「いったい何処へ行かれるのですか、アレックス隊長!」

 副隊長の声が響き渡り、呼び止められたアレックスが振り返る。

「お前こそここで何をしている? すでに部隊の指揮は任せたはずだ。早く部隊を率いて持ち場に向かえ」

 しかし、アレックスの言葉に副隊長は頭を横に振って拒否。

「私の持ち場は、隊長とともにあります!」

 副隊長の揺るがぬ意思を秘めた瞳に、アレックスは心のなかで嘆息しながら再び命令する。

「…行かねば命令違反となる。早く持ち場に戻れ」

 だが、その言葉をも副隊長は拒否。

「私だけではありません!」

 副隊長の言葉とともに現れた姿に、アレックスは嘆息。だがそれを無視して新たに現れた武装隊員たちが敬礼し、副隊長が皆の心を代弁する。

「我らはアレックス隊長の部下であります。隊長とともに戦うことこそ、我らの役目です。それに…」

 息を吸い、紡ぐ。

「我ら全員、エンス様に命救われし者。そのエンス様たちの危機を我ら見過ごす気はなく、微力ながら尽力する所存です」

 副隊長をはじめとする部下たちに、アレックスは無言で踵を返して歩き始める。

「お前たちには何を言っても無駄だ」
「隊長!」

 なおも言い寄ろうとする副隊長に、アレックスは振り返らずに前を見据えて返す。

「俺について来るというなら早くしろ。他の連中が待っている!」

 その言葉に、副隊長を含めた全員の声が重なり合う。

『了解しました!!』



◆Three Arrow of Gold◆
 第八章『全力全開!』



『薙ぎ…払えぇ!』

 イルドが叫び、バックパックから伸びる二門の砲身からレーザーが放たれ、ガジェット軍団を横薙ぎに払う。
 爆発。
 だが、すぐに後続のガジェット軍が迫り、レーザーをチャージ。
 しかし、それに対して人間体へと変身したザフィーラが両手を構えて獣の如き咆吼を上げる。

「盾の守護騎士の力、見せてくれる!」

 魔力で創られた盾が広がり、放たれたレーザーを防ぐ。
 その隙にイルドが腰に装備されたレーザー砲をチャージしつつ、シャマルに問いかける。

『まだ見つかりませんか?』
「もう少し…どんなに隠しても魔力を全て隠すことは出来ないはず」

 ガジェット軍団の動きが統一されていることに気づいた三人は敵の指揮系統を行う者が何処かにいるだろうと判断。イルドが攻撃、ザフィーラが防御、そしてシャマルが索敵と役割分担して防衛戦を展開していた。

『わかりました。攻撃に専念します』

 再びガジェットへとレーザーを放ちつつ、イルドはおかしなものだと苦笑。

『可笑しいですね』
「…何がだ?」

 微かに笑いを含んだイルドの声に、ザフィーラが問う。その言葉にイルドは今度は本当に楽しげな声で答えた。

『ザフィーラさんは盾……で、普段の僕の役割は?』
「……盾…だな」

 自分で言った言葉に得心がいったようにザフィーラも笑う。

「盾と盾が合わされば…」
『難攻不落の要塞となる!』

 イルドの言葉に、ザフィーラの腕に力が入り、ガジェット軍団に向けて力強く叫んだ。

「我らが鉄壁の守備は!」
『悪に砕けることはない!』


 ◆◆◆◆◆◆


 白いプロテクターをまとったエンスは、スカリエッティの基地でセッテと対峙していた。

『フハハハハハハハハ! 貴様の武器はブーメランか!』

 軽やかに空を舞いつつ、エンスは高らかに笑う。ついで迫り来るブーメランブレードを蹴り落としつつ着地。その瞬間、今度はセッテめがけて跳躍し、蹴りを放つ。
 しかし、セッテはそれを回避しつつ、蹴り落とされた武器を拾い上げる。
 油断無く間合いを取ったエンスが、両手を広げて見せる。

『さぁ、来るが良い! それとも、我が怖いか!?』

 挑発しながら、エンスはその体勢、すなわち両手を広げたまま、セッテへと襲いかかる。

『フハハハハハハハハハ!!』

 不気味に笑い声を上げながら迫り来るエンスに向けて、セッテがブレードを投げ放つ。
 それを見てエンスは両手を広げたまま、さらに前のめりに加速。床と上半身がぶつかりそうな体勢で疾走したその上を、ブレードが過ぎる。
 ついで、エンスは右の拳を握りしめ、力を込める。

『甘……い!?』

 しかし、エンスは握りしめたその拳を放つことはしなかった。
 なぜなら、軌道を変えて戻ってきたブーメランが襲いかかってきたからだ。
 瞬時に壁めがけて跳躍し、次に天井。さらに反対の壁を蹴って床に着地したエンスが楽しそうに両手を広げる。

『さすが……流石だな、戦闘機人! 軌道も変えられるとは思わなかったぞ!』

 高らかに笑い、エンスはさらに満足そうに声を弾ませ、魔力増幅回路“リンカードライブ”を起動。純白の鎧が白銀の輝きを放ち始める。
 それに対してセッテは無言でブレードを構え、油断無くエンスの一挙手一投足を見逃さないように睨む。
 だが、そのセッテの瞳を見てなおもエンスは笑う。

『戦士として申し分ない良い瞳だ! ゆえに我も面白い技を見せてやろう!』

 叫び、白銀に輝くエンスが人差し指を立てた右手を掲げる。
 その瞬間。
 床が消え、風が舞い上がり、世界が蒼く染まった。

「な……落ちる!?」

 驚きの声を上げセッテが頭上へと目を向けると、緑に萌える山々が視界に入る。
 その瞬間、セッテは理解した。

 自分は蒼空のなかにいる!

 地上へと向かい自由落下する身体に力を入れ、空中で停止。
 すると遥か彼方に飛翔する“ゆりかご”の姿がセッテの視界に入った。

「一体なにが…!?」

 基地内部から一瞬にして空に出ることが可能なのかと思考。
 だが、即座に中断。
 エンスを捜し、周囲を見渡す。
 すると頭上から高らかな声が響き渡った。

『やっと感情を見せたな、愉快なことよ!』

 高いところで制止してセッテが落ちる様を観察していたエンスが腕を組み高らかに笑う。
 無様な姿を見られたことに激情したセッテが無言でブレードを続けて投げ放つ。
 二つの軌道を描いてブレードは挟み打つようにエンスに襲いかかる。
 その二つのブレードが直撃する瞬間。
 エンスの姿がかき消えた。

