新暦72年、春。

 太陽の眩い光りと熱に晒された荒野が広がる第36管理世界。

 その過酷な環境のなか、ボロボロになったプロテクト・デバイスをまとったイルドは大地を這いつくばりながら前に進み続けていた。

「……………は…ぁ!」

 残った左腕に力を入れるが、そこでイルドは力尽きた。

 深く息を吐き、朦朧とする意識で状況を分析。

・デバイス、活動停止。

・右目と右腕、損失。

・左脚、おそらく骨折。

・現在地、不明。

・救助、おそらく無理。

・義兄エンスと親友咲希、多分死亡。

「……は………ははは……」

 絶望的状況に思わず笑いがこみ上げる。

 これが映画ならこの辺りで助けが来るのだろうが、悲しい事にイルドの現実はそんなに優しくはないらしい。

 太陽の光りと熱に晒された身体からだんだんと力が消え始め、目が霞みはじめる。

 ついにイルドの意識も、その身体から離れようとしたとき。

「……ドクター。妙なモノを発見しました。映像送ります」

「あらあら〜、小汚いですわぁ」

 なんとか左目に意識を集中すると、人影と思しきモノが二つ。こちらへと向かってきているらしかった。

「……あ…ぁ」

 助けの声を出そうとするが口からもれでるのは吐息のみ。

 霞む人影へとイルドは左腕に力を込めて伸ばすが、そこで意識が遠のきはじめた。

「……わかりました、持ち帰ります」

「えぇ〜、私いやですー」

 拒絶された瞬間、イルドの意識は途切れた。




◆Three Arrow of Gold −Another Story−◆

 ▼第五章:企む人々 −タードック救出戦−▼




 −新暦75年−

 ホテル・アグスタの一件から数日後の深夜、ラボ。

 スカリエッティはイルドが奏でる琵琶の音色へと、ただ静かに耳を傾けていた。

 さすがに外に出るわけにも行かず、夜の星空を映した空間モニターというささやかな演出のもと、イルドは琵琶を奏でる。

 時に悲しく。

  時に優しく。

   時に激しく。

 床に腰を下ろして瞳を閉じ、ただひたすらに弦を弾いて琵琶を奏で続けるイルドの姿は、まるで瞑想でもしているかのような不思議な気配をまとっていた。

「……お見事。君は本当に多芸だね」

「お褒めいただき恐悦至極」

 一曲を終えて清々しい笑みを浮かべたイルドに向けてスカリエッティは拍手し、たった一人の観客からの賛辞にイルドは立ち上がり一礼。

「ワインでも飲むかい?」

「僕は未成年ですよ」

「そう言うと思ったよ」

 丁重に断りつつ、イルドは促されて椅子に座る。

 すると珍しいことにスカリエッティ自ら紅茶を淹れた。

「すみません、僕がやることを」

「気にしなくていい。君の曲に対するささやかなお礼だよ」

 笑みを浮かべたスカリエッティは、ブランデーを自分のカップに注いでブランデーティーにする。

「成人したら飲んでみるといい」

「…味がわかりませんよ」

「あぁ、そうだったね。しかし、味覚のない君でも酔う事ぐらいは出来るだろうさ」

 笑いながら「酔いたくなるときもあるだろうよ」とスカリエッティは言葉を締めくくり、その言葉にイルドは「そういうものだろうか」と内心首をかしげる。

「しかし、何というか私が言うのもおかしな話だが、世間から“犯罪者”と呼ばれる君が今さら法律を守るというのもおかしな話だよ?」

「言われてみるとそうですね。では、次の機会でもあればその時いただきましょう」

 互いに微笑。

「ははは…私は一段落を終えて今日は気分が良いんだよ」

「ということは“姉妹”が増えるんですか?」

「あぁ、近いうちに調整が終わるよ」

「どんな子たちか楽しみです」

 心からイルドは喜び、空間モニターに映された星空を見上げる。

 すると夜空に爆発が起きた。

 モニターから送られる戦況を眺めながら、スカリエッティは笑う。

「始まったね」

「今日は偵察だけですか?」

「そんなところだね。出来れば向こうの詳細な戦力を知りたいのだが、まぁ期待は出来ないだろう」

 スカリエッティの言うとおり、出撃したガジェットは期待したほどの情報収集は果たせずに、悉く撃墜された。

 とくにその結果に対してスカリエッティは何の感想ももらさなかったが、意味ありげにイルドに問いかける。

「向こうも君がいなくて残念だったかもしれないね?」

「どうでしょう? でも今日みたいな空をメインにしたら、飛べない僕は大変ですよ?」

「はははは、確かに“今”のフェクダでは大変だろうね」

 そこでスカリエッティは瞳を輝かせてイルドに笑った。

「イルド君、“本当”のフェクダと……“災害”の調子はどうだい?」

 普段の皮肉を混ぜた笑みではなく、技術者としての純粋な好奇心から生まれたスカリエッティの笑みに、イルドは紅茶を一口飲んでから笑み。

「そうですね…“災害”は第三次装甲と全体の接続作業、駆動炉の調整と言ったところですか。で“フェクダ”はほぼ完了して細かな調整中です」

「ほう…君ひとりで作業しているのだから“災害”のほうは仕方ないとしても“フェクダ”はそこまで進んでいたのかい」

「問題は“プライマル”が起動しない事ですが、それ以外は順調です。まぁ計画には間に合いますよ」

「それは楽しみだ」

 笑ってブランデーティーを飲み干したスカリエッティは、新たにブランデーを注ぎなおした。



 ◆◆◆◆◆◆



 翌日の機動六課、その部隊長室には二人の人物がいた。

「お久しぶりです」

 一人は六課部隊長を務める八神はやて。

 そのはやての向かい、色の濃い真紅のサングラスをかけたオールバックの青年は手にしていた真紅に彩られたバラの花束を彼女に渡して挨拶。

「何年ぶりかな、フロイラインはやて。君の新部隊設立の挨拶が遅れてすまなかった。そして、改めて部隊長就任おめでとう」

「ありがとうございます、ミューラー提督」

 はやてに提督と呼ばれたサングラスの青年“ミューラー”は微笑して一礼し、はやても照れながら礼。

 瞳を真紅のサングラスで隠したミューラーは穏やかな声で再び一礼。

「忙しいなか、突然の面会を快諾してくれたこと深く感謝する、フロイライン」

「そない気にせんでください提督」

 深々と頭を下げるミューラーに、はやては慌てて両手を振って、ソファーへと勧めて腰を下ろした。

「提督はいつミッドへ?」

「昨夜だ。私も部下も久々の休暇だよ。あぁ、ありがとう」

 はやてが淹れたお茶を受け取り、謝辞を述べたアルス・ミューラーという青年は若くしてL級戦艦の艦長を務める人物である。

 かつてはやてが特別捜査官として多くの部署を渡っていた時期に知り合った人物であり、紳士的で穏やかな物腰のこの提督は部下から良く慕われていたのが印象的ではやては良く覚えていた。

