新暦72年の第88管理世界“ミドガルド”北部。

「……ごめんなさい……」

 春も終わりを告げようというある日の墓地。

「ごめんなさい……」

 降りしきる雨の中、傘もささずに一人の少年が大地に膝をつき、ただひたすらにそのひたいを地にすりつけて謝っていた。

「僕だけが……」

 嗚咽し、少年が跪く先に在るのは二つの墓碑。

 左手で泥を掴み、少年の残った左目から流れる涙は雨とともに流れ落ちる。

 泥と雨にまみれながら、隻眼隻腕の少年イルドはずっと謝り続けていた。




◆Three Arrow of Gold −Another Story−◆

 ▼第二章:歓迎されない客、歓迎される客▼




 −新暦75年−

 イルド・シーの朝は早い。

 五時前に起きて、軽いトレーニング。

 トレーニングを終えて汗を流したあとに、普段着へと着替える。

 まずは下着。

 次に“ナンバーズスーツ”に酷似したインナースーツ。

 最後は、その上に作務衣のような服を着こむ。

 仕事着(?)に意替え終えたイルドは、食堂を軽く掃除してからラボの住人の朝食準備。

 どこのレストランかと言わんばかりに広い調理場でイルドはタマネギをリズムに乗って調子よく刻む。

 必要分のタマネギを刻み終えたイルドが冷蔵庫からベーコンを取り出したとき、長く伸ばした髪をリボンでまとめた少女ディエチが調理場に現れた。

「おはよう、イルド」

「ディエチさん、おはようございます」

「手伝うよ、何をすればいい?」

「では、サラダをお願いします。僕はコンソメスープを作りますから」

 指示を受けたディエチが、レタスやニンジンを取り出して調理を始める。

 スープを作るイルドは、ふとディエチが微笑していることに気づいた。

「…どうかしましたか、ディエチさん?」

「いや、イルドの服のセンスは可笑しいと改めて思ってね」

「その言葉、先日ノーヴェさんにも言われましたよ」

 ディエチの微笑に対してイルドは苦笑で返してから、己の服を見返してみる。

 今のイルドの服装は先ほど説明したモノの上に“猫柄”のエプロンを装備。

「言うほど可笑しいですかねぇ?」

 正直、ミスマッチも良いところなのだがイルドは本気で似合っていると思っているのでたちが悪い。

「あ〜ら、何がおかしいのかしらぁ〜?」

 イルドが呟いたとき、新たな人物が調理場に姿を現した。

 いつも人をからかうような笑みを浮かべた眼鏡の少女クアットロである。

 調理場に入ってきたクアットロは切り分けられたリンゴを見つけて素早く手を伸ばす。

「いっただきまぁ〜す」

「クアットロ、つまみ食いは駄目」

「ん〜いいじゃないのぉディエチちゃぁ〜ん」

 ディエチに注意されながらもクアットロは微塵も反省した素振りは見せず。

 そんなクアットロへと、スープを少しだけ入れた小皿をイルドは渡して一言。

「味見をお願いできますか?」

「はぁ〜い、どれどれぇ………ん〜、もうちょっと濃い方が良いですわぁ」

「はい、コンソメ投入ぅ〜どばぁ〜♪」

 イルドがコンソメを鍋に投入した隙に、クアットロはまたもリンゴへと手を伸ばす。

 だが、それを予想していたイルドが素早くその手を軽く叩いてみせると、不満げにクアットロはほほをふくらませて睨む。

「イルドちゃんのけちぃ〜」

 するとイルドはにっこり笑顔。

「なら、クアットロさんがつまみ食いした分だけ朝食の量を減らすとしましょう」

「ディエチちゃぁん、イルドちゃんがいじめるぅ」

 わざとらしく涙を浮かべてみせるクアットロに、ややうんざりしたようにディエチは投げやりに言葉を返した。

「気持ち悪いからやめてクアットロ」

 そんなふうに今朝の調理場は賑やかであった。



 ◆◆◆◆◆◆



 機動六課の医務室。

 先日リニアに現れた“忍者”の姿を思い出しながら、シャマルは水晶がはめ込まれた銀のペンダントを見つめて呟く。

「……そう、きっと間違いよ」

