これは世に語られることのない物語
                                                   ブラック・ブラッド レッド・ブラッド
ある吸 血 鬼と少  女の物語です。

さて、どんな物語なのでしょう?

聞きたいですか?

……そうですか。

では、あなただけに教えてあげましょう。

でも、皆には内緒ですからね?

それでは、始まり始まり……











BLACK BLOOD BROTHERS〜BLOOD ASH〜



プロローグ











麗らかな日差しが注ぐ午後。

経済特別解放区
――――通称『特区』。

幾つもの区画に分かれた横浜市の海上に浮かぶ人工島。
     
ニューヤード
その島で、新市街地区の川辺に椅子とテーブルを置き、本を読む少女が居る。

少女は美しかった。

華奢で儚い印象を受ける。

絶世の美少女とは彼女のことを言うのだろう。

彼女は本を読んでいるように見えるが、その瞳は本など見てはいない。

彼女の瞳は別の場所を映していた。

楽しい過去を。

悲しい過去を。

彼女が憂いの瞳で過去を眺めていると、少女に近づく者が居るのに気がつく。

ゴーグルを首に掛けた金髪の少年だ。

その容姿は美しく、まさに天使のように見える。

少年は彼女に近づき言った。



「トモちゃん、こんにちは!」

「こんにちは、コタロウ君。今日はジローは一緒じゃないの?」



コタロウは少女の言葉を聞き、何かを思い出したのかクスクスと笑いだした。



「それが今日ね、兄者ったらまた目覚まし時計壊しちゃったんだ。それでミミちゃんが怒ちゃって、水掛けられたんだよ」

「そう、まだ機械が苦手なのね」



想像したのか、少女も笑ってしまった。

暫く二人で笑っていると、優しい風が吹いた。

風が本のページを捲る。

ペラペラと捲れるページ。

それは過去を思い出すように、静かに。



「ねえ、トモちゃん。今日は何を話してくれるの?」



コタロウの言葉を聞き、少女は「うーん……」と何かを考えるように空を見上げた。

空では雲がゆっくりと流れている。

それは、どこか彼を彷彿とさせた。

あの少し抜けてて、生真面目な彼を。



「そうね、今日はとっておきの話をしてあげる」

「本当!? やったー!」



コタロウはその場で飛び上がり、全身で喜びを表現する。

本当に嬉しそうだ。

風が吹く。

彼女の髪を優しく撫で、吹き抜ける。



「じゃあ話すわね。昔々、ある所に一人の少年が居ました……」




















少年は鬱葱とした森を歩く。

空を見上げるが、木々が邪魔をして月の『つ』の字さえ見えない。

ため息を吐く。

ここで迷って何日目だろう?

そろそろ食料も乏しくなってきた。

急いで街へ帰るべきなのだが、いかんせん道が分からない。

ため息を吐く。

……ため息を吐いたのは今日で何回目だろう?

最初は数えていたが、今は面倒になり数えていない。



「はぁ、ここはどこだよ……」



少年は方向音痴だった。

それも度が過ぎた。

街で迷うことはあっても、森で迷うのは洒落にならないのではないだろうか?



「ここはどこですかー!!」



叫んでみたが、誰も答えてはくれない。

俯く少年。

だが、此処でこうしていても事態は好転しない。

とりあえず歩くことにした。

歩くと、腰に刺した二本の刀がカチリと鳴る。



「止まりなさい」



後ろから声をかけられる。

声の感じからして女性、しかも少女のものだ。

少年には女神に思えた。

振り返ろうと思い、少し動くと、



「止まれと言った筈よ!」



轟く銃声。

撃たれた?

いや、撃たれたはいない。

足元を撃っただけだ。

弾は当たっていない。

ホッとするのと同時に何故自分を撃つのかが気になる。



「あ、あの……、何故、撃つんでしょうか? 僕は何もしていませんよ?
 後、追いはぎでしたら人を間違えています。僕はそんなにお金は持っていません。だから……」



少年の言葉を聞き、少女はクスクスと笑う。

何かおかしなことを言ったろうか?