 そして、もう一つミューラーとはやてを繋ぐモノが在った。

 それは。

「今日は君から話しを聞いたあと、すぐにタードック先生のもとへ行くつもりだ」

 サングラスの青年ミューラーは、タードックのもとで教えを受けていた生徒なのである。

 すなわち彼も“第十三技術部”の関係者だ。

 穏やかなミューラーの言葉にはやては逡巡するが、すぐに心を決めて姿勢を正した。

「先日のガラッド提督殺害事件についてですね?」

 しかし、ミューラーは頭を横に振って、はやての言葉を訂正した。

「フロイラインはやて、ガラッド提督については必要ない。私が知りたいことはあくまでイルドの生存と、そのとき君たちは何を話したのか…だよ。それ以外の事は必要ない」

 即座に訂正されたはやてはお茶を一口飲んでから、語りはじめた。

 そして話を聞き終えたミューラーは、再度はやてへと確認を取る。

「では確かにイルド本人で間違いないのだね?」

 無言ではやてが頷き肯定した事を見て、ミューラーはソファーの背もたれに身を預けて息を吐いた。

 ついで謝罪の言葉と、喜びの言葉をかける。

「まず最初にフロイラインはやてと、死んだガラッド提督にはすまないと言わせてもらおう。そして、イルドが生きていた事を喜ばせてもらう」

 おそらくはサングラスに隠された瞳を閉じているのだろうミューラーは両の手を組んで額に当てる。

「不謹慎と言われるだろうが、死んだ親友の義弟が生きていたという事実を私は喜びたい」

 沈黙し、喜びを噛みしめるミューラーの姿を、はやては羨望の眼差しで見つめていた。

 正直な話し、はやてはもちろんシャマルも同じように喜びたかった。だがしかし、その二人に向けてイルドは“別れ”と“敵対”を宣言したのだ。

 あの日、犯罪者へと身を堕としたかつての友人の言葉に、はやてとシャマルはそれぞれの自室で子どものように泣き続けた。

 それを思考の片隅で思い出しながらはやてはこれから為すべき事を考える。

「正直な話し、三年前の“事故”については不審な点が有りすぎる」

「どういうことですか?」

 訝しむはやてに、ミューラーはサングラスを右手で直してから言葉を続けた。

「色々とあるのだが、とくにおかしいのは私がその資料閲覧を申請しても“極秘”と言われてアクセスが弾かれたことだ。少将以上の権限が必要だとな」

「そない厳重にしてるんですか………確かロストロギアを専門とする窃盗団の本拠地制圧作戦で起きたんですよね?」

「あぁ、私が覚えている限りでは…ガジェットの襲撃を懸念したガラッド提督たちがAMFの干渉を受けない試作デバイスの作戦参加を強要した……とのことだ」

 覚えている限りの情報を二人はまとめあげた。と言っても、事実確認を行える情報があまりにも少なく、それにかけた時間は十分もかからなかったのだが。

「ところでミューラー提督はこのあとタードック教授にお会いになると言ってましたが、ウチの方を先に来て良かったんですか?」

 彼が尊敬する恩師よりも優先されたことにはやては少々居心地の悪い思いを感じたが、それに対してミューラーは声に“笑み”の音色を乗せて答えた。

「気にしなくていい、フロイラインはやて。君は面識がないとは思うが、先にエヴァンスに行ってもらっている」

 同じく“教室”の後輩であり、首都防衛隊の一部隊の隊長を務める青年の名を指して、ミューラーはサングラスの下で瞳をしならせる。

 しかし、それから数十分後。

 先にタードックの元を訪れていたエヴァンスが見舞われる異常事態を、この時のミューラーは勿論はやても予測することなど出来はしなかった。



 ◆◆◆◆◆◆



 はやてがミューラーとの面会に応えていたころの機動六課会議室。

 三年前の事情をよく知るシャマルが空間モニターを開いて、この場に集まったメンバーに説明を行っていた。

「かつて地上本部には“プロテクト・デバイス”という新型デバイスの開発計画がありました」

 数年前から地上本部は地上における犯罪抑止力となる幾つかのプロジェクトを起こしていた。そのなかには巨大魔力攻撃兵器“アインへリアル”も含まれている。

 その計画の大多数は技術力や人的資源の不足などの理由により実現することはなかったが、“プロテクト・デバイス”だけは実現されようとしていた。

「私はその試作デバイスの開発に携わる第十三技術部に、被験者のバイタルチェックなどを行うために臨時出向していました」

 シャマルは三年前を思い出しながら、空間モニターに新たに三人の技師官のデータを映し出す。

 その三人のなかに先日のホテル・アグスタで出会った青年を見つけてティアナたちフォワード陣にざわめきが起きた。

「被験者はみな技師官によって構成されていましたが、実戦テストにおいて彼らのデバイスは暴走を起こして自爆。二名は死亡し、一名は遺体が見つからず死亡扱いとして記録されています」

 そこでシャマルは、悲しみを押し殺すかのように息を吐いてから説明を再開。

「先日のホテル・アグスタにおいて起きたガラッド提督殺害によって判明したことですが、その技術部の生存者は何らかの理由で暴走事故当時に関わっていた局員を殺害していたとのことです」

 シャマルが呼び出したデータには既に殺害されたガラッド提督以外にも数名の局員の名が連なっている。

「質問。なぜこれまでにその殺害事件が明らかにされなかったんですか?」

 挙手したルキノの問いに、シャマルが答える。

「被害者の多くはすでに任地も離れており、また事故死のように偽装されていたうえに、三年ものあいだ時間をかけて行われたために関連性を見出せなかったためです。それ以外にもイルドく…容疑者が関わっていると思われる局員の失踪事件もあります」

 三年前のイルドのデータを拡大表示させる。

 まだ少年特有の幼さを残した局員である。

「この少年がガラッド提督殺害犯の“イルド・シー”元三等陸士です。当時十五歳で、テスター兼技師官でした」



 ◆◆◆◆◆◆



「アクシュン!」

 イルドが持ち込んだスピーカーから“空からこぼれたSTORY”という名の歌が流れるラボの厨房。そこの主である“元”三等陸士は、ジャガイモの皮をむいている最中に寒気を感じてくしゃみをしていた。

 着ている服はいつもの和服のような私服と、そのうえに猫柄のエプロンである。

 ふいに感じた寒気のような感覚に首をかしげるイルドに、その隣でリンゴの皮をむいていたチンクが問いかける。ちなみにチンクはいつものコートの上にウサギ柄のエプロンをまとっている。

