新暦72年の夏。
スカリエッティ一派に助けられたイルドはナンバーズの紹介を受けていた。
「ウーノです」
「どうも、イルドです。これからよろしくお願いします」
生身の左腕を差し出すも、握手を拒否された。
「ディエチ」
「イルドです。これからよろしくお願いします」
またも握手拒否。イルドは切なくなった。
「トーレだ」
「助けていただいてありが…」
「これから戦闘訓練なので失礼する」
挨拶途中で逃げられる。イルドは悲しくなった。
「ん、チンクだ。姉妹では五女になる」
「よろしくお願いします」
やっと握手成功。イルドは仲良く出来そうな気がした。
「四女のクアットロですー」
「助けていただいて有り難うございます」
「そうねー、感謝するなら土下座してくれないかしらー」
気持ちいいくらいの笑顔で言われたイルドは、かなり切なくなった。
「セインさんだよー、よろしくー」
「こちらこそよろしくお願いします」
清々しいセインの笑顔にイルドの心が癒された。
「十一番ウェンディッス!」
「よろしくお願いします」
握手した左手をブンブンと音が聞こえそうな勢いで振り回され、その元気の良さにイルドはほほを引きつらせて苦笑。
「……うぜぇ」
「…あ、行っちゃった…」
挨拶する暇も与えずに去っていくノーヴェの後ろ姿を見送りながら、イルドは「やっていけるのかなぁ……?」とこれからの共同生活に不安を覚えた。
◆Three Arrow of Gold −Another Story−◆
▼第七章:奇妙な共同生活は始まり▼
−新暦75年−
「……ぅ…うん……?」
ぼんやりとしたうすい暗闇のなかで目覚めたエリオが最初に目にしたのは見知らぬ天井であった。
テレビで見たログハウスのような雰囲気だとぼんやりとした頭でイメージしたエリオは、顔を横に動かしてみると次に幾つかの木製の調度品が視界に入った。
額に当てた左手を見ると、制服を着たまま寝ていたらしい。
そこで。
「起きましたか?」
聞き慣れない青年の声にベッドから勢いよく起き上がったエリオがその方向へと瞳を向けると、開けっ放しの扉に寄りかかるようにして一人の青年が立っていた。
作務衣のような奇妙な服を着た青年の人の好さそうな微笑に、エリオの意識が完全に目覚めた。
鍾乳洞を抜けた後、レリックを奪おうとしたイルドの攻撃を受けて気を失ったことをエリオはハッキリと思い出し。
「ストラー……あ、あれ!?」
普段から右手首で待機状態でいるはずのストラーダへと叫ぶが、そこにあるはずのモノが無かった。
慌てて全てのポケットへと手を入れて探すが何処にもない。
そんなエリオの様子を見守っていたイルドはふいにクスクスと笑い出して、ポケットに突っ込んでいた左手をエリオがよく見えるように掲げて見せた。
「残念。危ない玩具は没収させて貰いました」
「返せ!」
腕時計のデバイス“ストラーダ”を見せたイルドの楽しげな微笑に、エリオは思わず飛びかかっていた。
ストラーダを持つイルドの左手へとエリオは右手を伸ばすが、微笑を浮かべたままイルドは慌てずにヒラリと躱す。
さらにエリオはそれを追って何度も手を伸ばすが、イルドは楽しげにノラリクラリと避ける。
「ホラホラ、何処を見てるんですか?」
「バカにして!」
カッとなったエリオは勢いをつけて跳ぶが、それすらもイルドは避けてみせる。
身長およそ130のエリオに対してイルドはおよそ180。身長差を考えれば当然とも言える。魔法を使わなければ、いくら身体を鍛えているからと言っても身長差はどうしようもない。
次第に追いかけっこも飽きてきたイルドは、飽きずに飛びかかってきたエリオを素早く抱きしめるようにして後ろから羽交い締めにして拘束。
そしてイルドは。
「……フゥーーーーーーー」
エリオの首筋に優しく息を吹きかけた。
瞬間、エリオの身体が強ばり。
「ひゃあぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁ!?」
ログハウスにエリオの悲鳴が挙がった。
ついでイルドの腕を振り払ったエリオは、距離を取って鳥肌の立った首筋を撫でながら睨みつけた。
そこでイルドは両手を挙げて見せて。
「降参しますよ、降参」
「じゃあ返してください」
「ご冗談を。返したら今度は僕があなたにボコボコにされるでしょう? さぁ、こちらへどうぞ」
軽口を返しつつイルドは待機状態のストラーダを内ポケットにしまい込み、部屋を出るよう促す。
だがエリオは油断せずに構え、イルドを睨んだまま問いかける。
「どうするつもりです?」
「時刻は既に六時を過ぎていますよ、エリオさん?」
言葉の意味を理解できなかったエリオの構えが緩み、イルドは微笑して答えた。
「夕食の時間です。まぁ、エリオさんの口に合うかどうかはわかりませんが」
そう言って、イルドは部屋を出て行き、エリオも仕方なくその後ろについて行った。
◆◆◆◆◆◆
『休暇中だというのに先輩も大変ですね』
「まぁ、事態が事態だからな。趣味の延長だと思うことで納得するさ。それでお前のほうは何か新しい情報を仕入れたのか?」
膨大な量の書類との格闘を一段落させて休憩を取っていた提督アルス・ミューラーは後輩エヴァンスからの空間通信を受けていた。
場所はタードックの邸宅で、ミューラーは自主的に護衛任務につきつつ、三年前の“事故”について調べていた。
空間モニターの向こう、数時間前まで機動六課ではやてと面会していたエヴァンスは肩をすくめて苦笑。
『期待したほどの情報は得られませんでしたよ。先輩のほうこそどうです?』
問われたミューラーはトレードマークであるサングラスを指でかけ直した。
「レジアス中将のおかげで前よりはいい。しかし、すでに先手を打たれたみたいだ」
『まぁ、あれから三年。書類改竄、証拠隠滅をするには十分すぎる時間でしたからね』
空間モニター越しで大げさに天を仰いでみせた後輩に、ミューラーは自問するように呟いた。
「ガラッド提督暗殺の件だが、本局はしばらくのあいだ隠すつもりらしい」
『ケケケケ、それは“面子”の問題ですか? それとも“隠滅”ですか?』
「おそらく両方ではないか」
短く答えたミューラーは軽く息を吐いて気を取り直し。
「では六課で仕入れた、お前が期待していなかった情報を聞きたいな?」
『ケケケケ…先輩も人の悪い言い方をしますよね』
悪戯好きな少年のような笑みを浮かべたエヴァンスは、表情を引き締めて。
『新人のひとり、エリオ・モンディアル陸士を誘拐して逃亡したとのことです』
「素性は?」
『ハラオウン執務官が保護責任を務めている…まぁ養子みたいなモノですね。いやはやミドガルドみたいなことを…とそんなことはどうでもいいですね。で、独自に調べたんですが』