「また……!?」

 呟き、ブレードを受け止めたセッテがその姿を探す。

『これぞ空間跳躍! 我が誇る秘技よ!』

 その声へと慌ててセッテが下を見やると遥か下方にエンスの姿を認めたがその直後、再びエンスの姿がかき消えた。
 そして、セッテの真後ろからエンスの声が響き渡る。

『遊びは…終わりだ!』

 セッテはその言葉を無視して、振り返りざまブレードを横薙ぎに振るう。しかし、そのブレードは空を斬っただけであった。
 直後。

『折るぞ!』

 またもセッテの真後ろに現れたエンスが無防備な左腕をとらえ、瞬時に折る。

「ァアッ!」

 左腕を折られたセッテが呻くが、それを無視してエンスはまたも空間跳躍して、今度は右腕を折って空間跳躍。
 セッテの頭上に現れたエンスが踵落としのように右脚を振り上げる。
 だが、それに対して激痛を耐えてセッテも右脚を振り上げる。
 その瞬間。
 セッテの眼前に空間跳躍したエンスがさかさまに姿を現して、セッテのあごへとその踵落としを炸裂させる。

「………ゥアっ……!」

 気を失い落下するセッテを受け止め、エンスが宣言。

『これぞ我が勝利よ!』


 ◆◆◆◆◆◆


『結界を張り直したか』
「はい、また閉じ込められました」

 空気が異質なモノに変化したのを感じた咲希が呟き、ティアナがそれを肯定しながらクロスミラージュを構える。
 義手となった右手を構えながら咲希も油断無く、自分たちと睨み合うナンバーズへと視線を走らせ、ウェンディへと狙いをつける。

『まずは砲撃手を黙らせる。いいな』
「わかりました…でも斬り殺しちゃ駄目ですよ」
『…当然だ』

 一瞬の間が気になったが、ティアナは咲希を信じることにした。
 その二人に向けて、ノーヴェが苛立ち叫ぶ。

「なにをコソコソとぉ!」

 ノーヴェが引き金となり、ディードもそれと同時に疾走。
 それに対し、咲希も姿勢を低くして奔り加速。
 二人の戦闘機人が咲希に襲いかかるが、ティアナが放った魔力弾がそれを防ぐ。
 しかし。

「真っ正面から来るなんてバカッスねぇー!」

 ライディングボードを構え邪悪な笑みを浮かべながらウェンディが疾走する咲希へと照準を定め、砲撃。
 放たれたエネルギー弾が、咲希に襲いかかる。
 だが、それを真正面から見据えた咲希が叫ぶ。

『砕け!』

 槍の如く突き出された手刀がエネルギー弾とぶつかりあって爆発し、義手が砕け散る。
 だが、咲希はその衝撃を無視してさらに加速。
 それと同時にティアナがライディングボードの砲口を狙い、魔力弾を放つ。
 吸い込まれるように着弾。
 ライディングボードが暴発し、ウェンディがバランスを崩す。

「うぇっ!?」
『吹き飛べ』

 間抜けな声を上げたウェンディの腹に、咲希の膝蹴りが吸い込まれるように炸裂。
 直後。
 壁にクレーターを穿ち、崩れ落ちるウェンディの姿があった。
 咲希はさらにライディングボードを踏み砕いてから、再びティアナと合流する。

『これで二対二だ』
「…生きているんでしょうね?」
『おそらく』

 実に頼りない咲希の言葉だが、おそらく大丈夫だろうとティアナは信じることに決めた。残るナンバーズへと向き直り、咲希とティアナが叫ぶ。

『勝つぞ!』
「はい!」


 ◆◆◆◆◆◆


 市街地の外れ。
 喫茶店“プライム”のまえに、数十台の車両が集結していた。

「壮観だな」

 警備車両に装甲車、消防車に救急車。
 色とりどりのうえに種類も違う車両の群れに、喫茶店“プライム”店長マグナスはほほをさすりながらそう感想をもらした。

「連絡した連中は全員揃ったのか?」
「あとはエヴァンスたちと第六技研組だけですね」

 到着組の確認を取っていたアレックスがその問いに答え、初老の紳士は頷いて集まった局員たちの顔を見回す。
 そこかしこで見知った顔の局員たちが笑いながら拳をぶつけ合ったり、握手を交わしながらと、それぞれの流儀の挨拶を交わす。そのなかにはイルドの後輩、キツネをイメージさせる少年ボルドーの姿もあった。
 しばらくして数台の車両が到着し、武装した局員が新たに参上した。

「間に合ったようですね、マグナス隊長!」
「おいおい、もう引退した身だ。隊長は止めてくれ」
「いえ、引退した身であろうとも私にとって隊長はマグナス隊長お一人です!」
「エヴァンス、お前ももう部下を率いる隊長なんだから、いい加減隊長離れをしろ」

 かつての部下エヴァンスの笑いを含んだ言葉にマグナスも苦笑してから、その後ろに立つ青年たちへと声をかける。

「まさかバニングたちも来るとはな」
「管理局と教会、立つ場所は違えども友情はあります」

 聖王教会に身を置く騎士バニングはそう言って右の拳を胸の前にかざし、その後ろに控えていた少年騎士たちもそれに倣い、拳をかざす。
 緊張した面持ちの少年たちへと笑みを浮かべ、マグナスは訊ねる。

「お前たちもエンスの知り合いか?」
「はい、僕たちは咲希さんとイルドさんに指南していただきました!」
「未熟ながら少しでもお二方に尽力したく参じました!」

 若き騎士たちの初々しい言葉にマグナスは満足そうに頷いてバニングへと微かに笑う。

「頼もしい騎士ではないか、初陣か?」
「初陣ですが、死なせる気はありません」

 即答し断言したバニングの肩を叩き、マグナスは満足げに笑う。

「ところでマグナス隊長も参戦するんですか?」
「流石にお前たちと一緒に戦えるほどの体力はない」

 マグナスの言葉に残念そうにエヴァンスは肩をすくめてみせ、その姿にバニングとアレックスが困ったように苦笑して顔を見合わせる。

「マグナス隊長ぉー、第六技研トラック三台到着しました! それとミューラー提督からの差し入れで、次元部隊から十人援軍です!」
「まるで同窓会だな」

 マグナスの呟きにアレックスとエヴァンス、そしてバニングが顔を見合わせて苦笑。ついで、歩き始めたマグナスの背を追うようにして三人も歩き始める。

「全員集まったな!」

 マグナスの声に集結した一同が注目し、沈黙して次の言葉を待つ。

「お前たちはこれより戦場へ行くが、ここで戦勝祝賀会をやるから必ず生きて帰ってこい! ビール瓶一本だけタダにしてやる!」
「マグナス隊長ー、一本だけですかー?」
「バカ野郎、ここにいる奴ら全員飲み放題のタダ酒にしたら俺の店が潰れるだろうが!」

 その言葉に一同爆笑し、マグナスも笑みを浮かべて確信する。
 ほどよい緊張感をまとっている以上、いまここに来た奴らがそう簡単に死ぬことはないだろう。
 ついで腕時計を見やり、一同に告げる。

「時間だ!」

 するとその言葉を合図にしたかのように、マグナスの前に集結していた局員たちを包み込むように光りの粒子が生まれ始める。
 幻想的とも言えるその光景を見つめながら、マグナスは最後の号令をかける。

