ヴァンドレッド ソード&マジックス 2

 

  第二章:流れに乗る者流される者

 

 深夜、星のきらめきが平原を照らしている。全くの静寂、ただ草木がなびく音だけがその場を支配していた。

 そして、そんな誰もいない場所で突如、周囲数百メートルにわたって光が弾けた。一瞬の光が消え去った後には、いるはずの無い人影が現れていた。

 3人。

 一人は蒼い鎧を纏い、大剣を背中に負った女性。

 一人は白銀の鎧を纏い、バトルロングソードを腰に佩いた女性。

 一人は赤を基調としたローブを身に纏い、赤い宝玉の付いた杖を持った女性。

「う……うぅ」

 白銀鎧の女性。メイアが意識を取り戻した。右手を顔に当て、いまだ残る鈍痛をこらえて上半身を起こした。

「一体、……何がおきたんだ」

 かすかに記憶に残っているのは、あの男がディータを助けた後一緒に逃げる様子。何かを叫び、その瞬間に光が……、

「あ……う」

 そんなメイアの横で今度はジュラが目を覚ました。

「ジュラ、大丈夫か?」

「……ったく、何なのよ、もう。」

 上半身を起こして髪に付いた枯葉やらを落とし始める。

「何がおきたの?」

「分からん。一体、何が起きた……」

 立ち上がって周囲を見渡す。今までいたはずの前線基地イカヅチではない。見渡す限り草原が広がり、後方には林が見える。

「ん?ディータ!」

 すぐ近くにディータが倒れている。駆け寄って抱き起こす。

「おい、ディータ。大丈夫か?」

「う〜〜〜……」

 軽く唸ってからディータも目を覚ました。そして、

「な、なんかズビビーって来て、ズババーってなりましたよね〜〜。

 剣士さんパワーはすごいでしゅ〜〜」

「――あ!」

「ふぎゅ」

 ディータの一言でメイアが急に立ち上がった。

 ――そういえば、奴はどこへ行った。

 あたりを見渡すメイア。しかし、深めの草原の上に深夜と言うこともあり視界が全然利かない。

「……。しかたがない、本隊と合流を優先しよう」

「りょーかいです!」

 ディータが立ち上がって手を挙げた。……??

「ディータ。あんた、足は?」

 ジュラが驚いてディータの足元を見る。特に何ともなっていない。いや、確かにあの丸太に潰されたであろうはずの足が完治している。

『……??』

「――?――」

 唖然とする二人だが、盛大に気を失っていたディータには何のことかは判っていなかった。

 

 

 そのころ、少し離れた林の中で山賊団の首領マグノ=ビバンは、何とか意識を回復していた。

「……うっく、一体何が起こったと言うんだい」

「お頭!」

 杖を突き、何とか立ち上がったマグノに副官のブザムが駆け寄ってきた。

「お頭、ご無事で」

「……あぁ、何とか生きてるよ。

 しかし、一体何がおきたんだい?」

「分かりません。今周囲を確認していきましたが、あの基地は見当たらず、地形も全く違っています。現在数名の物見を出して周囲を調べさせています。」

「そうか。……メイア達は?!」

「……申し訳ありません。そちらも捜索中です」

「……そうかい、判った」

 

 

 30分後、物見がメイア達を発見。その報を聞いたマグノは、全員をまとめさせてそこへと合流した。その途中、移動中の兵が偶然にドゥエロを発見する。もちろん拘束されて引っ立てられた。

「お頭!」

 こっちへ来るマグノを見たメイアは駆け寄って、膝を付いた。

「申し訳ありません。わざわざ来ていただいて」

「何、たいしたことじゃないさね。ただあたりがどうなってるのか知りたくてね」

 と、その時、

「男がいたぞ!!」

 すぐ近くの草むらから兵が叫んだ。一瞬であたりに緊張感が満ちる。しかし、十数秒もして気を失った男がマグノの前に放り出された。

「なんだい。まだ子供じゃないか」

「この男……!」

「見覚えがあるのかい?」

「はい。我々があの攻撃に巻き込まれた時、足を潰されたディータを助ける時に加勢を」

「おやま。珍しい男だねぇ、敵を助けるとは」

 マグノが奇異と興味の視線でヒビキを見た。気を失ったヒビキの服装は引きずられたために汚れていたが、何故かあの時拾った剣が汚れもせず腰にきっちり括り付けられていた。簡素な装飾の緑色の鞘に入って。

 

 ヒビキが意識を取り戻し、ドゥエロと共にふん縛られた頃、少しはなれた草むらで動く影があった。

「あたたた……、何が起こったんだぁ?」

 草むらから這い出してきたのは、なんとバートだった。

 バートは敵が攻め込んできた時から、いち早く無事だった馬車の中に逃げ込んでぷるぷる震えていたのだ。そして、あの爆発に一緒に巻き込まれたのである。幸運と言えば幸運。不幸と言えば不幸な男だ。

「勘弁してくれよ。まったく……どわっ!?」

 ふらふらと立ち上がり、そのとたん石にけつまずくバート。

「って〜〜。……」

 額を押さえつつ身を起こした時、

 チン、シュィン!