故郷を懐かしむ思いを頭を振って消したエヴァンスは声のトーンをおとして。
『……どうもクローンらしいです』
押し黙ったミューラーに、エヴァンスはさらに続けて。
『…六課の面子はいろいろとやばい感じですよ。隊長陣が全員エース級というから何かあるだろうとは思ってましたが、その新人たちも危険です。どの素性を見ても曰くありげですよ』
「隊長陣のことは前から知っていたが、新人たちもか?」
『イエス。正直な話し、四人いる新人のなかで普通の素性を持っているのはランスターという陸士だけですね。ほかはあまりにもおかしいうえ、これだけの戦力を一カ所に集める理由もわかりませんよ。こっちに一人ください』
椅子の背もたれに身を預け両手を組んだミューラーは天井を見上げてため息をついた。ついで空間モニターへと視線を戻し。
「とりあえず、その話しは明日にでも聞こう。で、理想を言わしてもらえば出来ることならお前たち“地上”のほうでイルドを捕まえてもらいたい」
『異論ありませんが“六課”はどうします?』
「フロイラインはやてには悪いが、彼女の部隊は“海”だ。下手をすれば向こうに気取られるし、最悪“隠滅”を謀るかもしれないからな。当てにするな。まぁ、彼女たちも色々と関わっているから情報は送るが」
『海側にいる先輩の言葉じゃないですよねー?』
後輩の言葉にサングラスのしたの瞳をしならせてミューラーは苦笑しつつ反論。
「正直な話しを言うとこんなことになるなら私もエンスと同じように技術部に残ればよかったよ。あんな紙切れ一枚で移動させられる苦労よりも、開発の納期に追われる苦しみのほうがよかった」
『今からでも遅くはないんじゃないですか?』
「部下がいる以上、さすがにそこまで気楽には出来んな」
モニターの向こうで「ですよねー」と返すエヴァンスに向けて笑みを浮かべたミューラーは表情を切り替えた。
「レリックがあるところイルドも現れる。六課の動向には注意しておけ。お前も大変だとは思うが地上で動ける部隊はお前のところだけだからな。頼むぞ」
『はい! 先輩にも協力を仰ぐこともあると思いますが、その時はよろしくお願いします!』
◆◆◆◆◆◆
ミッドチルダ南部アルトセイム地方。その森林地帯にイルドが隠れるログハウスはあった。
「食べないんですか?」
必要最低限の調度品しか無いダイニング。ポテトサラダやパスタを前にしても一切手を付けようとしないエリオに向けて、穏やかな声でイルドは問いかける。
しかしエリオはイルドを睨みつけたまま無言。
対してイルドも快い返事を期待していないので気を悪くするでもなく、ささやかな食欲を満たすべくパスタへと手を伸ばす。
小皿に取り分けたパスタを礼儀として“客人”であるエリオのまえに、ついで自分の分をとりわけたイルドは瞳を閉じて姿勢を正し、左の手のひらに逆“4”の字を描いて一礼。
故郷“ミドガルド”での食事前に行う儀礼である。
「我らが主神と生命の恵みに感謝と慈悲を……」
儀礼の終わりと食事の始まりを告げる言葉をのべてから、イルドは先程からずっと沈黙を守ったままのエリオに向けて一礼。
「たぶんシャマルさんたちから話は聞いていると思いますが改めて自己紹介を。元管理局に勤め、現犯罪者のイルド・シーです。よろしくお願いしますね?」
「……機動六課ライトニング所属、エリオ・モンディアルです」
そこでやっとエリオも返事を返し、イルドは笑み。
「この別荘に来るのは予定外のことでして、食材もあまり無かったのであり合わせのものを作らせていただきました。お口に合うかどうかわかりませんが、食べていただけると僕も嬉しいし、材料も幸せになります」
スープを飲み、イルドがサラダへと手を伸ばすと、全身を緊張させたエリオのクチが動いた。
「……どういうつもりですか?」
「どういうつもりと問われても食事をしているだけですが?」
あまりにも漠然とした問いにイルドはその意味を理解できずに間の抜けた返事を返すと、エリオはその瞳にさらなる敵意を込めて問い返した。
「そうじゃなくて、ボクは敵ですよ? その敵を縛ったりもしないで自由にさせるなんて疑問に思っても仕方ないでしょう?」
やっとイルドは理解して思わず「なるほど」と手を打ったが、それを馬鹿にしていると取ったエリオは思わずテーブルを勢いよく叩き叫んだ。
「子どもだと思って!」
その衝撃でパスタやサラダなどが震えるが、エリオの剣幕もとくに気にせずにイルドはスープを一口飲んでから。
「逃げたいならどうぞ御自由に」
あっさりと告げた言葉に瞳を丸くして呆気にとられたエリオに向けてイルドは瞳をしならせて笑った。
「今この状況を考えてみると、僕は確かにエリオさんを拘束せずに自由にさせている。ではエリオさんも冷静に考えてみましょうか?」
「……何をです?」
「なに、難しい話しではありません。エリオさんは“管理局員”として、いま何をするべきかということですよ」
ポークソテーを切り分けながらイルドは楽しげに。
「そうですね……この別荘を抜け出して部隊と連絡を取る。それとも僕を捕縛する。いやはやエリオさんには無限の選択肢がありますね」
「……ストラーダを取り返してあなたを倒します」
「はははははは、いい答えです。自分で考えることにこそ意味があります。ですがもっとエリオさんは冷静に状況を考えるべきですね」
言葉を句切り、ポークソテーを食べたイルドは瞳をさらに楽しげに、まるで三日月のようにしならせて笑った。
「まず最初にここから逃げ出したとしてですが、ここは山のなかです。しかも今日は夜空に雲がかかっていて月の光も弱い。失礼ですがエリオさんは見た感じ、山に詳しいようには見えません。もしそうならば悪いことは言いません。日が昇るのを待ってから逃げた方が良いですよ?」
ついでイルドは「第二に」と前置きして。
「僕を捕縛するとしても、丸腰では無理でしょう? 仮にデバイスがあったとしても、この狭い家屋の中では思うように振るえないでしょうに」
イルドの説明を無言で聞くうちにエリオの思考が冷静になり、確かにもっともなことだと心のなかで頷いた。
しかし、イルドはそんなことはつゆ知らずに三番目の理由を述べた。
「それに今日のエリオさんは鍾乳洞でチョコを食べてから何も食べていないでしょう? 空腹だと満足な判断も出来ませんし、身体も思うようには動きません。本気でエリオさんが打開策を考えるのでしたら、ここはまず情報収集と体力温存に務めるべきでしょうね」
穏やかな声音でそう締めくくったイルドは、クロワッサンをのせた器をエリオのほうへと差し出して微笑。
「どうぞ、お食べください」