 呟いたシャマルは引き出しのなかから一枚の写真を取り出した。

 その写真には二人の人物が写されていた。

 一人は笑みを浮かべた自分。

 もう一人はその隣でほほを染めて緊張しながら無理に笑っている少年。

 シャマルはその写真の裏に書かれた文字を心のなかで読み上げる。

 写真には“第八試験場、イルド君と”と書かれていた。



 ◆◆◆◆◆◆



「ふぅ……さすがに広いですねぇ」

 手にしていたモップを壁に立てかけたイルドは額の汗をふき、一度背筋を伸ばして一休み。

 場所はラボの温水洗浄施設。

 イルドはそこの掃除に勤しんでいた。

 ナンバーズたちが全員で使用できるように設計したのかは知らないが、とにかく広かった。

 掃除用の小型ガジェットがあるとはいえ、結構な労働である。

「イぃ〜ル兄ぃ、いるッスかぁ?」

「んぉ? どうしたんです、ウェンディさん?」

 ふいに顔を出した少女ウェンディはなかをのぞき込むようにキョロキョロとせわしなく頭を動かす。

 ついで、イルドに確認。

「まだ終わらないッスか?」

「そうですね、まだ時間はかかりますよ」

 するとイルドの頭上からウェンディを注意する声が浴場に響いた。

「駄目だよウェンディ、イル兄の仕事を邪魔したらぁ」

「おや、セインさん。そんなところからどうしたんですか?」

 見上げるとスレンダーな少女セインが天井から顔を出していた。

 セインが有するISと呼ばれる特殊技能“ディープダイバー”である。

「イル兄、おつかれぇ〜…よっと」

 笑顔を浮かべたセインは、天井から軽やかに舞い降りて着地。

「たまには手伝うけど?」

「ありがとうございます、セインさん。こっちはやり終わったので、向こうをお願いしますね」

「わかったよ〜。ほらウェンディも!」

「うぇ〜、あたしもッスかぁ?」

 不満そうに口をとがらせるウェンディに強引にモップを渡すセイン。

 急に騒がしくなった浴場掃除に、イルドは微笑を浮かべて仕事を再開。

 そして十数分後。

「綺麗になったねぇ」

「お二人が手伝ってくれたからですよ。ありがとうございます」

 改めて頭を下げて礼をするイルドに、セインが照れたように笑って右手を振る。

「そんなん気にしなくて良いのに、どうせ私たちが使うんだからさ」

「ははは、親しき仲にも礼儀あり…ということですよ」

 穏やかに笑ってイルドはセインの頭を優しく撫でる。

「うぅ〜、くすぐったいよ」

 瞳を閉じて為すがままにされるセインの様子に、イルドは微笑。

 するとイルドの目の前にただよってきたシャボン玉が弾けた。

 瞳を向けると、いたずらっ子特有の笑みを浮かべたウェンディが石けんで遊ぶ姿がそこにあった。



 ◆◆◆◆◆◆



「……時空航行部隊からの報告をまとめると、あの“忍者”と思しき人物は一年ほど前からレリック回収の任に当たっていた部隊などと交戦していたらしいです」

 リニアレールでの一件から数日後の機動六課。

 その会議室でははやてたち隊長陣はシャリオがまとめた報告を聞いていた。

 シャリオの報告にまず最初に質問したのはフェイトであった。

「…らしい、て曖昧なのはどういうこと?」

「各部隊の報告によると、出現時期や場所、そして現れるたびにその姿が違っていたらしく、全ての情報が食い違っているんです。それとこれが最大の原因なんですが…」

 空間モニターに映し出された映像を見て、納得したようにシグナムが呟く。

「確かに“コレ”ではな…」

 映し出された静止画像その全てがぼやけていたり、木や砂嵐などによって“忍者”の姿が判別できないモノであった。

 ついでなのはが挙手して質問。

「あのロストロギアは?」

「えーと……名称は“火竜の腕輪”で、その名の通り炎を操るロストロギアです。昨年、74年の第69管理世界で発見された遺跡に祀られていましたが、その時に遺跡保護に当たっていた次元部隊が襲撃を受けて奪取されています」