「あと十秒後にお前たちは戦場に着く! 覚悟はいいな!」

 その言葉に、全ての局員が拳を振り上げて咆吼。
 直後。
 光りが全てを包み込み、眩い閃光とともに弾け、局員たちをかき消した。
 そして、無人となった喫茶店の前でマグナスは廃棄都市がある方角を見つめ、願う。

「必ず…帰って来い」


 ◆◆◆◆◆◆


『セイセヤァーーーー!』

 破壊したガジェットの残骸に爆薬を取り付けたイルドは叫びとともに、それを勢いよく機械の群れめがけて放り投げる。
 ついでレーザーを放つと一拍の間をおいて、ガジェットの群れのなかで爆発が起きる。

「AMFが強すぎる…」

 しかし、イルドとザフィーラの鉄壁タッグが防衛戦を行うなか、いっこうに見つからない敵の司令塔にシャマルの声に焦りがこもる。それに対し、イルドは穏やかな声でなぐさめる。

『焦ることはないですよ。機会は必ず来ます』
「そのとおりだシャマル。そのために俺たちが時間を稼ぐ」

 イルドの言葉に頷きつつザフィーラが魔力障壁を造り、ガジェットのレーザー攻撃をはじく。そのあいだに、イルドもレーザー砲をチャージ。
 ザフィーラが魔力障壁を解除すると同時に、チャージされたレーザーをイルドが発射するが、ついにそのバックパックが焼きつき煙を上げた。

「イルド君!?」
「イルド!?」

 急いでザフィーラが魔力障壁を造り、シャマルがイルドに駆け寄る。だが、イルドは片手でそれを制止。

『熱いから危ないですよ』

 さして困った風でもなく平然とした口調でイルドは、キャノンパックをパージする。
 すると頃合いを見計らったかのようにホログラムモニターが浮かび上がり、一人の戦闘機人の姿を映し出す。

『……無駄な抵抗は止めて降参した方が良いよ』

 感情を感じさせないオットーの声が響くが、三人はそれを見据えて言葉を返す。

「ベルカの騎士に降伏の二文字は無い!」

 ザフィーラが言い放ち、シャマルが続く。

「騎士の誇りにかけて私たちは戦います!」

 最後にイルドが一歩前に出て、ホログラムのオットーを指さして宣言。

『勝利宣言にはまだ気が早いですよ』

 その瞬間、新たに現れた男の声が響き渡る。

「その通りだ、我が義弟イルドよ!」

 空間跳躍しその姿を現したエンスが空から舞い降りて、担いでいたセッテを地面に下ろす。
 傷ついたセッテの姿を確認したオットーが小さく叫ぶ。

『セッテ……!?』

 オットーの驚きを無視してエンスは気を失っているセッテをシャマルに託し、一同の前に立って、オットーが映るホログラムモニターを見据える。
 ヘルメットを左手に抱え、右腕を左から右へ勢いよく振るいエンスが叫ぶ。

「リンカードライブ、チャージアップ!」

 デバイスに搭載された魔力増幅回路が起動し、それによって増幅された魔力がエンスの身体を駈け巡り始める。
 そのエネルギーを感じながら、エンスは宣言。

「これより、貴様たちに敗北を与える!」

 声も高らかに宣言し、エンスは静かに空に輝く太陽を指さす。
 それに対し、オットーは瞳を細めて言葉を返す。

『…たった一人が援軍に来たぐらいで何を』
「小娘よ、我が一人に見えるか?」

 しかしオットーの言葉を遮りながら、太陽を指さしたエンスの不敵な声が響き渡る。
 ついでイルドが布に包まれた槍のようなモノを片手に持って、そのエンスの後ろにひかえるように静かに立った。

「我が一人に見えるなら、貴様たち戦闘機人というのもたかがしれている」

 その時になってオットーは気づいた。
 エンスの装着しているプロテクターが白銀の輝きをまとっていることに。
 そして、その後ろの空間が歪み始めていることに。
 いま起きている事象にオットーが気づいたのを見やり、エンスが不敵に笑う。

「人間の力、今こそ思い知るがいい!」

 エンスが叫んだ瞬間、白銀の光りが全てを包み込む。
 そして、その光りが収まったとき、シャマル・ザフィーラ・オットーの三人の顔に驚愕の色が浮かぶ。
 何故なら、太陽を指さしたままのエンスの後ろに、完全武装した局員の一団が布陣していたからだ。
 リンカードライブによって増幅させた魔力をもってエンスが、かつての戦友たちをこの廃棄都市へと空間跳躍させたのだ。
 オットーが驚愕したことに対し、唇の端をつり上げたエンスが自信に満ちた笑みを浮かべる。

「これぞ、地上に生きる人々の、明日の平和を護る“英雄”たちよ!」

 エンスの叫びとともに、イルドは手にしていた槍を大空に掲げた。
 その瞬間ひときわ強い風が吹き、槍を包んでいた大きな布がはためいて、それを太陽の光が照らす。
 そこに縫いこまれた一つの紋章を見て、シャマルが呟く。

「管理局の…エムブレム…!」

 人々の平和への想いと正義。
 そして、誇りが縫い込められた管理局の旗が燦然と輝く。
 管理局の紋章旗がはためいた瞬間、一団が雄叫びを上げ、ガジェット軍団を見据えて続々と名乗りを挙げた。

「地上本部特殊陸戦部隊“アレックス特戦隊”参上!」
「第三技研から四名来ました!」
「陸士隊一〇二部隊からエヴァンス以下四名参上!」
「第二技術部参陣!」
「第八特殊災害対策チーム総勢六名推参しました!」
「ミューラー次元航行部隊より十名見参!」
「八神はやてFC会員一名俺参上!」
「聖王教会騎士団より騎士バニング以下二名推参!」
「第一八救急隊より三名参上!」
「首都第二三番警備隊協力します!」
「災害救助隊よりボルドー以下三名、イルド先輩を救助に来ました!」
「首都第三消防隊、現場到着!」
「元第六技研組全員参上!」
「あたしたち地上本部美少女オペレーター組も来ましたぁ!」
「おい、ちゅーか誰だ! いまちび狸ファンクラブとか言ったヤツ、その場から意味も無く一歩下がって土下座して生まれてきてご免なさいと漢泣きに泣いて詫びろ!!」

 あまりの人数と盛大な名乗りに流石にシャマルとザフィーラも唖然とするなか、セッテから奪い取ったブーメランブレードを両手に持ったエンスはそれを高く掲げ、太陽を背にして高らかに叫ぶ。