 後ろから鞘走りの音が響いてきた。

「え……」

 ゆっくりと、恐る恐る振り向いた時、眼前に剣を突きつけるメイアが目に入った。

 ちゃきっ、と刃が立てられる。

「は、はは……どうも〜」

 

 

 後ろ手に縛られたバートはヒビキ達のところへと連行される。そこにはすでにマグノとブザムが顔を見せている。

「なんだ、まだいたのか」

「はい、付近の草むらに隠れていました」

「なんだい……、ガキばっかりじゃないか」

 マグノが呆れたように声を上げた。

「まぁ、いいか。さて、お前さんたちをどうするかだが……」

「捨てましょう。現状が把握しきれていない以上、敵を近くに置くのは危険です」

 メイアが率直な意見を出す。だが、

「なに、急ぐことは無いさ。色々と聞いてみたいこともあるしねぇ……」

 意味深な視線で見られて、ヒビキは背中に寒いものが走るのを感じた。

 

 その頃、ディータはエズラと共にいた。

 エズラ・ヴィエーユ――彼女は実戦には参加していない。後方での諜報活動でその腕を振るっている“目”の持ち主だ。

 魔法の中には人の視線からその場の状況を知ることの出来る“ヴィジョン”という魔法がある。しかし、このヴィジョンより一歩踏み込んで、意識を任意方向に飛ばし、直接その場を空中から見ることの出来る魔法がある。この魔法は一般には“ヴィジョンアイ”とよばれており、習得にはそれなりの“センス”が必要になる。習得した者は自分の周囲約一キロの視界を得ることが出来、慣れた者は3キロ先まで見ることができると言う。そんな中でエズラは特殊だった。彼女の視界は半径10キロにも及ぶのである。もちろん尋常な数値ではない。血筋とも指南した師匠がうまいとも言われるが、こればかりは謎だった。

 エズラはその能力を今フルに使って周囲の探査を行っていた。

「でねでね、剣士さんが剣をぶわって振り上げたらね、メイアの投げたナイフが叩き落とされたんだよ!すごいよねぇ!」

「困ったわぁ、ぜんぜんいたところと違う、……う〜ん」

 祈るような格好で意識を飛ばすエズラ、その横でひたすら出会った剣士のことを語りまくっているディータ。

「……すごいよなぁ、剣士さんて」

「う〜〜ん。……」

 数分間、そんなつたない会話を続けていた時、突如、エズラの“視界”に何かが入ってきた。

「あらぁ……、何かしら」

 見えたのは謎の一行だった。

 妙な形の馬車と数十人からなる編隊。行軍の速度は速い。しかもおかしなことに像がぼやけてしまう。めったに無いことなのに。

「……敵かしら……?」

 エズラは目を開くと腰の袋からビー玉のような水晶球を取り出した。

 

『副長。エズラです』

 マグノとブザム、男達がいる場所にいきなりエズラの声が響いた。

「な、なんだ?」

 いきなり響いた声にバートが驚いてあたりを見渡す。ブザムは同じように腰からビー玉を取り出した。ビー玉の中が少し光を発している。

「何だ」

『北東2キロの地点に変な一団を見つけました。一直線に向かってきます』

「……魔術による、遠隔通話だな」

 ドゥエロがつぶやいた。

「変とは?男の援軍か?」

『分かりません。像がぼやけて、はっきりしないんです。』

「……今から集合をかけてもぎりぎり、か。お頭、いかがいたしましょう」

「現状が現状だけどしかたないね。撤退するよ。急がせな」

「はっ!伝令、全隊に伝えろ!……」

 すぐに周囲が慌しく動き始める。各隊の隊長が部下達を纏め上げ、点呼を取り終えるまで約5分が掛かった。周囲捜索に出払っていた兵達の帰りが遅れたせいもある。

 呼集が完了したらすぐさま移動を開始した。近隣の林に全員で身を隠し、気配を殺してじっと待つ。猛獣が獲物を射程圏内に捕らえるかのごとく周囲に沈黙が下りる。

 

 やがて、その妙な連中が視界へと入ってきた。そしてその姿を視認した者から声を失う。

 その連中は普通ではなかった。いや、人間ではなかったといったほうが正しい。早足でやってくる連中、そして馬車を引く馬。そのすべてが骸骨だったからだ。俗に言うスケルトンである。そいつらが粗末な鎧に剣を持って行軍をしていれば誰でも声を失う。