 三目の竜が彫り込まれた腕輪の映像に切り替わり、幾つものデータが示されたシャリオの説明に一同が沈黙。

 これだけの被害がありながら敵の正体がわからないという事に、会議室に集った面子に重苦しい沈黙が訪れる。

 しかし、部隊長八神はやての声がその沈黙を打ち破った。

「で、あれがミッドに姿を現したのはいつなん?」

「おそらく先日のリニアがミッドでの初です。それと鮮明な記録に残ったのも今回が初めてです」

 新たにリニアでの戦闘記録が映し出された空間モニターを見て、なのはがため息をつく。

「動きだけ見ると、本当に“忍者”だね」

「あぁ、バカにされてる気分だ」

 苛立たしげにそう言ったヴィータの気持ちはなのはにも理解できるものであった。

 何故なら“忍者”はスバルとティアナの連携をまるでワルツを踊るようにして避け続けるだけだったからだ。

 ただ“相手が上手だった”という言い訳はしたくない。

 最悪、スバルとティアナの二人は殺されていたかもしれないのだ。

「ところで、この“PHECDA”……発音は“フェクダ”で良いんですか? これが名前なんでしょうか?」

 妖精のようなリインの疑問に、シグナムが返した。

「おそらくそうなのだろう。地球の言葉を使ったのも我らを欺くためか、それとも実際に地球人なのか…」

 推測だけが思考を埋めるが、今はあまりにも情報が少ない。

 はやては勢いよく立ち上がり、会議の終了を伝えてこう締めくくった。

「忍者…改め“フェクダ”のことは後回しや。とりあえずみんなは通常任務に戻ってや。それとウチはこれから出るんで留守を頼みます」



 ◆◆◆◆◆◆



 強固な壁に包まれた実験室。

 プロテクトデバイスを完全装備したイルドの身体と、淡い光を放つ“モジュール”をケーブルで繋ぐ長身の女性トーレの姿がそこにあった。

「……これでいいんだな?」

『ありがとうございますトーレさん。ではいつものように部屋の外へ』

「わかった。今日は爆発するなよ」

 トーレの言葉に仮面のしたでイルドは微笑して身体を揺らす。

 その仕草にトーレはイルドが気づかないような微笑を浮かべて退室。

 イルドはその姿を確認してから、台座に置いた淡い光を放つ三基の疑似リンカードライブを見つめる。

『……これより“トリニティ・システム”の第34回起動実験に入ります』

 記録用のカメラに向けて実験開始を告げたイルドは、ゆっくりと深呼吸をして魔力を高める。

 するとケーブルで繋がれた疑似リンカードライブが呼応するかのように、その輝きを次第に強めていく。

 網膜投射されたデータを見つめつつ、イルドは実験を続行。

『……出力10から20へ………35……………45…………55』

 徐々に出力をあげて調べるイルドの視界が突然紅く染まった。

『出力が!?』

 叫んだ直後。

 強い光を放った三基の疑似リンカードライブはその輝きを急速に失い、一拍の間を置いて爆発した。

 そして振動が収まった瞬間、実験室のドアを破壊するかのような勢いで開け放ったトーレが叫ぶ。

「イルド、また失敗か!」

 ついで部屋を見回すが爆発の痕跡だけでイルドの姿が見えない。

 トーレが眉を疑問の形に寄せた瞬間、天井からイルドが落ちてきた。

 床に“大”の字で這いつくばったイルドの、傷一つついていないプロテクターを見つめ、トーレは感想を告げる。

「ふむ……そのプロテクターの耐久性がまた実証されたな」

「……ははは、それは何よりです…」

 感心半分呆れ半分のトーレの声に、イルドは右手を振って無事を報せた。



 ◆◆◆◆◆◆



 クラナガン郊外。

 避暑地として人気のある自然に恵まれたこの地を、六課部隊長八神はやては訪れていた。

 理由は、ここに隠居した人物に会うためだ。

「シャマルにも来てもらえば良かったわ……」

 弱気な言葉を呟いて、はやてはその弱気を消し去るように頭を振る。

 もともと、この邸宅の主人は“管理局嫌い”で“魔導師嫌い”な人物であり、訪問に当たっても「局員ひとりならば会ってやってもよい」という条件でやっと許可を出したのだ。

 それを思い出し、はやては再び呟く。

「……やっぱ緊張するわ」

 ログハウス風に建てられた邸宅の応接室。

 調度品が少ない部屋には、大事そうに額に納められている多くの写真が壁に飾られており、三つの楽器が大切に安置されている。

 はやての故郷“日本”の伝統的和楽器“箏”“横笛”“琵琶”である。

 また、棚にも五つの写真立てが置かれていた。

 その一つ。

 手作りの木製写真立てを視界に入れた瞬間、はやての表情に暗い影がよぎる。

 “忘れえぬ黄金の日々”と題された写真には、白衣を着込んだ四人の男性が写されていた。

 中央には銀髪の老人“タードック教授”。

 右隣には冷静そうな青年“エンス・サイ”。

 左隣には瞳を閉じた寡黙そうな青年“桐井咲希”。