「……風邪か?」

「んー、多分誰かが噂してるんじゃないですか? 僕って意外にモテるのかも」

「馬鹿なことを」

 返しながらもリンゴの皮をむくチンクの手は止まらない。

 それを横目で眺めつつ、新しいジャガイモを手に取ったイルドは微かな笑みを浮かべて質問。

「チンクさんは何を?」

「ジャムを作る」

「あーそういえば残り少なかったですよね。あ、それ使わないんでしたら僕にくれません?」

 リンゴの皮を指したイルドにチンクは疑問。

「何に使うんだ?」

「紅茶の香り付けに使います。ホントならいちょう切りとかにして淹れるんですが、皮だけでもそれなりにいけますよ」

「……よくもまぁ考えるものだ」

 ラボの料理長の言葉にチンクは感嘆とも苦笑とも取れる笑みを浮かべ、イルドも微笑しつつ冷蔵庫の食材を思い出しながら、ジャガイモをひたすらむき続ける。

 むき終わったジャガイモをザルに分け、新たなジャガイモに手を伸ばすイルドの動きを横目で見つつ、チンクも新たなリンゴに手を伸ばす。

 そこでポツリとチンクは言った。

「いつもありがとう」

「何がですか?」

 ふいに告げられた謝辞に思わずイルドは手を止めてチンクへと瞳を向けると、銀髪の少女は真面目な顔で再び謝辞の言葉を告げた。

「私たちにいつも美味しい料理を作ってくれてありがとう…と言ったのだ。イルドも忙しいだろうに、私たちのために色々としてくれて感謝している」

 今日この瞬間に礼を言われるとは思いもしていなかったイルドは流石に照れて、それを隠すように前髪をかき上げて苦笑。

「そんな褒めても何も出ませんよ〜」

「気にするな」

 声音に“歓喜”の音色を乗せ再びジャガイモの皮をむき始めたイルドに、チンクも瞳に笑みを浮かべて自分の仕事に戻る。

「今晩は何を作るつもりだ?」

「そうですねー、チンクさん何か食べたいものありますか?」

「……ポテトグラタンなんかどうだ?」

 一拍の間を置いて答えたチンクは眉を疑問の形に変えてさらに続けた。

「お前は作るモノを決めずに食材を準備するのか?」

「はははは、まさか。幾つか候補はあったんですが考えるの面倒くさくなったのと、丁度いいときに聞く相手がいたからですよ」

 へらへらと笑うイルドにチンクがため息をついた瞬間。

「じゃあ、私にも聞いてくださるかしらー?」

「んぉッ?」

 人をからかうような楽しげな声がかけられると同時に、見えない重みがイルドの背にかかり、ついでその姿が現れる。

「ISシルバーカーテン〜、イルドちゃん驚きました〜?」

「……クアットロさん、包丁持ってるときは危ないから止めてくださいって言いましたよね?」

 後ろからイルドの首に両腕を回してその背に身体を預けたクアットロが、不満そうにその腕に力を入れる。

「あ〜ら、つまらない反応ー。ここに来たころのイルドちゃんだったら、顔真っ赤にしてたのに」

「はははは、そりゃ三年も経てば慣れますよ?」

「ふぅ〜ん?」

 イルドのその笑いを“挑戦”と取ったクアットロは不敵な笑みを瞳に宿して、首にまわした両腕にさらに力を入れて身体を密着。

 するとイルドは。

「あぁ〜さすがにこれはまずいデスよ! ほんとにまずいdeath!」

 声を上擦らせたイルドが「まずい!」と何度も叫び、クアットロはさらに悪い笑みを浮かべた。

「ほんとまずいですって! クアットロさんそれは良くない!」

「何がまずいのかしら〜私にわかりやすく説明してくださると嬉しいんですけど〜?」

 問いつつクアットロは優しく息を首筋に吹きかけると、イルドは叫びながら答えた。

「背に当たる感触が! 二つの肉まんが! ムギュッと! 柔らか! あとクアットロさんの吐息がエロい! 相乗効果で思わず僕硬くなっちゃいますよ! てかもう硬いんですけど! どこが硬いかは聞かないでください! いやホント腰が! これセクハラですか!?」