「……いただきます」
対して憮然とした様子のエリオは差し出された器からクロワッサンを一つ取って口をつけた。
エリオのそんな様子を微笑ましく眺めていたイルドに、来客者の到着を告げるチャイムが鳴った。
◆◆◆◆◆◆
「…ほぅ、なるほど。そういうことかい」
イルド不在のラボ。その食堂でスカリエッティとナンバーズは、ウーノからの報告を聞いていた。
レリック回収の失敗とその代わりの“Fの遺産”確保という予定外の結果に、ラボへの帰還を取りやめて独断で“別荘”へと向かったとの報告を聞いていたトーレが話しに加わる。
「何もそんな回りくどいことをしなくてもいいと思うのですが? 仮に脱走を企てたとしても私たちが逃がすとは思いません」
「ほんとイルドちゃんは面倒なことをしたがるから理解できませんわ〜。前のときだってさらってくれば早く済みましたのに」
クアットロの言う“前”とは先日のタードック救出のことであり、その時のイルドの作戦を聞いたナンバーズ全員が難色を示したのもスカリエッティは良く覚えている。
だからこそ、スカリエッティは笑った。
「はははは、イルド君は私たちと教授、その両方に気を遣ったんだがね」
「と、いうと?」
チンクの言葉に、スカリエッティは両手を組んで説明した。
「よく考えてみたまえ。仮にイルド君が教授を誘拐したとして、何処にその身柄を置くかい?」
「……監視とかのことを考えるとここしか無いよね」
「そうだね、セイン。さらに続けて君たちに質問するが、私たちの計画にとって教授は必要な存在かな?」
「教授って人がどんな人か知らないッスけど、べつにいなくても良いんじゃないッスか?」
そこまでウェンディが言って、やっと姉妹たちは意味を理解した。
当然の話だが、無用の存在は出来るだけ増えない方が良いという単純な話しで、そのため無駄とも言える手順が増えただけの話しだったのだ。
先日の作戦を思い出し、トーレは感慨深げに頷いた。
「…イルドはそこまでのことを考えて作戦を練ったのか」
「まぁ、彼らしいと言えば彼らしいがね。とくに力に劣る分、そういう面で補う必要がある、そんな所だろう」
苦笑し、スカリエッティは紅茶を一口飲んでからウーノへと。
「それ以外に何かイルド君は言っていたのかな?」
「いえ、イルドさんからは何も。ですが念のためお嬢様たちには連絡しておきました」
◆◆◆◆◆◆
「ウーノさんから連絡を受けたんですか。まぁ、中へどうぞ」
突然の来訪者であるルーテシア、アギト、ゼストを快く迎え入れたイルドは三人をダイニングへと通した。
すると。
「イルド! 管理局がいるじゃねぇか!」
「アツぁー!」
管理局の制服を着たエリオの姿を見るやいなや叫んだアギトがイルドの目の前に花火を放ち、その熱を受けたイルドが奇声としか言いようのない悲鳴をあげ、突然の来訪者たちにエリオは目を丸くする。
だが、騒ぐ二人とは対照的にルーテシアとゼストの二人は、まるでエリオの存在に興味がないかのように無言でテーブルに着いた。
そして、ルーテシアたちの食器を用意するイルドに向けてルーテシアは一言。
「ん、誰」
「今日からお世話することになった“エロオ・モンディアル”さんです」
「違います!」
名前を間違えられたエリオが叫び、イルドはその剣幕に軽く首をひねってから。
「あぁ、すみません。この方は“ムネヲ・モンデヤル”さんです」
「僕はエリオ・モンディアルです!」
「やっぱり自己紹介は自分でしないと駄目ですよね〜」
たまらず自分から名乗ったエリオに向けて微笑したイルドは、今度はルーテシアたちへとその微笑を向けて。
「それではエリオさんの自己紹介もすみましたので、皆さんからもお願いします」
「うぇ〜、マジでいいのかよ? ンな事やってよぉ〜?」
「私はルーテシア…」
「ルールー、なに躊躇いもなく自己ってンだよ!」
「…あ〜アギトさん? その言い方だとまるでルーテシアさんが交通事故に遭ったような感じがするので止めてくださいね?」
アギトとイルドがつまらないボケとツッコミを交わすなか、言葉少なにゼストも自己紹介を済ませる。
「……ゼストだ」
「旦那まで!?」
「ほらほら、アギトさんだけですよ? ちなみに自己紹介を済ませないとアギトさんだけ夕食抜きですからね? 覚悟してくださいよ? 僕はやりますよ? わりと本気ですよ?」
「イルド、てめぇ! ……あ〜くそしょうがねぇな〜、アタシは“烈火の剣精”アギト様だ! よく覚えておけよ! これでいいんだろイルド! アタシにも飯くれよ!」
諦めた瞬間、怒声としか表せない口調と剣幕でエリオに名乗ったアギトは矢継ぎ早にイルドに向けて催促すると、イルドは既に三人分のパスタやサラダを取り分けて着席していた。
「え〜、それでは皆さん改めて……いただきます」
イルドが一礼すると、呆気にとられていたエリオも、沈黙を保っていたルーテシアとゼストも、暴れていたアギトも静かに一礼し、食事を始めた。
そして。
「……ん、イルドおかわり」
「早いですね。はい、どうぞ。まだまだありますから、エリオさんもおかわりしていいですよ」
「あ、すみません」
「イルド、肉くれ肉!」
「アギトさん、少しは草も食べてくださいよ?」
「野菜だよ草とか言うなよ! それより肉だよ肉!」
「ゼストさんもおかわりしますか?」
「いや、自分で取る」
「イルド無視すんなぁ!」
「だからアギトさんは少しは草食べなさい! 食べなきゃあとで青汁ですよ!」
「いらねぇよ! それよりも肉だ!」
「あ! 僕の肉取りましたね!? マジ青汁!」
「ん、イルド。スープおかわり」
「あ、はいどうぞルーさん。ん、エリオさんも遠慮しないでいいですよ。育ち盛りなんですからはいパスタ大盛り一丁」
「あ……どうも」
賑やかしい団欒というか食戦争が勃発。まぁ、騒がしいのはアギトとイルドの二人だけなのだが。
そして奇妙な夕食会は終わりを告げ、食器の片付けを終えたイルドはエプロンを着けたままの姿で風呂を沸かしていた。
湯を張った湯船の加減を計りながらイルドは後ろを振り向きもせず、いたずらっ子特有の笑みを浮かべてよく“聞こえる声”で呟いた。
「このデバイスは防水加工しているんでしょうかね? ちょっと実験でもしてみましょうか」
内ポケットから取り出した腕時計状態のストラーダを湯気立つ湯船へとつまんでみせると。
「実験しないでください!」
制止する声が風呂場に響き、イルドは微かな笑みを浮かべて後ろへと振り返った。
その視線の先には当然、怒った様子のエリオがいる。
「申し訳ありませんが、お風呂の優先権はルーさんとアギトさんですよ? まぁレディファーストと言うことですが……まさか!」