「お頭……これは」

「しっ、声を出すんじゃないよ」

 さすがのマグノもこれは想像を絶した。ネクロマンシーという呪術は現在では用いられない。趣味人が家の管理などに使っているという場所では残ってはいるが、これは例外。

 そして、そんなスケルトンを大量に戦闘用に用いるなどこれまで聞いたことすらないのだから。(そんな膨大な数のスケルトンたちを操れるだけの魔力を持った女性がいないのが事実である)

 やがて、スケルトン達は彼女たちの前を通り過ぎていく。だが、もうすぐで完全に通り過ぎるというところで、

 

 パキャッ!

 

 さほどは大きくない、しかし彼らに聞こえるには十分な音が聞こえた。誰かが枝を踏み折ったのだ。彼女たちの間に緊張が走る。

 そして、やつ等も音を聞きつけて行軍を止めた。周囲をうかがうように耳を澄ましている。

 

 パキッ!

 

 決定的な二度目の音。

『ルオォォォォォォ!!』

 スケルトンがなんとも不気味な雄たけびを上げた。

「ちぃっ!総員退却!急がせな!!」

「はっ!」

 ブザムはすばやく懐から笛を取り出した。事前に決められた緊急合図用の笛だ。

 ピュィィィィィィ……!!

 小さいが鋭い音が森中を駆け巡る。すぐに北側に位置していた者達が移動を始めた。鮮やかと言うまでの一斉行動だ。

 逃げるときは逃げる、戦うときは戦う。彼女達の中には無理を押して戦って死のうなどと考える蛮勇のいない事が、統率と言う中では最も重要なことなのだろう。

 とにかく、笛が鳴ってから十秒も経たずに全員が北へと駆け出していた。マグノも屈強な部下に抱えられている。ヒビキ達は置いていかれると思ったが、意外にも後ろ手に縛られる縄はそのままに木に縛られた縄だけを切ってもらえた。

そして、大移動を始めた150名ほどの気配を察してスケルトン達も追いかけ始めてくる。

「お頭―!」

 メイア、ディータ、ジュラの3人がわざわざ後方へと駆けて来た。その後ろからも数名が追従している。

「しんがりは我々が!」

 言いながらマグノやヒビキ達の横を通り過ぎる。

「なっ!」

 いきなり脇を通り過ぎた連中にヒビキは驚く。訳の判らない敵に向かって向かっていくなど、彼には愚に思えたのだ。

 しかし、これは通常当たり前のことだった。腕の立つものが後に残り、本隊の退避を優先させる。あらゆる状況の中に置いてソレを実行できると言うことは部隊としての練度が高いことを意味してもいる。そして、メイアやジュラ、追従する者達はマグの団の中でもかなり腕が立った。(ディータはノリでついてきているだけだが。加えて彼女は今回が初陣)

 

 先陣を切って突っ込んできたメイア達にスケルトン達の意識が移る。それを感じたメイアは横に進行方向を変えて林から出る進路をとった。障害物の多い中では彼女の能力は完全に発揮できないのだ。目論見どおり、スケルトン達はメイアを追って林を出ようとする。

 そして、林を出たところでメイアが急ブレーキをかけ、右手を剣にかけた。

「オォォォォ!」

 不気味な声を上げるスケルトンが、メイアに切りかかってくる。

「フッ……」

 ジュン……!

 一閃。白銀の残像を残して鞘走った刃は袈裟懸けにスケルトンを両断する。

「……ん?」

 その時、メイアは違和感を覚える。

(何だ、この感じは。)

 もちろん考えながらも次の標的へと向かう。今度向かって繰るのは3体。メイアは足に魔力を集中させる。

 次の瞬間、メイアがその場から消えた。いや、疾風になって3体の間を駆け抜けたのだ。スケルトンの動きが止まり、その体が虚空へと溶け消えていった。一瞬にして複数の敵を切り裂くメイアの得意技だった。だが、

(何だ、この軽さは!)

 違和感の正体がわかってメイアは逆に驚いていた。この技を使うには鍛えられた動体視力や高速で目標を切り裂く膂力と集中力が必要だが、今は逆に敵の動きのほうが遅くなり、自分の体は楽に動く。いつもならコレをやった後に来る虚脱感も無い。

 しかし、この違和感を感じていたのは彼女だけではなかった。

 ゴガァァァァ!!