 直後、騒ぐイルドから離れたクアットロは少々ほほを引きつらせて。

「ちょっと待って。イルドちゃん色々さいあく」

 断言され、思わずイルドは反論。

「普通それあなたが言いますか? てゆーか説明求めたのクアットロさんでしょうが? セクハラで訴えますよ? そして勝ちますよ?」

「あらあら、こういう場合は“女の子”が強いんですのよ。イルドちゃん知らなくて?」

 互いに睨み合い。

 しかし、声に乗った感情は互いに“笑み”で、その瞳も笑っている。

 異なるのはイルドは“純粋”な笑みで、クアットロは“不純”な笑みだということ。

 さらに続けられそうな不毛な会話を、チンクが中断させた。

「ところでクアットロ」

「チンクちゃん、何かしらー?」

 いつも通り猫をかぶった姉の笑みすら射貫くかのような瞳でチンクはクアットロに訊ねた。

「何か用でもあったんではないのか?」

「あぁ〜そうそうイルドちゃんをからかうのに気を取られて、忘れてしまうところでしたわー」

 コロコロと笑いながらクアットロが告げた内容に、イルドの顔から笑みが消えた。

 その内容とは。

「タードック先生が捕まった!?」

 驚きの形でイルドの瞳が開かれ、クアットロは楽しげに頷いた。



 ◆◆◆◆◆◆



「どういうことだエヴァンス。何があった?」

 会議を終えたシャマルも部隊長室に加わったなか、ミューラーはエヴァンスとの空間通信を行っていた。

『先生にイルド生存を報せていたところ、突然本局の執務官が来て先生を連れて行きました』

「どこの所属かわかるか?」

 ミューラー・はやて・シャマルが見つめる空間モニターのなか、エヴァンスはハッキリとした声で告げた。

『本局、イゴール少将の所属です』

 告げられた名前にミューラーは嫌悪の形に眉を変えて、立ち上がった彼はモニター越しのエヴァンスへと告げた。

「……考えがある。私は本部へ向かう」

 対してエヴァンスも敬礼。

『私は部隊に戻り待機します。それでは!』

 空間通信が消え、ミューラーははやてたちへと頭を下げる。

「慌ただしく申し訳ない。失礼させていただく」

「そんなことよりもイゴール少将って……」

 心配の色を浮かべるはやてに、ミューラーは静かに頷いた。

「そうだ、三年前の総責任者だ」



 ◆◆◆◆◆◆



 ラボでは、プロテクターを纏ったイルドがウーノと静かに睨み合っていた。

「許可できません」

 感情を表に出さず、ウーノはイルドの願いを却下。

 しかし、シェルメットを左手で抱えたイルドは怯まず。

「ウーノさん、申し訳ありませんが貴女の答えは聞いていません。僕はドクターと話しをしているんです。邪魔をしないで頂きたいのですが?」

 イルドとウーノ、二人の視線がぶつかり合う。

 ラボに集まったナンバーズたちは、普段見せないイルドの静かな怒りに思わず後ろへと後ずさる。

 “水晶”のような無色に義眼の色を変えたイルドは、その瞳をウーノからスカリエッティへと向けた。

 その無色の瞳に睨まれながら、スカリエッティはいつもの軽薄な微笑を浮かべて頭を振った。

 縦に、すなわち肯定の意味として。

「いいだろう、イルド君の好きにしたまえ」

「感謝します。それとクアットロさんのお力を少々お借りしたいのですがお願いできますか?」

「あぁ、許可しよう」

 深く頭を下げて感謝を示すイルドに、スカリエッティは「しかし」と前置きして問いかける。

「君はどうやってタードック教授を救出するつもりかね? 君のことだから、まさか殴り込みなどと短慮はしないだろうが作戦を聞きたい」

 人の悪い笑みを浮かべるスカリエッティに対し、右手を胸に当てたイルドは瞳を閉じて微笑。

「当然殴り込みもします…が、それ以外にも作戦は考えています」

 空間モニターを開き、イルドはそこに首都近郊のマップを映し出す。

「現在タードック先生が拘留されている場所はこの港湾区第八基地です。そして、そこから離れた位置にあるこの場所へ最初に向かいます」

 空間モニター上に映し出されたマップの一点を指し、さらに拡大表示された建築物を見てナンバーズ一同が眉を疑問の形に変えて、代表したチンクが一歩前に出てイルドに質問。

「イルド、そこは管理局の施設ではないぞ。そこは……」

「わかっていますよ、チンクさん」

 チンクの疑問を遮り、イルドはにっこりと笑って笑顔で答えた。

「僕は“ヒーロー”じゃありません。だから……“ヴィラン”のやり方で行きます」

 自らを“悪党”と評したイルドはシェルメットをかぶり、言葉を付け足す。

『ヴィランにはヴィランのやり方があるんですよ』

 バイザーの下、紅い眼光が不気味に輝いた。



 ◆◆◆◆◆◆



 一時間ほど前までかつての生徒の訪問を受け、穏やかな時間を自宅で過ごしていた地上本部“元”技術顧問であり、現“善良な一般市民”を自称するタードックは現在、不本意かつ理不尽な状況にいた。

 それは。

「タードック教授、お願いしますから何か仰ってください」

 管理局の施設での取り調べである。

 腕を組み、瞳を閉じてタードックは執務官の問いを無視。

 沈黙が始まってから、すでに十分の時が過ぎている。

 ため息をつき、執務官は根気よく言葉を続ける。

「タードック教授、貴方の教え子であり第十三技術部に所属していたテスター兼技師官イルド・シー三等陸士が、ホテル・アグスタにおいてガラッド提督を殺害したという報告がありました」

 水を一口飲んで喉を潤し、続ける。

「さらに彼はかつて第十三技術部で制作していたという試作型プロテクトデバイスを用い、多くの犯罪に関わっていると言うではありませんか。このことから本局では貴方がその協力を行っているのではないかという疑惑の声が挙がっています」

 そこでやっとタードックは閉じていた瞳を開き、執務官へと口を開いた。ただし、腕は組んだままであったが。

「ふむ、お主たちの言い分はわかった」

 応答を返してきたことに執務官の顔に安堵の色が浮かぶ。

 だが、その色はすぐさま塗り替えられることとなった。

「しかし、わしにも合点がいかぬことが幾つかある」

 訝しむ執務官にタードックは疑問を放つ。

「三年前、お主たち本局の人間が言う“事故”においてわしの生徒たちはみな死亡確認をされていたはずだが、なぜその一人が今さら生存しているという。まさかあれは虚偽の報告だったのかね?」