イルドはそこまで言って言葉を止め、エリオは訝しげな表情を浮かべてイルドの次の言葉を待つと、彼は我に返ったように身体をのけぞらせてわざとらしく驚いて見せた。
「まさかエリオさん……ルーさんたちと一緒にお風呂に入りたいのでは!? その年でそんな下心を持つなんてさすがエロオさんですね! 恐ろしい子!」
「違いますよ!」
「あら、そうなんですか? いやぁ〜僕はエリオさんのことを信じてましたよ?」
「疑問系で返さないでください。いや、それよりもストラーダを返してください」
「イヤですよ」
ストラーダを両手で持ったイルドは子どもが宝物を隠すようにして身体を反らし、そんな年長者の幼いしぐさにエリオはため息をついた。
両肩を脱力させたエリオは力ない声で。
「何がしたいんですか?」
「ん〜、とりあえずルーさんたちにお風呂に入って貰いましょうか」
気の抜けた声でそう返して、ルーテシアたちへと支度が出来たことを伝えに行くエプロン姿のイルドを見送りながら、エリオは首をかしげた。
◆◆◆◆◆◆
「で〜は、イルドちゃんがいない間にお部屋拝見〜〜♪」
夕食を終えた後、イルドという主不在の部屋にクアットロが入り込んでいた。
目的はただ一つ。
イルドが隠している“フェクダ”と“災害”という名の秘密である。
「ふんふんふ〜〜ん♪ 引き出しのなかは〜設計図ばかりね〜〜これかしら〜〜♪」
引き出しから取り出した紙の束を机のうえに広げたクアットロは一枚一枚を検分。
しかし。
「…………何よ〜、全部“五番機”以前の設計図じゃないの〜」
クアットロの言葉に含まれていた“五番機”とは現在イルドが使用しているプロテクトデバイスのことを意味する。
ザッと見た限りこれらの設計図は過去のモノらしく、クアットロが期待していたモノではなかった。
軽く肩を落として落胆した様子を見せたクアットロは、気を取り直していたずらっ子のように瞳を輝かせて次の行動に移った。
「ふふ〜〜ん♪ 何処にあっるかっな、どこにあっるかっな♪」
即興の歌を口ずさみながらクアットロは引き出しに続いて本棚へと手を着ける。
おそらくはスカリエッティから借りてきたのであろう技術書に混じって、イルドのものであろう幾つかの小説やらコミックが並べられている。
その中に一際異色の本とノート、それぞれ数冊が混じっていた。
何気なく手にした本のページをパラパラと手繰り目を通すと、これはどうやら百科事典のようなものらしく、色とりどりの写真とミッドでは見慣れない文字がページを埋め尽くしている。
また、そのページの間間には紙片が挟まれ、それには訳文が記されていた。
その一枚の紙片に書かれた文字をクアットロは読み上げる。
「………え〜と…ファイズ超全集……? 何コレ、もしかして地球の本かしら? こっちのノートは?」
百科事典のようなモノを棚に戻したクアットロは今度はノートを手にとって開くと、おそらくはイルドの手書きであろう文字がビッシリと書き綴られていた。
クアットロはノートを閉じて、表紙を見る。
「……“ダテマサムネ”に……“モウリモトナリ”? もしかして全部イルドちゃん訳してるのかしら?」
イルドの無駄とも思える労力に、クアットロのほほに冷や汗が一筋流れ落ちた。
後日クアットロが確認したところ、これらの本は次元密輸ネットショップ“MAZAKON”で購入したとイルドは快く教えてくれたうえに、全部訳しているということまで教えてくれた。
ちなみに現在“MAZAKON”は管理局によって廃業しており「残念無念ですね」とイルドは他人事のように感想を述べている。
暫くの間、クアットロは呆けていたがふいに我に返り、目的を思い出した。
「……本棚にもそれらしいものは隠していないみたいですから〜〜、やっぱりパソコンかしら〜?」
椅子に座り、机のうえに無造作におかれていたノートパソコンを起動させる。
幾つものファイルの中に“PHECDA”という名を見つけ、クアットロは躊躇いもなく開いた。
「…………び〜んご♪」
最初からパソコンを弄っておけば良かったとクアットロは軽く後悔しつつ、データへと目を通す。
「………ふ〜ん、なるほど〜。プロテクターの大型化なんてイルドちゃんも思いきったこと……開発コンセプトから思いっきり外れてるじゃないの」
現行機とはまったくかけ離れた新型機の設計図にクアットロは思わずそう感想をもらした。
元々プロテクトデバイスは慢性的な人材及び戦力不足に嘆いた地上本部が“誰でも扱える”量産機を目指して開発計画に着手していたものである。
開発当時、地上本部が要求した事柄は第一に“低コスト”、第二に“安定した性能”、第三に“大量生産”であった。
イルドが三年の間、改良してきた“五番機”まではその三つの項目にそったモノであったが、このパソコンに表示されたデータはそれらを満たすモノではなかった。
「……なるほどなるほど〜、疑似ドライブ二基にオリジナルを一基の、計三基のドライブを搭載すればとーぜん大きくもなりますわね〜」
映し出されたフェクダのスペックデータへとクアットロは目を通す。
二基の疑似ドライブはそれぞれ大型ショルダーアーマーに搭載され、オリジナルドライブは胸アーマー中央に搭載されている。
ガントレットには“内蔵式プラズマバルカン”に、腰のサイドアーマーには“ソニックダガー”を装備。その他にもディエチのイノーメスカノンよりも大型の“ビームバズ”などの設計図まで存在した。
現行機を“忍者”としたら、これは“重戦士”とでもいうべきで、火力だけでいうならば“要塞”とも言える。
「………まぁ専用機でなければこれほどの性能は出来ませんしね。こんなものを量産したらいくらお金があっても足りませんわ」
この“新生フェクダ”一機の開発資金を計上すれば、少なくとも五番機を“六機”は造れるのではないだろうかとクアットロは試算する。
そんなことを思考の片隅で考えつつもクアットロはさらにキーボードを操作。一つの目的は達成した。次に知るべきは“災害”ただ一つである。
華麗な指裁きでキーボードを操作するが、それらしいものは見つからない。
「……ふふ〜〜ん、でも怪しいの発見〜〜〜♪」
パスワード認証を求められたクアットロは思いついた暗号を打ち込み、七回目で認証に成功した。
「ふっふっふのふ〜〜♪ この私を欺けると思っていたのかしら〜〜」
おそらくイルドはそこまで考えてはいなかったであろうが、クアットロには関係のないことだ。
隠されたフォルダを開いたクアットロは、そのなかのデータを起動。
期待に心が弾むが。
「……っっっっっっっっ!」
声にならない悲鳴のようなものがクアットロの口から漏れ、上気した顔が一瞬にして紅く染まる。