 轟音と共に、メイアの前にいたスケルトン達が一気に吹き飛んだ。

「つっ!? ジュラか!」

 魔法の飛んできた方向に目をやれば、ジュラも驚いた目をしている。

 ジュラはけん制のつもりで『風爆球(ストームボール)』という魔法を放った。ジュラのいつものソレは着弾点数メートルなら確かに吹き飛ぶが、まとめて十数体を吹き飛ばすと言う真似はできないはずだった。そして、この魔法は初級魔法に属する攻撃魔法でもあった。

「いや、あの……」

 と、その横でも、

「うりゃぁぁぁぁ!」

 ディータが身の丈ほどもある大剣を振り回し、向かってくるスケルトン達を叩ききっている。というより、力任せに剣を叩きつけているようにしか見えない。しかし、破壊力はソレに見合ったものだ。防御しようとしても回避しようとしても、その怪力……もとい、膂力で、巻き起こる風圧で、吹き飛ばされている。その剣捌きこそ素人くさいがその速度は片手剣を振り回しているほどの早さだからたまらない。昔の「呂布」にも対抗できるんじゃないかと言うほどの猛者ぶりである。

 それを横目に見たジュラでさえ、

「何よ、あの子。あんなに力あったっけ?」

 と、その時、スケルトン一体が、ジュラに向かってくる。

「ちぃっ!」

 杖を腰だめに構えると、

「放て!火炎!!」

 杖に送られる意思と魔力。それに答えて杖の先に火がともる。

「はっ!」

そして、突き出した杖から、火炎放射器も真っ青の轟火が噴出した。その炎を受けたスケルトンはもちろんあの世行きである。

「このっ!威力ありすぎよ!どうなってんのよ、まったくもう!」

 やはり、意識した威力よりも大きい力が発揮された。だが、魔力を大量消費している感じはしない。

 訳がわからなかった。そして、もう一つ。スケルトン達がそれほどに使い手なわけも無くどんどん数が減っていく中、あの馬車に変化が起こっていた。馬車の中が怪しく光るたびに、十数体のスケルトン達がまとめて出てくるのである。中に何体詰まっているかは分からないが、まるで無尽蔵のごとくに出てくるのだからたまらない。

「くそっ、次から次へと!これではきりが無い!

 ジュラ!」

「何よ!」

 迫ってくるスケルトンを杖で弾き飛ばして、ジュラが答える。

「あの馬車を狙えるか?!」

「OK!」

 ジュラは距離をとって、杖を頭上へと掲げた。

「天よ!」

 杖が光り輝き、ジュラは天をかき回す。するとその動きにあわせるように頭上で雷雲が作られていく。すでに帯電しバチバチという音が聞こえてくる。

「落ちろ!“サンダーボルト”!!」

 

 ドシャァァァァァン!!

 

 轟音を上げて雷が馬車を直撃した。威力が上がっている分、確信は大きかったが。果たして馬車は破壊されていなかった。

「ウソッ!?」

 馬車の周りを何か薄い膜のようなものが覆っている。……どうやら魔法を防御する障壁らしい。

「ちぃ、きっちり防御してんじゃないの」

「くっ、皆下がれ!下がるんだ!!」

 メイアの号令以下、皆が下がり始める。しかし、

「ひーーん!リーダー!!」

 ディータが敵の波の向こうにいた。しかもスケルトン達はメイア達が下がったと見るや、手近な奴から片付けようと標的をディータに変更したようだ。

「ディータ!」

 ディータの馬鹿力を嫌ってか、スケルトン達が周りを囲みだす。すでに最初の倍ほどのスケルトン達が場に溢れていた。斬り込んで助けようにも数が多すぎる。

「くそっ!」

 メイアは左手を耳にあてがった。

 

 