 その三人の前で膝立ちの姿勢で笑う少年“イルド・シー”。

 はやてがその写真に手を伸ばそうとしたとき、木製の扉が開かれ、この邸宅の主が姿を現した。

 豊かな銀髪に、老いたとはいえいまだ鋭い眼光。

 杖を使っているが、背筋は若者と変わらずに力強く伸びている。

 学者然とした老人は、はやてへと感情を込めずに淡々と口を開いた。

「ふむ、三年ぶりかな八神はやて女史?」

「とつぜん失礼してしまい申し訳ありません。タードック教授にお聞きし…」

「前置きはけっこう。わしはすでに管理局とは縁を切った身だ。手短に頼む」

 はやてに“教授”と呼ばれた銀髪の老人タードックは、不機嫌とも取れる口調でそう言った。

 否。

 実際問題、タードックは不機嫌であった。

「紅茶が冷めてしまうな」

 ソファーに腰掛けるやいなやタードックはそう言った。

 言外に“速く用件を済まして帰れ”と言わんばかりである。

 この場にヴィータがいたら確実に怒る展開だろう。

 そんなことを頭の片隅で思いながら、意を決したはやては開口一番こう訊ねた。

「タードック教授“プロテクトデバイス”は覚えていらっしゃいますよね?」

 はやてが発した単語に、タードックの眉が片方だけ動いた。

 ついで、タードックは静かに答える。

「あぁ、当然覚えているとも」

 タードックは一度、先ほどはやてが見つめていた写真を見やってから、はやてへと向き直った。

「懐かしい話だ。あのころがわしが…いやわしたちが最も輝いていた時間なのだからな」

「……心中お察ししますがそのことで」

「お前たち管理局が奪った時間でもあるがな」

 タードックが何気ない口調で放った言葉に覚悟していたとはいえ、流石にはやては言葉を無くした。

 しかし、タードックはそんなはやての様子も気にしないで問いかける。

「それで?」

「……教授にこの写真を見ていただきたいのです」

 気を落ち着かせつつはやては慎重に言葉を選びながら、取り出した数枚の写真を見やすいように扇状にテーブルに広げた。

 その数枚の写真からタードックは一枚を手に取り、見つめる。

 瞬間。

 驚愕の色を浮かべたタードックの瞳が大きく見開かれた。

「これは…プロテクト・デバイス!」



 ◆◆◆◆◆◆



「……今の疑似ドライブでは同調させたときの負荷が耐久値を上回るか…どうしたもんですかね」

 “三年前”に来たときから与えられている自室で、イルドは先ほどの実験を回想する。

 先ほどの実験は、同調させた三基の疑似ドライブの安定稼働を調べるモノであった。

 黙考したイルドは空間モニターに映した二種類の設計図を見比べる。

「少なくとも二基は“プライマル”を目覚めさせるのに必要だって言うのに……君はいつまで眠り続けるつもりなんです?」

 三年という時間を費やしてもいまだ眠り続ける“形見”にイルドは右手を口元に当てて考え込む。

 しかし、突然開かれた空間モニターから放たれたウーノの声が、思考の海に沈みかかっていたイルドを現実へと引き戻した。

「管理局がタードック教授のもとへ向かったらしいです」

「ドクターに外出許可を」

 空間モニター越しのウーノへと即答し、ライダージャケットへと手を伸ばしたイルドの右目が“エメラルド”に輝いた。



 ◆◆◆◆◆◆



 タードックという人物は管理局、とりわけ地上本部において特別な意味を持つ。

 長年、地上本部の技術顧問としてその広い見識を発揮させ、巨大魔力攻撃兵器“アインへリアル”の基礎設計にも携わった影の功労者である。

 しかし、その功労者でもあるタードックは“三年前”に技術顧問の座を降りて、今は静かに孫娘といっしょに隠居生活に入っていた。

「これは“プロテクト・デバイス”ではない。言うなれば“模倣品”だ」

 何度も、慎重に数枚の写真を見つめ検討を終えたタードックはそう断言した。

「…その理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 頷き、タードックは語り始めた。

「かつて我ら第十三技術部は強化スーツによる地上部隊強化計画に携わっていた。それが“プロテクト・デバイス”だ」

 語りたくない過去をタードックは瞳を閉じて静かに語る。

「三年前の…あの“事件”で死亡したわしの三人の生徒たちがその被験者を努めていたが、それは酷いものだった」

 タードックとはやては思い出す。

 エンスと咲希の二人は、遺体の大部分が欠損。

 イルドに至っては、その遺体すら“見つからぬ”という。

「はい……私も知ってます…」

 しかし、はやてはタードックに反論。

「でもあれは“事件”ではなく“事故”というのが本局の結論です」

「本局の言い分からすればそうだろうな……しかし多少の知恵が回れば“未完成”のデバイスほど厄介かつ危険な代物に対して実験を強要すればどうなるか、それぐらいの予想もつくだろうに。本局も存外知恵の足りぬ奴らだ」