その理由はただ一つ。
隠していたフォルダにあったデータとは、アダルトゲームであったからだ。
しかも先日忍び込んだ際に見つけた本とはレベルが違った。
前回の、イルドが隠し持っていた本はあくまで“グラビア”程度のちょっとエッチなモノであったが、これは正真正銘の“十八禁”レベルだった。
男と女の営みというものを知識として知ってはいたが、所詮は知識。
クアットロの思考は、そこで完全に、フリーズした。
◆◆◆◆◆◆
「………何かとんでもなくイヤな予感がします。例えるなら、そう。隠し持っていたいかがわしい本が親に見つかった子どものような!」
「……随分と具体的な予感だな」
「…は、ははは」
小説と辞書の二冊と睨み合っていたイルドがふいに叫んだ言葉に、長年愛用してきた槍の手入れをしていたゼストが言葉少なに突っ込み、エリオがほほに一筋の冷や汗を垂らす。
ルーテシアとアギトは入浴中であり、三人はその順番を待っている間、それぞれの暇つぶしをしていたのだ。
ゼストは先に述べたように槍の手入れ。
エリオは隙あらばイルドからストラーダを取り返そうと狙い、その肝心のイルドはと言うとテーブルにノートと辞書を広げて片手には小説を持ち、その小説を訳し書いて読んでいた。そしてときおり「………難しい」と呟いては辞書を睨む。
さすがにそんなイルドを眺めていたエリオも次第に何を読んでいるか興味が湧いてきた。
「…何を読んでいるんですか?」
「ん…これですか?」
しおりを挿んだ小説をイルドはエリオへと手渡し、受け取った本のタイトルをエリオは読み上げた。
「……一夢庵風流記?」
「はい、フーリューキで……」
そこまで言ってイルドの言葉が止まり、今度はマジマジとエリオの瞳を真正面から覗き込んだ。
そして。
「いま何て言いました?」
「え……? だから“一夢庵風流記”ですよね?」
流暢な発音で返したエリオの言葉に、イルドは片手に持った辞書とその訳文を書き込んでいたノートを交互に見やり、笑った。
「読めるんですか? あ、いや…」
問い、しかしイルドは言葉が足りないと思い、言い直した。
「エリオさんは“日本語”を読めるんですか? 読めるんですね?」
その問いに対してエリオは。
「少しだけですが……」
何とも気弱な返しではあったが、それを聞いたイルドは楽しげにゼストへと笑みを向けた。
「ゼストさんゼストさん、僕はやっぱり運がいいですよ?」
「……そのようだな」
「つれないですね〜まぁいいです。で、エリオさんに頼みがあるんですがお願いできますか?」
そう言いながらイルドはエリオの隣へと席を移して。
「見ててわかったと思いますが僕はこの“フーリューキ”を訳している最中なんです。ですがどうもこれがわからない。これは何て読むのかわかりますか?」
「…これは…………こう読んで……」
「あ…そう言う意味………ではこれは?」
「……で………と……」
「………む…………で………?」
イルドが一文を指さしてエリオが答えて、イルドはそれを訳してノートに書き込み、また質問。それを繰り返しているうちにルーテシアたちが入浴を終えて、ゼストが立ち上がるが、イルドは気づかずに翻訳作業を進める。
すでに無心の域にイルドは達していたと言っても過言ではない。
しばらくして入浴を終えたゼストが戻ってきたことで、やっとイルドは我に返った。
「……あ、あれ? もうこんな時間ですか? あれ、みなさんいつの間に済ませたんですか?」
イルドの間の抜けた問いにルーテシアとゼストは無言で頷き、アギトは馬鹿にしたように笑って肩をすくめ、質問攻めから解放されたエリオは深い疲労の息を吐いた。
◆◆◆◆◆◆
「後片付けめんどくさいッス〜〜」
「ジャンケンで負けたウェンディとノーヴェが悪い」
「わかってるけどめんどくさいッス〜〜」
食後の片付けをしているノーヴェとウェンディを眺めていたディエチが軽く諫め、同じようにそれを傍観していたセインとチンクが当然だと頷く。
「そうだよー今日は私とディエチで準備したんだから片付けぐらいいいだろー?」
「ん、そういえば今日はセインとディエチだったな。随分と上達したな」
「それほどでもないよー♪」
「ありがとう」
チンクの賞賛に対して、セインは手を振ってそう言ったが顔は笑みで緩んでおり、ディエチも軽くほほを染めて微笑。
しかし、二人は首をかしげて。
「でもさー、イル兄の味とはやっぱ違うんだよなー?」
「教えて貰ったレシピ通りなのに味が変わるんだよね? なんでだろ」
不思議そうに首をかしげるセインとディエチの様子に、濡れた皿を拭いていたノーヴェが一言。
「セインが間違えたんだろ」
「あーひっどーー、こんなこと言われるんだったらノーヴェのだけ辛くすりゃよかった。今度覚えておけよー」
「笑いながら言っても迫力無いよセイン」
ディエチの言葉に姉妹一同が笑い声をもらした。
「ん、しかしレシピ通りに作っても味が変わるというのは不思議だな。私も前に同じ事をしてみたがイルドが作るのとは違ったしな」
「チンク姉も? あいつなんか隠してンじゃねぇの?」
「いや、物は試しと思ってイルドと一緒に同じ物を作ってみたんだが、イルドは隠し味のようなものは入れていなかった」
「ふ〜〜〜ん、じゃあやっぱイル兄の言っていたことはホントかもしれないッスね〜♪」
不意にウェンディがもらした言葉に、一斉にチンクたち姉妹の視線がウェンディへと集中した。
「何か知ってるのウェンディ? 教えてくれないかな」
「ちょ、ディエチの目、なんか怖いッスよ!? て、セインもなんか怖いッス!」
「あ? お姉ちゃんに向かって怖いてのはひどいよね〜?」
「ちょ、チンク姉助けて欲しいッス〜! てチンク姉も何マジになってるスか!?」
「ん、姉はいたって平常心だぞ? ちょっとウェンディの言葉に興味があるだけで」
「何でみんなマジになってンスか〜〜! ノーヴェ助けるッス〜〜!?」
姉妹たちの怪しい視線に恐れおののいたウェンディが悲鳴をあげて、ノーヴェはため息をついた。
ついで姉妹たちの疑問にノーヴェが答えた。
「………あ〜確か“料理は愛情ぉ〜”とか言ってた」
その言葉に一同沈黙し、チンク・セイン・ディエチは腕を組んで首をかしげた。
「確かにイルドの言いそうなことだが……」
「て、ことは何? 私たちには“愛”が足りないわけ?」
「そうなるよね? でも“愛”って言われてもどうすればいいわけ?」
額を付き合わせて何やら論議を始めた姉妹を眺めたウェンディはさらに何かを思い出して、イルドがいつも使っているスピーカーを取り出してきた。
「そういや、確かイル兄は料理しているときこの歌を聴いていたッスよ」