考えるが思い浮かばない。

そんな少年に少女は告げる。



「アンタ吸血鬼ね。ああ、言わなくても分かるわ、アタシの勘がそう言っているから」



行き成り突きつけられてしまった。

しかも決定事項のようだ。

少女は銃を突き付けたまま話す。



「最近この辺りでおかしな事件が起こると聞いて来たんだけど、まさかこんなに簡単に犯人が見つかるとはね。アタシの日ごろの行いの良さね」

「……話が見えないんですが」

「アタシはこの事件の犯人は最初から吸血鬼だと睨んでいたの。凄いでしょ」

「吸血鬼なんている筈ないじゃないですか……」



だが、少女は自分の世界に浸り話し始めてしまう。

彼女の名はトモコ・J・マックスウェル。

代々吸血鬼を狩ることを生業としているらしい。

先日ある街に寄ったところ、怪事件が頻発していることを聞いたとのこと。

何でも、身体中の血が抜かれて死んでいるのが発見されたそうだ。

被害者は若い女性ばかりで、被害者数は十人を超えた。

警察も精一杯犯人を特定しようと奮闘しているが、目ぼしい成果は上がっていない。

街の老人たちは吸血鬼の仕業に違いないとし、秘かに吸血鬼ハンターを雇ったということ。

それが彼女だという。

話が長くなると判断した少年は、彼女の話を断ち切る。



「あのー、振り向いてもよろしいでしょうか?」
     
アイ・レイド
「駄目よ、視経侵攻を使うつもりでしょう。その手には乗らないわ」

「一応聞きますけど、僕のどこが吸血鬼だと?」



少女は自信たっぷりに言い放った。



「こんな夜に森の中を独りで歩いているんだもん。吸血鬼に違いないわ」



滅茶苦茶だ。

それでは夜に出歩いている人は全員吸血鬼だということになってしまう。

少年はどうにか誤解を解こうと、左手の人差し指を少女に見せた。



「これ銀の指輪です。吸血鬼がこんなの身につけていますか?」



それを見るなり少女の目は更に険しくなった。



「もっと怪しいわ。銀を身につけるているから吸血鬼じゃないなんて誰が信じるっていうの? どうせならニンニクを見せなさいよ」

「そんな物を持ち歩く人はいないと思いますが……」

「アタシは持っているわよ」

「……そうですか」



少年はため息を吐く。

何を言っても信じてはもらえないようだ。



「さぁ、覚悟しなさい」



銃の照準を少年に合わせる。

と、その時。



――――!」



何かが聞こえた。



「今の声って……女の人の悲鳴……?」

「やっと出たか……!」



そう言うと声のした方に少年は駆け出した。

その場には少女だけが取り残される。



「あっ、ちょっと。待ちなさいよ!」



漸く正気に戻った少女は少年を追いかけるように駆けだした。




















月が差し込む湖畔にて、男が女の首に牙を立てている。

女は頬を赤く染め、震えている。

男が首から口を離すと、女はその場に崩れた。

顔を青く染めて。



「ふむ、今宵の血は中々良い。極上とまではいかないがな」



男はそう言うとクツクツと笑った。

牙を剥き出しにし笑う。

男は吸血鬼だ。

女は血を吸われ死んだ。

吸血鬼にとって、人間は獲物に過ぎない。

喰う為に殺し、殺す為に喰う。

普通の人間は吸血鬼には敵わない。

そう、普通の人間は。



「ふむ、今宵は珍しい客が居るようだ。歓迎しよう。ようこそ、ヨーロッパへ」

「御託はいい。貴様を殺す、それだけだ」



少年は先程までとはまるで違った。

目はギラギラと光り、興奮の為か息が荒い。



「己の感情をコントロールできぬか。若いな」

「戯言を聞くつもりはない」



その言葉に男はオーバーに肩をすくめた。



「まぁ、そう言うな。名を名乗ろう。私の名はシグムント・フロイト。貴公の名は何と言う?」



少年は黙ったまま、腰に刺していた二本の刀を抜く。

刀と脇差だ。

脇差を逆手に構え、シグムントに向かい駆ける。



「やれやれ、なんとも無粋な」



シグムントは爪を伸ばし、刀を受け流す。

少年は少しも気にしなく、脇差を振るう。

だが、寸での所で避けられてしまう。



「ふむ、少しは……!」



そこでシグムントは気がついた。

頬から血が流れていることに。

一体いつ切ったというのだ?

刀は完全に防いでいた筈だ。

断じて頬に触れてなどいない。

少し距離を取るシグムント。

その額には汗が浮かんでいた。

何故だ?

高だが人間に何故こうも威圧される?