 疑問を提示された執務官の顔に一筋の汗が流れるが、そんな些末ごとを無視して銀髪の老人は続ける。

「さらに問うが、そのガラッド提督を殺害したのは本当にわしの生徒だったのかね。変身魔法が存在することを視野に入れれば、そう簡単に判断がつくモノではあるまい?」

 執務官が内心の動揺を抑えようと水を飲むが、銀髪の老人はそれも無視。

「続けて言わせてもらうが、お主たちは試作型デバイスと言っておるが“外見”だけなら模倣することも容易いであろう? そして……」

 息を吸い、言葉を放つ。

「管理局ともあろう組織が、よもや疑惑という形のない根拠だけでわしを拘束したというわけではないだろうな!」

 放たれた力強い声に、執務官の顔に動揺が走り、取り調べの経過を記録している局員の手が止まる。

 そんな局員たちを一瞥したタードックは再び瞳を閉じ、最後にこう付け加えた。

「もし確たる証拠もなくこのような行為を行ったというのならば、わしも法的な措置をとらせてもらうとしよう」

 押し黙った執務官の様子に、タードックは今の状況の異常さを理解した。

 三年前のことは事故ではなく、何らかの事件性を孕んだモノだという事を。

 そして、イルドが行っていることも関係していることを。

 しかし情報があまりにも少なく、すべては想像と予測の域を出なかった。

 思考するタードックはその思考の片隅でこうも思っていた。

 こんなふうに巻き込まれるならば、イルドが訪れたあの日、全てを聞き出しておけば良かったと。

 だが、そんな思考を心のなかでタードックはすぐさま振り捨てた。

 そのような考えはイルドの善意を踏みにじる行為だと、自らを戒める。

 沈黙が支配する取調室であったが、その外が不意に騒がしくなった。

 なにやら静止する声と、それを聞き入れない声が何度もぶつかり合う。

 直後。

「失礼する!」

 人前では決してサングラスを外さぬかつての生徒ミューラーが、扉を開けて入ってきた。

 思いもしない人物の登場にタードックは軽く驚き、執務官は大いに驚いた。

「これはどういうことですか、ミューラー提督!?」

「失礼すると言った。そしてそれはこちらの言葉だ。急を要するこの時に何をしているのか?」

 サングラスで隠されながらも感じられる眼光に、執務官は一歩後ずさるも反論。

「今は捜査の途中であり、いかに提督であろうと火急の用なくしてその妨害を行うことは許されないことで…」

「その火急の用だからこちらへ私も伺ったのだ」

 だが、執務官の必死の弁論をミューラーは封じ、更なる驚きが執務官を襲った。

 それは新たな人物の登場とともに訪れた。

「そこから先はわしが話そう」

「れ……レジアス中将!?」

 あまりにも連続した驚きに襲われた執務官の声が裏返るが、気にもせずにレジアスはタードックへと頭を下げ、さらにミューラーまでもが頭を下げた。

「本当に申し訳ないタードック教授」

「何のことじゃ?」

 訝しむタードックに、レジアスは静かな口調で答えた。

「教授の孫娘イーリス嬢が学校で、フェクダと名乗る誘拐犯に拉致された」

「……なんじゃと!?」

 驚愕に目を見開いたタードックに、ミューラーは無言で空間モニターを開いた。

 そこに映し出されたのはひとりの銀髪の少女。

 椅子に縛り付けられており、気を失っているのかぐったりとした様子で顔を俯かせている。

「イーリス……!」

「先ほど本部に届けられた犯行声明です」

 勢いよくタードックが立ち上がった勢いで椅子が音をたてて倒れ、その音に執務官ひとりだけが驚くなか、モニターのなか仮面を付けた男のメッセージが部屋に響く。

『私の名はフェクダ。レリックハンターを生業とする者だ』

 モニターのなかのフェクダは、椅子に拘束された少女イーリスの隣に立つ。

『管理局がこの少女の安全と自由を望むなら、本局が現在保有しているレリックと、元技術顧問タードック教授の身柄を私に“譲渡”していただきたい』

 フェクダのバイザーの下で、紅い光りが走る。

『これは遠回しの“スカウト”である。私はタードック教授の技術力をこれからの犯罪に活かしたい』

 言葉を句切り、フェクダはイーリスの髪を優しく撫でて。

『もし、この交渉が通らぬ場合、私のささやかな良心が痛むがそれも仕方のないことと理解して欲しい。私はか弱い少女を殺した“外道”として、そして管理局は少女ひとりの命を見捨てた“無能者”の集まりという烙印を受けるだろう』

 無言が支配するなか、モニターのなかでフェクダは最期の言葉を告げた。

『管理局の“誠意”と“真心”に満ち溢れた良き返答を期待する』

 嘲るように仮面の男が告げると、画面がブラックアウト。

 苦虫を噛み砕いたように顔を歪めたレジアスは、強い口調で執務官に言った。

「以上の理由により、タードック教授の身柄は地上が預かる! 君は万が一に備え、本局にレリックの準備をさせるよう連絡せよ!」

「……ですが中将……ヒぃッ!?」

 なおも何か言おうとする執務官を眼光で黙らせたレジアスは、タードックを安心させるように深く頷いた。

「ご安心ください教授。すでに貴方の生徒であるエヴァンス隊長が、お孫さんを救出するよう動いておる。必ず無事に任務を遂行するはずだ」

「そうです、そのためにまず貴方の安全を確保しなければならないのです」

 レジアスとミューラーの誠意に、タードックは黙って頷いた。

 その瞬間。

 警報が鳴り響いた。



 ◆◆◆◆◆◆



「まったく面倒なことを私にさせるんだからイルドちゃんは困った子よねー。それにやることが回りくどいし」

『御大将イルド様を侮辱するならば、いかにクアットロ様といえど小生許しかねますぞ?』

 カスタムガジェットUのコックピット。そのシートに座ったクアットロが自分の髪を弄りながら言うと、管制人格“メトロ”の機械音声がスピーカーから響く。

 しかし、メトロの諫言をクアットロは一笑して、小馬鹿にするように瞳をしならせる。

「あぁら、ご免なさいねー。怒ったー?」

『御大将は我が身に感情回路というものをくださりはしませんでした。そのため小生は皆様が語る喜怒哀楽という概念を理解できませぬ。また、小生は主に仕えることを至上の喜びとしておりまする』

「何だかつまらない答えねー。退屈」

『では小生がクアットロ様のお暇を紛らわすために一曲歌いましょうか?』

「あなたって妙なことばかり言うわよねー。イルドちゃんも妙な趣味だけど」

 シートの肘掛けで頬杖をついたクアットロは気だるげにモニターに映される映像を眺める。

『小生、御大将を迎える仕事がありますのでここから動けませぬが、クアットロ様のお仕事が終わり次第、迎えのガジェットをお呼びいたすが如何なされる?』

「んーいらないわー。この中のほうが暖かいしー」

 時刻を確認したクアットロはモニターに映る第八基地を見つめて、その唇の端をつり上げて笑う。

「ISシルバーカーテン……嘘と幻のイリュージョンショー楽しんでもらいましょう」



 ◆◆◆◆◆◆



『The song today is “轟轟戦隊ボウケンジャー”!』

 管理局、港湾区第八基地は混乱に陥っていた。

 仮面の男の“軍団”が基地を襲撃し、さらに大音量でヒーローソングを流しはじめたからだ。

 基地の各所で迎撃に出た武装局員とフェクダ軍団がぶつかり合い、魔力攻撃を受けた偽物のフェクダたちが霧散して消滅する。

 その幻惑で創られた軍団のなかを真実のフェクダが駆ける。

『管理局の基地に殴り込みをかける……これはちょっとした冒険ですね!』

 いつもの低音の機械音声を音楽に負けないような大音量でフェクダは叫び、槍型デバイスを振り上げて襲いかかってきた武装局員の腹にパンチを放つ。

 死なない程度に出力を抑えた一撃が決まる。

「かはッ……!」

 腹部に受けた衝撃により、局員の口から息とよだれがもれて悶絶。

 ついでその槍型デバイスを左手で奪いつつ、フェクダは振り向くついでに回し蹴り。

 狙い違わず、後ろから飛びかかってきた局員を蹴り倒したフェクダは、さらにその局員の槍型デバイスを奪って右手に構える。

『残念。僕は後ろにも目を持つ男ですよ?』

 うそぶきながらフェクダはその二本の槍を器用に片手で振り回して、敷地内を走り、縦横無尽に暴れ回る。そのたびに局員が一人また一人と大地に倒れ伏す。

『はいHai灰ハイHigh!』

 叫び跳躍したフェクダを追って局員たちも走る。

 ついで着地と同時にフェクダは手にしていた片方の槍を投げ捨て、さらに加速して走る。

 目指すさきは、基地内部。

 しかし、その行く手を阻まんと多数の局員が基地前で陣を張る。

「ここから行かせるなぁ!」

 叫びとともに局員たちが手にしたデバイスに魔力を込めて迎撃準備。

 走りながらそれを見据えてフェクダは、残しておいた槍型デバイスを構え。

『跳べぇ!』

 地面に勢いよく突き刺したデバイスを使って、棒高跳びの要領で跳躍。

 驚き見上げる局員たちのうえを飛び越しながら、フェクダは三階の窓を突き破り、転がりながら基地内部への侵入を果たす。その時、運悪く窓際にいたひとりの局員が突入のさいに巻き込まれた。