姉妹たちが押し黙り、ウェンディがスピーカーのスイッチを入れる。
そして流れてきた音楽は“愛がたりないぜ”だった。
ちなみにその後に続けて流れてきた音楽は“愛を取り戻せ!”であった。
◆◆◆◆◆◆
「ユワッショ〜〜〜♪ はい、ホットチョコレートが出来ましたよ〜♪」
「はっやくはっやく!」
「イルド、ちょーだい」
アギトとルーテシアに急かされたイルドは苦笑しながら、小さなカップをアギトに、ついでルーテシアには普通サイズのカップを渡して、最後はエリオに。
「あ、すみません」
「いえいえこちらこそ。エリオさんのおかげで翻訳が進みました。ありがとうございます」
「あ……どうも?」
内心で「これでいいんだろうか?」などと疑問に思いつつもエリオは礼を返し、ホットチョコレートを一口飲む。
暖かいチョコの甘みにエリオのほほが緩み、アギトも幸せそうに、ルーテシアもいつもの無表情であったが何処か満足そうで、そんな年少組の様子にイルドも微笑を浮かべた。
そして、意地の悪い笑みを浮かべるイルドに向けてエリオは不思議そうに首をかしげて訊ねる。
「何がおかしいんですか?」
「いえいえ、エリオさんは無欲な人だと思いまして」
さらに疑問の色を浮かべたエリオに向けて、イルドは瞳に笑みの色を浮かべて。
「え〜とですね、先ほどエリオさんは“どうも?”と返しましたけど、あの時に“お礼の代わりにストラーダを返してください”とでも言っても良かったんですよ?」
「返してくれるんですか!?」
「残念、まだ返す気はありませんよ?」
即座に返された言葉に勢い余ったエリオは思わずテーブルに額をぶつけ、そんな二人のやり取りを眺めていたアギトが呆れて、ため息をはいた。
「イルド、お前何したいんだよ?」
「いやぁ〜、普段は女性に囲まれていますから男性と話す機会が無くて。今の僕ちょっとはしゃいでいますよ?」
「……疑問系で返さなくていいよイルド。あとドクターがいるけど?」
「ん〜ルーさんいい突っ込みですけど、そうですね〜。ドクターは年上だしお仕事もお忙しいですから、あとゼストさんも普段いませんしね〜?」
「…俺も忙しいからな」
意味ありげに笑うイルドに背を向けてゼストは答え、エリオは首をかしげた。
今さらの話しであるが、イルドとこの三人の関係に疑問を持ったのだ。
「……ところで皆さんはどういう関係で?」
「お、やっとエリオさん質問してくれましたね? 今日の僕は気分がいいのでどんどん質問してください。じゃんじゃん答えますよ?」
「イルド、おま何考えてンだよ!」
「邪魔しちゃ駄目ですよ〜アギトさん? これから僕とエリオさんは、言うなれば取り調べみたいなことをするんですからね〜。うん、もしもの時の予行練習にはなりますね。ではやりましょうか?」
妙なテンションのイルドに気圧されたアギトは黙り、ルーテシアは気にもせず、ゼストは一瞥してから傍観を決め込み、エリオも心を引き締めて向かい合った。
「さぁ、始めてくださいな。あ、カツ丼一丁お願いできます?」
「……何の話しですそれ?」
「え? 外しました僕? あれ? アギトさんも何で無視するんですか〜? まぁいいです、下手なギャグは自重しましょうか。どうせ僕にはコメディの才能はありませんしね。で、何が聞きたいんですか?」
胸を張り、開き直ったようでもあるイルドに、エリオは内心“からかわれているのでは?”と思うが気を取り直した。
「…イルドさんに聞きますけど……ルーテシアさんたちは“仲間”なんですか?」
アギトが何か言いたそうに身体を震わせたが、イルドはそれを無視して。
「仲間というよりも、僕が悪い事しているときに知り合った旅の人たちですよ? 初めて出会ったのは……確か皆さんが聖王教会の巡礼中でしたっけ?」
「そうだ。お前が空腹で倒れていたときに助けたんだ」
「いや本当にあの時は助かりました」
ペラペラと嘘をでっち上げたイルドの言葉にゼストは虚言で即答し、アギトが冷や汗をたらすなか、イルドは満足そうに微笑して嘘を吐く。
「ということで彼らは、まぁ犯罪とは無関係の人たちですね。たまたま知り合った僕が犯罪者だったと言うだけですよ。ある意味、運が悪い…とも言えますよね?」
アギトは心のなかで「嘘だ!」と叫んだが実際に叫ぶわけにもいかないし、もちろん誰もその叫びには気づかずに取り調べのようなモノは続く。
「……今まで奪ったレリックは何処に保管しているんですか?」
「全てクライアントに売り払いましたよ。高値で売れるいい商品です」
これも嘘だが、エリオにそれを見抜く力はなかった。ちなみにアギトは心のなかで「真面目に話す気ねぇーーーー!」と叫んでいた。
「そのクライアントは誰ですか?」
「大体の目星はついているんでしょう? はやてさんは“誰”と言っていましたか?」
敢えてこんな茶番劇を始めた理由はコレだった。イルドのほうにこそ、知りたい情報があったのだ。
「……次元犯罪者ジェイル・スカリエッティだと…八神部隊長は推測しています」
その瞬間。
イルドは盛大かつ楽しげに拍手を始め、エリオとアギト、そしていつも感情を表に見せないルーテシアまでもがその奇行に呆然とした。
「はははははは、うん、さすがはやてさんだ。伊達に捜査官をやっていませんよ」
楽しげに瞳をしならせてイルドは言った。
「うん、そのとおりです。僕のクライアントはドクター・スカリエッティですよ」
さらにイルドは驚くべき事をエリオに提案した。
「エリオさん、僕と一緒に行きませんか?」
思わずエリオは「どこに?」と声に出しそうになったが、この流れで問い直す必要もないだろう。
「僕が…何のためにです?」
辛うじて出した言葉であったが、イルドにとってそれこそが期待していた言葉であった。
「エリオさん、今さら聞く必要もないでしょう? だってドクターは、君の“父親”のような人でしょう?」
その瞬間、無意識のうちにエリオの身体が動いていた。
盛大に椅子が倒れる音に続いて、イルドがエリオに押し倒された音が響く。
エリオの視界には押し倒されたイルドが映り、その胸ぐらを掴む自分の手が微弱だが確かに放電していた。
そして押し倒されたイルドの視界の中では、エリオの殺気のこもった双眸と、その後ろでアギトが何かを叫び、ルーテシアが何かを召喚しようとしている。ゼストは視界に入らなかったのでわからない。
とりあえずイルドは詠唱中のルーテシアを止めるべく、右手を振った。
「ルーさん落ち着いて。僕は大丈夫ですよ? だから止めてください」
制止の言葉に素直に応えたルーテシアは詠唱を中断し、イルドはそれを確認してからエリオへと瞳を戻した。
「言っときますけど、僕は君の素性を知っていますよ。君がどうして生まれ、どうして局員になったのか」