おかしい、おかしすぎる。

自分は吸血鬼だ。

そして相手はただの人間。

人間なんだ、劣る筈がない。

そう、劣る筈はないのだ。



「はは、少し油断をしていたようだ。だが次は……えっ?」



おかしい。

何だ、この感覚は?

視線を右腕に移す。

ない。

右腕がない。

さっきまではあった筈だ。



「あっ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」



地面に落ちた右腕は灰となり消える。

シグムントは混乱した。

おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい。

何かが決定的におかしい。

世界が狂ったのか?

自分はおかしくなったのか?

それとも
――――おかしいのはこの少年か?

少年が現れるまでは最強だった。

ここいら一帯はシグムントが支配していた。

誰も自分に敵う者は居なかった。

それが否定された。

ただの人間に。

吸血鬼の自分が。



「認めない……。私は認めないぞ!」



牙を剥き出しにし、襲いかかるシグムント。

だが、それがいけなかった。

ここは逃げるべきだったのだ。

彼には敵わない。

彼は自分を滅する存在だから。


 かみじき        せんぱ
「神喰流奥義……戦破」



脇差を刀の背で滑らせる。

一閃。



「我が勝利、あの方に捧ぐ……」



おかしい。

自分は地を蹴っている筈だ。

何故地面がない?

何故下半身がない?



「な……ぜ……?」



シグムントの上半身は地面に落ちる。

左腕だけで地面を這い逃げようとするが、目の前には少年が居た。

見下すように此方を見ている。

シグムントは吸血鬼になってから忘れていた感情を思い出した。

恐怖心。

原始的な感情が身体を駆け巡る。



「一つ問う」



少年は冷たい声で言う。



「エルザ様を知らないか?」



エルザ、誰だそれは?

何故自分に聞く?

お前は誰だ?

シグムントには理解できない。



「そうか。ならば、死ね」



心臓に刀を突き刺す。

すると、シグムントはゆっくりと灰になった。

ああ、これで救われた。

もう、あんな思いをしなくて済む。

シグムントの遺灰は風に舞い空に消えて行った。

それを詰まらなそうに見つめ、少年は月を見上げる。



「……どこに居るのですか、エルザ様」



少年の言葉は、闇夜に消えた。




















 あとがき

新連載です、どうもシエンです。

今回より、『BLACK BLOOD BROTHERS』の連載を始めました。

知らないという方も居るでしょうから簡単な説明をしたいと思います。

1997年、中国に返還直前の香港で初めて吸血鬼の存在が確認された。

後に『九龍ショック』と呼ばれる事件である。

直後に勃発した『聖戦』で香港は崩壊し、更に世界各地でパニック状態に陥った人々による吸血鬼狩りが横行した。

数年後、各国政府首脳陣は「吸血鬼はほぼ絶滅した。」と発表するが、実際には数多くの吸血鬼が人間達に紛れ込んで生活していた。

本作では吸血鬼は架空の存在ではなく『実在の生物』であるが、その実態は伝承で語られる吸血鬼とは異なるものである。

人間の血を吸う、人間ではない存在。

一見した見た目は人間と殆ど変わらないが、人間と比べると身体能力が極めて高く、不老の肉体を持つ。

また、その血には魔力が宿り、様々な魔術を使う。

人間から血を吸う為の犬歯が発達した牙を持つ。

吸血鬼にとっての『吸血』は本能であり、生命維持のため欠かす事のできない行為である。

多少の間吸血を行わずとも命に係わる様な事は無いが、血を吸わないでいると魔力が徐々に衰えていく。

血を吸うと魔力が活性化し、負傷も回復する。

また、処女の血は吸血鬼にとっては極上の味らしい。

一方、人間は吸血鬼に吸血されている間、性的快楽を上回る強い快感を感じる。

後述のシンガポール協定により、吸血鬼は『ブラック・ブラッド』と呼称を統一され、それに対する場合の人間を『レッド・ブラッド』と呼ぶように定められている。

尚、吸血鬼の血そのものは人間と同じく赤い。(参照『ウィキペディア(Wikipedia)』)

また、この作品で吸血鬼になるのは、吸血鬼の『血を飲んだ』人間です。

とこのような内容です

僕のSSは、香港聖戦以前の話です。

原作者の『あざの耕平』先生の作品はどれも素晴らしく、とても面白いですので是非一度お手に取ってみてください。

ちなみに、あざの先生はスロースターターですので、三巻以降から急激に面白くなります。

以上、長いあとがきでした。





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