 そして体勢を直してすぐさま走り出そうとしたその時。

 数人の局員たちが視界に入った。

 その中に。

『目標………発見!』

 タードックを見つけたフェクダはゆっくりと立ち上がり、銀髪の老人へと姿勢を正して一礼。

『騒々しくて申し訳ない、タードック教授。私はフェクダと言うしがない犯罪者でございます』

 下げた頭を上げて、右手をゆっくりと差し出す。

『管理局との交渉が面倒になったので、しょうしょう手荒だがお迎えに参上しました。非礼を承知で申し上げるがお孫さんのことを心配するならば、私の手を受け取って貰えると有り難いのですが?』

 しかし、そのフェクダへと言葉を返したのはもう一人の人物であった。

「教授には悪いが、わしから先に質問させて貰おう」

 タードックを護るように前へ一歩出たレジアスに、フェクダは再び一礼して感嘆の言葉を述べた。

『流石はレジアス中将。“地上の守護者”と謳われるだけあって迅速な行動だ。まさか私の“教授誘拐計画”を未然に防ぐために、御自ら先んじて教授を保護なさるとは私も思わなかった。貴方のおかげで余計な手間を取らされましたことお恨み申し上げる』

「犯罪者が偉そうに下らんことを言う……それよりもわしの質問に答えてもらおうか」

 出来るだけ“慇懃無礼な悪党”を演じるよう心掛けながら、フェクダはレジアスへと向きなおり、周囲を観察。

 いま向かう先にいるのはレジアス、タードック、ミューラーと数名の局員。

 倒れて怯えているのは見知らぬ執務官。この男はどうでもいいのだが、本局側の人間がこれからのことを見なければ話しにならない。

 役者と観客が上手いこと揃ったことにイルドは仮面の下で微笑。

『偉大なる守護者に敬意を表して、お一つだけならばご質問にお答えしよう』

 わざとらしく両手を晒してみせて小馬鹿にした風を装う。

「……教授のお孫さんは無事なのだろうな?」

 時間を長引かせようとするレジアスの言葉を、フェクダは待っていた。

 管理局が時間を稼ぎたいように、イルドも時間を稼ぎたかったのだ。

 ここからが本当の戦いだ。

『ご無事だよ。こう見えて私は小心者なのでね、無抵抗なかよわい少女を傷つけてしまったら一週間ぐらいは眠れない夜を過ごさなければならない。だから、出来ることならば教授の身柄を私に譲渡していただければ嬉しいのだがね?』

 気取った口調で出来るだけ長く喋りつつ、心のなかで言葉とは反対のことを願う。

 早く通信が来るよう願う。

『あぁ、レリックも頂けると私は嬉しくて枕を高くして眠れるので、私の安眠にご協力してくださると嬉しいのだが?』

 イルドは心のなかで「エヴァンス先輩はまだですか!」と叫ぶ。

 出来るだけ会話を長引かせて“負ける”準備をする。

「レリックは本局が保有している。いますぐという話しは無理だ」

『ならば迅速に本局と連絡をつけるがいい。レリックは私の良い収入源になるのだからね』

「レリックを“売る”というのか? どれだけの需要があるのか興味がわくな」

『質問はお一つだけと言ったはずだが、偉大な英雄と会えたことの礼としてまぁそれぐらいなら答えてもいいだろう。レリックを高値で買い取ってくれるとてつもないお得意様が私の顧客には、いるんですよ?』

 嘘を並べ立てた直後。

 ひとりの局員が叫んだ。

「エヴァンス隊長がイーリス嬢救出しました!」

 内心で先輩たちに感謝しつつ、最後の芝居をフェクダは始める。

『おのれ管理局! 侮りすぎたか!?』

「そいつを拘束しろ!」

 レジアスの指令に、デバイスを構えていた局員が動揺したフェクダを襲うが、すぐさまフェクダは窓を突き破り、叫ぶ。

『メトロぉ!』

 宙で叫んだ瞬間、空の彼方で光りが走り、メトロの鋼鉄の身体が飛来する。

 ついでメトロが射出したアンカーを左手で掴んだフェクダは、器用にその背へと飛び乗ってからレジアスたちへと捨て台詞を残す。

『今日のところはここで退くとする! だが、必ずや教授を誘拐してみせようぞ!』

 そして、メトロを加速させてフェクダは空へと逃げ去った。

 空の彼方へと飛び去ったフェクダを睨むのをやめたレジアスは緊張の息を吐いて、執務官へと瞳を向けて告げた。

「これでタードック教授への疑いは晴れたようだな?」

「は……はい、そうです!?」

 裏返った声で頷く執務官から、今度はタードックへと顔を向けたレジアスは一礼してからこれからのことを告げた。

「先ほどのフェクダの言葉通りなら、今後も教授とお孫さんの身を守るために数人の局員を派遣したいと思う。そのことについて本部で話し合いたいと思うが、よろしいだろうか?」

 レジアスの言葉に、タードックは深く頷いて返した。

「地上の者が警備してくれるというなら、安心できるだろう」



 ◆◆◆◆◆◆



「狭いですね」

「イルドちゃん、もっと広く設計しなさいよー?」

 ラボへの帰還途中、メトロの狭いコックピット内ではイルドとクアットロが互いに文句を言い合っていた。

「しょうがないでしょう、これは本来ひとりで乗るモノなんですから? あ、メトロ。音楽は“テームズ河のDANCE”をお願いします」

『御大将、了解しました』

 スピーカーから流れる静かな音楽を機器ながらシートに座ったイルドが、さらに彼自身を“椅子”としているクアットロに向けて解説するも、膝上のクアットロはわざとらしくほほをふくらませて文句。