『こちらメイア、ディータが敵中に取り残されました。斬り込もうにも数が多すぎます』

 安全圏まで逃げていたマグノ達。ブザムの水晶球にメイアからの報告が入った。

「つっ」

 ブザムが舌打ちをし、マグノが眉を寄せた。ディータの手落ちもあるが、何より仲間が死ぬと言うことは彼女達にとっては最も耐えられないことだ。

「お頭、応援を送りますか?」

「…………」

 マグノは声を出さない。ここで応援を出せばさらに被害が増えるだろう。敵の数が多くもなってきている。

 常套手段であれば、ディータを捨てるのが一番の策だ。後は皆を呼び集めて逃げるに越したことは無い。しかし……、

「おいっ!助けに行かないのかよ!」

 ヒビキがマグノに向かって怒鳴った。

「下がれ、貴様!」

 親衛隊の一人がヒビキを突き放す。

「しんがりを勤める奴が死んでたら、俺たちが逃げる意味が無いだろうが!」

「…………」

「テメェらがいかねぇなら、俺が行く!この縄を切れよ!」

「お前が!?我々の加勢をするというのか?」

 ブザムが半分驚き、半分呆れて言った。どう見ても剣士には見えない服装をした少年である。誰の目にも行けば切り殺される事が予想できる。

「アンタ、敵の加勢をしようってのかい?」

 マグノが口を開いた。

「行かなけりゃ、人が死ぬだろうが!」

「アタシ達は遊んでるわけじゃないんだ。戦いで人が死ぬのは当然なんだよ」

「だからといって、見過ごせってのか!」

 ヒビキは一歩も引かなかった。そこにブザムが口を挟む。

「お前、何故敵である我々に手を貸そうなどと言う。男と女は元来敵同士、助けるなど論外のはずだ」

 確かに、敵であるメジェールとタラークの戦いは始まってから長い。その長い戦いの中で、互いに生き残ろうという呉越同舟的な事も一切起こっていないのだ。

「……確かに、俺は男でアンタらは女。敵同士かも知れねえ。

 だがな、俺の目指してる騎士って奴は目の前で死にそうな奴を、見過ごせるほど軽くもねぇんだ。」

「騎士?……は、はははは……!!」

 いきなり、マグノが声を上げて笑う。

「くくく、……お前さんが騎士になるねぇ。そりゃまたご大層な野望をお持ちだ。だが、身の程って物を知らないようだね」

「何ぃ?」

「お前さん、見たところ鍛冶屋か何かだろう?剣士ならもっとよさそうな服を着ててもおかしくないからね」

 ヒビキの服装は簡単なズボンに、ボロというほどに着込まれたシャツだけだ。もっとも、手に入れた剣は今はブザムの手の中にある。

「腕っぷしだけじゃ、誰かを守ることなんでできやしないんだ。自分自身さえもね」

 マグノの発言は当たっている。腕力だけは自信があるが、戦場での駆け引きなど知らない。まして、人間以外の相手と戦うなどしたこともない。

「自分の命を懸けてまで守れないような奴に、誰が助けを乞うさね?誰もそんなの望んじゃいないんだよ」

「……俺は」

 まっすぐにマグノを睨みつける。

「俺は、これ以上決められた道をいくは真っ平なんだ。この世に生まれて、一生鍛冶屋なんて反吐がでらぁ。

 だから、俺は行動を起こした。俺を育ててくれた人が言ったんだ。騎士のように立派な心を持てってな。

 俺の描く騎士ってのは、どんな時にも諦めない、目の前で誰かが死ぬのなんて死んでもごめんだ。そういう奴だ。そのためならテメェの命などいくらでも張ってやる!」

「だから、あの基地でディータを助けたと?」

 ヒビキは基地で脚をつぶされたディータを助けている。マグノもブザムもそれを気まぐれだと思っていたが、

「なら、その度胸を確かめてやる」

 ブザムがヒビキの持っていた剣を抜いた。真っ直ぐにヒビキへと突きつける。

「死を目の前にしてお前に何ができる。どんなに諦めないと言った所で、貴様に死から逃れることなどできはしない。

 せいぜい、自分の思い描いた騎士を恨んで死ぬがいい」

 ブザムの眼が殺気立つ。そして、振りかぶった。

「おいっ!」

 事態を静観していたバートがさすがに声を上げた。ヒビキは真っ直ぐにブザムを睨みすえている。次の瞬間に腕は振られ、

 バンッ!

 光の爆発によって遮られた。

『!!?』

 剣が跳ね上がった。ブザムが右手を押さえて下がる。

「な、何だ!?」

 件が上空で放物線を描いて落ちてくる。ヒビキの真後ろに。

 ザシュっ、と剣が突き立った。ヒビキの縄を断ち切って。

「お前……何をした?」

 ヒビキはゆっくり剣を抜いて前に向ける。ブザムも自分の武器に手をかけた。

「おやめ!」

 マグノが双方を止める。そして、ヒビキを見る。

「行きな。確かにアンタが死のうが我々には関係ない。信念を貫きたければ行くがいいさ」

「へっ、ありがとよ」

「ただし!」

 マグノがヒビキを睨みつける。

「全員生きて戻ってこなければ、アンタをもう一度生き返らせて、その上でまた殺すよ。いいね!」

「望むところだ、じゃあな!」

 剣を引き、ヒビキは戦場へと駆け出した。

「バーネット」

「はっ」

 先ほどヒビキを突き放した兵、長槍使いのバーネット・オランジェロにマグノが声をかける。

「アンタも行きな。アイツが何をするか確認する意味でね」

「了解しました」

 と、踵を変えしたところにドゥエロが立ちはだかる。

「すまないが、私も行ってよろしいかな?」

「何故だ」

「私は医者だ。怪我人を治療するのは早いほうがいい。それに、私も一応剣の腕は磨いている。微力ながら手伝いをしよう。」

 バーネットがマグノを見た。

「……やれやれ、ドイツもコイツも」

 マグノが顔を伏せた。

「行かせてやれ」

 ブザムが後をついで言った。

 バーネットは予備の長剣を抜いてドゥエロの縄を切り、そのまま手渡した。

 3人が走り去り、その場に静寂が下りた。

「……で、他に行きたいのはいるのかい?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一人が、杖を持って後を追う。また一人、一人……。