 技術者としての正論を放ったタードックは平然と紅茶を一口飲んでから言葉を再開した。

「結果、計画は無期限凍結され、主要メンバーを失った第十三技術部は自然消滅。わしはその後すぐに管理局の技術顧問を辞めて引退。その時に試作機のデータを処分した。管理局に悪用されたくなくてな」

 静かにはやてはタードックの言葉に耳を傾ける。

「また、死んだエンスも同じ思いだったのだろう。全ての情報をブラックボックスにしておいて、誰にも解けないようにしていたのだからな」

 三年前に管理局の全技術部が騒いでいた時期があったのをはやては思い出した。

 確かにブラックボックスがどうのと騒いでいた。

「さらにエンスは徹底していた。解除プログラムを予め定めていた設定回数を失敗すると、地上本部と本局のシステムがダウンするようにしていたのだから」

 不謹慎ながらもタードックはそれを思い出して微笑。

 おそらくはイルドと咲希が組んだプログラムなのだろう、それは全てのシステムをダウンさせたうえに“プロテクト・デバイス”に関わる全てのデータを消し去ったのだ。

 当時その話を聞いたタードックは愛弟子たちの徹底ぶりを高く評価した。

「そして、それと同時にブラックボックスも消滅した。そうエンスと一緒にこの計画は死んだのだよ」

 静かに「だからもう造れぬのだよ」とタードックは締めくくった。



 ◆◆◆◆◆◆



 サイドカーにセインを乗せたイルドの大型バイクが走る。

「タードックって人がイル兄の先生なわけ!?」

『そうですよ! 僕と咲希さん、そして義兄さんは多くのことを先生から学ばせてもらいました!』

 風を切るバイクの音で、自然と二人の声が大きくなる。

『先生と義兄さんがあのデバイスを完成させたんです!』

 フルフェイス仕様のヘルメットのせいでくぐもったイルドの声に、セインが返す。

「尊敬してるの!」

『当然です! 僕にとっては家族のようなものですからね!』

 イルドのその言葉に、セインは心のなかで「私たちはイルドの家族なの?」と問いかけた。

 しかし、当たり前の話だがセインの心にイルドの答えは返ってこなかった。



 ◆◆◆◆◆◆



「はやてちゃん、何か収穫はありましたか?」

「ん、思っていたより何もなかったわ」

 六課隊舎へ戻る車内。

 短く気落ちした様子で告げるはやてに、シャマルは悲しげに言う。

「私が行けば良かったですね」

「……ん、それは駄目や。責任者としてウチが行かんと教授は会ってくれんかったと思う」

「…そうですね、確かに教授はそういう人です」

 シャマルの声を聞きながら、はやては別れ際のタードックの言葉を思い出す。


 −わしの娘夫婦は管理局が取り逃した時空犯罪者によって命を奪われた−

 −三年前。家族のように愛した生徒たちまでも、本局によって奪われた−

 −わしは、管理局に失望した−

 −わしは“海”の魔導師たちを許しはしない−

 −“海”の者たちは地上を離れたために、地上のことを忘れたのだ−

 −いまのわしはただ静かに暮らしたいだけだ−


「なぁ、シャマル。守ることは難しいなぁ」

「…そうですね」

 シャマルの短い答えを聞きながら、流れる風景を眺めていたはやては反対車線から来るサイドカーを付けた大型バイクに一瞬目を奪われた。

 サイドカーに乗った少女がフルフェイスの運転者に何やら笑いかけている。

 その何気ない、どこにでもある光景に、はやての気持ちが安らぐ。

「うん! ウチも笑顔で頑張らんと!」



 ◆◆◆◆◆◆



 はやてが去ったあと、タードックはあの写真を見つめていた。

「……さすがに言い過ぎたな」

 別れ際に言ったあの言葉を受けたときの、はやての顔を思い出す。

「…あの娘にはなんの罪も無いというのに…」

 後悔するように呟いてタードックはふと、何気なく庭へと瞳を向けた。


 そこに。

 ひとりの青年がいた。

 真紅の瞳の青年は、何やら恥ずかしそうに落ち着かない様子であったが、微笑を浮かべて一礼。


 タードックに衝撃が走った。 

 驚きと喜び。

 二つの感情が複雑に交じり合った。