「皆の者よ、しかと聞くがよい! この一戦で全てを決す!」

 エンスの叫びに、この戦場に集った局員たちが雄叫びを上げる。
 その雄叫びを片手で制したエンスは一台の警備車両のうえに飛び乗り、声高らかに檄を飛ばす。

「敵は心持たぬ機械人形ガジェット! そのような玩具に人々の平穏を踏みにじられてなるものか!」

 軍配のようにブーメランを振り、鼓舞する。

「ブリキの玩具どもに教えてやるといい! 我らは玩具など恐れはしないということを!」

 高らかな声が空に響き渡るなか、エンスはさらに力を込めて叫ぶ。

「そして、さらに教えてやれ! 管理局のために戦うのではなく、人々の明日の笑顔のために戦う我らこそ誠の正義だという事を!」

 そして、右手に持ったブーメランを太陽に掲げたエンスが、最後の言葉を放つ。

「戦いの時は来た! 今こそ管理局の誇りと意地を見せるとき!! 我らが掴むはただ一つ! 勝利のみ!!」

 直後。
 廃棄都市を揺るがす咆吼が天を貫いた。


 ◆◆◆◆◆◆


「な……なんだ、あいつらは?」

 ひとりガジェット軍団を指揮していたナンバーズ八番目の戦闘機人オットーは突如現れた一団と、同じ姉妹であるセッテの武器“ブーメランブレード”を手にしたエンスの出現に狼狽していた。
 さらにホログラムマップに映るガジェットを示す光点が次々と減っていくことに目を見開いて驚愕。
 急いで地上部隊の指揮者がいるポイントを確認。
 新たなホログラムデータを映し出し、オットーが叫ぶ。

「で…デルタ出撃!!」


 ◆◆◆◆◆◆


 幾つもの警備車両で造られたバリケードから、武装隊員たちが魔力弾を機械の軍勢に向けて撃ち込み、牽制。
 その本陣のなかから、幾つものホログラムモニターに囲まれた指揮者の高らかな声が響き渡る。

「敵のAMFと真正面からやり合おうと思うな! 力に対し力で抗うな! 相手が力で来るならば、我らは智力と技巧をもって戦え! 魔力至上主義の愚者どもに、魔力を持たぬ者の戦い方、とくと見せてやれ!」

 道化師という偽りの仮面を脱ぎ捨て、今や冷徹なる軍師という本来の姿を見せたエンスが高らかに叫ぶ。

「アレックスチーム、橋を落としガジェットを押しつぶせ!」

 局員とともに空間跳躍させた数多くの車両が並ぶなか、一台の警備車両のうえでエンスが叫んだ直後、廃棄都市の一角で爆発が起きるが、さらに続けてエンスは命令を発す。

「ボルドーチーム、ガジェットに向けて全開放水開始! その二十五秒後に停止と同時にエヴァンスチームは電撃魔法を放ち、奴らを感電爆散させよ!」

 指示とともに数台の放水車のホースから勢いよく水が放たれ、電撃魔法がガジェット軍団に向けて放たれる。
 打ち倒したセッテから奪った戦利品であるブーメランを軍配として指示を飛ばすエンスの姿は、まさに戦国時代に生きた武将のようであった。

「エリアGにガジェット侵入!」

 オペレーターを務める女性陸士の声が響き、エンスが叫ぶ。

「出番だザフィーラ、ビルを撃ち砕き退路をふさげ!」
『応!』

 音声通信からザフィーラの声が響くと同時に二つのビルが盛大に爆破され、ガジェットの群れに瓦礫が襲いかかる。
 その光景を一瞥し、エンスがブーメランを太陽に掲げる。

「火線を集中、殲滅せよ!」

 水の流れのように変わり続ける戦況にすぐさま指示を飛ばしながら、エンスが自らの士気を高揚させるように叫ぶ。

「皆の者、ガジェットを一機でも多く減らし、AMFを弱めよ! さすれば敵の司令塔をシャマル医務官が見つけることが出来る! 勝利は…目の前ぞ!」

 エンスの檄とともに雄叫びが巻き起こる。

「エリアKの様子は!」
「十秒後にガジェットが到着します!」
「よし!」

 報告を受けたエンスが離れた位置にある廃ビルをにらみ据えて、両の手のひらへと力を集中させ、叫ぶ。

「空…間…跳躍!」

 すると、その廃ビルを光りの粒子が包み込み、一瞬にして消し去る。
 直後。
 エリアK上空に消えたはずの廃ビルがその姿を現し、地上を侵攻するガジェットの一団へとその圧倒的な質量をもって襲いかかる。
 本陣をも揺るがす地響きにも乱すことなくオペレーターがモニターに映し出される状況を報告。

「エリアKのガジェット、破壊!」
「…さすがに無茶が過ぎるか」

 オペレーターの声を聞きながら、そう小さく呟いたエンスのほほに一筋の汗が流れる。
 しかし、一息つく暇もなく新たな通信を受けたエンスが、楽団の指揮者のごとくブーメランを振るう。

