、いかに士郎といえども、ここで理想論ばかりを掲げる愚か者ではない。

「だけど、それが必要なら俺の気分は押し殺す」
「マシな答えだ」

 眼鏡の位置を直して、志貴が苦笑する。

 士郎のその言葉が、あまりにも態度と異なっていた。

 出来れば今すぐにでもはやてを安全な場所に避難させたい。

 そんな様子が、見ているだけでも覗えた。
「それに、これははやて自身が望んだ事でもある」
「恭平の誘導のせいだけどな」
「……お前、時々性格捻じ曲がるよな」
「現実を直視していると言ってくれ」

 あっさり言い切って、志貴は天井を見上げた。

「まあ、正直なところを話せば、」

 不意に、その表情が陰る。

「俺も、子供には戦わせたくないんだけどな」
「……どういう心境の変化だ?」
「お前は時々俺を恭平並みの鬼畜かなにかだと勘違いしていないか?」

 え、違うの?

 という言葉を咽喉辺りで士郎は飲み込んだ。

「俺だって子供を思いやる気持ちくらいはある。まともな子供時代経験してない分、あの子達には幸せになってもらいたいのかもな」
「ああ、それは言えてる」

 子供時代の異常性といえば、志貴も士郎も随分と大概だ。

 そこだけは、二人も共感を感じている。

「ま、俺達が何言っても変わらんさ」
「だな」

 二人は、そう言って立ち上がる。

「ウォーミングアップがてら、訓練するか」
「望むところだ」

 そう視線を交わして、二人は部屋を出た。

 次元震包囲から、既に八時間が経過していた。





 硝子の山々を透かして、細いシルエットが目に映った。

「よくもまあ、上手く隠れるものね」

 “アッシュ”は、それを見つけて、嬉しそうに笑む。

「さて、じゃあ早速行きましょうか」

 その足が硝子の地面を打ちつけ、乾いた音を鳴らせる。

 と、それに続く、二つの足音。

 “アッシュ”の後に、二つの黒い影が続いていた。

 片や、濁った金色の髪を無造作に足元にまで伸ばした、仮面の女性。

 片や、淀んだ茶色の紙を無造作に腰下にまで伸ばした、仮面の女性。

 歩きながら、“アッシュ”もまた、その二人がつけるものと同じ仮面を懐から取り出し、顔につける。

「Oの一番達、貴方達も、久しぶりに身体が動かせるわね」

 “アッシュ”の声に、しかし二人は応えない。

 それに特に気分を害するでもなく、“アッシュ”は悠然と歩を進める。

「さあ!」

 仮面越しにでも、高らかに、“アッシュ”の声が響いた。

「“魔王”!」

 恭平の名を、

「“殺人貴”!」

 志貴の名を、

「“正義の味方”!」

 士郎の名を、

「久しぶりに、少し踊りましょう!」

 “アッシュ”の冷たく鋭い声が、天を突いた。





あとがき
最近知り合いがカラオケにはまりはじめ、それにまきこまれて財布が寂しくなったりしている緋塚です。
一体、どうやったらカラオケで九十七点とか取れるんだろう、と思う今日この頃。

さてさて、そろそろ終盤かな?
実は自分でもノリで書いている部分があるのでよく分かってなかったりします。


ところで、この作品で”アッシュ”側の適正魔法士達にはナンバーがついてます。魔法士タイプを表すアルファベットの頭文字と生まれた順の数字を組み合わせたものです。
ですが今回で登場したOの一番『達』。
これはOの一番と別の誰かを合わせて『達』をつけているわけではなく、Oの一番というナンバーに『達』をつけているのです。
とりあえずこれだけは勘違いしないで欲しいです。意外と重要かもなので。

なんだか地の文が滅裂になりはじめた。いや、まあ元からというツッコミはどうかしないでやってください。
これから持ち直せれば……いいなぁ。

だんだん文章が短くなっている緋塚でした。





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