「まさか……まさか!」

 ソファーから立ち上がり、杖を取るのも忘れてタードックは庭へと向かう。

 しかし、急ぎすぎたために足がもつれた。

 前へと倒れようとした瞬間。

「お久しぶりです、先生」

 微かな笑みを浮かべたイルドは、タードックを受け止めた。

 三年ぶりに姿を現した愛すべき生徒に、タードックは声を震わす。

「イルド……ほんとうにイルドなのか?」

「はい、先生。僕です。イルドです……イルド・シーです」

 涙を浮かべるイルドに、タードックも涙を微かに浮かべる。

「お逢いしとうございました…!」

「わしもだ……ほんとうに…よく無事で!」

 タードックはイルドの身体を強く抱きしめて涙を流す。

 それから数分後。

 さきほどまではやてが座っていたソファーに腰掛けたイルドは、改めてタードックに挨拶。

「三年間、連絡もせずすみませんでした」

「いいのだ、イルド。こうやってお前は来てくれた。連絡できなかった理由もお前にはあるのだろう」

 イルドが淹れた紅茶を一口のみ、タードックは微笑。

「相変わらず……いや、あの頃よりも腕を上げたな」

「先生に喜んでもらえて嬉しいです」

「舌のほうは変わらず……か?」

「ははは、料理は何も舌だけで味わうものじゃありません。そう教えてくださったのは先生ですよ?」

 笑顔のイルドの言葉に「そうだったな…」とタードックも呟き苦笑。

 久方ぶりに訪れた愛すべき生徒は、自分がかつて教えた言葉を実践していることにタードックは素直に喜んだ。

「…ところでイルド、茶が“一人分”多いが?」

「あ、そうだ! もう出てきても良いですよ?」

 何かを思い出したようにイルドはまるで透明人間にでも話しかけるように部屋中を見回して呼びかけると、イルドの頭上から声が返ってきた。

「イル兄、私のこと忘れたんじゃないかって不安になるじゃん?」

「ははは、すみません。感動の再会を楽しんでましたので、実際忘れてました」

「うわ、ひど!」

 抗議しながら私服姿のセインは天井から抜け出て軽やかに着地。

 ついで、平然としたタードックの様子にセインは眉を寄せて問いかける。

「あれ、お爺ちゃんあんま驚かないね?」

 自分のISを見て声も上げず、眉も動かさぬタードックに問いかけると、銀髪の老人は苦笑してその質問に答えた。

「わしはそれなりに長い時間を生きている。それにわしは技術者だ、多少のことで動揺していては正しい観察など出来はしないな」

 誇るでもなく平然と返したタードックの言葉に、セインは「ふ〜ん?」と興味を失ったようにソファー、イルドの隣に腰を下ろした。

 そんなセインの態度に微笑しつつ、イルドはタードックに頭を下げる。

「すみません、先生」

「気にすることはない、今日はつまらん客が来たあとの曇った心に面白い芸を見せてもらった。いまは実に清々しい気持ちだ」

「芸!?」

 思わずセインが大きな声で返すが、タードックは微笑。

「君の名は?」

 予想していなかったタードックの質問に、セインは思わず答えてしまった。

「せ、セイン…」

「そうか。ではセイン君、礼を言わせてもらう。ありがとう」

「え? え? ちょっとイル兄、このお爺ちゃんいい人?」

 タードックが頭を下げ、先ほどから予想していなかった事態が連続したセインが混乱して、イルドに助けを求めると青年は微笑して頷く。

 仲の良い兄妹のような雰囲気の二人にタードックも心で喜び、微笑。

「それで、今は何をしているんだ?」

 恩師の問いに、イルドの表情が曇る。

 その変化にタードックは静かに息を吐いて、愛すべき生徒を見つめる。

「言えぬなら追求はするまい」

「すみません、先生。でも僕は…」

 右手を挙げて制したタードックは、暖かい眼差しでイルドに言った。

「お前が今日来たのも、おそらくは管理局がわしのもとに来たからだろう? そして、今まで来なかった理由も、私を何らかのことで巻き込みたくなかったのだろう」

 イルドは無言。

 どうやら図星らしいと判断したタードックは立ち上がり、あの写真立てをテーブルに置く。