「イルドちゃんは外にいればいいのー」

「うわ、酷いですよそれ? それとメトロは僕のパートナーなんですから、むしろクアットロさんが僕に気を遣ってください」

「レディファーストって言葉を知ってますー?」

 苦笑してイルドはクアットロの言葉を聞き、操縦桿を操る。

 直後、機体が左右に揺れて、当然ながら機内も揺れ、クアットロもイルドの膝のうえで左右に揺れる。

「ちょ、ちょっとイルドちゃん!?」

「ははははははは、クアットロさん驚きました? あと僕はプロテクターで固定されるから良いですが、クアットロさんはちゃぁんとシートベルトをしてくださいね?」

『御大将、小生の記憶回路が正しければシートベルトなどと言うモノは小生に搭載されてないはずです』

 オートパイロットに戻したイルドはひとしきり笑ったあと、軽くため息をついた。

 突然テンションが落ちたイルドの様子に、膝上で座ったクアットロが背もたれ兼パイロットに笑みを浮かべて問う。

「いきなりため息なんかついて何かお悩みかしらー?」

「いえ、帰ったらウーノさんに謝らないとなー…と思いまして」

「あらあら、先ほどのことねー。頑張ってくださいなー」

「普通、そういうときは励ましたりしません?」

 ナンバーズ一の悪女はイルドの言葉を一笑。

「あ〜ら、このクアットロさんがそんな殊勝なことをすると思っていたんですかー?」

「ありえませんね」

「イルドちゃんヒド! と・こ・ろ・で〜イルドちゃん〜?」

 わざとらしく批難したクアットロだが、すぐさま何かを見透かすような瞳をイルドへと向けた。

 そのクアットロの瞳に見つめられたイルドの眉が疑問の形を描く。

 ついでクアットロは瞳を怪しく輝かせて策士の顔になった。

「“本当”のフェクダと“災害”………いったい何のことかしら?」

 直後。

 にっこりと笑ったイルドは無言で操縦桿を操り、メトロを急降下させ、クアットロの悲鳴が機内に響き渡った。



 ◆◆◆◆◆◆



 地上本部、レジアス中将の執務室へと場所を移したタードックは今後のことについてのことを話し合っていた。

「では邸宅周辺に警備の者を数名配置させていただくことでよろしいな?」

「あぁ、かまわんよ。無理を言って申し訳ない」

「ははは、誰だって自宅を離れるのは好まんよ。むしろこちらこそ警備を断られずにすんで良かった。それに今回の一件もそうだが、ミューラー提督の連絡が遅ければ一体どうなっていたことかと思うとな」

 和やかな雰囲気でレジアスとタードックは話しを終えて、互いに紅茶を一口飲んで一息つく。

 するとドアが控えめにノックされ、レジアスが返すと、三人の人物がその姿を現した。

「ミューラー提督並びにエヴァンス三等陸佐、医療センターよりただいま戻りました」

「二人ともご苦労だった」

 サングラスにオールバックの青年ミューラーと、その隣に控えている陸士隊の青年エヴァンスが敬礼し、レジアスも敬礼で応える。

 ついでその後ろからひとりの銀髪の少女が姿を現し、タードックは安堵の笑みを浮かべる。

「無事だったかイーリス?」

「はい、お祖父様。レジアス中将にもご心配おかけして申し訳ありません」

 スカートの裾をつまみ、祖父と中将へ一礼したイーリスは静かな声音で親愛なる祖父へと質問。

「失礼なことだと理解した上で問わせていただきます。お祖父様、いまこちらに居る方々はお祖父様がまことに信じられる方々でしょうか?」

「信用し、信頼できる者たちだ」

 即答。

 深く一礼する孫娘に、タードックは深くため息をついた。

「……ということは素顔の彼に会ったのだな?」

「はい、多少は成長していたようですがその心根は相変わらずのお人好しでした」

 家族同士の奇妙な会話に思わずエヴァンスが挙手していたので、イーリスはにっこりと笑って質問を促した。

「えーと、どういうことです? いや違うな、彼とはやはり」

「イルドだな」

 ミューラーが断定し、タードックとイーリスは無言で頷き、その名を聞いたレジアスは顎に手をやり思い出した。

「あぁ、あの紅い目をした技師官の名だな。わしは三回ぐらいしか会ってないが、あの瞳は実に印象的だった……まさか、そうなのか!?」

 驚くレジアスに、イーリスは静かに語った。

「はい、私を誘拐した方は確かにイルドさんでした。さすがに最初は驚きましたが、イルドさんは危害を加えようとはしませんでした。多くは語りませんでしたが、イルドさんの今の立場ではこのやり方がお祖父様を助ける最善の方法だったのでしょう」

「不器用者のやりそうなことだ」

 タードックが笑い、イーリスも微笑み、一同は理解。

「なるほど、容疑をかけられた教授が無関係な存在だと思わせるために、あえて誘拐犯として被害者加害者の関係を作ったのか……いや、すでに犯罪者だから罪状が増えても良いという考えか?」