 結局、その場のほとんどが武器を携えて戦場へと走りこんで行った。残ったのはマグノを守るための親衛隊が10名ほどとブザム。その他後衛を任されている一同。

「やれやれ……教育を間違ったかねぇ」

 そこにメイアから通信が入った。

『お頭、そろそろ我々だけでは抑えられません。撤退できますか?!』

「今援軍が行ったよ。大所帯でね」

 通信を切り横を見る。

「で、アンタは行かないのかい?」

 そこにいたのはバートだった。

「ハハハ……、僕は後衛担当ですから」

 冷や汗流しながら言われても説得力は皆無である。

「……やれやれ」

 

 

「援軍だと??」

 メイアが信じられないという表情で言った。自分たちはしんがりで出てきたのだ。本隊が逃げ切れば後は各々撤退するだけだ。

 底に援軍を送ったというのはどういう心境の変化なのだろうか。

 通信機をかねたイヤリングから手を離し、メイアは剣を握りなおす。援軍が来るというならコイツらは完全に殲滅するという本隊の意思だろう。

「全員!時間稼ぎは終わりだ!!」

 メイアが声を上げた。

「援軍が来る!こいつ等を完全に殲滅させるんだ!!」

『オォォォーーー!!』

 奇跡的に戦闘不能になるけが人はおらず、全員が声を上げる。そろそろ手加減して時間稼ぎをするのも飽きてきたころでもある。

「行くぞ!!」

 メイアが両手で剣を持つ。魔力の集中と同時にその剣に緑色の文様が浮かび上がった。そして、メイアはまたも疾風となった。

 

 

「解せんな……」

 駆けながらバーネットは隣を走るヒビキに言った。

「あぁ?」

「いくら目の前で人が死ぬのが嫌とはいえ、何故わざわざ我々の手助けをしようとするかだ」

 紫の軽装鎧に身を包んだバーネット、その手に握られているのは、ハルバードと呼ばれる2メートルはある槍に斧を合体させたような武器だ。突いてよし、振ってよしの万能だが、膂力もソレに見合ったもので無ければならない。大抵の仲間が剣を使っているにも関わらず、彼女はコレにこだわっていた。手入れが行き届いているのか、その穂先にも刃先にも曇りは無い。

「そんなに死にたいなら、この場で私が切り捨ててもいいんだぞ?」

「!?」

 足を止めて、ハルバードが一閃する。ヒュッ、という風切り音の後には喉元に伸びた刃と、ソレを遮るように剣が掲げられていた。その間は数ミリだろうか。

「おいっ」

「大体私は気に入らない。何故お頭が貴様のような奴を行かせるのか。男の力など、カケラも必要としていない。我々の行動にしゃしゃり出てくるだけ迷惑だ」

 ドゥエロを脇に置き、バーネットから今にも切り殺しかねない殺気が発せられていた。

「……じゃ、聞くがよ。」

 ヒビキが口を開いた。

「男と女。お前は“互いが戦いあう理由”を知っているのか?」

――!――」

 根本。二つの国家の根本をヒビキは聞いていた。

 戦いは理由があって行われている。昔では戦いに勝った者こそ正しいものとされ、無用な戦争が耐えなかった。その虚しい戦いの中で我々は戦争にルールを設け、苦肉の策としたほどだ。

 簡単に、ヤンキーの一団が空き地一つの所有でもめて、殴り合いの喧嘩をするに等しい馬鹿馬鹿しい争いが多かったのである。

 だが、どんな争いだといども「目的」、「理由」があってこそ成り立っている。目的の無い戦いは暴走だ。理由の無い戦いは戦争がしたいために戦争をやっている中毒だ。

「俺は生まれてこの方、女についての悪評や、悪事なんかを聞いて育ってきた。女は敵だと教えられた。

 だが、ある時気づいた。俺は女の悪口雑言を聞いて来たが、“この戦争の始まりを聞いたことが無い”!」

「それは……」

「お前も無いだろ。無いはずだ。戦いが始まったのは俺達が生まれるずっと昔だ。今更、理由やきっかけなんぞ説明するだけ無駄だと思ってるんだろうよ。だけどよ、俺達は何のために戦ってる!行く先には何がある?