「だから……!」
「感情に流されて僕を“殺し”ますか? それもいいでしょう。どうせいつかは死ぬんですから。それが今日に早まっただけです」
その言葉に我に返ったエリオはイルドから手を放し、呆然と自分の手を見つめた。
対してイルドは静かに立ち上がり、倒れた椅子を直してからエリオの頭を軽く撫でて謝罪した。
「すみません、意地の悪い言い方でした。許してください」
先ほどとは違う、穏やかな光をたたえたイルドの左目にエリオはただ呆然と。
「……あ……すみま……せん」
直後。
「え……?」
イルドは勢いよくエリオの手を掴み。
「では仲直りのしるしとして、一緒にお風呂にでも入りましょうか〜♪」
「えぇぇぇーーーーーーっ!」
エリオの悲鳴が響き、アギトは疲れたように肩をすくめた。
◆◆◆◆◆◆
機動六課の部隊長室では、フェイト、シャマル、はやての三人がいた。
「………カスタムガジェットはアルトセイムへ向かったと報告があったわ」
ホログラムマップに近隣の街や森林地帯の情報が映し出され、フェイトは無意識のうちに拳を握りしめていた。
「………ここにエリオがいるんだね?」
「少なくともこの何処かに隠れているはずや。近隣の部隊には連絡が行ってるんで、明日フェイト隊長とシャマルに向かってもらうわ」
ついではやてはシャマルへと最後の確認。
「ほんまにええんやな?」
対してシャマルは。
「ええ」
ただ言葉少なに頷いて返した。
銀のペンダントを握りしめて。
◆◆◆◆◆◆
時計の針が十一時を指したころ、イルドとゼストは“ジェンガ”をしていた。
すでにルーテシア・アギト・エリオの三人はこの場にいない。
「……ルーテシアたちは寝たのか?」
「えぇ、ぐっすりお休みになっていますよ」
「あの少年もか?」
無言で頷くイルドに向けてゼストは一言。
「盛ったのか?」
先ほど飲ましたホットチョコレートに混ぜておいた睡眠薬のことを指したであろうゼストの言葉に、イルドは微笑して頷き、抜いた積み木を乗せてこう返した。
「さすがにルーさんたちと一緒では気まずいと思いましたので別室を使っていただきました。それと念のために言っておきますが普通の寝室ですからね? 監禁とかする気はありませんよ」
「……そうか」
イルドのつまらない軽口にゼストは言葉少なに答え、同じように抜いた積み木を上に乗せた。
ついで世間話でもするかのように何気ない口調で。
「彼らは元気なのか?」
「えぇ、先日メールが届きまして皆さん御元気なようですよ。で、お話しの線路を変えますけど……前からのお返事は今も変わらずですか?」
「あぁ、奴の世話になる気は無い」
「お気持ちはわかりますが、何とかなりませんか?」
「ならんな」
即答された瞬間、イルドの手が揺れて積み木が微かにずれた。
「……惜しいな」
「開始一分もしないうちに負けるのはどうかと思いますよ? で、別に短い間でいいんですよ?」
先程から執拗に粘るイルドの案件とは簡単な内容である。
“暫くの間、ラボに滞在できないか”
それだけの内容であった。
過去にあったスカリエッティとゼストの因縁を知ったうえでイルドは。
「…ドクターに対して色々と思うことはあるでしょうが、ご自身のお身体のことも考えてください。もし万一のことがあったら」
「その時の対策はすでにルーテシアたちに話している。そして、その時はイルド、お前に二人を託したい」
「………信用されているのは嬉しいですが、勘弁してくださいよ。死ぬ気はありませんけど、僕だっていつ死ぬかわからないんですから」
そこまで言ってイルドは右手を軽く振ってイヤな想像を払った。
「それに大変ではありませんか? 普段は野宿でしょう?」
「たまにお前たちの別荘を幾つか勝手に使っている。言うほど大変ではない」
「……頑固ですよね」
「お前もな」
今回の説得も失敗と、イルドは敗北を認めた。通算何十敗目だろうと思ったがイルドは思考を切り替え、話の内容を変えた。
「で、明日はどうするんです? 僕はしばらくここでエリオさんを説得しようかと思っているんですけど」
「俺たちは出発する」
「なら明日、町まで送りますよ? 食料とか買いに行くんで」
「あぁ、頼む。それと……」
ゼストは抜いた積み木をテーブルに置いて。
「いつも気遣ってくれて済まんな。礼を言う」
瞳を閉じて軽く頭を下げるゼストに、照れ笑いしつつイルドも頭を下げた。
「僕も皆さんがいるから笑っていられます。礼を言うのは僕のほうですよ」
しばらくしてジェンガ勝負はイルドの負けという結果で終わり、通して78戦中“47敗”という記録をイルドは新たに更新した。
◆◆◆◆◆◆
「ディエチ、お休み〜」
「夜更かししないでセインも早く寝なよ?」
休憩室でセインと別れたディエチは自室に戻る途中、フワフワと浮遊するクアットロと出くわした。
そのクアットロの様子はまるで幽霊のようで、どこか上の空だった。
「……クアットロ? どうしたの?」
目の前で手を振ってみるがクアットロの瞳は焦点があっておらず、微かにほほが紅くなっている。
体調でも悪いのかと不安に思ったディエチが思い切ってクアットロの額に手をのばし、そこでやっとクアットロは正気を取り戻した。
「あ……あら、何してるのかしらディエチちゃん?」
「何してるって、クアットロこそどうしたの? さっきからぼ〜〜としてたけど」
「え!? え…え〜〜とぉ〜、ちょぉ〜〜〜っと考え事しててぇ〜〜」
「ふーん、別にいいけど疲れてるんだったら早く寝なよ?」
動揺していた心をなんとか落ち着かせながらクアットロは愛想笑い。
「そ、そうねぇ〜。なんか疲れてるみたいだから私ももう寝るとしますわ〜。じゃあディエチちゃんお休み〜〜」
珍しく素直に従ったクアットロはフワフワと部屋へと向かい、そんな姉の後ろ姿を見送りながらディエチは首をかしげた。
「………クアットロがあんなこと言うなんて珍しいな?」
ディエチの知らないことであったが、クアットロにとってアダルトゲームという存在はけっこう衝撃的であったらしい。
◆NEXT STAGE◆
「………イルド以外にも“生き残り”はいる……と考えてもおかしくないですよね?」
エヴァンスの言葉にミューラーは頷き。
「白衣と笑顔の似合う金髪のおねえさんでした。あの人が笑うと何というかこう…向日葵が咲いたような感じで輝いて見えまして、ほんと綺麗だったなぁ」
「それって……」
ハンドルを握ったイルドは初恋の思い出をエリオに語り。
『捕まるわけには、いかないんですよ!』
「……捕まえた」
叫んだイルドに向けて、シャマルは静かにそう告げた。
次回・第八章:そして新たな同居人が増えた −アルトセイム辺境遭遇戦−