「おそらく中将の考えるとおりだと思います。それとタードック先生?」

 レジアスの推測を肯定したミューラーがそのサングラスに隠された双眸を向けると、恩師は平然とした様子で紅茶を一口飲んでからその瞳を向けた。

「先生はほかにも黙っていることがお有りだと思うのですが?」

「エンスと同じでお前も良く気づく」

「イルドが生きていたことを知っても、平然としすぎているからです」

 指摘されたタードックは静かに笑ってから「他言無用」と前置きして、先日イルドが訪れたことを語った。

 すると孫娘と生徒たちは一様に呆れのような複雑な表情になり、またタードックは静かに笑い、レジアスへと頭を下げた。

「いま言ったようにわしは犯罪者と密会…でよいのかな? まぁ、会っていたわけだが中将はどうするかね?」

 問われたレジアスはさすがに腕を組んで難しい顔をして熟考。

 ミューラー、エヴァンス、イーリスもその雰囲気に押し黙り、結論を待つ。

 そしてレジアスが出した結論は。

「教授は無関係と判断する。まだその時点での教授はイルド元陸士のことを容疑者とは知らなかったのだからな」

 安堵の息を吐くミューラーたちを見やり、レジアスは「しかし」と言葉を続ける。

「しかし、すでにイルド元陸士は多くの犯行を行った容疑者である。ゆえに地上を守る者として逮捕せねばならないこと、これだけは理解していただきたい」

「それは当然のことだから、わしに異論はない」

 瞳を閉じてゆっくりと息をつく恩師に思わずエヴァンスは反論。

「いいんですか、それで!? イルドですよ、僕らの後輩ですよ!? エンス先輩と咲希と一緒に死んだと思っていたんですよ!? 何か言ってくださいよミューラー先輩!?」

 同意を求められたミューラーは静かに頭を振る。

 横に、否定の意味を示す。

「しょうがあるまい、私たちは管理局の人間だ。我らはあくまで法を守る立場でなければならない」

「そんな…」

 だが、エヴァンスの諦めの言葉に、レジアスは一同へと力強い声で言った。

「しかし今日の事態は不穏に過ぎる。休暇中のミューラー提督にはすまないが、なんとかあの事故について少しでも情報を集めてくれないだろうか?」

「は、どれだけのことが出来るかはわかりませんが尽力します。それが親友エンスの手向けにもなるでしょうから」

 ミューラーもサングラスに隠された瞳に決意を秘めて敬礼した。



 ◆◆◆◆◆◆



「昨日の今日でさっそく飲むとは思わなかったよ」

 深夜のラボ。明かりのついた食堂に二人の姿があった。

 ワイングラスを手にしたスカリエッティが楽しげに笑みを浮かべる。

 アルコール初心者のイルドへと赤ワインを注いだグラスを渡し、スカリエッティも同じように自分のグラスに注ぐ。

「今日は“味”よりも“香り”で楽しめるワインにしよう」

「すみません」

「気にすることはない。イルド君はこれまで多くのレリックを集めて貢献してくれた。そのことを考えればささやかすぎるよ」

 笑い、スカリエッティは「それに」と付け加える。

「わかりやすいぐらいに我が家の人口比率は女性に傾いているからね。こういう機会でもない限り、男同士で飲むなんて出来ないよ」

「女性ばかりにするからですよ」

「違いない。でも考えてもみたまえ。この薄暗いラボに男ばかりというのは中々に不気味な光景だよ?」

「当然ですね、女性万歳と言って同意しましょう」

 賛同を得られたことにスカリエッティは笑みを深め、イルドも瞳をしならせて笑う。

 ついで互いにグラスをぶつけ合って乾杯。

 そしてイルドは香りをかいだあと、水を飲むようにしてワインを飲んだ。

「あ…」

 珍しくスカリエッティが驚きの声を静かに上げた直後、イルドは喉を押さえてささやかな悲鳴を上げた。

「…あ……お酒て……熱い……!?」

「はははは、初めてなのに一気に飲むからだよ。ほら水を」

「あ……ありが…」

 渡されたコップを勢いよく飲み干したイルドは目尻に微かな涙を浮かべてこう言った。

「……よく…これを飲めますね……?」

「一気に飲む君が悪い。それにもっとキツイお酒はいっぱいあるよ? 泡盛とかスコッチとか試してみるかい?」

「いえ……これでいいです」

 ワインをつぎ直すイルドの姿に、先ほどまでスカリエッティは「後悔でもしているのかい?」と聞いてからかおうと思っていたが、それも無粋なことと思い直して純粋にワインを楽しんだ。

 そしてスカリエッティは息子を見守る父親のような瞳を浮かべ、再びイルドとグラスをぶつけ合った。

「「乾杯」」





 ◆NEXT STAGE◆


「イルド君の信号が消えた?」

 不思議そうに問い返したスカリエッティへと、ウーノは頷き。



『ここはひとまず休戦といきませんか?』

「どういうこと?」

 鍾乳洞へと落ち込んだイルドはティアナたちへ脱出への協力を申し込み。



「シャマル先生と部隊長の友だちだったんでしょう! なら何で犯罪者になってるんです! 何であんなことをするんです! シャマル先生も部隊長もすっごい泣いていたんですよ! なのに、何で笑っていられるんですか!」

 スバルは叫び、イルドを睨みつけた。



 次回・第六章:呉越同舟の人々 −鍾乳洞脱出行−





◆◆◆説明補足・第五章:サウンドベルト◆◆◆

 イルドの遠謀深慮と“遊び心”によって造られたパーツ。
 バックルと腰部左右の小型スピーカーから構成され、バックルの赤いボタンを押すことで演奏が開始される。
 戦闘時に流すことにより、敵勢力の一時的な動揺を突くことと、イルド自身の“テンション”を上げることを目的とした装置である。実際にこれを使用するとたいがいの敵はとりあえず“呆気”に取られるので、一応それなりの効果はあるらしい。
 選曲は基本的にランダムで行われる。またイルドのテンションアップが目的に含まれているので収録された音楽はノリの良いアニメソングが基本。
 追記すると左右腰部にはスピーカーとは別に小型ケースがそれぞれ装備されており、一方には救急セット一式、もう一方には非常食のチョコレートが収められている。

 別名“熱唱びわ”。たまに“crosswise(TMR)”が流れるとイルド曰く「BASARA気分になれる」らしい。





◆◆◆ イルドとイルドの後書き座談会 −ロケ地・スカリエッティのラボ−◆◆◆


眼帯付けた良ルド(TAG版)
「はい皆さんこんにちわ! 僕イルドです!」

義眼の悪ルド(TAG−AS版)
「はい皆さんこんばんわ! 僕イルドです! あひゃひゃひゃひゃ、なんか暖かいんですけど〜?」

良ルド
「うわ、酒くさ! ちょっと何飲んでるんですか、別次元の僕!」

悪ルド
「お酒ぇ〜〜おいし〜〜〜〜」

良ルド
「まじ最悪! メンバーチェンジお願いします!」

− ブラックアウト。そして再び照明がつくと −

悪ルド
「あ〜電気ついたぁ〜なんかたのしいぃ〜〜」

良ルド
「も一回メンバーチェンジ!」

− 二度目のブラックアウト。そして再び照明がつくと −

チンク
「私でいいのか?」

良ルド
「別次元の僕があの調子ですから……チンクさんお願いします」

チンク
「なら良いのだが……あぁ、私は用事があるので手短に頼む。では始めるとするか」

良ルド
「お、さすがナンバーズの頼れる姉ですね。なんか意味も無く頼りたくなりますね! では早速ですが今回のお話についてコメントお願いします」

− チンク、台本読んで −

チンク
「色々と新キャラが増えてきたが大丈夫か?」

良ルド
「キッツーー! いやまぁ、何とかなるでしょう? いや作者がどうにかするはずです!」

チンク
「あとこの“エヴァンス”という人物は確か…」

良ルド
「はーいその通りでーす。前作『TAG』後半で出演されたオリジナルキャラクターです。ちなみにミューラー提督も“名前”だけ出演されておりまーす。他にも出るかもー」

チンク
「他にもイルドが……ここだと“悪ルド”と言ったほうがわかりやすいな。ん、悪ルドが何やら怪しいことをしているみたいだな」

良ルド
「冒頭でのドクターとのやり取りですねー。なに企んでるんでしょう別次元の僕は? あと、ささやかなお気遣い有り難うございます」

チンク
「毎日の家事労働にレリック回収、今回はさらに殴り込みと忙しいのに、あいつは他にもいったいなにをやっているのやら……少しは自分の身体のことも考えるべきではないか?」

良ルド
「あ〜…はい、そうですね。でもそう言うことは別次元の僕に言ってくださると、彼きっと喜びますよ?」

チンク
「それもそうだな。では良ルド、すまないが私はこのあたりで」

良ルド
「いえいえ、チンクさんこそお忙しい中どうも有り難うございます。それでは最後にこれをお願いします」

− チンク、カンペを渡されて −

チンク
「拍手を送ってくださる方々にお願いします。拍手はすべて管理人リョウ様が手作業で振り分けてくださってます。ですので拍手を送る際は

 お手数ですが“作者名”もしくは“作品名”などをご記入くださるとリョウ様のご負担が減るのでお願いします」

良ルド
「皆さん、よろしくお願いします。そして、チンクさん本当にありがとうございました」

チンク
「ん、気にするな。そういえば今回は監視役がいなかったな」

良ルド
「んぉ、確かにそうですね! やった初の快挙! それでは今回はこれでお別れです! 担当は僕イルドと!」

チンク
「チンクがお送りした。それでは」



− 終了 −










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