 ついで留め具を外して内板を抜くと、そこに隠してあった数枚の薄い紙を写真とともに抜き出した。

「お前の義兄エンスとわしで創りあげたリンカードライブは、今や同じ物を創ることは誰にも出来ないだろう」

 抜き出した数枚の薄紙を丁寧かつ丁重にタードックは封筒に収めつつ、説明を続ける。

「とくにお前もよく知っているだろうが、中核をなす“クリスタルコア”はエンスしかその作り方を知らん」

 そしてタードックは厳重に封をしたその封筒を、イルドに託した。

「過去の物だが、役に立つかもしれん」

 封筒を丁重に両手で受け取ったイルドは立ち上がり、安置されていた“琵琶”を手に取り、一言。

「礼にもなりませんが、一曲」

 床に座したイルドは三年ぶりに手にする愛器を、優しく、愛おしく、そして力強く、奏で始めた。



 ◆◆◆◆◆◆



 それからしばらくして。

「では達者でな」

「先生もご自愛を」

 互いに微笑。

「出来ることなら今年一年はクラナガンに行かれないよう、イーリスちゃんにもお願いします」

「あぁ、わかった。孫にもそれとなく言っておこう」

 イルドはそこで姿勢を正し、何事か緊張した面持ちでタードックへと口を開いた。

「僕は多くの人たちにとって憎まれることをします」

 何を言うのかとセインが目を丸くするなか、タードックは静かに愛弟子の言葉に耳を傾ける。

「僕は多くの人に罵られるでしょう」

 緊張した息を吐き、新鮮な空気を吸い込んでイルドは気持ちを引き締める。

「そんな僕で迷惑に思われるでしょうが、今でも僕は先生のことを“家族”だと思っています」

 深くイルドは一礼。

 失礼だと、迷惑だと、どんなふうに思われてもいい。

 これがおそらく自分がタードックに会える最後の日なのだから。

 何も思い残すことなどしたくない。

 どれだけの時間が過ぎたのかイルドにはわからなかった。

 一分か、それにも満たないのか、それともそれ以上か。

「顔を上げよ、イルド」

 ふいにかけられたタードックの声に、イルドは素直に顔を上げる。

 見ると、タードックの瞳には涙が浮かんでいた。

 タードックはしわが刻まれた両手で、イルドの右手を包み込んだ。

「迷惑になど思うものか……三年前も、そして今も、わしはお前のことを家族のように思っているのだから」

「……先生………!」

 イルドも両手でタードックの手を握る。

 ついでタードックは、今度はセインの手を握った。

「セイン君、イルドを頼む」

 笑顔でセインはピース。

「うん、お爺ちゃん。セインさんたちにまっかせて!」

 頷き、タードックはイルドへと。

「イルド、お前も守るのだぞ」

「はい、先生。僕の“三番目”の家族、かならずや」

 瞳に微かな涙を浮かべつつもイルドは笑顔で答え、“三番目”の家族セインの頭を撫でた。





 ◆NEXT STAGE◆


「ではイルドさん、お土産はこのお店のケーキを頼みます」

「実はウーノさん、僕のことただの使いパシリだと思ってません?」

 “おすすめ喫茶店”のデータを見ながらイルドは言葉を返し。



「海ッスよ、海! ボード持ってくれば良かったス! それとも泳ぐッスか!?」

 初めて見る海に興奮してウェンディは何度も手を振り。



「んじゃ、夜は三人“いっしょ”に寝るンすね」

「ブッ!」

 ウェンディの言葉にノーヴェは飲んでいたジュースを勢いよくイルドにめがけて噴きだした。



 次回・第三章:初めての管理外世界 −イルド隠密行−





◆◆◆説明補足・第二章:第十三技術部◆◆◆

 時空管理局地上本部に属する部署で、技術顧問タードック教授とその三人の生徒たちによって構成される。その特殊なメンバー構成により『教室』と呼ばれることもあった。
 アインへリアル設計に携わりながら並行して『PD計画』を推し進めていたが、新暦72年に起きた“事故”により教授をのぞく三名が死亡。
 その後、本局の強硬的ともいえる介入により『PD計画』は無期限凍結され、人材の補充もならぬまま第十三技術部は自然消滅。
 タードック教授は失意のまま、管理局を辞めて隠居生活へ入った。