 お互いに滅ぶか、永遠に続く戦いだけだ。そんな戦いに誰が行く?少なくとも俺は行かない。馬鹿馬鹿しい。

 始まりを知らない俺達が、どうやって終わらせられる。お前に判るのか?」

「…………」

 刃先が震えてきた。彼女の中で何かがせめぎあっているのだろうか。

「俺達は言葉もわかる、理解しあえる。あの青髪を助けた時点で、俺は決めたんだ。

 俺は俺の道を行く。相手が女だろうが関係ない。

 守りたいものは守る、助けたい奴は助ける。それだけだ」

 言いたいだけ言うと、ヒビキはまた戦場へと走り出した。ドゥエロもしばし戸惑っていたがヒビキに追従する。

「……すこぶる、面白い奴だ」

 だが、残されたバーネットの頭の中は大混乱だ。あいつは男と女が戦いあう根本を否定した。ついでに戦う同期や理由、その他諸々を馬鹿馬鹿しいの一言で一蹴した。確かに、彼女も男と見れば斬れと教えられてきた。その大元を相手に否定され、訳がわからなくなっていた。

 そんな彼女の脇を後続の一団が駆け抜けていった。しばらく、彼女はそこに立ち尽くしていた。

 

 

 メイアは一瞬、戦いに乱入してきたものが信じられなかった。

「おらぁぁぁーー!!」

 力任せに飛び上がり、大上段からスケルトンに斬りかかる。動きの遅いスケルトンはそれを避け切れずに、剣ごと両断された。

「!? お前は!!」

 メイアの前に現れたのは紛れも無く男だった。

「悪いな!遅くなった!」

 言いながら、スケルトンを袈裟懸けに切り上げる。やはり鎧ごと切り裂いた。鍛冶屋であり、日ごろ剣を振り回しているせいか剣筋は真っ直ぐだ。

「なぜ、お前が来た!?他の者は!」

 高速でバツの字にスケルトンを切り倒し、問う。

「心配すんな、おっつけ来るさ」

「そういう事だ」

 ドゥエロも横に並んだ。

「これがお頭の言った援軍か……」

 思いっきり目の前が真っ暗になる気がした。一人は物腰から使い手のようにも見えるが、少年の方は素人に毛の生えた剣捌きだからだ。

「ひーーん!リーダー!!」

 と、遠くからひっきりなしにメイアを呼ぶ声が聞こえてくる。十数体に囲まれながらもディータは剛剣の威力で敵に踏み込ませなかった。魔法を使ってくる奴や、弓を持っている奴がいなくてよかったと後で安堵するが。

「あいつ!」

 ヒビキがディータを視界に入れた。間違いなくあの時足を潰されたはずだったが、今はどうでもいい。

「どけどけどけぇぇ!!」

「おい、待て!」

 脇目も振らずに、ヒビキはディータを囲むスケルトン達に切りかかり始めたのだ。そのまま突破してディータに並んだ。

「剣士さん!?」

「突破口は作る!いったん合流しろ!」

 そのままヒビキは、馬車に向かって駆け出した。持ち前の身軽さと、剣の切れ味に任せて特攻をかけるという普通誰もやらない事をやっている。

「剣士さん!!」

 ヒビキを呼ぶディータにスケルトン数体が切りかかっていく。と、

 ジャジャキィィィン!!

 閃きが数発起こった。スケルトン達を一蹴したのはドゥエロだった。しかも一撃で首をはねる精密なことをやっている。

「ここは私が持とう。行け!」

「は、はい!」

 と、ヒビキのほうへと走り出す!?

「おいっ!?」

 ドゥエロは仲間と合流しろといったつもりだが、何故かディータはヒビキの元へ。

「ディータ!!血迷うな!!」

 追いつこうとメイアが前に出ようとするが、スケルトンの雪崩と思える押しに、足が進まない。

「くそっ!どけぇぇ!!」

 ヒビキは、ただただ馬車を目指した。スケルトン達を生み出している奴を倒せばそれで終わる。単純な事だったが、さすがにそれを許すほどスケルトンたちも馬鹿ではない。ヒビキへと突進し、横から後ろからと、体当たりに出た。