『こちら騎士バニング! 予定ポイントにガジェットを追い込んだ!』
「一番から五番カタパルト砲、仰角五六度…ぅてーーー!」

 直後、高らかなエンスの声が響くと同時に、トラックの荷台に搭載されていた巨大なカタパルトから五台の警備車両が轟音とともに次々と砲撃される。

「火炎魔法…放て!」

 ついで即席で結成された魔導師部隊から放たれた火炎弾が空を舞う車両に直撃。炎上する車両が、砲撃ポイントに引き寄せられたガジェットの一団に襲いかかる。

「工作隊、爆弾セット完了。退避しました!」
「爆破せよ!」
「爆破!」

 オペレーターが復唱し、指示を受けた工作隊が爆破スイッチを押す。その瞬間、幾つものビルが一斉に爆破され、粉塵と瓦礫を舞い上げながらガジェットを飲み込む。

「よいか皆の者よ! 死ぬことは我が許さん! 誰ひとり欠けることなく、勝利の美酒を皆で飲み交わそうぞ!」

 各ポイントに配された局員たちが、そのエンスの言葉に雄叫びをあげる。
 そしてエンスは自分が足場にしている警備車両の横で通信作業を行っている女性陸士に訊ねる。

「イルドの改修作業状況は?」
「脚部スラスター接続完了! 現在フライトパック接続作業中!」
「作業を急がせよ! ドローンがそろそろ来るぞ!」

 直後。
 もう一人の女性オペレーターが突如ホログラムマップに現れた光点をエンスに伝える。

「ドローン出現! ここに接近中!」
「…来たか!」

 エンスが奥歯をかみしめたその瞬間。

『完了ぉ!』

 技術者たちが作業を終えた雄叫びが轟き、エンスたちの頭上を蒼き流星が飛翔。
 ついで響くイルドの咆吼。

『タイプγ出撃します!』


 ◆◆◆◆◆◆


「な、なんだあの声は?」
「結界内にまで響く声……!?」
「……!」

 突如、結界内のビルを揺るがした雄叫びに咲希をのぞいた三人が狼狽する。そんななか、咲希が確信を持って残った二人の戦闘機人に告げる。

『貴様たちの負けだ』

 その言葉にノーヴェとディードの瞳が鋭くなり、咲希を睨みつける。
 だが、それを無視して咲希は言葉を続けた。

『今の声が聞こえなかったか? 人々の思いの声を。平和を望む強き声を。それすらも理解できぬなら…』

 句切り、左手の手刀を構える。

『貴様等は身をもってその意味を知ることになる』

 油断無くディードを見据え、咲希が背後のティアナに告げる。

『赤毛は頼んだぞ、ランスター二等陸士』

 しかし、それに対してティアナは一言。

「ティアナです」
『……ん?』

 バイザー越しにティアナを見やると、同じようにティアナは横目で咲希を見ていた。その口が再び開く。

「全部は長いでしょう? だから名前で良いです」

 その言葉に、咲希は力強い言葉で返す。

『行くぞ、ティアナ!』
「はい!」

 走り出したティアナがノーヴェへと魔力弾を放ち牽制。それと同時に射撃魔法“クロスファイアシュート”を展開、発動。十数発の魔力弾が炸裂し、ノーヴェが崩れ落ちる。
 そしてティアナが勝利した向こうでは、二人の剣士が決着をつけようとしていた。

「…左にはキレがありませんね」
『あぁ、その通りだ。しかし』

 ツインブレイドと左の手刀がぶつかり合うなか、ディードの問いに咲希は言葉少なに答えて続ける。

『貴様程度なら、このままでも勝てる。ティアナ、手を出す必要はない。俺ひとりで十分だ』
「そんなモノで虚勢を…!」

 つばぜり合いの形でぶつかり合ったディードは真紅の鋼鉄闘士をにらみ据えるが、その瞳に動じることもなく咲希は平然と続ける。

『お前では俺には勝てん。さらに言わせてもらえば、そこのティアナにも勝てんぞ。ちなみに俺の推測では、ティアナひとりでお前たち三人に勝てただろうな』
「……根拠が無いです」
『根拠ならあるぞ。俺たちにあって、お前たちにはない三つのモノが』

 静かに反論しながらディードは二刀を振るうが、その悉くを左の手刀で打ち弾き返して咲希は言葉を紡ぐ。

『まずは、己が戦う理由』

 講釈しながら咲希はツインブレイドを躱して手刀を打ち込むが、ディードはそれを防いで攻撃に転じる。

『次に、己が背負う誇り』
「…く!」
 その攻撃を手刀で弾きながら続けられる咲希の講釈に、ディードの心が苛立ち始める。

『最後に、勝利を望む揺るがぬ心』
 ディードが放った苛立ちの斬撃を、難なく弾いた咲希が静かに問いかける。

『お前はどんな理由で戦い、何を誇りとして背負い、勝利を望む?』
「私は……私は…!」

 間合いを取り、咲希をにらみ据えたディードの言葉が詰まり、咲希は次の一撃のために魔力を漲らせた左手を構える。
 そして一刀を振り上げ、ディードが吠える。

「私は戦うために生まれた! 勝利の全てはドクターのためにある! 私は戦闘機人! 戦う理由はそれだけでじゅうぶんです!」

 対して咲希は、その一刀を真正面から見据え、魔力を込めた左の拳で受ける。
 刃と拳がぶつかり合い、大気を振るわす。
 直後。
 衝撃が起こり、咲希の左のガントレットに亀裂が走る。
 だが、それに構わずディードの一刀を勢いよく押し返した咲希は先ほどと変わらない冷静な声で返す。

『ゆえにお前は勝てない』

 ディードの一刀を退け、間合いを取った咲希はリンカードライブを起動させ、静かに言葉を放つ。

『俺は“平和を守るため”に戦い、俺を“信ずる友”を誇りとし、そして“人々の明日のため”に勝利を望む』

 言葉に決意という力を漲らせて咲希はディードを見据え、今は無き右腕に魔力を集中させる。

『俺の後ろには護るべき多くの未来がある。故に悪である貴様になど負けはしない』

 断言とともに、咲希が魔力と精神を己の極限まで研ぎ澄ませる。
 直後。
 真紅の輝きを放ちながら咲希の“右腕”が蘇った。

『我が右腕は邪悪を斬り裂き、勝利を呼ぶ正義の剣!』

 ティアナとディードが驚愕に目を見開くなか、咲希は一歩を踏み出して加速。
 瞬時に間合いを詰めた咲希が、甦った紅き光りの手刀に力を込める。

『エクスカリバーよ!』

 叫び、真紅の聖剣が一閃。

「く…!」

 だがそれよりも早く、ディードが二刀で受け止める。
 しかし、それに対して咲希が吠える。

『奇蹟とは! 掴み取るものなり!』

 咆吼とともにリンカードライブによって増幅された魔力が右腕にさらに集中。
 眩い真紅の輝きを放つ奇蹟にさらなる気迫を込める。

『我が腕、聖剣となれ!』

 直後。
 咲希の真紅の輝きを放つ右腕が砕け散り、ツインブレイズを砕き折った。
 その現実にディードは目を見開いて驚愕。
 だが、それすらも無視して咲希はディードの身体に渾身の膝蹴りを放つ。
 地面と平行にディードは飛び、壁に激突。
 そして、咲希は敗北者の姿を一瞥し、宣言。

『預けていた勝利、確かに返して貰った』

 勢いよく頭から床に倒れ込んだディードは、薄れゆく意識のなかで咲希の勝利宣言を聞いた。


 ◆◆◆◆◆◆


『タイプγ出撃します!』

 空戦用スラスターパックを装備したイルドが、蒼き流星となり空を征く。
 目指すは右目を奪ったドローン“デルタ”。
 しかし、遮るように現れた三機のガジェットUのミサイルが襲いかかる。
 センサーが警告音を発するが、イルドは前を見据えて加速。
 接近するミサイルを追い抜きざまに腰部レーザーガンを発射。
 後方で爆発が起きるが、無視。
 直後。

『おぉっと追い抜いたぁ?』

 ガジェットUを追い越したイルドは、スラスターを調整して減速して器用に宙返り。
 ついで顔を見上げるようにして視線を変えると、追い抜いたガジェットUの後ろ姿を確認。
 すぐさま加速。
 全身にかかるGに耐えながら先ほどのガジェットUに追いついたイルドは、その三機の周りを回るようにしてレーザーガンを撃ち込み、破壊。
 障害を取り除いたイルドが叫び、今度こそデルタへと飛翔。

『さぁ、決着を!』

 加速してデルタの前に回り込む。
 それと同時に、舞い降りる機械人形が放ったミサイル群が流星に襲いかかるが、イルドも背部に取り付けられたキャノンからエネルギー弾を連続発射。