◆◆◆ イルドとイルドの後書き座談会 −ロケ地・海上隔離施設−◆◆◆


陸士隊制服のうえに白衣を着たイルド
「はい皆さんこんにちわ! 僕イルドです!」

和服アレンジの私服のうえに白衣を着たイルド
「はい皆さんこんばんわ! 僕イルドです!」

− 二人、顔を見合わせて −

制服イルド
「……わかりにくいので、僕(TAG版)は良いイルド、略して良ルドにしましょう」

和服イルド
「じゃあ、僕(TAG−AS版)は悪いイルド、略して悪ルドにしましょう」

良ルド
「わるいイルドだから“わイルド”でもいいんじゃないですか?」

悪ルド
「最悪のネーミングセンス。勘弁してくださいよ、別次元の僕…ん、ということは僕のセンスでもあるんですよね? 僕最悪!」

良ルド
「言っておいて何ですけど僕も最悪! 自己嫌悪!」

− 二人して頭を抱え込んでテーブルに突っ伏すが、気を取り直して姿勢を正す −

悪ルド
「まぁ、気を取り直して…えー後書きなんですからチャッチャッと逝きましょう」

良ルド
「別次元の僕、それ字違います。まぁいいや、では今回の話しについて語りましょうか」

悪ルド
「あー今回の話し、ラボでの一日なわけですが、まぁ先生に会いに行った以外はあんな感じです。あのタヌキさんが動かなければ洗濯とか買い出ししてたんですがね」

良ルド
「家政夫ですねー、まぁ僕もやってますけど。僕らの場合だと料理は大変ですよねー」

悪ルド
「そうですよねー、僕らの場合は味覚があれだからレシピ通りにしかやれませんしー。あと家族多すぎて大量生産できるカレーとかシチューが楽なんですけど、さすがにそればかりだと栄養バランス的に問題なんでちまちましたのもメニューに入れるのがもう大変」

良ルド
「あー、それは確かに大変ですねご苦労様です。ほかには?」

悪ルド
「……あーこれ言っていいのかな? いやでもばれたら後が怖いしなー」

− 腕を組んで天井を見上げる悪ルド −

良ルド
「ここならたぶん大丈夫でしょう。防音とかしっかりしてますし」

悪ルド
「んー、じゃあ言いますかね。えーと、けっこう前の話なんですが、手を抜いてインスタントラーメンをテーブルに出しておいたらウーノさんに思いっきり“ボコられ”ました」

− 突如、空間通信が開かれてウーノの姿を映す −

ウーノ
「イルドさん、それが終わったらすぐに帰ってきてください」

− 通信終わり。悪ルドと良ルド、顔に縦線を入れて俯く −

悪ルド
「……こわー……」

良ルド
「……マジこわー………えー気を取り直して…そうですね、ラボでの人間関係とかはどうです? 苛められてません?」

悪ルド
「ほんと怖いんですからあからさまな誘導尋問みたいな事しないでください。んーーそーですねー…………ナカハイイデスヨ?」

良ルド
「なんで棒読みで疑問系ですか別次元の僕? あと今の間はいったい?」

悪ルド
「……そーですねー、ノーヴェさんに嫌われてるんですよねー。コレはどーしたもんですかねー別次元の僕?」

良ルド
「…いったい何やったんですか別次元の僕? まぁ確かにノーヴェさんはけっこう気難しいというか何というか。ちなみに思い当たる事でも?」

− 悪ルド、右手を口元に当てて熟考 −

悪ルド
「……第一章みたいなやりとりかな…あーそれとも嫌いなピーマンを入れたことかな…イヤそれともわさび醤油にひたした刺身を出したことかな…イヤイヤやはりお気に入りの服の洗い方間違えて色落ちさせたことかな…イヤイヤイヤそれとも偶然着替えシーンを目撃したことかな…イヤイヤイヤイヤお気に入りのマグカップを割ったことかなでもあれはクアットロさんがやったことですし…イヤイヤイヤイヤイヤ……」

− 延々と何事か熟考し始めた悪ルド −

良ルド
「えーー何やら別次元の僕が深みにはまったようなので今回はこのへんで。あ、それとこの『TAG−AS』シリーズは一クール…だいたい十三話ぐらいを目処にしてるみたいなので、お付き合い頂けると嬉しい限りです。それでは、またお会いしましょうー」



悪ルド
「あ、ノーヴェさんの尻を触ったことですか!?」

良ルド
「それは嫌われますね!」



− 終了 −








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