「ぐおぁ!?」

 後ろからの一撃にさすがに足がもつれてヒビキが転倒する。そこにスケルトン達が折り重なった。

「くっ、どけやがれぇ!」

 さすがに倒れた状態で剣を振っても無理がある。しかも、さらに嫌なことが続いた。馬車が妙な動きを見せたのだ。

「……??……」

 突如馬車が動き、ヒビキに向かって荷台の口を向けたのだ。

「おい……まさか」

 ヒビキの脳裏に悪い予感がよぎる。

 そして、想像したとおりに内側に赤い光が集まりだしている。

「くそっ!冗談じゃねぇ!!」

 身をよじるが、スケルトンたちはびくともしない。

「剣士さん!!」

 ヒビキを追っていたディータもその異変に気がついた。大剣でスケルトン達を吹き飛ばしながらなんとか近づこうとする。

「行くな!!ディータ!」

 メイアが叫ぶ。

「でも、助けてくれたのに!!」

「そいつは男だぞ!これ以上肩入れをするな!!」

「でも、剣士さんはいい人です!!」

 駄目だ、完全に助けることしか頭に無い。

 そう思ううちに、荷馬車に集まる光は相当なものになっている。

「くそったれ!こんなところで終わってたまるか!」

 何とか這い出そうと、手を前に伸ばすヒビキ。

「剣士さーーん!!」

 ようやく、ヒビキとの間を遮るスケルトン達を一掃したディータが走る。

「ディーターーーー!!」

 ヒビキと、ディータ。お互いの手が触るか触らないかという時!

 

 ゴァッ……!!

 

 強烈な光が発せられ、スケルトンごとヒビキ達のいた地点が大爆発を起こした!衝撃が周囲に広がり、煙幕がもうもうと立ち込める。

『・・・・・・・・・・』

 その場にいた全員が声を失った。メイアやジュラなどまともにそれを見てしまったものは完全に棒立ちになった。

 マグノのそばで戦場を監視していた者達も思わず「あっ!」と叫んだ。エズラはまともにひざを突く。

 しかし、事実は事実。

 メイアは苦渋に満ちた表情で撤退を宣言しようとした。

 が、その時、煙幕をやぶって光が漏れた。

「!?」

 ドン!!

 光は煙幕を切り裂き、宙へと上っていく。緑と、青。絡み合うように上昇した光は今度は落下してくる。

 そして、地上に激突する。強烈な閃光と衝撃が再び起こった。今度は敵側までがその動きを止めた。

 現れた光が徐々に収まっていく。収まっていく光は人の輪郭をとり、やがて、完全に消え去った。

 

 現れた人影、その姿に全員が声を失う。

 中世のクルセイダーを思わせる青と緑の交わった模様の描かれた鎧、2メートルはあろうかという体躯。腰に佩いた長剣の鞘。兜が無いゆえに顔が見えている。

 顔はヒビキに似ていた。しかし、伸びる長髪は青。

 その姿は、まさに騎士だった。

 スケルトン達が目標を変え、この正体不明の騎士にかかっていく。

 騎士も青い目を開き、敵を見据える。その手が剣へと伸びる。

 そして次の瞬間、抜刀された剣にスケルトン達は文字通り吹き飛ばされた。振った一撃目で右から来た連中は粉砕され、返す刀で振られた一撃で左から来た連中が粉みじんに吹き飛んだ。

 騎士の握る剣、その長さが尋常ではないのだ。刀身が無いのである。いや、刀身をかたどる線は見えている。緑色の輪郭だけが具現された剣でスケルトン達を薙ぎ払ったのである。その長さは、ディータが振っていた大剣よりも長い。

 そして、騎士は振り切った体勢から馬車へとダッシュする。馬車のほうも慌てて先ほどの魔力波動を放とうとするが遅い。

 騎士へと砲口を向けたときにはすでに騎士は地を蹴っていた。その巨体からは想像できないほどに身軽に飛び上がった。剣を大上段に構える。

 

 ザンッ!!

 

 馬車に張られた結界ごと、騎士の剣は馬車を両断した。

 その途端、スケルトン達が一斉に塵となって消えた。やはり、馬車が彼らを操っていたのだろうか。

 場に静寂が訪れた。

 戦っていた女達は立ち尽くし、幻のように消えたスケルトン達が何だったのか考えるもの、そして、目の前に現れた騎士は一体誰なのか考えるものがいる。

 そんな周囲を置いて、騎士はその動きを止めていた。

「……やっと、届いた…・・・」

 そんな声が、聞こえたような気がした。

 

 

 ――To be Continued――

 

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 ・あとがき

 いやぁ、遅れました。ソードアンドマジックス第二話。

 読む人は展開を知っているだけに、あまりはみ出た展開にできないし、だからといって普通の展開も面白くない。

 あー、後バーネットとの口論ですが、これはアニメには出てきませんでしたな。確か。コミック版に出てきたので少々持ってきました。

 それから……、これから出す予定のメイアとジュラとの合体する戦士の名前はおろか、このディータとの名前を考えていません!!

 ていうか、ヴァンドレッドだの、蛮型だの、どこで出せばいいんだ!機械なんて出てこないぞこのシリーズ!!

 ……てなわけですわ。……どないしよ。ま、いっか。うん。そうに決めた。(石投げないでぇぇぇぇ!!)

 次回、第3話、話をどう構成するかは決めてません。また半年くらい先になるかも。つーことで、よろしく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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