『新生γは!』

 発射の衝撃で身体が沈み込むが、構わず全弾を打ち尽くして弾幕を張る。

『エクセレントで!』

 幾つものミサイルとエネルギー弾がぶつかり合って、燃える大輪の華を空に咲かす。

『エレガント!』

 盛大な爆炎を突き抜けてデルタが現れるが、イルドは最初からそんなもので倒せるとは思っていない。

『ジェットボード、射出しました!』
『粗品を進呈プレゼントぉ!』

 オペレーターの通信が入った瞬間、イルドは背部に接続されたフライトパックをパージして、デルタめがけて射出。
 主を失ったフライトパックはデルタに撃墜され、爆発。
 ついでイルドは落下途中、本陣から射出されたジェットボードに着地。

『はいやぁーーーー!』

 上昇と同時に加速。
 ジェットボードに取り付けられていた電磁スピアーを構え、デルタへと向かう。
 対してデルタもミサイルポッドから何十発もの追尾式マイクロミサイルを撃ち込むが、イルドは手足のようにボードを操ってその全弾を回避。

『衝突!』

 ミサイルとミサイルが互いにぶつかりあって爆発し、それに巻き込まれて他のミサイルも連鎖誘爆を引き起こし、廃棄都市の空に炎の華が盛大に咲き乱れる。
 そして、その爆炎のなかをかいくぐり、イルドが吠える。

『お覚悟ぉ!』

 四メートル強の巨体を持つデルタにまとわりつき、推進器を破壊。スピードを落としたデルタの残りの推進器もさらに破壊して地上へと落下させる。
 回転しながら落ちるデルタを追いかけ、イルドも降下。
 その最中、エンスの通信が入る。

『イルド、動力部は爆発の恐れがある! 制御ユニットが集中している頭部を破壊しろ!』
『了解!』

 叫び、さらに加速。
 追いかけるイルドの眼前で地面に激突するかと思われたデルタが落下途中で変形。着地地点にいた数体のガジェットを踏みつぶす。
 哀れな人形が爆発の断末魔を上げるがデルタはそれさえも無視して、舞い降りるイルドに向けてエネルギー弾を放つ。

『センサー頂戴!』

 回避とともに叫び、そのままボードを踏む脚に力を込めて加速。対してデルタは右腕を構え、拳をイルドへと勢いよく繰り出す。
 だが、イルドはそれに対してボードから飛び降りて空に舞い上がり、ボードが先行してデルタめがけ加速。
 直後。
 ボードとぶつかり合ったデルタの鋼鉄の腕が爆砕。
 ついで爆炎を突き抜けて現れたイルドがデルタの額、視覚センサーへと電磁スピアーを深く突き刺す。

『やったよγぁ!』

 叫びすぐさまスピアーから手を離したイルドは両腕を構えて防御。同時に、デルタの左腕がイルドを殴り飛した。
 両腕が軋む音と鈍い痛みに叫ぶ。

『腕が?』

 そしてイルドは吹き飛ばされつつ、デルタの開いた口の中にビーム砲が現れたのを確認。
 太陽を睨み据えたデルタの口に光りが集まり、チャージ。

『スラスター調整…着地!』

 二十メートルほどの距離で着地したイルドの眼前で、デルタは太陽めがけて閃光を放ちながら、首を動かす。
 振り下ろされる光りの剣を見据え、イルドも叫びと同時にリンカードライブを起動。
 痛む両腕に力と魔力を込める。

『γぁ! 僕と君なら盾にぃ!』

 デルタの射程距離に入った後方の本陣を護るため、両のシールドガントレットを突き出し構えたイルドが立ちふさがり、バリアーを形成。
 デルタのビームと、イルドのバリアーがぶつかり合った瞬間。

『意地を見せるよグァンマァーーー!』

 眩い閃光と衝撃が大気を振るわし、γに魔力を託したイルドが咆吼。
 数秒後。
 バリアーが霧散し、デルタのビームを耐えきったシールドガントレットが砕け散る。 再びデルタがビーム砲のチャージを始め、それに対しイルドも叫ぶ。

『僕らが造ったγは凄い!』

 叫びともに更にリンカードライブによって増幅された魔力が両腕に集中し、蒼い輝きを放つ。
 直後。
 砕かれたガントレットが、蒼き光りとともに復活。

『奇蹟とは! 己の手でつかみ取るモノ!』

 イルドは叫び、蒼き光りのガントレットを両手で組んで、前に突き出す。
 ついでブーツに取り付けられたスラスターを全開。
 それと同時にデルタがビーム砲を放つ。

『今さら恐れなど!』

 イルドは叫び、閃光へと突入。
 光りの奔流を斬り裂いて蒼の矢が奔り、デルタの頭部を貫く。
 ついで光りが解け、大地を削りながらイルドが着地し、その後ろで頭部を失ったデルタの巨体が倒れ、轟音とともに大地を揺らす。 
 動くことを諦めたその鋼鉄の巨躯を一瞥し、イルドが右腕を掲げ叫ぶ。

『勝利!』

 直後、両腕のシールドガントレットが蒼き輝きを放って消滅した。


 ◆◆◆◆◆◆


『我が策の前に! 全ての悪行は! 無力と思い知るがいい!』
「……あ…あぁ…」

 ホログラムデータに映し出された戦況に、すでに茫然自失に陥っていたオットーに止めを突きつけるようにエンスの勝利宣言が声も高らかに響き渡る。
 ガジェット軍団は半数が撃破。
 洗脳していたギンガは、スバルに敗北。
 ルーテシアも、エリオとキャロによって保護。
 ディード・ノーヴェ・ウェンディの姉妹も敗北。
 巨大ドローン“デルタ”も、イルドに撃破され機能停止。
 特に同じ素材から生み出され双子とも言えるディードの敗北が、オットーにとって最大の敗因であった。
 ディードが敗北したことに動揺したオットーは一時的にガジェットの指揮が出来ない状態に陥ったのだ。
 そして、その隙を見逃すエンスではなかった。
 ガジェットの動きが弱まったと判断した直後、エンスはほとんどの車両を砲弾として打ち込んだのだ。その無茶苦茶な戦法によりガジェットの半数が撃破され、さらに動揺したオットーの思考が停止した。

「……はやく…みんなを助けないと…」

 いまだ本調子を取り戻さない思考は遅く回転したままだが、姉妹を助けるという使命感だけでオットーは動き出した。
 ホログラムデータを呼び出し、使えるガジェットを起動させようとした瞬間。

 小気味よい音とともに、ほほを叩かれた。

「……え?」

 何が起きたかを理解するまで一秒。
 誰が叩かれたのか理解するまで三秒。
 そして理解した瞬間。
 脚から力が抜けてその場に座り込み、そこでやっと目の前にいる女性に気づいた。

「……貴方があのドローンを操っていたんですね」

 そこには、緑の騎士甲冑を身にまとったシャマルがいた。
 非道いいたずらをした子を咎めるようなシャマルの瞳に涙が浮かんでいるのを見て、オットーはさらに困惑。
 戦いに勝った側の人間が泣く理由が理解できず、オットーは呆然とシャマルを見つめ続ける。
 呆然としたままのそんなオットーに向けて、シャマルは叫ぶ。