◆◆◆説明補足・第七章:五番機◆◆◆
その名の通りプロテクトデバイスの五番目に当たる機体で、現在イルドが主に使用している試作機である。
五番機までの開発コンセプトは『ザ・ニンジャ』というもので“ひたすら軽量化を目指す”というもの。これは当初のイルドの任務が『レリック及びロストロギアの回収』だったので、それに即した装備を自分で造っていた。
イルドは強化スーツのうえに普段着(もしくは作業着)を着て、さらにこのうえに各種プロテクターを装着している。
五番機以前のデバイスは以下の通りである。
・一番機 :疑似ドライブ“1.0”搭載。テスト専用機。
・二番機 :疑似ドライブ“1.3”搭載。初の実戦機。単眼シェルメットが特徴。
・三番機 :疑似ドライブ“1.6”搭載。AMF搭載に成功。しかし低出力。
×四番機 :疑似ドライブ“2.1”搭載。全体の出力強化に成功。
・五番機α:疑似ドライブ“2.4”搭載。多機能シェルメット搭載。
×五番機β:疑似ドライブ“2.4”搭載。予備機。新型試作サウンドベルト装備。
・六番機 :現在調整中。
ちなみに上記の×印は“廃棄済み”を示しており、“四番機”は新暦75年二月に次元航行部隊との交戦により大破、予備機である“五番機β”も“とある理由”で大破している。
◆◆◆ イルドとイルドの後書き座談会 −ロケ地・どこかの牢屋−◆◆◆
眼帯付けた良ルド(TAG版)
「はい皆さんこんにちわ! 旧・主人公イルドです!」
義眼の悪ルド(TAG−AS版)
「はい皆さんこんばんわ! 現・主人公イルドです!」
− 鉄格子の向こう、意味も無く向かい合って正座した二人はそれぞれノートPCを弄っている −
悪ルド
「えー、なぜ今回こんな暗くて寒い場所にいるかというと」
良ルド
「前回の後書きで、“つるぺた幼女”ヴィータさんと“おっぱい魔神”シグナムさんに思いっきりボコられたからです」
悪ルド
「そんなわけで現在僕ら牢屋の中でエロゲ三昧です」
良ルド
「うす、マジ最悪の出だしかつ最悪の近況報告ですねお疲れ様です」
悪ルド
「で今回の僕の活躍を見て何か思うことはありますか、別次元の僕?」
良ルド
「あれ活躍ですか、ぶっちゃけ遊んでいるだけじゃないですか? まぁいいです。そうですねー。今回の話しをまとめると……
別荘に赤毛の美少年を連れ込んで“ウッヒョー!”でちょっといい旅夢気分はいった別次元の僕の所に、意味も無く無口幼女と露出過多な妖精を連れた渋い中年がやってきて今夜は色々お楽しみですねウホ!
一方その頃、居候先では隠していたエロスなお宝が眼鏡っ娘な同居人に見つかり、すわピンチ!
で次回に続く!
こんな感じですか?」
悪ルド
「うん、別次元の僕マジ最悪ですね」
良ルド
「無視します。ちなみにどんなエロゲですか?」
悪ルド
「ん、まぁ普段はぬるいラブコメ路線が基本かつ王道ですが、ときたますっごいエロエロなのやりたくなるのはどうしたもんですか? やっぱり現在の居候先の女性比率がもの凄いことになっているからですかコンチクショウ!」
良ルド
「逆ギレですか! つーか別次元の僕のほうこそ、何というかあれじゃないですか。自分の周り女の子ばっかりってどこのギャルゲorエロゲですかコンチクショウ!」
悪ルド
「そっちこそ逆ギレですかコンチクショウ! こーなったらあれですよ! これからプレイするエロゲ主人公の名前をすべて別次元の僕に変更して実名プレイでしょっぱなBADエンド直行便ですよつーかそれ即ち僕の名前と言うことでもあり簡潔かつわかりやすく言うと僕がBADエンドということですよね嫉妬じゃなくてシット!」
良ルド
「いい感じで混乱してますね、別次元の僕。ちなみに聞きますけど、別次元の僕のノートPCに入っているエロゲのデータはいくらぐらいですか?」
悪ルド
「ん〜〜とですね〜、ちょっとお待ちを……………ん、50ギガほどですね」
− 良ルド、いきなり右の拳を握りしめてガッツポーズ −
良ルド
「勝った…! 僕のは120越えですよ! 二倍ですよ二倍二バーイ! 某1st−Gの概念で考えれば、最高の“煩悩爆弾”になりますよ!? 目指したくないけど目指せ全部長!」
悪ルド
「誇らなくていいですよ勝ち誇らなくていいですよ別次元の僕! ここしか出番無いからってこんなところでマジで張り切って欲しくないんですけどねぇ! あと、あの全部長だけは目指さないでほしいなぁ!」
− そしていきなり良ルドは悪ルドのノートPCを奪って −
悪ルド
「て、僕のPC覗かないで! いや〜僕の恥ずかしいところ見ないでぇ〜〜〜!」
良ルド
「その台詞のほうが恥ずかしいですよ、別次元の僕?」
悪ルド
「僕のエロゲフォルダ見ないで〜〜!」
良ルド
「ん〜〜聞こえんなぁ〜〜〜?」
− 良ルド、モノごっつ悪い顔で −
良ルド
「ほほぉ〜〜別次元の僕はいい趣味してますねぇ〜〜。これなんか前評判良かったエロゲじゃないですか。あくまで前評判ですが」
???
「……“姉妹系”とは本当にいい趣味していますね」
良ルド
「………んぁ? 何か言いました別次元の僕……て何を絶望したように崩れ落ちてますか?」
悪ルド
「…………………終わった……僕が、終わった…………ッ!」
良ルド
「……後ろにで…………ヒァッ!(←裏返った悲鳴)」
− 振り返ると、そこにひとつの空間通信が! −
ウーノ
「どうもこんにちわ」
良ルド
「…うぇぇ〜と…お久しぶりですウーノさん…いつも別次元の僕にはお世話になっています僕良ルドです」
ウーノ
「えぇ、お久しぶりです。私たちも別次元の貴方にはいつもお世話になっています。ところでイルドさんと別次元のイルドさんにお話があるんですけど、よろしいですか? よろしいですね? ガジェットを迎えに行かせたんで、逃げたら後がひどいですよ?」
二人
「「ひどいって何がひどいですかぁ〜〜!?」」
− そして牢屋の壁を破壊して現れたガジェットが即座に触手を伸ばして二人を縛り上げた −
良ルド
「触手はイヤぁーーーー!」
悪ルド
「あぁぁ〜〜何か変な気分に〜〜!? ではそろそろお別れの時間と言うことで〜」
良ルド
「うす。拍手を送ってくださる方々にお願いします。拍手はすべて管理人リョウ様が手作業で振り分けてくださってます。ですので拍手を送る際は
お手数ですが“作者名”もしくは“作品名”などをご記入くださるとリョウ様のご負担が減るのでお願いします」
悪ルド
「それでは皆さん!」
二人
「「さようなら〜……て、触手はダメェ〜〜〜〜〜〜」」
− ガジェットの触手で簀巻きにされた二人の悲鳴が牢屋に響く −
− そしていつも通りグダグダと終了 −