「貴方のやったことで、イルド君がひどい怪我をしたんです!」

 泣き叫び、シャマルが右手を振り上げるのを見て、オットーは「叩かれるんだ」と他人事のように思った。
 だが、振り上げられたシャマルの右手は、オットーのほほに振り下ろされることはなかった。
 なぜなら、それよりも早くイルドの手がシャマルの右手を掴み離さなかったからだ。

「…イルド君!?」

 突然現れたイルドにシャマルが涙を瞳にためたまま、驚きの声を上げる。
 それに対して、ヘルメットを脱いだイルドは微かに笑みを浮かべ、頭を横に振る。

「いいんですよ、もう」

 思いもしないその言葉に、シャマルが涙を流してイルドに訴える。

「…何がいいんですか!? イルド君はひどい目にあったんですよ! 怒っても恨んでもいいんですよ!」

 シャマルのその叫びに、目の前の青年に何をしたのかを理解したオットーは、右目を奪ったのだからそれは当然だと思った。
 そう思っているオットーの前で、シャマルはさらにイルドに訴える。

「イルド君は怒ってもいいんですよ! その権利があるんですよ! なのに…なのに!」

 泣き叫ぶシャマルに向けて、右目の痛みを堪えながらイルドはさらに笑ってみせる。

「僕の代わりにシャマルさんが叱ってくれました。もう十分過ぎるほどこの子も理解できたでしょう?」

 言葉を句切り、イルドはシャマルの瞳を見つめ言葉を繋ぐ。

「誰かを恨んで憎んで嫌いになるより、誰かを好きになるほうが素敵なことだと僕は信じているんです。それに…僕のためにシャマルさんは涙を流して泣いてくれました。それだけで僕は嬉しいんです」

 穏やかな声音でそう言って優しく微笑したイルドは、シャマルの瞳に浮かぶ涙を優しくぬぐう。
 そのあまりにも優しすぎるイルドの微笑みに、シャマルは顔を俯かせて小さく「…優しすぎます…」と聞こえないように呟く。
 そして、シャマルが落ち着いたのを見てイルドは、いまだ座り込んでいるオットーへと優しく微笑。

「僕はイルド・シー。君の名前は?」

 微笑みながら名を問いかけるイルドに、オットーは逡巡。
 ついで、隻眼の青年から目を逸らしながらも躊躇いがちに名乗る。

「……オットー」

 躊躇いがちに名乗ったオットーに向けて、イルドはボロボロの右手を差しのべて穏やかに言葉をかける。

「オットーさん…ですか。よろしければ僕と友達になってくれませんか?」
「…とも…だち?」

 思いもしていなかった言葉に思わず聞き返したオットーに、イルドは頷き微笑。
 オットーが初めて聞く言葉。
 しかし、イルドにしたことを思い出し、顔を俯かせたオットーは拒否。

「…ムリだよ」
「自分から諦めちゃ駄目ですよ」

 手を差しのべたままのイルドから、俯いて瞳を逸らしたままオットーは言う。

「僕は普通の人間と違う。僕は戦闘機人だから。戦うだけの存在だから…」
「それでも普通に生きて、友達を得ることは出来ると思いますよ?」

 イルドはオットーの言葉を遮り、右手を差し出したまま続ける。

「普通じゃないと言うことを割り切るのは難しいでしょうけど、それを受け入れたうえで楽しめる道はあるはずですよ」
「……なんで右目を奪った僕に優しくできる?」

 戸惑いながら訊ねるオットーに、イルドは困ったように苦笑してからその質問に答えた。

「局員ならば怪我の一つや二つは覚悟の上ですし、僕は生きているから問題はありません。それに僕とオットーさんは立っている場所が反対だったから、戦うことになっただけです。ならオットーさん自身には僕を嫌う理由はないはずですよね?」
「……それは…そう…だけど」
「なら問題はありません」

 消え入りそうな声のオットーの答えに、イルドは即答で断言。

「オットーさんに僕を嫌う理由はない。そして僕にもオットーさんを嫌う理由はありません」

 そう言ってイルドは改めて右手を差しのべて、微笑。

「なら、僕たちは友達になれるはずですよ?」

 穏やかで優しいイルドの言葉に思わずオットーの瞳から涙がこぼれ落ち、躊躇いがちに右手を伸ばす。

「今すぐは無理でしょうけど、僕たちはこれから友達になれますよ」

 ふれあった手のひらから伝わるオットーの暖かさを優しく握りしめて、イルドは笑った。


 ◆◆◆◆◆◆


「被害状況は?」
「はい! 重軽傷者十八名ですが誰も命に別状はありません。そして死亡者は…ゼロです!」

 廃棄都市での戦闘終結後、全ての局員が本陣へと生還したことを確認したエンスは満足そうに微笑。
 その向こうではイルドが、“ゆりかご”に向かうスバルとティアナにひとときの別れを告げていた。

「お二人とも、ご無事で」

 無事を祈るイルドに、スバルとティアナが元気よく返す。

「頑張ります!」
「任せてください!」

 笑顔で応えた二人から、イルドはいまだ気を失ったまま眠り続ける姉妹たちを心配そうに見つめているオットーへと声をかける。

「安心してください、オットーさん。みんな気を失っているだけですから」
「…うん」

 言葉少なに頷いたオットーから、シャマルへと瞳を向ける。

「シャマル医務官もお気をつけて。それとオットーさんたちのことをよろしくお願いします」
「…はい」

 直後。
 先ほどのことを思い出した二人は同時にほほを染めて俯く。
 そして、少し離れた位置で咲希とザフィーラが苦笑しながらそんな二人を見守っていた。

「お前の相棒は手がかかりそうだな」

 ナンバーズたちの収容を手伝うイルドの姿を眺めながら苦笑したザフィーラの言葉に、同じようにその手伝いをしているシャマルの姿を眺めていた咲希も瞳を閉じて返す。

「そっちこそ同じに見えるが?」

 お互いに苦労すると言わんばかりに肩をすくめて苦笑。
 この場に集った者たちのあいだにひとときの穏やかな空気が流れ、スバル達を乗せたヘリが飛び立つ準備をする。
 しかし。

「ドローン起動確認! ビーム発射まで十秒!」

 オペレーターの叫びにすぐさまエンスが吠える。

「イルドぉ! 咲希ぃ!」

 エンスの咆吼に呼応してイルドと咲希が並び叫ぶ。

「リンカぁー!」
「ドライヴぁー!!」

 魔力増幅をした三人が先頭に並び、魔力を集中。それに続いて局員たちも魔力を展開。
 数十人で魔力防壁を造りあげると同時に、再起動したドローンの腹部から放たれた光熱波が直撃。
 眩しい閃光が周囲を覆い尽くし、爆発が起きる。
 爆発の衝撃で何十人もの魔導師たちが魔力を尽かせ膝を屈するなか、イルドも膝をついて己の左腕を睨む。

「…左が…動かない!」

 多くの局員が力尽きようとするなか、オペレーターの声が響き渡る。

「ドローン動力部…レリックです!」

 驚愕に彩られたオペレーターの声に、一同に緊張が走る。
  数年前に起きたという空港火災を思い出す。
 レリックが引き起こす災害の話はこの場にいる全員が知っているほどの危険なモノだった。

「おのれ…スカリエッティ!」
「暴走を開始しています!」

 歯噛みするエンスに、オペレーターが焦りながら報告。

「ドローン再チャージ開始! このままだと爆発します!」

 その言葉にエンスは高速思考を開始。
 退避する。
 却下。間に合わない。
 全員で結界を張り、ドローンを閉じ込める。
 却下。閉じ込められて反発されたエネルギーがどのような結果を生むか予測不能。しかも疲弊した状態で出来るとも思えない。

「あと三十秒!」

 いくつかの対策を巡らせたエンスが、最後の決断を下した。

「これしかあるまい…!」

 覚悟を決めたエンスが叫ぶ。

「全員一カ所に集まり、魔力を集中! イルドと咲希はリンカードライブを起動、我とともに三方の陣を張れ!!」

 エンスの指示を受けて全員が従い、一カ所に集まり魔力を高める。
 ついでイルドと咲希もリンカードライブを起動して指示された陣形を取り、魔力を展開。
 エンスたち三人の魔力を支柱として全ての魔力を結合させ、光りの壁が作られる。
 上から見るとエンス・イルド・咲希が作った三角形のなかに、一同が囲まれているようになる。
 それを確認したエンスが、高らかに叫ぶ。

「今からお前たちを地上本部へ空間跳躍させる!」

 エンスの言葉に静寂が訪れるも、それは一瞬のことだった。
 その言葉の意味を理解したシャマルが叫ぶ。

「イルド君!?」
「ではシャマル医務官、お先にお帰り下さい」

 シャマルの悲痛な叫びに対し、光りのカーテンの向こうでイルドはおどけたように頭を深く下げて一礼。その仕草にシャマルの瞳に涙が浮かぶ。

「咲希さん!?」
「ティアナ、スバル。お前たちの信じる仲間が、お前たちの助けを待っている」

 微かに笑う咲希の言葉に、二人は肩を震わせ無言。

「エンス、ここで俺たち退場かよ!」

 一同を代表したアレックスの叫びに微かな笑みを浮かべたエンスは静かに、だが力強い声で返す。

「我らはここに残るが、死ぬつもりはない」

 断言した言葉によって静寂が訪れ、エンスの声が響き渡る。

「お前たちはさっさと戻って迎えのヘリを連れてこい。それまでに終わらせておく」

 レリックによる惨劇がどのような結果をもたらすかを理解している一同は誰ひとりとして、エンスの言葉を額面どおりに受け取りはしなかった。
 しかし、それ以外の選択がないことも理解して、神の奇蹟を一同は願う。
 そしてアレックスが、確かに“死なない”と言い切ったエンスに向けて、怒りを押し殺した声で返す。

「…あぁ、わかった! 必ず迎えに来るからな! だから、さっさと飛ばせ!」

 アレックスの声に促され、、エンスたち三人の増幅された魔力が一同を包み込む。
 それと同時に悲しみをかみ殺したオペレーターが最後の報告をする。

「ドローン再チャージまで残り…十五秒…!」
「空間…跳躍!」

 オペレーターの言葉を聞き終えた瞬間、エンスが叫び、一同を包み込んだ巨大な光りが一度だけ発光。その直後、光りは弾けるように霧散する。
 光りの花びらが舞うなか、残った三人が無言でヘルメットを装着。
 イルドと咲希が、エンスを中心にして並び、デルタを見据える。

『おそらく下手な衝撃を与えれば被害は甚大なモノになるだろう。ゆえにバッテリーを全開使用、さらにリミッターを外したうえでの魔力増幅による全力攻撃で完膚無きまでにレリックを破壊する』

 ついでエンスは絶望的なことを告げる。

『しかし、どの程度の衝撃が来るかは我にもわからぬ。最悪、死ぬかもしれん』

 それに対し、イルドとエンスは肩をすくめて苦笑。

『義兄さん、何を今さら』
『その通りだエンス』

 一旦、言葉を句切った二人は地上本部の方角を見て、笑う。

『それに僕たちは生きて帰って、先に退場させたみんなに怒られないと』
『まったく面倒なことだな』

 無邪気な笑いにエンスもつられて笑い、デバイスに内蔵されている魔力増幅回路“リンカードライブ”のリミッターを解除して出力を上げる。

『それでは!』
『生きて!』
『帰る!』

 出力が静かに上がり続けるのを感じながら、三人がそれぞれの思いを胸にしてデルタを見据える。


 すでに想いは一つ。


 ゆえに。


 迷うことは無い。


 ならば。


 成すべき事はただ一つ。


『我ら三人、心偽ることなく、この道を行く!』

 その決意を力に変えるようにイルドが叫び、その脚が黄金の輝きを放ちはじめる。

『我ら臆すれば道は消える! しかし、踏み出せば道は成る!』

 ついで咲希が言葉を紡ぎ、その身体が黄金の輝きを放つ。

『我らが願うはただ一つ! 全ては!!』

 エンスが誓いの叫びを放ち、その両腕が黄金の輝きに包まれる。

 最後にまばゆい閃光が三人を包み込んだ瞬間、三人の声が重なり合う。

『『『人々の笑顔のために!』』』

 叫び、放たれた三本の黄金の矢がデルタの胸に収められたレリックを貫く。
 そして、黄金の閃光が廃棄都市を包み込んだ。




 LAST STAGE
 『桜花爛漫!』




◆後書き◆

 今回の話は「けっきょく最後は意地が大事だよね」となります。
 しっかりとした心意気を持ちたいですね。

 今回の登場人物、ほぼ全員BASARAゲージMAX状態。微塵も減りやしない。無敵すぎ。
 地上本部に所属する局員の活躍が本編で見たかった。やられ役ばかりじゃなぁ…。

 イルド、パーフェクトモード。武器の出し惜しみしません。そして右目の仇を討つ。
 それとデルタ戦はもの凄い勢いで言動がおかしいです。
 あと、お人好しにも程があると思いますよ?

 エンス、戦国BASARAの某オクラ状態。高らかに叫びすぎ。日輪よ!

 咲希、さらにエルシドっぽく。お前こそ聖剣よ! ひたすら斬り裂け!
 あと珍しく饒舌。

 ラスト三バカ、『アテナも!』のような技発動。もしも三バカが“ゆりかご”にいたらヴィータの代わりに動力炉すなわち“嘆きの壁”に突っ込んでいた。そして死亡。

 管理局員たち、テンション高すぎ。
 あと自分でやっといて何ですが“はやてFC”って何だ?







作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。